将来

 将来に備えて蓄えておくということを人はします。老後が心配だからと年金が気になります。人は未来を夢見ます。未来にはどんなことが起きるだろうか、どんなものが発明されているだろうかと夢を持ちます。「懐かしきあの頃の、少年たちの夢」と題された小松崎茂さんの画集を持っていますが、そのなかに、「メカニックファンタジー」という昭和57年に刊行された画集の一部が掲載されています。その画集の前書きには、小松崎さんの言葉が書かれてあります。「この本は夢である。しかし、過去に私の考えたものが実現した例は多い。私はまた、新しい出発としよう。」彼が67歳のときのことです。

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 「Human」(角川書店)では、こんなことを投げかけています。「そもそも“未来”とはどれくらいの幅にあることなのだろう。どれくらい先になれば、どれくらい広いことになれば、それは未来と呼べるのだろう。」京都大学文学部教授の板倉昭二博士は、こう語っています。「ノーベル文学賞受賞者の話を聞いたときに、彼は講演の中で、自分の子どもの未来を詳細に想像する、自分以外の誰かの将来に思いを馳せる、これを未来と呼ぼうと定義したのです。確かにそれはヒトにしかないような気がしました。」

 未来を考える力は、脳のどの部位で行われているのか、それが、どうも前頭前野を含む前頭葉や、側頭葉が萎縮し、その機能が落ちてくることは確認されてきているものの、その関連性を明確に示した証拠はまだ出ていないようです。いろいろな議論の中で、京都大学准教授の明和正子博士の研究は興味を引きます。

その研究によると、「言葉によって可能になるのはシンボルを「自由自在に」使うことで、それは、あるものを異なる対象に置き換えること、またその逆方向の理解も適切に行う能力を持つことである。」と言っています。この能力によって、自分が理解し、表現するシンボルが、他者と共有可能であることを理解し、コミュニケーション場面で適切に使う能力も、人間らしさを支える特徴のひとつであるというのです。「たとえば、幼児は2~3歳くらいになると、自分ひとりでは運べない大きな荷物でも、自分がこっち側を持って、もう一方を誰かに持ってもらえると、運ぶことができるということを理解できます。自分はこうする、相手にはこうしてもらう。新たな目的達成に辿りつけるはずだ。頭のなかで、仮定の上にさらに仮定を重ねることで、これから起こる新たな展望を予測する。つまり、未来を描くことができるわけです。」

確かに、自分ひとりが生きることを想定しては、未来を描くことはできないかもしれません。未来を考える力は、他者と共有するものを持ち、他者との協力関係を築くことで未来に向かって進んでいくとしたら、「未来を描く力」は、やはり人間特有な力かも知れません。では、この未来を描く力からは、人間にどのような能力を持ち、逆にどのような能力を捨ててきたのでしょうか。それを、毎度登場の京都霊長類研究所の松沢さんはこう考えています。「チンパンジーも人間も、両者の共通祖先、700万年前の祖先は、瞬間的に目の前のものを記憶する能力に長けていたのだと考えています。人間は、そうした細部を瞬時に記憶する能力をどこかの時点で失い、代わりに新たな力を得た。」それは、専門用語で「知性のトレードオフ仮説」と言うのだそうですが、人間は、違う能力をトレードします。その能力とは、「人間は瞬間記憶を失う代わりに、未来に向けて想像力を働かせたり、将来にわたる計画を立てたり、あるいは自分がした事実を、言葉などを使って仲間に伝える。そういった心の働きを担う脳を発達させたのだと思います。」

「チンパンジーは、目の前の世界を生きていて、100年先のことを考えたり、100年前のことを振り返ったりしません。」これが、松沢さんが考える人間とチンパンジーの大きな違いだと言います。

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蓄え

5月5日は、二十四節気では「立夏」といい、よく「暦の上では今日から夏です」という言葉を聞きます。「陰暦暮らし」(千葉望著)のあとがきに「花鳥風月を愛でる日本文化はずいぶん変化したように思われているかもしれないが、私たちの身体の奥底にひそんでいる情緒は今も健在である。ふだん自然から遠く離れて暮らしている人たち、たとえそれが若い世代であったとしても、すすきが揺れている秋の野に出て輝く月を眺めれば、先祖が受け継いできた遠い記憶がよみがえってくるに違いない。」と書かれてあります。

