私の発達観

 私は、人間の発達とはどういうものかを、よく考えます。というのは、日々目の前にいる乳幼児を観察すると、発達過程という考え方に疑問に思うことが多いからです。というのは、乳児においての発達過程は、本人が意識的にその行為を行っているのか、そうではなくすでに遺伝子に組み込まれている行為なのかを考えます。しかし、たとえば「人は歩く生き物である」とか「人は言葉を話す生き物である」「人は道具を使う生き物である」というように表現をすることがあります。では、人は誰でも歩くのか?言葉を話すのか?道具を使うのか?というと、必ずしもそうとは限りません。オオカミに育てられた子は、歩く年齢になっても歩きませんし、暗闇の中で育てられたり、拘束されて育てられた子は、歩きはじめると発達過程で書かれてあるおおむねの年齢になっても、歩きません。言葉を話すことも、言語における障がいがなくても、人と話す機会がなかったり、言語を話す人と接することがなければ、話すようにはなりません。

 また、たとえ、ヒトとしての遺伝子によって歩いたり、言葉を話したりする機能を持って生まれたからと言って、産まれてすぐに歩き出すわけでも、話すわけでもありません。そうなるように適切な環境や学習が必要になります。だからといって、そのような環境、学習すれば、他の生き物でも話すことができるようになるのか、直立で歩くことができるようになるかというとそうなりません。

 と言うことは、様々なヒトとしての機能は、人類という種の中で、持って生まれた遺伝子と、それを引き出していく環境が必要になってきます。そして、それを引き出していくことが、保育であり、教育なのです。また、特に遺伝子で受け継いできた生存戦略としての社会という環境なのです。その社会の中で、社会の形成者としての資質を育てるために、乳幼児期は、非言語、非認知的な手段によってのヒトとの関わり、すなわちコミュニケーションのあり方を学んでいき、次第に言語を手段として、コミュニケーションをとっていき、また認知的なものを学習することによって、次第に社会の一員として自分がどのような能力を持って社会に貢献していくことができるかを学んでいき始めると思っています。

 このように発達をとらえると、保育所保育指針に書かれてある「子どもの発達は、子どもがそれまでの体験を基にして、環境に働きかけ、環境との相互作用を通して、豊かな心情、意欲及び態度を身に付け、新たな能力を獲得していく過程である。」という文章の中で、「環境」というとらえ方、「新たな能力を獲得」という意味がはっきりします。新たな能力とは、決して認知的なことだけを言っているわけでもありませんし、何かができるようになるという能力だけを指しているわけでもないのです。また、「獲得」と言うことも、教え込まれて得ることではなく、引き出されていくという意味が含まれていることも理解できると思います。

 このような発達観を持つと、「おおむね○○歳になると△△ができるようになる」ということは、元々そのような機能を持っている遺伝子を持ち、それが現れるようになるためにそれまでの環境、準備も大切になります。また、それが現れるということも、目に見えるようになるとか、自分で表現できるようになるということもあり、それができない年齢においては、そのような機能が備わっていないということにはならないのです。ですから、乳児のおける発達は、気をつけないといけないと思っています。最近の研究では、思っている以上に赤ちゃんに能力が備わっていることが分かってきたというのは、目に見えないものもわかり始めてきたということもあるような気がしています。

私の発達観” への17件のコメント

  1. 「教え込まれて得ることではなく、引き出されていく」ということはしっかり理解して、いつも念頭においておきたいなと思います。子どもたちに繰り返し伝えていく、何度も何度もするように口うるさく言って何かをさせるという行為はまさに教え込んでいる保育者の姿であるように思います。それによって何かができたとしてもやはりそれは違うんじゃないかなと感じます。「引き出された」ものでもないですね。言い方が適切ではないかもしれませんが、子どもたちに技術を教えるのが私たちの存在ではないように思います。技術的なことだと何度も繰り返すことでその技が身についたり、向上したりすることがあると思います。私は子どもにこうしなさい、ああしなさいと言って、何かを繰り返し、毎日のようにさせることはそのような意識があるからなのかなと思うことがあります。そして、自分の関わり方を反省することがあります。

