2017年ドイツ報告18

子どもたちが園庭で活発に遊ぶほど、子どもたちはさまざまな学びをしています。子どもだけでなく、人類は長い歴史の中で、さまざまな危険を顧みない冒険によって、いろいろなものを発見し、発明してきました。しかし、新しいものへの挑戦は、常にリスクを伴います。イギリスで始まった冒険遊び場運動という活動があります。そこには、こんな説明がされています。「子どもの身の回りには、”リスク”(子どもが判断し、挑戦することのできる危険)と、”ハザード”(子どもが判断できない危険)があります。冒険とは、自然環境や自己責任というリスクを、子ども自身の判断・挑戦で乗り越えることであり、それが冒険遊び場での楽しみの要素です。」

このような子どもの活動には、とうぜん「ケガ」が伴います。先日、認可外保育園の質を高めようといろいろと奮闘している人が尋ねてきました。彼は、認可外での問題に子どもの「ケガ」や「事故」があるということで、これをまずなくすことで質の向上がはかれるのではないかと考えていました。それは、ある意味で正しいと思います。まず、生命の保持、保障がなければどんな良い保育をしても意味がありません。しかし、こんな危惧されることを私は助言しました。それは、あまりにケガを恐れるあまりに、保育が萎縮してしまわないようにということです。ずいぶん前になるのですが、中国の保育士さんたちが数人私の園に見学に来たときに、非常に驚いたのが、子どもたちが園庭で走り回ったり、部屋の中をあちこち歩き回っている姿を見てでした。園庭を走り回る、部屋を歩き回るとケガをする確率が高まるということで、子どもたちは一日中椅子に座っているということでした。それは、ケガに対して保護者が苦情を言ってくるからだそうです。一日中椅子に座って何かをやらせていると、保護者は喜ぶそうです。ケガをしなくなるし、知識を学ぶからだそうです。

ドイツの冊子の園庭で遊んでいる子どもの姿の次のページには、こんな絵とともに、こんなコメントが書かれてあります。「あっ、デニズは転んだ!どこかケガをしなかった?どこか痛いところはない?ううん、大丈夫、なんでもないよ」ドイツでは、子どもたちは園庭を思い切り走り回ったり、自転車に乗ったりしていますが、ケガがとても少ないようです。もちろん、擦り傷やたんこぶはケガの内に入らないようですが。園内にも、救急箱が取り付けられているだけで、薬品類は一切ないそうです。こんな絵はがきも保護者に配られています。そこには、ハンツ・ヨアヒム・レーヴェンのこんな言葉が添えられています。「コブやかすり傷は子どもの権利」

先日紹介した「せたがやのほいく」には、「戸外で、ダイナミックに遊びます」というページの一コマに、こんな絵が描かれてあります。その右のコメントには、「自然はまた、寒い、暑いといった温感はもちろん、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る、…など、人間の五感をフルに感じさせてくれます。五感の働きの豊かさは、物事が深くわかるときの原点を豊かにしてくれ、さらに多少の刺激の変化にも耐えられる耐性も育って、「何があっても大丈夫!」と言えるようなたくましい子どもに育っていくのです。ただし、子どもが思いっきり遊ぶとき、どうしても避けられないのがケガです。転んだりぶつかったり、そのたびに子どもは多少痛い思いもするでしょう。もちろん、保育園は、重大な事故につながらないよう細心の注意を払い、安心安全な環境を保つ努力は欠かしません。小さなケガを乗り越え、身のこなしを自らの身体で覚えつつ、健やかに成長していく子どもたちの育ちを応援しています。」

2017年ドイツ報告17

では、ドイツの子どもたちは園庭では、他にはどのような遊びをするのでしょうか?絵には、こんな遊びが紹介されています。「私は砂の中で遊ぶのが好きです!私はスクーターに乗るのが好きです!」砂場遊びは、昔から幼児期には重要だと言われています。それは、砂場遊びには、さまざまな学びがあるからです。それは、どの国でも同じですね。しゃべるを使って穴を掘り、山をつくり、トンネルを掘り、川を造ったりします。ドイツでの砂場遊びはとてもダイナミックなものが多いです。

ドイツの砂場のつくり方には、いくつか特徴があります。まず、その周りがデッキや、丸太が巡らされています。また、井戸があり、そこから水をくみ上げ、砂場に水が流れ込むようになっているところも多く見られます。夏の間は、この泥水遊びをする子を多く見かけます。それには、こんな意図があるのです。保護者に配られている絵はがきには、ハンツ・ユンゲル・ティーツによる「泥んこ遊びは免疫力をつくるボディー・ビルディング」という言葉が添えられているのです。

