ホットからクール

マシュマロ実験で、うまく先延ばしが出来る子どもは、魅力的なお菓子とベルから戦略的に気をそらす方法を思いつきました。それは、彼らが、様々な方法を使って自らを冷却することに成功したのです。彼らは、また、誘惑するもののクールで抽象的で、情報を提供してくれる側面に意識を集中し、想像力を働かせ、ホットな特徴を避けたり、変えたりして冷却しました。お菓子を手に入れるために待つのに、彼らが使った多種多様な認知的スキルは、ずっと後年、友だちと映画に出かける代わりにハイスクールの試験のために勉強したり、人生で彼らを待ち受けるほかの無数の待ったなしの誘惑に逆らったりするのに必要とされるスキルのプロトタイプであるとミシェルは考えています。

ここで、私は少し疑問を持ちます。多分それは、ミシェルによって、考察を進める中で解明されることでしょうが、現時点ではその説明に、実際の子どもたちを見ていて「そうかな?」と思うところがあります。それは、ホットな情動をクールにする方法として、気をそらすことが中心に語られていますが、コメントにもありましたが、私たち集団で子どもたちを保育している現場として、クールダウンするために、他の子どもの存在、子ども集団の力が影響することが大きいような気がします。遊びに集中して、なかなかそれを切り上げることが出来ない1歳児に、ある保育者が他児を呼びに行かせたのです。すると、いくら大人が指示してもきかなかった子が、同じ年齢の子が誘うと、いとも簡単に切り上げ、自ら次の行動に移っていったのです。その行為は、協力を基盤として進化してきた人類において、仲間の誘いに対して、社会規範を守ろうとする力が働いた気がします。

もし、マシュマロ実験の時に、部屋に同年齢の複数の子どもたちを残して立ち去ったときに、どのように子ども同士が影響し合って欲求を先延ばすかを知りたい気がします。また、もし、異年齢の子どもたちが部屋にいたときには、どのような行動を起こすかを知りたい気もします。これは、園で実験が出来るかもしれませんね。もしかしたら、友だちの存在が、気をそらす対象になるのかもしれませんし、励まし合うのかもしれませんし、競い合うこともあるかもしれません。一人の子どもの観察から得る結果よりも、より複雑な条件が絡み合うことでしょう。しかし、現実の社会では、きっとその方が多くの場面で起きることのような気がするのです。

ミシェルの考察に戻ってみます。彼は、年齢は多きに関係があると言います。4歳未満の子どもの大半は、マシュマロ実験で欲求充足を先延ばしにし続けられないと言います。誘惑に直面すると、たいてい30秒以内にベルを鳴らしたり、お菓子をかじり始めたりします。それは、クールシステムが、まだ十分発達しないからだと彼は考えています。彼らにとって、殺風景な小部屋でクッキーとベルに向かい合って座っているのには、恐ろしく長い時間なのです。

 また、性別も関係しているとしています。男の子と女の子とは、それぞれ成長の異なる段階で、異なる木の実を発達させますし、手に入る報酬にも持つ意欲が左右されると考えています。男の子にとって、待つ甲斐のある報酬も、女の子にとっては望ましくないかもしれません。その逆があるかもしれません、しかし、どちらにとっても同じ価値を持つものに対しても男女の差が出たようです。

