おたのしみ会の考察16

 「おたのしみ会」のプログラムには、表現と言語の発達過程が書かれてあり、当日までの取り組みが書かれてあります。3歳児のコメントには、一昨日紹介したもののほかにこんなことが書かれてあります。まず、発達過程として「童話や詩などを聞いたり、自ら表現したりして、言葉の面白さや美しさに興味をもつ。」とあり、それに沿った取り組みとして「劇中で動物さんたちが言う“しずかに しずかに”というセリフは、絵本を読んでいる時に子どもたちがふと口に出した言葉をそのまま取り入れたものです。また、劇中に出てくる“こそこそ話”のシーンは、話す方も聞く方もとっても楽しそう!お友達の耳元でこそこそとささやく可愛らしい姿にぜひご注目ください。セリフを忘れちゃったり、恥ずかしくなったり…そんな姿も3歳児さんらしい成長なのです。」

 それが、4歳児のコメントは少し変化してきます。発達のポイントには、「絵本、童話などに親しみ、その面白さがわかって、想像したり自ら表現したりして楽しむ。」となります。三歳児の劇のもとになる絵本を、おたのしみ会が近づくと子どもたち自ら探し始めます。しかも、なんとその年のテーマも理解していて、そのテーマに沿ったものを探します。そんな姿が、取り組みコメントに書かれてあります。「3歳さんのときは『がらがらどん』やったんだよね!…おたのしみ会が近づく雰囲気を感じて、子どもたちから話題がもちあがりました。「こんなのがいいな?」「森でしょ、うーん?」考える姿、ひらめく顔、どれも顔つきがいい!「何か絵本探しとくね!」なんて積極的な声も。」

 そして、絵本の楽しみ方も変わってきます。発達に書かれているように、「その面白さがわかって」その絵本にのめりこんでいきます。その結果、その絵本を劇にして表現することをしていきます。取組みコメントには、その経緯がこう書かれてあります。「去年は読み聞かせてもらうことが多かった子どもたち。だんだんと文字が読めるようになり、自分で読める嬉しさ、友だちと一緒に読む楽しさ、年少さんに読んであげる自信をそれぞれに感じています。そんな中で劇が“しんせつなともだち”に決まり、クラスの友だち同士でまわし読みが始まりました。すると、“この役がいい!”“こんなのもいいんじゃない?”と、絵本に出てくる役だけでなく、他の森の中の動物たちを自分たちで提案して、きつねを仲間に入れました。ちなみに、出てくる野菜は保育園で育てているものと一緒。自分たちで蒔いた種からどう成長するのか、そこにも期待感を持っています。」

 この取り組みは、発達の中の「その面白さがわかって、想像したり」する姿です。絵本をきっかけに、子どもたちはどんどん想像力を膨らませていきます。それは、普段の経験、体験の中からの想像力です。そこには、普段からの保育者の働きかけと、環境構成が影響してきます。そして、コメントはこう続きます。「役が決まると、やる気まんまん!けど今年は、舞台に立つのは子どもたちだけ…。信じるのは自分と友だち!?「せーの!」と声を合わせたり、誰かがリードしたり、友だちの様子を見ながら合わせたり。友だちと気持ちを合わせて一緒にやる、ちょっと難しいけど楽しい!ドキドキするけどやりたい!そんな気持ちで取り組んでいる4歳児さんです。」
 
ここにも、発達の「自ら表現したりして楽しむ。」姿があります。きちんとそれぞれの時期の発達過程を大切にし、その今を大切にする保育が、このような成長を促していくのです。

おたのしみ会の考察15

 年少児は、年長児のやることをじっと見、そこから刺激を受け、それをまねしてやろうとします。それは、0歳児でも1歳児から刺激を受けますし、私の年齢になっても、高齢者ががんばっている姿から刺激を受け、頑張らなければと思うこともあります。また、逆もあります。年長児は、年少児から見られることによって、自分を手本として見られることで、自信を持つことがあります。子どもは、あこがれを持って向けられている視線を感じることができます。その視線は、大人からどんなに褒められるよりも自信につながります。それは、1歳児でも、0歳児から見られることによって、何となくお兄ちゃんぶったり、お姉ちゃんぶったりします。年少児から見られることによって、しっかりすることもあるのです。その意味では、小学校の1年生は、自分より下の年齢の子がいないために、幼児施設の時にあんなにしっかりしていた子が、何となく赤ちゃんぽくなるのです。幼児施設の時には、最年長だったのが、小学校では最年少になったからです。そこで、生活科などで、幼児と触れ合うことを提案しているのです。1年生が、幼児と接することで、小1プロブレムと言われるような幼児返りは少しは解消すると言われているからです。