その他には、幼児期には筋力トレーニングはまだ無理で、バランスを取ることが必要だということで、車やスクーターなどの乗りものもあります。以前行った園では、車いす体験も行なっていた園もありました。それと室内運動遊び同様、バランスを取るためにスウィングする経験をさせることも意図した遊具が置かれています。       

2017年ドイツ報告16

園庭での遊びですが、何度もブログで書いていますが、園庭に対する考え方が日本においてはずいぶんと悲しい経緯を経ている気がします。それは、どうしても幼稚園は学校教育に位置づけられているということで、小学校教育の影響をかなり受けて創設されてきているからです。それは、園庭にも見えます。それは、校庭からの影響を大きく受けているところが多く見られることからわかります。

それに対して、ドイツの園庭は、ドイツでフレーベルが世界初の幼稚園として「一般ドイツ幼稚園」を開設した時の考え方を継承しています。フレーベルは、庭師が植物の本性に従って水や肥料をやり、日照や温度に配慮し、また剪定するように、教育者も子どもの本質に従ってその成長を保護し、助成するように働きかけなければならないと主張しました。.そこで、彼は、「学校=園庭」とし、教師は知識を教える立場ではなく子どもの成長をサポートする庭師であるとしています。ですから、彼は、そのような場所を「Kindergarten=子どもたちの庭」と名付けたのですが、それを日本では幼稚園と訳してしまっているのです。幼稚というイメージは、まだ幼く、考え方・やり方などが未発達なことを指しますので、その子らを大人が指導しなければならないという場所として「幼稚園」と名付けたのでしょう。

フレーベルの思想から考える園庭とは、花壇や菜園や果樹園からなる庭を園庭に必ず設置すべきとしています。そこで、植物を育て自然を観察し、自然に関わることを推奨しました。同時に、子どもたち自身が草花を育てます。そのために、1人につき1つの花壇が与えられ、子どもが自分で自然を慈しむことで、自然の不思議や、いのちとはどんなものなのかを学びます。その庭は緑にあふれていて、砂場も充実しています。

フレーベルから大きな影響を受けたのが、日本の児童心理学者である倉橋 惣三です。「文部省『幼稚園教育百年史』1979年所収)~倉橋惣三と現代保育より参考~」によると、彼が理想としていた創造の”森の幼稚園”の森の先生はこんなことを話しています。「できるだけ自然のままで、草の多い丘があり、平地があり、木陰があり、くぼ地があり、段々があって、幼児がころんだり、走ったり、自由に遊ぶことができるような所がよい」「夏には木陰となり、冬は日光が十分に当たるように落葉樹を植えるとよい」「幼児にはできるだけ自然の美しさに親しませたい。それには日当たりのよい運動場の一部を花畑、菜園として野菜や花を作り、それを愛育するようしむける」

冊子の絵には、「私たちの庭を今見たいですか?では、一緒に来て!」といって園庭を紹介しています。そこでは園庭で遊んでいる子どもたちの絵が書かれてあります。まず気がつくのは、園庭は平坦ではないことです。日本では、まず平らに造成をすることから始まります。そして、そこにあった草や木をなくし、広いスペースをつくり、フェンス越しに園庭遊具と呼ばれているものを並べます。それに比べて、ドイツの園庭は、起伏があり、木々や草原が残されています。そこで、さまざまな遊びを展開している子どもたちの姿が書かれてありますが、とくに目立つのが、寝そべっている子がいることです。また、ジョウロを持っている子が案内していますが、彼女はたぶん花壇に水をやろうとしているのでしょう。まさに、「できるだけ自然のままで、草の多い丘があり、平地があり、木陰があり、くぼ地があり、段々があって、幼児がころんだり、走ったり、自由に遊ぶことができるような所がよい」という文章を絵に表わしたかのようです。

