市民

 私が、ブログの中で何回かオランダの「イエナプラン」という教育法について書きました。それを日本に広めようとしているのがリヒテルズ直子さんです。彼女が、先月末に日本に来て、シンポジウムを行っていました。その内容が、毎日新聞の11月17日に紹介されていました。
 オランダでは、個別教育が重視されています。しかし、個人主義が行き過ぎると、自己中心主義に陥り、社会性を失わせる恐れもあります。そこでオランダでは、異なる意見も尊重できるようにと「シティズンシップ(市民性)教育」にも力を入れ、05年からは日本の小中高に相当する初等・中等教育で義務づけられているそうです。
 例えば、社会参加の下地作りのために、こんな授業が行われます。
 ある学校では、4歳のクラスから週1?2回、ディスカッションの時間を設け、8歳で死刑制度の是非について話し合います。別の学校では、低学年の子ども同士がけんかをしていると、上級生が仲裁者として間に入り、一緒に話し合いながら解決方法を探るといったことが教育活動の一環として行われているそうです。これらは、自分と異なる意見を尊重する態度を身につけさせるのが狙いで、「既成の価値観に対する同化を求める道徳教育に比べ、価値観の多様化した現代社会を意識している」のが特長だとリヒテルズさんは話しています。デ・ウィンター教授は、その意義を「未来の社会づくりは、子どもが積極的に社会参加できる市民になれるかどうかにかかっている」と強調しています。
 この「シティズンシップ(Citizenship)」は、日本では、「市民性」と訳されます。これまで「市民権」「公民権」などと訳され、国籍や参政権に近い概念でしたが、現在は、「市民社会でいかに振る舞うか」といった概念へと広がってきています。そして、このシティズンシップ教育は、めまぐるしく変化する現代社会において、子どもたちが将来、市民としての十分な役割を果たせるように、近年、欧米諸国を中心に学校教育で導入されてきています。とくに、ニートといわれる若者の就業意識の低下、社会的無力感や、投票率の低下をはじめとする政治的無関心は、深刻な問題とされ、将来を担う世代に、社会的責任、法の遵守、地域やより広い社会と関わることを教えなければ、民主主義社会の未来はないとの危機感が広がってきたことも背景にあります。そういうことで、日本でも最近、一部の自治体や私立校で取り入れられつつあります。
もともと英国で、2002年に中等教育にシティズンシップ教育を導入し、話題を呼びました。この教育カリキュラムの導入に向けた諮問委員会の答申書では、「我々は国家全体でも地域でも、本国の政治文化を何より変えることをねらいとしている。つまりそれは、公共生活に影響を与える意思、能力、素養をもった能動的な市民として、人々が自身について考えられるようにすることである。」と述べられ、社会に積極的に参加し、責任と良識ある市民を育てるための教育をうたっています。
 例えば、イギリスでは、民主主義社会における市民性を高める教育について、ルール、自分、コミュニケーションという3つの能力や知識が必要であると考えられています。そして、その3つを育むためには、講義聴講形式の授業ではなく、コミュニケーション型・参加体験型の授業形式が必要になるのです。
これからは、人と人とのコミュニケーションが、市民性を高める教育として重要であるとしています。集団がないと育たない力です。

市民” への5件のコメント

  1. 文部科学省の調査で、全国的に小中高校で児童生徒の暴力行為が、昨年度過去最高だったという新聞記事を見ました。暴力行為の中身は、生徒同士のけんかや器物損壊、教師への暴行などですが、このような事態が起こった原因として、文科省は児童生徒が自分の感情をコントロールできないこと、規範意識の低下やコミュニケーション能力の不足などを挙げています。今日のブログを読みますと、イギリスではすでにこれに符合する「ルール、自分、コミュニケーション」を育む教育プログラムをすでに取り入れていることに驚きます。私の住む県でも、県教委が「問題行動防止プログラム」を策定して、暴力行為の抑止に取り組むという新聞発表がありましたが、付け焼き刃的な対策ではなく、授業形態や保育形態の見直しも含めた根本的な改革をしない限り、問題の解決にはならないと思います。

  2. 8歳で死刑制度の是非について話し合い、すごいですね。日本では大人でもどこまで議論できるか分からないと思います。国として必要な力を明らかにし、進むべき方向を定めていると、こうして素晴らしい活動が広まっていくんですね。子どもの人権をきちんと考えれば、社会にどう参加するかという教育は必要だとなっていくと思うのですが、日本ではこうした海外の取り組みをどう捉えているんでしょうか。

  3.  オランダで「シティズンシップ(市民性)教育」に力を入れていれていますが、これは日本でいうと道徳の授業に相当すると思います。ただ、今の日本で行われている道徳の授業がどのようなものか分かりませんが、少なくともオランダやイギリスのように、集団でないと育たない能力を身につくような形態で授業をしている学校は、ブログにも書いてありますが、日本ではまだまだ少ないですね。
     相手が言いたいことを理解し、自分の考え、意見をしっかりと伝えることができる能力がこれからの世界で重要な能力だと思いました。またこれは私自身の今後の目標でもあります。

  4. 日本では「大人になったんだから」とか「社会人になったんだから」というフレーズを時折耳にします。おそらくこれらは社会的通念に照らして云々ということでしょう。「大人」あるいは「社会人」は社会集団の一員ということです。今日のブログの「市民」という概念も「社会集団の一員」と置き換えられるでしょう。社会集団の一員になるために欠かすことができない条件があります。藤森先生が常々仰る「問題解決能力」と「コミュニケーション能力」の具備です。実は私たちが取り組む「学習」とはこうした能力を身に着けていく手段です。この「学習」を通して「問題解決能力」と「コミュニケーション能力」を身に着けた(これが躾!)先に「市民性」がある、と私は思っています。

  5. 「講義聴講形式の授業ではなく、コミュニケーション型・参加体験型の授業形式」によって養われていく「シティズンシップ」は、社会という集団に入るためには必要不可欠でありながらも、日本では、まだ取り組みに積極的でない教育形態である気が伝わってきます。低学年のトラブルに、高学年の子どもが入って問題解決する仕組みであったり、子どもたち同士が協力し合う授業形態など、基本的な「人と人とのコニュニケーション」を生活の中で体験できる環境を作ることが重要であることを改めて感じました。

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