 私の園で行われる「おたのしみ会」では、当日は年齢別に行われるのですが、実は、異年齢児保育の発表でもあるのです。それは、舞台の上でだけ行われるのではなく、普段の生活の発表だからです。普段の生活は、異年齢の中で様々なかかわりを持っていることで成長することが大きいのです。「おたのしみ会」当日は、観客者が両親、祖父母を含め多くなってきたために、最近、園児は観覧しなくなりました。そこで、その前の週に行われる予行練習では、すべて本番のような衣装、背景の前で、子どもたちだけで観覧します。そして、その時に、園としての写真を撮り、当日は、写真撮影は行いません。

前の週に行われる「おたのしみ会」の練習はとても面白いです。それは、全園児が観覧するからです。普段から異年齢で過ごしているために、0歳児が出ると、それぞれの子に対して応援する声がほかの子から飛びます。そして、泣きそうな子には、その子をみんなで励まします。そして、朝のお集まりの場面で歌が始まると、年長児までその歌を歌いながら、観客席で手遊びをして見せます。舞台の上と観客席が一体になります。舞台の上の子も、見られることから、楽しそうですし、しっかりしようとします。

それは、乳児だけでなく、幼児においても同じことが言えます。小さい子からの視線を感じ、自信を持っていくようです。それが、本番において発揮されていきます。また、お互いがお互いの演技を見ることによって、それぞれの年齢のクラスによって乃違いを見ることができます。それは、普段の保育の中でも異年齢で生活する特徴です。お互いの違いを知ることができます。それは、男女差であったり、年齢差であったりします。そして、その違いを知ることによって、個人差も知ることができるようになります。みんな同じようになることではなく、自分らしさを発揮することが必要であることを知ります。園に、下半身が不自由な障害の子が在園しています。しかし、その違いは、子どもにとっては個人差としてしか写っていないようです。歩行器を使って移動しますが、他の子はそれを何の違和感を感じることなく自分の動きをします。障害児に対しても、普段の異年齢での生活から、真の平等を子どもたちは学んでいるようです。

おたのしみ会の考察14

 私の園での「おたのしみ会」は、いわゆる年齢別に保護者に発達や、普段の生活を見せます。しかし、普段の生活は、3,4,5歳児が同じ部屋の中で過ごしています。その部屋の中での遊びは、必ずしも異年齢で遊ぶわけでもないのですが、少なくとも子どもたちは、生年月日が4月から3月生まれを一区切りとしてグループを作って遊ぶわけではありません。遊ぶ内容によって遊び相手を決めています。その時には、ほぼ、同じくらいに発達の子を選んでいることが多いようです。オセロをやろうとするときには、ルールを知っていて、同じくらいに強さの子が面白いようです。

 しかし、おたのしみ会では、年齢別に行いますので、練習や、当日までの取り組みは、年齢別クラスによって違ってきます。ちょうどその時期にボランティアに来ていた学生が、こんな記録を書きました。「今日は、年長さんのおたのしみ会の練習風景を見ることができましたが、さすが年長さんだなあと思う場面を多く見ることができました。役を自分たちで話し合って決め、みんなでそのセリフ、振り付け、衣装などを自分たちで話し合っている姿に、感心しました。しかし、それ以上に感心したことがありました。それは、その年長さんの姿を、あこがれの目でじっと見つめていた3歳児、4歳児がいたことでした。」

 3歳以上になると、私は「遊び」自体が子どもにとっての「表現」であると思っています。乳児から、運動、音楽、制作において、行動として現れる「表出」から、次第に意識して表現するようになると遊びが生まれてきます。その「意識して」ということは、意欲であり、何かに刺激されての動機なのです。この時に、子どもは刺激を受ける大きな要素として「少し年上の子からの刺激」があります。年少児は、年長児から刺激を受けることがあり、その刺激によって模倣をします。そして学習していきます。これが、子ども文化の伝承であり、異年齢保育の大きな長所なのです。

