本当の学び

キャシー氏とロバータ氏は、子どもはどのように学ぶか研究を続けてきた科学者の立場から、この現状にどう立ち向かってゆくか考えています。彼女らの目標は二つの単純な問いに集約されます。一つは、あなたにとって子どもの「成功」とはどういうことかです。そして、もう一つは、あなたの文化や生活スタイルを活かし、どのような方法で子どもの「成功」を実現するか?です。そのために、彼女らは、学びと教育についての新しい定義を示し、子どもが多様な道をたどって「成功」を目指す時に、信頼できる情報に基づいて判断できるようにサポートしたいと言います。

本当の学びは何種類もの言語が描かれている赤ちゃん用モビールによって生まれるものではないと強調します。巨大な教育産業は、魅力的なメッセージで誘いかけてくるので、思わず信じてしまいそうになります。しかし、取りこまれてはいけないと警告します。

さらに、あともう一つ挙げています。それは、子どもがどれだけ事実を覚えたかチェックするテストで良い点数をとるだけでは、やはり、真の学びとは言えないということです。国連の事務総長による教育についてのグローバルイニシアティブと言われている国際指針はこう指摘しているのです。

「世界は地球規模で解決が求められる大きな課題に直面している。相互に関わりを持つ地球規模の挑戦は、全ての人々の尊厳のために、私達がどう考え、行動するか、大きな意識変革を要求している。一人ひとりが、読み、書き、計算できるようになるだけでは、教育の目標として不十分だ。教育は変わり続けるものであり、重要な価値観を生み出すものである。……教育は、また、私達の日々の生活に繋がる大きな問題について答えを出すものでなければならない。」

今、世界のどこにおいても、教育について議論する際に、まず取り組まなければいけないと考えられている課題は、中核となるいくつかの価値観と到達目標を作り出すことだとキャシー氏らは言います。ティーチ・フォー・オールというような、アメリカから発展してできたグローバルな教育団体のネットワークのウェンディ・コップ達のチーム、セサミストリート、ブルッキングス研究所のグローバル・エデュケーション・イニシアティブ、そしてニューヨーク科学アカデミーでさえも、21世紀において「成功」するためには、「対話する能力」が全ての子ども達にとって最も大事なスキルとなることを認識しているそうです。このティーチ・フォー・オールは、アメリカ、イギリス、チリ、インド、中国など世界26か国が加盟し、有望な未来のリーダーを教師として派遣することで、教育格差を解消するための活動をしています。そして、これらのスキルは、グローバルな視野を取り入れながら、文化の違いを意識して伝えられるべきだと考えられているそうです。衣服でたとえてみるとこのことがよく解るだろうと言います。衣服は、二本の腕と二本の足を入れられるようにするという制約がありますが、それ以外のデザインは文化によって様々な違いがあって構いません。グーバル化が進み、世界は小さくなり、地理的な境界線も曖味になった結果、西洋社会に生きる子ども達は、画一化したスキルを身につけるように強いられていますが、文化ごとに衣服のデザインが異なっていいように、それぞれの文化によって違いがあっていいのではないかというのです。

教育的価値

アメリカでも、日本や中国のような過熱した早期教育が行われているようです。しかし、よく行われているような早期教育は、いくら科学的には根拠がなく、今後子どもたちに求められる力は、時代の変化によって大きく変わってきていることを、力説しても、なかなか変わらない状況は、いわゆる先進国と言われている国の、一部の富裕層では共通していますね。

しかも、その対象はどんどん年齢的に下がってきているそうです。アメリカでは、「あなたの赤ちゃんは文字が読める(Your Baby can Read)」というような商品の売上は数百万ドルに上るそうですが、乳児の言語発達の専門家は、これを裏づける科学的根拠はないと断言しています。ですから、ある研究者は、テレビのコマーシャルでこの手の商品が紹介されるのを見ると、思わず「あなたの赤ちゃんは読めないよ! (Your baby CAN’T read!)」と叫んでしまうと言っています。