  2. 今回の本文のような内容が、指針の始めに書かれていればいいのになと、ふと思ってしまうほど、私たち保育者が何のために・どのような方法で・何を大切にしていくべきかといったことが書かれていた印象でした。これまでのブログから、「乳児」における能力について、たくさんの考察があったように、乳児の「目に見えないものもわかり始めてきた」という科学的な分野からの情報によって、乳児の見方が大きく変わり始めている、いわゆる“転換期”でもあるのかなとも感じました。藤森先生が感じている「疑問」は、大きな子ども集団の中という、実際の現場の子どもたちの姿を見て感じとったことであり、本や他からの情報からではないということで、嘘偽りのない“本当の子どもの姿”が目に浮かんできます。そのような子どもの姿に、私たちは日々触れています。大切なのが、それに気づけるかであると思うのです。現場で、ただ一日一日を過ごすだけと考えていたら、子どもの「目に見えないもの」は一向に見えることはないでしょう。しかし、私たち現場で働いている人が、子どもにおける最新の姿を見ることができています。そこからもっと世の中に発信していくべきだということは、藤森先生が良く言われる言葉ですね。指針の解釈の仕方によって、こんなにも内容が変わってくるものであることを理解しました。

  3. 人はなぜ歩くのか?など、私たちは当たり前のように思っていますが、もし歩ける環境がなかったらと考えると、決して必ず、歩く、何歳になったら歩くなどの断言的な発言はできないと思います。それは、引き出すことのできる人的、外的環境があることによってと考えなければ、いけないと思います。゛様々なヒトとしての機能は、人類という種の中で、持って生まれた遺伝子と、それを引き出していく環境が必要゛という、他の生物に同じ環境を用意したからといって、歩いたり、話したりするわけではなく、人の生まれもった機能ということを忘れてはいけませんね。
    そして、おおむね〇〇歳では・・・という、子どもの成長過程、子どもの発達が書かれています。じゃあ、この発達過程にいる子どもたちへはどのような環境が必要なのかを考える、見守る保育の中での、子どもの成長過程を見てからの保育の取り組み形かたを工夫していくことに共感的なものを感じました。

  4. 環境ということについて考え始めたのは9年前くらいからで、でもそのときはまだその意味について理解は浅かったように思います。それが学び続けているうちにずいぶん整理できてきました。子どもが持っている力を信じることがまず大事で、その力を引き出すために必要なのが環境。その環境はどうあるべきかを考え続け、実践し続けた9年間だったと思います。もちろんまだまだなんですが、常に考えるきっかけをこのブログからもらえていることに感謝しています。研究によってわかってきたことをうまく活用しながら、子どもたちの環境について考え続けていきたいと思います。
    「乳幼児期における教育は、環境を通して行うことを基本とし、教育のために乳幼児にとってのよい環境を用意しなければならない。」ですね。

  5. 今回のブログには藤森先生の発達観が明確に表されています。タイトルはずばり「私の発達観」。フジモリストと自他共に認める私にはこの「発達観」がスッと入ってくるのです。「人類という種の中で、持って生まれた遺伝子と、それを引き出していく環境」という部分がポイントになります。私はかねてより「環境論者」とのレッテルを貼られ「心イスト」から激しく非難されてきました。「心」「こころ」は無論私にとっても大切なことです。しかし、私たち人類の心とはその心の置かれた「環境」により如何様にも変化するのです。一斉主導の軍隊的保育形態の園で働く職員はそうした形態を是とする心を持ち働くようになります。一方、こども主体の環境で働く人は、自らもこどもの延長存在だ、それゆえ自分自身の得意分野を発揮して仕事ができる、という心情で仕事ができるので、結果として、こどもの今の存在を丸ごと受容できるようになると思うのです。「それができない年齢においては、そのような機能が備わっていないということにはならない」という指摘はとても重要です。赤ちゃんはその遺伝子に将来開花する可能性の全てを保持してこの世に登場します。一部後天的に獲得する能力もあるでしょうが基本は全て引き出される力で詰まっている存在でしょう。それゆえエデュケーションが実に大切になってくるのだろうと思われます。

  6. 引き出されることで子どもは発達をとげていく、ということは私たちはしっかりと理解している必要があるものだと思います。
    私たちの祖先はいつから歩き始めたのでしょう。最初に歩き始めた私たちの祖先はその時何歳だったのでしょうか。
    そのように考えてみると『○歳になったら歩き始める』という概念はあまり意味のないものになってしまうのではないでしょうか。
    人としての遺伝子とそれを引き出す環境が必要という発達の考え方を改めて確認することができました。

