親としての決断

ピーターの息子は、予定どおり2週間イギリスに行き、たくさんの城を見、ウェストミンスター寺院を見学し、ナショナル・ギャラリーや他の美術館の貴重品の中に浸り、ロンドン各地を散策しました。サイドトリップとして、ムーディーブルーズのコンサートのためにオックスフォードに行き、カーディフ界隈の丘やカーディフ城を見るためにウェールズに行き、行きの飛行機の中で出会った15歳の女性と一緒にパリに行きました。全体として、素晴らしい体験をしました。それが、自分の人生を自分で切り開くという彼の自信を新しいレベルに押し上げたことは間違いないといいます。糖尿病は、彼の人生をまったく左右しなかったのです。

今度は、ピーターの息子はただの13歳児ではなかったことを認めなければならないといいます。もし彼に責任感がなく、物事をしっかり考えられなかったなら、彼の母親とピーターは息子に対して「ノー」と言っていたというのです。信頼する親は無頓着な親ではないといいます。しっかり子どものことを知っていなければならないというのです。しかしながら、責任感は他者との関わりなしでは育たないとも言います。もし責任能力のある子どもを育てたいなら、あなたは責任感をもてる自由を提供しなければなりません。悲しむべきことは、1982年より現在の方が実現できにくいし、1982年に実行できたことは、それ以前の時代より困難だったことだといいます。

今日、ピーターの息子がしたような冒険を親が子どもにさせたいとしても、そしてその子がどれだけ責任感をもっていたとしても、それはほとんど不可能ではないかといいます。まず、息子が旅行用の資金を稼いだレストランでコックとして働くことは、ピーターが住んでいるマサチューセッツ州では、16歳以下の者には禁じられています。社会的な圧力については、1982年当時でさえ、ピーターたちの決定は眉をひそめられたそうです。ピーターは、こんな課題を皆に発しています。「皆さんが今日親として私たちのような決断をしたら、あなたの友人や親せきがどのように反応するかを考えてみてください。」

一方で、異なる時間や場所では、人々はピーターたちの決定についてではなくて、ピーターたちのためらいの方に、より興味をもったのではないかといいます。「私たちの曽曽祖父母は、かわいい子どもたちに少しのルーブル(ロシアの通貨)と固いサラミだけを持たせて、ゆっくりしか動かない、錆びついた蒸気船に乗せてアメリカ大陸に旅立たせました」と、スクナージが彼女の本のまえがきに書いてあるそうです。

このようなことを知ると、日本テレビが30年以上にわたって放送している「はじめてのおつかい」が、海外ではどのように捉えられるかは想像に難くありません。この番組は、2歳から6歳ぐらいの子どもが生まれて初めて1人でお使いに挑戦する様子をドキュメンタリー風に綴る日本の長寿番組です。しかし、海外でも、たぶん日本同様に賛否両論あるようです。イギリスで、それぞれ約15分の複数のエピソードにまとめられて、「Old Enough」(直訳すれば、「~できる年齢だ」の意味)というタイトルで放映したところ、昨年、イギリスの大手大衆紙で保守系のデイリー・メール(4月12日付)によると、「はじめてのおつかい」シリーズを見た視聴者の多くがツイッターで感動したことを伝え、「おすすめ」をしているそうです。「これまでに見たネットフリックスの番組の中で、最高。どのエピソードを見ても泣いてしまう」。反面、「これでもうネットフリックスは見ない」「子どもを大人であるかのように、独立した存在として扱うなんて。いったい、なんていう番組なのかしら」。というような意見もあるようです。

フィールドトリップ

ピーターは、息子が13歳のとき、1人で2週間ロンドンに行かせたときの経緯をこのように説明しています。ただし、それは、いまよりもはるかに信頼にあふれた親であることが容易だった、1982年だったことを認めなければならないといいます。息子は12歳の春に彼の母親と私に提案しました。自分で旅行にかかる経費はすべて準備するといったそうです。従って、ピーターたちはかかる経費を理由に行かせない訳には行きませんでした。また、旅行の計画はすべて自分で立てるというのです。実際、提案時には計画のほとんどはすでにできていたそうです。彼は、大人の助けなしで、このぐらい複雑なことを自分で準備してやれることを証明したかったのです。彼はいくつかの城と博物館にある宝物も見たがっていました。それらについて、彼は読んだり、彼が当時していたダンジョンズ・アンド・ドラゴンズに登場していたのです。彼は海外に行ったことがありませんでした。ついでに言えば、彼の母親もピーターも行ったことがなかったそうです。

