桃から豆

 昔話には、深い意味があります。例えば、最近映画になった「かぐやひめ」伝説にも、ずいぶんと深い意味があるようです。また、「桃太郎」の話にも深い意味があります。最近、桃太郎が最後に鬼が島から鬼の宝物を持って帰るという部分を取り上げて、他人のものを取り上げるのは泥棒だということで、鬼が盗んだものをもとに返すという設定にしたりしています。

 しかし、そもそもなぜ、桃から生まれなければならなかったのでしょうか?桃から生まれて桃太郎が、なぜ、鬼退治に出かけたのでしょうか?平安時代、天文暦学の道に精通し、さまざまな奇跡を起こした陰陽師・安倍晴明を祀る晴明神社の境内には、「厄除桃」があるそうです。桃は、陰陽道では魔除け、厄除けの果物とされているからです。桃は、不思議な果物です。

 中国では古くから「長寿」の効力があると思われてきました。それは、桃の実だけでなく、中国では桃の花びらを浮かべた水を飲みますが、それは花びらが流れてくる川の水を飲んだ者が三百歳まで生きる事が出来たという古い話からきているようです。また、世界の果てに大きな桃の木が生えていて、木の上の番人が、隙間から悪い鬼が入ってくるのを取り締まっているなどという話もあり、邪悪な物は桃を嫌うと考えられていたようです。これ以外に、桃はその形・文字・実の成り方などから「豊穣」や「多産」をも意味すると言われています。

 日本では、どうでしょうか?古事記や日本書紀に桃が出てきます。イザナギが亡くなったイザナミをたずねて黄泉の国に行ったところ、あまりの醜さに驚いて帰ろうとしたところ、イザナミは、八種の雷神と千五百の黄泉つ軍に追わせます。いろいろなものを使って逃げようと、やっとあの世とこの世の境にある『黄泉つひら坂』にたどり着きます。「そこには一本の桃の木が生えており、まだしつこく追ってきている軍勢に、その桃の実を三つ取って、ぽんぽんぽんと投げました。すると不思議なことに黄泉の軍勢たちは皆、桃を嫌ってザーッと逃げ帰りました。命びろいをしたいざなぎはその桃に向かって、「わたしを助けたように、この国で苦しい目にあって悩んでいる者がいたら、これからも助けてあげなさい」と言い、この邪気を払う桃の木に『おほかむづみの命』という名をさずけられたのでございます。」とあります。

 この神話から、「桃=魔除け」と言う思想が日本にもあったことがわかります。ですから、厄(邪気)である鬼を追い払うのは、桃から生まれた桃の精でなければならないのです。実際に、桃は漢方では欠かせないもので、種子は「桃仁(トウジン)」と言われ、血液の循環を良くし、血栓の形成を防いでくれる働きがあるといわれています。消炎・抗菌・鎮痛等の効果もあってよく婦人薬には処方されるそうです。また、桃の実は、肌に潤いを与え美容に良いとされています。葉の方も、乾燥させてお風呂に入れれば、アセモや湿疹に良いとされ、日焼け後の肌の赤味を抑える働きもあるようです。このように、中国では、桃の木には、体の中の悪いものを取り除く力があるとされています。それが日本にも伝わって、ひな祭りの時に、桃の花が使われるようになりました。

 室町時代になると、それまで悪魔を払う力があるとされてきた桃への信仰がすたれ、変わってでてきたのが大豆でした。そして、武家社会の発展、これに続く庶民の文化の発達により豆による追儺が広がります。そして、節分に豆を撒いて悪魔を祓う事は、江戸時代になって盛んになります。豊かな蛋白質を有するのが大豆を炒ったものを「鬼打豆」と称し、節分に豆を撒いて悪魔を払うようになったのです。

神事

 昨日は節分でした。園では、子どもたちの泣き声が聞こえてきました。鬼役を頼んだ専門学校の学生さんに、最近の子どもたちは怖がるのでソフトにと言ったにもかかわらず、ずいぶんと泣いていました。私の2歳になりたての孫も園から帰ってきて、泣いたと言っていたそうです。鬼に何かされた経験がないのに、どうして怖がるのでしょうか?

