ドイツ報告2013-11

 ドイツから日曜日に日本に戻ってから5日ぐらい経ちました。しかし、もう少しドイツ報告を続けてみたいと思います。その報告は、前回とダブる部分も多いのですが、違う園での実践から見てみたいと思います。行く前に予告した通り、今回は8か所見学しました。私は、今回で訪独は11回目ですから、すでにトータル90園くらい見ていることになりますが、同じ園を訪れたのは、今まで2?3か所だけですべて違うところです。今回もすべて初めて訪問する園でした。ただ、訪問する園は、基本的には公立園で、ミュンヘンでも公立園より多い私立園にはあまり行ったことはありません。行った園は、シュタイナーの園です。このように、ある理念に園長が賛同し、その理念に沿って保育をする園は、私立園と言い、補助金ではなく、利用者の寄付とか、保育料、園長の自己資金で運営をします。したがって、私立園では、神の教えに沿って保育をするというような、宗教に理念を求めるような園が多いそうです。公立園は、すべて「バイエルン」という陶冶プログラムに沿って保育をするのです。

 すると、各園の園長のまずやるべきことは、理念づくりではないようです。理念に沿って、どのような切り口から保育をするかを考え、その取り組みを実現していく実践を作り上げていくことです。それは、園の特徴としてあらわされています。ただ、この言葉は日本語訳ですので、理念と訳す場合もあるかもしれません。例えば、今回見学した園では、最初の園であるコープでは、設立(2011年10月)されて間もないために、「目下、言語、自然、音楽などから検討中である。」とあります。その日の午後のキンダーガーデンでは、「インテグレーション幼稚園(障害児との統合保育)であるために、感覚陶冶」をとりいれているということでした。

 二日目の午前中訪れたコープでは、全体的に、「バイエルン州の保育・陶冶プログラムによる保育重点項目に則っている」と説明がありました。午後訪れた学童クラブでは、「身体感覚陶冶や運動プログラム」と答えましたし、三日目のキンダーガーデンでは、「養護児童も他の子どもたちと活動できるように導くこと」と「言語」を重点項目に挙げていました。午後訪れた「森の学童クラブ」では、「森(自然)の教育」をスローガンに掲げていました。4日目の午前中に訪れた乳児園では、「自然」を重点項目として、菜園や花壇を作り、「育てる、実らせる、収穫する」を体験するということが重点項目でした。

 このように、バイエルン州では、「陶冶プログラム・バイエルン」によって、乳児園、コープ、キンダーガーデン、学童クラブが保育するように一体化が行われたのです。そして、その「バイエルン」は、6部から8部までは、以下のように構成されています。「基本的考え」「陶冶教育の目的」「実践のためのヒントと例」「参考文献」とあります。そして、その注意書きとして、「バイエルン陶冶保育プランは、プランと名前がついているけれども、学校のような、授業計画書とは異なる。」とあり、「小さい冒険者として知識を経験する」「幼児期の学習発達プロセス支援のための手引きであり、枠組みとなるもの」とあります。

 そして、私が興味を持つのは、このバイエルンは、「保育の質のスタンダード化」であり、「機会均等」であり、「決して幼稚園や保育園の均一化の心配はない」と述べているところである。それは、「個々の園によって、その実現方法は任されている」からです。この実現方法を園長が中心となって、職員が考えるのです。そこに独自性が存在するのです。

 ここが日本に足りないところの気がしています。

ドイツ報告2013-10

 ドイツでは、保護者からの苦情はほとんどないにもかかわらず、保育者不足が深刻のようです。ということは、保育者のなり手がないのは、苦情があるからではないようです。しかし、もう一つ、日本では保育者のなり手が少ない理由に、書類の多さがあるような気がします。保育士資格を取得した人が、派遣会社に就職する人がいます。保育士不足のため、派遣会社から保育士を紹介しますという電話がよくかかってきます。そんな時に、保育士が不足しているのに、どうして派遣会社に保育士がいるのだろうかと不思議に思います。どうして、身分が安定する職場を選ばず、不安定な派遣会社に行くのだろうかと思います。それは、派遣会社からの派遣される保育士の給料は高いからです。しかし、ボーナスなどを計算すると、それほど高くありませんし、会社でも手数料を取るので、保育士に渡る給料はそれほど高くありません。
 それなのに、派遣の方がいいのは、書類を書かなくていいからということを聞きます。また、保護者とも責任をもってはなさなくていいからだといいます。保育者になろうと思う動機には、子どもと遊べるからということがありますが、実際は、保護者対応、書類作成、会議、書類に追われてしまいます。しかし、派遣保育士は、基本的に、子どもと遊んでいるだけでいいからだと言います。

