バーンズの詩

スコットランドの詩人であるバーンズは、生殖の仕組みがそうなっている以上、ほ乳類のオスはもともと一雄多雌だと言いました。また、オスがメスを1匹だけ選ぶのは子育てに直接投資できる場合だけで、そのためほ乳類の単婚は、イヌの仲間を除くとむしろ例外中の例外だそうです。ほ乳類の95%は、一夫多妻なのだと言うのです。しかしこの考え方に欠点があったのは、ヒトがその例外中の例外だということだったということでした。ヒトの場合、子育ては乳離れが終わればそこで終了というわけに行かないのです。子どもを一人前にして社会に送り出す、一族の富を引き継がせる等々、父親の果たす役割もたくさんあります。ただ、ヒトの一夫一妻は、白鳥をはじめとする鳥類ほど完全に固定化しているわけではないのです。ほ乳類とは対照的に、鳥類は90%の種が単婚だそうです。バーンズもこう書いているそうです。

「ヒナに囲まれてうずくまるツグミ 誠実な夫と苦労をわかち合う……」

ここでダンバーは、バーンズの名誉のために付け加えているのですが、近年の分子遺伝学の発達によって、強固な一雌一雄型だと思われていた鳥類のあいだでも、パートナー以外との交尾はけっこうふつうであることがわかってきたそうです。それどころか、巣に並んだ卵の父親が全部ちがうオスということさえありうるのだそうです。メスが異なるオスの精子を体内に保存し、産卵時に適当な精子を選んで受精させることもできるのだそうです。

それは別として、バーンズの詩はあっと驚く一節がいくつかあって、ここ10年ほどでやっと正しいことが証明された内容に言及する部分もあるそうです。例えば、ダンバーが提案する「友人の数はどんなときも一定だ」という説もそうだと言います。「J・ラブレイクへの書簡詩」のなかで、バーンズはそれとなくこう書いているそうです。

「さて、あなたは大勢の友人をお持ちかもしれないが、ほんとうの友は一握り それでも、名簿がすでにいっぱいならば 私を入れていただくのにはおよびません」

もうひとつのほうは、ダンバーにとってまさに衝撃的だったようです。ヒトとそれ以外の動物の本質的な違いが明らかになったのは、つい10年ほど前のことです。それは、ヒトは一歩離れた視点から現実を眺め、未来のことを予測できるというものだとダンバーは言います。動物にはそんなことはできません。彼らはいま経験していることを受け止めるのが精一杯で、それ以外の可能性があったとか、どうしてこうなったのかという想像まで頭が回りません。このふたつの疑問を持てるからこそ、科学と文学は成立するとダンバーは考えています。「ネズミに寄せて」という詩の最終連は、まさにそのことを言い当てているのです。

「それでも私にくらべれば、おまえは恵まれている… おまえに触れてくるのはいまという時間だけ しかし悲しいかな、私が視線をうしろにやると 荒涼とした風景が広がっている!前を向いても何も見えてはこないけれど、恐ろしい予感が襲ってくるのだ!」

ネズミはいまの世界をそのまま受け入れますが、人間は過去を思い返したり、未来を予測したりしては不安や恐怖を覚える、ということを言っているのです。

わたしはバーンズを知りませんし、彼の詩を読んだことがありません。しかし、ここで紹介された詩から、科学する心、科学の心理を読みとるダンバーの考察からは、その造詣の深さを感じます。

詩人と科学

ダンバーは、「ダンバー数」という人類にとっての適性集団人数の考察から、やはり最後は教育論に触れていきます。科学者の多くは、ルネッサンス教養人であるようですが、詩人もまた科学者であることも多いと言います。その例として、スコットランドが生んだ最高の詩人ロバート・バーンズを挙げています。彼は、教育があるとはいえ、頭でっかちで常識外れの聖職者たちに冷ややかな視線を送っていたことを紹介しています。彼の詩にはこんな一節があるそうです。

「学校で習うややこしい言葉、あれはいったい何だ? インク入れや腰かけまでラテン語で呼んだりして おまえたちをつくったのは誠実なる自然なのだ 文法なんて何の役に立つ? そんなことより鋤と鍬を手に持ちたまえ、鎚をふるいたまえ」

