ドイツ報告2013-16

 保育士の資格は、現在、試験でも取得できます。その中で実技の試験科目は、「音楽」「絵画制作」「言語」の中から二つ選ぶようになっています。この内容は、子どもたちに指導する内容でしょう。そうすると、ドイツでの領域の考え方からすると、考える部分があります。

 まず、日本ではかなり重視する「絵画制作」が領域の中にありません。それは、どうしてでしょうか?その分野について、「バイエルン」にはこう書かれてあります。「芸術に積極的に取り組む子どもたち」の中に分類され、そこに、「美学、芸術、カルチャー」と「音楽」が位置付けられています。日本では、絵画制作や音楽は「表現」に位置づけられています。ですから、「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して, 豊かな感性や表現する力を養い, 創造性を豊かにする。」ことが目的になります。ドイツでは、まず、「五感を通しての学びは小さな子供にとっては陶冶の基本である。」としています。ということから、「最初の芸術、美学的経験はまさしく手でつかむことが、観念上の把握という形につながっていくことである。」として「美学、芸術」をとらえます。

 人類は、どうして「芸術」を生み出すようになっていったのでしょうか?また、赤ちゃんには芸術を生み出す力はあるのでしょうか?ゲオ術の存在が確認されたのは、旧石器時代の芸術作品があります。それは、1万8000年前の壁画で有名なスペイン北部の「アルタミラ洞窟」です。ここには、岩の凹凸を巧みに利用して洞窟の天井に何頭ものバイソンが描かれています。この壁画は、地元の地主親子によって発見されたのですが、あまりに芸術的なため、旧石器時代のものとは認められませんでした。それは、当時の学界では、はるか昔の原始人に、これらの現代美術とそん色ない絵を描くだけの知能はなかったという考えが支配的だったからです。

 しかし、その後様々な洞窟から同様な壁画が発見されたのですが、ここに書かれてある動物が遠い過去に絶滅した動物であること、旧石器時代の遺物を含む地層に覆われて存在していることなどから、旧石器時代のクロマニョン人による洞窟壁画であることがほぼ確定しています。

 では、クロマニョン人は何を描いたのでしょうか?動物、ヒト、抽象図形などのようですが、人に関わる壁画として圧倒的に多いのは、「手形」だそうです。これは、ドイツで多くみられた手形による装飾とは関係はないかもしれませんが、なんだか不思議な気がします。

 他には、数はそれほどないそうですが、ヒトと動物が合体したような半人半獣の絵や、いくつかの動物が混ざっているものがあります。それらは、動物のマスクをかぶったシャーマンとみなされていましたが、今は、想像上の生き物を描いた可能性が考えられています。

 この人類が芸術を表わし始めたころに関係はないと思いますが、ドイツの幼児における絵画は、まず、「子どもは頭の中に絵を描いて考える。」という「Kinder denken in Bildern」が重視されます。それは、「好奇心、自分で創造することの楽しみや意欲は子ども時代の人格形成のモーター(原動力)となるものである。」ということに根拠を持っています。

 ドイツにおけるバイエルンは、人類の成り立ちからは考えていない気がしますが、私は、何となく、そんな気がするのです。

ドイツ報告2013-16” への6件のコメント

  1. 旧石器時代に芸術の指導があったとは考えにくいですね。描きたい時に描きたいものを描いていたのでしょうか。それはよく分かりませんが、五感を通して、好奇心や意欲が湧いてくるような体験は乳児の頃からも大切になりますね。赤ちゃんが気になったモノの所へはいはいで移動しながらそのモノを触ったり、舐めたりを何度も何度も繰り返している姿はまさに人間形成のモーターなのかもしれません。その好奇心や意欲の手伝いになるための環境を大人がしっかりと用意しなければいけませんね。なかなか目には見えにくい部分だからこそ、大切であり、丁寧に行っていかなければならないなと感じます。まだまだ工夫をしなければいけないことが浮かんできています。丁寧に考えながら、動いていきたいと思います。また、環境と合わせて、大人の姿勢も大切ですね。遊んでいながらも、時折、こちらに視線を送る赤ちゃんを見ていて、いろいろなことを想像しています。