  7. 子育てには環境が最も大切なことであると改めて感じることができます。オオカミに育てられる例がありましたが、人がオオカミに育てられても直立して歩いたり、言語を用いたコミュニケーション能力を取得することがないという点は非常に興味深いです。「教え込まれて得ることではなく、引き出されていくという意味」とあることからも、それらの能力を取得する資質を備えていたにしてもそれらを引き出してあげる環境がなければ取得できないことがわかります。生き物は同じ種の生き物のいる環境から受ける子育てによって、初めて生まれ持った資質を引き出せることやオオカミの例を考えていると、親を「模倣」することこそが資質を引き出す最良の手段だと思えました。そして子どもが資質を引き出すために模倣する相手は私たち保育者も然りですね。私たち保育者は根本に、教えるのではなく、引き出していくということを念頭に置いて保育する必要がありますね。

  8. 今回のブログを拝見し、改めて環境の持つ重要性を再認識しました。いくら生まれながらに歩いたり話したりする資質をもっていたとしても、適切に働きかける環境がなければ、それらを十分に獲得し発揮することはできません。その環境の部分に大きく関係しているのが私たち保育者であると思いますし、子どもが適切な発達を成し遂げていくためにも教え込むのではなく、「引き出す」ということは常に意識しておく必要がありますね。人は誰もが同じ資質を持って生まれるという内容の本を昔読んだことがあります。それを上手く発揮できるようになるには個人差があり、それが才能だというようなことが書かれていました。確かに才能などの個人差はあるかもしれませんが、子どもが備えている資質を十分に引き出していくためにも、適切な環境作りや関わりといったものについての理解をしっかりと深め考えていきたいと思います。

  9. 数年前、藤森先生の話を聞き考え方が変わったことを覚えています。しかし、実をいうと発達観という話を聞いたときにはあまり理解ができず、別の世界の話だと感じていたいことがありました。しかし、ここ数年藤森先生の講演を聞き、子ども達を観察することで、私の中で整理できてきたように思えます。環境を準備することも当然ですが、子ども達がもって生まれたきた能力をどのように引き出すのか、「教え込まれて得ることではなく、引き出されていく」という発達観をもって子ども達と接すると面白いと思うことが多々あります。固定概念で接することの不便さを最近感じています。

  10. 先生の話によく出てくる内容ですね。人は言葉を話す機能や、歩く機能を持って生まれますが、実際に言葉を話したり、歩いたりするためには、その機能を引き出す環境が必要もいうことは、先生の話を聞いて、学びました。だからこそ、話したり、歩くための準備を怠ってはいけないため、保育や教育がとても重要なのだということですね。
    また、保育指針の、「新たな能力を獲得」というのが、先生も書かれていますが、教えこまれるのではなく、自ら獲得していくというような書き方がいいですね。

  11. 門外漢の私が常日頃毎晩のように勉強させていただける得難いブログに感謝しております。
    「乳幼児期における教育は、環境を通して行うことを基本とし、教育のために乳幼児にとってのよい環境を用意しなければならない。」という環境の部分で何がお手伝いできるのか、この教具はこのようなコンセプトで開発されましたので必ずや見守る保育のお役に立てます。
    と言える業者になりたいと悪戦苦闘の日々です。
    またひとつ勉強になりました。

  12. 全てが詰まっているような内容に感じました。保育所保育指針にのっている文章からこういったことが読み取れるということに対して保育指針の在り方をより深く理解する必要性を感じます。しかし、このように解説していただかなければわかるのですし、ただ自分自身だけで読んでいても気づかない部分は多いのではないでしょうか。保育指針にもあるように「新たな能力を獲得していく」とあります。正にこれは教え込むという意味合いではなく、引き出されるといったほうが明らかにスッキリする内容になりますね。この引き出されることが保育であり教育であるという言葉には胸を打たれるような思いでいます。その感覚、理解は心の真ん中に焼き付けておきたいものです。現場にいる限り、教えてこもうとしてしまうシーンは多くあるように思います。ただ教えなければいけないとき、じっと我慢して見守るときもあればそっと手を差し伸べるときもあると思います。常にその引き出すという感覚を意識することで自分の中でなにかが変わっていきそうな気がしてきます。