要するに誠実な仕事について、土を耕したり、道路を作ったりしろということだとダンバーは説明しています。バーンズは、スコットランド啓蒙主義を代表する経済学者アダム・スミスや哲学者トマス・リードの功績に対しても容赦ないようです。

「哲学者たちは論争に明けくれ、切りきざんだギリシャ語やラテン語の山を築く 論理学の用語はすりきれ 科学の深淵にはまって身動きもままならぬ 彼らが主張することは常識では了解ずみ 女房や織工連中も見て感じていること―」

知の巨人たちが組み立てるご高説は、魚売りの女でも古い言い伝えを聞いて知っていることなのだとダンバーは言います。これほど過激には思いませんが、私にも少なからず保育の世界でも言える部分があると思います。現場で実際に手を掛けずに、書類上だけで保育をしている気になり、難しい言葉で、しかもなんだか言葉遊びのような説明で、長い人類の進化のなかでふつうに行なってきたこと、子どもの姿を見れば当たり前のことを説明していることがあります。そして、それが、研究かのように錯覚している人が見受けられます。

このような詩によって自分の教育観を書いたバーンズは、天体の軌道とか、光の性質、金属の変性について思索をしていたわけではありませんが、人間の心理に関してはきらめくような観察眼が発揮されていました。さらに、物語詩の傑作「シャンタのタム」には、古今を通じて最も鋭敏な洞察が記されているとダンバーは言います。冒頭、タムの友人たちと大酒をカッ食らっています。市場でのささやかな稼ぎも、みんな酒になってしまいます。そのころタムの家では……

「……むっつり不機嫌なおかみさんが待っている、嵐を呼ぶ雲のように眉根を寄せて 怒りを消さぬよう世話をしながら 」

ダンバーは、バーンズの自己都合で着色されているとはいえ、次のような描写はもうりっぱな科学的記述ではないかというのです。

「女たちを嘆かせてはいけない 気まぐれ男は少しもじっとしてはいないのだ!自然の広がりで外を見るがいい 自然の絶対の法則だって変わっていくのだ。」

生殖の仕組みがそうなっている以上、ほ乳類のオスはもともと一雄多雌だと言います。これは、現代進化生物学の基本中の基本だというのです。オスがメスを1匹だけ選ぶのは子育てに直接投資できる場合だけだと言います。そのためほ乳類の単婚は、イヌの仲間を除くとむしろ例外中の例外だそうです。ほ乳類の95%は、一夫多妻なのだと言うのです。

教養人

ダンバーは、現代のルネッサンス的教養人はもう人文科学の世界に出現しない反面、隠れた才能を持つ科学者は枚挙にいとまがないと言います。例えば、科学者中の科学者であるアインシュタインからしてそうだと言います。数学者の多くがそうであるように、彼もまた音楽に造詣が深く、ヴァイオリンが上手だったそうです。ユーディ・メニューインほどではなかったにしろ、有名なオーケストラと一度ならず共演しているそうです。アインシュタインなんていかにもすぎる、と思われる人には、19世紀ロシアの作曲家アレクサンドル・ボロディンをダンバーは紹介しています。彼の作品は、当時としては最先端の作曲技法を駆使していることで有名ですが、そんなボロディンの本職は科学者で、多大な研究業績を残しているそうです。

ロシアの科学者とのつながりで思い出すのは、もうひとりの偉大なる天才アレクサンドル・ソルジェニーツィンだと言います。彼は、ロストフ大学で数学の学位を取得後、物理と化学を教えていましたが、その後作家生活に入り、数々の小説で不朽の評価を確立しました。そう考えると、ダンバーは、自分の国であるイギリスにもC・P・スノーがいると紹介しています。スノーは、ケンブリッジ大学の物理学者であり、のちにはイギリス政府の顧問的な役職に就いた人物だそうですが、そんな「逆境」をものともせず、1940年代~50年代に小説家としての揺るぎない地位を確立したそうです。その他にも、ダンバーは文学や芸術の分野に才能を発揮している優秀な科学者を何人も挙げています。