  2. うまく捉えきれていませんが、芸術の捉え方がそもそも違っている感じがしますね。日本では少し限定的な捉え方が強い感じがしますが、ドイツでは生きることそのものが芸術であると捉えているように感じます。絵を描くのが嫌いな人が多かったり、芸術に触れることで生活を豊かにするような感覚が少ないと思われる日本人のことを考えると、乳幼児期の教育のあり方も影響しているのかもと思ってしまいます。私自身が絵画等が苦手なもので、この手の話になるだけでちょっと抵抗を感じてしまうのですが、何とかいい捉え方をして子どもたちにとっての芸術との自然な関わり方を見つけていきたいと思っています。

  3. 確かに、「グレートジャーニー 人類の旅」とも似たものを感じますね。ドイツにおける子どもの考え方のように、ホモ・サピエンスも、頭で考え、好奇心や創造することで“シンボル”が生まれ、それらが生きることの楽しみや意欲に繋がった結果、様々な地を開拓していく原動力になっていたと思います。子どもの“好奇心”や“創造することの楽しみや意欲”は、すでに子どもの頭の中にあるのだという認識が必要です。まさに、赤ちゃんがずりばいやはいはいで、未拓の地を開拓し、様々な物を手でつかもうとする行為は、芸術や美学的経験の始まりと考えると、手に取るという行為が、私の眼には、とても神聖な光景に映り出します。

  4. 子どもの活動の中でも絵画制作は切っても切れない物です。子ども自身も絵を書いたりすることがとても好きなようです。ただ日本の絵画制作と言うと、上手く描くことに重点を置いているように感じます。子どもが自分で想像して絵を書いても白い部分が残っていると、細かいところまで塗らないの?という言葉が出てきそうです。私も小学校の写生大会で隣で描いていた友人が先生に言われていました。バイエルンでは上手い、下手よりも子ども自身が興味を持って意欲的に芸術に取り組もうとすることを大切にしているように思います。確かに人類の成り立ちから考えていないのかもしれませんが、子どもにとって何がいいのか?と考えると、自然と人類の成り立ちの考え方に近づくのかもしれません。

  5. 絵画というものの捉え方が似ているようで、ドイツのもののほうがより、実質的な部分を表しているように思います。日本の「自分なりに表現して」という一文からも洞察できるようにその目的はとてもハードルの高いもののように感じます。だからこそ、「うまく」描くということが重視されがちになるんでしょうね。それに対し、ドイツにある「五感を通して」ということはありのままの子どもの姿に近いように感じます。子ども観の違いが思いのほか日本と違うことをドイツ報告を見るたびに感じます。また、太古の世界観を見ていくことは純粋な子どもの姿を洞察するにはとてもいいということをブログを読んでいると感じます。そして、そこにおける人間の姿は子どもたちの「生きる力」の部分をシンプルにあらわしているようにも感じます。

  6. 日本の乳幼児施設が大切にしていると考えられる「絵画制作」。大人が子どもたちの「お絵かき」をみて、発展させたものだろうと思っています。何となくその辺で止まっているような気がします。一方「バイエルン」によると、「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して, 豊かな感性や表現する力を養い, 創造性を豊かにする。」という目的が明確に掲げられます。「芸術」「美学」という視点、観点が大事にされています。そして、それは「絵画」に限られたことではなく、ブロックや紙工作、といった3次元表現にも広げられているはずです。音楽、絵画のみならず、彫刻や建築にも秀でた芸術性を全世界に示してきた国ドイツ、その基礎段階を子どもたちが学べる環境がドイツ・ミュンヘンの就学前施設に保障されていることがわかります。Kinder denken in Bildern、が今回のブログでは紹介されています。このBildernは「ものづくり」と私は解釈しますが、子どもという存在はこのものづくりを通して物事について考えるのだ、ということはとても示唆に富んでいますね。

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