家庭

 今、保育所保育指針の改訂作業が行われていますが、現在の指針は厚生省が平成11年に発表したものです。保育の環境として保育室は「子どもにとって家庭的な親しみとくつろぎの場……」と書かれています。「家庭的な」とは、「親しみとくつろぎ」である家庭が今どのくらいあるのでしょうか。では、現在の典型的な家庭とはどんな家庭なのでしょうか。父親と母親と子どもが男の子と女の子二人の4人家族で一家団欒、なべを囲んで食事をしているというイメージでしょうか。でも、そんな家庭は、実際には比率としては随分少ないようです。確かに、かつては4人世帯の比率が一番高かったようですが、日本では、1990年の国勢調査によると、すべての都道府県で1人世帯の比率が一番高くなっています。全国平均でも、4人世帯21%に対して、1人世帯が23.1%もなっています。95年の国勢調査になると、1人世帯の次に2人世帯が多いという調査結果が出ています。
私の世代である団塊の世代は、理想の家庭像を持っていました。そのモデルとしていたのが、昭和30年、40年代に毎日のようにテレビ放映されていた海外ドラマです。そこに映し出されたアメリカの家庭は、国民があこがれました。現在まで、日本人がなんとなくアメリカコンプレックスを持ったり、アメリカを目指したりしようとするのは、この頃のアメリカテレビ番組の影響かもしれません。それは、まず、家庭に置かれている電気製品です。大きな冷蔵庫にたくさんつめられた食品。その中でも大きなビンに入った牛乳には驚きました。暗い、片隅にあった台所が、家族が出会う場所であり、母親がそこにいて、子どもたちが帰ってくるとその母親に話しかけ、相談をする場所として描かれていました。それまでの日本では、家族が集う場所は茶の間であり、夕食のしたくはもくもくと母親が台所に入って作っているイメージでした。また、それまでの父親像を変えた番組が、[ パパは何でも知っている (FATHER KNOWS BEST)]という番組で、日本テレビ系列で1958年8月~1964年3月 まで放送されていました。日本の父親像は、頑固で、少し怖く、それでいて一家の大黒柱としてデンと構えている存在でした。そこで描かれている父親はとても優しく、一家に起きる様々な問題を解決する賢明なパパとして描かれていました。まず、「パパ」という呼び方にしてもモダンでやさしい存在に聞こえましたし、何でも知っている存在です。そのパパを中心に、このアンダーソン一家は、明るくユーモラスな家庭でした。今考えると、アメリカにとっても古き良き時代の理想的な家庭だったのでしょう。 この番組の父親のジム・アンダーソン役は2004年6月20日発行のアメリカ版TVガイドで「テレビに現れたもっとも偉大な父親達」で第6位に選出されています。また、ここに出てくる「ママ」もとても賢明であり、父親と対等な関係で支えます。やはり1959年2月~1963年8月まで現在のTBS系列で放送されていたのが、「うちのママは世界一 (THE DONNA REED SHOW)」です。やはり、この一家は、夫婦と1男1女の4人家族というアメリカの平均的中流を描いていました。(パパは何でものほうの子どもは3人です)これらが理想の家庭とは限りませんが、子どもたちにとっては、血縁関係の有無に関係なく、だれかに保護されなければなりませんし、子どもの本当の発達にとっては、小さいうちから子ども同士の係わり合いができる環境が必要なような気がします。

家庭” への5件のコメント

  1.  保育室は家庭的と言われても、その子どもの家にこたつがある家もあれば、無い家もあります。なので個人によって全く違うので難しいです。保育室の環境も必要ですが、それよりも一番大事なのは先生と子どもの関係、それ以上に先生がよく最近のブログでも言われる子供同士の関係が大事だと思います。その後に保育室の環境が必要になってくるのだと思います。家庭的な雰囲気も必要だと思いますが、家庭では決して出来ない体験を保育園で子どもに体験させることができる環境が必要な気がします。
     

  2. 私が子どもの頃の一時期我が家は10人以上の大家族でした。叔父や叔母がまだ家にいました。父のお弟子さんも住み込みでした。家業の大工とお豆腐や、それから鶏や豚も飼っていました。田畑もあり、また漁業権ももっていたので鮑やウニの解禁日には祖父や父が漁に出ていました。そうした家族構成でアメリカの中流家庭をテレビ等で見せられると新鮮で、何かとても洗練されかつ知的香りの漂いさえ感じるものでした。それよりも何よりも父母と子どもたちの密接な関係を羨ましく思ったものです。しかし今振り返ると、大家族で父母と密接に関われなくても兄弟や外の友達と深く関われたことが幸いしていたのかな、と思ったりします。問題の解決を父母にすぐに求めるのではなく、自分たち兄弟や友達との間で解決してきたような気がします。結果として自分のことは自分で決めるようになり、高校や大学、大学院への進学及び就職についても全ては親への事後報告のみでした。

  3. 田舎の家庭も様子がずいぶん変化してきています。また、家庭での人との関わりはそれぞれの家庭によって違っています。そうした家庭の形の変化や様々な違いを理解したうえで、私たちはどう子どもたちの関わりをつくっていくかを考えなければいけません。子どもをよく見ること、子どもの背景もよく見ること。これは大切なことですね。

  4. 紹介されていたアメリカのテレビドラマは知らないものばかりでしたが、当時の日本人もアメリカの番組に影響を受けていたということがあるのですね。何度もコメントで言っていますが、私が小さい頃に影響を受けた、ものすごく放送を楽しみにしていたアメリカの番組はフルハウスでした。父であるダニエルを中心に奥さんの弟や親友、子どもたちという大家族での暮らしを描いたドラマはとてもおもしろかったです。長女の友人も家族の一員のように家に出入りをしており、藤森先生が言われる子ども同士の関わりや子どもと様々な大人が関わって成長するようなそんな内容でした。今の時代は家族だけでは子ども同士の関わりの保証は難しいですね。「子どもたちにとっては、血縁関係の有無に関係なく、だれかに保護されなければなりません…」とあるように、子どもと関わる人の存在は大きなものですね。

  5. 昔と今とでは「家庭的」のイメージに異なりがあるわけですが、その異なりをしっかりと把握した上での政策や指針の改訂というものが重要になってくるのですね。番組を見てその憧れを抱いたのには、子ども心に通じる憧れを感じていたためでしょうか。母親との会話や一家団欒、スーパーお父さんに、賢明なお母さん。それらは、子ども時代に描いていた「お父さんとお母さんは完璧であり絶対である」といったイメージがあるように、そこへの憧れと同様、期待感というのもすごかったということでしょうね。現代の「家庭」の形にそれをはめ込むというよりは、現代なりの憧れの「家庭」が築ける動き、そして、子どもにとって本当に良い環境が作れる動きになればいいなと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です