ドイツ報告2012-13

 私は、講演するときにはあまり原稿は書かないようにしています。それは、聞き手の顔や反応を見て内容を決めていくからです。乗っていないときには、少し内容を変えますし、興味を持ったところはもう少し具体例を入れたりします。しかし、講演の導入のところだけは考えます。それは、その話題で聞き手を引き付けないといけないこともありますし、また、最近の身近な話題から内容に結び付けて興味を引くようにするとかいろいろな工夫をします。それは、講演のときだけでなく、学校の授業のときには導入の仕方はとても重要です。特に小さい子どもに対しては、導入の仕方によって、騒いでしまうことがあります。しかし、子どもの場合の難しいのは、あまり面白い話題や、興味のある話題を出すと、しばらくはテンションが上がりすぎて、なかなか収拾がつかなくなることがあるからです。

 ドイツの小学校見学で、2時間目の授業を参観したクラスでは、先生が導入方法を工夫していました。まず、授業が始まると、歓迎の意味を込めてでしょうが、カセットコーダーのスィッチを入れて、子どもたちがそれに合わせて校歌を歌って聞かせてくれました。しかし、面白かったといと失礼ですが、その校歌は、日本のと違ってとてもテンポが速く、ロック調で、担任の先生は、前でその歌に合わせて踊りだしたのです。腰を振り振り、手を上げたり、ターンをしたり、リズムに乗っています。少し子どもたちはさめているようでしたが、それでも、きちんと歌ってくれました。

 歌い終わって、少しテンションを上げ過ぎたと思ったのか、先生は、子どもたちに「机に顔を伏せて目をつぶって!」と指示しました。クラスは、しーんと静まりかえりました。すると先生は、教室のカーテンを閉めて、教室を暗くして、そっと前の台に目鼻をくりぬいた大きなカボチャを出しました。そうです。それは、ハロウィンのかぼちゃです。そして、中のろうそくに火をつけました。眼鼻の穴から、ぼーっと明かりが漏れてきます。そして、先生は、子どもたちに顔を上げるように指示します。子どもたちは、小さな声で感嘆の声を上げます。

 すると、先生は、窓際に寄りかかりながら、かぼちゃについて書かれた詩を読み始めました。静かな中に、先生の声だけが響きます。読み終わると、教室の電気をつけ、カーテンを開けて部屋を明るくします。そして、かぼちゃの表面をやさしく手でなぞります。そして、今度はバナナを出してきて、やはり表面をなぞります。この時に何を言いながらなぞっていたのかはわかりませんでしたが、今度は、かぼちゃをなぞりながら、黒板に黄色いチョークで太い線を書きました。次に、その隣にオレンジ色のチョークで太い線を並べて書きました。これは、どうも、かぼちゃの表面を表わしているようです。そして、子どもたちに、このような太い線を書くには、どの筆がいいかと聞いて、子どもたちが個々に持っている様々な筆の中から一番太い筆をとりださせました。

 この日の授業は、かぼちゃを描かせる内容だったのです。ハロウィンのかぼちゃ、かぼちゃの詩の朗読、手触りや感触は、絵を描かせるときの導入だったのです。このような丁寧な導入の後の子どもたちの絵は、とても上手でした。また、その授業は、絵を描かせるというよりも、かぼちゃの観察という感じでした。その観察を絵で表現したのです。
 このような導入は、日本でも行うことがありますが、この担任は、校歌に合わせて自ら踊るようなキャラらしく、とちゅで、鳥のぬいぐるみを使ったり、声色を使ったりと、子どもを引き付けるようにいろいろと工夫していました。

ドイツ報告2012-13” への5件のコメント

  1. サービス精神旺盛な先生がドイツには多いようで、一時も飽きさせない演出、日本の先生もこれぐらいしないといけません。たまにはスベって子どもをしらっとさせるのも愛嬌(笑)。最後は人形まで登場するドイツの授業風景。子どもが集中できる時間は、せいぜい15分くらいだとか。45分の授業なら3回は場面転換が必要ですね。やっぱり座学中心の日本の授業は子どもにとっては難行苦行です。

