遊び場考1

 現在、私の園の学童クラブの保護者を中心に、学童クラブの新設を含め、児童館などの子どもの居場所づくりを区に要望書を出しています。それは、単に要求ではなく、一緒に地域を考えていきましょうというものです。最近、区の方々と保護者との話し合いをしました。その中で、現在学童クラブが3年生までであることに対して、「3年生以上になると、子どもたちは次第に自立をしていき、一人で留守番ができるようになるという想定です。」と説明しました。それに対して、私は、「自立というのは一人で留守番ができることではない。一人で生きていけること。そのためには、子ども集団で過ごす時間が必要。(学校という統一した価値観の中ではなく多様な価値観の中で。)昔とは違い少子化になると意図的に子ども集団を作らないといけない。人とのかかわりが希薄になっていて、核家族化で家庭の中に子ども集団がないので、地域で作ることが自立のために意義がある。仕事をしていない親も含めて、子育てをする環境がない。(保護者議事録)」というような趣旨の発言をしました。

 宮本常一著の「子供の世界」(昭和32年)の中に描かれた子どもの世界での子どもの遊び場は、どんな場所であったのでしょう。

 「がんらい子供たちにとって、あそび場は重要な意味を持っていた。それは子供たちにとって、ゆりかごの役目をはたすものであったから、しかも、このゆりかごは一定の広さを必要とした。なぜなら、子供たちにとって行為から切り離された言葉は、非常に少なかったから。つまり、子供の言葉は、行動にともなっているのがふつうである。静止した状態で、自分の考えや見聞などを述べることは少なくて、「来い」「見よ」「走れ」「行こうや」などというような動作を指示し、また動作にともなう言葉が、子供たちの間で取り交わされているものの大半であり、また子供の行為が一種の言葉でもあった。こうした意思表示がそのまま行動である場合、その意思表示をおこなうには、一定の場が必要であった。」

 まず、宮本さんは、あそび場の広さについて書いています。この指摘は非常に面白いですね。普通、子どもの遊び場にある広さが必要である理由は、「走り回るため」ということが多いでしょう。それは、小学生でも、幼児でも全く同じ理由を言うことが多く、それは、保育園、幼稚園における園庭の広さを考えるうえでも大きな根拠になります。しかし、宮本さんは、子供同士で交わされる動作に伴う言葉によって、広さが規定されるとしています。それは、遊ぶ場所ということであるからでもあるのですが、たぶん遊ぶ子どもの年齢によって変わってくるでしょうね。それは、言葉で指示するであろう行動の範囲は、年齢によって変わってくるからです。

 また、「あそび場は、子供たちのエネルギーとたいへん大きな関係を持っていた。」とも言います。それは、走るということだけでなく、あそびの意味をもとらえています。「一気に走れる距離、一定の時間あそんであきない場所が必要である。」この「一定の時間遊んであきない」という観点は、園庭を考えるうえでも考えなければならないことです。

 このような遊び場は、東京でもいたるところにあった空き地でした。しかし、その空地は次第に姿を消していきます。家が建ち、架空線が張り巡らされ、凧揚げなどの遊びは東京の空ではほとんどすることができなくなってきました。この本が書かれたころは、ちょうど町から空き地がなくなってきたころで、私が小学生になるころです。そのころ東京の子どもたちはどこで遊んでいたのでしょうか。