 年少さんの「おたのしみ会」のコメントには、こう書かれてあります。「お兄さん、お姉さんにキラキラと憧れの眼差しをむけている3歳児さん。4,5歳児の劇への話し合いが始まるとすぐに『自分たちはまだ?』と今度は担任にキラキラの目をむける子どもたち。この話どうかなぁ。ってつぶやくと、すぐに皆が集まってきてじっくり読んで、『この役やりたい!』『○○ちゃんはどれにする?』なんて、子どもたちだけで自然と話し合いが始まりました。お話が決まると、次は役決め。数種類の役があるのにも関わらず、決まるのが早い早い!何回か希望をきいて、多少人数調整していこうかな・・・と思っていたのですが、第一回!役希望の結果は?即決!。さすが、皆で話あっていただけあります!!人数は《偶然》の割合が大きいのでしょうが、役に対して、『クマは恐い顔しているけど、とっても優しいんだよ』『これ、かわいいと思うなぁ』なんて相談している姿が見られて嬉しく思いました。そのあと、『もしあの役を誰もやらなかったら私がやってあげるね』なんて、言葉もありました。こうしてみんなで作りあげた『とんとん とめてくださいな』。友だちと一緒に演じる楽しさを存分に味わいながら取り組んでいます。」

 このような姿が3歳児でも見られるのは、普段から4歳児、5歳児が自分たちでいろいろと話し合い、自分たちで決めている姿を見ているからでしょう。このような「見て」「まねして」「自分でもやってみて」という学習は、現在、唯一、また、最も効果的な教育であると言われています。

おたのしみ会の考察13

2歳児になると、何でもみんなで一緒にしたがるようになります。みんなで一緒は、自然とルールが生まれてきます。「順番こ!」「貸してね!」「どうぞ!」などの言葉が友達を大切に思うゆえに出てきます。決まりとして、約束だからというよりも、友達を思う気持ちから出てきます。保育者からも「みんな一緒だと楽しいよ!」という言葉がけが多くなります。このころになると、昼食をみんなで食べるために、自ら待てるようになります。片手、日本は「一家団欒」で食事をしました。それは、みんな集まって楽しく食事をする風景でした。この一家団欒で食事をするということには、もちろん、みんな揃っているので楽しいということがあるのですが、他にも様々な効果がありました。

一家とは、きょうだい、両親、祖父母という異年齢集団です。そして、年の違う集団が、食事というみんな同じ目的を持っての行為をします。ですから、それぞれの発達過程を見ることができます。それぞれ年齢による違いを知ることができます。そこから、他者理解が深まり、それによって、自己が形成されていくとも言われています。また、食事をみんな一緒にすることで、食材の好き嫌いををへらし、食事の量が増えるという効果があることもわかっています。そして、最後に最も重要な役割があります。それは、ある裁判所の調査官が講演の中で言っていたことです。200人くらいのいわゆる非行青少年の面倒を見ていた時、彼らの特徴の一つに、全員一家団欒で食事をしていないということがあったそうです。彼らにとって、一家団欒で食事をするという意味は、「みんながそろうまで待つ」という力が育つということだと言っていました。いわゆる「我慢する力」が必要なのです。しかし、それは、ただの「おあずけ」ではなく、みんなで食べると楽しいから待つことができるのです。園では、2歳児ころから、みんなで一緒だと楽しいから、みんなが揃うまで待つということを自らするようになります。

今年の「おたのしみ会」における2歳児の演目「ももたろうさん」の後半は、「みんなで一緒が楽しい」という表現がテーマです。機嫌の悪かった鬼が、子どもたちから笑顔一番と言われ、次第に笑顔になっていった鬼さんに、みんながももたろうさんからもらったきびだんごをあげます。そのきびだんごは、普段、公園にどんぐりひろいに行くときに持っていく、子どもたちが作った手作りポーチに入っています。このポーチについても、「取組みコメントで「秋のお散歩では、手作りのどんぐりポーチを提げてはりきってどんぐりを拾っています。劇中に出てくるのでぜひご注目ください。きびだんごも、なんと2歳児クラスの子どもたちの手作りです。」と紹介されます。