 また、神のことをブログで書いていて、節分のいわれはよく聞くのですが、どうして神社で豆をまくのでしょうか?私が育った地域では、鳥越神社に有名人が来て、台の上から豆をまいたり、お菓子や、商品の引換券などが巻かれ、子どもの頃必死で拾ったものでした。2006年2月2日のブログで当時の思い出を書きましたが、なぜ、神社で行われたかは取り上げませんでした。日本の神のことを書いていて、ふと不思議に思いました。

 節分は、冬が去り、春がくる事を「一陽来復」といい、その新春を迎える神事が節分祭であるということはよく言われます。しかし、実は、節分は大祓の神事だったようです。大祓は、日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的としています。その年々の節目におこなわれる大祓は、罪や穢れを祓うとともに、定期的に自らを振り返るための機会として行われたのでしょう。

 また、この行事は、記紀神話に見られるイザナギノミコトの禊祓を起源とし、宮中においても、古くから大祓がおこなわれてきました。そこで、中世以降、各神社で年中行事の一つとして普及し、現在では多くの神社の恒例式となっているようです。同様に、六月の大祓を「夏越の祓」と呼んで、大祓詞を唱え、「ひとがた(人の形に切った白紙)」などを用いて、身についた半年間の穢れを祓い、無病息災を祈るため、茅や藁を束ねた茅の輪を神前に立てて、これを三回くぐりながら「水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶというなり」と唱えます。また、十二月の大祓は「年越の祓」とも呼ばれ、新たな年を迎えるために心身を清める祓いです。

 そして節分の豆撒きは、昔の追儺(ついな)または鬼儺(おにやらい)といい、これも大晦日の夜、疫鬼を祓うために宮中で行われた儀式から来ているようです。これは疾病の鬼に扮した人を追い払うもの。その起源は中国で、周の時代、方相氏という官職の者が、4つ目の大きな面をかぶり、赤い着物をつけ、矛と盾を持って、悪魔を祓ったそうです。そして、漢の時代には、これに桃の弓にいばらの矢が加わり、赤頭巾をつけた沢山の子どもが参加するようになります。これがそのまま日本に持ち込まれたそうです。朝廷では大舎人寮の舎人が 鬼の役になり、大舎人長が4つ目の面をかぶり矛と盾を手に赤装束で、方相氏の役目をし、この後ろには百人の子どもがしたがったのです。方相氏が鬼儺の詞を唱え、矛と盾を三回打ちます。すると群臣が唱和して桃の弓、葦の矢、桃の枝でもって、内裏の四門をめぐって、逃げる鬼を追い回し、退散させたというものです。

 現在、行われている豆まきとはずいぶんと違います。このように方相氏が主役を勧める追儺は、平安初期から盛んに行われていたそうで、文献に多くその様子が残っているようです。しかし、どうして桃から豆に変わっていったのでしょうか?そこには、また、古事記が登場します。

「ハレ」の体験

現代は、「ハレ」と「ケ」の区別のない時代ともいえます。または、区別が明確でなくなったともいえます。正月は特別な日でなくなってくると、その日を楽しみに待つということが薄らいできます。私の子どもの頃は、「もういくつねると、お正月」と歌いながら、お正月が来るのを指折り数えて待っていました。すると、日本古来からの文化としてのお正月が「ハレ」の日でなくなると、人は年始のけじめを意図して、「ハレ」の日をつくろうとします。そこで、それほど信仰心がなくても、その地の鎮守様ではなく、大勢が有名な神社に初詣に出かけます。お正月の箱根駅伝が、高いテレビ視聴率を稼ぎます。何かで、お正月を感じようとします。

子どもたちも、日常生活にいろいろな楽しみが多いために、お正月だけに許される遊びがあるわけではなく、お正月だけ大人が遊び相手になってくれるということもなく、同じような遊び方をします。東京では、すでにそんなことはなかったのですが、以前、夏休みに田舎に行った時に、子どもたちが一生懸命花火をやっている姿を見ました。聞いてみると、夏のお盆の間しか花火をしてはいけないので、やっと解禁になったということで、必死になって1年分やっていると聞いたことがありました。「ハレ」の日の楽しみな行事としてやっているのでしょうね。

そんなことがあり、人間はこんな時代でも「ハレ」を求めるものです。連休になると、どこかに行きたい。ボーナスが出たらこんなものが買いたい、今度の休みには、おいしいものを食べに行きたい、など計画します。しかし、訪れる先には、どんな「ハレ」があればいいのでしょうか?ボーナスでなければ買えないものは何があるのでしょうか?おいしいものは、どんなものでしょうか?人間の欲望はきりがありません。かつての「ハレ」が「ケ」になると、新たな「ハレ」を見つけようとします。次第に刺激の大きいもの、その時代に必要なものを求めていきます。それが、人類の進歩、発展、様々な発明をしていくエネルギーになってきたのかもしれません。これからも人間は新たなる「ハレ」を求めてつぎつぎといろいろなものを作り出していくでしょう。

