手締め

忘年会の季節になりました。忘年会といえば宴会の締めくくりに最後のイベントとして定番なのが手締めです。しかし、私は手締めというと、先日のブログで書いた酉の市で熊手の売買が成立したとか、羽子板市とか、だるま市などでもやはり売買が成立したときに、店の人とそこに居合わせた人たちで家内安全や商売繁盛を祈ってやっていたもののイメージがあります。他にも手締めを見るときがあります。それは、証券取引所の大納会のときに最後に手締めをやっている姿をテレビなどで見ます。それらは、みんな最後に締めとしてやりますが、はじめにやる場合もあります。お祭りのときに神輿を担ぐときに、手締めをやってから担ぎ上げました。また、パーティーなどでもはじまるときにやる場合もあります。最後にやる場合でも始まりのときにやる場合でも普通は「ちゃちゃちゃん、ちゃちゃちゃん、ちゃちゃちゃん、ちゃん」とやりますが、それは、「三が三つで九」「それに一つの点」を入れて「九に点」で漢字の“丸”を表し、いろいろの行事などが全部とどこおりなく、トラブルもなく無事丸くおさまった時など、とやるのは、「すべて丸くおさまりまして、みなさんご苦労さんでした」という意味になり、また、「これから万事うまくやりましょう」という願いをこめてやる場合もあります。これを一回だけで終わらせるのが「一本締め」、三回繰り返すのが「三本締め」ということになります。しかし、鳶職人の行事で古式ゆかしく行われる三本締めとは、開始する際に1回、その行事がひと通り終了したときにもう1回、さらに打ち上げの最後に1回の計3回、一本締めを行うことなのだそうです。しかし、そのやり方は、手締めという風習は、典型的な民衆の口承伝統風習ですので、それぞれの地域、業界、団体で独特のやり方が伝えられてきています。大きな流れは江戸(東京)型と大坂(大阪)型に分かれますが、「シャン、シャン」の2回ずつが基本で、前に言葉がつく独特の大坂手打ちは、江戸より早く始まったといわれていますが、そのやり方は、今では祭りや式などで行われるほかはあまり見かけられなくなってしまっています。現在、ほぼ全国的に知られているリズムの速い「3・3・3・1」調子は江戸流です。「シャン」だけで締める「関東一本締め」は、「一丁締め」と呼ぶのが正しいようです。このほか、指だけで行う「一つ目上がり」もあります。最初人差し指同士、次に人差し指と中指と順に増やして「一本締め」を5回やるものです。また、やる前のかけ声の「いよぉ?」という言葉は、「祝おう」が転じたものといわれています。手締め自体は、江戸時代頃から定着したそうですが、元々は、商談成立や和解・決着などの「手を打つ」という言葉が語源で、お互いに手を打ち「そこまでを一段落とする約束(セレモニー)」を「手締め」と呼ぶようになったそうです。では、なぜ手を打つことがけじめ、落着、になったのでしょうか。そのルーツは神話です。手を打つという記述が登場する最古の文献は、古事記の「国譲り神話」で、天照大神から出雲の国を譲るように言われた大国主命(おおくにぬしのみこと)が長男の事大主神(ことしろのみこと)に返答を求めた所、柏手を打って承知したという神話から、柏手を打つことが、物事が落着することの意味になり、「柏手を打つ」が「手を打つ」「手締め」となったのです。「手を打つ」は現代用語でも決着の意味です。今年1年の終わりの月になりました。今年も物事が丸くおさまっているといいですね。

手締め” への5件のコメント

  1.  今まで「一本締め」「三本締め」を色々な場所で行ってきましたが、それぞれの由来というのは初めて知りました。ブログを読んでいて気持ちが良いくらいに納得してしまいました。ちゃんと意味があるのですね。また掛け声の「いよぉ?」が「祝おう」からきたとは面白いですね。確かに、声に出してみると聞こえます(笑)今年は4月から色々な事がありましたが、残り一ヶ月も最後まで気を抜かないで仕事に取り組んでいこう、とブログを読んで思いました。そして気持ちよく「手を打つ」事ができればいいと思います。

  2. 「手を打つ」「手締め」のルーツが『古事記』にまで遡れるとは、わが国の文化の奥深さを思わずにはいられません。ところでこの「手締め」、慣れていないためかあるいは性に合わないのか、よくわかりませんが、何だか自分にフィットしないな、とそんな感じがしてなりません。まぁ、宴会における一種の「儀式」と解釈すれば、大して気にする必要もないのでしょうが。「儀式」であれば「特別」ですからね。懇親会の中締めに「手締め」が行われたりします。まだこの手締めの音頭をとったことがありませんが、私がやったら手と手が合わなくてそれぞれの手が宙を切って「締め」にならないような気がします。「手締め」がある場は何となく堅苦しさを感じます。1年の終わりは肩から力を抜いて新しい年を迎えたいものです。「手締め」を経験することのない気軽な年の瀬を期待しています。

  3. 手締めをする前は気恥ずかしいのですが、やると何となくすっきりするから不思議です。あまり好きではないのですが、日本人には馴染む行為なんでしょうか。それにしても何気なくおこなってきた行為もずっと昔からつながっていると考えると、ちょっとした行為の意味も大切にしたいと思えてきます。

  4. 手締めについて様々なことを知ることができました。どれも知らないことばかりでした。手締めといえば物事の最後に行うものというイメージが強かったのですが、最初に行うこともあったり、計3回行うパターンもあるのですね。また、手締めが漢字の丸を表すというのにも驚きました。また、「いよぉ」が「祝おう」が転じたものというのもおもしろいですね。私もコメントをしながら、「祝おう」を「いよぉ」風に何度も言ってみたりしました。そして、ルーツが私たちの地元には馴染みのある国譲り神話からきているというのもおもしろいです。ちょうど少し前に友人とその国譲り神話の舞台になった稲佐の浜を訪れたりもしました。

  5. 一本締めが『「三が三つで九」「それに一つの点」を入れて「九に点」で漢字の“丸”を表し、いろいろの行事などが全部とどこおりなく、トラブルもなく無事丸くおさまった時など、とやるのは、「すべて丸くおさまりまして、みなさんご苦労さんでした」という意味』であることを初めて知りました。日本には「丸」とか「円」というものを好む傾向でもあるのでしょうか。日の丸を初めとして、人と人を結ぶとかつなげるとか、円形になって話し合うとか丸い物が好き?とか、物事を丸くおさまったということで、縁起を担ぐということを大切にしてきている印象を受けました。それは、共通理解・共通認識のひとつの手段でもあるのかなとも思いました。

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