集団の意味

 昨日のブログで紹介した山極さんの話は、人類はどのように進化してきたかを考える上でとても示唆に富むものでした。では、私たちはどのような保育をすればいいのでしょうか?それは、彼のそのあとに続く掲載記事による指摘を見る必要があります。私は、よく話をしますが、私たちは何も保育をただ変えようとしているわけではありません。子どもたちの環境によって、人類の進化から見た子どもたちへの継承が断たれてしまうのを危惧するからです。では、彼は現状をどのように捉えているのでしょうか?

 “現代はどうでしょう。集団とのつながりを断ち、集団に属することで生じるしがらみや息苦しさを軽減する。個人として存在しやすいように技術は進み、経済成長を実現してきました。次々にマンションが建ち、個人は快適で安全な環境を得ましたが、地域社会の人のつながりはどんどん薄れた。

 直近では、人々はソーシャルメディアを使い、対面不要な仮想コミュニティーを生み出しました。人間の歴史の中にない集団のつくり方です。思考や時間に応じ、出入り自由なサイバー空間で「いいね!」と言い合い、安心し合う。現実世界であまりにもコミュニティーときり話された不安を心理的に補う補償作用として、自己表現しているのかもしれません。でも、その集団は、150人の信頼空間よりおおかたは小さく、いつ雲散霧消するかわからない。若者はますます、不安になっています。

 クリスマスを一人で過ごす若者の中に「一生懸命働いた自分へのご褒美」に、自分に高級レストランを予約する人もいると聞いて考え込んでしまいます。人間は他人から規定される存在です。褒められることで安心するのであって、自分で自分を褒めるという精神構造をずっと持たなかった。それがいま、少なからぬ人々の共感を呼んでいる。やはり人間関係が基礎部分から崩れていると感じます。

 土地とも人とも切り離され、社会の中で個人が孤立している時代です。人類はどうやって安心を得たのか、生身の体に戻って確かめるために、霊長類学が必要とされているのでしょう。”

 ここに、私たちが子どもたちに伝えなければいけないことが見えてきます。というのは、繰り返し主張しますが、このような集団を乳児の頃から持っているのが、保育施設であるからです。私たちは、集団という言葉を使うのは慎重になります。それは、集団教育が、子どもたちを間違った方向に導いてしまった経験があるからです。それもあって、「一人一人に」「個々に」という言葉が多く使われるようになりました。しかし、それが一人一人をバラバラに切り離してしまったのです。この指摘は、私はずいぶん前からしてきました。山極さんは、「思い合うことが信頼や安心をもたらしてくれる」と言います。それは、人間は、一人ではどうにも生きられない存在だからなのです。そして、最後にこう結論します。

 「グローバル化で社会が均一化すると、逆に人々の価値観は多様化する方向へ向かいます。個人が複数の価値観を備え、自分が属する複数の集団でそれぞれのアイデンティティーを持つようになります。そうした時代には、5感をフル出動させた人間関係のつくり方がさらに重要になるでしょう。」

どこに行くのか?

 今年の11日の朝日新聞の一面に、こんな特集が掲載されていました。そのタイトルは、「試される民主主義」ということで、「我々はどこから来て、どこへ向かうのか」というサブタイトルが付いています。その取材の動機と趣旨には、こう書かれてあります。

“「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」―略― 多くの科学者や思想家を啓発し、たくさんの書物や講演でも言及されてきた。きっとそれが人間にとって根源的な問いだからなのだろう。―略― いま大きな歴史の「断層」のような場所に立っている。そう感じる出来事が相次ぐ。”

 同じ日の同紙の別紙「オピニオン&フォーラム」に、「私たちはどこにいるのか」という特集が掲載されています。過去から未来にむかっての考察の前に、現在を見つめようということなのでしょうか?その中で、霊長類学者であり京都大学総長である山極寿一さんの話が載っていました。そこには、こんなことが書かれてありました。

“安心が消え、不安が極大化した時代。私はいまを、そうとらえています。人類の進化の歴史を振り返ってみましょう。アフリカでチンパンジーとの共通祖先から枝分かれしたのは700万年前。大型肉食獣に襲われる恐れのない樹上空間があり、実り豊かな熱帯雨林の中でした。450万年前頃からサバンナへ進出した。霊長類ヒト科の中で人だけが世界中に散らばるきっかけです。サバンナは逃げ場がなく、さぞ不安だったでしょう。

