火を使う料理

「人間は火を使う動物である」、「人間は言語を使用する動物である」、「人間は道具をつくる動物である」など、文化をもった動物である人間を他の動物から区別するキャッチ・フレーズがあります。では、動物と比較して、人間の食の文化を特徴づけることはなにかと考えて、昨日のブログで取り上げた「人間は共食をする動物である」という以外に「人間は料理をする動物である」、ということがあると石毛さんは言います。この料理についてもブログで取り上げましたが、石毛さんは、「料理」と「共食」という食物加工と食事行動の織りなす人間行動が「食の文化」だといいます。食料資源の獲得にはじまり、胃袋におさめるまでの一連の行動における文化的側面が「食文化」であり、食料の入手にかかわる農学や、食料と人体生理にかかわる栄養学などのサイエンスと関わりをもつ広大な分野が「食文化」だといいます。
科学雑誌「ニュートン」には、人の頭脳の仕組みの中でこう書かれてあります。「人類の脳が大型化した要因には、さまざまなものが考えられています。その一つとして、頭蓋骨と下あごを結ぶ筋肉(咀嚼筋)が縮小したことに注目する研究者もいます。咀嚼筋が脳の中で相対的に縮小し、それにともなって脳を納めるスペースが広くなったのです。それは、人類が加熱を伴う調理を習得したために、咀嚼力は以前に比べて弱くてすむようになったと考えられています。」やはり、人間が人間になるためには、料理が欠かせないようです。
「料理をする動物」ということについては、たとえば、芋を海の塩水で洗って食べるサルもいますし、そのことが群れ全体にひろまったことが有名です。この芋洗い行動は、文化の社会的伝達の例とされてきました。食材を洗うことは料理作業の一部として人間に普遍的です。また、殻の固い堅果を石の台の上に置き、石や重い棒をハンマーとして使用して、殻を割る行動をするチンパンジーがいることが報告されていますが、これらの行為は、料理の芽生えが認められます。しかし、人間の料理という行為の中核部をなす火の利用は動物にみられません。
以前、北海道大学準教授の川田さんの講演を聞いたときに、原住民と呼ばれる多くの種族では、包丁や火を赤ちゃんのころから使わせているところの写真を見せてもらいました。日本では、火は早くて小学校高学年のころから使わせると答えていますが、現在、毎日の便利な暮らしの中で、「火を見たことがない」「マッチを擦ったことがない」子どもたちが増えています。このような環境では、子どもたちは、火が熱いものであることを知らずに成長してしまうと危惧する人もいます。
脳トレの提唱者である川島隆太東北大教授と大阪ガスが、「火を使うと人間らしい脳が育つ」という仮説に基づいて、「火育」という体験教室で実験を行っているそうです。「火育」とは、火の暖かさや素晴らしさを伝え、火に親しみ火を学ぶ機会を提供し、子どもたちの健やかな成長の一助になろうとするものです。また、親子で火の生活文化を学び、火を上手に使った調理を通じて食の重要性を知る食育の場になることもめざしているそうです。たとえば、仙台市などで行われている火育の体験教室では、七輪で秋刀魚を焼く子どもの頭に近赤外線装置をつけて、脳の血流を計測してみると、火を扱っている時には、脳の中で意思疎通をつかさどる部分が活発化していることが分かったそうです。どうも、「火を使うと人間らしい脳が育つ」という仮説に近づくよい結果がでたようです。
人間らしい脳が火を使うようになったのか、火を使うことによって人間らしい脳になったのかわかりませんが、火を使う料理は人の営みに欠かせないことのようです。