 空を見上げたときに、昼間には太陽を、夜には月と星を眺めます。特に、私たち日本人は、月に趣を感じます。昔から月を題材にした歌が多くあります。月を眺めていると、「先祖が受け継いできた遠い記憶がよみがえってくる」ことが実感できます。たまたま、5日の夕方、妻と東のほうに大きな月を見つけました。私は、思わず「月は東に 日は西に」という歌を口ずさんだくらいに、とても大きく、きれいな月でした。

後でわかったのですが、この日は、月が大きく明るく見える「 スーパームーン現象」であるということを NASAが伝えていたのです。「スーパームーン」とは 、月と地球の距離が一番近くなる時に通常よりも 月が大きく・明るく見ることができ、海の満ち潮が数センチ高くなったりする、という現象のことだそうです。特に、今年のスーパームーンはいつもより 14%大きく、明るさは13%も増したそうです。しかも、スーパームーンを見るための一番いい時間帯は「月が地平線近くにある時(月がではじめた時)」なのだそうで、ちょうど私たちが眺めた月だったのです。しかも日本でスーパームーンが起こったのは、過去10年間でたったの3回だそうで、かなり、レアな体験をしたのです。ただ、あとで、そのときの写真を撮っておけばよかったと後悔したのですが。

暑い、寒いなどの季節は、太陽の動きに合わせておきますので、月の運行だけを基準にしてつくられる太陰暦は、季節とはだいぶずれてしまいます。立夏という夏の始まりといっても、実際の夏は6月くらいから始まり、「暦の上では」という注釈がつくのです。しかし、私たち日本人は、、花鳥風月だけでなく、月の動きに合わせて年中行事を行い、さまざまな儀式が行われました。たとえば、「端午の節句」に代表される「節句」は、季節の旬の植物から生命力をもらい邪気を祓うという目的から始まり、中国の暦法と、日本の農耕を行う人々の風習が合わさって作られています。

ですから、農耕を中心にした日本では特に陰暦と生活が関連し、「立夏」のころは、「新緑の季節で、九州では麦が穂を出し、北海道では馬鈴薯や豆の種まきが 始まります。」というようなことが伝承されています。そして、その種がゆくゆくは実をつけ、収穫を迎えるのです。種まきをしてから実をつけるまでの間、人類はじっと待ちながら、その世話をします。このように、未来を見て、栽培をするのは人間だけだといいます。また、先を予測して今やるべきことをするのも人間だけだといいます。では、「アリとキリギリス」の話のなかのアリはどうなのでしょうか。冬に食べるものがなくなるのを予測して、夏の間にせっせと食べ物を蓄え、反してキリギリスは、今をただ楽しく生きているために、冬になると、アリは生きていくことが出来ますが、キリギリスは、飢え死にしそうになります。鳥の仲間やリスなどもえさを蓄えることをする種類もいます。
この違いを考えることで、人間らしさを考える上でヒントになることがありそうです。

コンセプト

銀座線に新しい車両を導入しようとしたときに、開発スタッフはどのような話し合いをしたのでしょうか。先ず、コンセプトを決めます。当初からのコンセプトは「銀座線の歴史を感じさせるイメージを持たせつつも斬新性がある、格好いい車両にしよう」ということでした。これは、全体設計の基本となる部分です。そして、銀座線新型車両の製造に当たり、まず、そもそも銀座線とはどのような路線かを考えます。この路線は、2009年に経済産業省の近代化産業遺産群にも認定され、東京メトロの中で一番歴史がある路線です。地下鉄の始まりでもあることから、この歴史を形にしていきたいと合意します。そこで、スタッフは、自分の子どもの頃の思い出を語ります。その頃、地下鉄は当時の最新鋭の車両を投入した路線が多かったのですが、その中で銀座線はどこかレトロ感が残っていて印象的だったようです。そこで、1000形をモチーフにするという方向性が固まります。スタッフの中に染み付いている銀座線の体験をいかに現代風にアレンジしようかと、気持ちが高まりました。

しかし、よくある話ですが、1000形がモチーフとなると、部内会議で、できるできないは別としても色々な意見が出ました。しかし、幸い、銀座線は集電方式も他路線と異なり、他社線との乗り入れがない東京メトロ独自の路線ですので、「これまでとは違う車両を造りたい」という想いを実現できる条件があったのです。そこで、いろいろなアイデアが出されます。その中で、銀座線といえば思い出すのが、私と同じで、昔の銀座線はサードレールから外れる時に電力供給が止まるため、車内灯が一瞬消えたということがあります。アイデアを出し合うときには、「いっそそこまで再現しようか」ということまで出たそうです。このあたりのエピソードを聞くと、銀座線にまつわる想いがそれぞれにあって、電車好きであることが感じられます。それは、スタッフの「どんな仕様がいいか、システムはどうするか。車両コンセプトを決める段階も非常にエキサイティングでした。」という言葉からも感じられます。