きびだんごを急いで食べようとした鬼にむかって、子どもたちは、「みんなで食べると、おいしいよ!」と呼びかけます。そして、普段の昼食の時に行っている食事の歌を保育者のギターに合わせて歌った後、「いただきます」を皆でしてきびだんごを食べます。この経緯が、当日の二日前に紹介した「取組みコメント」の中に書かれてあることです。また、取組コメントの最後には、こう書かれてあります。「“どうしたの?”“手伝って”“いいよ”“みんなで食べるとおいしいよ”…毎日の生活の中であちらこちらにみられる2歳児クラスのお友達の相手を思いやる気持ちは、たくさんの新しい出来事や絵本・歌を通してむくむく育っています。グループ活動では、自分の役割があることへの喜びを感じ、とびきりの笑顔からは自信が満ち溢れています。」

おたのしみ会の考察12

 2歳児クラスは、みんなで集まっては、いろいろなことを話しています。しかし、その話し合いは、半分は非言語コミュニケーションです。何か通じ合っています。このコミュニケーションは、子ども同士独特のものです。即座に好意などの感情的な親近感をもたらす能力です。ヒトは、いろいろな人に出会った時に、いろいろと話していくうちにその人の性格や、考え方を知ることができます。そして、その人のプロフィールを知ることによって、その人の生きてきた経過を知ることができ、それによってその人を判断することができます。しかし、それよりも、人類は、見も知らない人と出会った時には、とっさにその人が安全か、どのくらい気を許していいかを判断して生きてきたはずです。そのための能力を兼ね備えて生まれ、その力を育てていくはずです。これが、乳幼児期における大切な教育と言われています。

 ヒトは、人生の中で、様々な人間関係を築いていきます。その基本となるものが、「母子の愛着である」と言われてきました。しかし、この愛着は、目的ではなく、愛着だけがあれば豊かな人間関係が築けるわけではなく、多様な人との関係の中で、他人と同調する能力、傾聴する能力、共感的関心などの力を育てることが必要です。2歳までに、見つめあい、相手を見つめ、共感し、模倣してきたことをもとに、2歳児クラスになると、積極的に子ども自らかかわりはじめます。その時に、言葉が出てき、ルールが生まれ、自己主張が始まるのです。「みんなで一緒」が楽しくなるのです。そして、お互いが触れ合うことで、他人への思いやり、他人に対して、皆で協力して援助するようになります。

 「おたのしみ会」における2歳児の演目は、「ももたろうさん、いま助けに行くよ!」です。まず、グループごとの登場は、朝の挨拶です。2歳児クラスでは、秋くらいから職員室と、調理室まで毎日人数報告に来ます。「おはようございます。にこにこ組です。今日のお休みは何人です。よろしくお願いします。さようなら!」というセリフの中の「にこにこ組」というクラス名のところだけ「みどりチームです。」というようにおたのしみ会当日のグループ名に変えるだけです。
そのあとの劇遊びの内容の紹介には、こう書かれてあります。「みんなが大好きな絵本“ももたろう”のピンチを救いにいく『ももたろうさん、いま、たすけにいくよ』。困っているももたろうさんへの言葉は、台詞ではなく、子どもたちの自然な反応です。「“ももたろうごっこ”したいよ!」と、ももたろうや鬼とのやり取りを楽しんできました。」とあるように、劇中のセリフは、台本を覚えたわけでもなく、決めた言葉を言わされているわけでもなく、子どもたちの自然の反応を取り出したものであると担任は紹介しています。

ストーリーは、鬼退治に行くももたろうさんを、各グループが手助けをするというものです。鬼が島についてみると、担任が演じている鬼は、機嫌が悪くぷりぷりしています。そこで、2歳児クラス「にこにこ組」はみんなで「にこにこ組は、にっこにこ!」と笑いかけます。それを繰り返すうちに、鬼は次第に笑顔になっていきます。このセリフは、普段から、このクラスでけんかが起きたとき、誰かが起こった時にお互いに言っている言葉だそうです。私も、部屋で物を取り合って泣いている子にむかって「にこにこ組は、にっこにこ!」と励ましている子を見かけたことがありました。