階段を下りてゆくバネのおもちゃのスリンキーや小麦粘土は、どんな教育的価値があるのかはっきりしないので、親は買いたがらないと言います。しかし、実際には粘土で何か形作ったり、おもちゃの電車の線路を組み立てたりする時に、子ども達は空間認知について学んでいるのだと言われています。また、おもちゃのお城で遊びながら、鎧に身を包んだ騎士のお話を創作して、言葉の力を自然に伸ばしていきます。しかし、親達は、こういったことには目もくれず、子どもが将来有名大学に進学することに直結する学びを手に入れようと夢中になると言うのです。

しかし、問題は、頭の中に事実を詰め込んでも、ちょっと指を動かせば簡単に情報が手に入る現代では子どもの「成功」に繋がらなくなったということだとキャシーらは言うのです。グーグルやウィキペディアを検索すれば、ほんの数秒で知識を得られます。もちろん、アルファベットや九九を覚えなくていいというわけではないと言いますが、これからの社会を生きる子どもが直面している課題は、日々私達が手にする大量の情報を仕分けし、優先順位をつけて、活用することだというのです。

では、これからの子ども達に求める姿はどのようなものでしょうか?雑誌『フォーチュン」に選ばれた優良企業500社の共通認識は、これから会社にとって重要な仕事は、覚えることでは教えられない思考スキルを持った人達によってなされるということだというのです。雇用する側が必要だと考えているのはどんな能力なのでしょうか。どうしたらもっと信頼できる形で新しい意味での「成功」を評価できるのでしょうか。更にどうしたらその評価に基づいて考えようとする文化を作り出すことができるのでしょうか。もしかしたら、今回の新型コロナの世界的流行は、教育を見直すきっかけになるかもしれません。

「卓越した教育に関する国家委員会」は、子どもの教育に失敗したアメリカは、今後、経済優位性を失う恐れがあると強く警告を発しているそうです。また、全米教育経済センターは、アメリカの学校は未だに1953年の労働環境に合わせた教育を子ども達にしていると批判しています。

早期教育の検証

日本では、ソニー創始者の一人である井深大氏がその著書『幼稚園では遅すぎる』による影響で、1970年ころから早期教育ブームが起きました。ちょうどその頃、アメリカでも精神科医ボウルビーを始めとして乳児期は愛情豊かに育てるムーブメントが起きており、極端に刺激のない環境では赤ちゃんラットの脳が育ちにくいことを示唆する実験も話題になっていました。そこで、欧米でも日本同様、早期教育ブームがありました。

そんな風潮の中、欧米では多くの科学者によって早期教育の批判的検証がすぐに行われました。その結果,「脳がやわらかいうちに…」「3歳までに…」といった早期教育ブームのキャッチコピーの多くが「神話」とみなされるようになりました。そこで、乳幼児期には、どのようなことが大切なのか、それは、早期教育が必要ないということではなく、何が将来の学力に影響するのかが提案されるようになりました。しかし、日本ではそのような批判的検証はほとんど「輸入」されなかったようです。早期教育ブームは反省知を得ること無く続き,やがて日本独自の理由による次のムーブメントと融合することになります。

早期教育を見直すことを先延ばしにした日本での理由に、名門の中高や大学にほぼ無試験で進学できる私立幼稚園や私立小中学校の「お受験ブーム」がありました。そのための塾も、「お受験塾」として早期教育を煽ったのです。そして、それは「神話」や「ブーム」の域を超えて、一大マーケット化していくとともに、近年では認知神経科学と言われる脳科学の知見も、その知見の断片が切り取られて、いかにも早期教育の科学的根拠であるかのように使われているのです。

私は、必ずしも、早期教育を否定するものではありません。きちんと「エビデンスベースト」と言われるような科学的根拠に基づいて、本当に意味のある早期教育を子どもたちに経験させてくことは必要なのです。キャシーらも、最近の状況を、「時代にそぐわない早期教育の罠にはまる親達」と名付けて、警告を放っているのです。アメリカの誕生を迎えた赤ちゃんに対して、皆の期待を背負っている様子を紹介しています。

