実行機能を育てる

最後に、子育てについて、これらの研究からどういうことが言えるのかを森口氏はまとめています。

これらの研究から、実行機能に悪影響を与えるものは非常にはっきりとした結果が出ていると言います。つまり、「これをしたら子どもの実行機能に良くない」ということは明確に言えると言います。それは、ネグレクトなどの虐待であり、体罰であり、親の精神不安定であり、テレビやスマートフォンの長時間視聴であり、睡眠不足です。特に一番の悪影響は、虐待や体罰などによって、子どもとの関係性が築けず、子どもに安心した環境を与えないことです。虐待がひどければひどいほど、体罰をすればするほど、子どもの実行機能の発達は悪影響を受けてしまいます。

一方で、実行機能の発達に良い影響を与えるものについては、それほど明確なことは言えないと言います。現在のところ言えるのは、支援的な子育てが良い、一部の管理的な子育ても大事であるというくらいだと言います。なぜ彼が、このようなことを言うのかというと、現在、世の中には「天才を育てる育児法」「脳科学に基づく子育て」などの子育て本や情報が溢れています。育児の専門家を称する人、脳科学者、天才を育てたと自任する親などがそのような本を書いたり、SNSやブログなどで発信したりします。ところが、それらに目を通してみると、ほとんどが科学的な根拠がないか、あっても浅薄なものばかりだと森口氏は言うのです。なぜこんなに自信満々に根拠がないことを言えるのだろうと彼は、不思議に思えるくらいだというのです。そして、そのような方々は「子どものために〇〇するべきだ」と強い言葉で言います。

森口氏は、親が、これらの言葉に振り回されることを懸念しています。ただでさえ子育ては忙しいのに、親は子どものためになるのであればと、「〇〇するべきだ」を実践しようとします。これが親を疲弊させ、健康を蝕みます。親の精神衛生は子どもの発達に大きな影響力を持つので、結果として、子どもにも不利益になってしまうというのです。

科学的な視点から言えることは、

①         虐待や体罰など、子どもに悪影響になるようなことは絶対に避ける

②         子どものことをしつかりと見つめ、子どもとの関係性を大事にし、安全で安心した生活ができるよう環境を整備する

③         子どもの力を信じ、親が先回りせず、後ろから支える

④         しっかりとした生活習慣を築かせる

だと言うのです。

最後に、森口氏は実行機能の育て方についてまとめると以下のように整理しています。

・実行機能の発達には、遺伝的要因と環境的要因の両方が関係するが、子どものときは環境的要因がより重要

・胎内環境は重要で、早産は実行機能の発達のリスク要因

・支援的な子育ては良い影響が、極端な管理は悪い影響がある

・親の振る舞い、夫婦仲などの家庭の雰囲気も重要

・睡眠やメディア視聴の方法、生活習慣も影響がある

文化の関連

中国とアメリカの幼児の思考の実行機能を比較した研究では、中国の子どもは、アメリ力の子どもよりも思考の実行機能が高いことが示されているそうです。また、韓国の幼児と、イギリスの幼児を比較した研究でも、韓国の子どもの成績が良いという結果が報告されているそうです。そうすると、日本の幼児も欧米の幼児よりも実行機能が高いような気がしてくるということで、森口氏は、日本の子どもとカナダの子どもの思考の実行機能の発達に違いがあるかどうかを調べたそうです。その結果、この研究では、思考の実行機能において日本とカナダの違いは見られなかったそうです。

森口氏以外の研究者らも、概ね日本の子どもと欧米の子どもの間には大きな違いが見られないことを示しているそうです。つまり、子どもの将来にとって重要な実行機能は、日本人が特段優れているという証拠はほとんどないということになると森口氏は言います。我々はこのことを認識し、実行機能をしっかりと育む必要がありそうだと彼はいいます。

文化の関連で言うと、バイリンガルの子どもは思考の実行機能が高いことが示されているそうです。たとえば、ルール切り替えテストでは、幼児はあるルールと別のルールを切り替える必要がありました。ヨーク大学のビャリストク博士は、この課題を英語と中国語のバイリンガル児と、英語のモノリンガル児に与え、その成績を比較したそうです。その結果、子どもの言語年齢は、一つの言語しか学んでいないので、二つの言語を学ぶよりも、言葉の習得が早いためモノリンガル児のほうが高いのにもかかわらず、ルールを切り替える能力は、バイリンガル児のほうが高いことが示されたそうです。