 ドイツでは、日本にあるような月案、週案、指導計画、保育日誌はありません。まず、週案は、保育者のための計画ではなく、保護者に来週は何をするかということを知らせるものです。園の玄関に貼られていました。しかも、その内容は、ミュンヘン市の保育カリキュラムである「バイエルン」に書かれてある領域のどれにあたるかをその内容に対応するように書かれてあります。それは、何曜日には、何を目的にどんなことをするかを保護者に知らせるもので、保育者が子どもに何をさせるかという計画ではないのです。また、ほかの園には、どの先生が、どんなことをす

 それは、保育日誌の考え方も同様です。日本における保育日誌は、その日に何をしたかを記録するものです。私は、その記録の意味はよくわかりません。よく言われるのは、その日の保育の振り返りであり、後でその記録を見ることで、何か問題が起きたときにどんなことをしていたかを確認するためと言われます。しかし、それであったら、1日中全てあったことを記録しておかなければならないのですが、実際は、1日のうち、保育者が意図して行った1時間くらいの保育の記録にすぎません。それでいながら、かなりの労力をかけていながら、その日の保育の目的は見えません。ドイツでは、保育者自身のために保育日誌は書きません。保護者に、どんなことを、何を目的として行ったかを知らせるものです。日本でも、その日に行ったことを保護者に知らせることがありますが、それは、親子の会話のネタであったり、知らないことを知らせるという感じです。

 保護者向け掲示には、ドイツらしいものがあります。子どもたちは一応あるグループに所属しますが、どの部屋で遊んでもいいことになっています。しかも、0歳児から6歳児まで入り混じって遊んでいます。午後、保護者が園に迎えに来た時に、わが子がどの場所で遊んでいるかわかりませんので、どの部屋に行けばいいかわかりません。しかも、保育者は、お迎えに来た保護者には全く対応しません。保護者は黙って我が子を連れて帰るだけです。そこで、玄関を入ったところに、誰はどの部屋にいるのかということを掲示している園がありました。そして、保護者はわが子をその部屋から連れて帰るときに、わが子の写真を欄外に移していくのです。そうすることで、その子が降園したことが保育者にわかるのです。

 保護者に対して丁寧に説明する部分と、保護者が自主的にする部分が日本とは少し違うようです。

ドイツ報告2013-9

 ドイツ同様、日本でも今保育者不足で大変です。先日、経済産業省からどうして保育者不足なのかを聞きに来ました。その時に、「保育者になりたがらない理由に、いわゆるモンスターペアレントと言われているような保護者からの苦情に原因があるのではないですか?」と聞かれました。確かに、今は学校などでも保護者からの苦情でまいっています。しかし、私は、こう答えました。「確かに保護者の苦情も多いかもしれません。しかし、その苦情の中には、こちらが気がつかないこともあり、また、保護者は仕事などで大変な気持ちをこちらにぶつけることもあります。ですから、ある程度の苦情は想定内です。しかし、苦情でまいるのは、それから守ってくれるどころか、一緒になって、それに輪をかけて園を攻めてくる役所の対応です。いくら苦情を言われても、それにきちんと対応できるのは、園は決して悪気でやっているわけではないと役所がわかっていてくれるのだという確信です。」

 それでも、子どもがけがをしたときの保護者への対応は大変です。したがって、子どもの自主性、主体性を保障しようとしても、けがをしたらどうしよう、また、異年齢での保育がいいとわかっていても、トラブルが起きたらどうしよう、廊下で遊ばせてもいいけど、けがをしたらどうしよぅと思って、なかなか踏み切れないということをよく聞きます。ドイツでは、けがを防ぐためにどうしているのでしょうか?保護者からの苦情にはどう対応するのでしょうか?