そして、それは有名な人物だけでなくても、彼自身の限られた交友関係だけでも、音楽団体で定期的に活動している科学者が6人は思い浮かべることができると言っています。例えば、室内オーケストラに属しているのが二人、古楽器アンサンブルがひとり、マドリガル・アンサンブルで歌っているひとりはクラリネットも吹くので、地元のジャズバンドによく助っ人に行くそうです。そのほかに、画家もしくはイラストレーターとしてこづかいを稼ぐ者も3人いるそうです。もちろん、彼らは専門の研究活動も続けているというのです。

最後に二人の物理学者に捧げられたアメリカのミニマル・ミュージックの話題から、芸術作品の題材にまでなるのですから、科学は決して無味乾燥ではないのだと強調します。ルネサンス的教養人は、いまも健在だというのです。ただし、人文科学の研究室を除いてもそれはお目にかかることができず、彼らは、理系学科の教室で、実験作業台に向かっているはずだというのです。

ダンバーは、私たちは詩人と科学を結びつけることはあまりしないと言います。しかし、偉大な詩人とただの語呂合わせ屋の違いは、優れた科学者と凡庸な科学者の違いと同じではないだろうかと言います。それは、鋭い観察眼と深い内省があるかどうかであると言います、人間の文化は、形を問わず、このふたつに支えられていると言っていいだろうと考えています。例えば、スコットランドが生んだ最高の詩人、「貧しき農民詩人」として親しまれているロバート・バーンズは、家庭教師ジョン・マードックから当時まだ芽生えたばかりの科学の知識を授けられ、そこから多くのものを得たはずであると言います。マードックが、もっと金になる仕事のために家庭教師を辞めたあとは、父親が息子たちの教育を引き受けました。父親がエアー読書愛好会の支部から借りてきた、ウィリアム・デラムの「自然神学」や「天体神学」もバーンズに大きな影響を与えたに違いないと考えられているそうです。

真の教育

ダンバーの故国イギリスでは、大学の理科系専攻の志望者は、ここ10年ほど減るいっぽうで、数年前に化学と生物学で調べてみたら、このままのペースで減ると、2030年には志望者がゼロになるという結果が出たそうです。しかし、ダンバーがほんとうに憂えているのはそこではないと言います。科学に限らず、歴史学や政治学でも、その分野の専門的な知識を詰め込むだけが教育ではないと考えているからです。いかに考え、評価するか、証拠や反証をどう扱うか、先入観や偏見にとらわれることなく、客観的に問題をとらえるにはどうするか、その訓練を積ませるのが教育だと思っているのです。それは、銀行経営者から政治家、ジャーナリスト、地方公務員まで、すべての人が仕事をする上で使う技術だというのです。教育には、興味をかきたてることが不可欠だと言います。ところがいまは、小学校から大学までのどこかで、知識を掘り下げる興奮と喜びが失われてしまっているということを憂えているというのです。それをあとから悔やんでも後の祭りなのだと警告しています。

何年か前にBBCが行なった世論調査で、イギリス人の80%は、科学が重要だと考えているという結果が出たそうです。その結果は心強いことですが、ダンバーからすると、残り20%は自分たちのやっていることに偏見を抱いていることになると言います。ほかの調査でもおおむね同様の数字になっていて、だいたい5~25%の人が科学に対して否定的な見方をしているようです。

こうした科学軽視派は、いったいどんな人たちなのでしょうか?彼らの存在は果たして問題になるのでしょうか?このような問いに対して、ダンバーは、はっきりイエスと答えています。しかも、大問題になると彼は思っているようです。全体のなかでは少数かもしれませんが、彼らの社会的な立場を考えると、その影響は未来を左右することになりかねないと危惧するのです。

