ハグという挨拶

 先日、安倍総理がトランプとハグしている写真が公開されました。2006520日にハグについてのブログを書きました。そこには、毎年ドイツに行って、女性の教育局の局長さんに会うときの挨拶についてです。初めて会ったときには、握手を求められました。それは、一説には、手に武器を持っていないことを証明することから始まったといわれています。握手のしかたが書いてあります。「武器を持つであろう利き手は右手の人が多いため、握手をする手は右手になったのだそうです。握手するときは、背筋を伸ばし、必ず相手の顔(目)を見て行うことが礼儀だそうです。そして、強すぎず、緩すぎないように握ります。強すぎては相手に不快感を与え、また緩すぎても好意を表せません。アメリカでは弱い握手は「Dead-fish handshake」と呼ばれ、死んだ魚を握るようで気持ちが悪いと言われているようです。」

なんどかドイツを訪れて、何度目かの時に、握手をしようとしたら「あなたとは、握手しません。」と断られました。嫌われたのかと戸惑っていると、突然、抱きつかれました。いわゆる「ハグ」されたのです。このハグは、私はどうもなじめませんが、ドイツでの親愛の情を示す挨拶なので、一応それを受けます。

その日のブログの最後には、私はこう書いています。「まあ、国によって違いますが、私は、やはり「お辞儀」がいいですね。握手は親睦・和解の表現として行われることが多いのですが、お辞儀は相手への敬意を表します。お辞儀は自分の首を差し出して、相手に対して敵意がないことを表現したことに由来するといわれ、飛鳥?奈良時代、中国の礼法を取り入れ、身分に応じたお辞儀の形が制定されたのがお辞儀の始まりといわれています。お辞儀には「立礼」、「座礼」の2種類があり、また礼の深さで分類すると「最敬礼」「敬礼」「会釈」の3種類があります。また、「礼三息(れいさんそく)」という言葉があり、息を吸いながら腰から上を前に倒し、止まったところで息を吐き、そして再び息を吸いながら元の姿勢にもどります。これをすると大変丁寧な印象を与え、また自分自身の精神状態を落ち着かせる効果もあるようです。この微妙さが、日本人らしくて、いいじゃないですか。」

こうした私の体験からすると、安倍総理とトランプがそう何度も会っていないのに、突然ハグとはどうなのでしょうね。そこには、親愛の情というよりも、何かの意図を感じてしまいます。

ハグもそうですが、挨拶に仕方は国によって違うことがあります。例えば「キス」です。最近は、日本でもよく見るようにはなりましたが、まだ、人前でするのはためらいますね。そのキスの仕方で、唇とぴったりくっつけてキスをするのは、動物のなかでも人間だけだそうです。しかし、欧米ではその行為は一般的なこうです。ダンバーは、これはいったいどういうことなのか?を考えています。

フロイトと仲間達は、キスは一種の赤ちゃん返りだと主張しました。母親のおっぱいを吸っていた至福の記憶を、深いところから呼び起こすというものです。ダンバーは、たしかに両者を結びつけるのは簡単ですが、おっぱいを吸うのとキスは同じではないと言います。私もそう思います。フロイトが、「だから離乳を早くしろ」と言っていたことは、おかしな話だと思います。

血縁による結びつき

 ドナー隊と呼ばれる開拓移民団が、新天地カリフォルニアをめざしていく途中、シエラネヴィダ山脈で雪嵐に巻き込まれて立ち往生してしまいます。多くの死者が出る中、カリフォルニアからの救助隊が次々と到着する頃には、87名中41名が死亡していました。ダンバーが興味深く感じたのは、死者と生存者の色分けです。生き残ったのは家族連れがほとんどで、死んだのは単独での参加者ばかりだったそうです。家族と一緒だったよぼよぼのおばあちゃんは無事だったのに、一人旅だった頑強な若者は生き延びることが出来なかったのです。「旅は道ずれ」だとダンバーは言うのです。