ピーターたちはためらいました。「君の年齢が理由ではなく、糖尿病が心配で」と説明しました。彼は、当時も、いまも1型糖尿病を患っているそうです。9歳で糖尿病になったときから、彼は自分の血糖値を測り、自分でインスリンの注射をし、そして何を食べたらいいかを注意しているそうです。彼は、1型糖尿病を患っているどんな大人よりも規律を守っています。でも、インスリン依存性糖尿病を患っている者が1人で旅をするのは危険です。インスリン誘導性低血糖症を起こすリスクが高くなるからです。それが起こると、判断力を失い、意識さえ失いかねません。それが旅行中、どこか知らない場所で起こり、誰も助けてくれなかったらどうしたらいいのでしょうか?

このことについて、息子の反応は、次のようなものだったそうです。「僕は、ずっと糖尿病を患っている。糖尿病のせいで一人旅ができないというなら、僕は永久に一人では旅行ができないっていうこと?それは受け入れられない。糖尿病を自分がやりたいことの妨げには絶対に使いたくない。年をとったら僕は一人で旅行するよ。そのときは親も僕を止められないから。もし、年齢が親父たちの不安材料じゃないなら、いま旅行に行くのと、18で行くのと、30で行くのと、50で行くことの違いは何?」彼の論理は、いつものことながら、完璧でした。

ピーターたちは最終的には折れて、許可したそうです。息子にメディック・アラート・ブレスレットを身につけているようにしつこく言うだけで、親としての義務を果たしました。それは、彼がインスリンの反応があったとき、周りの人たちがそれを見て、彼が糖尿病で助けが必要なことが分かる物で、ピーターたちが言わなくとも、彼はそれを身につけていたことでしょう。彼は、その後の春と夏の間はバイトして、旅行に必要なお金を貯めました。そのほとんどを、自分で見つけてきた、近くにある小さなレストランの仕事で稼ぎました。最初は、皿洗いをしていましたが、彼がしっかり仕事がやれるので、調理場に彼を移してグリルと調理場の調整役にしました。それ自体が、とても素晴らしい成長の経験です。10月には、彼は冒険に出かける凖備ができました。そのときは、13歳になっていました。彼はサドベリー・バレーの生徒だったので、学校を休むことは何の問題もありませんでした。この旅は、とても貴重な経験になることを誰もが認めてくれたそうです。学校は、フィールドトリップに出かけているということで出席扱いにしてくれたそうです。

息子の冒険

吉田氏の解説はここまでにして、とりあえず、ピーターの提案を読んでいきたいと思います。最後の章のタイトルは、「『最悪の母親』と信頼にあふれた子育て」とあります。少し前、日本のある地域で、“子ども放置禁止”条例案 が提案され、反対意見871件 賛成2件ということで、論議を呼びました。この条例案が提案されたのは、子どもを放置するのは、「最悪の親」と考えたのでしょう。では、この時の「放置」とはどのような状況のことを指したのでしょう。放置の例として出されたのは、▼子どもを車の中に置き去りにすること ▼子どもたちだけの自宅での留守番など ▼未成年の高校生に小学生などのきょうだいを預けて買い物に出かける行為 ▼子どもだけ家に残してゴミ捨てに行く行為 ▼子どもたちだけで公園などで遊ぶこと ▼子どもたちだけでの登下校 ▼子どもにおつかいさせる行為 などでした。

これについては、もっと丁寧な議論がなされていかなければなりませんが、その議論の中で、海外の例が出されることがあります。海外では、すでに子どもだけにすことを禁止する国が多いのです。アメリカのこんな例をピーターは紹介しています。