 まず、保護者の苦情について聞いてみると、ほとんどないそうです。それは、入園の時にきちんと園の考え方を話すからだと言います。ドイツバイエルン州の統一カリキュラムである「バイエルン」の中には、「申し込み時に聞くこと」という項目が立てられています。そこには、「家庭以外での、社会的接触があったかどうか」「家庭内で、最近何か特別なできごとがあったかどうか」「母親が職場復帰を考えているかどうか」「将来、何か家庭内で変化があるかどうか(出産など)」「離婚経験があるかどうか」「慣らし保育の助けとしてPatenkinder制度があること」などです。この項目から苦情がなくなるという気はしません。私たちは、苦情を少なくするために保護者に説明していると聞くと、「けがをしてもそれは子どもの発達に必要なものです。」とか「園には理念があるので、それを理解してほしい」とかいうものの気がします。しかし、ドイツで保護者に確認することの内容は、もし保護者から苦情があった時には、その背景を考えるための参考にするもののようです。

 もう一つ、けがについてです。ドイツにはトイレの中に救急箱があります。その中身は何か聞いてみました.すると、中には、体温計、バンドエイド数枚、消毒液くらいがあるだけです。しかも、その中身を使えるのは、研修を受けたものだけだと言っていました。バンドエイドを貼るだけででもです。しかも、消毒液も薬品ではないそうで、園では、基本的に薬品を使ってはいけないと言います。では、けがをしたときにどうするかと聞いてみたら、副園長先生は、そこに勤務して2年だそうですが、2年間に一度も救急箱を使ったことがないと言い切りました。

 あんなに自由に室内、園庭を走り回り、保育者は立ち話をしていてほとんど子どもを見ていないようで、0歳から6歳まで異年齢で過ごし、職員配置があまりよくないドイツの園では、ほとんど怪我をせず、保護者から苦情もほとんどなく、アレルギー児もほとんどいないという実態は、日本と比較して、どこかが日本は間違っているということを感じます。

ドイツ報告2013-8

 ドイツでは、日本と比べて女性の社会進出に対しては職場における配慮は恵まれているようですが、保育者不足は、全く日本と同じ状況のようです。それは、どの国でも同じ状況なのかわかりませんが、OECDの重点項目に、「保育者の権利」が挙げられています。私も、私が提案する「見守る保育」の重点項目の9番目に「保育者は、子どもに奉仕をしたり、世話をする人ではなく、一人の人格を持った人として子どもと共に生活すること。」ということで、保育者の人権をあげています。

 少し前にスウェーデンから園長先生と研究者が見えたときに、「日本の保育園を訪ねて、胸が痛むことがあります。それは、赤ちゃんの食事の世話をするときに、保育者が赤ちゃんが座るようにとても小さい椅子に座っていたり、床に正座して赤ちゃんに食事を与えている姿を見る時です。」この指摘は、私は必ずしも当たっているとは思いません。養育者が床に座ってローチェアーに座っている赤ちゃんに食事を食べさせているのは、日本の畳の文化で、欧米では、椅子に養育者が座ってハイチェア―に座っている赤ちゃんに食事を食べさせているのと同じだからです。しかし、確かに最近では、若い人は畳に正座して食事をする習慣は家庭ではなくなっているのですから、園でも椅子の生活の方が楽かもしれません。

 よく、園で「子ども主体」ということは言われますが、では、「保育者は客体」なのかというとそれは違います。人と人との関係では、どちらかが主体でどちらかが客体であってはいけないのです。ですから、逆に「赤ちゃんは何も自分ではできない」からと言って、客体であってもいけないのです。

 ドイツでは、赤ちゃんのおむつ交換台が高い位置にあり、そこに階段がついていて、赤ちゃんは自分でその階段を上っていくということをよく話しますが、それは、赤ちゃんの自立を促すというほかに、保育者の腰を守るということもあるようです。かなり昔ですが、北欧に行った時に見せてもらったおむつ交換台は、電動で交換台が下がり、赤ちゃんがその上に乗ったら上まで動かして替えるというものでした。これなどは、明らかに保育者の腰を守るというためでしょう。

