設定した2つの条件の一つ〔パワー保持高群〕の大学生には、「思い通りに他人を動かした経験」や「他人を評価したときの経験」を書き出してもらい、もう一方の〔パワー保持低群〕の大学生には、「他人の意思で行動させられた経験」や「他人から評価された経験」を書き出してもらいました。この後、各条件に割り当てられた人たちは、自分の額に、マジックベンで「E」の文字を、できるだけ素早く書くように伝えられます。
実は、この実験で見たかったのは、「Eの文字の向き」でした。〔パワー保持低群〕では、相手から見てEと読めるように書く傾向にありました。ところが、〔パワー保持高群〕では、自分の視点でEの文字を書く傾向、すなわち、相手から見ると逆に書かれた状態が顕著に表れたのでした。
このことを受けて、ガリンスキー教授たちは、「権力を手にした人は、相手の立場でものを見て考えることが難しくなる」と結論づけたそうです。上司たる者、地位に見合った風格や品格を備えていれば理想的なのですが、現実にはそうではないケースもあります。しかも、この実験が示唆するように、本人はほとんど意識をせずに、不親切にもの文字を逆に書いてしまっていることが多いと言うのです。
気づいてほしい人が、最も自分の悪行に気づかないままでいる様子を表しているように思える内容です。そして、企業やスポーツチームにおける権力の腐敗が、特定の上司一人の問題で済むことはなく、組織全体のマネジメントに反映されるのが常であり、それは不祥事となっていくつも明るみに出ています。正論が正論としてすんなりと通る倫理的な感覚は、人間のちょっとした利己的な心理、個人のレベルから綻び始めて崩れていくのかもしれないと山浦氏は考えているのです。
リーダーが権力の腐敗にのみこまれないようにするためにできることはないのでしょうか。組織心理学では、部下が上司に要求するときに用いる方法を、「(上方向への)影響戦略」と呼んでいるそうです。部下の影響戦略を見ることで、上司は自分が部下からどのように見られているのか、内省することができると言います。そして、この影響戦略は、9種類に整理されているそうです。
1.合理性:事実にもとづく証拠や専門的な情報を示して、論理的に説明する。2.情熱性:熱意を込めて、相手の価値観や理想に訴えかける。3.相談性:意思決定や計画立案への参加、あるいは支援やアドバイスを求めたりする。4.迎合性:上司の機嫌を伺い、意見に同調する“偽の民主主義”的なふるまい。5.交換性:承諾してくれたら次は必ず援助すると約東する。昔の恩を思い出させる。6.個人性:要求する前に、個人的な関わりを持ち出して依頼する。7.より上の権威性:より高い権威者の支持、ルールや慣習などを盾にして訴える。8.主張性:従うべきルールを指摘し、繰り返し要求する。ときには脅しや圧力を含む。9.結託性:同僚や自分の部下の指示を取り付けて訴える。の9種類です。
例えば、1は合理的な戦略で、2は情緒面をより重視した戦略だと言います。並び順の数字が小さいものはソフトな影響戦略、数字が大きいものほどハードな影響戦略です。部下は上司と良好な人間関係を築けていると思えば、自分の要求を通そうとする際に、合理性や情熱性をもって上司に訴えかけるのではないかというのです。しかし、部下が7あるいは8や9のハードな影響戦略でもって、上司に要求をしてくるようであれば、上司と部下の関係はかなり危険な状態だと言います。部下から信用されていないと認識すべき関係性と言えるのではないかと言うのです。