「お腹の中の娘がこの世に誕生するのはまだ2か月先なのに、一般的には、出産前に妊婦さんをお祝いするパーティをするために、親しい仲間で集まり、食事やお茶をしながら妊婦とお喋りをし、ゲームをしたり、プレゼントを贈ったりする。そこでは、教育者、医者、弁護士の友達は、彼女か将来、次世代のアメリカ初の女性国務長官であったマデレーン・オルプライトとかヒラリー・クリントンになることを願い、沢山のプレゼントを持ってきていた。ラベンダー色のリボンのついた、紫と白の縞模様の箱を開けると、孔雀のぬいぐるみが出てきた。孔雀の羽は、様々な色に塗り分けられていて、それぞれの羽には、英語、スペイン語、中国語の三か国の言語でその色の名前が書かれていた。まだ喋れないうちから赤ちゃんはこれらの言葉を目にするのだ。」

こうした教育玩具が巷に溢れ、親達は、アルファベットや数字を学ばないとあなたの子どもは失敗する!という暗黙のメッセージにさらされていると言います。早期から知識を覚えれば、より優れた脳が育ち、そうなれば良い仕事に就くことができて、高収人を手にし、豊かな暮らしを送れるというわけです。実際にプレイニーベイビーという名のおもちゃがあり、右脳と左脳を別々にトレーニングするDVDが付いているそうです。しかし、真っ当に研究している神経科学者は、赤ちゃんはもちろん、成人についても、これまで唱えられてきた右脳・左脳教育法は根拠のないものだと結論づけているというのです。

学びを変える

第2章では、現在の子どもの教育を巡る泥沼的状況をどう脱してゆくかを模索しています。第3章では「グローバル」という視点でこれからの教育を捉えていきます。グローバルに通用する科学的に考えられた解決策を、地域ごとに異なる特徴を持つ教育問題にどう適用してゆくか考えていきます。第4章では、学校「内」だけでなく学校「外」の教育について考慮することが、ダイナミックで国際的な労働環境に対応するには不可欠ただということを示していきます。子ども達が「成功」するには、教育システムの中に、読み書き算数に代表される「ハードスキル」だけでなく、その基盤となる「ソフトスキル」も組み入れなければならないと考えます。科学が明らかにしたグローカルな能力が、これからの職場には求められるのだというのです。第5章から第10章までは、最新の発達科学研究に基づいて明らかにされた「6Cs—Collaboration.Communication.Content.Critical thinking.Creative innovation.Confidence」について詳述し、子どもの発達と学びの姿を具体的に説明しながら、これからの教育が進むべき道筋を明らかにしようとしています。最後に、第11章では、6Csという能力を統合的に捉えることで、これからの時代に相応しい成績表のあり方を示しています。

第5章から第10章の章末には、「実際にやってみよう!」というセクションをつけています。この部分には、実際に私たちが家庭や職場、地域で学びを実践する時に参考になる方法や事例が書かれてあります。私自身がどんな学びをしているか見つめ直し、子どもの力を十分に引き出すためにどんな関わりができるか振り返るために役立ててほしいと彼女らは願っていると言います。どんな子どもであっても、この本で明らかにされた方法を活用すれば「成功」できると言うのです。彼女らは、6Csという道具を手に、みんなで学びを変え、教育を変え、社会を変えてゆこうと呼びかけているのです。

アメリカでは、子どもが通う学校では、毎年5月の1週目が、Teacher Appreciation Weekと決められていて、その週の火曜日がTeacher Appreciation Dayという先生に感謝の気持ちを伝える日が決められています。もし、あなたが中心になって何かすることを提案したらどうなるだろうか想像してみようと言います。もしこの本を読むことが、子どもの学びについて考え直す機会となり、PTAで、あなたの考えをみんなの前でプレゼンテーションしたらどうなるでしょうか。もしこの本で学んだことにより、あなたの子どもに相応しい学校を選ぶことができたとしたらどうなるでしょうか。もしこの本であなたが知ったこと、考えたことを伝えるため、あなたが教育委員会や国会議員宛に手紙を書いたとしたらどうなるでしょうか。もし6Csが、全く新しい、とても有益なフレームワークとなり、家庭の日常生活を上手に活用して、知的に学ぶ方法を発見したらどうなるでしょうか。