同じように、調理室の調理台はかなり高いものですし、子どもと食事をする保育者は大人の椅子に腰を掛けていました。ただ、これは文化の違いでしょうが、保育中に保育者がリンゴをかじりながら子どもを見ていたり、足を投げ出しているのを見ると少し違和感を感じます。また、赤ちゃんのベッドサークルを見ましたが、日本のように柵が下がらないので、赤ちゃんの出し入れにかなり腰に負担がかかるのではないかと思いました。

このように、働きやすい職場づくりを心掛けてはいるのですが、保育者不足には頭が痛いようです。それには、給料面の処遇の低さが大きな理由の一つではあるかと思いますが、私は、もっと根が深い気がしています。それは、少子化と関連があるように思います。ドイツでも、日本以上に少子化です。家庭で育児をするようにとかなりの優遇措置を取っていますが、少子化は留まるところを知りません。それは、無条件に、自分のことは差し置いても赤ちゃんの世話をすることが次第にきつくなってきたということもあるのではないかと思います。少子化が始まり、自分が大切にされ、自分が好きなように生きてきた女性に、1日中赤ちゃんの世話をするということが負担になり始めているのかもしれません。

ドイツ報告2013-7

 私の園では、職員全体の3分の一は男性職員ですが、ドイツでも男性職員が増えてきました。まず、毎回8園を見学するのですが、そのうち1園には、調理に男性を見ることができます。そして、今回は、男性保育者を3園で見ることができました。その立場はよくわかりませんが、子どもの相手をしていました。

 というのは、ドイツでは、園で子どもの相手をする人が三つの役割に分かれています。それは、1級の保育者、2級の保育者、実習生です。基本的には、3?6歳児あ、では1グループ25人に対して1級の保育者1名、2級の保育者1名の2名配置です。また、0?3歳児では、1グループ12人に対して1級の保育者1名、2級の保育者1名の2名配置です。そして、たまに各グループに1名の実習生が入ることがあります。しかも、これらは公立園ですので、これ以上に加配はありません。これを見ると、配置基準は必ずしも良くありません。特に乳児グループはきついですね。乳児は、生後2週間から預かるのですが、実際は、1グループに0歳児は1名ぐらいだそうです。

 しかも、この配置で、ある園では産休が2名いると言っていましたし、病気の介護のために子ども一人あたり1年間に20日間の有給があるそうです。この介護休暇は、18歳まで毎年取れるそうです。子どもが3人いると、1年間に60日も18年間取ることができるのです。また、育児休暇も3年間取れますし、週何時間勤務かということも、保育者が家庭の状況を見て自分で決めることができるそうです。もちろん、その分給料は減りますが、復帰後の勤務には全くハンデがないそうです。

 では、資格はどのように取得するかというと、保育園、幼稚園と資格は分かれていませんし、訪ねた園では、それまで小学校に勤務していた人が今年から園長になるというので、その資格はどうなのでしょうか?まず、2級の保育者は、高校卒業後2年間の養成校に通います。そして、2年間の間、週1日は実習、残りの4日は授業です。1級の保育者は、高校2年卒業後、5年間養成校に通います。そして、3年生と5年生の時は実習です。2年間も実習があるので、保育者としての適性や、仕事内容をしっかりと学ぶことができます。また、3年生の時の実習は無給ですが、5年生の時には、ほぼ60%給料をもらえるそうで、プロとしての意識が身に着くそうです。日本では、最近、就職してその年度中に退職してしまう人がいますが、日本の3週間の実習に比べて合計2年間の実習は大切かもしれませんね。ただ、日本では、実習中に辛い思いをして保育者になるのをあきらめたという話もよく聞くので、実習先が心配です。

 そんなことで、実習生が各園に加配のようにいるのです。それにしても、職員の介護休暇などその権利が守られていますが、実習生がいくらいても、職員の配置が足りなくなることはないのでしょうか?そんな時には、隣の園からヘルプに来てもらうそうです。同じ理念である「バイエルン」のもとで保育されているので、それも可能なのかと思います。また、職員が少ないときには、使える部屋で調整しているようです。