2歳児における普段からのお互いのコミュニケーションの取り方を見ているようです。

おたのしみ会の考察11

私の園では、2歳児クラスだけが4月生まれから3月生まれまでを区切りとして、ひとクラスという集団によってひと部屋の保育室ですごします。それは、子ども自ら仲間を作り始めるからです。指針の発達過程の2歳児のところには、「発声が明瞭になり、語彙も著し増加し、自分の意思や欲求を言葉で表出できるようになる。」とあります。そして、3歳の誕生日を迎えるころには、「話し言葉の基礎ができて、盛んに質問するなど知的興味や関心が高まる。」と書かれてあります。私の園の「おたのしみ会」での2歳児クラスの演目の紹介には、こう書かれてあります。「日々の生活の中で、困っている子がいると“どうしたの?”と声を掛けて助けてくれる頼もしい姿も。そうしていつの間にかいっしょににこにこ笑い合っています。」

この発達過程は目安であるとは書かれてあるのですが、どうも現場ではその目安が合わないと感じることが多くあります。その一つが、3歳児の発達に書かれている「実際には、同じ場所で同じような遊びをそれぞれが楽しんでいる平行遊びであることが多い。」という部分です。実際は、子どもたちは2歳児になると、それぞれ別々に遊んでいた線路に列車を走らせる遊びも、他人と線路をつなげて長くしてよろこんで遊びますし、ままごと祖するときには、みんなでテーブルをはさんで、役割分担をして遊んでいます。決して、平行遊びはしていません。みんなで徒党を組むことを喜んでいます。2歳児クラスでも、「仲間とのつながりが強なる中で、」と書かれてある4歳児の発達のほうに近い気がします。「おたのしみ会」での2歳児クラスの演目のコメントには、「昼食やおやつでは、“みんなで食べるとおいしいね!”を合言葉に楽しく食べていたみんな。配膳活動が始まってからは、先にもらいに行った子が全員揃う前に食べそうになると、“みんなで食べるとおいしいよ!”と声を掛け合ってきました。今では上手に歌えるようになった“お食事のうた”を歌って、みんなで一緒に“いただきます”をしています!」

この年齢では、まさに人との関係の中で、表出から表現へと移行していきます。それは、人との関係の中でコミュニケーションが必要になり、「意思や欲求を言葉で表出」することから、次第に「自我の育ちの表れとして、強く自己主張する姿が見られる。」から「自我がよりはっきりしてくるとともに、」となっていきます。しかし、この発達過程は、保育所保育指針の中の発達過程では、おおむね2歳児から3歳児に書かれてありますが、実際に子どもたちを見ていると1歳児から2歳児にかけて見られます。2歳児クラスの子どもたちは、2歳児から3歳児になりますが、その頃になると保育園では、仲間と群れることを楽しむようになります。そして、「みんなで」ということが、「自分で」という意識より優先していきます。そのために、「待つこと」「順番」「貸し借り」「一緒」「我慢」などの力が付いてきます。そして、これらの気持ち、行動を言葉で表現するようになるのです。

どうも、「発声が明瞭」「語彙が著し増加」などの子どもの発達については指針に書かれてある目安は参考になるのですが、子ども同士のかかわり、子ども集団での表現など、子ども集団におけるかかわりの発達についての記述は、どうも実際に子どもと違うようですし、その記述が少ないように感じます。

日々の生活を「おたのしみ会」で表現してもらおうとすると、子ども達の発達をきちんと見取ることや、検証することができます。それは、発達を無視した教え込み、覚えこみをさせていないからです。

おたのしみ会の考察10

 「表現」と「言葉」の領域における子どもたちの発達を、「おたのしみ会」という行事を通して保護者に見てもらおうとするときに、私の園では、このようなプログラムを組んでいます。0歳児は、「言葉」領域の「保育士等の応答的な関わりや話しかけにより、自ら言葉を使おうとする。」ということと、「日常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに、絵本や物語などに親しみ、保育士等や友達と心を通わせる。」ということ見てもらいます。また、「表現」領域の「保育士等と一緒に歌ったり、手遊びをしたり、リズムに合わせて体を動かしたりして遊ぶ。」を中心に行います。

 今年の「おたのしみ会」での0歳児の演目は、森がテーマなので「もりのアイドルたち」ということで、プログラムには、こんな紹介がありました。一部を紹介します。「 4月は赤ちゃんだった みんなも、今では いろいろなことを楽しめるようになってきました! 毎日の朝の会では、お名前を呼ばれると、元気いっぱいに “はーい!”と 手を上げて返事をしたり、パチパチと手を叩く子もいます。お友だちの存在も意識していて、お友だちの姿をみて喜ぶ場面も多く見られます。歌を歌うときは、リズムに合わせて体を動かしたり、声をだしたり…楽しそう。そして、何回も先生に『読んで!』と持ってくる絵本!読むと、決まった部分をマネしていっしょに言ったりして楽しんでいます。最近の人気は“ぴょーん”いろいろな動物が出てきて、“ぴょーん”とはねる楽しい絵本です。」