もしこの本を読んで、あなたの心の中に、沢山の「もしこうだったら……」を思い浮かべてくれたら、これほど幸せなことはないと、この本の著者であるキャシーとロバータは言うのです。

今回の新型コロナウイルスで、新しい生活様式への転換が求められています。私は、同様に、これをきっかけとして、幼児教育を含めて、新しい教育観への転換が必要だと思っています。

象牙の塔

キャシーとロバータは、彼女らの本「科学が教える子育て成功への道」の中で、新たな発見をした時の興奮をそのまま伝えようとしています。そのために最新の科学的発見と共に、彼女らの個人的経験も多く紹介しています。同じ分野の優れた科学者や友人、知り合いとの交流から学んだことを読者が彼女らの目を通して垣間見るような気になってくれたらとても嬉しいと言います。

彼女らのような科学者は、象牙の塔に閉じこもらず、仲間の研究者と共に、子ども達が現実に抱えている課題に切り込まなければならないと言います。科学者は、自分達の知見を現実の課題と繋げて、多くの人々に伝える役割を果たす義務があると彼女たちは考えているようです。このような研究者の視点は、日本の研究者にも持ってほしいものです。さもないと、市場の原理を優先させた空虚な価値観が世の中に充満するばかりで、教育産業によって提供される知識を詰め込めば子どもは成功できるという時代遅れの思考回路から多くの人々が脱することはできず、子どもは益々実体験を通じて学ばなくなるだろうと危惧するからだというのです。

彼女らは研究者であるだけでなく、母親であり、祖母でもあるのです。二人共、子ども達を育てた経験から、子育ての場面で何を選び、何を選ばないか考えるのはとても難しいことを痛感していると言います。あなたがスマホの画面を見ている時、どんなことを考えているか、あなたの気持ちを想像することができるからです。自分の子どもの知能をどうしたら上げられるのか、どうしても不安になると言います。ですから、バカバカしいとは内心思いつつ、タブレット搭載の、トイレットトレーニングと知育を両立できるおまるを無視できないのだと言います。私達は、子どもにとって本当に必要なことは何か決める時に、多くの親たちが判断できずに困っていることを知っていると言います。だからこそ、この本によって、これからの子育てにおいて根本となる指針をはっきり示したいというのです。彼女らは、私たちに、こう呼びかけています。「あなたの子ども達が、持てる可能性を発揮するめに必要なスキルを身につけ、社会の中で生き生きと暮らす幸せな人になるにはどうしたらよいのか、一緒に考えてゆこう」

子ども達が内に秘める力を十分に発揮して「成功」してほしいと誰もが願っています。ここで問題になるのは、人々がどういう意味で「成功」を捉えているのかということだと言います。

彼女らの本では、

次のような章立てで構成されています。第1章では、これまで社会が「成功」をどう捉えてきたかを辿り、グローバル化した21世紀の世界における「成功」の定義について明らかにしようとしています。今の教育システムはこれからの子ども達に求められる「成功」に対応しているとは言えないと言います。しかしそれに不平を言うのではなく、どう解決したらよいか考えていくことが必要だというのです。