2017年ドイツ報告15

さあ、いよいよ昼食の時間になりました。その絵を見てまず気がつくことは、同じテーブルに赤ちゃんも一緒に食事をしていることです。また、車いすに座っている子どももいます。ドイツでは、男女、しょうがい、年齢によって分けて保育をしてはならないということがあります。それが、この絵からもわかります。ただ、赤ちゃんと大きい子たちの食事内容は違っていますが、食べる時間は一緒で、同じテーブルで食べます。これは、私の園で共食デーという日と似ているのですが、それを行なうときに問題だったのは、食べる時間が普段は年齢毎にバラバラであるのを、どう合わせるかということでした。ドイツの家庭では、離乳の後は、家族そろって一緒に食事をしているので、園でもそれにならっているということです。

次にメニューですが、この絵のコメントの最初には、こう書かれてあります。「水、ジュース、またはお茶を飲みたいですか?」このコメントからわかることは、まず飲み物を子どもたちに選択させています。見学園でも、多くに園では二種類の飲み物から選択させていました。保育者は、調理室から上がってきた飲み物を、子どもが自分で注げるように小さなピッチャーへ移してあげます。そして、自分のコップに自ら入れます。

メニューの多くはケイタリングで、調理室ではオーブンなどで温めるだけのものが多いようです。それは、オーガニックで栽培したものを、現地で調理し、冷凍して持ってくることで、薬品を使わないからだと言います。園で作るのは、基本、サラダと飲み物だそうです。この絵のコメントに、「私はリンゴを食べるのが好きです!あなたは何を食べたいですか?」とありますが、リンゴだけがメニューの代表として書かれてあるのは不思議ですね。その他のメニューも選択できるのでしょうか?

昨年のドイツ研修の際、「参画」という取組みを聞きました。子どもの権利条約をドイツが批准したことを受けて、取り組んでいることです。その取組みを聞いたときに、例えば、どのようなことですか?という質問に対して、「子どもたちが食事をするときに、何を、誰と、どのくらい食べるのかを子ども自身が決める権利がある。」という答えでした。その答えから見ると、何を食べるかを子どもが決められるようです。それは、もちろん、園で提供する食事内容の範囲中で、選ぶのだと思いますが。ただやみくもに、「何でも食べなさい!」とか「全部食べなさい!」「好き嫌いを言わない!」というようなことは言わないということなのでしょう。

あと、この絵で気になるのは、机の下に落ちている四角いものです。これは何なのでしょう。もしかしたら、遊んでいた積み木のひとつでしょうか?なぜ、これが机の下に落ちているのでしょうか?それまでここで遊んでいたということを示しているのでしょうか?食事の時間にはすべてをきれいに片付けなくてもいいということなのでしょうか?どんな意図があるのか理解に苦しみます。

食べ終わったら、ワゴンに食器を戻します。コメントには、「私たちは今、全部食べ終わってお皿を片付けています。」とあります。これらの絵を見て、つくづく感じるのは、保育者の姿がほとんど描かれていないことです。子どもたち自身で片付けています。

2017年ドイツ報告14

さあ、園での食事の時間がやってきました。「「あなたは空腹ですか?あなたはのどが渇いていますか?」で始まるコメントは、こんな絵についています。午前中の活動をした後なので、さぞかしおなかがすいたでしょう!喉が渇いたでしょう!と思いきや、そのあとのコメントを読んでびっくりします。「さあ、一緒に朝食を食べよう!」とあります。この絵は、朝食の準備だったのです。思い思いに、自分の鞄から朝食を出しています。

以前の報告でも書きましたが、ドイツでは朝食を園で食べます。しかも以前は、希望者だけでしたが、今回の見学ではすべての子どもが朝食を園で食べるようです。しかし、この絵は、レーゲンスブルグでの園ですので、大都市ミュンヘンでは、朝食もこの絵のように持参をせず、園で提供しているということでした。家庭から持参するにしても、その内容は日本と比べてかなり質素ですね。まさか、にんじん1本だけということはないでしょうが、リンゴ1個だけということはあるようです。ドイツは移民、難民を多く受け入れていることもあって、格差は学力だけでなく、食事でも見られるようです。そんなこともあって次第に園で提供するようになっているのかもしれません。

その前に、日本と同じようにすることがあります。それは、手を洗い、トイレに行くことです。コメントにはこう書いてあります。「しかし、まず、手を洗わなければならない!ここが、洗面台とトイレです!」この絵を見て、私は少しびっくりしました。それは、今までドイツ研修に行って、多くの園を見学しましたが、食事の前に手を洗う子たちを見たことがありませんでした。それも以前の報告で書いたことがありましたが、今回ドイツの園に通わせている日本人の母親に聞いてみました。すると、「子どもたちが全然手を洗わないので、先生に聞いてみたら、きちんと手を洗うように指導している、と言うのですが、手を洗っている様子は全然ないのです。」と言っていました。

