過去や未来

鏡に映った自己を認識するかどうかを調べるために、ルージュテストとよばれる実験をします。それは、本人が知らない間に口紅を顔に付けて鏡を見せたときに自分のその部分を触れるかどうかを調べたものです。また、逆に鏡に口紅を付けて、そこに自分の顔を映したときに、自分の顔に口紅が付いていると思って、顔のその部分を触ろうとするかということを試したものです。このルージュテストに通過できるようになるのは、2歳前後であると結論づけられています。1歳以下の乳児は、鏡を見せられても、他者がいるかのように振る舞うと言われています。18ヶ月以降になると、鏡に映った自己像を見て、自分の顔に付いた染料を触れるようになることがわかっています。2歳を過ぎる頃には、多くの子どもがこのルージュテストに通過することができるようになります。このことと関連して、2歳前後になると、恥ずかしがったりするなど、自己と関連するような感情を示すようになり、また、自分の名前を呼ぶようになったりすると言われています。1歳半から2歳頃という時期が、自己の発達の重要な時期のようだと言われています。

私は、鏡に映った自分の姿や、写真に映った自分の姿を認識するのは、もう少し早い時期からできるようになるのではないかと考えています。それは、実験からではなく、乳児の観察から感じることです。自分の顔を他者と区別して認識するのは、新生児模倣と同じ時期である気がしているのです。それは、模倣というのは、他者と自己を区別し、他者の行為を自己の行為に映すことで、コアノレッジのひとつではないかと思うことがあります。それは、新生児模倣と同じように、新生児から他者に対してつられ泣きをするというのも自己と他者を区別することで行ないます。それは、自分の泣き声を聞かせてもつられ泣きをしないということでもわかります。

ここで、興味深いことがあります。それは、ルージュテストを通過でいる2歳児も、過去の自分の認識は十分でないようだと言うのです。比較認知科学者であり、俳優業もこなすポヴィネリ博士らは、ルージュテストを修正した課題でこの点を検討したそうです。この研究では、実験者が、子どもに気づかれないように頭にステッカーを貼ります。この様子をビデオに収録しておき、数分後に実験者と子どもが録画された映像を見ます。つまり、映像の中で自分がステッカーを貼られた様子を見るのです。ルージュテストとそれほど変わらないように思えるこの実験では、3歳前半の幼児でもステッカーを取ることができなかったそうです。3歳後半になると、ステッカーを取れるようになったそうです。

さらに、開博士と宮崎博士は、子どもの頭にシールを貼った後に、数秒間遅延が入る映像を見せました。映像にはシールが頭についた子どもの姿が映っており、子どもが動いた数秒後に映像が動くように工夫されています。つまり、時間的な随伴性を狂わせるのです。遅延が入らない映像では、ステッカーを取ることのできる3歳児も、遅延がある映像を示された場合にはステッカーを取ることができなかったそうです。これらの結果は、2歳児は「今、ここ」の自分の姿は認識できても、過去や未来といった時間的側面を含んだ自己認識は不十分であることを示しているのです。3歳から4歳にかけて、過去の自分や未来の自分というものを認識できるようになると言うのです。