保育者がそれほど多くなくても可能であったり、保育室がとても静かなのは、子どもが自発的に行動していることと、異年齢保育をしているからこそ可能なのかもしれません。

ドイツ報告2013-6

子どもたちは、広場や森に行くと基地を作ります。私の園でも、公園内の探索後、発展して基地を作りました。今回のドイツ研修でも、「森の学童」ということで、子どもたちが過ごしている森に入っていって、子どもたちが作った基地を見つけました。この基地は、子どもたちにとっては「デン」と呼ばれるものかもしれません。DEN(デン)とは、「手を伸ばせば壁や天井に触れることができる幼児の人体寸法に合った家庭的な雰囲気の穴ぐら的な小空間」とありますが、もともとは、動物の穴ぐらの意味です。それが転じて、建築的には、奥まった部屋など、よりプライバシーの高い室をいう様になりました。ですから、大人では、書斎や趣味を楽しむための小部屋を指すのが一般的になっています。しかし、私は、子どもの頃こそ、そのような空間が必要であると思っています。なぜかというと、赤ちゃんがお母さんの胎内にいる時のように、狭い空間に囲まれると落ち着くであろうと思うからです。特に、広い、いつも集団が存在する教室や保育室では、どこかに、一人や数人でもぐりこめつ様なこのような空間を作ることは重要です。

最近、小学校でもアルコーブ、デンは、作られているところがあるようです。例えば、横浜市立小中一貫校である霧が丘小中学校には、このような空間が作られています。その紹介には、こう書かれてあります。「この学校には、デン(子どもの居場所)が設けられています。子どもがいられるちょっとしたスペースです。書架も設けられており、読書をすることもできます。特に休み時間が人気です。 大人でも思わず入ってみたくなるところです。」
また、大森小学校の学校便りにはこんなことが書かれてありました。「アルコーブは、建物の壁面の一部に造られたくぼみや空間のことを言います。アルコーブは、十名前後の子どもであれば余裕で入れる秘密の隠れ家です。デンは、巣や洞穴を意味する言葉です。壁の裏側には、腰掛もあります。アルコーブもデンも子どもたちにとっての特別な空間です。仲間との会話もポンポンはずんでいるようです。」

このデンが、ドイツの幼児施設には、様々に工夫をして用意されていました。ドイツでは、どの部屋に子どもたちが行ってもよいことになっていますし、異年齢で過ごしているために、数人が隠れることができる空間が必要になります。まず、横浜の小・中学校のように、設計段階でこのような小部屋を作っている園がありありました。その部屋はボールプールになっていました。
また、室内用に、商品として売られているものもあります。乳児保育園に置かれてあったのが、一人が閉じこもって、カーテンで上と入口を囲ってしまえるようなものがありました。これは、本当に小さく、一人で閉じ困るためのものでしょう。それに対して、テントのようなもので、数人が入れるようなものも乳児園にありました。共に商品になっているのでしょう。

また、日本でも数年前から見られるようになっていますが、部屋に置かれたロフトの下もデンの役目をしています。狭い空間ですので、ままごとコーナーになったり、閉じこもる空間になったりしています。そんな大それたことを考えなくても、大きな段ボールがあれば、子どもたちはそこに潜り込みます。出入り口だけを取り付ければ、それで十分です。製作室では、別の段ボールの家に窓をつけ、色を塗っていました。

このようなデンは、ドイツのどの園庭にも用意されています。以前のブログでも書きましたが、柳の木を斜めに植栽し、成長すると丸く隠れ家のようになります。デンは、母親の体内にいたころを思い起こさせるだけでなく、園庭にある隠れ家を見ると、子どものころの甘酸っぱい思い出がよみがえります。

ドイツ報告2013-5

 ドイツの園では子どもたちはどの部屋にってもいいということですので、そのために工夫がいくつかあります。その一つが、各部屋隣同士の間に戸があり、部屋から部屋への移動が簡単になっています。図面を見るとわかるのですが、例えば、昼食とかお集まりを自分のグループに戻ってするような園でも、0?3歳児までのグループの部屋から、3?6歳児のグループの部屋へは簡単に行けるようになっています。このような隣への通路は、もし日本のように各部屋が分かれていても、全体の構造に影響なく作ることができます。この通路によって、子どもたちが異年齢で刺激を受けることが容易に行われているようです。