2008年の晴、大気のいい日曜日、レノア・スクナージは彼の9歳の息子をニューヨーク・シティーにあるデパートのブルーミングデールズの市で下ろしました。彼女は息子に、何枚かのセントコイン、緊急のときのために20ドル紙幣、地図、地下鉄の乗車カード、そして(念のために)「自分だけで帰宅していい」という親の許可が書かれた紙をしました。クイーンズ地区にある自分の家に戻るには、最初は地下鉄に乗り、途中でバスに乗り換えます。それは、母親と何度も乗ったことのあるルートでした。自分で家に帰りついたとき、彼は大喜びでした。公共交通機関を使って自分だけで家にたどり着けるからやらせてほしいと前から母親に頼んでいたので、実際にそれが実現できてうれしいのです。彼は自分が成長したと思って、目を輝かせていました。

当時、日刊紙「ニューヨーク・サン」の記者だったスクナージは、息子の冒険について書きました。記事が出て数時間のうらに、メディアは彼女を「アメリカで最悪の母親」のレッテルを貼りました。一致を見ることは極めて稀なのですが、ABCテレビの「ザ・ビュー」の女性たちは、スクナージの判断を激しく非難しました。スクナージによれは、より礼儀正しい公園にいた4年生の母親は、「それはいいですね、私も息子にやらせたいと思います。彼が大学に行ったら」と言っていました。スクナージはこの出来事をきっかけにとてもおもしろい『自由に羽ばたける子どもを育てよう——のびのび育児のすすめ』(小栗千津子他訳、パベルプレス)という本を書きました。その中で、彼女は親の不安を、それらの多くがどれだけばかげたものであるかを示しながら、けなしています。

ピーターは、「アメリカで最悪の親」コンテストで、スクナージ(彼女と個人的に知り合い、とても高く評価しているそうです)に先んじるというつもりはないと言いながら、彼自身も息子が13歳のとき、1人で2週間ロンドンに行かせたことがあると話しています。ただし、その時の経緯を説明しています。

信頼あふれた

ピーター・グレイは、コメントの指摘通りに、非常に現場を知って、その体験から提案しています。それは、彼は、ウィキペディアによると、ニューヨーク市のコロンビア大学で心理学を専攻し、優等で卒業しあと、高校と大学でキャンプやレクリエーションセンターで働いた経験があるそうです。そこでの経験が、遊びと子どもの発達における彼の将来の学問的関心を形作るのに役立ったと言われています。しかし、その経歴だけですと、なかなか現場によって研究がされてこない気がするのですが、どこでそのような体験をしてきたのでしょうか?

彼は、「遊びが学びに欠かせないわけ―自立した学び手を育てる」という本を2018年4月に出していますが、この本の紹介には、「異年齢の子どもたちの集団での遊びが、飛躍的に学習能力を高めるのはなぜか。狩猟採集の時代の、サバイバルのための生活技術の学習から解き明かし、著者自らのこどもの、教室外での学びから、学びの場としての学校のあり方までを解き明かした」とあります。このブログでは、この本を紹介しているのですが、彼は、最後の章で、保護者向けのメッセージを書いています。その章の内容について、この本を訳した吉田新一郎氏によるあとがきである「訳者解説」から抜粋して、まず大まかな内容について紹介します。

