将来に備えて蓄えておくということを人はします。老後が心配だからと年金が気になります。人は未来を夢見ます。未来にはどんなことが起きるだろうか、どんなものが発明されているだろうかと夢を持ちます。「懐かしきあの頃の、少年たちの夢」と題された小松崎茂さんの画集を持っていますが、そのなかに、「メカニックファンタジー」という昭和57年に刊行された画集の一部が掲載されています。その画集の前書きには、小松崎さんの言葉が書かれてあります。「この本は夢である。しかし、過去に私の考えたものが実現した例は多い。私はまた、新しい出発としよう。」彼が67歳のときのことです。
「Human」(角川書店)では、こんなことを投げかけています。「そもそも“未来”とはどれくらいの幅にあることなのだろう。どれくらい先になれば、どれくらい広いことになれば、それは未来と呼べるのだろう。」京都大学文学部教授の板倉昭二博士は、こう語っています。「ノーベル文学賞受賞者の話を聞いたときに、彼は講演の中で、自分の子どもの未来を詳細に想像する、自分以外の誰かの将来に思いを馳せる、これを未来と呼ぼうと定義したのです。確かにそれはヒトにしかないような気がしました。」
未来を考える力は、脳のどの部位で行われているのか、それが、どうも前頭前野を含む前頭葉や、側頭葉が萎縮し、その機能が落ちてくることは確認されてきているものの、その関連性を明確に示した証拠はまだ出ていないようです。いろいろな議論の中で、京都大学准教授の明和正子博士の研究は興味を引きます。
その研究によると、「言葉によって可能になるのはシンボルを「自由自在に」使うことで、それは、あるものを異なる対象に置き換えること、またその逆方向の理解も適切に行う能力を持つことである。」と言っています。この能力によって、自分が理解し、表現するシンボルが、他者と共有可能であることを理解し、コミュニケーション場面で適切に使う能力も、人間らしさを支える特徴のひとつであるというのです。「たとえば、幼児は2~3歳くらいになると、自分ひとりでは運べない大きな荷物でも、自分がこっち側を持って、もう一方を誰かに持ってもらえると、運ぶことができるということを理解できます。自分はこうする、相手にはこうしてもらう。新たな目的達成に辿りつけるはずだ。頭のなかで、仮定の上にさらに仮定を重ねることで、これから起こる新たな展望を予測する。つまり、未来を描くことができるわけです。」
確かに、自分ひとりが生きることを想定しては、未来を描くことはできないかもしれません。未来を考える力は、他者と共有するものを持ち、他者との協力関係を築くことで未来に向かって進んでいくとしたら、「未来を描く力」は、やはり人間特有な力かも知れません。では、この未来を描く力からは、人間にどのような能力を持ち、逆にどのような能力を捨ててきたのでしょうか。それを、毎度登場の京都霊長類研究所の松沢さんはこう考えています。「チンパンジーも人間も、両者の共通祖先、700万年前の祖先は、瞬間的に目の前のものを記憶する能力に長けていたのだと考えています。人間は、そうした細部を瞬時に記憶する能力をどこかの時点で失い、代わりに新たな力を得た。」それは、専門用語で「知性のトレードオフ仮説」と言うのだそうですが、人間は、違う能力をトレードします。その能力とは、「人間は瞬間記憶を失う代わりに、未来に向けて想像力を働かせたり、将来にわたる計画を立てたり、あるいは自分がした事実を、言葉などを使って仲間に伝える。そういった心の働きを担う脳を発達させたのだと思います。」
「チンパンジーは、目の前の世界を生きていて、100年先のことを考えたり、100年前のことを振り返ったりしません。」これが、松沢さんが考える人間とチンパンジーの大きな違いだと言います。
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