文化の進展

チンパンジーはエミュレーション、人間の子どもは真の模倣をするということが示されたそうです。すなわち、子どもは不要な部分まで真似してしまったのです。これは、どういうことなのでしょうか?エミュレーションの方が、有効な戦略のはずですから。ところが、人間の乳幼児は、他者の行動を逐一真似してしまったのです。近年、「過剰模倣」という言葉を使う研究者がいるくらい、乳幼児は不必要な他者の行動すら真似してしまうのです。森口は超模倣者と言うくらいです。しかし、トマセロ博士によれば、この真の模倣こそ、累進的な文化学習に重要だというのです。文化が世代を超えて累進的に蓄積されていくには、教わったことをまずそのまま再現することが必須だと言います。誰かが開発した素晴らしい道具を、その用途(目的)だけ理解して別の道具を作ろうとしても多大なコストや時間がかかりますし、うまくいかないこともあります。まずは、モデル通りに道具を作ったり使えたりするようになって、その後でアレンジすることによって、文化は徐々に進展していくというのです。近年は、トマセロ博士は、乳児は他者から学習するだけでなく、他者に教授する存在であることも示しているそうです。

このトマセロ博士の人間における視点はとても興味深いです。それは、乳児が生得的に持っている能力と言うだけでなく、人間が大人になっても文化を学習し、それをより進展させていくためにも必要なことです。ヒトは、特に大人になると、他者の真似をすることに抵抗します。真似をするということは、自分がないというか、自ら何も考えていないかのように思われてしまわないかと考えてしまうことが多く、ためらうことが多いような気がします。また、真似をする場合も、そのまま真似をすることはよしとせず、一部だけを取り入れることも多い気がします。しかし、その目的だけを真似ても、多大なコストと時間がかかりますし、うまくいかないことが多いというのも頷けます。

また、乳児から他者の真似をするだけでなく、教えたがるというのも重要です。これも以前のブログで2014年09月12日の毎日新聞記事の紹介をしました。そこでは、「赤ちゃんは、“教えたがり”…受動的な子供観見直しも」ということで、何も知らない赤ちゃんは、大人が教え、赤ちゃんは教わる存在であるということが言われてきましたが、実は、赤ちゃんは教わる存在というよりも、教えようとする存在でもあるという九大の橋弥和秀准教授(比較発達心理学)らの研究が紹介されていました。この研究は、米オンライン科学誌プロス・ワンに掲載されました。

次にトマセロ博士と並んで現在の発達心理学を牽引するゲルゲイ博士とチブラ博士の主張について森口は紹介しています。彼らは、「自然な教授法」と言われる理論を提唱し、大人と乳児のコミュニケーションの中に、人間の学習の本質があるという主張をしているそうです。彼らの理論が優れているのは、大人と乳児のありふれたコミュニケーション風景を理論にまで仕立て上げたところだと言われています。大人と乳児のコミュニケーションを思い浮かべると、大人は対自然と乳児向けの行動をしてしまいます。乳児に何かを教えるとき、乳児の名前を呼び、アイコンタクトをし、それから乳児に向けて物の名前を教えたり、道具の使い方を教えたりします。大人は、自然にこのような行動を発信し、乳児はそれらの行動を受信します。これらの行動を理論化していったのです。