そもそも吉田氏は、この本を紹介したかった理由として、まず、「子育て中の親に読んでほしい」といっています。その中で最後の章では、信頼にあふれた親になるための具体的な方法を提示しているのです。そして、その章を読むにあたって、「親」の部分は、「教師」「上司」「大人」などに、そのまま置き換えられる内容だと言うのです。しかし、まず、それを紹介する前に、ピーターは、私たちがなぜ信頼あふれた親になれないのかも論じてくれています。挙げられている理由に対して、吉田氏は、すべて賛成ですが、もっとも重要な理由が欠けている気がするといいます。それは、「忙しすぎる」ということだというのです。忙しいとは、「心を亡くす」と書きます。その状態で親(教師や上司)たちは、よかれと思っていろいろ努力しますが、どうも歯車が噛み合っているとは言えないというのです。その結果、親(教師や上司)たちは指示的で支配的になったり、指示的で保護的になったりするというのです。その方が、早いし、楽だからです。そして、ピーターは「現代の北米ほど子どもたちの能力を過小評価している社会は人類の歴史上どこにもなかったのではないかと思っています」と書いている部分についても、この文章は、何も現代の北米だけでなく、そのまま日本にも当てはまるというのです。すべてが手取り足取りの状態をつくり出しているために、「不確実な時代に失業に対するもっともよい対策は、親や教師に駆り立てられるのではなくて、『自主的に行った体験を通して身につける資質』だというのが真実です。不確実な時代は、個人の責任、考えの自立性、主体性、自己主張、柔軟性、創造性、想像性、そして進んでリスクを引き受けようとする気持ちなどが必要だ」と書いていますが、吉田氏は、この点には多くの読者も共感するのではないかといいます。しかし、現実にしていることの多くは、その逆のことばかりだというのです。まったくと言っていいほど、子どもを信頼していないし、学校は親を、教育制度は教師を信頼しない仕組みで動いているというのです。

誰と触れ合う?

ピーターの異年齢混合についての考え方は、私も自由遊びの時間帯での過ごし方では、同様に思っています。どうも、異年齢児保育というと、異年齢で遊ばなければならないと思ってしまう人が多くいますし、かつての縦割り保育と言われている異年齢児保育とはその点が大きく私の考えとは異なっているところです。子どもたちは、誰と遊ぶのかは、その遊びの内容によって相手を選ぶことができるようにするという意味です。また、遊ぶ内容によって子どもが相手を選ぶ際に、同じような能力を持った子を選ぶにしても、それは必ずしも同年齢だとは限らないということです。子どもたちは、相手の生年月日など気にしていません。その子自身の特性によって選んでいるのです。これは、私は一つのインクルージョンという考え方であると思っています。この点についても、ピーターは同じ考え方を持っているようです。

ピーターも、ここでの焦点は、「能力の異なる多様な者を一緒にする」という異年齢混合の価値に置かれていたといいます。しかしながら、最後に、異年齢混合のもうひとつの価値は「能力の似た者を一緒にする」ということについても触れています。それは、ある領域で同年齢の子たちよりも前に進みすぎたり、遅れていたりするとき、自分と同じレベルのパートナーを年長者や年少者の中で見出せるということです。木登りがうまくできない子どもでも、年少の子たちとジャングルジムで遊べます。そうすることで、登るスキルは確実に身につけることができます。同じ年代の子どもの中では音楽の能力がとびぬけている11歳のギターのプレーヤーは、10代後半の自分と同じレベルのプレーヤーたちとジャム・セッションができます。小さいにもかかわらずチェスの天才は、自分のレベルに合ったはるかに年上のプレーヤーたちと、真剣で挑戦のレベルの高いゲームができます。子どもの最適の成長にとってもっとも重要なことは、子どもが誰と触れ合うことができるのかを自由に選べる環境だというのです。そうすることで、子どもは自分がもっとも必要だと思ったレベルの年長者、年少者、あるいは同じ年齢の子と一緒に過ごせるというのです。そして、それは時と共に刻々と変わるというのです。

この考えを聞いて、私は今まで私の考える異年齢保育について同じように考える人は見つけることができませんでした。しかし、対象が小学生である10代の子に対してですが、まったく同じように考える人がいるのだとびっくりしました。しかも、対象の小学校では、学年という年齢別がしっかりできている場所に置いてですし、しかも、遊びにおいてという考え方は大いに学ぶところがあり気がします。逆に、ピーターに、幼児教育について聞いてみたいですね。たぶん、外国では、幼児教育は基本的に異年齢保育ですから、取り立てて提案する場でもないでしょうが。ただ、もう一つの私の提案である履修主義から習得主義での異年齢というのはどうでしょうか?

