今日のカグヤクルー日記

クルーそれぞれの理念の実践や気付きを交代で掲載しています。

2017/11/06

「贅沢」

こんにちは、女将です。

我が家で飲むコーヒーは
生豆を炒って淹れています。
豆を炒っている間は
余計なことは一切考えず
目の前の豆だけに気持ちを傾けます。
豆が陶器製の炒り器の中で転がる音に耳を澄ませ
その微妙な変化を感じ取るのです。
弱火でじっくり、豆を転がすこと数分。
湿り気のある濁った音が
徐々に乾いた軽やかな音に変わってゆきます。
さらに炒り器を揺らす手を休めることなく炒り続けます。
すると今度はカラカラという音色に混じって
豆の弾ける音が炒り器の中で
高らかに響きはじめます。

カンコンパン。カンコンパン。

人の個性と同じで音も様々。
まるで子どもたちの笑い声のように楽し気で
思わず笑みがこぼれます。
程よくチョコレート色に染まったら
一気に紙の器に広げます。
膨らんだ豆から湯気が立ち上ぼり
柔らかな香りが部屋中に立ち込めます。
至福の瞬間。

普段、人は色々な思考が働いていて
ついつい要らないことまで考えてしまいがちです。
何かと対峙している時でさえも
頭の片隅では全く関係のない他のことに
思いを巡らせてしまっていることもあります。
追われるような日常が
脳を無駄なく働き続けるよう
そうさせてしまったのかも知れません。
そして気づかないうちに思考そのものが
自分自身からゆとりを排除し
さらに忙しくさせてしまうこともあります。
そんな一分一秒をも惜しむ日々を過ごす中
たった一杯のコーヒーを飲むために
これだけの手間と時間を費やす。
人によっては「無駄」
と一蹴されることかも知れません。
ドリップコーヒーやインスタントコーヒーなら
お湯さえあれば済むことです。
お店に行けばサイフォンで淹れた
美味しいコーヒーだって飲むことが出来ます。
それでも 手間暇をかけ
豆が奏でる音色に心を向けるこの時間は
何ものにも代え難い満ち足りた気持ちと
暮らしを味わう心のゆとりを教えてくれます。
そこには本当の贅沢があるように感じます。
便利とはかけ離れた昔の暮らしには
そんな贅沢が沢山あったのかも知れません。

本当の贅沢とは?

『福岡の古民家甦生・くらしの再生』
このプロジェクトが始動して以来
そんなことを考える機会が増えました。
心が豊かであること。
人が人らしく生きられること。
それこそが本当に贅沢な暮らしなのではないかと感じます。

忙しさに囚われ、目先の便利さに走り
心の豊かさを失ってしまわぬよう
時折立ち止まり、歩を緩め
「暮らし」を楽しんでいけたらと思います。

ミッションパート
佐藤真樹