 こんな話もアメリカでは伝わっているそうです。1620年、マイフラワー号でアメリカに到着したビルグリム・ファーザーズですが、ニューイングランドの冬は予想以上に厳しいものでした。栄養失調、病気、物資不足にたたられ、最初の冬で103名のうち53名が死んでしまいました。寛大なネイティブ・アメリカンたちが手を差し伸べなかったら、全滅していたに違いありません。そしてここでも生命を落としたのは独り者で、家族連れは死亡率が低かったそうです。

たしかに家族ならばお互い助け合えますが、それだけの話ではないとダンバーは考えています。血縁どうしには、もっと心強い何かがあるようだと考えます。家族が一緒ならば、元気が沸いてくるような気になる。それは、どんなにいがみ合っていてもだと言うのです。そばにいるのがただの友人では、こういうことは起こらないでしょう。それを裏付けるのが、幼少期の罹患率と死亡率を調べた二つの研究だそうです。

ひとつは、1950年代にイギリスのニューカッスルで、もうひとつは80年代にカリブ海のドミニカで行なわれたそうです。どちらの調査でも、子どもが病気にかかったり、死亡した数は、血縁ネットワークの規模とぴったり比例していたそうです。つまり、大家族の子どもほど病気にかかりにくく、死ぬことも少なかったのです。家族がたくさんいればあれこれ面倒を見てもらえるのはたしかですが、それだけではないとダンバーは考えています。血縁による相互の結びつきの中にいると、強い安心感と満足感が得られるので、運命の波にさらされても乗り越えていけるのだと言うのです。

さらに、ダンバーは血縁感覚がいかに強いかということは、名前の付け方からもわかると言います。スコットランドでは、つい一世紀ほど前まで、ゲール人伝統の命名ルールが採用されていたそうです。それは、長男は父方祖父の名前をもらい、次男は父親の名前を、三男は父親の兄弟の名前をもらうそうです。娘の場合は上から母方の祖母、母親、母親の姉妹の名前をもらいます。

なぜ名付けにこんなルールがあるのでしょうか?同じ名前にすることが同族のあかし、というのはすぐに思いつきます。しかし、名前よりも姓が同じである方が血縁関係は明白になるはずです。名前が同じでも、必ずしも親戚ではないことが多いはずです。ゲール人の姓は変化形が多いこともあって、共通の祖先かどうかははっきりわかります。それぞれの氏族は出身地と深く結びついていて、規模はそれほど大きくないそうです。日本でも、姓は地域によって同じ姓が固まって存在していることが多いですね。姓を聞くだけで、どの地の出身かわかることも多いです。では、姓の方ではなく、名の方にルールがあるのは、どうしてなのでしょう。

韓国報告26

 韓国の3歳以上児に対して「ヌリ課程」というカリキュラムが定められており、それに沿った保育をすることが義務づけられています。そのヌリ課程には、かなり詳細に書かれてあるようです。保育の内容だけでなく、保育者の言葉がけ、保育室の構成、装飾に至るまで具体的に書かれてあるようです。そして、それを作るに当たって、先駆的な各国の保育を参考にし、特にレッジオにおけるプロジェクト保育を参考にしたようです。  その根底にあるのは、子どもの自発的な遊びを中心に、主体的に生活することであり、それを原則にしています。それは、世界中のすべての幼児教育の原理原則であると捉えています。しかし、烏山大学の大学院教授の孔教授によると、日本には、それを原理原則とした日本独自の保育カリキュラムが少なく、私たちが提案する「見守る保育」には、まずその原理原則があるということで、その本の韓国語版を出版してくれたのです。そして、そこにある保育者と子どもの距離感、子ども同士の関係の構築、そんな現在の韓国の抱える課題を見つけ、今後、日韓で連携をしていくことを今回の韓国視察ツアーで約束してきたのです。 もうひとつの課題は、保育の独自性であり、保育者の柔軟な保育を可能にするカリクラムの作成です。19世紀1800年代の末、多くの国で公教育制度が整備され、20世紀初頭には、公教育制度の量的な制度は完成しました。日本でも、学制ひかれ、日本一律の教育が行なわれました。まずは、具体的に、細かく決めることで、日本中の教育水準の引き上げを行なったのです。それが、行き渡った頃、次の課題が見えてきました。それは、「もっと子ども一人ひとりの個性を伸ばしていこう」というスローガンのもと、「個性の尊重」、「自主的・主体的な活動の尊重」が叫ばれることになったのです。

