おもしろさ

国立民族学博物館の館長であった石毛直道さんが、館長の退官記念講演会で面白いことを言っています。「自分の人生を律するようなスローガンを掲げて、それに縛られた人生を送るのは、わたしにとってかなわんことです。一つの目標をめざして生きるのではなく、その時どきのおもしろいことをして、人生という時間を消費するのが、わたしの性にあったことです。人生を何事かを達成する「生産の時間」とは考えずに、「消費の時間」として生きているのです。時間をおもしろいことをするために消費し、その副産物として、結果としての生産ができたらもうけものだと思っているのです。」
それは、「おもしろいことをして時間をすごす」ということなのですが、実際の仕事では、「おもしろい」ことばかりで人生を過ごすことはむずかしいようだと言っています。しかし、研究については、その時どきの「おもしろい」ことばかりして研究生活を送ることができたようです。そして、彼にとっての「おもしろい」ことはなにかといえば、「人のやらないこと」だと言います。「人のやらないこと」が、彼の「おもしろい」ことである理由には、彼が学生時代、学術探検を志したことに関係があるようです。探検とは「人の行ったことのない場所に出かけて、情報をもち帰る」ことです。そのことが、「人のやらないことに興味をもち、フィールド中心主義」の彼の学問のやり方に影響したようです。
「おもしろい」とは、そのものに興味関心を持つということでしょう。辞書で「興味」というと、1 その物事が感じさせるおもむき。おもしろみ。2 ある対象に対する特別の関心。3 心理学で、ある対象を価値あるものとして、主観的に選択しようとする心的傾向。教育学では、学習の動機付けの一つ。とあります。石毛さんが、「人がやらないこと」に「おもしろみ」を感じるのは、人がやらないものに価値を感じるからでしょう。それを主観的に選択するのです。それが学習の動機になります。
子どもにとって、「遊び」は、とてもおもしろいものです。積み木を積んで何かをつくる、紙で製作をする、自分ながらの作品ができるとうれしくなります。それは、決して何かを学ぼうと思っているわけでもなく、発達をしようと思っているわけでもありませんが、そのおもしろさから何かを学習していくことになるのです。
人は、聞く、触る、味わう、臭いをかぐという五感を働かせる動作をする度に、脳と神経細胞の連結部分の効果を増す信号が25回、脳に送られると言われています。子どもの遊びには、この効果があると言われ、よい遊びと言われるものは、より良い効果を促します。そして、その活動が繰り返されるごとに、連結箇所が強化されます。これは、子どもたちが新しいものを発見し、興味を抱いたときに、神経への刺激が繰り返されるのです。興味が遊びの動機づけになるのです。
研究によると、遊びに没頭しない子供の脳は、通常の子供より20?30%小さく、孤独、落胆、軟弱といった、「遊びの欠乏」の症状が見られるようです。そうなると、社会性、技術力に欠け、自信を失い、内気な性格になる傾向があるといわれています。大人たちが、単なる遊びと思っている「遊び」は、子どもにとっては、とても重要な活動であり、さらに、遊びを通しての子ども同士の関わりは、脳を刺激します。そこで、子ども同士のグループに応じた充分な遊びは、子どもの発達には必要不可欠です。
人生に対して、いつまでも「おもしろさ」を感じていたいものです。