しかも、手を洗う場所は、トイレにしかありません。保育室内には、食事の時の準備の水道はあるのですが、保育で水を使うとき、たとえば、絵の具を使うとき、ボディペイントをやるときなどもトイレに中で行ないます。食事の前に手を洗うときなどもトイレの中にある水道を使うようです。また、この絵にあるように歯ブラシとコップもおむつ交換台もトイレの中にあります。そんなこともあってか、トイレも保育室並みに装飾をしている園が多く見られました。

もうひとつのトイレの絵を見ると、いろいろなことに気がつきます。トイレにドアがありません。個室になっていないのです。しかし、これは年齢によってで、大きな年齢ではキチンと個室になっています。また、隣の便器とのあいだに境の壁だけがあって、個室になっていない場合もありますし、さまざまで、子どもが選択できるようになっています。保育が異年齢なので、0歳から6歳までがこのトイレを使うわけですが、大きさはみな同じです。まず、便器が大人用です。手を洗う洗面台にしても高さが皆同じです、脇に台が置いてあることが多く、もし届かないときにはそれを使うようです。また、どの園にも男の子用の小便器はありません。それは、家庭には、小さい便器も、小便器もないからです。

それから、便器を洗うブラシが置いてあります。子どもたちが用を足した後、必要であれば、そのブラシを使うようです。

2017年ドイツ報告13

次の紹介の絵は、体育館で運動をしている姿です。どの園でも運動を重視していて、わりと立派な運動遊びの部屋があります。「exercise room」があるのです。そこには、さまざまな遊具が置いてあり、体を動かして遊ぶことができます。その絵についてのコメントには、「私は私たちの運動室で夢中になるのが大好きです。見て、私はこのバッグにスポーツウェアを持っています。」と書いてあります。子どもたちは、体を動かすのが大好きです。ですから、好きというのもここでは「love」を使っています。そして、そこで夢中になって遊びます。

基本的にはドイツではオープン保育といって、子どもたちは園の中、どこへでも好きなところに行って、好きなことをして遊びます。しかし、「たまに年齢別保育をします。」と言うところがあります。もちろん、日本のように年度別に子どもを分けて保育をするわけではなく、年齢によって発達が異なることに対応して保育をすることです。そんなときには、先生は該当する子どもを選んで、その子たちだけで保育をすることがあるのです。それを以前は「ピックアップ」と言っていましたが、今年の通訳では「取り出し保育」と言っていましたが、どうもこのようなことを言うのだと思います。

例えば、ハイハイをしている子たちに十分とハイハイをさせようと思ったら、ハイハイをしている子を取り出して、運動遊びの部屋で十分とハイハイをさせます。多分、この絵での運動遊びは、運動をしたい子、運動をさせようと思っている子たちに、専門性を持った運動遊び指導者が運動遊びの部屋に集めて行なうのでしょう。それは、週案に計画されているようです。ですから、コメントには、そのときには運動をする服装を持っていき、それに着替えるとあるのでしょう。

ただし、その部屋での運動遊びは、日本と大きく違うのは、みんな一斉に同じ運動をさせるのではなく、部屋の中にある遊具の中で好きなものを選んでそれで遊ぶという保育です。日本では、多くの子どもは座って自分がやる番を待っているということが多いのですが、この絵のようにドイツではすべての子どもが常に何かをやっています。

何を子どもたちがしているかということを絵からみると、まず「肋木(ろくぼく)」が目に付きます。ハシゴのようなものです。この「肋木」は、「スウェーデン体操」の補助器具として考案されたもので、「肋木」にぶら下がった状態で静止したり、ぶら下がった状態から両足を折り曲げたりとする全身運動で、筋力アップや体力の向上を意図するものです。この広がりで、日本でも小学校でも体育館に取り付けられていました。それが、ドイツではなぜ幼児施設に取り付けられているかというと、この絵では肋木に登っている子どもの姿ですが、全身運動として使うのではなく、ボルダリングと同じようによじ登ることに使います。しかし、私が見学先で見るのは、その横棒に滑り台とか、坂などを取り付けるのに使います。このような使い方をするために、ドイツではほとんどの施設で見ることが多いです。