    藤森先生の講演は、こんな派手な演出はありませんが、聴衆の聞きたいことをズバッとお話しいただくので、終わった後はまるで風呂にでも入った後のように爽快です。「目から有漏(うろ)が落ちる」とは、仏教用語でいう煩悩(迷いや苦しみのこと)が覚者の説法によって捨て去ることができることを言うらしいのですが、私のような凡夫はいつも先生の説法(講演)によって、覚醒させていただいています。今月には、久しぶりに当地で先生の講演会を開きます。これで通算11回目の講演会になります。

  2. 授業で踊り出す先生というのはかなり愉快ですが、その後の流れはかなり丁寧に行っているんですね。そのギャップがまた楽しいです。授業でどんなことを行うのか、それはどんな目的なのか、そしてそれがどんな力をつけることにつながっていくのかということが非常に明確で、やはりこのような授業のあり方は子どもたちも自ら楽しんで取り組めるんだろうと思います。何度かこちらの小学校の授業を見る機会があったわけですが、黒板に貼るものを変えたりするくらいで、写真のようにいろんな道具を使ったりして変化をつけるような授業を見たことがありません。これは子どもがどのように興味関心を持つかなどの子ども理解の違いなんでしょうか。どちらの授業を受けてみたいかと聞かれると、子どもの答えは一方に偏る気がします。

  3.  まずロック調の校歌というのは驚きますね。私が今まで触れてきた校歌は、ゆっくりな曲だったので、聞いてみたいですね。またそれに合わせて先生が踊るというパフォーマンスは、その担任のキャラクターもありますが、様々な方法で子どもに興味関心を持たせるという意味では、いいですね。どうしても校歌の練習と聞くと何度も歌って、覚えさせるというイメージですが、担任が進んで楽しそうに歌うと、その雰囲気に引き込まれいつの間にか一緒に楽しく歌って覚えるような気がします。授業の進め方もとても参考になります。ただ正直な感想は保育園や幼稚園のような導入の仕方と思いますが、やはり発達を考えると2年生はまだ、体験や経験を重視した授業を重点に置くと、こういう導入が普通なのでしょうね。人形を使って声色を変えて授業をするなど、いかに子ども達の興味を引きつける為に、先生は様々な工夫をしているのを聞くと、日本の学校の先生も、子ども達がうるさかったり、席に座れないと頭ごなしに叱ったりしていますが、少しは子どもが食い入るような授業をすれば、怒らずに済むでしょうね。

  4. 小学校の授業の風景とは思えない形の導入の方法ですね。保育園や幼稚園の保育のなかでの導入に近いように思います。2年生だからこういった導入なのでしょうか?以前藤森先生のブログで「脳の臨界期は6〜8歳といっていたのを思い出しました。」だからこそ、この年齢ではまだまだ体験を通した授業がすすめられているのでしょうか。先生の授業の進め方も子どもの出方を見ながら授業を進めているのが分かります。日本の教育現場ではあまりこういった人形を使ったり、パフォーマンスをすることはあまりなく、パネルを使って絵を見せるくらいがせいぜいのように思います。また、子どもたちもどこか冷めた様子が伺え、そういった現場の雰囲気も大きく違うように思います。

  5. 授業の導入工夫は専門家ならではの行為です。今回のブログに紹介されていた校歌に合わせて歌ったり踊ったりする先生は愉快でいいですね。おそらく、子どもたちもハイテンションになります。そして、そのハイテンションを収めるため、今度はうつ伏の指示を先生が出し、生徒たちは一斉にうつ伏せになり、次を待ちます。なかなか素敵な導入です。楽しく学べそうな感じがしますね。そして部屋の明かりを暗くし、かぼちゃのジャコランタンを用意し、・・・子どもたちは当然、驚くでしょうね。そして、かぼちゃの表面を感触したり「かぼちゃの詩」を聴いて、かぼちゃの絵を描く、まさに総合的学習です。鳥のぬいぐるみを用いていて楽しさ倍増です。子どもたちが授業に集中しないのは、やはり授業の展開が面白くないからでしょう。こういう授業なら子どもたちは楽しんで時間を過ごすことでしょう。

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