 これらの経緯を振り返ってみると、現在の日本の課題が見えてきます。日本では、戦後の幼児教育では、その原理原則に沿ったスタンダードな形が行き渡らないまま、独自性を重んじた大綱化による要領が作られたために、戦前の幼児教育を残してしまっている園が多く存在しているような気がします。大きな改革をするためには、韓国のような詳細に記載したカリキュラムで、まず日本における幼児教育のスタンダード化を計り、それが行き渡った後、大綱化した要領を出すべきである気がします。いくら、保育所保育指針や幼稚園教育要領の中で、子どもの自発的な遊びが大切であるとか、主体的な生活をすることが大切であると書いても、それのより具体的な保育の取組みが書かれていないため、現場では、なかなか改革が進まないのが現状です。新しい、幼稚園教育要領、保育所保育指針が現場で具体的に活かされていくことを望んでいます。

 そんなことを考えた今回の韓国視察でしたが、保育に関係のないところでも、韓国の文化を知ることができました。まず、毎朝の食事ですが、ホテルの食事は摂らずに、街に出て、一般の人たちがよく食べている食堂に行って、その代表的なメニューを食べることにしました。もちろん、夕食も代表的な韓国料理ですので、韓国を堪能しました。しかし、私はあまり辛いものは得意ではありませんので、なるべく辛くないものにしてもらいましたが、それでも毎日キムチ付けでした。1031日の夕食は、「鶏なべ」、111日の朝食は、「タラの粥」、昼食は、「豚カツ」か「うどん」が「ビビンバ」、夕食は、「辛い鍋+ラーメン」、2日の朝食は、「コムタン」、昼食は、「石焼ビビンバ」、夕食は、「サムギョプサル」、3日の朝食は、「アワビがゆ」、昼食は、「サムゲタン」でした。そして、最後の夜は少し贅沢に「カルビ焼き肉」、韓国最後の朝食は、「味噌立てクッパ」や「うどん」など本人の選択でした。

11月1日の朝食の、「タラの粥」と、昼食の「ビビンバ」と「うどん」
11月1日の朝食の、「タラの粥」と、昼食の「ビビンバ」と「うどん」
11月1日の夕食の、「辛い鍋+ラーメン」と、2日の朝食の、「コムタン」と、昼食の、「石焼ビビンバ」、
11月1日の夕食の、「辛い鍋+ラーメン」と、2日の朝食の、「コムタン」と、昼食の、「石焼ビビンバ」、
3日の朝食の「アワビがゆ」と、昼食の「サムゲタン」と、最後の夜の「カルビ焼き肉」
3日の朝食の「アワビがゆ」と、昼食の「サムゲタン」と、最後の夜の「カルビ焼き肉」

4日の朝食の「味噌立てクッパ」と、毎回でるキムチ

4日の朝食の「味噌立てクッパ」と、毎回でるキムチ

韓国報告25

韓国のイファ(梨花)女子大学付属の幼稚園は、韓国では幼児教育界において、常に先駆的な取組みをし、先導してきているようです。そのために、世界中から見学者を受け入れているようで、普段の子どもたちの活動を、見ることが出来るような参観室が、どの部屋にも用意されていました。そこには、階段式の椅子が並べられ、マジックミラーで保育の様子を子どもに見られることなく観察することが出来ます。この部屋は、月に1回行なわれる保護者のための保育参観日のためだけではなく、研究用にも使われるそうです。