 もう一つの工夫は、空間の工夫です。日本でも平成15年8月に文部科学省大臣官房文教施設部から出された「幼稚園施設整備指針」の中の「3 人とのかかわりを促す工夫」の章にこのような部分があります。「幼児が教師や他の幼児などと集団生活をおくる中で、信頼感や思いやりの気持ちを育て、また、地域住民や高齢者など様々な人々と親しみ、自立心を育て人とかかわる力を養うことに配慮した施設として計画することが重要である。その際、様々な人々との交流に使われる多目的な空間を配置したり、アルコーブ、デン等を計画し、幼児と人との多様なかかわり方が可能となる施設面での工夫を行うことも有効である。」

 この文章の註釈として、「※アルコーブ:廊下やホール等に面した小スペースで休憩、談話、読書等ができ、人とのコミュニケーションや多様な活動が展開できる場」「※デン:手を伸ばせば壁や天井に触れることができる幼児の人体寸法に合った家庭的な雰囲気の穴ぐら的な小空間」とあります。

この二つの空間は以前ブログにも取り上げましたが、ともに建築用語で、その解説には、アルコーブ(alcove)とは、もともと曲面天井、および曲面天井の小室を意味するアラビア語でした。「室内の壁面に作られたくぼみ。または、外側に張り出して作られた付属的な小部屋。彫刻などの美術品を置くのに用いる。凹室。」とあります。そして、その空間を作るためには、「部屋の内部を柱、アーチ、衝立、手摺、カーテン、装飾などで仕切り、奥まった場所としてつくられ」たり、「床に段差をつけ、天井を低くするなどして主室との区別を強調する」のように、建物的に作られていなくても、工夫してそのような空間を作ることができます。さらに、庭園内の植込みに作られる凹所や、庭園内の「あずまや」などもアルコーブの一種だと言われています。

このような空間は、ドイツの園には必ずあります。日本のようにのっぺりとした壁、ただ一直線に並んだ部屋と廊下、ま四角な室内、それは、まさに子どもたちが大人から見張られやすい空間、一方的に教わる空間であり、子どもたちが生き生きと他児とのかかわりの中で遊び、生活する空間ではありません。

廊下の凹にボールプール


日本のような空間であればこそ、室内装飾が重要になって来ます。室内装飾は、保育室、園舎内を、子ども空間への変身させることでもあるのです。園庭も、ただ走り回るための広い空間ではなく、さながら森の中と科でいろいろなものを発見して遊ぶ空間でなければならないのです。

廊下の凹に、ままごとコーナー

ドイツ報告2013-4

 ドイツでは、原則どこも異年齢児保育ですが、保育室は大きな部屋ではなく、日本のように各部屋に分かれています。そして、そこは廊下でつながれています。ですから、よく日本で、「部屋が分かれているので、異年齢児保育はできない!」ということがありますが、そんなことはありません。ドイツでも廊下があって、部屋が分かれているところは多くあります。それは、古い建物を改装したり、違う用途の建物を幼児施設に改装したりしているところも多いからです。

しかし、以前ブログで書いたように、廊下は通路という考え方をしません。また、保育室もどのグループの部屋という考え方も持ちません。園建物すべてが保育室という感じで、どの部屋に行ってもいいし、廊下で遊んでもいいのです。私たちは、すぐに誰がどこにいるか把握できないだろうとか、誰も見ていないと事故が起きたときに責任はどうするのかと思います。しかし、夜の研修会で、そのような話題になった時、私は、誰が部屋の中のどの場所に子どもがいるかいつも把握しているのか、部屋のどこかでけがをしたときに、何かを玄関に取りに行った時にけがをしたときにはどうするかというように、いつも子供を監視しているわけにはいかないことも多いのです。それと同じ考え方ではないだろうかということを話しました。けがをするのは、基本的に自己責任なのです。

 それがはっきり分かったのは、二日目に訪れた学童で、廊下に面白そうな乗り物が置いてありました。それをみんなで見ていると、園長先生は、「廊下はまっすぐ長いので、走っても面白いし、乗り物に乗って遊んでも直線で長いので、子どもにとってはとても魅力あるところです。」と話したのを聞いて、「廊下では走らないこと!」という日本の定番のルールとの違いを感じました。

