カグヤの自然から学ぶプロジェクト 自然に学び自然に親しむ

私たちの復興「自分たちに出来る事をする」

カグヤでは2011年の東日本震災から、自分たちなりに復興を始めました。
それは、「自然から学び、自然に沿った本来的な生き方を実践する」こと。
これまでの人間都合の生き方を改め、
自然のつながりの中で生きる取り組みをご紹介いたします。
取り組みをご覧いただき、ご参考になるところがありましたら
取り入れて頂けましたら幸いです。



実践するから

2017年08月18日

昨日は「重陽の節供」をテーマに
室礼のお稽古がありました。

この九月九日の「重陽の節供」は、
五節供の中でも、どこか影が薄い気がしますが、

「菊の節供」とも呼ばれる、中国由来の行事で、
五節供を締めくくる行事として、
昔は最も盛んだったそうです。

そんなわけで、お盆も過ぎたこともあり・・・

今日は、社内の室礼も「重陽の節供」をテーマに、
菊や菊酒、菊の干菓子など盛らさせて頂いたり、

掛け軸を「桔梗」に変えたりしました。

重陽の節供2017

そんな事を行っていると次第に、
「もう秋だなぁ」と感じてきて・・・

「季節を感じるから室礼をしている」というより、
「室礼をしているから季節を感じる」という方が、
なんだかしっくりくるような気がしました。

そう考えると、分かるから実践するというよりも、
まず実践するから分かるようになる

・・・というものなのかもしれませんね。

かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子

福神漬け

2017年08月17日

昨日のブログの続きになりますが、

築地本願寺での法座が終わり、
外に出ると、驚く程の大雨に!

そこで、お腹もすいたし、雨宿りもかね・・・
お寺内にあるレストランで
カレーを頂くことにしました。

福神漬1

そして、カレーといえば「福神漬け」。

福神漬3

実は、この福神漬けの由来に、
お盆に関係した興味深いものがあるのです。

ちょうど昨日は「送り盆」で、
精霊流しや灯篭流しのシーンなど
ニュースでも目にしましたが、

その昔、貧しい農民だった河村端賢が、
流されたお供え物のキュウリやナスを
漬け物にして売り出したところ、
江戸の町で大ヒットした・・・というもの。

諸説あるため、
本当かどうかは定かではありませんが、

「福神漬け」というネーミングからも、

「お供えしご加護がおりたものを頂いている」
という流れをくんでか、

はたまた「神様が福をもたらした」
とお考えになったのか・・・

「自分が自分が」と、自分の力とは思わない
謙虚さを感じずにはいられません。

そんな話を母にしていると、
近くで話を聞いていた店員さんが、

「そんな話があるのですね。
 それなら、福神漬をもう少し!」

・・・と、サービスしてくれました!

福神漬2

これも「福の神」のおかげかもしれませんね。^^

かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子

お盆の法座

2017年08月16日

お盆について色々なサイトで調べていると、

「お盆は、あらためて先祖・亡き人の声なき声に耳を傾け、
 我が身に目覚める聞法のご縁。

 お寺で法座がある場合は、ぜひお参り下さることが
 もっとも尊い本来のお盆の意義であります。」

という内容が目につき・・・

ちょうど「お盆」をテーマに
「築地本願寺」で法座があることを知ったので、

昨日、母と一緒に聴きにいってみることにしました!

