興奮好き

高校における社会的カテゴリーには自ら進んで入るものと、人から指名されて入るものとがあるとハリスは言います。非行というカテゴリーはその両方だというのです。中にはその興奮と危険に惹かれて自らそのカテゴリーに入る者もいます。そのような者を興奮好きと心理学者は呼ぶそうです。他は否応なしに、他のどの集団にも受け入れてもらえなかったためにこのカテゴリーに配属された子どもたちであると言います。このような子どもたちは小学校においても仲間たちから拒絶されていた子どもたちです。たいていの場合、活発すぎて、気むずかしく、過剰なまでに攻撃的であるのが理由です。中学の頃には自分と同じような子を見つけ、お互いを励ましあったとハリスは言います。思春期の仲間集団に属する子どもたちは元来似たもの同士です。集団性により彼らの類似性はさらに増長され、他の集団のメンバーたちとの差別化を図るようになります。頭脳派はますます頭がよくなり、ガリ勉派はますますとろくなり、非行派は深刻な問題を起こすようになるのです。

思春期の子どもたちはほとんどの場合、自分の親とよく似ている人たちの住む地域で生活します。また仲間たちも自分とよく似た家庭環境で育ちます。子どもたちは家庭で学んだものを仲間集団にもちこみ、共通するものの多くをそのまま保持しますが、均質的な地域においてはその数はかなり多くなります。以前紹介したスナイダー博士のように、男の子のほとんどが医者を目指すような社会で育った子どもたちは、声変わりした途端にその計画を放棄するとは限りません。均質的な社会においては、成績の優秀な者が見せる思春期の反抗的行為は形式的なものともいえますが、人に危害を与えないまでも、やはり人を不愉快にさせます。女の子は髪の毛の半分を紫に染め、菜食主義者となると言います。男の子なら髪の毛の半分を剃り落とし、親にとっては耳ざわりな音楽を聴くようになるのです。それも大学への願書は記入するのです。愚かに見えても、どうしようもない愚か者ではないのです。このハリスの見解は、日本の思春期を迎えた若者と若干違いはあるものの、同じような行為をするものです。いくつか思い当たる節があります。

高校はさまざまな仲間集団を提供してくれますが、今述べたような地域では、これらの集団は親が快く思うようなものがほとんどです。仲間集団と親が同じ目標、価値観を共有する場合、ティーンエイジャーとその親とのトラブルは最小限に抑えられると言います。

トラブルが発生しやすいのはティーンエイジャーたちが親のものとはかけ離れた目標や価値観を掲げる集団の一員となったときです。親の言う「悪い仲間」とつきあうようになったティーンエイジャーに平和な家庭生活は望めないと言うのです。親は娘の友人を毛嫌いし、娘の服装も振る舞いも気に入らず、学校の成績にも満足できません。親は友だちとのつきあいを辞すよう彼女に言うものの、家の外での行動までコントロールすることはできません。結局彼女は親に内緒で友人たちと会い、そのことで嘘をつきます。親に与えられた選択肢は二つあるといます。いっそう独裁的になり、意地悪くなることでふたたび掌握を試みるか、あきらめるかです。