 狩猟具を持ったのは50万年前、大きな獲物を協力して狩るようになったのは20万年前です。人類の歴史のほとんどは、肉食獣から逃げ隠れし、集団で安全を守り合う時間でした。安全イコール安心です。だから人間の体の奥底には、互いに協力しないと安心は得られないことが刻み込まれ、社会性の根深い基礎になっています。安心は決して一人では得られません。

 安心を作り出したのは、相手と対面し、見つめ合いながら、状況を判断する「共感力」です。類人猿の対面コミュニケーションを継承したもので、協力したり、争ったり、おもんばかったりしながら、互いの思いをくみ取って信頼関係を築き、安心を得る。人間だけ白目があるのも、視線のわずかな動きをとらえ、相手の気持ちをよりつかめるように進化した結果です。

 脳の大きさは、組織する集団の人数に比例します。構成人数が多いほど高まる社会的複雑性に、脳が対応しました。現代人と同じ脳の大きさになったのは60万年前で、集団は150人程度に増えていました。年賀状を書くときに思い出す人の数、常に顔を覚えていて、信頼関係を持てる人の数とほぼ同じですね。言葉を得たのは7万年前ですから、言葉なしに構築した信頼空間です。日頃言葉を駆使し、人間関係を左右していると思うのは、大きな間違いです。”

 私は、まさに私の考える「道徳」がここにある気がします。この人類の進化の中で、生存戦略として淘汰されて来たものが、道徳であると思うのです。そして、この意識の中で―それは無意識であるかもしれませんが―子育て、保育をすることが道徳を継承することになっていると思うのです。ですから、「集団」「社会性」「共感力」「協力」「信頼」などがキーワードになるのです。

キッチン

 歯の役割を整理すると、「切歯」(動物では「門歯」とも呼ばれる)は、食べ物をかみ切ります。その中で、「中切歯」は、平べったくて、根は円形です。「側切歯」は、中切歯とよく似た平べったい歯です。その隣が「犬歯」で、食べ物を切り裂きます。その歯は、先が尖っていて、顎の動きの基本になります。その隣から臼歯が並んでいて、食べ物をすりつぶします。その1番目が第一小臼歯と呼ばれ、上の第1小臼歯は特に重要で、下顎固定の役割をします。第2小臼歯は、かみ合わせの安定を保つ歯と言われています。第1大臼歯は、食べ物を噛むために最も重要な歯です。第2大臼歯は、上下とも12歳前後に生えてくる歯です。第3大臼歯は、「親不知」とも呼ばれ、生える時期や生え方に個人差がある歯です。

 この中で、第1大臼歯(奥歯)は、永久歯の中で一番大きく、噛む力も一番強い、噛み合わせの基本になる大切な歯です。しかし、むし歯になりやすい歯でもあるため、生えてきたら積極的なむし歯予防が必要です。人間は、これらの歯をもって様々な食べ物を飲み込みやすく、消化しやすくしてきました。

 「キッチンの歴史」(ビー・ウィルソン著)の中で、人間の歯のうち、下の門歯と上の切歯との噛みあわせは、古代人と現代人では、大きく異なると書かれてあります。この本に書かれてある学説によれば、畜肉などの硬い食品を咀嚼するとき、テーブルナイフを巧みに使って細分する習慣ができて、はじめて上歯が下歯に被さるという、いまの構造ができあがったというのです。人間の歯の変化は、何の肉を食べてきたのかというのではなく、何を使って食べてきたかという問題だというのです。

 道具の発明とその使用によって、人間の体は変化してきたようです。西洋史家である樺山紘一氏が日経新聞に批評を書いています。この部分について、彼は、「これが本書の真骨頂。世上、溢れるほどのグルメ本は、食事の内容に注力している。だが、ここは料理や食事の方法だ。どんな道具や器具を使うか。そのために、どんな改良や工夫がこらされるか。頻繁にあてられる言葉によれば、料理のテクノロジー。」と批評しています。