もちろん、日本でもこのような研究はしているでしょう。世界の保育を視察しているでしょう。また、これからの時代に必要な幼児教育も検討しているでしょう。私は、それほど研究しているわけでもありませんし、それほど専門知識もありません。保育の仕事を始めて、現場の中で試行錯誤し、子どものためにどのような保育が望ましいのか、どのような社会を創るべきかを考えて、ある保育に確信を持ち始めました。そんなとき、ドイツを知りました。そして、ヨーロッパのいくつかの国の保育を見に行きました。そして、びっくりしました。それぞれの国で行なっている保育が、基本的に私が試行錯誤して構築してきた保育に非常に似通っていたからです。

それまでの日本の保育の多くは、黒板の前に先生が立ち、広い空間の保育室の中で、子どもたちに一斉にやることを指示し、または、子どもたちに画用紙を配って「さあ、遠足の時の絵を描きましょう。」などと指示することから始め、「ピアノを弾きながら、「さあ、何々の歌を大きな声で歌いましょう」と指示して歌い出す保育でした。1日の流れの中で、子どもたちが自発的に遊び出すことも、主体的に生活することもなく、自ら選択することもなく日々を送ります。

その保育室の壁に取り付けられた遊具をしまう家具を部屋の中にしきりとしておき、棚の遊具を自分で選択をし、自分で取り出し、自分で遊び出すことを考えたのです。それが、コーナーと呼ばれていることを知り、そこでの活動をより深めるためにゾーンと名付けたのです。このような保育は、ヨーロッパでは今やスタンダードになっています。私が訪れたヨーロッパの国と、アメリカでは、すべてと言っていいほどそのような保育室になっているのです。それが、今回、韓国でも質の高い保育園、幼稚園を見学したところ、やはりすべての園がそのような保育室環境だったのです。

日本では、なかなかそのような保育に変わっていかない中、韓国ではどうしてどの園でもこのような保育に変わっていったのでしょうか?それは、ヌリ課程という国で検討されたカリキュラムがあるからでしょう。日本でも、保育所保育指針や幼稚園教育要領があり、そこには、子どもの自発性や、主体性を大切にすることが書かれてあります。そして、それは告示化されています。しかし、これらは、ドイツのバイエルンや韓国のヌリ課程に比べて独自性を重んじるという趣旨のために大綱化されています。これは、大切な考え方です。現在、ヌリ課程は、あまりにも細かく書かれているために、各園、各保育者による独自性が発揮できないという課題を持っています。柔軟な取組みができないということで、改訂が予定されているそうです。

では、もしヌリ課程が大綱化されたとしたらどうなるでしょうか?一斉指導の保育に変わるのでしょうか?コーナーが保育室からなくなり、子どもたちの選択や自発性が損なわれる保育に変わるでしょうか?

韓国報告24

  kankoku11.3rikagenkan 今回の韓国視察ツアーの最後の視察先は、韓国最初に開園したイファ(梨花)女子大学付属幼稚園です。園長先生の説明では、基本的に室内、屋外で子どもたちは選択し、自発的な遊びを保障していると言います。ですから、今までのオリニジップと違って、非常に広い園庭を持っています。しかし、その園庭は、日本の多くの園に見られるような小学校の校庭に近いものでした。kankoku11.3enteiまた、保育室内には、さまざまなコーナーが設置され、子どもたちは自由に自分がやりたいコーナーで遊びます。そして、3歳以上児には、毎月決められているプロジェクトについて、先生は、歌や絵本などでイメージを膨らませ、さまざまな素材を用意します。この大学は、ミッション系女子大学ということもあって、45歳児の保育室には、ノアの箱舟をテーマにした大きな船が造られていました。しかし、園長先生は、その活動も、子どもたちが自発的に行動し、選択して活動していると言っていましたが、実際はどうもその取組みのときには一斉保育をしているようです。kankoku11.3kankyo

 デイリープログラムは、9時までに登園し、朝のお集まりをするようです。そこでは、朝の挨拶したあと、名札をつけ、1日の日課、興味のある活動などを紹介し、子どもたちはどれを選ぶかの計画を立てます。これは、朝のお集まりの時の重要な役割だと思います。子どもは自らその日一日の見通しを立てることが重要です。私は、保育における計画は、PDCAサイクルという事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進める手法が提案されています。それは、Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)と言うことですが、私は、まず子どもたちの活動を見て、その活動を検証し、そこから引き出して計画を立て、子どもたちの遊びをより発展させていくことが大切だと思っています。しかし、子どもの活動においては、子ども自らのPDCが必要だと思っています。そのP(計画)が「朝のお集まり」、D(活動)が日中の保育活動、C(振り返り)が夕方の「終わりの会」だと思っています。