本書は、学習科学が明らかにした事実に基づいて、学校教育と共に学校外の教育も再検討しようとしているのです。

もし、こうだったら

キャシーらは、すべての学校が6Csを育てるようにデザインされたらどうなるかと問うています。しかし、彼女らは、この問題はなにも子どもに対してだけではなく、大人にも自分を見つめ直すために活用できるのではないかと提案しています。大人の人たちに、あなたはどんな強みを持ち、反対にどんな部分はもっと伸ばすべきだろうかと考えてみたらと言います。あなたの持っているスキル、あるいは、持っていないスキルについて子どもとどのように語り合ったらよいでしょうか。
これまでとは違った意味で考えるために、「もし、こうだったら」という問いを投げかけてみるように提案しています。もし学校と家庭が、色々な人々と豊かに交流し、生涯学び続けることを楽しみ、柔軟に考えられる人を育てるために、という観点で融合したらどうなるでしょうか。彼女らは、本書では「もしこうだったら」という問いを投げかけ続けることで、これまで経験し、イメージしてきたのとは全く異なる学び方があるということを読者の皆さんが考えるように揺さふりをかけてゆくことを意図しているようです。
過去40年間、毎年、乳幼児達が親を引き連れて一緒にキャシーらの研究室にやってきたそうです。彼女らの研究室は、子どもが大人に、どのように言葉を学び、どのように数のスキルを身につけ、どのように読むことを学ぶのか教えてくれる場所だと言います。最初の言葉を発する前の子どもでさえ、彼女らに多くを教えてくれたそうです。彼女らの研究室のデータと共に、世界中の研究者の知見を素材として彼女らは本を書いてきたそうです。その中の一冊が、『子どもの「遊び」は魔法の授業』(アスペクト)だそうです。
彼女らは、世界中の様々な研究者と協力して、子どもの発達について、新たな地平を切り拓く興味深い発見を積み重ねてきたそうです。教育者やイノベーターがこうした知見を、優れた教育プログラム作り、玩具や学習アプリの開発、教室のデザインに活用できるように、積極的に情報提供したいと願っていると言います。世の中の風潮では、相変わらず、子どもにより多くの知識を身につけさせる教育が大事とされています。しかし、キャシーらは、より広い視野に立ち、子どもが、多彩なスキルと能力を育ててゆくことを期待していると言います。ロボットは、沢山の事実を覚えられますが、子どもだけが、他者と協力し、善き市民となって、考え、創造する可能性を持っているのです。
これまでキャシーとロバータは二人で何百もの研究論文を発表し、13冊の本を書いてきました。そして、今、学習科学が積み重ねてきた成果を多くの人々に伝え、それを知った人々が、6Csに基づいて、「考え方についての新しい考え方」を取り入れられるようにサポートしようと思っているそうです。そのために、『ハフィントンポスト』やアメリカ合衆国のシンクタンクであるプルッキングス研究所のブログ、そして自分達のツィッターで、新しい考え方を広めてゆくつもりのようです。また、彼女らがコンサルタントを務めている、ディズニーランド、レゴ、ケネックス、クレヨラ、フィッシャープライスといった企業に対して、また、関わりを持っている、チョイス、フロンティア・オブ・イノバーション、アライアンス・フォー・チャイルド、ジャンプスタート、子ども博物館といったNPOに対して、新しい考え方を浸透させてゆくつもりであると言います。

善き市民

文字の読み書きや計算は、「コンテンツ」といいます、これまでの教育で特に大事にされてきたスキルで、キャシーらが言う6Csの一つです。彼女らは、6Csを、全ての子どもが深く考え、自ら創造し、行動する人になるために必要なスキルだと考えていると言います。これらのスキルを子どもが身につけることで、コミュニティに寄与しながら、個人の生活も充実しています。善き市民として成長できるというのです。

熱帯雨林の「仮想」旅行で使う船を一緒に作る仲間を募り、お互い協力し、アイデアを出し合うためには、コンテンツに続く二つ目の「C」—コラボレーションしなければなりません。宝島に到着して発見したことを文章にまとめれば、コミュニケーションする力が磨かれます。船を各自で設計した後、安定性、スピード、そして航海での耐久性について冷静に見極めなければなりません。この時にクリティカルシンキングして、どうしたらうまくいきそうで、どうしたら失敗しそうか判断します。邪気を払うために船体に緑色の怪物の絵を描いたり、海賊を撃退するためにライオンと虎の旗を掲げたrするという、思わず笑ってしまうような新しいアイデアを思いつくのはクリエイティビティが働くからです。しかし、いつも楽しいことばかりではありません。計画通りいかない事態が必ず生じます。最初考えていた素材ではうまく船を作れないと解った時、何度でも粘り強くやり直さなければなりません。そんな時、絶対に困難を乗り切れるというコンフィデンス、自信が問われるのです。