科学軽視派の多くは、高学歴で専門職についている人たちだそうです。人文科学の学位を持っていて、教師や研究者もいれば、芸術家や文学者、さらに困ったことに政治家もいたりするのです。彼らが共通して抱く科学への反感は、科学者は非文化的できめ細かい感性に欠けるという評価から出発しているとダンバーは言います。芸術にくらべて科学に割く予算が多いことも、そうした印象を強める結果になっていると言います。長く受け継がれてきた文化遺産が、科学という味も素っ気もないからくりに押しやられ、影が薄くなっているというそうです。

これではヴィクトリア朝文学に登場するいかれた科学者そのものではないかとダンバーは言います。自分の人生と引き換えにして世界征服を企むフランケンシュタイン博士とか、

恐怖の二重人格者ジキル博士とかだと言うのです。音楽や詩から天文学、物理学まで幅広い教養を誇り、創意工夫にあふれる科学実験を考案したと思うと、美しいソネットを書きあげて高い評価を得たルネッサンス的教養人はどこに行ったのか?とダンバーは問うています。

ひとつ言えるのは、現代のルネッサンス的教養人はもう人文科学の世界に出現しないということだと彼は言います。その一方で、隠れた才能を持つ科学者は枚挙にいとまがないと言います。

教育の目的

日本では、江戸時代まで世界屈指の教育国でした。就学率や識字率は高く、しかも、それは、それほど地域差はなく、各地とも高かったのです。しかし、明治になって、産業革命に向けての教育が始まりました。それは、ダンバーの故国であるイギリスで始まり、それを牽引したのがスコットランド地方だったのです。19世紀半ば、スコットランドの大学進学率はイングランド及びウェールズの10倍以上も高かったそうです。高等教育が上流階級の特権に近かったイングランドに対し、スコットランドの教育システムは平等主義であるところが大きな特徴だったと言います。ですから、小作人の息子でも、大地主や牧師の息子と同じように大学に進学するチャンスがあったそうです。スコットランド人にとって、教育はより良い生活へのパスポートだったと言います。彼らは、そのパスポートを携えて、外国に赴き、行政、学術、産業といった分野で名を成して、世界中で大きな力を振るうようになったのです。

もちろん、悪い影響もあったとダンバーは言います。あまり知られていないことのようですが、この充実した教育システムのせいで、ハイランド及び島々から多くの人口が流出することになったのだそうです。その規模は、同時代に行なわれた牧羊推進のための強制退去政策、いわゆるハイランド放逐に勝るとも劣らないと言います。当時の人々にとって、貧乏のどん底から抜け出すには国を出るしかなかったのです。教育を足がかりにして切り開く生活は、故郷の地を這うような貧しさに比べればはるかにバラ色の未来があったのです。

未来の夢のために教育に金を惜しまない姿勢は、社会の根底に旺盛な知的好奇心があることを意味しているとダンバーは言います。この言葉を、日本の政治かたちにも聞かせたいですね。スコットランドの国民的詩人、ロバート・バーンズの父親は、子どもたちの教育にそれは熱心だったそうです。そのおかげで、文学の世界は何と豊かになったことか!とダンバーは言います。

18世紀後半のスコットランド啓蒙主義も、そうした教育的風土を背景に花開いたものだと彼は言います。哲学者デヴィッド・ヒュームも、経済学者アダムス・スミスも上流の出ではなかったものの、のちに不朽の名著を世に送り出しています。スコットランド啓蒙主義は、19~20世紀初頭までの科学、工学、文学の隆盛も後押ししていると言います。細菌学者アレグザンダー・フレミング、詩人ウォルター・スコット、蒸気機関車や鉄道橋をつくったスティーヴンソン父子といった人物がこの時代に活躍したのです。

ダンバーは、「私たちはいつのまにか、教育の目的を見うしなったのかもしれない」と嘆きます。教育は精神を鍛え、探究心を掻き立ててくれるものなのに、そうした価値が評価されなくなっていると彼は言います。ダンバーは、どうするべきかには答えはありませんが、早く答えを見つけないと大変なことになるだろうと危惧しています。すでに彼は実感しているようですが、イギリスの大学の理科系専攻の志望者は、ここ10年ほど減るいっぽうだそうです。数年前に化学と生物学で調べてみたら、このままのペースで減ると、2030年には志望者がゼロになるという結果が出たそうです。