 この幼稚園では、朝のお集まりのあとは、室内の自由遊び(美術、科学、言語、音楽、パソコン)を、各コーナーでします。そして、10時ころにお片づけ、トイレに行き、午前のあやつを食べます。その片付けを当番の子がして、他の子は、再び、遊びに入ります。どうも11時頃までは、プロジェクトなどの保育者が計画した活動をするようです。そして、11時頃から12時頃までは、室内の自由選択活動をするそうです。そして、1155分から12時までは、「評価」の時間と書かれてあります。ここでは、今日のまとめと明日の連絡をするようです。そのあと、全日制の子どもたちは昼食を取って、午睡をした後、午後の自由活動をするようです。

 この園では、あまり写真は撮らないようにと言われたので、子どもたちの姿や、作品などは写真で紹介できませんが、1日の流れを見ることでも、室内環境の様子が少し想像付くと思います。また、図書室も充実しており、たくさんの本が並べられていました。建物もとてもモダンなデザインが施され、子どもたちにも本物を与えようという姿勢が現われていました。kankoku11.3rikatatemono

韓国報告23

 いよいよ、韓国視察の最後の園訪問です。三日目の午前中に訪れました。今まで5園見てきました。1日目の午前中、公立ソガンオリニジップ(ソガン子どもの家)、午後は、スンミョン(淑明)女子大学内オリニジップでした。二日目の午前中は、ハンソル教育希望財団が運営受託している企業所内オリニジップの国会内第1オリニジップ、そして、午後からは、プルニー財団が受託している企業所内オリニジップを2園、延世(ヨンセ)大学内のオリニジップと現代海上保険株式会社内オリニジップでした。

 最初のブログで紹介しましたが、韓国の幼児教育の施設は、基本的には日本と類似していて、幼稚園とオリニジップの二つに大別されています。オリニジップとは、ハングルで「子どもの家」を意味し、0歳から小学校就学前までの子どもが対象であり、日本の保育所にあたります。これまで見学した5園は、このオリニジップです。それに対して、満3歳から小学校就学までの子どもが対象の幼稚園があります。最後の訪問先は、この幼稚園でした。rikajosi

 日本では、1876年、日本で最初に設立された幼稚園として東京女子師範学校附属幼稚園が開園しました。韓国では、今回訪問した韓国ソウルにあるイファ(梨花)女子大学付属の幼稚園が、1914年に韓国最初に開園した幼稚園だそうです。梨花女子大学校は、1945年に設置された私立大学ですが、女子大学としては世界最大規模だと言われています。その園の園長先生は、来年からオメップ(世界幼児教育・保育機構)の会長を務める予定だそうです。

3歳児はひとクラス20名が2クラス、全日制の4歳と5歳が混合クラスと半日制クラスが2クラス、総勢144名が在園しているそうです。この園は、私立ですが、教育費43万ウォンのうち政府からその半額の22万ウォンの補助があり、残りの半額を親が負担しているそうです。ちなみに、韓国では、すべての年齢において保育料無料化を進めているために、普通の区立や公立はほとんど親の負担はないのですが、私立幼稚園の場合は、独自に保育料を徴収しているようで、高い私立幼稚園は80万ウォンかかる場合もあるそうです。

 この幼稚園は名門ということもあって、全国からの応募があり、競争率は約10倍で、日本でも国公立の幼稚園では入試の一部で抽選が採用されていますが、この園でも地域や親の職業に関わらず、抽選で入園児を決めているそうです。それでも、ここの在園児の中で、全日制のクラスでは大学関係者も多く含まれており、全体的に高学歴な保護者が多いことが特徴的です。この園の45歳児に全日制と半日制があるのは、時代の要請に合わせて延長クラスが導入されたということで、日本で言う預かり保育のようなもののようです。保育時間は、半日制の3歳児は912時、4歳児は913時、5歳児は914時で、全日制の45歳児は、917時だそうです。