森口氏らも、日本語とフランス語のバイリンガル児と、日本人のモノリンガル児を比較したところ、やはりバイリンガル児のほうがルール切り替えテストの成績が良いという結果か得られているそうです。

なぜバイリンガル児のほうがうまくルールを切り替えることができるのでしょうか。バイリンガル児は、二つの言語のうち一つの言語に焦点をあて、もう一つの言語を無視するという経験と、言語を柔軟に切り替えるという経験によって、頭の切り替えが得意になるようだと森口氏は考えています。たとえば、父親が英語話者で、母親が日本語話者の場合、子どもは父親と話す場合は英語、母親と話す場合は日本語を用いなければなりません。父親と母親と子どもの3人で会話をする場合、その都度子どもは言葉を切り替える必要があります。そのような経験から、子どもには思考の実行機能が育まれるのだと考えられているそうです。

ただし、最近の大規模研究で、バイリンガルの効果は非常に小さい可能性も報告されているそうです。バイリンガルの家庭は、そうでない家庭よりも、裕福であることが多く、前述のように裕福な家庭の子どもは実行機能の成績が良いことから、家庭の社会経済的地位を統計的に考慮すると、バイリンガルの効果が小さくなってしまうというのです。つまり、バイリンガルかどうかよりも、家庭が裕福であるかどうかのほうが実行機能に与える影響が大きいようだと森口氏は言います。このように、自分をコントロールする力、すなわち、実行機能の発達に影響を与える遺伝的・環境的要因について見てきました。

居住地域

育児にかかわるストレスは、親の精神的な健康を蝕むことがあります。産後に抑うつ状態になる母親の割合は、厚生労働省の統計でも約10%だそうです。病的な状態になるのがこの割合なので、抑うつ傾向や不安傾向の親の割合はもっと高いと考えられます。こうした親の精神的な不健康は、実行機能を含めた子どもの発達に負の影響を及ぼすのです。抑うつの場合は、精神的な健康にも波があるので、その状態によって子どもへのかかわり方が一貫しないこともあり、子どもは困惑してしまいます。わが国では、主たる養育者は依然として母親であり、母親がストレスやホルモンの影響などによって精神的な健康を崩すことが多いので、母親の精神的な健康をサポートすることは何よりも重要だと森口氏は言います。特に、産前から産後数年にわたって精神的なバランスを崩しやすいときに、周囲の人間がしっかりとケアする必要があると言います。もちろん、もっと根本的な問題は、父親の育児参加が少ないことなのだと森口氏は念を押します。

次に彼は、居住地域の問題を取り上げています。どこで子育てをするかというのは親の頭を悩ます点なのでそれについて考察していきます。彼も、独身のときには居住地域について考えをめぐらすことはなかったそうです。しかし、家族と生活するようになると、保育園の関係で住む地域を真剣に考えたそうです。では、居住地域は子どもの発達に影響を与えるのでしょうか。

近年の分析によると、居住地域は、居住する同じ年代の子どもの言動や、大人の質、および、地域の結びつきの強さなどによって、子どもに影響を及ぼすということがわかっています。子どもの年齢が低い間は、居住する地域が近い子どもと仲良くする傾向が強いため、周りの子どもに実行機能が備わっていなかったら、その影響を受けると言われています。また、地域に住んでいる大人が子どもの悪い振る舞いを助長するのか、それとも、監督して正すのかという点は、子どもの実行機能にとって影響があると言います。

カナダで行われたある研究では、居住地域の安全性、近隣住民との結びつき、ゴミが捨ててあるかなど、居住地域が子どもの発達に及ぼす影響が検討されているそうです。その結果、近隣住民との結びつきが強いところに住んでいたり、安全で地域の問題が少ないところに住んでいたりすると、子どもの自分をコントロールする力が育まれやすいことが示されているそうです。

次に、より大きな環境要因として、文化による影響はどうなのでしょうか。世界的に見ると、日本人は自分をコントロールできる人々というイメージがあるようです。森口氏の経験では、アメリカ、ヨーロッパ、南米、東南アジアの知人に、日本人は、勤勉で感情を表に出さず、自分を律するイメージがあると言われたことがあるそうです。日本人もこのようなことを自任しているところがありますが、日本人の皆が映画で見る高倉健さんのように自制心が高いわけでもないですし、彼の国外の知人にも、彼よりも何倍も勤勉で実行機能が高い人がたくさんいると言います。では、実際のところどうなのでしょう。