この科学離れの傾向は、日本でももちろん、各国が憂えていることです。しかし、ダンバーは、本当に憂えているのはそこではないと言います。

教育の意味

運動能力と学業の関係が本当に成り立つとしたら、愚かで意地きたない少数意見のせいで、全員がつまらない目に遭うのは賢明ではないと言います。リスクをきちんと受け入れ、スポーツ活動中に事故が起こっても、すぐにいきり立ったり、学校に乗り込んだりしないことが重要であるとダンバーは言うのです。人生はリスクだらけです。しかしそのリスクを引き受ければ、はかりしれない恩恵がかならずついてくると言います。うまくいかなかったら誰かのせいにすればいい、世界の名だたる銀行が痛い目に遭っているのは、この教訓を活かさなかったからだというのです。目先のことにとらわれて、リスクへの対処を正しく学べないのは、子どもたちにとって不幸としか言いようがないとダンバーは嘆いています。

知能が高いと何かと有利ですが、それだけでは不十分だとダンバーは言います。IQがアインシュタイン並みというのは、たとえるなら最大級のコンピューターを持っているようなものです。それ自体すばらしいですが、ソフトウェアがなければただの箱です。となると、やはり教育が鍵となるとダンバーは言います。生まれつきのIQだけでは、どこへも行くことができません。知の世界を掘り下げ、探求するための知識と技能を仕込む必要があります。

彼は、ニュートンの有名な言葉を引用しています。「教育があるからこそ、私たちは過去という名の巨人の肩にのれるのだ。知識、特に科学的な知識は過去からの積み上げにほかならないとダンバーは言うのです。このような見解に対して、私たちはよく誤解をすることがあります。知の世界を掘り下げ、探求するための知識と技能を仕込むことが重要ですが、それをより効果的なものにするために、また、その機能をより発揮することができるようになるために、段階が必要になります。突然、何かを教えるとか、覚えさせるとか、できるようにさせるということではなく、まず、知の世界を掘り下げ、探求しようとする態度を養わなければなりません。そのためには、知の世界の不思議さ、楽しさ、それを探求しようとする好奇心などが必要になってくるのです。その部分を受け持つのが幼児教育であると思います。

ダンバーは、最も成功した教育実験のひとつは、スコットランドで宗教の名の下で行なわれたものであると言います。ただ、後年の科学と宗教の摩擦を考えると皮肉な話だというのですが。小作人たちが聖書を自分で読めるようにしようというカルヴァン主義長老派の試みから、19世紀初頭に世界でも指折りの優れた教育システムが生まれたそうです。すでに18世紀には、スコットランドの識字率は70%に達していたようです。イングランドとウェールズはせいぜいその半分、ヨーロッパの残りの地域は言うに及ばずであると言います。

しかし、私は、世界中で最も成功した教育実験のひとつに、江戸時代の日本の藩校や寺子屋教育があると思っています。江戸時代の幕末期においては、武士はほぼ100%読み書きができ、庶民層でも男子で49~54%は読み書きができたといわれています。また、1850年頃の江戸の就学率は70~86%でした。もちろん、寺子屋は義務教育ではなく、庶民自身の主体的な熱意で自然発生した教育システムでした。そして、それを支えたのは、日本では宗教ではなく、人々の探究心であったり、楽しさであったり、意欲の強さだったのです。

忍耐力

天才は、何の苦労もなく優れた業績をあげることができると、人々は、昔も今も、そう信じて疑いません。その例として、さまざまな逸話が伝えられてきました。しかし、この種の逸話は97%が誇張だとダンバーは言います。天才たちは例外なく、陰で、大学図書館とかで、凄まじい努力をしているのです。ロレンスは、中世十字軍の城跡に造詣が深く、パレスティナでの発掘に参加して独創的な論文を書いたほどですが、その膨大な知識にしても、神からの霊感で与えられたものではありません。デカルトにしても、毎日ベッドでごろごろしているだけではなかったはずだとダンバーは言います。優れた数学者がよくやるように、潜在意識で思索を深めていただろうと推測できるのです。