保育内容としては、国が定めた教育カリキュラムであるヌリ課程に沿って保育することを基本とし、他に梨花独自に定めたカリキュラムによって保育されているそうです。園長先生の話では、子どもたちは、基本的にすべて自分たちでやることを決め、室内と園庭での自由活動が中心だそうです。そのために、室内には、他園同様、コーナーが充実しており、同時に4歳と5歳はテーマを決めたプロジェクトに取組み、現在、交通に関するテーマと、環境と消費をテーマとして保育しているということでした。

韓国報告22

 kankoku    二日目の午後の2園目は、1園目と同じ法人であるプルニー財団が運営している現代海上保険株式会社の企業所内オリニジップです。この園は、園児数は45人で、職員は9名、地下1階、地上3階の建物で、ずいぶんと都会の中にあるオリニジップです。地下には、職員室・多目的ホールがあり、1階には、9人の1歳クラスと9人の2歳クラスがあります。2階は、共用施設スペースになっており、3階は、3歳児と4歳児の異年齢クラス18名、そして、5歳クラスが9名です。韓国では、基本的に保護者の要望があるということで年齢別保育をしていますが、この園では、3,4歳児は、異年齢でした。kankoku11.2-2kankyou2

この園の室内環境は、非常にきれいに整頓されていました。そこにあるさまざまな教材、遊具も整理され、子どもたちはこれらをどのように使っているのだろうかと思うほどで、また、掃除は誰がいつしているのだろうかと思うほどきれいにしてありました。見学した時間は、16時から1645分までと慌ただしかったのですが、子どもはまだ在園している時間にもかかわらず、園全体にザワザワ感がありませんでした。その整理さは、教材庫の中にも現われていて、ずいぶんときちんと整理されていました。kankoku11.2-2souko

また、この園で、初めて乳児室らしい室内環境を見ることができました。以前、ブログで書いたように、韓国では年齢別の保育室にもかかわらず、それぞれの部屋に用意されている教材は、さほど差は感じられませんでしたが、この園の環境は、後でその写真を見ても、それとわかる環境で、私たちにもずいぶんと参考になるものがありました。

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その中にも手作りの物もいくつかありました。kankoku11.2-2nyujikyozai1また、ランチルームには、乳児用の椅子も置いてあり、乳児も保育室内ではなく、この部屋で食べるようです。kankku11.2-2tyori

 

また、しゃれた空間も室内、屋外にも用意されていました。kankoku11.2-2syaretakukan1kankoku11.2syaretakuukan2kankoku11.2-2syaretaguzzu

 

 

韓国報告21

  韓国視察二日目の午後、プルニー財団が運営委託されている園の1園目、延世大学内にある、ユジンオリニジップの環境を見てみます。基本的に午前中見学した園と、運営している法人は違いますが、環境はまったく同じようです。この2園の共通な環境は、多分、ヌリ課程に書かれてある内容でしょう。かなり、具体的に書かれてあるだろうということが判ります。

 まず、食堂ですが、まったく同じように、食事をする場所は、調理室から開かれたカウンター越しに配置されています。しかし、この園には、食事のあとの食器の返却するボックスルの佳菜に、きちんと場所が指定されており、子どもにわかりやすく表示されています。また、そのあと洗い場にも運びやすくなっています。kannkoku11.2tyubo

 この園では、保健体制がきちんと整っていて、まず、投薬依頼書がきちんと作られていました。しかし、どこまで預かっているかということは聞くことがで来ませんでしたが、誤飲をしないように、きちんと文書で届けるようです。また、園内に保健室があり、そこには具合の悪くなった子を預かるベッドや、保健の先生が健康管理の事務の仕事がしやすいように専用の机があり、うらやましい空間が用意されていました。kannkoku11.2hoken

