人との関わりと五感

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」という取り組みは、ドイツの哲学者であるアンドレアス・ハイネッケ氏の発案だけあって、哲学的な考え方が盛り込まれています。何が哲学的かと言われると困りますが、彼の言葉や、内容の説明などに、現代の持つ課題が感じられます。たとえば、参加者は暗闇に8人で入っていくのですが、中には、携帯電話と時計は持ち込むことはできません。日本人は、出発前にその注意を伝えると、パニックになる人がいるそうです。その様子について、DIDジャパン代表の金井真介さんは、「携帯は日本人にとって、人とつながるためのお守りみたいなもの。持っていないと不安になる人がいる。それだけ人は孤立しているのです。」と話しています。今年、ドイツの保育園を訪れたとき、ある園で、「おもちゃを使わない月間」という試みを見ました。それは、「今の子は、おもちゃがないと遊べず、おもちゃ依存の子が増えている」という理由からだそうです。そして、子どもたちは森に行きます。それは、森の中では、おもちゃを使って遊ぶ代わりに、五感を使って遊ばないといけないのです。
 暗闇での案内人であるアテンドは、視覚障害者です。アテンド歴10年の松村道生さんはこう話しています。「視覚を使えば瞬時に全体を把握し、互いの違いを見つけられる。現代は時間が重視されているので、視覚が優位になっているけど、想像し、深く感じ取るには、むしろ聴覚、触覚、嗅覚、味覚の方が適しています」人は、1日中光の下でものを見ることができます。それは、視覚から得る情報です。しかし、その対象物は、音がしているかもしれませんし、臭いがあるかもしれません。美味しい味がするかもしれないし、見た目と違う肌触りをしているかもしれません。しかし、資格でものを把握できるために、他の感覚では確かめなくなってしまい、本質の形がつかめません。
 発案者であるハイネッケ氏は、こう言います。「人は、最初やみの中に入ると、ショックを受け、不安になり立ちすくんでしまいます。全く違う環境に放り出されて恐怖を感じるわけです。人間はこうした不安や恐怖を打ち消そうと躍起になりがちなのですが、本来、不安や恐怖というのは人間がごく普通に持つ感情です。しばらくすると不安な状態を受け入れ、それを打開するための方策を探し始める。ガイドの方に声を掛けられ動き始めて、視覚以外の感覚を使うことを覚えます。手でまわりを探ったり、匂いをかいだり、またまわりの空気の流れも感じ始める。」
 暗闇での不安をなくすために、人は五感を使えばいいのです。あらゆる五感を使って物を見ようとすることで見えてくるものがあるのです。もうひとつ、この体験で不安を取り除く方法を体験します。それは、「困難に直面しても、お互い協力し合えば一緒に乗り越えられる」というように、暗闇では、隣にいる人が必要なのです。最初、おっかなびっくりだった参加者が、ぶつからないように互いに声を掛け、協力しながら暗闇を歩くうちに、見知らぬ人同士がうち解けてきます。五感を使ってで感じたことを、同じグループの人たちと声で情報を交換しあって、まわりの状況を把握していくのです。光がない世界では、立ち止まって声を出さないと人間の存在が消えてしまうのです。声を掛けあうことによって連帯感が生まれるわけです。そこでは、コミュニケーションが、人の存在を際立たせるのです。
 ハイネッケ氏は、「視覚に頼っているときよりも、はるかに素直に話ができることに驚くはずです。全く違った環境の中で不安を感じながら、自分の五感や人との関係を再認識することから他人や自分との対話が生まれてきます。」と言います。最近、ひきこもりが増えてきたというのは、小さいころから五感を使って、人の関係を築いてこなかったことも原因のようです。