コンセプトを決めるときに、その過程においてワクワクする、エキサイティングな気持ちがなければ、人を感動させることは出来ません。そして、その実現に向けては、「遊び心」が重要になります。そして、それが出来るできないかではなく、思いつきでもいいので、さまざまな意見を出し合える雰囲気がなければなりません。そんな気持ちから、1000系の大きな特徴である車体色・レモンイエローを再現することになります。次に、車両デザインについても検討を重ねます。

現在の01系の銀座線も、レモンイエローを残すためにラインとして車両にラッピングされています。それをフルラッピングにするかどうかを、できるだけ多くの人が目にすることができるよう、ダイヤの組み方等もシミュレーションしたり、車両メーカーからは、施工性や費用のことからの意見もあり、さまざまな観点から検討します。その結果、フルラッピング」に決まりますが、最後の決め手は、「そのような手法を手がけてみたい」との想いや、「日本にはほとんどないので、そういう車両があってもいいかな」とか、「車体に色が塗ってある電車が走るという銀座線の象徴的な光景がまた見られる、といううれしさもあるんですよ」という気持ちです。それは、一見、論理的ではないようですが、その車体を見たときの乗客の気持ちに共感する気持ちなのです。

そして、実際の色を決めるとき、何度も地下鉄博物館に保存してある車両を見に行きます。そのときの思い出をスタッフはこのように語っています。「最後は人の目、感覚を大切にしました。色の決定まで2~3か月かかりましたし、何度も足を運ぶのは結構大変でしたが、でも正直、楽しかったなぁ。」

スタッフは、こうも言っています。「銀座線の新車のモットーは“30年後のスタンダードを造る”こと。私たちも30年後にあるべき姿を見据えて開発に当たることを肝に銘じました。」

レトロ仕様

先月2012年4月11日に、「銀座線に新型車両デビュー 80年前の“レトロ”仕様」というタイトルのこんな記事が掲載されていました。

「東京メトロ銀座線に11日、28年ぶりとなる新型車両「1000系」がデビューした。80年前に銀座線を走って委託に内初の地下鉄をほうふつとさせるデザインで、黄色い車体にチョコレート色の屋根をかぶせた「レトロ」仕様だ。11日午前に浅草駅(東京都台東区)であった出発式で、東京メトロの奥義光社長は「多くの方に東京を楽しんでもらうための案内役として活躍して欲しい」と語った。」

ずいぶんと前からですが、東京メトロに乗ると、この銀座線新型車両のことが広告されていました。銀座線は、私が中学生の頃、通学に使ったり、休みの日に出かけるときにはよく使った路線でした。今回、新型車量は、当時私が利用していた車両を再現したものだということで、ぜひ乗ってみたいと思っていました。しかし、まだ1両しかないので、浅草と渋谷を行ったり来たりと、1日4往復しかしていませんので、当分は乗れないだろうと思っていましたが、なんと、今日たまたま乗ろうとした銀座線の車両が新型車両でした。急いで写真を撮ろうとしたのですが、慌てたために私はあまりうまく撮れませんでした。これは妻が撮った写真です。

私が持っている銀座線の思い出は、今回再現された黄色い車体と、駅に着く前にいったん消える車内灯です。昭和2年12月にアジアで最初の地下鉄が開通しました。地下鉄の父、早川徳次が、鉄道院の嘱託時代、ロンドンの地下鉄を見て感動し、東京に地下鉄を走らせるべく、各有力者に協力を求めましたが、最初のうちは「地盤の軟弱な東京に地下鉄は無理だ」「皇居に工事の震動が来る」「早川は嘘つきで変人だ」と言ってなかなか相手にされませんでした。
現在、東京の町の下には地下鉄が張り巡らされています。それは技術革新があると思いますが、やろうという気持ちと、それを支える技術が先かということが問題です。たとえば、保育を変えようと思ったときに、「まだ、そこまで力がないから無理だ」とか、「環境が整ってないから、もう少ししたら」という言い訳をすることが多い気がします。また、「誰かがやって、それを見た上で」というように、先駆的であることをリスクが高いとして避けることがあります。無鉄砲に、何の根拠もなく、リサーチ、マーケティングもなく行うことがリスクが高いということであり、先駆的は何のリスクでもないと思います。