ここではピーターは触れていませんが、その後の注釈に、この本を訳した吉田新一郎氏が、こんなことが書いています。最後の部分の、「子どもは自分がもっとも必要だと思ったレベルの年長者、年少者、あるいは同じ年齢の子と一緒に過ごせるというのです。そして、それは時と共に刻々と変わるというのです。」という部分の注釈に、「日本の教師は『発達段階』という言葉が好きですが、この章の議論は、それを見直すことを迫っています。」とあります。

年齢差

サドベリー・バレーでは、(たとえ直接的に一緒に遊んでいなくても)年少者やその遊び道具が身近に存在することが、年長の子たちにより創造的に遊ぶ気にさせているのだと思われるそうです。それらの遊びを継続的にすることで、多くの生徒は素晴らしい芸術家、建築者、物語の語り手、創造的な思考者になっているといいます。多くの卒業生は、旺盛な創造性が必要な職業に進んでいるそうです。異年齢混合での遊びの体験が、その理由の1つだとピーターは思っているというのです。

トランプやボードゲームなどの、名目上は競争的なゲームも、年齢差が大きいときの方が、年齢差がないときに比べて、より創造的に、楽しくプレーされることも観察しているそうです。年長の、よりスキルのあるプレーヤーが、年少者を負かしても自慢になりませんし、年少者は年長者を負かせるとも思っていません。そのような状況では、相手に勝つのではなく、楽しむこと、スキルを伸ばすこと、創造的な動きを試してみることに重きが置かれるといいます。たとえば、異年齢間のチェスのゲームでは、年長のスキルをもったプレーヤーが、自分自身をより困難な状況に置くために、新しい動きや、より冒険的な動きを試すことがあります。あるいは、ゲームをよりおもしろく、楽しくするために、プレーのスピードを早めることもあります。以前すでに述べたように、競争や自分の価値を認めさせるような、真面目な態度よりも、楽しく、遊び心のある態度は、新しいスキルを学んだり、創造的に考えたりするのにより適しているというのです。以上のような三つの利点があるとピーターは挙げているのです。

自由な異年齢混合が、小さな子どもたちに、自分だけでは難しすぎる活動に取り組ませ、学べること、年長者を見たり、聞いたりすることによって学び、触発されること、より多くのケア(気づかい)と感情的なサポートを受けることなどを、どのように可能にするのかを見てきたそうです。一方で、自由な異年齢混合が、年長の子どもたちに、世話をしたり、リーダーシップのスキルや能力を練習したり、身につけること、教えることを通して学ぶこと、自分だけではできないより遊び心をもって、創造的かつ芸術的な活動に取り組むことなどを、どのように可能にするのかも見てきたそうです。学校やその他の場で、子どもたちを年齢によって分けてしまうと、私たちはこうしたすべてのパワフルな学びの機会を彼らから奪ってしまうというのです。

ピーターは、異年齢混合のやり取りの価値を強調することで、同じ年齢のやり取りの価値を見くびるつもりはないといいます。いろいろな目的で、似た能力をもった者同士の方が、違った能力をもった者同士より、よりよい遊び仲間や話し相手になるといいます。彼らは、より多くの共通点やよりたくさん話せることをもっているからだというのです。また、比較的真剣で、ときには競争的なやり取りが、彼らの意欲を高め、よりよいパフォーマンスに導くといいます。子どもたちは制度上年齢で分けられないときは、自分の年齢とはかなり違う者たちと多くの時間を過ごしますが、より多くの時間は自分の年齢と近い者と過ごすというのです。サドベリー・バレーであろうと、他のどこであろうと、一番親しい友人たちが自分に近い年齢の者であることは驚くにはあたらないといいます。

個々の理解

年長の子が年少者にある概念を説明するとき、それは、自分の理解の曖昧な部分や、あまり考えないでしていたことを明らかにすることに役立つといいます。たとえば、人形ごっこをしている最中に、8歳の女の子が2歳の妹に、赤ちゃんのお風呂の入れ方を、順を追って説明するとき、各ステップを言葉にすることで、はじめて順を追って考えるということをしていたかもしれないといいます。同じように、遊びの中で読むことや計算の仕方について説明しようとするとき、まずは音声的、ないし数値的な概念を自分自身で明らかにした上で、年少者の質問に答えることになるというのです。