その他、絵で見るとボール遊びをしています。ドイツのミュンヘンでは冬はとても寒く、雪も多く、外で遊ぶことができない日も多くなります。そのために室内の運動遊びの部屋が必要になるのです。

その他に幼児にとって必要な遊びは、「スウィング」することをあげます。そのために、天井からいろいろなものをぶら下げることが出来るようなフックが着いています。ロープやはしご、吊り輪などがぶら下げてあり、子どもたちはそこで揺れる体験をします。

2017年ドイツ報告12

絵本ゾーンにおける図は、いろいろと興味深いことがわかります。まず、コメントには、「私は本のコーナーにいるのが好きです。特に私は物語が大好きです。また、先生は、毎日私たちに本を読んでくれます。」

この文章からわかるのは、「好き」なのは、ただ本が好きというよりも、「このコーナーにいるのが好き」というように書いてあります。それは、絵からだけでは、ただ本を読んでいる姿しかわかりませんが、このような言い方から、まわりには本がたくさん並んでいる場所であることがわかります。図書コーナーから好きな本を持ってきて読んでいるというよりも、本に囲まれているという情景が目に浮かびます。そして、好きという単語に「prefer」という言葉を使っていて、loveとかlikeを使っていません。それは、「prefer」には、「むしろ(…の)ほうを好む」とか、「むしろ(…を)選ぶ」「ほうを好む」という選択しているという意味が含まれています。ということは、子どもは自分で選んで絵本コーナーに行っているということがわかります。

次に、本を読んでいる姿勢です。クッションに寝そべって本を読んでいます。ドイツでは、絵本コーナーや、絵本を読む部屋には、クッションとかビーズクッションの椅子が置いてあってリラックスして本を読むようになっています。それは、昨年韓国に行ったときにも、見学した園すべてがそのような環境になっていました。多分、ヌリ過程の中に、そのような環境が具体的に示されているのでしょう。

私の園でも今はそのようなつくりにしていますが、以前は、きちんと椅子に座って、机に向かって本を読むような環境でした。それは、教室で教科書を読んでいるようなイメージで、くつろいで、このコメントになるように、物語を読むときなどはソファーの方がいいように思います。また、私の園で、ソファーや絨毯の上で本を読むときには、友だちと並んだり、本を数人で囲んだりして読む姿も見られます。

それにたいして、私の園では、例えば図鑑を見るときは椅子に座って、机に本をおいて調べられるようになっています。また、絵を写し取ったりする場合は、子どもたちは絵本を制作ゾーンに持っていって、机の上で作業をしています。

もう一方の絵も興味深いです。「先生は、毎日私たちに本を読んでくれます。」というようにコメントにあるように、先生が読むときには、ソファーに腰掛けて、数人の子どもに本を読んであげています。日本では、子どもたちに本を読んであげるときは、お集まりの時などに、子どもたちの前に先生は立ち、みんなに絵を見せながら本を読み聞かせしている姿をよく見かけます。ドイツでも、そのようにしてみんなに本の読み聞かせをしている姿を見ることがありましたが、最近、オープン保育になってからは、見ることがありません。この絵のようにソファーに腰掛けて、数人の子に読んであげているか、子どもを抱っこして本を読んであげている姿をよく見ます。その違いはどこにあるのでしょう。それは、本を読むときの先生の意図が違う気がします。日本の場合は、子どもたちを一同に集めるとか、みんなを集中させようとするときの手段に使うことが多いような気がします。ですから、どの本を読むかは先生が決めて持ってきます。ドイツでは、多分、子どもが読んで欲しい本を先生のところに持ってきて、「これ、読んで!」とせがんで読んでもらっている気がします。しかも、コメントから見ると、それは毎日必ず行なわれているようです。

2017年ドイツ報告11

 この図は、お迎えの時でしょうか?やはり父親が迎えに来たようです。そして、その日にあったことを子どもから保護者に伝えているようです。日本では、保育者が子どもの代わりにその日にあったことを伝えるように言われます。先日、子どものけんかについてyahooニュースで取り上げていましたが、大人が子どもの代わりに謝ったり、何かを要求してはいけないとありました。子ども自ら自分の言葉で伝えることが大切です。同じように、その日にあったこと、見たこと、体験したことを子ども自ら保護者に伝えるということが大切です。

そして、降園を後ろから見守るのは、保育者ではなく、子どもたちです。しかも、床には乳児がハイハイしています。見学先では、トイレの中を乳児がハイハイしている姿を見ました。日本とは清潔による考え方が違いますね。しかも、近くには保育者はいませんでした。