 樺山氏は、この観点から、食行為を考えてみています。「調理に利用される焼き石と焼鍋、金属釜と陶器鍋。あるいはすりこぎとミキサー、そしてパン焼き窯と電子レンジ。ことなるテクノロジーの適用による変化・改革は、たしかに食事の情景を決めてきた。食事に援用される器具・道具の如何もその応用問題だ。テーブルナイフにくわえて、スプーンやフォークの登場と改良が、変化をうながしたことは、周知のとおり。さらにはフォークか箸か、または素手かによっても、食事の全様相がちがってくるだろう。」どうも、私が目次から考えたことが書かれてありそうです。

 樺山氏は、さらに「こうして料理文化に、ことなった系統や流派がうまれた。もうすこし現実味のあるところならば、食事をスローフード運動でしっとりやるか、モダニスト料理でスマートにやるか、ということでキッチンの違いも歴然。人類の料理史をとおして、食べるほうからではなく、作るほうから観察してみよう。テクノロジー全史としてみると、じつに斬新である。古代技術と現代の高度技術とが、意外にもおなじ平面で比較できることも、驚きである。というわけで、この本はかなり難解な問題への挑戦とみなしたい。とはいえ、洒脱(しゃだつ)なユーモアと料理を作る側の経験知によって、よくも読みやすい一書にしあげたものだ。訳文が、こころよいリズム感をかもしだしているのもなかなか。」と評しています。

なかなか面白そうな本です。

予防講習

精神的な病気の原因はストレスが多いのは。最近は誰でも知っています。しかも、ストレスは精神的な病気の原因だけでなく、肉体的な病気にも影響そしていることもわかってきました。いかに人類は、「気持ち」がいろいろなところに影響をしている生き物であるかがわかります。アメリカでは、ストレス社会が人をむしばんでいることに危機感を感じています。そのひとつの現象である自殺が最近増えてきているからです。

米疾病対策センター(CDC)は、昨年5月に、35~64歳の米国人の自殺率が2010年までの約10年で28%増加したとの統計を発表しました。リーマン・ショックに伴う経済危機が、中高年に重くのし掛かったことなどが背景にあるとみられ、CDCは若年層や高齢層に力点を置く従来の自殺防止対策の見直しを訴えています。CDCによると、1999年に10万人当たり13・7人だった35~64歳の自殺は、2010年に17・6人に増えたそうです。特に55~59歳と50~54歳の年代でそれぞれ49%、48%と大幅な増加を記録したようです。

アメリカ疾病管理予防センター(CDC)というアメリカ合衆国ジョージア州アトランタにあるアメリカ合衆国保健福祉省所管の感染症対策の総合研究所が、自殺対策を行うというのは少し不思議な気がしますが、自殺の原因が精神的な病気であることが多いということなのでしょう。

地域における自殺予防運動の始まりは、1953年のイギリスにおけるサマリタン運動の創設や1958年のアメリカはロサンゼルスでの運動などがあげられます。「サマリタン(Samaritans)」とは、「良き隣人」という意味で、日本でもこの運動によって、1971年に東京でいのちの電話が開設され、全国的な電話相談として広がっていきました。

自殺予防に取り組む民間団体「米国サマリタン協会」では、アメリカ国内での自殺防止運動を1974年から活動しています。ここ数年、引き合いが増え、学校での講習会は年約150回に上るそうです。電話のほか最近は携帯電話のショートメールでも相談を受けています。「自殺者の大半は精神疾患を抱える。けがと同じで専門家の助けが必要。若いころから意識付けした方がいい」と事務局長のロベルタ・ヒューティグさんは話しています。

「いったい何がストレスになる?」という問いかけを、マサチューセッツ州ボストン近郊にある中高一貫校の9年生(日本の中学3年生に相当)の学級で昨年12月に開かれた講習で行われました。この内容が、日経新聞に取り上げられていたのです。この講習を行ったのは、「米国サマリタン協会」のケリー・カニングハムさんです。高校生たちは、この問いに、「人間関係」「恋愛」「仕事」「人種差別」などを挙げました。