 保育室内の絵本コーナーには、他園のようなクッションが置かれ、転がって本を見ることが出来るような環境は同じですが、この園では、各クラスの絵本コーナーの上には天蓋が張られ、少し落ち着くように設定されていました。kankoku11.2tosyo

 この園には、ままごとコーナーではなく、ドイツの園に見られるような、実際に調理できるようなキッチンが設置されていました。これは、ドイツではどの園にあるので、そのようなガイドラインがあるのでしょうが、韓国では、この園だけでしたので、園独自の考え方なのでしょう。

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 廊下には、これは既製の遊具ですが、触ったり、動かしたりするような壁掛けがありました。これも、よくドイツで見る環境です。外国の園に視察に行くのでしょう。いろいろな国の、いろいろな園を見ていると思います。そして、すぐにそれがいいと思うと、取り入れるようです。以前のブログにも書きましたが、来年の12月に、この法人の理事長が私の園に来たいということを希望していますが、いいと思ったら、すぐに行動し、すぐにいいところを取り入れる姿勢からは、韓国のエネルギーを感じます。kankoku11.2rouka

 それは、この部屋を見てもわかります。この部屋は、イタリアのレッジオに見られるアトリエと呼ばれる部屋です。そこには、たくさんの種類の制作道具や制作材料が、過去の活動計画や経験の記録とともに置いてあります。しかし、この園のアトリエには、まだそれほどそれが用意されてはいませんでした。また、レッジオでは、この部屋で子どもたちを指導するアトリエリスタと呼ばれる芸術専門家が、各幼児校に 1 名配属されていますが、この園にはその存在はいないようでしたが、この保育を取り入れようとしていることはわかりました。kankoku11.2rejjio

そのほかのコーナーを並べてみます。これらは、決められていると思えるほど、きちんと用意されていました。

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韓国報告20

 今回の韓国幼児教育視察では、全部で6カ所視察しました。それらの園は、韓国でも質の高い施設であるということでしたが、それらの施設を見るということは、どのような保育が、質が高いと言われているのかを知るためでもありました。教育の質の評価はなかなか難しいものがあります。以前、ブログでも書きましたが、例えば、「卒園児の何人が有名小学校に入学した」といった塾にあるような指標があるといいのですが、幼児教育の目的はそれではありません。では、卒園児は世の中に出てこんな活躍をしているとか、成人して有名人になったとか、何人、大学教授になったかということも判断基準にはなりません。それは、必ずしも幸せな人生を送る要素ではありませんし、そうなることが偉いわけでもないからです。

 また、早期教育を熱心にしているとか、皆、すでに小学校の教科を修得しているということも短期的には意味があるかもしれませんが、長期的に見ると、それはあまり意味がないだけではなく、かえって小学校に行ってから学業成績が下がってしまうことも分かっています。しかし、韓国を訪問する前は、少なからず以上のようなことを、幼児から目指しているのだろうと思っていました。しかし、韓国の保育は、毎年訪れるドイツと目指そうとしていることは同じであることがわかりました。各国の保育を参考にし、それぞれのいいところを取り入れて、韓国独自のカリキュラムであるヌリ課程というものを作成し、それに沿って保育をすることで、ある質を担保していることがわかったのです。

 しかし、日本では、まだ韓国の保育がどのようなものかを知らない人が多いと思います。そこで、韓国報告は、そのバックグラウンドを押さえてから、多くの保育室の写真を掲載して、少し知ってもらおうと思っています。今回は、二日目の午後に訪れたオリニジップを2園紹介します。その2園は、プルニー財団という社会福祉法人が受託した企業所内です。この法人も、韓国内に200カ所以上の園を受託しているそうです。ちなみに、プルニーというのは「青」のことだそうです。

 1園目は、延世大学内にある、延世大学の職員の子弟向け116名定員のユジンオリニジップです。20103月にオープンしたばかりで、とてもきれいな園でした。保育は、7つの部屋で運営され、1歳は、9名ずつの2クラス(職員2名×2)、2歳は、12名ずつの2クラス(2×2)、3歳は、24名ひとクラス、4歳は、21名ひとクラスです。5歳児は、29名ひとクラスです。保育時間は、9時から18時までで、特例として、朝の7時から預けられるそうです。