実行機能の文化差については、主に、西洋諸国と東アジア諸国の比較がなされ、西洋諸国の子どもよりも、東アジアの子どものほうが、実行機能が高いことが示されているそうです。

テレビと実行機能

なぜダラダラとテレビがついているのが悪いかというと、子どもが絵をかいたり、遊んだりする場合に、少し気になるシーンや音楽が流れると、子どもは今やっている活動を止めて、テレビに注意を奪われてしまうからです。この場合、子どもの意志ではなく、テレビの映像や音声によって活動を切り替えられています。テレビ視聴について、もう一つの悪い影響は、テレビの内容の影響だと森口氏は言います。暴力シーンは全般的に子どもの発達に悪影響があるので、子どもに見せることは避けなければなりませんが、現在議論になっているのが、ファンタジーだそうです。「トイ・ストーリー」などのアニノから、「ハリー・ポッター」などの実写版に至るまで、子どもはファンタジー作品が大好きです。

ヴァージニア大学のリラード博士らは、このようなファンタジー作品を見せた直後に思考の実行機能を測定すると、子どもの思考の実行機能の成績が低下することを示していたそうです。

また、テレビ以上に気になるのが、スマートフォンやタブレット端末などのデジタルメディアです。幼児でもYouTubeのコンテンツを好みます。テレビは受け身で視聴するだけですが、デジタルメディアにはタップするなどの双方向性があります。面白いことに、同じようなファンタジーコンテンツでも、双方向性があると、その後の実行機能の成績は低下しなかったそうです。テレビは受け身になってしまうので主体的に目標を達成する実行機能が低下しますが、デジタルメディアには主体的にかかわることができるので、実行機能は低下しないようです。

これらの結果を見ると、デジタルメディアにも利点があるようだと森口氏は言います。デジタルメディアを視聴しすぎると、視力や睡眠に悪影響がありますし、親子の交流が減ってしまうため、ネガティブな側面があることは確かだと言います。しかし、森口氏は、現在はスマートフォンなどのデジタルメディアに関するネガティブな側面ばかりが強調されているような気がしていると言います。ラジオやテレビのときがそうだったように、新しい技術が登場すると旧世代は苦言を呈するものだというのです。ですが、スマートフォンや人工知能などによって育児の負担が軽減されたり、子どもの発達が促されたりすることは必ずあると彼は考えています。いかなる技術も使い方が重要なので、良い面も悪い面も考慮していきたいところだと言っています。

子どもが健康に発達するためには、親のほうも健康的である必要があると森口氏は言います。ところが、実際には、子育ては非常に楽しいものであると同時に、非常に重荷な測面もあります。肉体的にも、精神的にも、子育ての時期に健康を崩すことは決して珍しくはありません。そこで、次に彼は、特に、精神的な健康について触れています。

現代の日本では、ワンオペ育児という言葉があるくらい、子育てが非常に孤立しています。母親が一人で子育てをし、かつ、周りに頼れる親戚や知人がいないということもしばしば見られます。しかし、森口氏自身、子育てをして感じたそうですが、子どもの研究をしている彼でも、子どもの病気については詳しくないため、子どもの調子が悪そうで、不安になることも少なくなかったそうです。病院に行くべきかと悩み、相談できる人も近くにいないので、ひとまず本やインターネットでこのような症状は何を意味するのか、と調べることもあったそうです。

睡眠時間の長さ

テルアビブ大学のサダー博士らは、小学校高学年の子どもを、ランダムに早寝群と夜更かし群に分けて、その前後に思考の実行機能のテストをしたそうです。その結果、早寝群は成績が向上するのに対して、夜更かし群は成績が低下することが報告されています。

小学生の研究に比べると数は少ないのですが、乳幼児期の睡眠もやはり実行機能に重要な影響を与えることが示されているそうです。カールソン博士らは、1歳時点における乳児の睡眠の質を測定し、その後の実行機能への影響を検討したそうです。この研究では、1歳時点における夜の睡眠時間が長ければ長いほど、その子どもが2歳になったときの思考の実行機能の成績が高いことを示しているそうです。