しかし、同時に、かつての「ハレ」も見直し、大切に引き継いでいくことも必要です。それが、文化なのです。冠婚葬祭、年中行事、しきたり、それらを大切にし、それらの「ハレ」を待ち望む子どもたちの姿を大切にいなければなりません。私の園で、集団給食改善都知事賞を受賞したのは、食育3本柱として「栽培」「料理」「共食」であるとし、これらは人間しかしない営みであり、その一つの効果は、「待つ」力であるということの提案です。かつて、子どもたちにとって「ケ」の毎日の中で、「ハレ」の日は、待つ力を育んできたのかもしれません。それは、生きる目的になったり、毎日のハリであったりします。

「栽培」とは、日本では、稲は夏に田植えをして秋には刈り取るまでを言います。刈り取るということは、田は枯れた状態と同じです。これがケガレです。稲を刈り取った後に行われるのは豊穣祭です。五穀豊穣を神様に感謝するお祭りです。このお祭りがハレなのです。この祭りを大人も子どもも待ち焦がれます。それは、祭りが楽しいだけでなく、育てていた稲が実を結び、収穫があるからです。それを待ち、祝うということが生活リズムなのです。このリズムは、日本では四季が織りなしていきます。園で、栽培をしています、クッキングをしています、みんなで食事をしていますということではなく、子どもたちに「ケ」と「ハレ」の体験をさせることに意味があるのです。

形の神秘

 いよいよ今年も残りあと数時間になりました。年末になるとこのブログで取り上げる内容はいつも同じような内容になってしまいます。それは、年末というのは、何とも言えない独特の雰囲気があるからでしょう。今は、1歳年を取るわけでもありませんし、借金がチャラになるわけでもありませんし、お店が一斉に休みになるわけでもありませんので、年々、新年という意識を持つ条件はなくなってきているはずですが、不思議ですね。年が変わることに、何か神秘的なものを感じます。

 新年を迎えるときのいろいろなしきたりは、その神秘さを表わしています。フレーベルが形に神秘的なものを感じたように、正月に関することで、形に意味を込めたものもあるようです。フレーベルが恩物の1番目にした球ではありませんが、丸い形には神秘的なものを感じたようです。例えば、鏡餅は丸い形をしています。

 もともと日本人は米が大切な食べ物でした。ですから、米に関する行事が多く残っています。そこで、稲に関して、稲魂(いなだま)とか穀霊(こくれい)という言葉があるように、人間の生命力を強化する霊力があると考えられてきました。この稲や米の霊力は、それを醸して造る酒や、搗き固めて作る餅の場合には、さらに倍増するとも考えられました。そんなことから、餅が古くから神妙な食べ物であったことを物語る伝説は、奈良時代に編纂された「豊後国風土記」や「山城国風土記」でも見られます。餅を弓矢の的に見立てて射ようとしたところ、その餅は白鳥となって飛び去り、人びとは死に絶え水田も荒れ果てたという言い伝えが書かれてあり、白餅は白鳥に連想されており、決して粗末に扱ってはならないもの、神妙な霊性を宿すもの、と考えられていたのです。
そして、宮中の正月行事では、新年の健康と良運とさらなる長寿を願う意味で、歯固めの祝いと餅鏡つまり鏡餅の祝い、とがセットになっていました。年齢という言葉に歯の字が含まれているように、健康と長寿のためには丈夫な歯が大切だと考えられていたのです。

 そんな大切な米から作られた鏡餅のその形は、その昔、鏡餅は年神様の依り代ですから、ご神体としての鏡をお餅であらわし、三種の神器の一つである“知”をもって世の中を治める道具とされた銅鏡の形の鏡は丸い形をしていたので、それをあらわしていると言われています。また、元禄8(1695)年に出版された「本朝食鑑」に「大円塊に作って鏡の形に擬える」との記載があることから、鏡餅は拝み見るべきものである鏡の役割をしているということで丸いと言われています。また、心臓の形をあらわしているとか、満月のように丸い形が生命力を表すとか、また丸く円満な人間の霊魂をかたどっているなどと言われていますが、同時に、年神様の神霊が宿る聖なる供物でもあります。それを大小二つ重ね合わせるのは、月(陰)と日(陽)を表しており、福徳が重なって縁起がいいと考えられたからとも伝えられています。