ピーターは、サドベリー・バレーでは、年長の子と年少の子の間で行われていた、両者の理解を高めていると思われるやり取りをたくさん見たそうです。たとえば、年長の子がチェスのような極めて戦略的なゲームを年少者に教えているとき、年少者からの質問は、年長者によく考えた上で答えることを求めます。答える前に、なぜある特定の動きが他の動きよりもいいのかという個々の理解を促進することを求めるからです。

いままでもっていた経験を通して得た直観的な理解を、意識的ではっきり言葉で表せるものに変換しなければならないというのです。そのような「振り返り」は、自分が知っていることや知らないことを意識させることになり、ゲームをよりよく理解することにもつながるといいます。年少の子が年長の子に遊び以外の状況でアドバイスを求めた場面などでも、この教えることと学ぶことの双方向性を観察したそうです。たとえば、こういうケースがあったそうです。エリック( 8歳)はアーサー(14歳)に、何人かの友だちが自分に嫌がらせをしていることを訴えました。アーサーは学校の規律委員会に訴えるように提案しました。エリックは、その提案に対して、「彼らには表現の自由がある」と言って反応しました。しばらく考えてから、表現の自由は、もちろん彼らにそういう権利がある一方で、エリックにはそれらを聞かなくていいという権利があると、アーサーは答えました。このケースは、両者のやり取りがアーサーとエリックの両者に対して、これまで以上に個人の権利や自由についての学校の見解を深く考えるきっかけをつくったというのです。

異年齢混合が、年長にとっての利点をピーターは三つ挙げたうちの最後のものは、「年少の子たちの創造性が喚起する影響」です。年少の子たちにとって、年長の子を見ることでより発展的な活動に取り組む気にさせられるように、年長の子たちは、年少の子たちを見ることでより創造的/想像的な活動に取り組む気にさせられるといいます。サドベリー・バレーでのピーターらの公式の調査で、どちらが先にアプローチしたのかが分かっているケースに限って、10代の子と年少者の間のやり取りの半分以上は、10代の子たちによって始められたことを、明らかにしたそうです。彼らの方から、年少者がしている絵を描いたり、粘土やブロックで何かを作ったり、ごっこ遊びをしたり、熱狂的で創造的な追いかけっこに加わっていたそうです。私たちの社会では、10代の子たちはすでにこうした遊びから卒業しているといいます。

赤ちゃんとの触れ合い

8年生のクラスでもっとも手ごわくて、意地悪に見えるダレンという男子生徒は、教室にやってきた6か月の赤ちゃんと、赤ちゃんについての話し合いが、固く閉ざされた彼の心を開いたのです。母親は抱っこひも(スナグリ)を持ってきていました。クラスが約40分間、赤ちゃんのことを観察し、そして話し合った後の教室訪問の最後の方で、母親が抱っこひもを使って抱っこしたい人がいるか尋ねました。みんなが驚いたことに、ダレンが手をあげたのです。抱っこひもをつけた後、実際に赤ちゃんを入れて抱っこしてもいいかと母親に尋ねたのです。母親はかなりの不安をもちながらも、ダレンに抱かせました。ダレンは数分間、心地よく抱っこされた赤ちゃんの体を揺らしながらあやしました。赤ちゃんと母親が教室を出ようとしたとき、ダレンは母親と指導者に尋ねました。「一度も愛された経験のない者も、いい父親になれますか?」

「共感の根」のプログラムは、いまやカナダ中に普及し、他の数か国にも上陸しているそうです。プリティッシュコロンビア大学の心理学教授のキンバリー・ショナート・レイチェルは制御された調査を実施し、このプログラムは赤ちゃんが訪問したその日だけでなく、年間を通して攻撃性を低下させ、親切さを向上させることを明らかにしました。もし、私たちが子どもの「共感」と「思いやり」の能力を伸ばしたければ、従来型の学校で年齢によって分けられた環境では、計画的に年齢の異なる子どもたちが出会えるようにすることは極めて重要な気がするとピーターは言います。