毎年夏に、次年度の新しいプロジェクトを考える時、フレンド・セントラル、スクールのスタッフが最も輝いて見えます。彼らは、これまで「熱帯雨林」「山村」あるいは「飛ぶとはどういうことか」というテーマを設定し、何の変哲もない普通の教室を面白く学べる空間に変えてきました。そして、子ども達が、基本的な学習事項についても6Csを通じて学ぶことができるように工夫してきたのです。教員自身も、興奮して学ぶ一員になります。そして、教員と子ども達が一体となって知識を構成する活気に満ちた教育の場が生まれます。このような教室環境において、人は、知識をただ消化・吸収するのではなく、知識を変容し続ける人になるのです。

もし全ての学校が、6Csを育てるようにデザインされたらどうなるでしょうか。もし子どもの成績表が、6Csのどのレベルまで到達したか評価するものになったらどうなるでしょうか。保護者面談が、テストの成績だけでなく、6Csについて語り合う場になったらどうなるでしょうか。もしあなたが受けとる子どもの成績表が、子どもの強みと弱みについて全てを組み合わせたプロファイルで評価されたらどうなるでしょうか。

私達は、自分の子どもが「成功」することを望んでいますが、それは、従来の学校の成績評価で捉えられるようなものではありません。これまでは、評価されるスキルが、6Csで言えば、コンテンツだけでした。知識というコンテンツをただ覚えているだけで、学校ではうまくやっていけます。しかし、仕事をするとなったらそうはいきません。どんなにコンテンツの面で優れていても、コラボレーションできないなら、プロジェクトマネージャーとしては雇えません。どんなにコンテンツの面で優れていても、クリエイティビティがないなら、新たな方針に基づいてこれまでにない方法を模索しようとする研究チームの一員としては雇えないというのです。

これからの教育

キャシー氏とロバータ氏は、「子育てや学校教育の問題に文句をつけるのは簡単である。しかし、文句をつけている当の本人が、こうした問題を引き起こしている当事者であることを忘れてはいけない」と言います。今、ある保護者達は、わが子を幼児から塾に通わせ、早期教育に熱心になっています。特に、中国などでは、過熱さえしています。しかし、我が子が学校「内」でどう学んでいるのか、更には放課後、家庭で我が子をどう教育したらよいのか、不安に思っているのであり、これからの時代は子どもたちにはどのような力が必要となるのか、学校教育がどのように変わってきているのかを考えずに、算数のテストの点数を上げるために、あるいは作文課題でトピックセンテンスを書けるように、親は必死になって子どもと関わろうとすると言うのです。キャシーらは、「もしかしたら家で算数の問題を解く時間が少ないのではないか。子どもの書いているトピックセンテンスは、教科書に書かれている例と違うような気がする。教師は、子どもが正しく理解するようにきちんと指導しているのだろうか不安と不平は募る一方だ。」と指摘します、そして、彼らは、科学者として、また母親として、長い間、様々な形で教育に関わってきたその過程で、多くの親が教育に対して不安を抱いている現実に直面したそうです。そこで、親がこうした不安を乗乗り越え、子どもの学びや教育の本当の姿を知ってもらいたいと思い、この本を書いたと言っています。

そのために、最近の研究調査のデータ、科学的根拠に基づいた教育実践と共に、親達を惑わせる誤った情報や風潮を指摘して、複雑さを増す一方の21世紀のグローバル世界の中で、子ども達が、自らの可能性を存分に発揮して、知的かつ社会的に生き、人生で成功する道を考えてゆきたいと思っていると言うのです。