 ということで、日常の保育士との応答的なかかわりである朝の会を、舞台の上で再現します。名前を呼ばれたら返事をし、保育士からの歌いかけに応じて、手遊びや歌に合わせて体を動かす姿を見てもらいます。そして、人気の絵本を読み聞かせをし、その内容によって体で表現します。赤ちゃんが、自分をいろいろな形で表現している場面の保育参観をしているようです。

 1歳児クラスの演目の紹介コメントにはこう書かれてあります。発達のポイントとして、「保育者と一緒に歌ったり簡単な手遊びをしたり、リズムに合わせて、体を動かしたりして遊ぶ。」「動物や乗り物などの動きを模倣して、体で表現する。」ということを踏まえて、「毎日の生活をする中で、身近な大人や友だちの姿を摸倣したり、日頃から読んでいる好きな絵本に登場する動物の鳴き声や動きの真似をしたりすることで身体の動きも豊かになり、表現する楽しさを感じています。また、朝の水分補給で飲むジュースをストローとパックに分けて片付けたり、友だちが遊ぶ姿を見て同じように積み木やブロックを積みあげたり、横に長くつなげては「でんしゃー!」「くるまー!」と見立てて遊んだりしています。お友だちの遊びを真似をして、目と目を合わせて「みてー!おんなじー!」と喜んだりする姿が増えてきました。友だちと一緒にいること、関わることを十分に楽しんでいます。」

 1歳児は、まず舞台に出てきて、普段の保育室のように並べられた机といすの中から、貼ってある写真によって自分の椅子を見つけてそこに座ります。中には、友達に教える子もいます。自分の椅子に座ったら、朝の会の歌を手遊びをしながら歌い、あいさつをし、出欠席をとります。自分の名前を呼ばれたら元気よく返事をします。そのあと、紙パック入りのジュースが配られ、そこに自分でストローをさし、できない子は人に頼む姿を見てもらいます。飲み終わったら、椅子をしまい、ごみ箱に分別をして捨てて退場します。そして、今度は帽子をかぶって出てきて、森に散歩に出かけます。そこで、いろいろな動物が出てきます。その動物に合わせて物まねをします。そして、園に帰っていきます。というような台本です。

これらは、日常の保育の中での表現する力、やってもらいたいことを言葉で人に伝える力などを生活の中から抜き出して保護者に見てもらいます。

おたのしみ会の考察9

 保育所保育指針、幼稚園教育要領は、以前の「絵画製作」と「音楽リズム」をまとめて「表現」領域にまとめられましたが、子どもたちの表現しようとする活動は、他にもあります。例えば、うれしい気持ちを表現しようと「飛び跳ね」たり、悲しいときには、「打ちひしがれ」たりします。自分で、何とも言えない気分になるときに、その気持ちが上手に表現できないときにいらいらすることがあります。なんとなく機嫌が悪くなります。しかし、その原因がわからないと、その処理の仕方もわかりません。そんな時には「八つ当たり」します。しかし、壁や物に八つ当たりするのはいいのですが、それが他人となると八つ当たりされた人はたまったものではありません。

 私の園には、「表現パネル」が3,4,5歳児の部屋にはあります。子どもたちが「今どんな気持ち?」ということを自分で自分を見つめて表わすというパネルです。これは、特に強制でもありませんし、また、保育者は何をするわけでもありません。子どもが自分の気持ちを表現するだけです。しかし、それによって自分を冷静に見つめ、気持ちを処理できるようです。

 このように、表現には様々なものがあり、何も絵画製作、音楽リズムだけとは限りません。保育所保育指針の表現領域の内容には、10項目書かれてあります。その中で、「おたのしみ会」で保護者に見てもらう内容としては、3,4,5歳児の合唱・合奏のほかに、「保育士等と一緒に歌ったり、手遊びをしたり、リズムに合わせて体を動かしたりして遊ぶ。」「感じたこと、考えたことなどを音や動きなどで表現したり、自由にかいたり、つくったりする。」「自分のイメージを動きや言葉などで表現したり、演じて遊んだりする楽しさを味わう。」などが考えられます。