面白いのは、昼寝を含めた子どもの一日の睡眠時間の長さは実行機能と関係しないという点だそうです。森口氏は、この結果から、夜に子どもが寝ることが重要だということではないかと考えています。ちなみに、しかし、森口氏自身は、このような偉そうなことを言っていても、仕事から帰って子どもと風呂に人ったり、食事やその片づけをしたりしていると、あっという間に9時を回ってしまって、早い時間に子どもを寝かせるのはなかなか難しいものだと振り返っています。

また、家庭のルールという意味では、睡眠同様に家庭による違いが大きいのがテレビなどのメディアの視聴時間ではないかと言います。テレビやインターネットの動画を見せると、子どもが静かにしてくれることから、ときにはメディアに頼らざるを得ないことはあります。テレビなどのメディア視聴が子どもの発達にどのような影響を及ぼすのかというのは、一般的に関心が高い問題です。わが国では、2004年に日本小児科学会が、2歳以下の子どものテレビやビデオの長時間視聴は避けるべきだと提言を出しています。長時間のテレビ視聴で言葉の発達が遅れるという研究知見を受けてのことです。

実際には、テレビ視聴が子どもの発達に良い影響を及ぼすか、悪い影響を及ぼすかは、結果が混在しているそうです。子どもに教育番組を視聴させることでむしろ言葉の発達が促進されるという結果もあるそうです。一概に悪いとは言い切れないようです。問題は、何を、どの程度見せるかという点になるのではないかと森口氏は言います。

実行機能については、テレビ視聴はどのような影響があるでしょうか。実行機能の発達に影響を及ぼすのは、大きく二つあると彼は言います。一つは、誰も見ていないにもかかわらす、ダラダラとテレビがついている状態です。ジョージタウン大学のバー博士らは、家庭における乳児期のテレビ視聴と思考の実行機能の関係を調べたそうです。その結果、1歳の時点において、大人向けの番組が長時間ついていればいるほど、4歳時点における思考の実行機能の成績が低いことが示されているそうです。

なぜダラダラとテレビがついているのが悪いかというと、子どもが絵をかいたり、遊んだりする場合に、少し気になるシーンや音楽が流れると、子どもは今やっている活動を止めて、テレビに注意を奪われてしまうからです。この場合、子どもの意志ではなく、テレビの映像や音声によって活動を切り替えられています。思考の実行機能は、子どもが自分で主体的に頭を切り替える能力なので、実行機能は育まれないのです。

管理的の良し悪し

森口氏らの研究では、体罰などを除いた管理的な子育てが子どもの思考の実行機能に影響を与えるかどうかを検討したそうです。たとえば、親が、子どもを自分の言いつけ通りに従わせているかや、歯磨きなどを子どもがやるまで何度でも言い聞かせるか、などを尋ねたそうです。その結果、親が管理的であると、子どもの思考の実行機能が育まれることが示されたそうなのです。やはり、親の統制は重要だと森口氏は言います。それでは、具体的に、どのような管理的な子育てが子どもの実行機能に影響を与えるのでしょうか。森口氏は、家庭のルールという点に注目して考察しています。

どの家庭にも、その家庭ならではのルールがあるでしょう。たとえば、家に帰ってきたら手を洗う、晩御飯のときにはテレビをつけない、などのルールです。どのようなルールであれ、家族の全員が、そのルールをしっかりと守るということが肝心です。たとえば、母親は家に帰ってきたら自分も手を洗うし、子どもにも手を洗うように言うけれど、父親は手を洗わないし、子どもにも手を洗うように言わないなどのケースは好ましくないと森口氏は言います。さらに彼は、他にも、子どもと大人で違うルールがあるということも望ましくないと言います。子どもには9時以降おやつを食べてはいけないと言うのに、親は9時以降に晩酌をする状況は子どもにとって不可解であるとも言うのです。家族が皆ルールをしっかり守る様子を見ることで、子どもにもルールを守る意識が形成されるというのです。それによって、ルールに応じた行動を選択し、不適切な行動をとらないようになるというのです。

また、ルールがしっかりとあるということで、子どもにとって次に何が起きるかという見通しを立てることができると言います。家庭における安心感にもつながってきます。一方で、ルールがない家庭では、子どもは次に何が起こるかわからず、不安なまま生活することになります。こうした不安がストレスにつながってしまうというのです。