ホットからクール” への15件のコメント

  1. 先日、年長児がおやつのクッキーを作りました。そんなこともあり、年長児がクッキーを乳児さんたちが座っているテーブルに運んでいました。テーブルには6人ほどの乳児さん(1歳半ほどの年齢の子たち)が座っていてそれぞれの子の前にクッキーが置かれました。ちょうどマショマロ実験の話題になっていたので、目の前にクッキーが置かれてどうするのかな?と何気なく見ていました。私は割とすぐに食べてしまうんだろうなと思って見ていました。ですが、その中で一番年齢の高い、もうすぐ2歳になろうとしている男の子がどうやらなんだか食べたいけど待っているような姿で座っていました。もしかしたら普段からおやつの時は待ってねと言われているからなのか分かりませんが、待とうとしているように見えて驚きました。いそいそしていたので、そのあとその場を離れてしまったのですが、こういった姿、また実験を子どもたちの姿からじっくり観察してみたいなとブログを読んでいて、思いました。「部屋に同年齢の複数の子どもたちを残して立ち去ったときに、どのように子ども同士が影響し合って欲求を先延ばすかを知りたい気がします」というのは本当に見てみたいですね。一人でいるより、きっと複数でいる方が結果に影響があるはずです。長期的な何かを目指す時も、一人よりも複数で目指す方が途中で諦めにくいと思います。集団での生活を経験することで、自制の力、誘惑に負けない力が備わっていくということはきっとあるように思います。それを現場で証明できるような観察、方法の仕方を考えることも大切なのかもしれませんね。

  2. 1歳児クラスで、ある子が別の子に使っていた玩具を取られてしまいました。取られてしまった子は瞬間的に「ぎゃぁあ〜」となって感情をあらわにします。その様子を見た別の子が、近くにあった玩具を拾い上げ「これでどう?」といったように差し出しました。その子は、一瞬「これでいっか…」といった表情を見せましたが、はやり自分が使っていた物は違うと訴え、ムスッとしていました。ここで、「ホット」な感情を1歳児の協力によって瞬間的ではあるものの、「クール」に変換させていたのではとも感じます。玩具を渡そうとする、協力しようとする他児がいなければ、感情が急激に高まってホットさによって玩具を取った他児に危害を加えていたかもしれません。状況によっては、2歳であっても、ミシェルの言う4歳同様の欲求の先延ばしができるかもしれませんね。ミシェルのこの実験というのは、個人の欲求を自らの力だけで先延ばしにできるかという形ですが、社会に出てみるとそんなルールはないと思います。他者の協力を求めて頼るという欲求の先延ばすという方が、社会では必要であったり知りたい部分でもあるように感じました。

  3. 部屋に同年齢、異年齢の複数の子どもたちを残して立ち去ったとき、どのように子ども同士が影響し合って欲求を先延ばすのか、とても気になりますね。私も今までの内容を読ませていただき、「クールダウンするために、他の子どもの存在、子ども集団の力が影響することが大きい」と感じました。それは大人集団でも同様だと思いますが、集団の持つ力は、影響されながら共に刺激を受け、向上していく特性があると思っています。そして、お互いの未熟な点を補え合えるのも魅力的です。クールシステムがまだ十分発達していない、未熟な時期だからこそ、集団の力が活きるように思えました。集団のメリットとして、様々なものがあると思いますが、「部屋に同年齢、異年齢の複数の子どもたちを残して立ち去ったとき、どのように子ども同士が影響し合って欲求を先延ばすのか」等の実験をすることで、大人集団より鮮明に子ども集団が、集団のメリット、ましてやデメリットまで教えてくれるような気がしました。

  4. 自尊感情、自己肯定感、自己有用感そして、個性を大切に・・・これら大人による思いは果たしてクールシステムを子ども自身の内部に現れ出ることを保障するのだろうか、と今回のブログを読みながら思いました。現行の「保育所保育指針」には「一人ひとり」といろいろな事柄について記述されます。全体主義的一斉保育の反省から導き出されたのかもしれません。この子ども「一人ひとり」主義が大人と子どもとの関係を助長し、子どもと大人はある意味で共依存の関係に陥ってしまっています。従って、子どもは横の関係を構築できずに成長します。ホットなままで成長していくようです。子どもを褒めて育てるとか、できることを賞賛する、けっして誤ってはいないと思うのですが、子ども一人ひとりは褒められること、賞賛されることのために何かをするようになっていくのでしょう。この「褒める」や「賞賛」を大人から子どもへ、ではなく、子どもの同士の関係において実現されるなら・・・と考えます。この「褒める」や「賞賛」はクールシステムの中で行われないと意味がないような気がします。そしてこのクールシステムは子どもたちの横のつながり、横の動力によって可能となることでしょう。

