独自性

 イギリスやアメリカやドイツなどにおける連邦と州の関係は、日本における国と県との関係とは大きく違うようです。それは、それぞれの州が持つ権限や責任についても分担されているようです。たとえば、義務教育についても、ドイツの教育行政が地方分権でありかなり州ごとにかなり違うことが認められています。例えば、ドイツの小学校は一般的に4年制ですが、州によっては6年制の小学校もあります。これだけ見ても、連邦で統一されるべきことと、地方分権による責任の範囲についての考え方がずいぶん違うようです。学校教育による就学の形態の違いが認められているのですから、教科の考え方、学び方など違うのは当然でしょう。たとえば、私がよくミュンヘン市があるバイエルン州では小学1年生から英語を学びますが、ノルトライン=ヴェストファーレン州では2年生から授業がスタートします。このように、州や自治体によって、カリキュラムや授業時間数など、異なる教育スタイルを持つことができるシステムになっています。
 ドイツというと、日本、イタリアと一緒に思い出されるのが、国家統一を目指し、それが利用され、不幸な時代を体験したことです。ドイツではナチスが犯した犯罪を今も忘れずにいて、その反省から政治的意図によって統一化や画一化が二度と起らないように注意深く国家システムを構築しているのです。そして、初等中等教育の権限を州教育省にもたせ、各州が特色ある教育システムを構築したのです。特にバイエルン州においては、学力レベルの低下や価値観の多様化による教育に対する国民の相違、その他学校現場での様々の課題を抱える中、各州に先立って児童の統一学力調査を実施するなど州独自の教育改革を進めました。この時の学力調査は、決して他の州との競争から学力を高めるといった市場原理の考え方ではなく、どのような教育改革の取り組みを行うのかを考察する為のものです。
PISA(国際学力検査)で、ドイツ16州のうち、バイエルン州は最上位の成績だった結果について状況分析、情報分析が行われ、この調査結果をもとにバイエルン州では、民間企業や市民から出資を集めバイエルン教育振興財団が、2000年10月設立されます。ここから提案された教育改革は、日本のような「ゆとり」をなくし、総合的学習をなくし、より強固な認知的学習に移行するのではなく、このような内容でした。そして、この教育改革に、年間28万ユーロの資金助成を州教育行政に支援しています。そして、学校現場の独自性と自立性をもたせるために「モデル21」というプロジェクトをつくります。そして、このプロジェクトに参加している学校は、授業内容の評価を行い、評定結果を校長にフィードバックし、学校経営に反映させていきます。ドイツの校長は、学校全体のマネージャーとしての機能を持っており、地域の企業、産業とも連携し、企業からの情報やアドバイスを教育現場に反映したりしています。そして、州政府は、この評定結果をもとにして、実際にその学校の予算の配分を決めています。そこで評価されるのは、公立学校がどこも同じで独自性がない日本と違って、個の教育、個性ある教育を目指します。
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それは、他の州でも同様で、2008年、ミュンスター市で「ドイツ学校賞」を受賞した小学校では、教科や成績表がなく、学習内容まで子ども自身が決めて、自主的に勉強する環境作りが行われています。学校行事も生徒が決める権利を持つなど、公立学校であっても独自のカラーをはっきりと打ち出せるのがドイツの特徴です。

独自性” への6件のコメント

  1. 教育に対する理念がきちんとあれば、バイエルン州のように変わっていくことは可能なんですね。あれはよその国の話であって日本では無理、なんて簡単に流してしまうのはもったいない内容です。統一化が二度と起こらないように注意しているという点なんかは、日本で特に取り入れてもらいたいところです。学校見学に行くたびに「ここは軍隊?」と思ってしまう場面に出くわすことはよくあります。と、そんな事をここに書き込むくらいなら、自分が行動を起こすべきなんでしょうね。今回東京で「批判ではなく提案する」ということを学んできました。たとえ時間がかかっても、対話の中で提案をしていけるようにしようと思っています。

  2. 三権分立の立法・司法・行政に加えて「教育権」を加えた「四権分立」という考え方があります。“教育”は国の未来を左右する最重要なプロジェクトですが、改革の方向性が時々の政治的な思惑に強く影響されたり、目先を変えただけの近視眼的な対処に終わる場合が少なくありません。それどころか、戦時中のように「国家」の論理が教育を大きく歪めてしまう危険性すらあります。ドイツはナチス時代の反省から教育の分権化をはかったようですが、日本では教育行政を政治的に中立な機関に一本化することはできないものでしょうか。この機関で子どもの発達に合わせた最大公約数的な統一カリキュラムを作り、具体的な実践方法や教材は現場の裁量に委ねるなんてことができたら、いい意味での「質」の競争が起こると思いますが、いかがでしょう。

  3.  ドイツの州の中で小学校が4年制もあれば6年制があるように、州によって違うことに驚きました。日本では、どの都道府県も小学校は6年制と決まっているので、それが当たり前というか、国全体が統一されていると思っていました。ドイツは国全体を統一したことを反省し、教育を州独自に任せることにより、様々な教育方法を行うことにより、お互いに見合うことで、国全体の学力のレベルが上がる効果があり、決して州同士で競争にはならないのですね。もし今、日本も県が独自で行ってもいいようになると、おそらく競争になるような気がします。以前、藤森先生が言われた学力だけに限らず、全ての分野において競争より協力の方が、効果があるのですね。

  4. 日本も連邦制をめざしたほうがいいのでしょうね。英米独等々連邦制をとる国々では何か地方が独自に何でもやれるというイメージをもたれるようですが、最近私が知ったドイツの場合は異なるようです。教育に関して連邦政府はその国のアイデンティティを確保するためのフェデラルカリキュラムを各州政府に示しているのです。そして私が知っているバイエルン州の乳幼児カリキュラムは連邦政府のカリキュラムの内容を「上回る」カリキュラムの制定を志向し実現させています。私たちの日本には中央政府と都道府県政府があります。この関係は連邦国家のそれとは違い、上意下達的関係が色濃い。革新的な知事さんはそこを改革しようとしますが壁は私たちが想像する以上に厚いようです。教育界では教育委員会の制度が上意下達を他の分野に比して強くしています。子どもたちは年年歳歳もの言わぬ存在と化し、親が物言うとモンスターペアレンツと化します。こんなものだと諦めざるを得ないのかもしれませんが、なんとかしないといけません。

  5. 同じような政治的要素や環境があるのに、国によって教育改革のちがいがあるのはどうしてなのでしょうか。どうも日本は戦争時代の慣習から抜けきれてないように思います。だからこそ、海外と違い、協力ではなく競争になりがちで統一性のほうが重視されるがため、その中で競争になるのだと思います。ただテストの点を取るという教育の仕方ではなく、いかに将来に活かす教育ができるかに重きを置いた教育をもう一度改めて考えなければいけないような気がします。

  6. 「ドイツ学校賞を受賞した小学校」の取り組みは、先生の高校時代のお話ととても良く似ていますね。修学旅行や学園祭の内容を自分たちで決めたりと、初めて先生から当時の話を聞いた時は驚きましたし、どのような思考というか、視点で教育や生徒を考えればそのようなことが可能になるのか不思議でなりませんでしたが、今はその頃よりは何となくわかるような気がします。時代の最先端の中で先生は自己研磨を重ねられてきたことを改めて感じます。これからの子どもたちにもそういった環境を整えていってあげたいと強く思います。

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