随伴性

乳児は、アイコンタクトから意図を読み取ることはできるのでしょうか?ジョンソン博士らのグループは、モニター上に乳児とアイコンタクトしている顔と、目をそらした顔を提示したところ、乳児は前者のほうを好んで見たそうです。乳児は、アイコンタクトをしてくれる他者を好んで見つめるようであるというのです。しかし、私はその考え方に少し違和感を感じます。それは、赤ちゃんは早い時期から他者の視線を感じるようになります。京都大学の総長である山極さんは、白目があることから、視線を感じる事によって人類は共感力をお互いの間に持ってきたと言います。そして、その共感力を持って、家族を形成し、その家族の集まった社会を形成してきたと言います。ですから、白目が見える距離でお互いに会話をすることが必要だと説きます。

特に乳児は、話しかける他者の表情や視線から、自分に向けてのメッセージを感じています。ですから、どちらを好むかということではなく、自分に視線が向けられていないときには、自分に何かを伝えようとしていないと判断して、目をそらした顔には関心を持たないのではないかと考えます。すなわち、乳児はアイコンタクトから意図を読み取ることができると言うよりも、乳児には、アイコンタクトで意図を伝える必要があるということだと思います。乳児に話しかけるときには、きちんと相手の顔を見て、表情豊かに語りかける必要があるということです。それは、必ずしも言語という道具を使わないでも、視線と表情という道具を使うことの方が重要な気がします。

このことがはっきりわかるためには、6ヶ月頃までに見られる社会的随伴性の理解はどうであるかを考察する必要があります。私たちは、他者に働きかければ、他者は自分に働きかけてくれることを知っています。私たちが微笑みかければ、相手は微笑み帰してくれるように、自分の行為に対して、相手が応答してくれるということを理解しています。そのような行為に対して、社会的随伴性の理解とするのはどうしてでしょうか?それは、この随伴性が不安定なものであるからだと森口は言うのです。相手の機嫌が悪かったりすると、微笑みかけても必ずしも向こうからの応答が返ってくるわけではありません。一方、物理的な随伴性は、ほぼ完全です。例えば、同じ力でボールを壁に向かって投げつければ、ボールは毎回完全に同じように跳ね返ってきます。壁の機嫌によって、跳ね返ったり、そうでなかったりということはありません。

この社会的随伴生徒物理的随伴性の違いは、人間と物体の性質の違いをまさしく反映していると森口は言います。しかし、重要なことは、乳児が完全に随伴してくる刺激よりも、不完全に随伴してくる刺激のほうを好むということだと言います。

生後2~3ヶ月児の乳児が、社会的随伴性に気づいていることが知られています。最も有名なのがスティルフェイスパラダイムだそうです。スティルフェイスとは、顔が停止した状態のことを意味します。この研究では、乳児と母親のやりとりをしてもらうのですが、途中で母親の顔がスティルフェイスになります。最初は、乳児が声を出せば母親も声を出して応答し、微笑みかければ母親も微笑み返すというやり取りがあったのに、スティルフェイスになったら、母親は何も反応してくれません。乳児は、どう反応したのでしょうか?