食物分配

今日は、園ではお餅つきでした。数人の保護者の方々も手伝いに来てくれました。そして、その後に保護者の皆さんは、会議室でつきたてのお餅を食べたのですが、私も一緒に食べるように誘ってくれました。最近、園の保護者の皆さんはとてもいいですね。園と一緒に子育てをしている仲間という感じです。ですから、私は保護者の方々と一緒に会話をしながら食事をすることはとても楽しみです。保護屋の皆さんは、さまざまなところで活動している人が多いので、その話はとても興味を引きます。特に一緒に食事をしながら会話を楽しむというのは、お互いの関係をを和ませます。
国立民族学博物館の館長であった石毛直道さんは、「おもしろさ」を食に見つけます。「従来、物質文化の研究対象とされたモノのおおくは、形態が長期間保持される耐久消費財的な性格の品物でした。それに対して、料理はつくってから、すぐ胃袋にいれられて、跡形がなくなってしまいます。しかし、料理材料である自然物に、人間が文化としての加工を施しているという点では、りっぱな物質文化であるはずです」ということで、料理の研究はもっぱら調理学にまかされてきたのを、調理学は料理の技術にともなうサイエンスであり、文化としての料理の研究ということで、料理そのものの研究ではなく、文化一般を考えるさいのパラダイムとしての料理論を考えます。
そこで、人間の特徴として以前ブログでも取り上げた「人間は共食する動物である」ということを考えます。動物は原則として、成長したら、個体が食物を獲得し、それを個体単位に消費してしまいます。それにたいして、世界中どの社会でも、人間の食事は共食が原則となっています。もちろん、旅先の食事や、単身生活をしていて一人で食べることはいくらでもあります。しかし、食事は一人だけで食べるものではなく、他の人と一緒に食べるものだというのが、世界の民族に共通しているのです。その、普遍的な共食集団は家族です。どこでも家族が最小単位の共食集団としての役割を担っているようです。
それは、同時に「食料の分配」に関わることであるといいます。家族が食物分配の基本的単位であることをしめします。1961年に今西錦司さんが『民族学研究』に発表した[人間家族の起源」という論文があるそうですが、そこでは、「インセストを回避する社会単位であると同時に、食物分配の単位として家族が成立した」と論じているようです。つまり、性と食が人間の家族をつくりあげたというのです。
共食と食物分配について、石毛さんは講演でこのように話しています。「人類の祖先が狩猟をするようになったことに、食物分配と、それにともなう共食がはじまったのだと思われます。狩猟が男性の仕事とされることは世界の民族に共通します。初期の人類が狩人になったとき、男性がとった獲物を独り占めにせず、肉を持続的な性関係を結んだ特定の女性と、そのあいだに生まれた子供に分配するようになった、それが家族の起源と考えられるのです。共食のさい、限りある食べ物を共食するとき、強い者が独り占めにしないように、食物を分配するルールができます。この食物分配のルールがもとになって、食事における「ふるまいかた」の規範が成立します。それが発展して食事作法となります。食物分配が食事作法の起源であると、わたしは考えています。」
食事におけるしつけと言われるルールは、みんなで楽しく食べるところから始まります。そして、人にふるまったり、いただいたりすることも重要なことです。今日のお餅を子どもたちはもちろん、保護者も楽しくみんなで一緒に食べることが、まずは基本のようです。