 価値観の違いを感じるのは、町の中にもあります。例えば、ドイツでは、タバコを吸っている人をよく見かけます。ドアに寄りかかりながら、歩きながら煙草を吸っています。道は吸殻がたくさん捨てられています。それは、もちろんアメリカなどに比べて喫煙者が大木のは確かですが、他に日本と大きな違いがあります。タバコが体に害があるのはよく知っています。タバコを吸う人は、そのリスクを承知しています。ですから、自己責任です。しかし、怖いのは、副流煙です。タバコを吸わない人が、吸っている人の煙を吸ってしまうことです。これは、はっきり言って迷惑です。店内で、たばこを吸っている人がいると、店内にいるだけでも苦痛ですし、禁煙席と喫煙席が設けられているところでも、さほど厳密ではなく、かなり煙は流れてきます。

 この副流煙は、自己責任では防げません。そこで、ドイツでは、これを徹底的に防ごうということで、すべての室内、屋根のある閉じられた空間では一切禁煙です。ホテルも、駅も、レストランも、たばこを吸う人は外に出ないといけないのです。店内は分かりやすいのですが、軒下の様なところは分かりにくいので、駅には、消えかかっていましたが、ここからは禁煙ですという表示が、地面に書かれてありました。駅は、構内すべて禁煙です。喫煙所は、駅構内、店内、どこにも設けられてありません。喫煙は、すべて、屋根のない屋外だけです。
 自己責任は、小さいころからの自己選択と同時に教えられてきます。

ドイツ報告2003-3

 園をどのようなグループを構成すればよいかを考えるうえで、どのような保育を展開しようとするかということを考えないといけないと思います。まず、幼児教育の原理原則であり、幼稚園教育要領にも書かれてあるように「子どもの主体的な生活」と「子どもの自発的遊び」をどのように保障するのかを考えます。それは、子どもたちは、発達するために、自ら必要な活動をするものであるということを認識しなければなりません。どこで、何をして遊ぶのかということは、子どもにとっては、誰と何をすれば楽しいかを考えることなのです。それを保障するために、園という場が、大人の都合でそれを阻止するような環境であってはなりません。その意味では、ドイツのようにグループは便宜上のものであり、子どもたちは自由に園内どの部屋で、誰と過ごしてもよい考え方は重要です。

 昨年、ドイツで同じように0?3歳児と、3?6歳児を建物の都合上、1階と2階に保育室を分けていた園を見学しました。そこでは、0?3歳児は、それ以上の年齢の児の活動を見ることは少なく、落ち着いては見えるものの、他の年齢、私たちのような来客には情緒が不安定な様子を見せたのです。それは、0?6歳児までの異年齢児保育の園の子どもの様子とは違っていました。今日の見学園は、1階に0?3歳児2グループに3?6歳児1グループの保育室があり、2階に0?3歳児2グループと、3?6歳児2グループの保育室がありました。

 乳児においても発達が違う子を見ることによって刺激を受けるということが必要であっても、0?6歳まで日常的に過ごすのはどうかなと思いますが、どうもドイツでは違う考え方のようです。二日目に行った園でも0?3歳児3グループ、3?6歳児3がループの園でしたが、園長先生の話では、建物が古く、大きく二つに分けなくてはならなかったが、できれば、0?6歳児までの異年齢保育をしたいと言っていました。日本では、0?6歳での異年齢保育はほとんど見られません。確かに家庭ではそのようなことがありますが、それは全体の人数が少なく、個人的な見て刺激を受けるよりは、世話をされる、世話をするとか、教わる、教えるなどの関係が多く、日常的というよりも、そのような時間を持つという程度でいいかなと思います。

