文化の融合

バイカルチャラルな子どもたちはその二文化を融合する場合と二文化間を行ったり来たりする場合があります。この「行ったり来たり」はコード・スイッチングと呼ばれており、それについてハリスは以前述べています。

ではコード・スイッチングする子もいれば、融合する子もいるのはなぜでしょうか。移民の文化が一世代で姿を消す場合もあれば、三世代を経て姿を消す場合もあるのはなぜでしょうか。「人種のるつぼ」に関してあれだけの論文が発表されているにもかかわらず、社会学者、心理学者はいまだにこれらの違いには注目していないとハリスは言います。そのためにハリスの意見を支える証拠は事例が中心となるのです。

移民が別の国からアメリカへと移住するとき、彼らは同じ国の出身者が多く居住する地域に転入します。チャイナタウンがあれば、コリアタウンもあります。プエルトリコ出身者、メキンコ出身者ばかりが住む地域もあります。昔はイタリア人、アイルランド人、もしくはユダヤ人が多く居住する地域が決まっていました。また中西部にはスウェーデン人、ノルウェー人、ドイツ人がそれぞれ多く居住する地域もあったそうです。このような地域で育つ移民の子どもたちは、同じような家庭環境にある仲間たちに囲まれることになります。彼らは皆家庭では英語を使わず、スプーンやフォークでなく箸が使われたりします。

このような地域の子どもたちは二つの文化を融合させていきます。彼らは外国色のあるアメリカ様式を身につけるのです。英語はしゃべりますが、外国語訛りのある英語だったりします。数年前のプリンストン大学の学生新聞にある新人生の苦情が掲載されたことがありました。彼女は同級生からしつこく、どこの国の出身かと聞かれたそうです。彼女はテキサスで生まれ育ったメキシコ系アメリカ人で、そう聞かれることで不快な思いをしたそうです。自分の話すスペイン語訛りの英語がそのような質問を誘発していたことに彼女は気づきませんでした。ハリス通っていたアリゾナ州の高校にはメキシコ系アメリカ人が多かったそうです。彼らのほとんどはメキシコ系アメリカ人の仲間集団に属し、スペイン語訛りの英語を話していたのです。

移民文化は通常、一、二世代後、最長でも三世代後には姿を消してしまいます。社会学者はそれは徐々に経過するものだとしているそうですが、それはそう見えるたけだとハリスは言います。集団全体として考えれば徐々にですが、家族単位ではそうではないと言うのです。古い文化は、家族がチイナタウやメキシコ系アメリカ人が多く住む地域から同じ国の出身者の少ない地域へと転出した途端に、わずか一世代で姿を消してしまうのです。徐々に経過するように見えるのは、全家族が同時期に転出するわけではないからだとハリスは言います。転出が可能になり次第、転出する家族もいれば、数世代待ってから転出する家族もいるのです。

文化の融合” への8件のコメント

  1. 今回のブログのキーワード「コード・スイッチング」。すなわち「行ったり来たり」。文化の融合の問題に関して、このコード・スウィッチングは私自身の経験に照らして実にピンと来るタームです。私は幸い日本語だけで生活可能な環境の中でこれまで生きてきましたから、同族語とは言え、スペイン語と英語などというバイリンガルなカルチャアにおける融合問題には程遠いのですが、それでも「訛り」ということについては昔も今も割と強く意識しています。そして実生活においてもこの「コード・スイッチング」は日常のことです。特に言葉は職場にいる時と在宅の時では同じ日本語ではあれ、東京方言と私の生まれた地域の方言の「行ったり来たり」の中で暮らしているのです。さて、私の子は家では東京方言と私の生まれた地域の方言環境の中にいるわけですが、まぁ、1日の暮らしの中では東京方言の影響が圧倒的に大きいわけで、それでも家の中では私たちの方言の真似をして発言することがあります。それを聞く私は何だか奇異なものを感じてしまいます。その方言がどうもネイティブではないのですね。何だか面白いなと思ってしまいます。今日から年末年始は私の生まれた土地で過ごします。どっぷり方言及び付随する文化世界につかります。わが子はバイカルチュラル体験するのか。意識するのかどうか。

  2. アメリカのような国では、まさに文化の融合といったことはよくあるようなことになるのでしょうね。自分自身が東京に住んでいた時に思うのは住む期間が長くなるほど、自然と自分の方言が無くなっていくことに違和感を感じますことでした。とはいえ、実家に帰ると方言は戻るのですが、それも中途半端な感じになってしまいます。逆に今、実家で生活するとまた方言はもどり、標準語が無くなってきます。それほど、文化に順応する力というのは人にあるのだということは身をもって感じているところであります。融合される部分と「コード・スイッチング」される部分、自分の身で感じているところがあるので、とても納得いく部分でもあります。