また、今回の銀座線の新車両での試みで参考になるのは、その車体です。銀座線は、当初資金難のため、とりあえず距離が短くて採算の取れる浅草~上野間の建設から始め、車両は1000形電車で、ドイツのベルリン地下鉄で採用されていたオレンジ色の塗装にしました。当時はこげ茶色の電車が当たり前だった時代で人々はその派手さにびっくりしますが、採用理由は地下と言う暗い区間での視認性を向上させるものでした。今回の新型車両は、旧1000形をモチーフとし、当時の車体色を再現するなどレトロ調のデザインになっています。もちろん、車内は、冷房能力を高めるとともに、連結面や座席横の仕切りの一部などに透明な強化ガラスを採用し、車内の快適性向上を図ったり、消費電力の削減、乗り心地向上、走行騒音低減を図るため、最新技術を積極的に採用しています。

古いものを大切にし、そこに最新技術を取り入れるというのが改革です。古いものをすべて捨て去って、まったく新しいものに代えるのではなく、また、すべてを外国からのものを取り入れるのではなく、日本古来のものを見直し、また、長い間受け継がれてきたものを大切にし、それを時代からのニーズをよく見つめることが大切です。しかし、長い間受け継がれて生きたというのは、決して、ここ数十年であることを、普遍的であるかのように絶対視しようとすることがありますが、もっと長いスパンでものを考えないと真理には届きません。

助長・援助・教育

「孟子」公孫丑上に「宋人有閔其苗之不長而揠之者。芒芒然歸、謂其人曰、今日病矣。予助苗長矣。其子趨而往視之、苗則槁矣。」という故事があります。これは、孟子が浩然の気(天地の間に満ちている精気)の養い方について聞かれたときに、例に出して説明した内容です。宋の国に畑の苗が伸びないのを心配して、手で引っぱって伸ばした男がいた。ぐったり疲れ果てて家に帰り、「今日は、疲れた。自分は、苗を助けようと思って早く伸びるように一本一本引っぱってやった」と話した。驚いた息子が走っていって見てみると、苗はすでにみな枯れてしおれていた。」ということで、このなかの「助苗長」から、「助長」とは「不必要な力添えをして、かえって害すること。」という意味に使われました。

「助長」という言葉は、中国語では今日でもほぼ例外なくこのようにマイナス面として使われていますが、日本語では、「能力などを伸ばすように助けること。また、傾向などが著しくなるように力を及ぼすこと」というように、「助ける」ことが、その人にとって本当にためになるのかはときと場合によって使うようです。学校教育法第22条に、「幼稚園は、義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとして、幼児を保育し、幼児の健やかな成長のために適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする。」と書かれてあります。この意味を中日辞典から解釈すると、「(良くない傾向や現象を)助長する」となり、大人があれこれ伸ばそうとすることは、かえってよくないということになります。もちろん、そんな意味ではないでしょうが、発達というのは、自らするものであるために、私は、ここの文章は、「子ども自ら発達することを保障するような適当な環境を用意すること。」としたほうがいいような気がします。

一方、保育所保育指針には、「保育士等は、子ども自身の力を十分に認め、一人一人の発達過程や心身の状態に応じた適切な援助及び環境構成を行うことが重要である。」というように、発達を「援助」すると書かれてあります。しかし、「援助」という言葉を辞書で引くと、「困っている人に力を貸すこと。」とあります。したがって、「発達援助」という言葉は、しょうがいを持った子など困っている子に対して力を貸すようなときに使われます。ですから、普段の保育のなかでは、何も子どもたちは困っているわけではないので、「援助」という言葉を使うのもおかしい気がします。ですから、私だったら、保育士の役割として、「心身の状態を考慮し、子ども自ら発達することを保障するための環境構成を行うことが重要である。」としたい気がします。

幼保一体化施設「総合子ども園」における「学校教育」についても、その理解も心配です。何度かブログでも書いたとおり、日本語で「教育する」と訳す「エデュケート(educate)」の「エ(e)」は「外に」の意味で、「デュケート(ducate)は「導く」という意味です。ですから、「エデュケート」とは、「もともと人間が自分の中にそなえているものを外に導き出すこと」ということになります。これが、教育です。しかし、漢字の意味から考えると、「教」の旧字は、「爻」と「子」と「攵」を合わせた字です。この「爻」は屋根に交差した木のある建物の形で、この場合は学校の校舎を表します。

「子」はそこで学ぶ子弟たちです。「攵」の元の形は「攴」で、「ト」の部分は木の枝や鞭の形です。「又」は手を表す形で、「攵」(攴)は手に木の枝や鞭を持って、何かを打つという意味になります。ということで、「教」という字は、校舎に子どもたちを集めて、先生たちが鞭(木の枝)で打って指導するという意味です。

