銀の鈴

 少し前に、映画「銀の鈴」が今春完成し、今年の終戦記念日に大阪市天王寺区のクレオ大阪でこの映画が上映されたことをニュースで知りました。この映画は、大阪を拠点とする劇団ARK が、2000年に戯曲『銀の鈴』と題した舞台で3度上演してきたものの映画化で、舞台の脚本・演出をつとめてきた劇団を主宰者である斎藤勝さんが監督を務めています。
昨日、講演のために沖縄に行ってきましたが、この映画化のニュースを思い出しました。というのは、昨年、妻と沖縄を訪れたときにどうしても行きたかったところが「対馬丸記念館」でした。映画「銀の鈴」は、対馬丸の悲劇の映画化なのです。対馬丸記念館を訪れた時の写真を見つけたのですが、当時の学校の教室を再現した写真だけが残っていました。
tusimamarukinennkan.JPG
なぜ、この記念館に教室の再現されたものがあるかというと、対馬丸の悲劇とは、大人が起こした戦争の為に理不尽にも幼い子どもたちがその犠牲になった出来事だったからです。しかも、救助された人々には「緘口令(かんこうれい)」がしかれ、この事実を話すことを禁じられましたし、犠牲者や生存者に関する詳細な調査も行われず、沖縄に残された家族に正しい情報が伝わることはなかったのです。
アジア太平洋戦争の終末期、日本軍は敗戦を重ねるようになり、ついにサイパン島が占領されました。「サイパンの次は沖縄だ」と判断した軍の要請で、政府は奄美大島や徳之島、沖縄県の年寄り・子供・女性を島外へ疎開させる指示を出します。疎開先は、日本本土へ8万人、台湾に2万人の計10万人です。しかし県民はあまり乗り気ではありませんでした。そこで、県は「沖縄県学童集団疎開準備要項」を発令し学校単位で疎開事務をすすめます。それは、沖縄を最後の決戦の場として多数の兵士を沖縄に移駐させるために、大量の食糧が必要になり、足手まといになる民間人を県外へ移動させることは急務だったのです。
沖縄から本土に次々に軍艦による疎開が行われましたが、その中に「対馬丸」という巨大な輸送船がありました。この船には、疎開学童、引率教員、一般疎開者、船員、砲兵隊員1788名が乗り、5隻の船団を組んで長崎を目指し出航しました。しかし、この対馬丸は、建造から30年も経った老朽貨物船であり、航行速度が遅く、潜水艦の格好の標的になってしまいました。その場所は、今年、皆既日食の観測で話題になった鹿児島県・悪石島の北西10kmの地点で、米潜水艦ボーフィン号の魚雷攻撃を受け沈められてしまいます。ほとんどの乗船者は船倉に取り残され、海に飛び込んだ人も台風の接近に伴う高波にのまれ、児童850人以上を含む犠牲者数1418名(氏名判明者=2004年8月現在)の尊い命が犠牲となりました。
 対馬丸乗船者中、一般疎開者の生存者は168名、学童だけについていえば、わずかに59名だけしか助かりませんでした。しかも、救助された数名の学童たちは、緘口令のもと、対馬丸撃沈の事実は隠され、また、この時のショックで喋ることができなくなった少女もいました。しかも、この助かった子どもたちにもその後も戦争は呵責なく押し寄せ、沖縄は戦場のるつぼと化し、「生き残ってからが、本当の戦争だった」と言わしめています。
 この対馬丸の沈んであるあたりは、今航路になっていますが、その深海の底でいまなお一千余の遺体が、穴のあいた船体のなかに横たわっているそうです。

銀の鈴” への5件のコメント

  1. 沖縄から疎開するため本土を目指した対馬丸の悲劇は何かの機会に知りました。今回のブログでその悲劇を再認識し、えも言われぬ気持ちでコメントしております。「学童」850名のほとんどが命を失った事実は同じ学童期の子を持つ親のひとりとして尋常な心境ではおれず、対馬丸と共に海底に我が子を沈めた親御さんの気持ちを慮ると、もうどうしようもなくなります。生き残った学童も後遺症に苛まされます。「生き残ってからが、本当の戦争だった」と。私は日本が好きですし、日本人であることに誇りを持っています。しかし、私たちの近い先祖は過ちを「緘口令」で隠し、「足手まといになる民間人」という認識を持ち、「いまなお一千余の遺体」をそのままにしています。これもその時代の教育の賜物です。そして、残念ながらその時代の残滓の延長線上に今の教育があることもまた事実です。

  2. 『昭和19年7月、沖縄各地には続々と兵隊が送り込まれ、戦火が身近に迫っていた。そんな中、那覇国民学校では重苦しい緊張感につつまれて職員会議が開かれていた。「学童疎開は国家に対して我々のできる最も身近な御奉公だ。軍の要請で働けるもの以外は全部県外へ出ていかねばならない」「疎開船が潜水艦にやられた場合は、責任は誰が…」「疎開は国策です」不安を感じたものの、学校は兵隊の宿舎となり、子ども達さえ飛行場づくりをするような沖縄よりも、本土へ行ったほうが満足な教育ができると考える教師もいて急ピッチで児童集めが行われた。子どもたちは「ヤマトに行けば雪が見られる」「汽車に乗れる」などと修学旅行気分だった。』(アニメ・対馬丸ーさようなら沖縄より)本来、国民の生命を守るのが国家の使命のはずなのに、国家のために子ども達の命まで犠牲にする愚かさ。この日本は、無責任で愚劣な国家主義のために多くの人が命を落とした。二度と同じ過ちは繰り返してはならないと思う。

  3. 「飢え」に続いて衝撃的な内容です。緘口令のもとに事実が隠されてしまったことが、余計に悲しい思いになりますし、こうしたことが今でも世界のどこかで起こっているんだろうと思うとやりきれない思いになります。過去に起きたこうした悲しいことで、まだまだ知らないことが本当に多いです。事実を事実としてきちんと知っておくという、当たり前のことの大切さを強く感じます。

  4.  戦争に関しては、まだまだ私が知らない悲しい事が多くあるのですね。自分より10歳以上も離れた多くの子どもが大人のせいで犠牲になり、しかも供養もされないまま海底の底に未だに取り残されているのは、本当に悲しくなります。前回のブログから、今この瞬間にも、食べる事が出来ずに、生と死の境目に立たされている子どももいれば、過去に戦争の犠牲になった子どももたくさんいます。お金がたくさんあるから幸せ、美味しいものを食べて幸せ、確かに嬉しいと思いますし、幸せを感じるかと思いますが、本当の幸せと言うのは、この時代に何不自由なく生活でき、生きている事が本当の幸せなんだと思いました。

  5. はじめまして、劇団ARKの齋藤といいます。
    「銀の鈴」で検索をかけていたら偶然こちらのページを見つけたました。おそらくまだ本編をご覧になっていないと思いますが、ブログでのご紹介ありがとうございます。お心のこもったブログ、他のページも拝読させていただきました。まだすべてを読みきったわけではありませんが、これも何かの縁と思い書き込みしてしまいました。
    本編では生き残ってからのことに焦点をあてて描きました。まだまだ描ききれないところがいっぱいありますが、何かの機会にぜひご覧いただければと願っています。
    ぶしつけに書き込んでしまいましたがご寛恕ください。
    今後ともよろしくお願いいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です