もしドラ11

いよいよドラッカーの「非営利組織の経営」についての解説と、私の私見は最後に近くなりました。最後は、「自己開発」です。自分自身を開発するには、自分にふさわしい組織で自分にふさわしい仕事につかなければならないと彼は言います。基本的な問いは、「一人の人間として、自分は何に向いているか」です。彼は、このような問いに答えを出すには、自分がベストを尽くせるには、どのような環境が必要であるかを理解しなければならないと言います。子どもの発達を促すためには、やはりどのような環境が必要であるかを理解しなければならないのです。よく、その環境の一部が保育者であるという人がいますが、私は、保育者とは環境の一部であるのではなく、全体の環境を用意する人だと思っています。同じように、リーダーは、職員の環境の一部ではなく、職場のあらゆる環境をコーディネーターする人の様な気がします。
 そんなときに、自分の気質や個性をよく見なくてはならないのです。気質や個性は訓練して容易に変えられるものではないだけに重視し、明確に理解しておくことが大切だと彼は言います。しかし、もし、向いていないという結論に達した時にはどうすればいいのでしょうか。その時には、「それはなぜか」ということを問題にするべきだと言います。その組織が有する価値観になじめないのか、その組織が堕落しているからか、もしそのような場合には、人は確実にダメになると言います。そんなときには、やめることが正しい決断であると言います。
 自分自身に刺激を与えるためには、大きなものであれ、小さなものであれ、時々は変化を与えることが必要であると言います。この必要性の重要度は、人がますます長生きをするようになり、ますます長く活動できるにつれて高くなっています。しかし、変化と言っても、まったくかけ離れたものに代わる必要はないと言います。安楽な日常に埋没しそうになったら、何か違ったことをやるよう自分を駆り立てる時が来たということです。「燃え尽きた」というのは、たいていの場合、「飽きてしまった」ことを白状しているのであると言います。朝、やりたくもない仕事にいやいや出かけることほど、疲労を覚えるものはないと言います。たいていの仕事は、同じことの繰り返しです。喜びは、仕事自体にあるのではなく、結果にあります。したがって、仕事に飽きるというのは、成果を求めて働くことをやめるということです。
 成果がなかなか得られないうちは、仕事の中に学びを見つけていくことです。仕事の中に学ぶことを組み込み、かつそれを維持していくには、結果と期待のフィードバックの仕組みをつくらないといけないと言います。そのために、自分にとって重要な意味を持つ活動に取り組むとき、自分が何を期待するかを書きとめておくことが大切です。数ヵ月後に、その記録した期待と、現実の結果と比べてみて、自分はどのようなことをうまくやれるか、どのような技術や知識を必要としているか、そして、どのような悪い癖を持っているかを知ることができるのです。
それは、自分自身にだけ向けられるのではなく、組織に対してもそのような振り返りが大切です。同じことの揺り返しに見える毎日の中で、ただ日々に追われていると、疲労感だけが残ります。そこには、期待を持ち、それへの達成度を見直すことで、次の期待への修正をすることができるのです。比較するものがなければ、弱みも見つかりません。私は、その期待を「志」だと思っています。それに向かうための環境は、どのようなものなのか、どんな環境が今足りないのかを見直していくことで、少しずつ志に近づいていくのだと思います。

もしドラ11” への5件のコメント

  1. 今年中もやもやと考えていて光明が見出せなかった思いへの指針がまさに上記でした。
    一気に拝読しましたが、拝読後、先生に恐れすらいだくようになりました。

  2. こんなに大事なことをきちんと残しているドラッカーのすごさをあらためて感じています。もしドラシリーズがもうすぐ終わるとのことですが、何度も読み返す必要のあることばかりです。話はそれてしまいますが、最近比較するというか、他人と向き合うことで自分が見えてくるということに関心が強くなっています。自分の個性を知るためには1人では十分ではなく、いろんな考え方の人と出会う必要があると思うのです。共感できる考えや全く賛同できない考えの中で、自分の個性に気づいていく体験が続いているからです。様々な人がいることや、社会を形成して生きていく必要のあることなどは、自分に気づき、自分を磨いていくためにも意味があることなんだろうと思わされます。

  3.  「自己開発」これはどんな仕事をする上でも、とても大切な事だと思います。自分はどのように成長していけばいいのか?その為には、どのような環境が必要であるか?しっかり自分で考えないと、ただ仕事をして疲れて、帰って寝るだけで、一生が終わってしまう気がします。スポーツで全国制覇をした友人がいますが、彼は「燃え尽きた」と言って競技を辞めました。当時はそれを言った友人を格好良く見えましたが、本当は飽きたのが本当の理由だったのかもしれません。仕事にしてもスポーツにしても喜びは結果にあるのは確かです、その結果というのは個人によって違うかもしれませんが、今の私にとって仕事での喜びというのは、もちろん子ども達が成長していくのを見るのが喜びですが、それよりも多くの事を学び、それが自分の物になっていくことが、今の私の喜びかもしれません。私の中の「志」を忘れずに、それに向かっていこうと思います。

  4. 「自分の気質や個性をよく見なくてはならない」、これは自己を知る、ということで大事なことですね。私たちはともすると、あの人はどうだ、この人はどうだ、と自分を差し置いて他人批評をします。まぁ、この他人批評も自己を知るためであるなら有益ですが他者批判の具であるならば有害です。なぜなら、過去と他人は変えられないからです。もう一つ。私たちは他人を変えようとします。これも無駄なことは言うまでもありません。変えよう、という気持ちからではなく、事の真実を他者に示せるよう自己を鍛錬するならば、他者が自ら気づき他者が自己変革に向かうだけです。藤森先生に出会って自らが変わった人は多いと思います。しかしそれは、藤森先生が他者を変えようとした結果ではありません。自己鍛錬の結果を他者に示したに過ぎないのです。その提示が私たち一人ひとりの自己の内的本質に触れ自己内において恰も化学反応を起こすが如く変わっていったのだろうとわが身を振り返り左様に了解しております。

  5. 成果とは非営利組織の場合なかなか見えにくいように感じます。それは売り上げなどではなく、対人の職業だからです。では成果とは、と考えると自分の中の「志」というのはまさにその通りなのだと思います。つい私は自分のことを責めてしまい、前向きになることがなかなかできないのですが、それは自分の中の「期待」や「達成度」を持たず、日々に追われていたのだとブログを読んで強く感じました。恥ずかしい限りです。何かに書き留めておくということはとてもいいことだと思いました。自分の気質なのか後ろ向きになることが多いのですが、もっと前を向く努力をしていこうと強く思います。それが自分磨きなのでしょうね。

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