  5. クールダウンするために、他者の存在の必要性、特に私たちのような大人の存在ではなく、近い年齢、同年齢といった子ども社会での関わりのなかに見られる協力する力が大切だと思います。子ども同士の関わりのなかには、お互いの気持ちが高まりすぎて、言い合いになってしまうことがあります。その互いがホットな状態になっているとき、私たちが間に入っても、互いが自分の言い分を言うばかりですが、そこに少し、年齢の上の子どもが入るだけでその子どもたちは、ふと雰囲気を感じ、我にかえったように表情がかわり、クールになっていた姿を思い出せます。こういった面も、保育者が声をかけるのではなく、子どもに任せるといった環境を作ると、ホットな状態からクールな状態へといった自動的なシステムが働くのだと考えられます。

  6. 確かに、このマシュマロ実験は個人が一人で待つ状況になっていて、その結果、4歳以下はあまり待てない傾向があったということですが、社会に出るとみんなで待つ、あるいは待っている時に誰かくる、その時に周りを巻き込んで待つ、というような集団の中でのことであれば、どのような実験結果になるのか気になりますね。
    2歳児をみていて思いましたが、子ども同士のトラブルがあり、お互いは熱くなりホットな状態になっている状況に、大人が入ってもクールダウンは難しいですが、年上の子どもに入ってもらうと簡単にクールダウンしていたのを見て、子ども同士の環境の良さ、また、人間の生存戦略である協力が作用しているのでは、というのを感じました。
    協力とか頼ることなど社会に出た時に必要な能力になると思いますので、そのような状況での実験結果も考察してみるというのもおもしろそうです。

  7.  〝私たち集団で子どもたちを保育している現場として、クールダウンするために、他の子どもの存在、子ども集団の力が影響することが大きいような気がします。〟〝一人の子どもの観察から得る結果よりも、より複雑な条件が絡み合うことでしょう。しかし、現実の社会では、きっとその方が多くの場面で起きることのような気がするのです。〟これは、本当にその通りだと思います。そういった観点で捉え直した時、僕たち人間がこの〝ホット〟も〝クール〟も最大限に活用し、またその脳の働きを必要とするのも、人と人との関わりの中です。一人の人の頭の中、心の中の働きの話なのですが、それが適用されるのは社会の中なのだ、という視点は、僕はここまで抜けていて、とても目から鱗のような思いがしました。
     そして、別件で、自分でホットとクールを試してみました。いつもならホットのまま進みそうなところを、クールなら?クールはどうする?と問うだけで、感情的にならず、物事の本質に近づけたようなやりとりができました。これを習慣にしていこうと思います。

  8. 今受け持っている5歳児クラスはよくケンカが起きます。1人が大体ホットな状況になったとき、5歳児クラスになると必ずクールな子がケンカをした相手になるのが印象的です。「わかったから、ちゃんとお話を聞いて?」というようになだめるところをよく見ます。確かに1人ではなく集団でマシュマロ実験をしたときどうなるかは非常に気になるところではあります。どんなことが起きるかはわかりませんが、今の5歳児クラスで想像するとホットとクールな子がいる中で食べようとしてしまう子、必死で止めてる子と別れる気がします。そこにはそれぞれ1人では起こらないことが起こります。他人がいることでクールになれるということも自分自身の経験としてあります。実際の社会では人と人が混じり合い影響し合うわけですからその実験の結果というのは気になるところです。最後にある男女での差というのもなぜなのか気になります。

  9. 一人だけで行う実験と友達や集団の中で行う実験では、随分と違う結果ができることが予想されます。それは、日頃から集団でいる子ども達を見ている保育者だから言えることなのかもしれません。保育の中でも子ども達に助けてもらう場面がよくあります。もすうぐ新学期になり当園には多くの3歳児が入園式ますが、保育者よりも子ども達のお手伝いの方が効果があるようです。当たり前に感じている子ども達の光景ですが、研究者からするといい実験現場なのかもしれないと、最近強く感じると同時に、そのことをアウトプットすることの重要性を感じています。