 乳幼児期における「教育」は、決して鞭で子どもを打って、何かを教え込むのではなく、子どもたちが持っているものを引き出して欲しいと思います。

憲という字

 今日は、「憲法記念日」です。憲法という字ですが、「憲」という字だけでも「国の組織や政治のしくみの根本の原則を定めた掟」という意味があるそうですが、国の「おきて」とか、「きまり」とはどういうものなのでしょうか。この「憲」という字を見るとわかりますが、この字の下のほうには、「目」と「心」があります。上のほうは、「うかんむり」に「圭」がついたものですが、うかんむりは、かぶせるものを表しています。

「圭」という漢字は名前によく使われますが、もともとは古代中国の玉器の一つで、天子が諸侯や使者のしるしとして与えた物のようです。ということで、名前に使う場合は、特別な人に与えられた、認められた人という意味で使われるようです。しかし、古代中国では、それを与えることで、天子が諸侯を封じた際にしるしとして与えともいわれています。

 どうも、「国の掟」とは、何かを封じるために「上にかぶせる」とか「勝手な動きをおさえる」という意味のようです。では、なにを封じたかというと、「目」と「心」で、物事を見づらくしたり、感じにくくしたりすることで、勝手な言動や逸脱した考えを抑えながら作っていくもののようです。または、「目」と「心」で、「人の心を見る」という意味ととると、「国の掟」とは、人の心を見えにくくするものという意味になります。ですから、「憲兵」というような使い方をするのでしょう。

しかし、ここでホリスティックな考え方が必要になります。なぜなら、憲法には、「国民代表機関たる国会が作った法律をおさえこむルール」というもともとの考えかたから、「多数派が制定した法律による人権侵害から、少数派を守る」という一見矛盾する考え方を持たないといけないのです。わたしたちは、少数者の意見にも耳を傾け、尊重します。そして、国家レベルでの中央集権による支配的な関係よりも、お互いの協力的な関係、受け身ではなく自分から新しいものを創造していくことが求められます。上から与えられるものに頼るのではなく、自分からつくりあげていくことが大切なのです。そして、自分に何ができるかを考え、つながりのなかで行動し、共に学び合おうことが必要になります。このような共に新しいものを生み出そうとする共同創造のかかわりは、喜びを生み出し、自分が変わることによってみんなが変わるという体験にもなっていきます。これがホリスティックです。そして、この行動を保障するのが「憲法」であるべきなのです。

この考え方は、子ども社会おける「ルール」という考え方と同じです。「何をしてはいけない!」というのがルールではなく、「自分がやりたいことをすることができる」ためにルールがあるという考え方です。ドイツの保育カリキュラム「バイエルン」の中で、異年齢保育の目的として「年齢の違う子どもに対して自分の言い分を主張する力」とか、「違いについて興味をもつ」とか、「異年齢の子どもとの葛藤の中で自分の立場を守ることができること」とか、「異なる要望や行動様式をお互いに調整しなければならないという基本姿勢を学ぶ」とか、「異年齢の子どもの欲求や興味を知り、共感することができる」というようなことがあげられています。

 ホリスティックについては、どうも異年齢保育のほうが、学びが大きいようです。ですから、ドイツでの保育は、基本的に異年齢保育なのでしょう。「違いを違いと認め、多用性を承認すると共に、相互の開かれたコミュニケーションを通して、違いの奥にある共通なものを見つけよう」とする保育が、今後求められていくでしょう。

天使と悪魔

オレゴン大学のアジム・シャリフ博士は、人類の進化について、こんなことを言っています。「人類の進化のすばらしい点は、同じ人類という種全体のなかで向社会的行動(自ら社会的行動をする性質)、協力的行動を発達させたことです。協力を発展させた動物を見ると、その動物は急成長して成功をつかんでいます。労働を分担することをはじめたハチやアリは、ある固体があることをすれば、別の固体はほかのことをします。彼らは大きな集団を代表してやるべきことを行ない、互いに信頼しています。それらの動物が進化的にもっとも成功してきたのです。」この言葉は、チームワークへの示唆を与えてくれます。集団のすばらしさは、みんなで力を合わせて同じことに取り組むのではなく、「ある固体があることをすれば、別の固体はほかのことをします」ということなのです。さらに、博士はこう続けます。

「人間に存在している向社会性のレベルに匹敵する生物はほかにはありません。私たちを互いに協力的にする方法を次々と見つけ出してきたことがおそらく、人間が達成した最も重要な業績でしょう。協力の進化こそ、現在に至るまで私たちを増加させ、繁栄させてきたのです。それは私たちが誇りにするべきものです。」