 カニングハムさんはそのたびに紙コップを1つずつ、男子生徒の手に積んでいきました。コップは15個近くになったあたりで、それは次々とこぼれ落ちました。「たくさんのコップも(積まずに)重ねれば持っていられる。ストレスも同じ。コントロールできれば支えられる」という話から、悩みを抱え込まずに周囲に助けを求める大切さや、知人が無意識に出すサインへの気づき方を説いていきます。

 アメリカでは、精神疾患で通院することを恥じる風潮もあったようですが、「01年の米同時テロを機に、専門家に頼るのは普通のことだとの認識が生まれた」とヒューティグさんは話しています。一方で医師が睡眠薬などを大量処方し、過剰摂取で自殺が助長される問題も生じています。銃規制が緩い州は自殺も増えており、全米では銃による自殺は、銃による他殺の約1.8倍だそうです。帰還兵が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱える例が増え、政府も対策に本腰を入れ始めたそうです。「悩んでいる人にはひたすら聞き役に回ることが大切。地道に活動を続けたい」とヒューティグさんは話しています。

自殺対策

 日本の自殺率は、最近は減少傾向にあるようです。さらに範囲を広げた国際比較では、日本は、リトアニア、韓国、ロシア、ベラルーシ、ガイアナ、カザフスタン、ハンガリーに次ぐ世界第8位の自殺率の高さとなっています。しかし、日本と韓国を除いては、国内の混乱が続く体制移行国ですので、日本の自殺率はやはり異常な値であるといわざるを得ません。しかも、最近は、若者による自殺が増えているようです。

しかし、自殺数でいえば、日本では、毎日90人もの人たちが自殺で亡くなっていると言われています。しかも、未遂者は既遂者の10倍はいると言われていますから、それを加えると、自分から命を絶とうとする人の数はかなりの数に上ります。その数は、交通事故死者数の5倍以上であり、イラク戦争で亡くなった米兵の10倍であると言われています。

 また、自殺率でいえば、アメリカは日本の半分以下、イギリスは3分の1ですが、各国ではその対策に力を入れています。日本でも対策をしています。昨日の新聞に、「自殺予防呼びかけ 県内各地で啓発活動」ということで、自殺者の増加に対し内閣府が定めた3月の自殺対策強化月間を前に県内各地で啓発活動や講演会などが繰り広げられている様子が掲載されていました。

 たとえば、三重県名張市のマックスバリュー名張店では、市職員ら6人が「あなたの力で救えるいのちがあります。こころのSOSに気付いたら、1人で悩まずにご相談ください」と書かれたポケットティッシュを配布したようです。3月が自殺対策強化月間であるということは、月別自殺者数が多いことから平成22年に定められています。

 アメリカでは、日本の半分以下ですが、「米国むしばむストレス社会」ということから、働き盛りの自殺が増えていることから、学校で講習、予防を行っているということが先日の日経新聞に取り上げられていました。

 対策を急いで行ったのは、昨年夏、米疾病対策センター(CDC)が発表した自殺者数に関する調査が米国社会を驚かせたからのようです。自殺者数が交通事故の死者数を上回っていたうえ、働き盛りの35~64歳の世代が自殺者数を引き上げていたからです。米国で自殺は、薬物中毒や肥満の対策より後回しにされがちでしたが「若いうちからの予防が大切」ということで、高校などでの講習が広がっているようです。

 実は、米国が本格的な自殺統計をまとめるようになったのはここ15年ほどです。CDCの発表によると、2010年の自殺者は3万8364人で、交通事故死より約5000人多かったのです。しかも、35~64歳の自殺率(10万人に占める自殺者の数)は99年に13.7だったのですが、10年には17.6に上昇しました。特に50代、なかでも男性の自殺率の上昇が顕著だったそうです。

 サマリタンで予防策を担当するロン・ホワイトさんは、47~60年生まれのベビーブーム世代は、将来は輝かしいと思って育ってきたものの、親の介護と就職が決まらない子どもの世話に追われ、自らも失業する事態が多くみられ、そんな境遇で鬱に陥る例が多いと言います。「この年代の男性は『男は強く、弱音をはかない』との観念にとらわれ孤立しがち」と話しています。

 このような状況の中で、高校生を対象に講習会を開いているのです。予防策とは、どのような内容の講習会なのでしょうか?