また、この園の方針は、0歳児は「保護的養育」、1歳児は、「自発的探索」、2歳児は、「自発的遊び」、345歳児は、総合的学習ということで、プロジェクト保育をしています。このプロジェクトのテーマは、子どもの活動から引き出すのではなく、毎月計画されていて、訪れた月は「秋」がテーマでした。以前、オランダのピラミッドメソッドを実践している園を訪れたときも、「秋」がテーマでした。もしかしたら、プロジェクトの毎月のテーマは、プラミッドメソッドを参考にしたのかもしれません。

 

韓国報告19

 今回の韓国視察の二日目の午後には、プルニー財団が委託を受けている二つの園を見学しました。このプルニー財団も、韓国ではいくつも企業所内オリニジップを受託している社会福祉法人です。そのうちの1園目は、えんせい大学内にあるオリニジップです。

えんせい大学というと思い出すことがあります。それは、延世大学校医科大学小児精神科教授であり、新村セブランス病院小児精神科の医師でもある申宜真が、ずいぶんと昔になりますが、2004年に「かしこい親の子育て術“ゆっくり子育て”はこんなにすごい」(小学館)という本を日本で発刊しています。この内容は、教育熱、早期教育に走る韓国の親たちに警鐘をならしたものとして、韓国・中国で30 万部のベストセラーになりました。

毎年ニュースに流れるのですが、今日、韓国では日本の大学入試センター試験にあたる大学修学能力試験が行われていて、警察官が遅刻しそうな受験生を会場まで送り届けたり、航空機の運航が制限されたりするなど、ことしも国を挙げた支援が展開されている姿が映し出されていました。このような国あげての支援は、なんだかふしぎな気がします。韓国社会は日本以上少子化が進んでいます。それは、この受験のように激しい競争の中で、「少なく生んで、上手に育てる」という考えが広がっているからです。しかし、その「上手に」が問題です。多くは、「自分の子どもを誰よりも賢く育てたい」という親たちの熱望であり、そのために、英語学習、中国語学習や過度の商業主義による様々な早期教育が行なわれています。私たちが今回訪れた幼児施設は質が高いと言われている園ですので、このようなことには振り回されず、国が決めた標準教育課程とヌリ課程にきちんと沿って保育をしていますが、多くの園では詰め込みが激しいようです。

そんな中で、申宜真教授の著書は、小児精神科の専門医としての立場からではなく、二人の子どもを育てている親として執筆されました。そして、そこには子どもを育てる際に、物質的な保障や子どもへの無条件の愛に固執する韓国社会にある独特の雰囲気を想定しつつ、「子どもをどれだけ愛しているかではなく、どのように愛しているか」が重要であると説いています。

韓国人の特性の一つに「せっかち」とか「性急」があると言われていますが、この特性は、育児にも表れます。そこで、申宜真教授は「ゆっくり育てる」という提案をします。それは、子どもを放任するということではなく、過度に発達の先取りをするという雰囲気に惑わされることなく、子どもの成長段階、発達段階に会わせた育て方をしようと呼びかけたものです。そのために、子どもの発達段階に即した思考力が育っているがどうかが最重要であるとして、「one step behind」と「one step ahead」の子育て戦略を提唱しているのです。「one step behind」とは、「一呼吸おいてから対応する方法」で、「子どものなすがままを見守り、何かに好奇心を示したときに親がそっと後押しすればよい」という考えです。

一方、「one step ahead」とは、子どもの気持ちを先回りして理解、共感することです。この「one step behind」という考え方は、私が提唱する「見守る保育」に通じるものがありますが、実は、その考え方は、日本の近代以前の時期の子育ての特徴であり、柳田國男のいう「児やらい(コヤライ)」の思想と同じであると言われています。それは、「突き放すのではなく、一歩後ろから見守りながら、子どもの自然な性向に従って発達を促す、子ども主導とおとな援助の姿勢を示す教育方法である」と説明されているようです。