これらの力は、私たちのさまざまな能力に影響しているようです。たとえば、人間は、見知らない人を信頼しようとすることがあります。それは、「見通すことの出来る将来の期間」という「先を読む力」に関係していると考えられています。人間以外の動物は、敬家く対象期間は非常に短いものだそうです。動物は将来に対する理解が非常に狭いのに対して人間の私たちは、長い計画対象期間があります。その違いが、他人への信頼の違いにつながっているそうです。よく言われることに、チンパンジーの中でも特に知能が優れているといわれているボルボでさえ、せいぜい先を読めるのは1週間が限度だといわれています。年長さんが、卒園するときに「将来、何々になりたい」というような将来について考えられるのは人間だけだそうです。

遠い、将来まで視野に入れて己の行動を選択する場合、他人を信頼する行動を選択するほうが理にかなっているというのです。クレアモント大学のポール・ザック博士は、その選択についてこう説明しています。「私たちには、対立する二つの分子があります。テストステロンとオキシトシンです。おそらく過去20万年の間、この二つの分子は一緒に働いてきました。一緒に働き、私たちの体の中で、道徳の陰と陽の両方を私たちに与えているのです。」どうも、この二つは、私たちの心のなかにある天使のささやきと悪魔のささやきのようです。オキシトシンは私たちにこうささやきます。「この人は価値があるよ。この人と双方に利益がある関係を作り出すべきだよ」と。一方、テストステロンは、「こっちは相手を信頼しているのに、相手は返報しない。やっつけてやるべきだ」とささやきます。

ザック博士は、「状況が適切なら、私たちは協力を築き、他人を信頼することが出来ます。状況が適切なときとは、テストステロン量があまり高くないときです。このような状況でないと、私たちは初期設定の古い進化的行動に戻ります。つまり攻撃的で利己的な行動です。」つまり、自己の生存がすべてですから、相手から奪う、相手を傷つける、相手を殺す、必要とあらば、何でもするということになるというのです。そんなテストステロンに拮抗する勢力としてオキシトシンを私たちは発達させたといいますそのバランスのなかで人類は歴史を積み重ねてきたと博士は指摘します。

どうも、私は、適切な環境の下で育てられていないと、他人を信頼することが出来ず、利己的、攻撃的な行動をしてしまうような気がします。そして、そのような人たちは、将来を見通す力が弱く、その場の快楽を求めたり、その場の感情によった行動をし、それは、人間としての進化が遂げられていないということになるのでしょうか。

共同から個人所有

わたしたちは、少なくともこの宇宙の中で、ビッグバンという爆発のその1秒後には、その後起こるであろうすべてが用意されている中で、さまざまな偶然が重なり合って生まれてきた存在です。しかし、その素材は、すべて用意されていたといわれています。爆発後、次第に銀河系として別れ、太陽系としてグループを組み、そのなかの地球という一つの星の中で私たちは生活しています。しかし、そのどこかで、何かが食い違っていたら、今の様な人類を含め、すべて地球上のものは存在しなかったかもしれません。もしかしたら、地球上に今存在している何かが欠けていたら、私たちは存在していないかもしれないのです。それだけに、私たちは、自分の利益や自国の利益だけでなく、地球の未来に対して責任を持ち、自分が果たすべき役割を自覚し、行動する必要があるのです。

2011年から始まっている生物多様性のたいするキャンペーンは、まさにそれに対する危機感から行われています。私たちは、地球の中で、宇宙の中でそれぞれの多様性での相互依存関係のなかで生きているからです。それぞれの国には国境があり、地球資源は、その国境内の所有になります。しかし、地球には国境線が引かれているわけでもありませんし、国境によって分断されているわけでもありません。たとえば、海の資源を取り合うために国境を取り合いますが、もし自分たちの国境内であるからといって、その海を放射能で汚染してしまったら、その汚染は、世界中の海に広がっていきます。いくら、自分の領海だからといって、自由に汚染してよいわけではないのです。海洋や大気の汚染の問題などは、地球規模での相互関連を見ていかなければ、ほんとうに建設的な対処はできません。

