ツリーとタワー

 現在、着々と東京スカイツリーが高さを増しています。先日、調理用品を買いに合羽橋に行ったときにも、その間からその姿を見ることができました。
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私の園から少し出ると、今迄、陸橋の上から見えていた先端が高くなってきたために歩道からも見ることができるようになってきました。子どもたちは少しずつ高くなっているスカイツリーを見ながら、生活をしています。このスカイツリーは、2008年7月14日に着工し、2011年冬に竣工し、2012年春に開業予定です。毎日見ている子どもたちは、大人になって、自分の子どもたちに、「お父さんは、ちょうどスカイツリーが高くなっているのを見ていたのだよ」とか「お母さんは、スカイツリーを建てているときに、ちょうど年少さんから年長さんになったのよ」と自慢げに話すことでしょう。
 後世に残る建築物が建てられているときにちょうど遭遇するのは忘れられない思い出になります。少し前に映画になった「Always夕陽丘3丁目」では、ちょうど東京タワーが建ちあがっているころの下町が舞台でした。東京タワーは、1957年(昭和32年)6月29日に地鎮祭が執り行われ、着工されました。私はその年には小学3年生のころで、下町に住んでいたので、この映画に登場する小学生と同じような生活でした。この着工した年の10月には、アメリカに教育改革を行わせるきっかけとなった「スプートニクショック」と言われた出来事である、ソ連が人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功しました。そして、テレビでは、「赤胴鈴之助」「きょうの料理」「私だけが知っている」が大人気でした。映画では、「おいら岬の 灯台守は…」と子どもまで口ずさんだ主題化で有名な「喜びも悲しみも幾歳月」が公開されています。
このタワーは、1958年(昭和33年)10月14日に竣工となり、この年の12月23日に完工式が開かれました。そして、審査会において愛称を「東京タワー」と決定しました。1995年(平成7年)には、来塔者数が1億2000万人となり、日本の総人口に相当する人数が来塔したことになります。昨年には、来塔者数が1億6000万人となったのですが、今年の3月29日、建設中の東京スカイツリーが高さ338mに到達したため、「日本一高い建造物」の座を降りることになりました。
このように高い建物はその高さを増すことで人生を重ねてみてしまいます。今日、名古屋で講演があったのですが、会場の近くに「名古屋タワー」が建っていました。
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このテレビ塔は、東京タワーよりも古く、日本で一番古いテレビ塔です。1953年(昭和28年)9月19日着工、昼夜を通して工事が行われ、1954年(昭和29年)6月19日竣工、翌日にはもう開業しています。電波の発射も当日には開始しました。このタワーの高さ180mで、設計者は、後に東京タワーを手がけた内藤多仲で、この時期のテレビ塔のほとんどを設計しています。この年に名古屋にいた人は、同じように日々高くなる塔を見て興奮したでしょうね。講演の合間を見て訪れた名古屋市博物館では、現在、企画展で「名古屋タイムズの見た名古屋」ということで昭和21年から39年の名古屋の風景写真が展示されていましたが、そこにはやはり名古屋タワーの写真もありました。この年には、ラジオでは、私が幼いころに聞いていて、今では主題歌だけが耳に残っている「笛吹童子」が放送開始しました。また、テレビでは、大相撲の中継が始まりました。
今の東京スカイツリーは、子どもたちが大きくなったときに、その建設と相まって、どんな世相を思い出すのでしょうか。