また、鏡餅の飾り方にも形の神秘性が使われています。鏡餅は、一般的には、三方(折敷に台がついたお供え用の器)に白い奉書紙、または四方紅(四方が紅く彩られた和紙)を敷き、紙垂、裏白、譲り葉の上に鏡餅をのせ、昆布、橙などを飾ります。また、正月に飾るシメ縄や玉串にも、ひらひらした切り紙がついています。これは、紙垂(しで)といい、様々な形のものがあります。この形は、落雷があると稲が育ち豊作なので、紙垂は、邪悪なものを追い払うという意味で雷光・稲妻をイメージしているようです。

形の神秘さは、自然の中のものから見出していることが多いようです。

おたのしみ会の考察22

いよいよ今年の幕が閉まります。来年という次のステージが始まります。そのステージではどのような演技が行われるのでしょうか?私たちは、その舞台を鑑賞するだけでしょうか?出演するのでしょうか?それとも、演技に対して舞台の下からヤジを飛ばすのか、評論するのでしょうか?私の園の「おたのしみ会」は、0歳児からすべての園児が、普段の生活や遊びの中から自ら表出することから表現する力を見せていきます。全員が出演者なのです。そして、それは、当日だけのものではなく、発達過程における通過点の姿なのです。

 もちろん、「おたのしみ会」当日は、子どもにとっては特別な日であり、他の人に見られる日です。しかし、子どもにとっては少しでも日常の連続であると思ってもらうために、舞台は台にせず、観客席と同じフロアで高くしません。以前、高くしていた時、園児の中に、舞台ののぼると声の出ない子がいました。高い舞台に何かトラウマがあるのではないかと発達相談の人に言われたことがありました。また、舞台から落ちてしまう子がいたり、登場するときにのぼらないといけなかったりということもあります。保護者からは少し見えにくさはありますが、見る側と同じ高さでの演技は、舞台と観客が一体になっている気がしています。

 また、舞台の前には幕がありません。演技が終わり、次の出し物の舞台設営の間は、暗転するだけで観客からは見えています。それは、舞台への出入りも、舞台設営も、演技の一つだと思っています。もちろん、舞台設営の多くは職員がするのですが、半分は遊び心で、「黒子」の格好で出てきます。もしかしたら、子どもが準備することもあるかもしれません。また、合奏などは、始まる前に前に並びますが、順に出てきて、並ぶ姿からも、薄暗い中ですが、発達を見ることができます。

 年というステージが変わる最後の舞台が今日です。いよいよというカウントダウンが始まるまで、今までの振り返りや、来年への期待の気持ちがわいてきますが、その実感をもたらすものに、私は、やはり「紅白歌合戦」でしょう。それほど面白くもないのですが、何となく見てしまいます。しかし、私の息子は、どこかの場所で友達とカウントダウンをしていたようですし、テレビにしてもほかのチャンネルを見ているようです。どれにしても、次の出し物が始まるまでの「幕間」かもしれません。園の「おたのしみ会」にも「幕間」があります。

2011年、2012年舞台背景(テーマ森)


 「幕間」とは、劇と劇の間をつなぐもので、次の出し物の準備をしている間をつなぎもので、準備が出来たら合図をして次の出し物の紹介をして去るという役目があるのですが、前の出し物の振り返りと、次の出し物への期待を持たせる役目もあります。また、「幕間劇」というように、特に背景や大道具を使わないで行う一つの出し物ということもあります。どの要素が強いかは、私の園ではその年の胆嚢に負って違います。幕間を受け持つもの、以前、子どもたちの観覧していた時には、年長さんがやっていたこともありました。また、学童クラブの子どもたちがやってくれた時もありました。その時は、クイズや紙芝居、時には、幕間を通して本の読み聞かせなどをしていました。しかし、最近は保護者だけの観覧ですので、前の出し物の振り返りと、次の出し物への導入の役割が強くなりました。

 今年最後のブログもこれで終わりですが、また、明日から新しい物語が始まります。よろしくお願いします。

おたのしみ会の考察21

 保育所保育指針に書かれてある「発達過程」の注意書きには、「子どもの発達過程は、おおむね次に示す八つの区分としてとらえられる。ただし、この区分は、同年齢の子どもの均一的な発達の基準ではなく、一人一人の子どもの発達過程としてとらえるべきものである。また、様々な条件により、子どもに発達上の課題や保育所の生活になじみにくいなどの状態が見られても、保育士等は、子ども自身の力を十分に認め、一人一人の発達過程や心身の状態に応じた適切な援助及び環境構成を行うことが重要である。」