また、この図のように実際に見学していても、登降園の時に、保護者に保育者がその日にあったことを伝えている姿は見たことがありません。親しげに挨拶を交わすくらいです。また、お便り帳のようなものも渡したのを見たことがありません。それよりも、送迎の時にゆったりできる椅子やテーブルが玄関先に用意されている園をよく見かけます。そのときに、もし相談があるときには、それには乗ってあげるそうです。もし、それが他人に聞かれたくないときには、個室が用意されています。今回見学した園の中には、玄関先での保護者がくつろげるスペースに棚が置いてありました。そこには、子どもの衣服や靴が並べてあります。それは、保護者からのアイデアで、小さくなったり、着れなくなったもののリサイクルのために置いてあり、必要な人が自由に持っていっていいということでした。このような試みが保護者から発案されるのはいいですね。

次の絵には、こう書かれてあります。「私たちがあなたたちのために用意された部屋とゲームの数を見てください!」とあります。ここに書かれているとおり、各部屋にはさまざまな遊具や教具がいつでも子どもたち自ら取り出せるように、手の届くところに用意されています。その豊富さは、目移りしないかと思われるほどです。また、この絵から読み取れるのは、ままごとをしている絵には、男の子もいることです。以前の見学の時に、「どうしてもままごとというと、女の子が多くなりますが、男の子も遊べるような、宇宙服とか工事現場のヘルメットなども用意しています。」と言っていました。また、遊んでいる人形も、肌の色、髪の色の違う子を用意しています。今回の見学園には、消防署のごっこを子どもたちがしているということで、廊下においてある家を消防署に、車を消防自動車にするために赤く塗ってあるという園がありました。

また、ブロック遊びには、女の子もいます。それについても、「ブロック遊びは、どうしても男の子が多くなりがちですが、女の子も興味を持つように、光るもの、美しいものなどのブロックも用意しています。」と言っていました。この絵のブロックは四角いものですが、実際の保育室には、ドイツらしい形状のもの、例えば、城を造るためか、砦のような形のものなどもありました。

2017年ドイツ報告10

幼稚園を英語で言うと「KINDERGARTEN」といいます。このキンダ―ガルテンは、ドイツの教育者フリードリッヒ=フレーベルが世界で初めてドイツの小さな町でひらいたのが始まりです。これは幼稚園と訳しますが、実は、日本の幼稚園とは違って、3歳から6歳までの幼児施設をそう呼びます。また、それに対して0歳から3歳かでの幼児施設のことをバイエルン州ではキンダークリッペと呼びます。それらの区別は、年齢によるもので、保護者が保育に欠けるとか、仕事をしているとかという理由では分けられていません。それが、最近は統一されて、バイエルン州では

ドイツ全体では、幼児のための保育施設(学童保育も含みます)をKITAと 呼びます。KITAとはKindertagesstätte(キンダ―ターゲスシュテッテ)の略で、ネット翻訳によると「保育園」と書いてありますが、直訳すると子どもたちが日中いる場所という意味だそうです。今回、レーゲンスブルグというミュンヘンから少し離れたバイエルン州の都市に行きました。そこで、「せたがやのほいく」と似たような「KITAへようこそ」という冊子を頂きました。そこには、保育施設での生活が11か国語で書かれています。これを見ると、ドイツでの保育を見ることができます。最近は、環境の写真は撮れるのですが、なかなか子どもの写真が撮れません。ですから、保育を伝えることに偏りが出てしまいますが、この冊子を見ることによって、いろいろなことがわかります。

まず、表紙を見ると、登園中の保護者が書かれてあります。そこには3家族書かれてあるのですが、2家族は父親が送迎しています。一人はベビーカーを押し、もう一人は走っている子どもに付き添っています。私の園でも、父親の送迎が非常に多くなりました。しかも、この絵のようにベビーカーを押してくる父親も違和感がなくなりました。ただ、ここに書かれていないのが、祖父母による送迎です。それも最近はずいぶんと増えました。ドイツでは、あまり祖父母の送迎はないのでしょうか?実際もあまり見かけません。