調理食品

通常、副食物として供される食品である惣菜は、煮物や焼物、揚物、蒸し物、和え物、酢の物などがありますが、それは、主食を単品だけでは味気ないところに彩りを添えるということもありますが、栄養学的な側面からも意味あります。それは、主食だけでは得られない栄養を補助する働きもあるからです。そのような惣菜に、最近ある変化が起きています。

それは、惣菜を家で作らず、買ってくる家庭が多くなってきているのです。すでに江戸時代でも、調理済みの惣菜を行商・屋台で販売する煮売屋という業態がすでに存在していたそうです。しかし、本来は家庭で作ることが主であった惣菜は、晩婚化にともなう単身者の増大、核家族化や専業主婦の減少、またバブル景気時からのグルメブームなど社会的な変化にともなって、購入するようになってきたのです。そして、新たな言葉も生まれました。それは、大手広告代理店が命名したのですが、家の中で調理し食事をすることを「内食」、調理されたものと食事の場所の両方を提供する「外食」、持ち帰り惣菜のことを、内食と外食の中間であることから「中食(なかしょく)」という造語をつくったのです。それによって、皮肉にも、一時若干すたれ気味だった「惣菜」という言葉が新たに使われだしたのです。

この中食は、様々なところで非常に多く提供されています。惣菜の商品は、精肉店のコロッケを始め、家庭でも手間のかかるオーブン料理、主に昼食用に利便性の高い弁当や惣菜パンなどが主流でしたが、しだいに揚げ物、煮物、サラダなども需要が高まってきました。スーパーマーケットでは惣菜売場の見直しがさかんになり、コンビニエンスストアでも多様なニーズに応えられる品揃えが図られました。デパ地下といわれるデパートの地下は、1日中たいへん混雑しています。このデパ地下における付加価値商品として、煮物、揚げ物、漬物、豆料理、佃煮、サラダなどのほか、様々なお弁当も売られています。昨年末、偽装で大騒ぎをして知ったのですが、かなり高額のおせち料理の売れ行きがいいようです。それは、デパートだけでなく、スーパーやコンビニも同様で、今年の正月は都内ではほとんどの店が1日から開いていました。一昔前は、年の瀬に買い込んだ食材でおせち料理を準備して、松の内はそれを食べていたのですが、今は1年中、24時間開いている店が多く、正月気分も無くなってきました。

これらの惣菜の普及により、食卓の変化が起きています。総務省の家計調査は約20年間の食卓の変化をよく表しています。2人以上の世帯でみると、キャベツや白菜などの「生鮮野菜」を12年に買った量は90年を16.7%下回ったそうです。また、「生鮮魚介」も34.4%減、塩ザケなどの「塩干魚介」も38.3%落ち込んでいます。1世帯あたりの人数が減った影響があるかもしれませんが、昨年の7~9月でみても生鮮野菜の購入量は前年同期を1.0%下回っているそうです。

 それに比べて、弁当やおにぎりなど「調理食品」の12年の購入額は90年に比べ31.2%伸びています。なかでもサラダと冷凍食品はそれぞれ約2倍となり、電子レンジで素早く調理できて種類も増えた冷凍食品の人気が目立っていると言います。カレーやハンバーグなどの素材になる「生鮮肉」が1.3%減ったのを見ると、家庭で作るのから、できたものを買ってくるようになったことがわかります。

ブラック

「厚生労働省は一昨日の17日、若者の使い捨てが疑われる「ブラック企業」対策のため、今年9月に実施した集中取り締まりの結果を公表した。」というニュースが流れました。今回調査対象とした5111社のうち、82・0%にあたる4189社で、賃金不払いや違法な時間外労働といった違法行為が確認されたそうです。

今回調査した5111社のうち122社は、離職率が産業別の平均より高く、いわゆるブラック企業の特徴に近いとして抽出し、残りは、労基署などに苦情や相談があった企業などから選んだということです。違反の内訳では、「労使の合意を超えて時間外労働させる」などの労働基準法違反が43・8%(2241社)と最多でした。「正社員の多くを管理職として扱い、時間外の割り増し賃金を支払っていない」などは23・9%(1221社)、「給与や休日などの労働条件が明示されていない」も19・4%(990社)ありました。業種別の違反割合では、飲食店などの「接客娯楽業」が87・9%でトップで、タクシーなど「運輸交通業」が85・5%だったようです。