この注意書きをよく読みこまずに、各年齢区分の発達だけを読んでしまうことが多いようです。発達過程が「一人一人の子どもの発達過程として」と書くのであれば、区分で書かずに、その連続性を書くべきなのです。そのほうが、発達の連続性だけでなく、順序性や方向性が見えやすくなります。保育に必要なのは、それが大切な気がします。それこそ、保育所ができることで、新しい子ども園構想の中で、3歳以上児だけ学校教育に組み入れるという考え方は生まれてこないと思います。様々な発達は、3歳から何かができるようになるのではなく、必ず生まれながら将来に自立していくための準備を始めていくのです。そこに、こういう仕事をしていく感動があるのです。知識を与える、知識を覚えるのであれば、年齢区分は必要です。小学校で教えるべき内容を、おおむね6年間に振り分けるのは分かりますが、発達を年齢ごとに振り分けるのはおかしい気がするのです。

園の「おたのしみ会」は、保護者に子どもたちの発達を見てもらうのですが、それは、「それぞれの年齢に何ができるというよりも、わが子が昨年と比べてこんなことができるようになったのだ」ということを感じてもらいたいのです。この考え方は、すべての行事に通っている柱です。ですから、行事のプログラムにつける発達のめやすの表には、年齢区分は書かれていません。0歳児からどのように一人一人が発達してくるかという、連続性を重視した形で示しています。その表は、プログラムの後ろに貼ってあり、広げると全体の発達の連続性がわかるようになっています。

今年の「おたのしみ会」の始まりは、舞台の前に広げられた白い布に、森を映し出され、その森の中でいろいろな動物が遊んでいるというイメージでした。そのプログラムは、立てられるようになっており、終わってから前後を入れ替えると、来年のカレンダーになります。カレンダーの数字は、年長の子どもたちが書いたものです。おたのしみ会が終わっても、来年1年間は使ってもらおうというものです。

また、プログラムは、イメージに合わせて、森の木の間に張られた布に映し出される出し物を森の動物が鑑賞するというものでした。そして、出し物が進むにしたがって、プログラムをめくっていくと、観客の動物が増えていくという趣向です。また、木に登っているサルは、紙の押さえになっています。観覧している動物は、職員数人で作った消しゴムハンコです。上手に作るものです。

とても手が込んだプログラムですが、担当の職員がパーツと、完成品を職員室に置いておくと、手が空いた職員や、職員室で仕事をする職員が、話をしながら作ります。間近に、時間外で一生懸命作るという感じではなく、いつの間にか勤務時間内に出来上がっているというように、上手に時間を作っています。また、何人かでおしゃべりをしながら作るのも楽しいようです。

おたのしみ会の考察20

 幼児教育の主な目的は、子どもたちの発達をきちんと保障することにあります。その中で、「最も大事な点。要点。」が書かれてあるのが「教育要領」ということになります。ですから、その「ねらい」とその「内容」が、発達の側面である五つの「領域」に分けて書かれてあります。この「要領」は告示化されています。告示化されることにより、最低基準として遵守しなければならない大事な点として書かれてあるのです。

それに対して「取るべき態度や進むべき方向を示す方針。」が「指針」です。保育所には、この方針が示されていました。そこには、各年齢における「保育の内容」が書かれ、その年齢における「発達の特徴」が示され、「ねらい」と「内容」が書かれていました。しかし、この保育指針は、平成20年の時の改訂の際、告示化されました。それは、「方向を示す方針」ではなく、遵守しなければならない事項に変わったのです。本来、その時にまずしなければならなかったのは、「保育指針」を「保育要領」とすべきだったのです。

もう一つ、内容として明記する事項で見直さなければならなかったのが、おおむね8つの区分で書かれてある「発達過程」です。これは、遵守すべき重要な点ではなく、一つの目安です。私も、保育者にとってこの発達過程はとても大切なこととして、保育室に貼っておきました。しかし、それは、あくまでも目安で、目標ではないのです。それをもう少し考えると、「めやす」とは、どういうもので、どのように使うものであるかということです。考えられるのは、この「めやす」と大きく違っている子をチェックするためであるということです。しかし、そのために使われる「めやす」は絶対的なものでなければなりません。ある特殊な環境の中での子どもの発達を基準にしてしまうと、違う環境の中での発達との食い違いを障害と決めつけかねません。いくら「おおむね」と書かれてあっても、平均値だというイメージはあります。平均値ということは、「普通の子」となり、それから遅れてずれていると「遅れている」「普通でない」と思ってしまいます。