次の図は、玄関の靴箱です。基本的にはドイツでは上履きに履き替えません。その代わり、園庭に行くとき、雨の日に外に出るときのための長靴は用意されています。しかし、この絵では、スリッパに履き替えるようになっていますが、スリッパで保育室内を過ごすのはどうかなと思います。すぐに脱げてしまいますし、活動的ではないと思うのですが。しかし、小学校でもそうですが、日本でも多くの人が履いているクロックス履いている子が多く見られました。日本では、きっと禁止されるだろうと思います。しかし、もしかしたら、スリッパやクロックスなのは、子どもたちは室内では走り回らないからかもしれませんし、逆に走り回れないのかも知れません。

次にこの図からわかることは、靴と一緒に、コートやジャケットなどは部屋には持ち込まず、玄関のところか、クロ-クルームと呼ばれる部屋に置いていきます。また、靴の脱ぎ着は、座ってします。私の園で、近くの小学校との保幼小連絡会で、就学までにできるようになって欲しいことのひとつに、「立って靴の脱ぎ着ができるように」というものがありました。登下校時、休み時間など玄関が渋滞して困るということでした。しかし、今の子どもたちの靴は昔と違って、紐がついている、足をしっかり支えるようなしっかりしたものが多く、すうっと靴は履くことができません。ですから、ドイツでは座って脱ぎ着ができるように椅子がついてあるのです。

2017年ドイツ報告9

ドイツ研修に行くときに、参加者にいうことのひとつに「違うところを見ないで、同じところを見るようにしてください」と言います。違う国の保育を見ると、違っているところが目に付きます。しかし、それはその国の歴史、風土、文化を背景にしていることがあります。そして、制度もその国の国民性を反映していることも大きな要素です。ですから、海外の保育をそのまま日本に取り入れても、子どもたちにとっては日常の生活からかけ離れてしまうことがあります。例えば、外を歩いている靴のまま保育室に入るとか、極端なときにはその靴を履いたままお昼寝をする子がいることもあります。それは、もちろん家庭でもそうだからです。

では、なぜ外国の保育を見るかというと、ひとつには、そんな違いを超えて同じ事を見ることによって、保育に大切なところが見えてくるからです。例えば、赤ちゃんはハイハイをしてから立ち上がります。そのような発達は、どの国の赤ちゃんでも同じ道を辿ります。また、現在地球上に生存している人類と呼ばれる種は、すべて同じ先祖を持つホモサピエンスであるということがわかっているのです。同じ遺伝子を持っていると言われています。ということで、共通しているところは、私たち人類が祖先から受け継いできた大切なものだと思うからです。

また、違っているところでも、その国の文化や風土により違いではなく、時代における違いであることがあります。すなわち、もしかしたら時代遅れのような部分があるかも知れないのです。それは、どちらが先とか後とかではなく、お互いに刺激し合うこと、お互いを参考にし、新しい時代に向けて保育を変えていかなければならないこともあるのです。例えば、これから人工知能が進んでくるのはどの国でも同じですが、それに対応する子どもの力はどのようなものなのか、どのような保育を行なっていけばいいのか、それらの課題に取り組むことは、どの国でも必要ですが、早く対策を取っているところと、なかなか古い考えが抜け出せないでいるところがあります。

このような新しい保育に取り組むことが必要であるにもかかわらず、なかなか古い保育から抜け出せずにいるところがあります。それをどのようにして質を上げていくかが課題です。特に日本では、急速に園の施設整備が行なわれています。また、運営主体も株式会社などに規制緩和をしています。それらの質を保証するために、「保育所保育指針」や「幼稚園教育要領」が告示化されているのですが、なかなかそれを具体的に実践していくのには難しいところがあります。それにたいして、東京都世田谷区では、「なるほど!せたがやのほいく~遊びと学びがいっぱい~」という世田谷区保育の質ガイドラインを書いた小冊子を保護者に配布しているのです。また、その内容は、区のホームページにも掲載されています。

この小冊子は、はじめて保育園見学に訪れた」保護者のある1日を、左のページではこコミックで、右のページではその解説テキストとして書かれてあります。たとえば、2章は「人間として生きる“底力”を育てています」ということで、右の解説には、「-略-そうした子どもたちの成長を支えるために、保育士は、子どもたちの遊びを見守りながら、成長に合わせた玩具(おもちゃ)や遊具、絵本などを必要なときに子どもの手の届くところにあるように用意していきます。そうして、子どもたちが自ら遊び込めるような時間を保障し、空間(環境)を整えていきます。具体的にいえば、保育室内ではままごとやお絵かき、造形などの「遊びのコーナー」などが設けられたり、-略-」とあります。