聞く準備

ゲルゲイ博士とチブラ博士は、「自然な教授法」と言われる理論を提唱し、大人と乳児のコミュニケーションの中に、人間の学習の本質があると主張しました。彼らは、大人と乳児のありふれたコミュニケーション風景を理論にまで仕立て上げました。それは、このような自然なやり取りにおいて、乳児は様々な知識や概念を効率よく学習できると主張したのです。大人が自然に表出する、乳児へのアイコンタクトや乳児向けの発話のことを、ゲルゲイ博士らは顕示手がかりと呼んでいます。コミュニケーションに関する理論である関連性理論に由来していますが、顕示手がかりとは、情報の発信者が、受信者に発する「今からあなたに情報を伝えますよ」というサインのことです。この顕示手がかりによって、情報に発信者は、受信者に対して、次にやる行動には、伝達する意図があるということ、伝承するという文脈を準備することと、誰に対して伝達がなされるかということを伝えます。

大人同士のコミュニケーションだと、「ねえねえ」と言って、話の聞き手に対して、「今から話をする」ということを伝えます。大人と乳児のコミュニケーションだと、アイコンタクトなどをすることによって、養育者は乳児に対して、「今からあなたに伝えますよ」という意図を伝えるわけです。これまでのブログで紹介してきたように、乳児には、他者の視線に対する高い感受性があり、大人が発するそれらの手がかりに素早く注目することができます。言い換えると、乳児は顕示手がかりを検出し、養育者から何らかのことを学習する準備をするのです。

なんだか難しい言い方をしていますが、私たちは保育をする上で、子どもとコミュニケーションをしようとするときに、何かしらのサインをまず子どもに出して、あなたに何か伝えようとしているという情報をまず伝えます。こちらに注目させるのです。そのサインによって、子どもはこれから話されることから何かを得ようとする準備をするというのです。それを乳児からしているというのです。すなわち、顕示手がかりによってコミュニケーションの場が設定され、乳児が学習する準備ができると、その次に、養育者は指さしなどの参照サインを出し、具体的な伝達内容を特定します。例えば、ネズミのぬいぐるみを指さして対象を特定し、「ミッキー」と発話することで、ぬいぐるみの名前がミッキーであることを特定し、ハンマーの操作方法を教えるのです。つまり、顕示手がかりで学習するための場面を設定し、その後に参照サインで伝達内容を特定してから情報を伝えることで、コミュニケーション文脈における乳児の学習は成立しているのです。また、あるハンマーの操作方法を学習した乳児は、別のハンマーにも学習した知識を般化できます。ゲルゲイ博士らは、このように、乳児はある特定の場面や機会に依存しない、般化可能な知識を得ることができるということを強調しているのです。

実際の研究では、顕示手がかりがある場合とない場合を比較して、乳児の行動がどのように影響を受けるかを調べたそうです。例えば、6ヶ月児を対象にした研究では、大人の実験者が乳児とアイコンタクトをした後に、実験者の前に置かれた二つの物体のうち、一方の物体を注視したそうです。この条件と、実験者が乳児とアイコンタクトをしなかった条件とを比較したところ、アイコンタクトをした条件の乳児は、実験者が注視した物体を注視しましたが、アイコンタクトがない条件の乳児は注視しなかったそうです。顕示手がかりによって乳児が大人から情報を受信する準備をしていることが明らかになったのです。