私の園で、1週間に一度「お手伝い保育」といって、年長児が、0,1,2歳児のクラスに行って、子どもたちと接しますし、SSS事業という、日常的に小中学生が、乳幼児と接する機会を持っていますが、そこでも、同じような効果が見られます。また、不登校だった高校生の男子が、しばらく園に来て赤ちゃんの世話をするうちに、高校に行くようになり、大学も受験したことを報告に来たことがありました。学校の年齢別の世界で疲れ切った子が、かなり年の離れた乳幼児と接することが、様々な点で重要であることが分かります。

次にピーターが挙げた、年長の子どもにとって異年齢混合の価値として挙げたのは、「教えることを通して学ぶ」です。教えることは、それが教室の中で正式に行われようが、他者とのやり取りの中で非公式に行われようが、私たちの知性を大きく刺激するといいます。誰かにある概念について説明しようとするとき、私たちはときには曖味にしかもっていない理解を言葉にすることで、その概念についてまったく知らなかった人がとてもよく理解できるようになることがあります。そのためには、私たちはその概念について深く考え、ときには前にもっていた理解を変えなければならないといいます。教えることと学ぶことは、教師と生徒が相互に学び合う、双方向の活動と説明されてきたといいます。このような双方向性は、教師と生徒の立場や権限の違いがあまり大きくないときに起こるといいます。つまり、後者が前者に質問したり、異議を申し立てたりすることを、抵抗感なくできるようなときだというのです。従来型の学校での異年齢間の個人指導プログラムについて、いくつかの調査は、指導された概念について、指導する側と指導された側の双方の理解が高まったことを明らかにしているそうです。

子守りの経験

フェルドマンが記録した10代の若者と年少者の間の長期的な友だち関係は、サドベリー・バレーでのピーターたちの観察と一致しているそうですが、かなり小さい子どもの存在が年長の子どもの世話をする本能を引き出し、それを成長させることを異文化間研究が指摘しています。子どもたちのやり取りについて異文化間観察のレビューの中で、文化人類学者のビアトリス・ウィティングは、世界中の男の子も女の子も、自分と同じ年齢の子たちよりも、少なくとも3歳以上小さい子たちに対しての方が、親切さや思いやりを示すようだと結論づけているそうです。必要最低限の生活を成り立たせているケニアの農村地域で調査を行った研究者は、(伝統的に女の子の役割と思われている)家でお母さんの手伝いをして年少者や幼児の世話をしている男の子(8~16歳)たちは、子守りの経験のない男の子たちと比較して、概して、優しく、より役立ち、自分の仲間たちとのやり取りの際に攻撃的でないことを発見したそうです。

年長者が、年少者とのやり取りを通して親切になったり、より気づかいができるようになったりすることを学ぶというさらなる証拠は、従来の学校での研究によってもたらされるといいます。異年齢間の個別指導プログラムの調査で、年少者の個別指導を通して、指導する側が責任、共感、他者の助けになることなどで高いスコアをとるようになることが明らかにされているそうです。

さらに感銘を受ける結果が、カナダのトロントのメアリー・ゴードンが設立した「共感の根(Roots of Empathy)というプログラムから分かっているそうです。ゴードンは長年、虐待する親と虐待された子どもを対象に仕事をし、愛されず、暴力の中で育った子どもは愛することができず、暴力的な親になることを観察してきたことが、このプログラムを開始するきっかけになっているそうです。このプログラムは、本物の赤ちゃんと母親(ときには、父親)を教室に招いて、すべての子どもが赤ちゃんを見、赤ちゃんについて話し合い、そして赤ちゃんであるということはどんなことかを考える体験をもつことがべースになっています。これらの体験を通して、ゴードンは参加した教室の生徒たちに、注目に値する、より直接的な影響があったことを発見したそうです。赤ちゃんと母親の毎月1回の訪問を体験した子どもたちが、お互いに対してより親切に、より思いやりのある態度で接することができるようになったというのです。いじめも減ったそうです。「違う」ことでからかわれたり、あざけられたりした子たちが、いまはその「違い」によって称賛を受けるようになったというのです。幼児と触れることと、幼児が呼び起こした考えや感情を話し合ったことが、教室中に思いやりを広げる引き金になったというのです。この効果は、次に赤ちゃんが訪問するまでの1か月間続いたそうです。