そのことを、古代の人は、協力と分け与えることで生き延びてきました。しかし、その人間の特性を裏切ってしまったことの一つが、植物の栽培化と動物の家畜化です。このあたりのことを筑波大学の常木晃博士はこう説明しています。「農業といいますか、農耕社会の本質といったほうがいいと思うんですけれども、それ以前は、非常に多様な動植物に頼っていて、私たち人間その中で一つの生態系として存在していたものが、農耕や牧畜を本格的にやることによって、ある一定の動物に親密な関係を作り上げてしまったわけです。その動物や植物を非常に重点的に利用することによって、大きな貯蔵とか大きな社会というのを作り上げていった。逆にいえば、それは、多様性を失うことでもあったのです。」

ある意味では、当時、地球が一つの共同体である考え方から、個人の所有であるという考え方になり始めていきます。しかし、協力するという考え方を維持するために、さまざまなことがおきます。ひとつは、一つのグループだけでは解決できない自然災害が起きます。それに対して、グループを越えた協力が必要になります。もうひとつは、オレゴン大学のアジム・シャリフ博士の仮説です。「人間がこのように協力することを可能にしたのは宗教であるというものです。多くの人々は宗教が自分の道徳基盤であると話しています。神が人々を見ていて彼らの行動を監視しているかもしれないと考えるとき、人々はほかの人々と協力的になるということを実験が実証しているのです。」

ただ、このようなことが集団の基本的なレベルでは、人々は自分の家族とは上手に、協力的に行動することに、遺伝子的な意味があるからだといいます。次に、人々は直接的な互恵関係を生み出します。この段階では、人々はほかの人々にかにか協力すると相手がお返しをするという協力関係を結んでいます。ただ、この頃の集団の規模は、せいぜい、顔なじみの範囲であり、その規模は農耕が始まる前までは、基本的にその規模で止まっていたと博士は話しています。

それを、ほかの人々の評判に基づいて人々は協力するという段階である間接的な互恵関係になるために宗教が重要な役目を果たしたというのです。ただし、このときの宗教とは、超自然的な存在に祈ることが中心的役割であり、祈りのために踊りなどの儀式に参加することで強まる社会であり、進化論的にいえば、神の概念を持っていた集団は、そうではない集団より、協力し合う社会を形成していたので、生き延びられたということのようです。

義務と責任

ホリスティックについて、その内容について考えてくると、なんとなくその意味することがわかってくる気がします。また、なぜいまもう一度ホリスティックという考え方が必要なのかわかってくる気がします。それは、人類のあり方として、また、最近の核家族化、少子化、地域ネットワークの希薄かなどにたいして、「子どもにとって集団が必要である」と言うときに、日本でもつねに矛盾を抱える「個」と「集団」のあり方、かつて戦争に駆り立てた集団教育へのトラウマ、放任と無秩序さと自由の関係、そんなことに答えるために、ホリスティック教育が見直されてきているのでしょう。

そんなことを考えると、各国の課題の違いによって、ホリスティック教育への課題が見えてきます。欧米では、個の確立と自立が進んでいますが、社会の一員である意識とか、協力とか、つながりが弱い気がします。それに対して、日本人は、自分に対する自信とか、自尊感情、自己責任が弱い気がします。がそれらがしたがって、わたしたちは、社会から恩恵を受ける権利を持つと同時に、社会に対する大きな義務と責任を持っています。戦後、子どもたちには権利が教えられ、権利をきちんと主張することを教えられました。しかし、義務と責任については、きちんと教えられていない気がします。それは、両方とも「せねばならない」ということで、自分の意思に反して行うイメージがあるからでしょう。しかし、義務や責任とは、自分の意思に対して、自分が言ったことに対して、責任を負うというものです。

 自分の意思に責任を持つというのは、個々の意志が、全体の意志に影響し、個々の利益は他者の利益につながるという、「情けは人のためならず」という考え方への転換が必要になります。ホリスティックな世界では、自己の利益は他者の利益につながり、他者の不利益は自己の不利益につながるからです。それが、人類が生き延びてきた力として「競争ではなく協力」であることとつながります。ただ、そのときの利益とは、物質的な豊かさとか、金銭的な豊かさではなく、本質的な豊かさである、心の喜び、心の充足、心のやすらぎなどの精神的な豊かさが個人の利益であり、他者とつながることで共感することが他者の利益となるのです。

このように、自己が全体につながっていくことを信じれば、自己を信じ、自己を高めることは大切なことになります。また、それは、自分が所属しているところに自信を持つことも必要になります。昨日、幕末を描いたテレビ番組を見ていたら、若者の武士が外国人から地球儀を見せられ、「日本ってずいぶん小さいんだなあ!」という場面がありました。この場面は、攘夷から、世界に目を向けるきっかけとなる象徴的な場面としてよく描かれます。しかし、世界の中では日本はそれほど小さい国ではないのに、このときのトラウマがいまだに続いており、日本は資源がなく小さい国であると思っている人は多いようです。