 これらの内容を、「おたのしみ会」では、保護者に見てもらいます。そこで、この内容に関連して、「言葉」領域があります。ヒトは、「経験したことや考えたことなどを自分なりの言葉で表現し、相手の話す言葉を聞こうとする意欲や態度を育て、言葉に対する感覚や言葉で表現する力を養う。」とあるように、言葉で表現することもあるので、言葉を発達させる必要があります。また、じれてしまうのも、言葉で伝えることがまだできない時期ということもありますので、いろいろな気持ちを普段から言葉で表すようにしていく必要があります。そこで、ねらいには、「自分の気持ちを言葉で表現する楽しさを味わう。」「人の言葉や話などをよ聞き、自分の経験したことや考えたことを話し、伝え合う喜びを味わう。」「日常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに、絵本や物語などに親しみ、保育士等や友達と心を通わせる。」という項目が挙げられています。ここにも、「楽しさを味わう」「喜びを味わう」「心を通わせる」というように「楽しさ」が大切なことがわかります。

 これらの発達を見ると、人間は、様々なことを習得するうえで、かつて「頑張る」「一生懸命」「辛くても」「必死に」ということはあまり効果がなく、「楽しんで」「喜んで」「自ら進んで」行うことの方が効果があることがわかっているのです。ということで、「おたのしみ会」で劇遊びを披露しようとしたときに、セリフを「一生懸命に覚える」「言われたとおりに演じる」「辛くても練習する」という保育は、表現、言葉の領域においても発達をしないということになります。

おたのしみ会の考察8

 園における「おたのしみ会」の一つの目的が、保育所保育指針の「表現」の領域においての発達を保護者に伝えるとしたら、「音楽に親しみ、歌を歌ったり、簡単なリズム楽器を使ったりする楽しさを味わう。」ということにあり、決して、保育者が作った譜面通りに曲を演奏することや、上手に演奏することが目的ではなく、まずは音を感じとる楽しさを味わうことが大切なのです。合奏をする子どもたちは、それほど全員がピタッとそろっているわけではないのですが、自分で感じとった自分のリズムによって、楽しそうにならしています。

最近、講演などで紹介している0歳児の赤ちゃんの動画があります。それは、3人の赤ちゃんが、ビーズを中に入れたペットボトルをそれぞれが持って、それをマラカスのように振っている映像です。その映像の驚くべき赤ちゃんの行動は、それぞれのボトルを、何をきっかけに振りはじめているかです。なんと、他の赤ちゃんが振っているその音を聴いて、その音に合わせて自分のボトルを振ってリズムをとっているのです。なんと、赤ちゃんから3人で合奏をしているのです。ヒトは、どうも生まれながら自分ながらのリズムをとることを知っているようです。もちろん、最初のそれは表出ですが、次第にそれを表現することを学んでいくのが音楽リズムかもしれません。それは、子どものリズムに、まず保育者が共感することで、その子の自己表現が伸びていき、自分が感じたリズムを誰かに伝えたいと思うようになっていくのです。それが、「おたのしみ会」なのです。

では、合唱はどのようにとらえればいいのでしょうか。ヒトは、歌うことから言葉を話すようになってキトという説を以前のブログで紹介しました。また、泣くことによって、息継ぎを覚え、歌ったり、話したりすることができるようになるということも書きました。そして、それらは、母親からの言葉がけ、歌いかけが重要になります。最近、生後1年までの赤ちゃんの 音声言語や音楽の聴取弁別能力や表出傾向について研究がされています。志村氏の講演の中でも紹介したことですが、親が歌いかける行動は 赤ちゃんの成長に応じて変化し こうした歌いかけを赤ちゃんはとりわけ好むことが明らかになっています。また リズムについては成人よりも鋭敏にそのパタン聞き分ける可能性も示されているようです。これを私たちは、私の園の現場で体験したのです。