ここで、ピーターは、ゴードンのプログラムについて彼女の本から紹介しています。8年生のクラスでもっとも手ごわくて、意地悪に見えるダレンという男子生徒についてです。彼は、留年しているので、クラスメイトよりも2歳年上です。彼はすでにひげを生やしており、部分的に刈り上げた頭部には入れ墨もしており、周囲のみんなをおじけづかせていました。ダレンの母親は、彼が4歳のときに、彼の目の前で殺されました。その後、彼はいくつかの児童養護施設で暮らしました。痛みや孤独に耐えるための彼の方法は、周囲の人にあなどられないように見せたり、乱暴に振る舞ったりすることです。しかしながら、教室にやってきた6か月の赤ちゃんと、赤ちゃんについての話し合いが、固く閉ざされたダレンの心を開いたのです。

年少者に対して

年長の子どもたちが、年少者にいろいろなことをすることで、よい親や世話をする人やリーダーに必要なスキルを練習するというのです。彼らはこれらをすべて熱心に、自ら進んでするといいます。自分がやらなければならないからではなくて、それが大切なことだと思い、人間的であることの大事な部分だからです。そして、学校の民主的で、ケアリングな(気づかいの)精神が、それらをすることは年少者に接するときにもっとも適切な方法であると言っているからでもあります。

年長の子どもが、年少者に対してより適切に行動することを説いたり、年少者に対して、さらに年少の者に優しく接しなかったことを、叱ったりする場面を学校で何度となく観察したそうです。たとえば1つの場面で、3人の女の子( 6~8歳)が手荒に、一緒に折り紙を折るのに加わりたがった4歳のリンダを排除しました。そのそばで本を読んでいたナンシー(10歳)はそれを見たので、本を置いて、3人の女の子たちのところへ行って、次のように言ったそうです。「もしあなたがあんなふうに突き放されたら、どんな気持ちがする?」その結果、3人の女の子はリンダに折り紙を渡して、どんなふうに折ったらいいのか教え始めたそうです。

別の場面では、サブリナ(17歳)がメリンダ(11歳)と一緒に遊んでいた年少者たちが衣装を元の場所に戻さなかったので、メリンダを叱っていました。メリンダの反応は、自分には責任がない、でした。彼女ではなくて、他の子たちがそれらを持ち出してきて、着ていたからです。しかし、サブリナはそれでも彼女(メリンダ)の責任であることを告げました。その理由はメリンダが学校の規則を知っているからであり、年少の子どもたちは彼女に見本を見出すからです。こうした叱責は、大人によってなされるよりも、年長者によって行われたときの方がはるかに効果的だというのです。

フェルドマンは、10代の若者と年少者の間にあったいくつかの長期的な友だち関係を記録していたそうです。そうしたケースにおいて、10代の若者たちは特別なプライドをもつものです。あたかも年少者を自分の子どもか姪か甥のように捉えて、気づいているか否かは別にして、親になる練習をしているかのようだというのです。たとえば、ショーン(19歳)はかなりの時間をレックス( 5歳)とジョーダン( 6歳)と過ごしていました。ショーンは、年少者たちが賞賛している、特別で巨大な構造物を作れるレゴのブロックをもっていました。彼は、他の子たちが遊べるようにこれをプレールームに置いておきました。そして、そのようなときは、レゴがちゃんと使われ、使い終わったらちゃんと戻されるように、レックスとジョーダンを「責任者」として指名していました。レックスとジョーダンは、この役割を真剣に受け止め、ショーンが自分たちをこのような形で信頼してくれていることに誇りをもっていました。ショーンが卒業した次の年に彼は学校を3回訪問したのですが、毎回、レックスとジョーダンがやるべきことをしてくれているか確認していたそうです。