利己的な遺伝子

おそらく進化の過程で、私たちは、別々の心的モジュールに制御される二つの独立したシステムをもつようになり、それが子どもの面倒を見たいという気持ちを喚起するのだろうとハリスは言います。進化論者たちは、「利己的な遺伝子」という概念に触発され、血縁に基づく一方のシステムにしか注目しない傾向にあると指摘します。子どもを愛するのは子どもが自分の遺伝子を所有するからだという考え方です。この理論では、自分により似ているものにより多くの愛情を注ぐべきだと考え、そしてそれは正しいのです。ところが、この理論では同様に下の子よりも上の子を愛するべきだとも考えるます。なぜなら、上の子は一足早く係をつくり、それにより遺伝子永続の歩を進めることになるからだと考えます。8歳の子の死は、1歳の子の死よりも親への打撃は大きいですが、二人とも生存しているときは、関心が向けられてキスしてもらえるのは1歳児です。親のあり方を血縁に基づいて考えることの問題点は、すべての卵を同じカゴに入れてしまうことにあるとハリスは言います。

思春期を説明するには、そのカゴを二つに分ける必要があるとハリスは言うのです。進化の過程で私たちには幼い子どもを愛する二つの理由が与えられています。彼らが私たちの遺伝子を運んでくれるから、そして彼らは小さくてかわいいからです。ティーンエイジャーを愛する理由は、遺伝子を運んでくれる、その一つだけだと言うのです。大人並みの大きさになり、顔が長くなり、鼻が高くなり、そして汗が匂うようになると、思春期の子どもたちを見ても、育ててあげたいという本能はもはや呼び覚まされません。彼らにとっても私たちはさほど必要ではなくなります。少なくとも彼らが過ごす環境においては、親なしでやっていけるのです。

子どもと大人という年齢集団しかない場合、両集団間の敵対心は前者が後者に依存し、後者が前者をいたわり慈しむことで、消沈すると言います。ところが、ティーンエイジャーが独自の集団をもつと、年齢集団の間、すなわち大人とティーンエイジャーとの間に敵対心が萌芽する可能性があります。そして実際に萌芽しています。ハリスはこの敵対心の萌芽は相互的なものだと考えています。敵対心が最も目につくのは、集団性が顕著なときだと言います。なぜなら、集団性こそが敵対心を生んでいるからです。集団性が影をひそめている間は、ティーンエイジャーが大人と心暖まる関係を築くことももちろん可能です。大人が親友の一人となることもありえるのです。

ティーンエイジャーが大人に服装や話し方を真似されるのを嫌う理由、彼らが大人に真似されると新しい様式を生みだす理由が、わかるのではないかとハリスは言います。サイズも体形も大人のそれにだいたい追いついたものの、大人に間違われたくはないのです。集団のアイデンティティと忠誠心を他のメンバーに示す方法が必要なのです。思春期には皆が次のように質問したがり、実際に口には出しませんがお互いに問答を繰り返しています。

「あなたは〈われわれ〉の一員ですか、それとも〈彼ら〉ですか。あなたが間違いなく〈われわれ〉の一員であることを示す証拠を見せ、それを証明してください。」「彼らの規範なんてくそくらえだと思っているところを見せてください」「入れ墨でも十分ですが、鼻にピアスをしていればさらに効果的です。」