 就活の学生さんたちにとっては、ブラック企業であるかということが、重要なポイントのようです。そこで、それを見抜く技を教えるコンサル会社も多くみられます。学生を送り出す学校でも、丁寧に就職指導を行っているところもあります。厚労省の調査ではありませんが、あまりにブラック企業が多いとなると、学生さんたちは、就職後何をしたのか、将来どうしたいのかという人生設計よりも、ただ、ブラック企業でなければどこでもいいというように考えてしまうようです。ですから、公務員希望が増えるのかもしれませんね。区役所の職員を見ると、特に専門職でないかぎり、どこに配属されるかわからず、配属されたところで一生懸命とやる人が多く、どうしても幼児教育をやりたいとか、老人福祉をやりたいということで就職するのではないような気がします。もちろん、それは本人の重点項目なので、何を観点にそこに就職するかは本人の自由ですから、それがおかしいというよりも、そのような人が職員なのだと思ってしまいます。

 また、保育園や幼稚園に就職する人にとって、何がブラック企業で、何がホワイト企業であるかは、何によって決めるのでしょうか?もちろん、公的資金を入れているために、監査があり、就業規則や契約内容は調べられますから、基本的には、あまり劣悪な職場環境ではありませんが、最近、保育者のなり手が少ないのは、学生さんたちから見てブラック企業の要素があるのかもしれません。

 「2014年度卒新卒就職人気企業ランキング(楽天株式会社)」の評価項目と、就活生がイメージするホワイト企業の特徴は、「若いうちから活躍できる」「仕事が面白そう」「経営者やビジョンに共感できる」「成長性が高い」「雇用を守る(解雇しない)」と挙げられています。また、就活生がイメージするブラック企業の特徴としては、「経験が浅くても大量の仕事を与えられる」「サービス残業が多い」「理念や行動指針を押し付ける」「人材不足による激務」「勤続年数に見合わない低賃金」などがあげられています。

 この内容は、必ずしも黒白つけられるものではなく、その環境によって、ホワイトにもなるし、ブラックにもなるのです。今は、インターネットで情報を簡単に集められる時代ですが、ぜひ、自分の目で見て、体験して選んでほしいと思っています。

2大歌手

 先月、元ビートルズのポール・マッカートニーが来日して公演を行いました。po-ruこの公演にあたって、様々な企画がありました。例えば、その中で歌われる曲をファンからのリクエストを募っていました。もちろん、すべてではありませんが、テーマに沿って企画の方で選んだ15曲から選ぶものです。

 もちろん、ビートルズは、私の青春です。私が初めて自分のお金で買ったドーナツ盤レコードは、ビートルズでした。そして、来日したのが、私が高校生の頃で、私の高校の裏のホテルに宿泊しました。そのホテルは今は経営者が変わり、リニューアルされていますが、彼らが記者会見をした後ろの壁はそのまま残っています。私の高校の時の同期会の受付を、その壁の前で行いました。
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 そんなビートルズですが、そのメンバーはジョン・レノン(リズム・ギター)、ポール・マッカートニー(ベース)、ジョージ・ハリスン(リード・ギター)、リンゴ・スター(ドラム)で、現在も生存しているのは、ポールとリンゴだけです。また、活動期間中に公式発表された210曲のうち、オリジナル作品の圧倒的な数をジョンとポールが作曲しています。今回の日本公演では、30曲以上も歌ったそうで、その中にもよく知られている曲も多く入っています。かつて、ビートルズが日本公演で歌った曲は11曲ですから、一人でその3倍も歌ったことになります。よく、テレビのニュースで流れていたのは、「All My Loving」です。この曲は、ビートルズの日本公演では歌われませんでしたが、マッカートニーの曲で、ビートルズの頃も彼が歌っています。

