他者の心の理解の基盤

シミュレーション説というのは、他者の心を推測するために、自分の視点から考えるというものです。森口は、こんな例で説明しています。小学校でクラスの友だちに嫌がらせをしたとき、教師は「もしあなたがそんなことをされたら、嫌な思いをするでしょう?」と説くような場合です。このような保育者が行なっている行為は、園でもよく見かける姿です。それは、他者の心の理解の基盤として、自分の心があるという考え方です。同様に、他者の心を理解する「理論説」と違うのは、基盤として自分自身の心を参照にする点です。

この説について、ハリス博士は、「幼児は、ある状況における他者の感情や欲求、信念をシミュレーションすることでそれらの心の状態を理解できるようになる」と言っています。前に紹介したサリー・アン課題でも、サリーの状況に自分の身を置くことが必要になるのです。子どもは、ボールが箱の中にあることを知っていますが、サリーと同じ状況を想定し、そのような状況だったら自分はどういう振る舞いをするのかを考え、サリーの行動を予測するということになると言うのです。

理論説もシミュレーション説も、実験的にはどちらを支持する証拠もあり、現段階ではどちらが正しいとは決められないそうです。そもそも、理論説もシミュレーション説も、詳細な予測を生み出す仮説ではないので、明確な線引きはなかなか難しいと言われています。

他の考え方で主なものは、メタ表象説とモジュール説だそうです。メタ表象説は、バーナー博士によって提唱されたものだそうです。彼によれば、表象とは、表象される内容のことではなく、表象媒体であり、表象過程のことであるとしました。例えば、私たちがカバについて考えている場合、表象される内容はカバであり、表象はカバのことを表わしている心だというのです。

メタ表象とは、他の個体が表象していることを表象する能力のことを指します。誤信念課題で見られるように、サリーが表象している現実について、例えば、ボールはバスケットになると思っているというようなことについて、4歳児は表象できるようになると言うのです。バーナー博士は、このようなメタ表象の獲得こそが、誤信念理解の基盤にあると考えたのです。

モジュール説は、心の理論は生得的に備えているモジュールが、発達とともに徐々に機能していくという考えだそうです。この考えのもとになったのが、自閉症スペクトラムのひとを対象にした研究だそうです。自閉症は、社会的な相互交渉の質的な障害、コミュニケーションの質的障害、行動と興味の範囲の著しい限局性などを持って診断されます。バロン・コーエン博士らが自閉症児にサリー・アン課題を与えたところ、定型発達児やダウン症児よりも成績が悪いことを見出したそうです。これらの結果から、自閉症の原因は、心の理論の欠如であるという考えが生まれたそうです。自閉症者の中には知的に優れた人が多数いることから、心の理論は、他の知的領域などとは独立したモジュール性を持ち、それだけが欠落した人がいると主張されるようになったのだそうです。ただし、近年は、自閉症を心の理論だけで説明するのは難しいと考えられているそうです。

まだまだ、色々なことが研究途上であるのですね。