家庭のルールに関連して、二つの生活習慣の影響について森口氏は紹介しています。それは、睡眠とメディア視聴の影響です。睡眠のルールは、家庭によってまちまちです。夜遅くまでテレビを見続けて、なかなか子どもが寝ない家庭もあれば、9時になったら寝る、などのように明確なルールを設けている家庭もあります。眠ることは、私たちの脳にとって大事なことです。睡眠中には私たちの脳では、起きている間に損傷があった箇所などを修復したり、起きている間に覚えたことを記憶に定着させたりすることが報告されています。

また、眠る前に難しい問題に取り組むと、起きた後にその問題に対する解決策を思いつくなど、記憶や学習に非常に重要であることも示されています。実行機能に関して言うと、実行機能の脳内機構である前頭前野は、睡眠中に活動が著しく低下することが知られています。睡眠不足によって前頭前野を休ませることができないと、起きている際の活動に影響が出るそうです。睡眠不足は、学業不振につながりますし、それ以外にも精神疾患、情緒不安定、肥満などにも結びつく可能性があると言われています。このことは特に子どもにおいて顕著です。

幼児期には、2~3割の子どもが睡眠に関する何らかの問題を抱えているという統計もあるそうです。なかなか寝付けなかったり、寝ている間に歩いたりしてしまうのです。

支援的なかかわり

子どもの自発性を損なうようなかかわり方は、子どもの実行機能にも負の影響を与えると考えられているのです。子どもが一度欲求をコントロールできたからといって、ご褒美をあげるのは考えものだと森口氏は言うのです。子どもは自分のために自分を制御するのであり、人に褒められるためにがんばるのではないからです。子どもが自主的にやっていることに対しては、見守るようなかかわり方をすることが重要になってくるというのです。

次に、管理的な子育てについて森口氏は考察しています。支援的なかかわりが子ども主導のかかわりであるのに対して、管理的な子育てはその逆で、親主導のかかわりです。たとえば、子どもがなかなか歯を磨かないとします。ある親は、何度も何度も歯を磨くように指示し、磨かなければおやつを抜きにするなどの罰を与えるかもしれません。罰を与えるというのは、管理的な子育ての典型的な例です。管理的な子育ての影響には二つの側面があると森口氏は言います。まず、何事もそうですが、極端になりすぎると子どもの実行機能に悪影響を与えてしまうという点だと言います。親が子どもの行動を統制しすぎることで、子どもが自分で行動を統制することをしなくなってしまうためです。

ルーヴァン・カトリック大学のロスカム博士らは、子どもの母親や父親に対して、子育てに関するアンケート調査を実施したそうです。アンケート項目は大きく、支援的な子育てと管理的な子育てに分けられ、支援的な子育ての項目は、たとえば、「子どもが何か問題を抱えたとき、私(親)はそのことについて子どもと話し合う」などでした。一方、管理的な子育ては、「子どもが私(親)の癇に障る場合、私(親)は身体的な罰を与えることがある」などでした。

このようなアンケートを親に実施し、その子どもにはさまざまな実行機能のテストを行い、アンケート結果と子どもの実行機能の関連を調べたのです。その結果、親が支援的な子育てをしていた場合には子どもの思考の実行機能が高かったのに対して、親が管理的な子育て、特に、体罰を与えるような子育てをした場合には、思考の実行機能が低かったのです。罰を与えることが必要になる状況もあるかもしれませんが、体罰は許されません。体罰は子どもの発達に全面的に悪影響を与えます。森口氏は、残念ながら、我が国においては家庭や教育現場で、現在においても体罰を容認するような声を聞きますが、許されないと主張しています。

しかし、親が子どもの行動を管理することは全面的に悪いことでしょうか。森口氏が、先に述べた通り、子どもは最初から自分をコントロールすることができるわけではないのです。親に自分の行動を統制されながら、成長とともに自分でできるようになるのです。そうすると、極端なものは慎むべきですが、ある程度の親の統制は実行機能を育むと考えられると彼は言います。これが管理的な子育ての二つ目の側面です。この点が、「見守る保育」と言われる中で誤解を生じるところです。ミマモルの中の「守る」には、どのような意味があるのかを考えなければなりません。それは、単に擁護すると言うだけでなく、時には、適切な統制も必要な時もあるかもしれないのです。

子育ての質

支援的な子育てというのは、親が子どもの行動を一から十まで教えるのではなく、子どもが自分でがんばろうとしているときに、少しだけ後ろから支えてあげる、そういうイメージです。ただし、子どもがどれだけ時間をかけてもできなそうな状況では、この程度のヒントでは難しいでしょう。大事なことは、親が子どもの現在の能力をしっかりと見極めたうえで、今取り組んでいる課題を子どもが自分で解決するために、最低限の支援をするということなのです。対極にあるのが過干渉です。

