遺伝への注目

100年前、《JAMA》の論説者は、7歳のカール・マケルヒニーの「犯罪意識の発達異常」は彼の母親が妊娠中に読んでいた本に原困があるとしたそうです。今日、《JAMA》の論説者は、間違いなくカールの異常性をマケルヒニー夫人が犯した他の間違い、彼が生まれた後に行なった何か、もしくはし損ねた何か、に帰するでしょう。いずれにしても、カールの遺伝的素質に注目しないとハリスは指摘します。マケルヒニー夫人は犯罪に夢中だったとされています。「朝、昼、晩と彼女の頭の中は空想の、それも最も残虐な事件のことでいっぱいでした」カールとその母親は遺伝子の半分を共有し、二人とも最も残虐な事件が大好きなのです。

ハリスは、以前、乳児の頃に引き離され、別々の家庭で育てられた一卵性双生児の例をいくつか詳しく述べていました。お笑い姉妹はともに過剰なまでの笑い上戸でした。二人のジムは、ともに爪を噛む癖があり、大工仕事が好きで、同じ銘柄のタバコを吸い、同じ銘柄のビールを飲み、そして同じ車種の車に乗っています。二人は雑誌を後ろから前に読み、トイレを使用する前には一度流し、エレベーターの中ではくしやみをしました。彼らは二人ともボランティアの消防団員になりました。また別の双子は、海に行くと後ろ向きに、しかも膝の深さまでしかに入りません。その他にもともに銃職人になった双子、ともにファッション・デザイナーになった双子、そしてともに結婚歴五回という双子もいるそうです。これらはタブロイド紙記者のでっち上げではありません。立派な学術誌に掲載された立派な科学者による報告だそうです。こうした逸話は数多く、すべてが偶然とはとても思えません。不気味なまでに似ているというこのような話は、乳児の頃に引き離され、別々の家庭で育てられた二卵性双生児ではあまり聞かないそうです。

行動遺伝学の研究によって、人の性格に見られるばらつきのかなりの部分は遺伝によるものであることが紛れなく証明されました。他よりも短気な人、社交性豊かな人、そして小心な人がいます。こうした多様性は生得的な遺伝子による作用であると同時に、誕生後の経験によるものでもあるのです。その正確な割合、どの程度が遺伝子による作用でどの程度が経験によるものなのか、が重要ではないとハリスは言います。重要なのは、遺伝は無視できないという点だというのです。

ところが、通常それは無視されているとハリスは言います。たとえば養子のエイミーの場合です。それは養子の成功例ではありません。エイミーの親はエイミーに失望し、男の子である上の子を偏愛しました。学業成績を重要視した親でしたが、エイミーには学習障害があったのです。実直であることと感情を抑えることを親は重視しましたが、エイミーは派手な役回りが好きで、仮病も使いました。10歳になったころには、彼女は深刻でしたがはっきりとしない心理的障害を患うようになっていました。彼女は病的に幼く、社会能力に欠け、性格が浅薄で、突飛な表出が目立ちました。

エイミーは完全に嫌われた子どもだったのです。このケースが注目されたのは、エイミーには別の家庭に養子に出された一卵性双生児の姉妹、ベスがいたからです。

遺伝への注目” への10件のコメント

  1. やはり、遺伝ですか。「どの程度が遺伝子による作用でどの程度が経験によるものなのか、が重要ではない」とハリス女史は断言されます。そして「重要なのは、遺伝は無視できない」。なんとなくですが、わかるような気がします。研究者は一卵性双生児の調査研究からこのことを導きだすのでしょう。同じ双生児でも二卵性についてはどうやら一卵性ほどの相似は「あまり聞かない」とのことでした。「遺伝子」。残念ながら、私は研究者ではないので、研究者の皆さんが研究した結果を鵜呑みにするしかないのかもしれません。あるいは、自分自身のこれまでを振り返りつつ、父母あるいは祖父母との類似点を探し出すことによって遺伝を感じるだけのような気もします。「遺伝は無視できない」、まことに同意。しかし、環境による影響もスルーできないと思うのです。遺伝子と環境との相互作用による、と結論付けるならば、何か分かった気になりますが、だから何なんだという心の声が聞こえてきます。エイミーとベスの今後の展開をたのしみにしています。

  2. カールは異常性を持ち、わずか七歳にして残虐な殺人をおかしてしまいましたが、同じ残虐な事件を好む親は事件を起こさず、子供を作るまでになった。この違いはなんなのでしょうか。もちろんマケルヒニー夫人もなにかしらの事件を起こしているのかもしれません。しかし今はそうでないと仮定します。思考や嗜好の類似は見られても最終的な決断を下す部分でもう半分の遺伝子が作用してしまったのか、なにか決定的な誤りのある経験をしたのか。虐待を受けた子供は虐待をしてしまうと言いますし、周囲の大人の行動が子供のその後を大きく作用してしまうと考えれば軽率な行動はできません。