ここでエンドルフィンが登場します。エンドルフィンの役割は、心身の消耗が引き起こす苦痛やストレスを和らげることです。たくさん本を読み、難解な証明やうまくいかない実験について考えていると、眼精疲労や頭痛に襲われ、イライラが募ってきます。しかし、生まれつきエンドルフィンがたくさん放出される幸運な人は、それを軽々と乗り越えていけるのです。凡人たちが力尽きてあきらめた後も、新鮮な心持ちのまま次に進めるのだとダンバーは説明しています。

体内のエンドルフィン濃度を高めるには、日常的に激しい運動をするのもひとつの方法かも知れません。もちろん運動すれば誰でも天才になれるわけではなく、記憶力とか論理的な思考の速さとか、IQはその人の特徴を多面的に伝えるものですが、私たちはその1つを見過ごしているのではないだろうかと彼は言います。それが、「忍耐力」だというのです。どんなに優れた脳みそを持っていても、それを徹底的に使いこなす努力をしない人は成功しないとダンバーは断言します。

やはり、ここでいくつも疑問が湧いてくるだろうと言います。大学の講義では、行列代数の証明に取りかかる前に、まずは10分間柔軟体操をやればいいのではないのか?湿原を歩いてフィールドワークを行なう生物学者は、1日中机に向かっている英文学者の同僚よりも立派な業績をあげられるのか?頭を酷使する職場では、脳内エンドルフィン濃度が高いことが採用の必須条件になるのでは?就職面接では、やっているスポーツについて根掘り葉掘り尋ねられるのか?もしスポーツとは無縁です、と答えたらどうなる?

ダンバーは、こんなことを言っています。「どうしても決めたかった就職先で採用されなくても、筆記試験が悪かったのかと気に病むことはない。きっと隣のやつのほうが、筋肉がぴくぴくしていたせいだ。」

このことは、子どもの教育を考えるときの参考になるのではないかとダンバーは言います。最近では、子どもにやらせたい活動のリストからスポーツが外れることが多くなってきていると言います。それは、「全員を一等賞にしなくては」という悪平等がはびこっているせいでもあり、訴訟ばやりの昨今、学校も地域も裁判沙汰を極度に恐れているからでもあるとダンバーは指摘しています。しかし、運動能力と学業の関係が本当に成り立つとしたら、愚かで意地きたない少数意見のせいで、全員がつまらない目に遭うのは賢明ではないと言うのです。

健全なる身体

背の高い男性ほど既婚率が高く、子どもを持っている割合が多かったという研究結果について、当然背の高い男は魅力的だからパートナーを見つけやすく、子どもをもうける可能性が高くなるというのがこれまでの解釈でした。しかし最近、外見の美しさと生殖可能性の関係は、それだけではないことがわかってきたそうです。キングズ・カレッジ・ロンドンのロス・アーデンらがアメリカの軍隊を対象に行なった分析で、身体の対称性は、精子の数及び運動性と相関関係にあることが判明したというのです。美しい人は、それだけで子孫を多く残せるということになります。ダンバーは、なんて世の中は不公平なんだと嘆いています。

オックスフォード大学のあるカレッジに伝わる話を紹介しています。1960年代の学監は入学面接の時、部屋に入ってきた志望者にいきなりラグビーボールを投げたそうです。ボールを受けそこねたらアウト、すかさずドロップキックをしてゴミ箱に入れたら、その場で奨学金の授与が決まります。もちろんこんな選考方法は、お高くとまったほかのカレッジからは苦々しく思われていました。

もっとまじめに選好するカレッジもある中で、そのカレッジは面汚しだったかというとそうではありませんでした。各種スポーツの大学別成績で言うならば、むしろ逆だったのです。さらに1970年代に発表された教育達成度の長期調査で、立場は完全にひっくり返ったそうです。ひとかどのことを成し遂げる人物は、メガネ・肥満のガリ勉タイプではなく、スポーツ万能で勉学優秀、その上社交性も抜群というオールラウンド・プレーヤーであることがはっきりしたというのです。