  3. 「移民文化は通常、一、二世代後、最長でも三世代後には姿を消してしまいます。」この事実は衝撃です。「集団全体として考えれば徐々にですが、家族単位ではそうではない」とても納得してしまいます。家族という集団がその社会に入ってしまえば当然その社会の色へと溶け込んでいく部分が生まれることでしょう。受け入れる集団側もまたそうなることを望んでいるような気もして、そうなること全てを頭ごなしに善と思っていましたが、文化の継承という点においてはまた異なった観点が存在するのですね、大変勉強になりました。
    そうして大きな流れの中に混ざっていく、それはゆくゆくは人類が多様性を持ちながら一つになっていく、ということなのでしょうか。先生のスバル理論、コーヒージョンの視点が思い出されます。

  4. 日本でも九州と東京ではアメリカほどではありませんが、受け継がれてきた文化に違いがみられるものです。自分が高校卒業と同時に神奈川に働きに出た時には、いろんなところから来ている人がいて、最初は話す訛りでどこからきたか当てっこが会話の中心だったことを思い出しました。自分も抵抗はしていたつもりでしたが、そこの言葉に染まっていくのを感じていましたし、実家に帰ってくると熊本の言葉を使っていました。これが〝コードスイッチング〟なんでしょう。自分の経験と照らし合わせてみて、納得のものです。さらに、働きに出ていた時の先輩とたまに会うことがあるのですが、その時は当時の言葉が出てくることに自分でも驚いたものでした。このような融合する部分とスイッチングする部分とが混在しているということが理解できました。

  5. 「集団全体として考えれば徐々にですが、家族単位ではそうではないと言うのです」とあるように、個々で考えた時にあっという間にその文化に染まっていくことがよくわかります。友人の方言が割とすぐに思い浮かびますね。周りは面白がって真似してみたりすることもありますね。その中の一人ではありますが、その友人もいつのまか標準語になっていました。しかし、お父さんとの電話では一瞬で方言に変わり、不思議なものだなーと感じていました。方言はないにしろ家族といる時と友人といるときの振る舞いもそうなのかなと感じますね。なにかスイッチする感じがその感覚なのかと思えてきます。

  6. “「行ったり来たり」はコード・スイッチング”という言葉から、考えていくと、異文化、移民文化として、実際に育ってきた文化と今、環境としている文化が混合している際には、文化を行ったり来たりするなかで融合されていく、一つ前の内容にもあったように、親がもつ文化を子どもへ継承していくのであれば、厳格な中で、育て教える必要があることを考えます。その文化にいれば、その文化に適応することが生活するなかで、文化を受け入れなければ、ならない、その二つの文化を”コードスウイッチング”することができるのも適応力の高さでもあるのですね。

  7. 移民の文化ほど大きくないかもしれませんが、日本国内でも似たような事がある気がしました。例えば方言はそうですね。私は東京に来てもう人生の半分くらいは経過しましたが、自然と標準語になりましたが、富山に帰ったり、実家の父母と話すときは自然と方言が出ます。また東京に点在している物産館はアメリカでいうチャイナタウンみたいな感じでしょうか(笑)文化の融合という観点で見ると、温故知新という言葉が私は思い浮かびます。古いものを知って、新しいものに転換する。文化はもちろん大切にしなければいけませんが、時代が変化すると共に文化も時代に合わせて変化しなければ継承は難しいと思いました。そのためにも融合という考え方は重要な気がします。

  8. 「同じ国の出身者の少ない地域へと転出した途端に、わずか一世代で姿を消してしまうのです」とありました。同じ国の出身者ばかりで形成された集団では当たり前だったことが、そこから出ると途端に当たり前ではなくなるので、古い文化は消滅してしまうのでしょうか。それは、集団の中で生きるために必要な力でもあるのかもしれませんね。学生時代、関西方面にん進学した友人が帰省時に関西訛りの言葉を使って話していた時のことを思い出します。当時は、それがなんだか嫌な感じでしたが、それはある意味では人間的なことなのかもしれませんね。関西に住む以上は、その地域の言葉で話をしないとよそ者になってしまいます。よそ者から脱却のためには大切なことなのかもしれません。

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