  13. この度のブログ、永久保存版であると思います。タイトルから引き込まれますが、藤森先生の発達感を新しい角度から知ることができたようなそんな気持ちになりました。
     〝様々なヒトとしての機能は、人類という種の中で、持って生まれた遺伝子と、それを引き出していく環境が必要になってきます。そして、それを引き出していくことが、保育であり、教育なのです。〟この内容から改めて教育の語源であるエデュケイト、引き出すという意味合いの深さを感じます。最近のブログからは、赤ちゃんのもつ偉大な力が次々と紐解かれていくような、そんな内容がぎっしりと詰め込まれていました。子どものもつ偉大な力はこんなにもすごいものであるということを理解してこそ、子どもの力を信じて見守るということが、本当の意味でできるようになっていくのではないかと思いました。
     〝最近の研究では、思っている以上に赤ちゃんに能力が備わっていることが分かってきたというのは、目に見えないものもわかり始めてきた〟という文章から僕の中で確信を得るような気持ちになるのですが、人によっては赤ちゃんに対して、子どもに対しての考え方を180度変えなくてはならないところまできていると思います。言い方に語弊があってはいけないのですが、子どもは大人よりすごいのだ、ということではないのかと思うのです。

  14. 環境というものがいかに大切かということがとてもわかりやすく理解できました。なにより、何度も聞いたことのある狼に育てられた子どもの話、そしてそれが環境がどれほど大切かという所までいわれているのに、それが保育園における環境の大切さまでつながっておらず、色んな角度から物事を考えること、そして人の考えをよくことの大切さを改めて感じた気持ちです。ヒトとしての機能は引き出していく環境をしっかりと、乳児の頃から整えてあげたいと思います。

  15. ブログを全体的に通して読んで、私たち保育者の役割というものを振り返る事ができました。「新たな能力を獲得」部分的に読んでしまうと、瞬間的に認知的なものや教え込むと捉えてしまいそうですが、もちろんそうではなく、元々持っている能力を引き出すことであり、そして環境を用意することで子ども達が自発的に関わり発達していく。これはもう、ここでは基本中の基本の考え方ではないでしょうか。また私は保育士ではないので、その辺りの感覚が分かりませんが、長年保育士を勤めているとなんとなく子どもの発達というのが分かると思います。しかし、その自分の発達観が明らかに間違っていた場合、それこそ年齢によって刷り込まれた発達観を持っていては、いつまでたっても子ども達が持っている能力は引き出されない可能性が高いと思います。さらに藤森先生が言われるように赤ちゃんが持っている能力は私たちが思っている以上の能力を持っているとなると、常に新鮮な目で赤ちゃんを見ていく必要があります。「私の発達観」正直、私は、まだまだ分かりませんが、藤森先生からしっかりと学んでいこうと思います。

  16. 「オオカミに育てられた子は、歩く年齢になっても歩きませんし、暗闇の中で育てられたり、拘束されて育てられた子は、歩きはじめると発達過程で書かれてあるおおむねの年齢になっても、歩きません」とありましたが、この話は何度か藤森先生からお聞きしましたが、何度聞いても「やっぱりそうなんだよな」と理解し納得させられています。人間にとって発達していくために必要な環境がそろい健全に過ごすことができれば、保育指針にあるおおむね書かれている発達に当てはまっていくのですね。乳幼児期にとっていかに環境が大切か、そして保育園としての役割の重要さを改めて考えることができました。

  17. 乳幼児期を預かる施設において、この内容はもっと意識しなければいけないことですね。確かに永久保存版の内容ですね。実際、藤森先生の話を聞くまで、それほど保育所保育指針を読み解いていくというような意識はなかったです。施設で働くにおいて、指針の内容を知っておかなければいけないくらいにしか意識しておらず、その内容の意味を深く洞察する必要を考えたことはあまりありませんでした。「社会の形成者」「環境との相互作用」その意味合いを理解すると知らず保育の考え方や見方は大きく変わりましたし、自分が行っている保育というものがどれだけ社会において、重要な位置を占めるのかという責任感と誇りを感じる要素にもなります。最近、思うのですが、今の大人は目に見える成果を求めるがあまり、こういった「心情・意欲・態度」といった目に見えないものにあまり重要視されていないようにおもいます。それは今回のような乳幼児期に必要な「心の発達」を周りの大人が知らないからなのかもしれません。だからこそ、もっと外にアピールしていく必要をとても感じることがありました。とはいえ、その前にもっと自分自身も勉強や実践から洞察していく能力をもっと磨いていく必要があります。その中で得たものを活用できるように考えていきたいと思います。

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