彼らは、フィラデルフィア郊外にあるフレンド・セントラル・スクールのこんな授業を紹介しています。「もし、学校が熱帯雨林たったらどうなるか」と言う取り組みです。彼らが訪ねたその日は、小学2年生から4年生までが熱帯雨林について学んでいて、学校の至るところが熱帯雨林になっていたそうです。大きな縁の葉っぱをつけた、紙で作られた木をぬいぐるみの動物が上ろうとしているかと思うと、床には、紙の川が波を立てて流れていたそうです。

2年生の教室はインドネシアで、廊下の先はニューギニアです。廊下の壁には、子ども達の力作である先仕民のお面が飾られています。それぞれのお面について、博物館のように解説が書かれていて、作った子どもについて紹介しているだけでなく、このお面が最初に作られた場所、由来などが記されています。4年生の教室では、宝島に行くための船を製作して、算数と国語の授業を行っていたのです。校内の一つひとつの光景の中に、豊富な知識コンテンツが詰まっていて、廊下を歩くだけで自然に情報を体得できてしまいます。子ども達は、標識を読み、船の大きさを測定し、旅行する距離際に使う必要性に迫られて、多くのスキルを身に着けていきます。子どもたちは、文字の読み書きや計算のような知識・スキル以上のことを、熱帯雨林プロジェクトを通じて学んでいると言います。

しかし、このような取り組みは、すでに幼児教育では行われているように思います。数年前に行った韓国の園で、ちょうど熱帯雨林についてのプロジェクト保育を行っていました。

韓国の幼稚園
アマゾンのジャングル

アマゾン川
川の中にはワニがいたり、魚が泳いでいる

韓国の幼稚園
保育室内にある子どもが自由に使える素材

成功と幸せ

日本を襲った災害の中で、東日本大震災では、私たちに絆の大切さを教えてくれました。今回の新型コロナでは、絆を切ることを推奨しているかのように思えます。しかし、人類の進化の歴史を見ると、もし今後も、ホモ・サピエンスが地球上で生き残っていくとしたら、きっと新たなコミュニケーションの在り方、絆の在り方が提案されていかなければならないと思っています。そのヒントを得るために、学習科学・発達心理学の世界的権威であるキャシー・ハーシュ=パセック氏とロバータ・ミシュニック・ゴリンコフ氏が書いた「科学が教える、子育て成功への道」(扶桑社2017/8/20)を読んでみました。そこには、「世界中でかつては想像もできなかった事件が頻発し、自然災害も我々の想定を大きく外れた凄絶なものとなっている。そんななか旧来型の〝エリート〟の非力さが浮き彫りに……。旧来型の知識偏重、学歴偏重のエリートが見限られている昨今」において、子どもたちにはどのような力が必要なのか、わが子を「成功」させ、「幸せ」な道を歩ませ、「超」一流の市民とさせるためには、どうすればよいのかということを、エビデンスを基に説いていきます。

ここで、彼らは、「成功」「幸せ」ということをこのように定義づけています。「健康で、思慮深く、思いやりがあり、他者と関わって生きる幸せな子どもを育て、皆が他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する責任感溢れる市民となる」こととしています。また、「『超』一流の市民」とは、無為の二流に甘んじることなく、一流というブランドに惑わされることなく、誰もが様々な分野で「『超』一流」となって輝くこととしています。

では、どうしたら良いのかということで、そのカギとなる能力として、六つのCの力=6Csを提唱しています。それは、

Collaboration:それぞれの強みを活かし弱みを補い合う

Communication:対話によって互いが満足するストーリーを作る

Content:専門領域について熟知し直感が働く

Critical Thinking:根拠に基づき熟慮して上手に疑う

Creative Innovation:変革について大きなビジョンを持つ

Confidence:熟慮した上で失敗にひるまず挑戦し続ける

この六つの力を見ると、その中の1,2は、他人との関係が示されています。私たち科学と言うと、実験室に一人閉じこもって、試験管を振ると言うイメージがあります。しかし、ここには、1ではお互いに「補い合う」という人類の進化における特性である、協力する、助け合う、ということが求められています。また、2では、対話を大切にしています。もちろんこの対話は、言葉によるものだけではないかもしれません。そこには、共感など、心の問題もあるかもしれません。ということから、私は、これからの時代における本当の新しい生活様式、教育の目指す方向を考える上でのヒントがあるのではないかと思っているのです。