この結果は、ある意味それほど意外でもないとダンバーは言います。成功は成功から生まれるものだからだと言います。それにしても、「健全なる身体には健全なる精神が宿る」という古からのことわざは、あまりにもそのままの意味ではないかと彼は言います。もちろん、スポーツができるというだけで知能がずば抜けて高くなるわけではないと言います。しかし、スポーツに本格的に取り組んで猛練習に励むことと、学業成績の上昇を結びつけるものがひとつあると言います。それが最近よく話題になる脳内麻薬、つまりエンドルフィンだというのです。

エンドルフィンは、体内で生成される鎮静剤です。身体がストレスにさらされると脳内に大量に放出され、組織損傷で生じる痛みをブロックしてくれるのです。そうすれば、ケガをしたときも身体がある程度自由に動くので、外敵に捕まる危険が少なくなります。しかし、この鎮痛剤は、頭脳活動とどんな関係があるのかというと、その答えの鍵は、私たちが頭脳活動を「知的努力」としばしば言い換えるところにあるとダンバーは言うのです。

天才は、何の苦労もなく優れた業績をあげることができると、人々は、昔も今も、そう信じて疑いません。ルネ・デカルトは、この誤解を根付かせた犯人の一人だとダンバーは言います。ディレッタント気取りのデカルトは1日の大半をベッドの中で過ごし、そこで優れた著作の構想を練ったと言われています。アラビアのロレンスは大学時代、オックスフォードのなかでも優秀なジーザス・カレッジに所属していたのですが、たった数回講義に出席しただけであっさりトップクラスの成績を取ったと言われています。

どんな人が

これはたわいのない話のようですが、実はけっこう重要な意味があるとダンバーは言うのです。エディンバラ大学の心理学者ティム・ベイツが250人以上を対象に調べたところ、指、手、耳の長さで比較したところ、IQと身体の対称性には、小さいが無視できない関係があることがわかったそうです。対称性は私たちが美しさを感じる要素の1つです。つまり、美しい人は、概して知能が高いといえるといいます。もちろん現実には他に様々な要因も働くわけでそうとは言えないことも多いのでしょうが。

さらにここから派生的な結論も導き出されるようです。身長が高い人ほど社会的、経済的に成功するというのはまぎれもない事実だそうです。ウォール街でもイギリスの金融市場でも、背が高い人ほど、同じ仕事でも金を多く稼いでいるそうです。ただ、私はこのような身体的な特徴には少し疑問に思っています。なぜなら、身体的特徴は、その地の気候、風土に適した身体が重要なので、国によって違ってくるような気がしています。この研究は、あくまでもアメリカやイギリスでの研究の結果のような気がしています。

しかし、このような身体的特徴が人生に置いて優位であるかということと同様のことがIQでも当てはまりそうだというのです。実際、IQと社会的成功の相関関係を示す研究がいくつか発表されているそうです。ある研究では、アメリカのベビーブーム世代、正確には1957年~64年生まれの人を長期的に追跡したそうです。この年代は、日本でも同様なことが起きましたが、第二次世界大戦後にやってきた出産ラッシュの末期に相当します。ただ、時期としては、日本ではベビーブームは普通、昭和22年(1947)から昭和24年(1949)ごろでしたので少し日本より遅いようです。

アメリカのベビーブーム世代に対するIQと社会的成功の相関関係を示す研究では、IQが1ポイント高くなるごとに、年収は234~616ドル増えるという結果が出たそうです。ただし、それがかならずしも生活の豊かさを反映しているわけではありませんが。別の研究でも同様でしたが、ここでは両親の社会的・経済的地位の影響もあることがわかったようです。親は、慎重に選んだ方がいいということですが、もしそこで失敗しても、頭のできさえ良ければ自力で這い上がることは可能であるとダンバーは言います。