これらの研究から、志村氏は、講演の中で、ぜひこれだけは声を大きくして言いたいことは、合唱を子どもたちがする際に、「元気よく」とか、「正しいメロディ」でとか、「皆、合わせて」と歌うことを求めることはしないようにということだそうです。それは、保育者が、赤ちゃんに歌いかける場合にも言えることで、「語りかけるように歌いかける」ことで、赤ちゃんは音楽を味わい、さらに表出から表現しようとする力を備えていくのです。そして、その表現力が、「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して 豊かな感性や表現する力を養い 創造性を豊かにする。」とあるように、豊かな創造性を育てることになるのです。ただ、上手に歌わせること、上手に合奏することは幼児にとってはあまり意味のないものであるにもかかわらず、どうしても保育者は、練習に熱心になるのでしょうね。

しかも、表現は、「自分なりに表現することを通し」と書かれているように、表現には個が強調されています。「みんな揃って!」ということは、表現ではないのです。

おたのしみ会の考察7

 私の園での発表会は、「おたのしみ会」という名の行事です。それは、一つは、子どもの「表現」の領域での発達を保護者に見てもらうことがあります。そこで、保育指針の「表現」領域のねらいには、「感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむ。」「生活の中でイメージを豊かにし、様々な表現を楽しむ。」とあり、どちらも「楽しむ」ことがねらいですので、「おたのしみ会」なのです。学芸を披露する「学芸会」でもなく、生活を発表する「生活発表会」でもないからです。子どもにとって、表現することは、楽しいことなのです。

 その楽しい表現の手段として、音楽関係では、乳児は、「保育士等と一緒に歌ったり、手遊びをしたり、リズムに合わせて体を動かしたりして遊ぶ。」という内容に沿って出し物を決めます。また、幼児になると、「音楽に親しみ、歌を歌ったり、簡単なリズム楽器を使ったりする楽しさを味わう。」ということで、合唱と楽器演奏があります。これらは、表現領域のねらいには、普段の「生活の中で」ということが書かれてありますので、3,4,5歳児が合同で行います。普段の生活は3,4,5歳児が一緒の空間で生活しているからで、その生活の中の楽器ゾーンでの活動を披露するのが合奏で、3,4,5歳児が一緒にお集まりの時に歌っていることを披露するのが合唱だからです。

 まず、合奏ですが、3,4,5歳児の部屋には「楽器ゾーン」があります。普段は、そのゾーンは、楽器だけでなく、人形劇をやったり、コンサートをやったりと表現ゾーンですが、おたのしみ会が近づいてくると、様々な楽器が置かれ、楽器ソーンが充実してきます。それと同時に、いつもは人気のある製作ゾーンから、素材が少なくなっていきます。子どもたちは、あまり素材が多くない製作ゾーンよりも、あまり目にしない楽器がたくさん置かれている楽器ゾーンの人気が高まっていきます。そして、楽譜が何枚も置かれ、子どもたちの中には、好きな曲の楽譜を取り出してメロディオンを引き始める子がいます。そして、それに合わせて、タンバリン、スズ、トライアングル、大太鼓、小太鼓、シンバルなどを鳴らして楽しそうに演奏します。たまに、保育者も子どもたちの中に入って伴奏を弾いてあげます。そんな日々の生活の中で、次第に子どもたちが選ぶ曲が限定されてきます。それに合わせて、徐々においてある楽譜を減らしていき、最後に2曲になります。

 基本的に、この時の2曲が「おたのしみ会」の合奏の曲になり、当日は、どちらの曲を演奏するか子どもたちが選びます。また、よく鳴らしてして遊んでいる楽器が、「おたのしみ会」当日の演奏する楽器になります。年長だからメロディオン、年少だからスズというように決めることはしないで、あくまでも自分が楽しめる楽器を選んでもらいます。そして、その演奏の仕方も、例えば、一拍おいて叩くとか、叩いたり振ったり演奏の仕方を決めることはしないで、あくまでも子どもたちがそのリズムを聞いて、自分なりに演奏します。しかし、自分で選んだ楽器は、練習が必要な時もあります。それは、大太鼓と小太鼓です。この2種類の楽器は目立つため、人気がありますが、練習しているうちに、次第に、ただ目立つからというだけで選ぶ子はほかの楽器に移っていきます。楽しくないからです。

 そんな日々を過ごしていき、本番の土曜日の1週間前の水曜日に1回目の予行連数をします。そのときに、初めてと言ってよいのですが、全体で合わせてみます。まだまだバラバラですが、好きで演奏しているので、それからの1週間で驚くほど素晴らしい演奏になっていきます。