築地本願寺

法話

事前に調べていたとおり、お話によると、

浄土真宗では、ご先祖様がお盆の時期に、
特別に戻ってくるようなことではなく、

「いつでもどこでも私と一緒に歩んでくれている」
ということですが、

だからといって
「どうしても会いたい・・・という情は否定しない。」
という考え方が、印象的でした。

宗教は、捉え方の違いなどで、
色々と分かれているのでしょうが、

いずれにしても、こうしたお盆をきっかけに、

今の自分自身の存在が、
亡き方や多くのご縁、お陰様であることを再認識し、
感謝させて頂く・・・ということはやっぱり大事なことですね。

また、このような宗教の話は、
「何が正しいのか」という点で対立しがちだからか、
どこかデリケートなところがあるように感じます。

昨日は、終戦記念日でもありましたが、

「これが正しい、あれは正しくない」
という思考では、対立をうみ、
更には戦争への発展も否定できません。

信仰心という意味では、
皆、尊いものだと思いますので、

やっぱり「これもよい、あれもよい」
という尊重やおもいやりの心、

更には、聖徳太子の「神仏儒習合」思想でもある、

「神道を幹とし、仏教を枝として伸ばし、
 儒教の礼節を茂らせて現実的繁栄を達成する」

・・・というような、習合や和合、融合といった
日本らしさを忘れたくないと
改めて、感じています。

かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子

お盆

2017年08月15日

昨日の続きになりますが、
お盆について、色々な疑問がわいてきたので、

我が家のルーツ「神道」や「浄土真宗」のお盆について、
調べてみることにしました。

まず「神道」のお盆を調べてみると、

神道も同じく「先祖供養」という考え方があり、
神道にもお盆にあたる「新御霊祭り」という行事があるそうです。

新御霊祭りでは、祖霊舎を清め、
季節の果物やお酒をお供えし、

迎え火や送り火をしてご先祖様の霊を迎えるそうです。

このような祖先崇拝の思想は、
古くは縄文時代にまで遡り、
縄文時代にはすでに環状列石による
祭祀儀礼が行われていたことがわかっており、

江戸時代以降は、檀家制度ができて
仏教式の先祖供養が一般的になったため、
「お盆=仏教」のイメージと習慣が強くなったとか。

更に「浄土真宗」のお盆を調べてみると、
「慰霊の儀式」や「先祖供養の機会」ではないため、

「精霊棚」や「迎え火」「送り火」「精霊流し」など、
「お盆にはこうしなさい」という決まりもないそうです。

ご先祖様は、浄土で仏様となっているので、
霊となってあっちの世界やこっちの世界を
ウロウロしているということはなく、

お盆の時期だからといって特別に戻ってくることはない
・・・という考え方のようです。

な、なんと・・・。^^;

だからといって、
お盆行事をおろそかにしているということではなく、

ご先祖様を尊ぶ気持ちは皆同じで、

命をいただいたご先祖様、そして仏様に感謝をするという意味で
法要が行われているそうです。

そういう意味では、昔も今も、神道も浄土真宗を含む仏教でも、
ご先祖様を敬う気持ちに違いはないですね。

ご先祖様を大切に思う日本の文化がつまっているお盆。

自分のルーツも関わる信仰について、
この年になるまで、よく分かっていなかったことは、
恥ずかしくもありますが、これもタイミング。^^

せっかくの「夏季実践休暇」でもあるため、
引き続き、深めてみたいと思います。

セミ_170813

かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子

実家でのお盆

2017年08月14日

お盆ということで、
両親のいる神奈川の実家に帰っています。

思い返せば、学生時代の頃までは、
夏休みには、母の実家でもある広島に毎年帰省し、
親せきで集まったりもしていましたが、

世代が変わってきたり
祖母が病気になったことで、
次第にその風習も薄れてきました。

また昨日は、迎え盆だったこともあり、
せっかく実家に帰ったため、

「迎え火」や「精霊馬」「精霊棚」などで、
お先祖様をお迎えする準備をしてみようか?

・・・と思ったものの、

改めて私の家系の信仰をたどると、
父の実家は「神道」、母の実家は「浄土真宗」。

父は長男ではなく分家であり、
しかもマンション暮らしで神棚も仏壇もなく、

広島で過ごしたお盆を思い出しても、
お墓参りには行きましたが、
精霊馬や迎え火、送り火、精霊流しなどの記憶もなく、

お盆に何をどうしたらよいのか、いまいち謎だらけ・・・^^;

以前、父の実家に行った際には、
「神道ではお盆は特別関係ないよ」
などと言われた気がしますが、

「母の実家は、仏教だったのになぜ?」と思い、
母親に聞いてみると、

「うちは浄土真宗だから、そういうことはしないのよ」と。

そうは言っても、ご先祖様を思う気持ちは
変わらないから・・・ということで、

ひとまず、床の間には「精霊馬」と共に、
畑での収穫物をお供えし、

迎え盆室礼2

提灯のかわりに「ほおずき」の掛け軸をかけ、

迎え盆室礼3

床の間をしつらえました。

迎え盆室礼

しかし、

「亡くなったご先祖様が帰ってくるとしたら、
 うちではなく本家のところでは??」

「だとすると、この精霊馬には誰も乗らない?!」

「本来、神道や浄土真宗では、お盆はどう過ごすのだろう?」

など・・・ますます疑問が湧いてきたので、今更ですが、
「神道」や「浄土真宗」のお盆について、調べてみることに。

その内容は、長くなるので?また明日のブログで。^^

かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子

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