ミマモリストの実践

ミマモリング=心を寄せること。

カグヤでは一緒に働き、一緒に生きる中で、お互いに心を寄せ、思いやることの大切さと、そこで生まれる感動や豊かさを大切にしたいと思っています。ただ仕事をするのではなく、自分の心の環境がそのまま仕事に表れるからこそ、「心を寄せること」を大切にしていきたい。そんな「ミマモリングを実践していく人々=ミマモリスト」の取り組みをご紹介いたします。

2017/01/20

「共に学ぶ」

社内で毎月実践している「社内木鶏」というものがあります。

http://www.chichi.co.jp/special/syanaimokkei_2016/

それは「致知」という月刊紙を使って行われています。
「致知」は志を貫き実践し続ける方々のインタビューや
対談などが掲載されており、実践者の方々の言葉から
生き方や働き方を学ぶことが出来ます。

毎月一度、3つほど、その月の係がその中から記事を選んで下さり、
それを読んで一つだけ選び、学びを感想として書き記し、
みんなで感想を読み合い、お互いの学びからまた学び合う実践、
それが社内木鶏です。

先月の社内木鶏から学び、決めたこと、それは

自分自身に感謝される人間になるよりも、
自分自身がまず何事にも感謝を忘れぬ人間であること。

でした。

周りから求める生き方から、
自分自身が実践する生き方へと意識を変えて動くと
感じることがあります。

感謝を求めれば天狗になりますが、
感謝を伝えることは、有難いことを有難いと感じられ、
既に感謝はそこにあるという事に気付けました。

感謝は求めるものではなく、すでにあるもの。

この刷り込みに気づけたとき、
とても救われたような気がしました。

先日、あるクルーが
「認めてもらおう」という事を辞めたという事がありましたが、
自分が相手を認めるという事の中にも、
同じことが言えるように感じます。

違いがない世界では認められるという事もないのかもしれません。
違いがあるからこそ、お互いに認めるという事があるのであり、
自分以外の人を認めることが出来るから、
自分の事も認められるのではないかと
そのクルーの事を見ていて、そう感じるからです。

このように、先人の方々の生き方から学んだり、
仲間から学んだりという環境があるという事は
本当に有難いことだと感じます。

自分一人では気づけないからこそ、
一緒になって学び合う。

そんな文化を子どもたちへも残していけたらと思います。

ミマモリスト
眞田 海