子どもの実行機能が、このような親のかかわりによって成長することが示されています。ミネノタ大学のカールソン博士らの研究では、親の支援的子育てを、親子のパズル遊びのなかで検討したそうです。子どもがうまくパズルができない状況で、親が子どもにどのようにかかわるのか。ある親は、子どもがパズルをできないのがもどかしくて、自分が実演してみせます。これは親が子どもに過干渉している例であり、実行機能の発達は促されないと言われています。

別の親は、子どもが自分でパズルを解決できるように、ヒントだけ与えます。こちらのほうが支援的な親だということになります。このような親は子どもが問題解決することを支援しているもののけっして親みずからが解決しているわけではありません。子どもが自ら考えて行動をすることが支援されるのです。そのため、自分をコントロールする力が育まれやすいのです。支援的なかかわりをするには、親のほうにも実行機能が必要となることがわかります。子どもが自分で片付けようとしてるのに、面倒だからとか、時間がかかるからとう理由で、親が片付けてしまうということは日常的によくあることだと思います。ただ、子どもの自律的な行動を支援するためには、親も実行機能を発揮して、子どもが自分でやるのを見守ることが必要なのです。森口氏は、これは簡単なことではありませんがと言っています。

ここで森口氏は、一つ注意をしています。支援的な子育てとは、やみくもに子どもを褒めることとは違うということだと言います。もちろん、子育てにおいて子どもを褒めることは必要ですが、子どもの行動を何でもかんでも褒めればいいわけではないと森口氏は言うのです。子どもの発達において、褒めたりご褒美を与えたりしすぎることによる負の影響が知られているからです。トマセロ博士らの研究では、1歳半くらいの乳児の親切な行いがご褒美を与えられることによって減少することが示されているそうです。1歳から2歳くらいの子どもは非常に親切で、見知らぬ人であっても進んで手伝ったり助けたりします。たとえば、知らない人が物を落としたりすると、自ら拾いに行きます。子どもは、最初はそのこと自体を楽しんでこのような行為を行います。褒められたりご褒美をもらったりするために行うわけではありません。ところが、手伝うなどの行為をした後にご褒美をもらえると、子どもは自ら進んで手伝わなくなります。つまり、最初は自発的に行っていた行動が、ご褒美をもらうことによって、ご褒美をもらうことが目的化してしまい、自発的に行わなくなったのです。

最もストレスの強いのは

ネグレクトのような状態では、子どもは養育者とくっつくことができません。養育者に慰めてもらうこともできません。最初は自分で感情や行動をコントロールできない子どもが、養育者の助けも得られなければ、感情をコントロールするという感覚を得ることはできないのです。その結果として、ネグレクトの家庭で育つと、実行機能の発達に間題を抱えてしまうというのです。

身体的虐待や心理的虐待よりもネグレクトの方が悪影響を及ぼすのも、ここに理由があると言います。身体的虐待であれ、心理的虐待であれ、養育者は子どもにかかわっています。かかわり方自体は間違っているものの、なんらかの関係性はあると森口氏は言います。一方、ネグレクトの場合は子どもにかかわらないのです。この違いが大きいのだと森口氏は分析します。

無論、身体的虐待や心理的虐待も、子どもの脳や心の発達に深刻な影響を与えることには変わりないので、決してこれらがいいと言っているわけではないと彼は言います。ただ、子どもの実行機能にとってもっともストレスが強いのは、誰もかかわってくれない、ネグレクトであるということだと念を押しています。

このネグレクトは、特に、母親の学歴とかかわりがあると言います。父親の育児が増えているとはいえ、日本においては子育ての中心は依然として母親だと言います。そして、中学校卒業などの最終学歴である母親は、そうではない母親よりも、子どもとの関係性を築くことが得意ではないことは繰り返し示されているそうです。

もちろん学歴で全て決まるわけではありませんし、アタッチメントの関係性を築けるのは母親に限らないと彼は言います。父親の育児参加が進まないわが国ですが、父親でもしっかりとアタッチメントの関係性が築けるのです。また、里親が子どもにかかわることで実行機能が向上したことからも、子どもがアタッチメントの関係性を形成するのは里親でも問題ありません。教師や保育士などとも子どもはアタッチメントの関係性を築くことができます。最も重要なことは、特定の大人が、責任を持ってしっかりと子どもとかかわり、安心できる場所を提供するということだと森口氏は言うのです。