しかし、発達とは、目の前にいる子が立った時に立つという発達過程にあり、いくら目安として書かれていようがいまいが、あまり関係ない気がします。ですから、「おたのしみ会」で保護者に見てもらう発達は、保育指針が先にあり、それに合わせて発達させたものではなく、子どもたちの生活と遊びの中から自ら発達したものです。それは、もしかしたら指針に書かれているめやすとは少し違ってくるかもしれませんが、優先されるのは、目の前に子どもたちがどんなことをするかです。そして、そこで見える発達を保障するために、環境を用意するのです。それによって、次の発達過程に移っていくのです。まず活動があり、その活動から領域という切り口から発達を見ていくのです。年長さんの「おたのしみ会」での表現に至るまでの姿が、コメントに書かれてあります。

「普段から、ごっこ遊びや楽器遊びが好きな年長さん。感じたことや想像したことを、言葉や体、音楽などで表現して遊んでいます。劇を作って演じたり、楽器を演奏したり、するとみんなに見せたくて互いに見せ合ったり、聞かせ合ったりして楽しんでいます。そんな日々の中で表現の仕方を考えてきたみんなは、『もりのてがみ』の台詞や動き、衣装や小道具などを役ごとに話し合って決めました。そこには、みんなのやりたいこと、見せたいことが詰まっています。」

この姿には、指針の発達過程の枠にはまらない、ダイナミックな発達が見られます。

おたのしみ会の考察19

 数年前の「おたのしみ会」での年長さんの演目が「どうぞのいす」にすると担任から聞いた時に、「どうして?」と思いました。なぜかというと、この絵本の内容は、シンプルで、3歳児くらいにちょうどよい話だったからです。どうしてこの絵本を題材にしたのかを年長の担任に聞いてみました。すると、「実は、木工ゾーンを開設したのですが、このゾーンに対してどう導入したらよいかを迷っていました。そこで、みんなで、木工ゾーンで“椅子を作ってみよう!”と盛り上げるような環境を作りました。その一つとして、絵本の“どうぞの椅子”を子どもたちに興味を持たせることにしたのです。そうしたら、みんなに座ってもらうことにしたらどうかということが子どもたちから提案されました。そして、それを劇にしようということになったのです。」

 実は、ここには担任の意図があるのです。おたのしみ会の出し物は、普段の子どもたちの生活、子どもたちの活動から取り出すのですが、その逆もあるのです。それは、おたのしみ会の出し物にし、その取り組みから、普段の保育の動機づけにしていくのです。子どもにつけたい力、子どもたちに取り組んでもらいたい活動を、おたのしみ会に取り組む中から、普段の保育につなげていくという保育もあるのです。

 また、おたのしみ会の出し物について、保育者の意図がなく、子どもたちからの活動から、次々に発展していき、次第におたのしみ会につながっていくこともあります。年長さんが、こんな保育に取り組みました。「“ねぇテント作りたい!”…ある日の誰かの一言で始まったテント作り。新聞紙を一本一本丸めていき、骨組みを作ってそれをつなげて。“あと何本作らなきゃね!”“私もやるー!”…だんだんと仲間が増えて、何日もかけて年長さんの新聞紙のテントが出来上がりました。」しかし、材料が新聞紙のためか、壊れてしまいました。こうして始まったテント作りは、次につながっていきます。

ちょうどその時、おたのしみ会が近づき、出し物を検討することになりました。そんな時に、子どもたちはこんな会話をしています。「するとまた誰かが提案をしました。―“このテント、お楽しみ会で使ったらいいんじゃない??”そこから始まったお話探し。“テントが出てくるお話がいいよ!”“森だから動物がいいんじゃない?”と、次々にお話の案が持ち上がる中、無惨にもテントは壊れてしまいました。…それでもお楽しみ会のイメージは膨らんでいき『もりのてがみ』に決まると、お話の展開もみんなで考えていきました。そしてキャンプをすることに。すると、“じゃあテントが必要じゃん!また作ろうよ!”」