 今回の講演で歌われた曲で、私がよく聞いた曲では、「Paperback Writer」とか「Penny Lane」や「Michelle」などは、必死で歌詞を覚えたものです。また、「Yesterday」や、今回最後に歌った「Hey Jude」などは、若い人にも有名ですね。

 もう一つ、四日前にこんなニュースが流れました。「ポール・マッカートニー日本公演の余韻が冷めやらぬ中、1960年代から転がり続けるロックの象徴、ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)の来日公演が決定しました。今回の日本公演は〈14 オン・ファイアー ジャパン・ツアー〉と銘打ち、東京ドームで3公演を予定(2014年2月26日、3月4日、3月6日開催)。ストーンズの日本公演は2006年に行なわれた〈ア・ビガー・バン・ツアー〉以来、8年ぶり6回目となります。」
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 彼らは、ビートルズとは違い、1973年の日本武道館公演は幻となりました。それは、日本公演は前年に発表され、チケットが完売していたにも関わらず、メンバーの麻薬所持による逮捕歴や、ビートルズ来日の時のような混乱を避けるためという理由により、入国許可が下りず、公演が直前になって中止になってしまったのです。彼らは、そういう意味で私たちの青春の頃は不良の音楽ということで、あまり聞きませんでしたが、それでも「Honky Tonk Women」とか「Satisfaction」などは有名ですね。私が当時、好きだった曲は、「Paint It, Black」で、何度も聞いていました。

 そんな彼らの写真を、今年の10月オランダで見ることができました。ROLLING2 (2)ROLLING2 (1)そこは、オランダのハーグでの私たちの宿泊したホテルからほど近いところにある、創業887年の「クアハウス」です。kurhaus1 (1)そのホテルには創業当時からのゲストブックがあり、似顔絵も描かれているというその本はゴールドブックと名付けられています。そこには、カラヤン、ストラビンスキー、ホロビッツらと並んで、ローリングストーンズの名もあるそうです。
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湯治

 私は、よく温泉好きといわれます。以前ブログで書いたと思いますが、私は高校生までは入浴は銭湯でした。育った地域の下町では、ほとんどの家庭は銭湯に通っていました。ですから、私は自分で好きな時に、一人でのんびりとは入れる家庭風呂にあこがれていましたから、ホテルで、小さくてもいいのでのんびりひとりで入れるバスはあこがれました。しかし、我が家で小さい風呂に入るようになってから、大きな風呂に手足を思い切り伸ばせることが楽しみになってきました。しかし、そうはいっても、温泉はそれほど好きではありませんでした。それは、「湯あたり」なのでしょうか、温泉に入った後、だるくなるからです。また、せっかく温まりたいのに、寒い中で入る露天風呂もあまり好きではありませんでした。

 それが、年を取るにしたがって、疲れをいやすのに、温泉にゆっくり浸かることが効果的になってきました。ということで、最近は、講演などに地方に行くときには、終わったその晩は、ゆっくりと温泉に浸かって、のんびりすることにしています。そうすることによって、次への活力を取り戻そうとしているのかもしれません。そんな温泉の効果を感じます。

少し前の日経新聞に「ヘルスツーリズム 湯治現代風に復活 温泉+散歩で病気予防/観光との連携課題」という記事が掲載されていました。そこには、「日本に古くから伝わる“湯治”が、現代の生活様式にマッチした“ヘルスツーリズム”としてよみがえろうとしている。ドイツを手本に、温泉やウオーキングで疾病の緩和や予防につなげる健康保養地作りに取り組んだり、温泉に滞在して療養する人の費用を補助する自治体もある。宿泊や飲食など地域の活性化への効果を期待する声がある一方で、定着には医療と観光の連携など課題もある。」

確かに、日本には「湯治」という「温泉に入浴して病気を治療すること」という治療方法がありました。そして、その目的として、疲労を回復させる「休養」、健康を保持し病気を予防する「保養」、病気の治療をする「療養」の3つがあります。どこか体の具合がよくないときに、知識や医療の技術が十分に発達していなかった時代、その伝聞されていた効能に期待して、温泉に入浴したり飲泉するなど、多くの人が温泉療法によって病気からの回復を試みていました。
そして、明治時代以降、医学の近代化が図られて西洋医学が中心になっていくのですが、湯治の近代化として滞在型温泉療養施設の建設がドイツのエルヴィン・フォン・ベルツ博士から提案されています。これは実現しませんでしたが、いくら医学が発達しても、江戸時代に定着していた湯治文化はすぐに廃れることはなく、細々でも続いていました。