ここまで、ネグレクトや虐待などが子どもの実行機能の発達に及ぼす影響を紹介してきました。つまり子どもが養育者としっかりと安定した関係性を築くというのが、実行機能を育むための最も重要かつ根本的なものだということです。

この根本をしつかりと押さえたうえで、他に何ができるのかという点を森口氏は紹介しています。最も研究が進んでいるのが子育ての質です。子どもの発達に影響力があるのは、支援的な子育てと、管理的な子育てです。支援的な子育てとは子どもの自主性を尊重しようという子育てであり、管理的な子育てとは親が子どもを統制するような子育てです。

子どもが自分で洋服のボタンを外そうとしたり、靴ひもを結ぼうとしたりしています。もう少しがんばればできそうですが、でも、時間がかかりそうです。ある親は、いら立って子どもの代わりにボタンを外すでしよう。別の親は、親が代わりに外すのではなく、外すためのヒントをそっと教えてあげるかもしれません。たとえば、ボタンが穴に入るように、ボタンの持ち方を教えたりするでしょう。後者のようなかかわりを、支援的な子育てと言います。

愛着と実行機能

養護施設で育った子どもたちを無造作に三つのグループに分けました。一つは、以前と同じように施設で育つ子どものグループ。もう一つは、里親を探して、その里親の下で育つグループです。さらに、施設とは関係ない、生まれたときから家庭で育ったグループを加えて、三つのグループの発達を比較したそうです。その結果、大きく二つのことがわかっているそうです。まず、里親グループの子どもは、施設グループの子どもよりも、幾分思考の実行機能に優れるということです。里親グループの子どもは、里親によって庇護されます。ネグレクトの状況から脱することにより、ネグレクト状態の施設グループの子どもよりも、実行機能が改善されることがわかったのです。もう一つの結果は、里親グループの子どもは、生まれたときから家庭で育った子どもと比べると、思考の実行機能が低いということでした。この差は、年齢とともに広がっていくそうです。IQなどの影響を考慮すると結果がまた変わる点には注意が必要ではありますが、これらの結果は、早期に親などの養育する者との関係を築けなかったことが重要な影響を及ぼすことを示しているのだと森口氏は言います。

このように、ネグレクトは、子どもの実行機能の発達に深刻な影響を及ぼすと森口氏は言います。さらに彼は、これらの研究から導けるのは、養育者と子どもの生後早期の関係が極めて重要だということであるといます。自分の力で動くことも食事を得ることもできない状態で生まれてくる人間の赤ちゃんにとって、自分を庇護してくれる養育者は重要だというのです。

生後数カ月間をかけて、養育者と子どもは「アタッチメント(愛着)」という関係性を築き上げると森口氏は言います。アタッチメントとは、情緒的な結びつきのことを指します。このアタッチメントがあることで、赤ちゃんは不安なときや怖いことが、あったときに、安心感を得ることができると言われています。泣きながら養育者にくっつくことで、安心感を得るのです。

アタッチメントを形成するためには、特に生後間もない時期には、養育者側のかかわりが極めて重要です。赤ちゃんは不快なときや不安なときに、泣くことによって、自分の状態を表現します。養育者側は、そのような赤ちゃんに対して、敏感に反応する必要があります。赤ちゃんが目を覚ましたときに誰もいなければ不安で泣くことがあります。そのようなときは抱っこして、安心感を与える必要があります。お腹がすいたときにはおつばいやミルクをあげることで、空腹を満たしてあげる必要があります。このようなかかわりを通して、赤ちゃんとのアタッチメントの関係性が形成されます。

アタッチメントの関係性を築くことで、子どもは自分の感情をコントロールすることができるようになります。子どもは、最初は自分ひとりで感情をコントロールすることはできません。養育者にくつつき、慰めてもらうことで、コントロールしてもらいます。こういう経験を繰り返すなかで、感情をコントロールするという感覚がわかるようになります。そうすると、今度は自分で、たとえば指しゃぶりなどをすることによって、感情をコントロールできることに気づきます。そのうちに、養育者の手を少しずつ離れて、自分自身で感情や行動をコントロールし、実行機能を育んでいくと森口氏は言うのです。