せっかく作ったテントですから、子どもたちはどうしたら壊れないテントが造れるかを考えます。そこで、骨組みを新聞紙を丸めて作ったのから、角材に釘で打ち付けて作ることにしました。釘が曲がりながら、みんなで打ち付けていきます。そして、覆いも新聞紙ではなく、布で作ることにしました。そして、みんなでテントを作り上げました。子ども集団における遊びには、人間として発達していくための、人間関係における共感、協同、また、表現における想像と創造の力などの基礎的な能力を育むプロセスなのです。

保育所保育指針の発達過程の「おおむね六歳」には、こう書かれてあります。「仲間の意思を大切にしようとし、役割の分担が生まれるような協同遊びやごっこ遊びを行い、満足するまで取り組もうとする。様々な知識や経験を生かし、創意工夫を重ね、遊びを発展させる。」
また、「人間関係」領域のねらいには、「?友達と一緒に活動する中で、共通の目的を見いだし、協力して物事をやり遂げようとする気持ちを持つ。」とあり、「三歳以上児の保育に関わる配慮事項」には、「ク 感じたことや思ったこと、想像したことなどを、様々な方法で創意工夫を凝らして自由に表現できるよう、保育に必要な素材や用具を始め、様々な環境の設定に留意すること。」とあります。

保育とは、特定の領域に限られるものでもなく、特定に年齢の発達過程に限られたものでもなく、総合的なものなのです。

おたのしみ会の考察18

絵本やお話から始まる「劇遊び」は、表象を広げながらそこに登場するものの性格や関係、感情などについて疑似的な体験しはじめます。それは、ごっこ遊びと共通しているもので、動機、表象、情動の実現と進み、それが子ども自身の表現として現れてきます。しかし、劇遊びでは、より高度な表現になります。それは、単に大人のまねではなく、きっかけとなるお話や物語のストーリー、登場するものが全体の進行を決定していくからです。その進行の中で、想像が広がり、感情が高まってくることによって、自らのストーリー、新しく登場するものまでも生み出していきます。
このような活動が、年長さんのおたのしみ会への取り組みに見ることができます。紹介コメントにはこのように書かれてあります。「絵本が決まると、次は役決めです。“絵本にでていなくてもいいから自分たちの好きな動物をやろう!”そうして出てきた動物は、ぞう、うさぎ、りす、とり、ライオンでした。役が決まると、ストーリーやセリフも自分たちで考えました。ぞう、うさぎ、りすは“最初何をして登場したいか?”と“どんなケーキを作ってコンテストに出たいか?”ということ、とりは“誰がどこのナレーションをするか?”、そしてライオンは“本番中に一番おいしいケーキを決める!”ということを話し合いました。」

この取り組みコメントを読むと、行事は決して当日のためのものでないことがわかります。当日は、表現領域を中心としたプロジェクト保育の通過点に過ぎないのです。その経過は、3歳以上児になると、練習にもその成長を見ることもできます。そんな光景も、取組コメントにも書かれてあります。「ストーリーやセリフが決まってくると、次はいよいよ練習です。台本できあがると自分たちでセリフやセリフを言う順番覚えていったり、同じ出番のグループで集まって話し合ったり、練習をしていました。初めてみんなで合わせてみた時も、流れや、セリフは自分たちでしっかりと覚えていて、途中でわかんなくなってしまった時も“次は○○の出番だよ!”と教えてあって、最後までやり通していました。さらに、“ゾウは鼻を手でやればいいよね?”“セリフの前にがぉーっていれたほうがいい?”など、自分の演じる動物の歩き方や鳴き声をお互いにもっと劇がよくなるように提案をしたり、大道具や装飾も、みんなで設計図を描いて、協力して作りました。ハプニングやケンカもありつつも、劇のいたるところに年長さんのこだわり、楽しかった様子、想いが込めてられています。そして年長さんで出来る最後の劇、思い残すことがないよう力いっぱい出し切るぞっという気持ちで取り組んできました。」

子どもたちは、身の回りにある様々な環境から影響を受けます。劇遊びをするときにも、読んだ絵本からとか、保育者から読み聞かせてもらったお話から刺激を受けます。最近、その多くを、テレビから受けることがあります。例えば、「戦いごっこ」など戦隊物の影響があります。戦いごっこをしている子どもたちを見ると、「テレビの影響が大きいから」と片づけることがあるのですが、私は、「テレビなどは子どもにとって1日のうち数時間か数分の話で、何で多くの時間を過ごす保育の中の影響は受けないの?」と聞くことがあります。もっと、保育の中での経験を豊富にさせることで、長細い棒を作っても、剣にするというよりも、釣竿にするとか、魔法の杖にするとか、違う発想を得るはずです。