ダンバーはこの結果に対して、傷口に塩を塗り込むような話で申し訳ないと断わりながら、美しい人は裕福になれるだけでなく、子宝にも恵まれるという研究もあると言います。彼がヴロツワフ大学のボグスロフ・バウウォフスキーと共同で、ポーランドの医療データベースを分析したところ、背の高い男性ほど既婚率が高く、子どもを持っている割合も多かったそうです。これは進化的に適応度が高い、つまり種の遺伝子プールへの貢献度が高いことになると言います。ダンバーらのあとにも、ニューカッスル大学のダニエル・ネトルがイギリスでの長期調査のデータから、同じ結論を導き出したそうです。この調査の対象者は、ネトルの分岐時点で50代に入っていたので、生殖活動はほぼ終了したと見なしていいのではないかとダンバーは言っています。

なぜ、背の高い男は既婚率が高いかというと、魅力的だからパートナーを見つけやすいからです。となると当然子どもを儲ける可能性が高くなるというのが、これまでの解釈でした。しかし、最近はちがう解釈が行なわれています。

IQと死

エディンバラ大学のイアン・ディアリは、11歳の時点でのIQと、85歳の誕生日をお祝いできる可能性とのあいだには、もっと直接的な関係があることを発表しました。しかし、これだけでは、社会的剥奪の影響とIQの影響を区別することができません。そのとき、1970年代にベーズリーとレンフルーの在住者で、1932年にIQテストを受けた人を追跡調査したことが役に立ったのでした。そこでは、対象者の健康状態、雇用、社会的剥奪のレベルを中心に調査されていたのです。この調査から、ディアリらは、1932年にIQテストを受け、なおかつ70年代に中年期の健康診断を受けた男女、それぞれ549名と373名の所在を確かめることができたのです。ですから、この人たちのその後4半世紀の生活状態は、国の記録を使って追跡できたのです。

IQの平均値は100で、85~115までの範囲に全体の三分の二の人がおさまります。ディアリが1932年のIQ一斉テストのデータを分析したところ、社会階層と社会的剥奪のレバルを統計的に処理すると、11歳の時点でのIQが1ポイント下がるごとに、77歳までに死ぬ可能性が1%高くなることがわかったそうです。正常とされる範囲内でも、たとえばIQ=85の人が77歳の誕生日をお祝いできる確率は、IQ=100の人より15%低くなるということです。

社会階層が下の集団になると、その影響がさらに強くなるそうです。経済的な困窮が健康を低下させることは衆知の事実だそうです。しかし、ディアリの分析で明らかになったのは、社会的剥奪、教育的剥奪、経済的剥奪の3条件は、それぞれ単独でも多少の影響があるとはいえ、全部が揃わないと、IQ死亡可能性の関係はできあがらないということだそうです。両者の関係は、もっと有機的なものであるに違いないとダンバーは考えています。

これに関してよく言われるのは、IQは発達段階初期の指標ではないかということです。「生物としての完成度」、すなわち身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているかを測るものさしがIQではないかということです。胎児期の成長のしかたが、成人してから心臓疾患にかかる危険性や、心臓発作で死ぬリスクを左右することはすでに知られているそうですが、どんな胎児期を送ったかは、生まれたときの体重にも影響するそうです。そして出生時体重が少なかった子どもは、学校の成績、ひいてはIQもふるわないということが言われていると彼は言います。

映画「ビューティフル・マインド」は、ナッシュ均衡を発見し、1994年にノーベル経済学賞を受賞した天才ジョン・ナッシュを描いたのもです。ただし、このタイトルからは、ビューティフルな頭脳の持ち主が、肉体もビューティフルかどうかまではわからないとダンバーは言います。いや、ナッシュを演じたラッセル・クロウがどうというのではありませんが、ダンバーの経験では、学生の時一緒だったガリ勉たちが、みんなダサくて、カッコ悪くて、みっともなかったかというと、そうでもなかったと言います。立派な身体つきの者もたくさんいたそうですし、スポーツができるやつもいたそうです。

この映画は、私は観ていないので、その内容についてはコメントが出来ませんが、たしかに私の高校には、非常に成績がいいのに、そうガリ勉でもなく、スポーツも得意で、スタイルもいい同級生が何人もいました。その観点からだけで比較すると、世の中は、不公平だということを感じたこともありました。