慶応義塾大学講師の竹田さんはこんな授業を中高校生にするそうです。「“今ある国で1番古い国はどこですか?”という質問に多くの学生は“中国とかエジプト”と答える学生が多い。そこで、“日本だよ”というと、“ええー”と驚きます。そこで、王朝ごとに色別になっている世界史年表を見せると、日本だけが1本の帯になっています。たったそれだけのことで日本人であることの誇りを掴むのです。」自分の国が好きになるのは、何も「愛国心」とか「国粋主義」という思想的なことではなく、そこに住む者の責任として、そこを大切にし、それゆえ、間違っているものは間違って言い、不正なものに対して怒り、おかしいものはおかしいと感じる感性を持ち、惑わされることのない批判的な思考力、判断力・行動力などを大切にする必要があるのです。

社会における主体性

ホリスティックにおける自由の考え方は、他者を排除し、その制約からの開放ではなく、社会の一員としての他者の存在を認め、受け入れ、貢献していくなかで、他者とつながっていくことをいいます。そのつながりのなかで、自分の行動、価値観などを自分の意志で選択し、自己決定し、自分の存在を確認でき、自己責任を負うことであり、その結果を自分で引き受ける根源的自由があるということになります。ですから、私の考える自立した人とは、適切な相互補完的な関係を結べる人であり、社会の一員としての自分の役割が確認できた人のことをいうと思います。

教育・保育とは、人を人として育てることであるとしたら、NHk「なぜヒトは人間になれたのか」が参考になります。しかし、このタイトルには、番組を見なくてもその答えがあることに気がつきます。それは、「ヒト(人)」と「人間」の違いは、「間」があるかないかです。「人」は、「ひと」と「ヒト」が支え合っている姿だといわれます。しかし、それはあくまでも二者関係です。それは、夫婦であり、母子関係であるかもしれません。しかし、それは、他の生き物でもその関係はあります。しかし、「ミラーニューロン」の存在がヒトと他の霊長類を枝分かれさせていったのです。それは、人と人を結びつける「間」ができたのです。そこで、社会が構成されていきます。

人は社会の中で分け合い、協力し、貢献することで脳を大きくしてきたことを、どうも歴史の中で何度も忘れてしまっているかのような行動をします。今、求められている教育、もう一度見直す観点からのホリスティック教育とは、子どもを、社会に適応させ、活躍することを目指して知育に偏重していることから、ともに協力してよりよい社会へと変革していく人間を育てることにあるのかもしれません。現在求められる力を目指すことは、子どもにとってその力を発揮するのは15年後くらいになるわけですので、その時代で求められているものは違っている可能性があります。また、ある時代だけの適応だけでは、人類の進化、社会の進化を促進することにはなりません。共に学びあい、共に協力しあい、新しいものを創造していく共同創造の関係をつくることこそが、人間としての使命なのです。

欧米では、ホリスティック教育への見直しと同時にシチズンシップというこれからの政治・社会へのかかわり方が課題になっています。わたしも、最近の「SNS」というソーシャル・ネットワーキング・サービス」というものがはやっていますが、どうも、これはネットワークをつくっているとは思えません。携帯電話に向かって、安否を尋ねるとか、家族への伝言を頼むとかいうのは、どう考えてもネットワークではないと思います。私が考えるネットワークとは、主体と主体とのかかわりのことであり、携帯電話には主体性はないからです。

最近、政治や政府などの対応には情けないところがありますが、私は、日本人のその嘆き方には疑問を持ちます。BBCが世界33カ国で「他国によい影響を与えている国は?」という世論調査に対して、普通は自国の評価には甘くなるものです。案の定、アメリカでも韓国でも、自分の国はそこそこ高く評価をして、7~8割が「よい影響を与えている」と答えています。しかし、日本は、4割程度でした。その結果に対して慶応義塾大学講師の竹田氏は「日本がひどい社会ならそれでもわかりますが、これほど豊かで文化が高く、治安もいいし、伝統もある。そんなすばらしい国なのに、たった4割しか日本を評価していないのはおかしいですよね。」

どうも、日本人の多くは、主体的に生きるよりも、誰からか与えられる、やってもらえると思い、それが叶わないと、国がいけないと思うようです。ですから、保育カリキュラムも、すぐに既成の外国のカリキュラムを採用し、自分たちで日本にあったものを作ろうとしないことがあります。私は、日本という国は、過去から外国にいい影響を与えていると思うのですが。