この本の「はじめに」には、こう書かれてあります。この本の著者キャシー氏とロバート氏は、この本を通じて、「もしこうだったら……。」と想像して遊びたいと言っています。なぜなら、それが、子どもの学びの質と成功に大きく関係するからだと言うのです。

3密

コロナウイルス感染症を避けるためにもこの3密を控えるようにすることを求められています。3密(3つの密)とは、密閉、密集、密接から名づけられた言葉です。この3つの「密」は、日本における新型コロナウイルスの集団感染が起こった場所の共通点を探した際に、この3つの密が共通となっているということが分かったということで、それを回避するように提案されています。そして、「感染拡大を予防する新しい生活様式」でも3密の回避が含まれています。

しかし、この3密は、人類の進化の過程でとても大切なものであり、特に子どもたちにとっては、発達上重要な役割を持つものであるということがわかっています。

「密閉」についてですが、人類は、安心できた密閉空間があることで、赤ちゃんが大声で泣くことができ、自由にハイハイをすることができたのです。幼稚園というキンダーガーデンとは、子どもの庭という意味ですが、ガーデンとは、ガードされたエデンの園から来ていると言われています。ですから、家庭というときにも庭と書きます。

また、「密集」についての説明で、「密集とは、人がたくさん集まったり、少人数でも近い距離で集まること」とあります。その例として、学校が挙げられています。ということで、その対策としては、このような施設に行く場合でも「他の人と互いに手を伸ばしても届かない十分な距離(2メートル以上、最低でも1メートル)を保つようにしましょう」とか、「真向かいに座らず互い違いに座る、対面に座らず横並びで座る」などの対策が言われています。しかし、知識だけを座学で学ばない小学校などは、今後どのような授業になっていくのでしょうか?それ以上に、幼児施設では、どのような保育が行われていくのでしょうか?

もう一つの密である「密接」についてはどうでしょうか?密接とは、互いに手が届く距離で会話や発声、運動などをすることを言います。そして、密接の対策は、会話、発声、運動などの際に、十分な距離を保ち、マスクを着用することだと言われていますし、運動をグループではなく少人数で行ったり、会話をビデオチャットにするなども対策も必要だと提案されています。会話を学ぶ時期、社会を学ぶ時期の乳幼児期では、どのような方法でそれらを体験させてあげることができるのでしょうか?

こんな言葉もよく使われます。「ソーシャルディスタンス」です。これは、日本語では社会的距離を意味します。この言葉を聞いたときに、「社会」とは何かということです。基本的な意味とは、「(人間が)集まって生活を営む、その集団」とあります。また、「社会」を意味するsocietyという英語の語源は、ラテン語で「親交、友愛、絆」を意味するsocietas(ソキエタース)からできた言葉だそうです。さらに遡れば「仲間」、「友」を表すsocius(ソキウス)という語に由来しているそうです。また、このsociusという言葉自体「分かち合っている、結びつけられた」という意味をもつ形容詞でもあると言います。私は、英語は堪能ではありませんが、単純に、人が集まっているのを見て、「ソーシャルディスタンスです!」と言って、人を遠ざけるのはちょっと違う気がするのですが。

このような新しい時代の象徴として、リモートワークとか、オンライン学習とかが言われています。それは、今までの仕事の在り方、学習の在り方に対して、新しい科学を駆使した生活、文化を創造しようとするものかもしれません。しかし、科学とは本当にそのような役割なのでしょうか?科学の進歩は、私たち人類の進化に対してどのような変化をもたらすのでしょうか?それは、幼児教育にどのような変化を求めているのでしょうか?