金の成る木

今日は、大みそかです。明日から新しい年が始まります。昨年の大みそかの日のブログは、日光東照宮を話題にしました。東照宮というと、日光を思い出しますが、実は、江戸時代には全国で500社を超えるほど建てられています。しかし、明治に入って、廃社や合祀が相次ぎ、現存するのは約130社だけです。その中で、日本3大東照宮と呼ばれるものがありますが、日光東照宮と久能山東照宮の二社は異存がないのですが、もう一社は、仙波東照宮、鳳来山東照宮、滝山東照宮などが我こそはと名乗っているようです。
家康は死ぬ時の遺言で、「遺体は久能山におさめ、(中略)一周忌が過ぎたならば、日光山に小さな堂を建てて勧請し、神としてまつること。そして、八州の鎮守となろう」と述べています。家康の死後、その遺言に従って、家康の息子であり、2代将軍秀忠は、日光に廟をつくりました。廟は元和3年(1617年)に完成し、家康公の尊骸は4月に日光に改葬されました。この秀忠こそ、来年のNHK大河ドラマ「江?姫たちの戦国?」の主人公である「お江」の夫になる人です。徳川の将軍というと1代目の家康と3代目の家光はよく知られているのですが、2代目の秀忠はあまりよく知られていませんし、その評価もあまりよくありません。その秀忠にドラマの後半は脚光が当たるのでしょうか?
家康は、晩年を駿河国の駿府城で過ごします。そして、「遺骸は久能山に埋葬すること」を遺命として託し、その通りに遺骸はただちに久能山に遷され、秀忠は久能山に家康を祀る神社を造営することを命じました。そして、1年7ヶ月の期間で建てられたのが久能山東照宮です。今年の10月にこんなニュースが流れました。「国の文化審議会が文科相に行った答申で、静岡市駿河区の久能山東照宮が国宝に指定される見通しとなった。」というものです。全国に数多く建てられた東照宮社殿の特徴となっている、権現造りの先駆けとしての価値が認められたからです。日光東照宮は、その社殿が「世界遺産」になっているのですが、その“ルーツ”として、久能山東照宮は脚光を浴びることになりそうです。
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久能山東照宮は、駿河湾をのぞむ小高い山の上にあり、ロープウェイによって日本平と結ばれています。その東照宮に1昨日妻と行ってきました。タクシーを降りて、一ノ鳥居からつづら折りになっている計1159段の石段の階段を登っていくと、途中には、手前に「久能石垣イチゴ」を作る観光農園のビニールハウスがみえます。海岸に沿って約50軒も立ち並んでいるそうです。その向こうには駿河湾が広がっています。
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もともと、駿府へ進出した武田信玄が久能城を築いたこともあって、途中、信玄の軍師であった山本勘介が掘ったという井戸も残っています。
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今回、国宝に指定されたのは久能山東照宮の本殿と拝殿、石の間からなる複合社殿です。昨年まで社殿の塗り替え工事が行われており、極彩色の彫刻などは鮮やかで、特にこれらの装飾は桃山文化の名残をみせつつ、江戸初期の特徴をよく表していると説明されています。私たちが、わびさびを日本の色だと思っていますが、当時はずいぶんとモダンな色遣いです。
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 久能山東照宮の一番奥に家康の墓がありました。それは、ご神木と言われる大きな杉の木のもとです。その木には「金の成る木」と書かれてあります。それは、家康が、諸侯に向かって、「金の成る木とはどういう木か」と聞いたところ、誰も答えられなかったので、家康は筆でこう書いたそうです。「よろずほどのよ木」(すべてほどほどがいい)「志ひふか木」(慈悲深くあれ)「志やうぢ木」(正直)が金の成る木だというのです。

金の成る木” への4件のコメント

  1. 今年もこのブログからいろんなことを教わりました。ブログを読みながらぼんやりと考えることが日課になっていますが、なかなか自分のものにできないのが悩みです。
    家康はお金というものの捉え方は、当然様々な経験からつかんだものなんでしょうね。今興味のある本が『お金は木にならない』というもので、子どもにお金のことや社会の仕組みをどう学ばせるかという内容のようです。金の成る木とは正反対の言葉ですが、どちらも子どもたちにはつかんでもらいたいと思っているものです。このことも何かの形にしてみたいと思っています。
    今年も1年間お世話になりました。

  2.  とうとう今年最後のブログになりました。本当に色々な事を学ばせていただきました。ありがとうございます。最後のブログは新しい大河ドラマがテーマですが、東照宮と聞くと栃木県にある日光東照宮を思い浮かべます。もしこの世に「金のなる木」が存在していたならば、誰もが欲しくなるでしょうね。家康は「ほどほどが良い」「慈悲深い」「正直」の三つを心がける事が金の成る木と言うのは、とても納得しました。お金はたくさんある事が幸せでもないし、逆に全く無いのも困る、そういう意味でほどほどが良い、そして傲慢にならず慈悲深くなり、何よりも正直にいる事が、幸せなのだと言っているように思えます。

  3. 日光東照宮は何度か行ったこともあり、また近いうちに家族と訪れる予定があります。しかし、静岡の久能山東照宮はその存在は知っていますが、まだ訪れる機会を得ておりません。ここも東京にいる間に訪ねておくべき地の一つです。さて、2代目。奥州平泉3代、鎌倉北条3代、室町足利3代、そして今回ブログの徳川3代、いずれも2代目が実はとても重要な役割を果たしていることがわかります。繁栄の礎を築いたといっても過言ではないと思っています。2代目がしっかりとしていればこその3代目です。その意味でお江の方により今年脚光を浴びることになる徳川2代将軍秀忠公の人物メイクはいかばかりでしょうか。とても楽しみですね。過小評価の人物像ではないことを祈ってやみません。

  4. 「金の成る木」というとつい私は「お金(銭)」のほうを思い浮かべてしまいます。どうやらそうではないようですね。「よろずほどのよ木」(すべてほどほどがいい)「志ひふか木」(慈悲深くあれ)「志やうぢ木」(正直)すべて、人の気持ちの部分なんですね。なにをもって生きているかは今も昔も変わっていないのかもしれません。本当に大切なのはこういった気持ちの持ちようが大切なように思います。お金は生活を豊かにはしてくれますが、人の心はお金では買えません。特に戦国武将であった家康にはとくにそういったことが分かっていたのでしょうね。自分自身、そういった気概は持っていたいものです。

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