一方、ドイツでは「クアオルト」という「健康保養地」というものがあります。これは、温泉や気候、海といった自然の力を活用し、予防や治療をする地域を指します。(1)病院などの治療施設(2)専門医(3)交流施設(4)滞在プログラムがあるという条件で、州がクアオルトを認定しています。そして、医師が処方すればクアオルトでの治療が保険の対象になるそうです。ドイツには、2007年統計によると、計374カ所(2007年)あるそうです。

 そんな状況のなかで、“ヘルスツーリズム”はどのような意図を持って進められているのでしょうか?そこから現代の日本の課題も少し見えてきます。

手料理

 昨日、TBSテレビで、全国1万人に緊急アンケート調査を行った結果、「結婚できない女性の生態ワースト20」を発表していました。たとえば、「価値観が合う人がいい!」とよく言いますが、そう思っていると、なかなか結婚ができないというのです。それは、実際に価値観が合う人と出会う確立は2500年に一度というデータで説明していました。そのほかにも、「なるほど!」と思ったり、「えっ、そんなことがあるの?」と思ったりしましたが、それは、結婚できない男のほうにも同じような問題があるような気がします。昨年の9月24日の朝日新聞に「結婚未満」という特集記事にこんな事例が書かれてありました。

 ある女性Mさんが、付き合っている男性のために手料理の弁当を作ってきたとき、それを前に彼がこう言ったそうです。「ごめん。人の作った料理はどうしても食べられないんだ。」そのときに、彼女はショックと同時に、謎が解けた気がしたそうです。彼とMさんは、海外留学生との交流サークルで活動しており、そこで知り合いました。彼は公務員で、物静かできちんとしていてサークル仲間には人気があり、何人かの女性から誘われていましたが、その都度「今は忙しいから」と断っていたようです。しかし、どうしてもというMさんに、「友達としてからなら」とOKをもらって、付き合い始めました、

 最初のデートで映画を見た後、食事にファミレスにいきました。それに対して彼は、「おしゃれな店はぜんぜん知らないんだ。ごめんね」と謝り、その態度に好感さえ覚えたそうです。しかし、その後のデートでも食事はいつもファミレスかファーストフードだったのでMさんは、「私、料理が得意なんです。あなたのマンションでご馳走したいな」というと、「部屋に呼ぶのはケジメがない感じがするんだ」という彼にMさんは「私を大事に思ってくれているんだ」という思いと、「私のこと本当に好きなのかな」という不安な気持ちの両方を持つようになっていきました。

 そこで、公園のデートに誘って「お弁当を作ってきちゃった」と差し出したら、しばらく黙っていた彼から「手料理を食べられないこと」を伝えられたのです。彼の両親は自営業のためとても忙しく、さらに料理も苦手だったため、一人っ子の彼はコンビニかファーストフードで食事を済ませていたそうです。また、親戚の家の料理で食中毒になったことや、もともと潔癖症だったこともあり、手料理がまったく食べられなくなってしまったといいます。女性と付き合ったことは一度だけあるが、彼女の料理を食べられなくなって結局別れることになったといいます。

 「だから、もう女性と付き合うつもりはなかったんだけど、Mちゃんを好きになっていったのは本当だよ。ただ料理が食べられるかわからないんだ」という告白に、Mさんは、結婚したいけれど、手料理が食べられない彼とどんな結婚生活を送ればいいのか想像できないと迷っているそうです。

 いま、仕事などで遅くまで忙しい女性が多くなり、コンビニやデパ地下や弁当屋で買った弁当で夕食を済ます家庭が増えてきました。いわゆる手料理を食べるという経験が子どもたちからなくなりつつあります。そして、保育園でも食事の外部搬入が認められるようになりそうです。この記事の事例は特異なことかもしれませんが、目の前で料理をしたものを、食べるという経験がなくなってくるのは、なにか大人になってから思ってもみなかったような影響を及ぼす可能性がある気がしています。