遺伝子が決めた一定の幅の中で、環境要因によって初潮の時期は早くなったり遅くなったりしますが、これは身長、体重、知能などにもいえることのようです。たとえば、身長はかなりの程度遺伝で決まると言います。長身の親から生まれた子どもは、小柄な親から生まれた子どもより、平均して背が高くなります。しかし、ある程度の幅の中で、栄養状態や子ども時代の感染症など環境要因によって、実際の身長は変わってくるのです。
初潮の時期は2~5割方は遺伝子には左右されないようです。したがって、遺伝子によって設定された一定の幅の中で、実際にいつ初潮がくるかは、環境条件に影響されると考えていいといいます。そして、非常に大きな影響を及ほすファクターの一つが父親の不在だと言うのです。父親不在で育った少女たちが学ぶのは、男性は女性と長続きする関係を築かず、子どもに投資しないということです。そのため、彼女たちは初潮を早く迎え、できるだけ多くの男性と短期的な関係を結ぶという乱婚的な繁殖戦略をとろうとするのです。男はあてにならないと思っているからだと言います。それとは対照的に、父親がいる家庭で育った少女たちが学ぶのは、男性は女性と永続的な関係を築き、子どもに投資するということであり、彼女たちはより堅実な戦略をとり、初潮を遅らせて、子どもに投資してくれるパートナーと長期的な関係を結ぶというのです。このように、5歳以前に父親がいなくなることは、初潮の時期と繁殖戦略に影響を与えることになるのです。
しかし、この説明には欠けたところがあるとミラー氏は指摘します。女性の繁殖戦略が進化によって形成されるには、男の側の傾向である、配偶相手とどういう関係を結び、子どもに投資するかどうかが、世代から世代へと安定して受け継がれなければならないのです。言い換えれば、母親が夫との関係で体験したことが、娘の代でも同じように繰り返されなければならないのです。
これについては一つの仮説があるそうです。父親がいる家庭で育った娘は、一夫一妻制の社会に適した戦略をとり、父親不在の家庭で育った娘は一夫多妻に適した戦略をとるというものだと言います。一夫多妻の社会では、既婚男性は、複数の女性の面倒をみなければならず、一人の妻とその子どもたちに多くの時間をかけられません。そのため一夫多妻の傾向が強いほど、娘や息子が父親と過ごす時間は少なくなります。一方、一夫一妻の社会では、既婚男性はただ一人の妻とその子どもたちにすべての時間を費やせます。そのため、父親不在の程度は、マクロな、社会の中での一夫多妻の度合いを示す、ミクロな家庭内での指標となるわけだというのです。
一夫多妻の社会では、少女たちを早く性的に成熟させる誘因があります。初潮を迎えた少女は、裕福な夫の幼妻になれますが、初潮をみていなければ結婚できないからです。一夫一妻社会ではそうした誘因は働きません。男女比がほぼ半々なら、大人の男性はみな結婚しており、重婚はできず、初潮を迎えた少女の相手は10代の若者しかいませんが、彼らには家族を養えるような財産も地位もないからです。多様な文化圏で実施された調査で、一夫多妻の社会と一夫一妻制ではあるが離婚率が高い社会では、少女たちが初潮を迎える時期が早いことがわかっているのです。アメリカでは近年、平均的な初潮年齢が大幅に早まっているそうです。これも、離婚率が高まり、事実上の一夫多妻社会になっているためと考えられているそうです。