  3. 今日から新年度で、長男は学童へ通う為に、次男と出発の時間が異なりました。初めて長男のいない次男だけの自転車に跨った時に、その思いがけない軽さに思わず驚いてしまい、それと同時に強烈な寂しさが込み上げてきて、今まで一緒に過ごしてきた朝の時間が掛け替えのないものであったことを実感しました。長男は、気分屋の次男の面倒を本当によく見てくれました。次男が自転車の後ろに乗りたがる時も、気前よく譲っては狭い前の座席に収まってくれました。改めて彼への尊敬の念が湧くと同時に、その彼の持ち前の資質がもしかすると私達夫婦からの何%かの遺伝が影響しているのかもわからないと思うと、何だか嬉しくなります。親としての責務を一つずつ果たしていく、その小さな一つが終わったような達成感と終わってしまった寂しさ、そして新たな始まりを感じる朝です。

  4. 〝重要なのは、遺伝は無視できない〟とありました。我が子は顔は自分には似てませんが、性格で似ている点がいくつかあります。それは環境からのものであるか、たまたま一緒であるのかと思っていましたが、遺伝であるかもしれないということに驚くとともに、親として子どもに自分の何かが受け継がれているということに、嬉しくなります。何か一つでも自分のものが後世に受け継がれていくと思うと、そして、自分にもそんな風に受け継がれてきたものがあると思うと、壮大なものであることを感じます。

  5. 一卵性双生児のシンクロする人生の過程は様々なテレビ番組で取り上げられることもあり数奇な現象が起きるものだなと感じていました。確かに、双子は特に似た遺伝子を持っているでしょうから類似している部分は多くあるのではないかということが分かります。その上で、離れて過ごしている一卵性双生児の研究というのは遺伝子の影響をどれほど受けているのかということをはかることや環境の影響がどれほどかを見るにはとても大きな意味を持つ結果が出てきそうですね。これまでの保育を見ていても、環境要因ばかりが言われることも多く私自身もそこばかりに注目していましたが、それだけではなく、遺伝子にも影響を受けているというのを聞き、これまでも様々な説や研究が紹介されていましたが、まだ、どこか消化できていないところが多々あります。理解できるよう整理して考えていきたいと思います。

  6. 「重要なのは、遺伝は無視できないという点だというのです。」とあります。一卵性双生児の不気味なまでに似ているところは本当にすごいですね。最後にあるエイミーのケースですが一卵性双生児で片方があまりにも酷い環境下に置かれている時に対してもう一方がどんな環境下で育ったかでも似てくるのかという最後の動向というのは非常に気になるところであります。そう考えると親から受け継いだ遺伝というのは今自分の中にどのくらいを占めているのですかね。確かに行動と考えているとこが似ているところは否めません。

  7. 身近な知り合いに一卵性の双子の男性兄弟がいるのですが、二人とも高校を卒業後は別々の場所で離れて住んでいたのにも関わらず、同じように肥満体型になり、そして別々の場所で同じように体型の小柄な女性と結婚をしています。今回のブログにある一卵性双生児の例を見ると、趣味や趣向、体型に到るまで人の成長には遺伝的な要素が大きく、偶然という言葉では片付けられないということを感じます。子どもの育ちに関して環境的な要素と遺伝的な要素とでは、やはり遺伝的要素の占める割合、影響が大きいように感じます。そうであるのならば、子どもたちに対して環境的な要因に含まれる私たち保育者や園はどうするべきなのでしょうか。遺伝という子どもの持つ個性を受け止め、豊かな育ちにつなげていく為には、私自身が学ぶべきこと、考えるべきことが多くあります。

  8. 同じ双子でも一卵性と二卵性とでは全く違う育ちをするのは興味深いです。確かに園でも一卵性と二卵性の双子の園児がいましたが、ブログに書いてあるように一卵性の双子は微妙な違いはあるものの、興味などは同じ方向でしたが、二卵性の双子は性格も全く違いましたね。ハリスの「遺伝は無視できない」という言葉は深く聞こえます。やはり親になり二人の子を持つと、二人に私たち夫婦の遺伝が繋がっていると思うと、嬉しく思いますが、自分の過去を振り返ると複雑な気持ちにもなります。逆に言えば、何が起きても心の準備はできていると言ってもいいのかもしれません(笑)

  9. 「どの程度が遺伝子による作用でどの程度が経験によるものなのか、が重要ではないとハリスは言います。重要なのは、遺伝は無視できないという点だというのです」とありました。やはり、遺伝子は人の行動、性格に大きく作用するのですね。ですが、この言葉からは同時に環境も無視できないということも伺えるような気もします。当たり前なことなのかもしれませんが、赤ちゃんを見ていると、生まれて間のないのに、こうもそれぞれに違うのかということを思い知らされます。それぞれに興味のなるものは違うような態度を見せます。生まれながらに個性的であるということが遺伝的な影響を受けていることを示すことになるのでしょうか。

  10. 人それぞれの特徴において、”多様性は生得的な遺伝子による作用であると同時に、誕生後の経験によるものでもある”という考え方が、遺伝子的に持っているものが環境に作用して現れてくる、それは、環境を通して子どもが発達していくことを言っていると思います。その環境には、社会があり、その社会の中の大人も含めた集団で生きて往くなかで、さらに細かい集団、子ども集団のなかで、集団としての属するカテゴリーにあったものを学びとっていく、そのときに遺伝子的に持っているものが環境と作用し、一つの特徴としても出てくるのだろうて感じました。

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