 また、3歳児になると、大人との関係よりも子ども同士の関係を優先しはじめます。そして、この関係から他児とのかかわりにおける課題点が浮かび上がります。それが、2歳児と違うところです。そこで、私は、子ども自ら集団を形成し、集団で遊ぶことができる程度の集団規模として2歳児クラスだけ独立して考えた方がいいと思っています。そこで、私が提案するのは、0?2歳児のグループ(0,1歳児クラスの異年齢)、2?3歳児のグループ(2歳児クラス)、3?6歳児のグループ(3,4,5歳児クラス)、6?9歳児のグループ(1,2,3年生)と分け、受け入れグループの承諾のもと、他のグループへの移動も可、また、時を決めて、年長さんが他のグループへの手伝い補助をする、また、0?6歳児までの一緒に食事をする経験もする、というような考え方がいいのではないかと思っています。

 それにしてもドイツはおもちゃが多いですね。園長先生は、異年齢の子どもたちがいるので、たくさんの遊具、教具を用意してあると言っていました。それは、同年齢で遊ぶもの、異年齢で遊ぶものが用意されているからとも言っていました。

ドイツ報告2013-2

 ドイツと日本との時差は、7時間あります。ドイツの方が、日本よりも7時間遅く、逆を言えば、日本の方が7時間早く1日が終わってしまいます。ですから、時差を計算しないと、このブログも1日あいてしまいかねません。そこで、ドイツでの研修は、月曜日からですが、研修先の報告は今日からになります。

 ドイツを含めて、海外の幼児施設では異年齢児クラスが普通です。それは、小学校と違って、子どもたちの生活と遊びが中心となるために、年齢で分けるのはフレーベルが「子どもの園」ということでキンダーガーデンを作った時から異年齢でした。日本では、フレーベルの考え方を取り入れてはいるものの、初めは就学前ということで、5歳児保育を行い、その後4歳児クラスを作り、しばらくして3歳児保育を行うようになりというように次第に対象年齢を拡大していったことや、小学校の準備期間の教育として、小学校をモデルにしたということもあり、学年ということで年齢別にクラスを構成してきたのです。

 では、異年齢といっても、そのように分けるかというと、先日オランダのイエナプランを紹介してもらいましたが、その園では0?4歳 ・0?2歳 ・2?4歳の3つのグループが存在します。どのグループに所属するかは、子どもの発達段階に応じて親とスタッフで相談して決めるそうです。そして、スタッフの数は、0?4歳グループでは、12人に2人、0?2歳グループでは、9人に2人、2?4歳グループでは、14人に2人の配置です。このような変則的なグループの作り方はドイツでも見られますが、今日の午前中の見学先は次のような分け方の園でした。

 0?3歳児(日本でいうと2歳児クラス)12名が4グループ、3?6歳児各25名が3グループ、6?11歳児各25名が4グループです。このグループ分けを見ると、この園は、学童クラブ併設であること、また、定員が、223名という大規模園であることがわかります。副園長先生が、「現在、市内で最大規模だと思います。」と言っているように、ドイツではめずらしいです。また、この園は2011年9月に開園して間もなく、かつての園が統廃合して多くなったわけではないそうです。
 今まで、ドイツのコープという0歳から6歳までの園では、0?6歳児までの異年齢児クラスでしたが、この園では、0?3歳児と、3?6歳児までと大きく二つに分けているので、その理由を尋ねてみたら、まず、例えば昼食の時間など生活の時間が違うからと言います。また、これらのグループは、基本的に活動のグループではなく、お集まりや昼食のときなど戻るべきグループということだといいます。普段のあそびなどの活動は、どの部屋に行ってもいいことになっており、その時には、0歳から6歳までが混じって遊んでいるということでした。

 どの年齢を一緒にするかということは、いろいろな考え方があるようです。日本では、ほとんど年齢別ですが、まれに異年齢児保育をしていると聞くことがあります。その時には、0?2歳児クラスまでは、年齢別保育で、3?5歳児クラスでは、異年齢児保育ということで一緒に過ごすという保育を指す場合が多いようです。それは、かつての異年齢児集団のように、異年齢で一緒に遊ぶとか、教えたり、教わったりと思いやりを育てるためという異年齢保育の意図があるからです。しかし、ドイツのように「年少児は年長児から刺激を受ける」とか、「小さい子のお手本となることで、自信をつけることができる」というような各割が異年齢児保育にあるとするならば、乳児においても異年齢保育は必要になります。
 では、どう考えればいいのでしょうか?