  10. 確かに現場では活動の区切りに子どもたちに声をかけますが、来るタイミングがバラバラです。結果的には全員きますが、あまりにも遅い子には現場の先生は年上の子どもに頼んで、集まりに来ない子どもを呼んでもらっている風景をみます。すると素直に来て、集まりに加わります。藤森先生が言われるように、社会規範を守ろうとする力が働いたのでしょうね。保育士の意図としては横のつながりから縦の繋がりをするように言葉がけをしたつもりですが、その裏ではクールダウンをするきっかけを作ってあげていたのでしょう。この経験はとても大きいように思います。もしかしたら子どもには子どもなりのプライドみたいなものがあり、大人に言われて嫌なことでも、自分と同じ様な存在に言われた方が良いみたいな感情があるようにも感じます。

  11. 実験ができたら面白いですね。「その行為は、協力を基盤として進化してきた人類において、仲間の誘いに対して、社会規範を守ろうとする力が働いた気がします」とありましたが、そういう場面は多々あります。保育士が言っても来ないのに、友だちに誘われると来る、なんとも不思議ですが、藤森先生がおっしゃる通りで、仲間意識があるのかもしれませんね。保育士と子どもは仲間ではなく、「保育士と子ども」という関係であり、子どもと子どもは「仲間」という関係が影響を与えているのでしょうね。
    集団でマシュマロ実験をしてどうなるのかすごく気になります。

  12. クールダウンすることに集団や他児の存在が関係しているというのはとても興味深いことです。確かにブログの中の例のような子どもの姿を目にしたことはありますし、実際に一人で耐える、または我慢するよりも、他者と励まし合うことで乗り切ることができる場合があります。今回のブログを読むまで、ホットな思考を冷却するには、個人だけの問題のように思っていたのですが、他者や集団との関わりというのも重要なポイントですね。ここにも協力というワードが出てきたことから、いかに人は協力を基盤としていきているのかということを改めて感じています。ただし、その協力が自制において単なる傷の舐め合いであるようなマイナスな作用にならないことを気をつけたいと思いました。

  13. この実験に対してどんなことがさらに有効なのか。ミシェル氏の実験では、検証されていませんが、同じ子どもがいた場合や、伝える相手が子供だった場合も面白い結果が得られそうですね。もし実験において子ども同士がかかわることで、さらに有益な結果が得られた場合は、ミシェル氏の発表もまた違ったテーマのものになったでしょうね。

  14. 保育の中の場面で、誘惑から抜けるために友だちの存在があることはよくありますね。それほど影響が大きいのもよくわかります。そして、それはよく「察する」ということがありますが、それは人の視線を間接的に感じて、「クール」な状態に持ってくるというような力が働いているように感じます。また、それだけではなく、年齢や性別によっても差があるのですね。以前、幼稚体育の先生が言っていたことを思い出しました。「子どもたちに運動を教える際に、女の子にはなにをどうしたらいいのかをしっかりと伝えることが必要であり、逆に男の子にはこれからやることがいかに楽しいかを伝えることがとても必要だ」と言っていたのを思い出しました。男脳・女脳とあるようにその報酬がどちらのほうにあっているかということも重要なことなのかもしれません。
    たしかに様々な場面で考えると保育園や幼稚園でも実験を行うことはできるかもしれません。

  15. 「集団で子どもたちを保育している現場として、クールダウンするために、他の子どもの存在、子ども集団の力が影響することが大きいような気がします。」とあったように、確かに集団の中でこの実験を行うとどのような結果が出てくるのか気になりますね。以前にマシュマロ実験に似た実験の番組を臥竜塾で観ました。それは、1グループ3人という少人数ですが、「先生が帰ってくるまでプレゼントの箱を開けてはいけない」というものでした。その時は役割なのか、開けたがる子と静止する子で別れましたが、もっと大人数だったり、子どもの性格によってもっと様々な行動が見られるのではと思いました。

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