子どもたちは、様々な経験、体験からいろいろなものを表現します。おたのしみ会で子どもたちに話し合いをさせようと思っても、それまでの体験が豊富でないと、アイディアを思いつきません。すると、つまらないおたのしみ会になってしまいます。ただ、話し合いをさせればいわけではありませんし、子どもたちに任せればいいわけではないのです。普段の保育、生活の中での導入が必要なのです。

おたのしみ会の考察17

年長さんの担任が、おたのしみ会の中で保護者に見てもらおうとした発達は、「自分や友だちの表現したものをお互いに聞かせあったり、見せ合ったりして楽しむ。」という姿であることを、コメントで紹介しています。しかし、この表現する力は、決して、おたのしみ会の時に発揮されるものではなく、私の園では、3,4,5歳児の部屋に用意されてある様々なゾーンでの活動に見られます。そんな普段の遊びをコメントで紹介しました。「おままごとゾーンではレストランごっこでウエイトレスさんになったり、お母さんや赤ちゃんになったり、製作ゾーンでは、飛行機や手裏剣を作ってヒーローや忍者になったり、いつも遊びの中でイメージを広げ、工夫しながらその役になっておもいっきり楽しんでいる年長さん。」

最近は、子どもたちの家にはいろいろな人が訪ねてきません。私の子どものころは、畳や、庭師、建具や、表具や、自宅でいろいろな職人技を見せてくれました。また、家族の働く姿も見ることができました。台所で食事の用意をする姿、箒で部屋の掃除、ぞうきんがけ、障子の張り替え、様々な大人の世界を見ることができました。そんな現実の世界における大人の活動、大人たちの相互関係を再現し、表現する遊びが「ごっこ遊び」です。それによって活動の社会的動機や人々の間の関係に結びつけ、大人の生活に間接的な関係を持つことになるのです。

そんな「ごっこ遊び」は、子どもが大人の役割を受け持ち、ものを何かに見立て、大人になったつもりになって活動や関係を再現する遊びで、まさに表現遊びです。そして、それは劇遊びへと発展していきます。しかし、最近の子どもの遊びは、テレビやビデオ、ファミコンやパソコンなどのメディアを通した遊びが主流となり、生活のリアリティの抽象化が進んでいます。したがって、その生活は、ごっこ遊びへ展開していきません。そこで、園では大人のやること、掃除とか調理などを子どもたちの前でやり、それが再現できるようなごっこゾーンを3,4,5歳児の保育室内に用意します。そこでは、2歳児までの保育室にあるような「ままごとゾーン」とは違い、さまざまなものになりきり、いろいろなごっこ、たとえば「お店屋さんごっこ」「お医者さんごっこ」「変身ごっこ」などができるようゾーンです。

それが発展すると、お話や物語を媒介にしながら、そこに登場するものを自分の役割とし、その世界を摸擬的に再現して遊ぶようになります。それが、ごっこから発展してきたということは、ともに、何かになったつもりで振る舞い、さまざまなものを何かに見立てる活動を行うあそびだからです。保育者から聞いた話や、読んでもらった物語の世界を共感的に受けとめ、表象を広げながら、実際にその世界を体験してみたいという衝動にかられます。今年の「おたのしみ会」の演目が決まる経緯をコメントで紹介しています。「今年のおたのしみ会は何をやろう?という問いかけに“楽しい劇がいい!”“動物が出てきて来るやつ♪”“じゃあテーマは森だから、筋肉もりもりの劇ならいいんじゃない?”などいろんな意見が出てきました。そしてみんなで決めたのが“森の動物たちがでて、みんなが楽しい劇をやろう!”でした。そこからすぐに“ジャングルでいちばんおいしいケーキ”に決まりました。」

年間通して「テーマ」による保育は、年長児もよく理解しています。保育における子どもの活動は、子どもたちが自主的に、主体的に行われるものですが、当然そこには、保育者の適時性のある働きかけがあります。その一つに、年間テーマの設定があります。そして、子どもたちが想像しやすいような環境の設定があります。決めたことを、子どもに指示し、その通りにやらせることは簡単です。しかし、そこには、子どもの発達は促されません。保育者の専門性とは、環境によって導入され、環境によって展開することができるような「意図性」を持つことであり、それこそが幼児教育なのです。