国民性

 一時、各国の気質を表わしたちょっとした小話がはやりました。その気質は、育児にも見えるようです。

例えば、イタリア流子育てでは、「イタリア人の子育てのポリシーは何?」と聞けば、開口一番「TANTO AMORE(愛情たっぷり)!」と答えるそうですが、同時に、「モテる子に育てる?!」というのもあるそうです。イタリアのお母さんたち(マンマ)の愛情たっぷり子育てぶりは、日本でも知られることですが、それは本当で、これでもか!というくらいかわいがって育てます。ちなみに、それはパパも同じ。自分の子供を「カワイイ、カワイイ、家の子は本当にカワイイ!」と、ところかまわず、だれ彼かまわず、自慢して、抱きしめてキスして、もうベタベタ。そこに、他人の感想の余地はありません。それは、楽しんでいる大人を積極的に見せ、人生の楽しさを教える!ということもあるかもしれません。それは、外見を褒めるだけでなく、自慢の我が子が興味を示したものに対して「こんなことに興味があるのね!好奇心旺盛ね!」と、興味の赴くままに、そして本人が納得するまで体験させます。もちろん、最低限の注意は払いますが、「これは、ダメ」「危険だから、ダメ」と禁止することはあまりありません。元気で自由奔放な子供が イタリア には多いです。それは、「笑ったり、泣いたり、そのときどきの自分自身の感情をしっかりと感じさせる」ことが、豊かな感情を育てるからだと言います。そのためか、イタリア人は感情が豊かで、泣いたり笑ったり、非常に表情豊かです。

北欧のスウェーデン流では、さすが福祉国家です。政策の下支えもあり 夫婦で育てるのが当たり前です。だいぶ前ですが、スウェーデンに行ったときに、街で見かけるベビーカーを押している人の半数は男性でした。二人目の育休は、父親が取らないといけないということでした。スウェーデンでは、子どもが生まれると育児休暇を夫婦で交替に取り、子どもたちは1歳を過ぎたら、日中は保育園や保育ママたちと過ごします。女性の社会参画が進み、女性の就業率は世界でもトップクラス。夕方には仕事を終え、子どものお迎えをパパがすることも多く、子育ては夫婦で行うのが当たり前という印象です。また、「叩いたり、強く揺さぶったり、蹴ったり、棒などでぶったり……そんな行動を大人が大人相手にすると問題になるのに、“親だから大人だからと言う理由で、子どもに対して行える”という考え方はよくない」という考えから、1978年、スウェーデンで世界に先駆けて体罰禁止の法律が生まれました。今では世界29カ国が子どもの体罰を禁止していて、この動きは世界的に広がりつつあります。

しかし、アメリカでは、国の事情があるのでしょうが、極端です。日本では子どもを叱るとき、人前でも軽く手やお尻を叩く母親がいますし、「言うこと聞いてくれないとペチンするよ!」などと耳にすることあります。しかし、これをアメリカですると、虐待と勘違いされる場合があります。最悪、通報されてしまう場合もあるようです。反面、例えば、オムツをはずすことにあまり気合を入れません。時期が来たら外れるでしょうという感じです。ですから、だいたい3歳過ぎでの卒業をめどにトイレトレーニングを考えています。もちろん3歳過ぎてオムツをしていても回りからのプレッシャーはありません。当の親はさすがに3歳過ぎると早く外したいと思うようです。

支援方法

愛着といわれる養育者と子どもとの関係は、ラットの場合は、なめたり毛づくろい和したりすることですが、人間において同様な効果は、触ったり、抱っこしたりというよりは、幼児のサインに敏感に反応することであるということがわかっています。ということは、求めてきたときに反応してあげるということなのです。どうも、ラットの行動を間違えている人がいるようで、私の娘に孫ができたときに、保健所から指導に来て、「愛着形成のために、母親なんだから、ともかくいつも抱っこしてあげなさい!」と言われたそうです。

 しかし、ただ抱っこすればいいというわけではないとしても、不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だとリーバーマンは言います。そうした助けを差し出す最善の方法を探し出すことが、よりよい愛着関係への支援であるということから親子心理療法と呼ばれる治療法を開発しました。この方法は、親子の関係を強化することで子どもの行動を改善しようとする姿勢は、現在アメリカ中に取り入れられ、様々な支援方法を生んでいると言います。例えば、里親と幼い子どものための介入プログラムのひとつであるABCでは、幼児の発する信号に注意深く、温かく、落ち着いて反応するよう里親に促すように指導します。10回ほど家庭訪問をして指導しただけで、子どもたちが安定したアタッチメントを示す割合が高くなったそうです。

 ひと世代前の支援技法は、幼少期の言語スキルが必要だとして、主に子どもの語彙を増やすことを親に勧めていました。しかしながら、この方法は現実には無理がありました。それは、多くの低所得者の親たちは、親自身に限られた語彙しかない場合が多く、子どもに豊富な語彙を持たせようとするのは至難のわざなのです。読み聞かせをたくさんするのも確かに一つの手ではあるのですが、幼児は、親が語彙の増強に専念している時だけでなく、あらゆる瞬間に言葉を吸収するものです。ですから、語彙不足はたいてい次の世代へと引き継がれてしまうのです。ということで、親のみに重点を置いた支援は無理なのです。

 それに対して、リーバーマンの主張によれば、愛着を育む方が、子どもの成長や改善に寄与する可能性がはるかに大きいと言うのです。しかも、語彙の不足と違い、不安を生む親子関係は比較的小さな支援で対処できるのです。つまり、不安定な愛着関係の連鎖は完全に断ち切ることができるというのです。

 幼少期の支援こそが重要であるとする科学的根拠に異を唱えるのは難しいとポールは言います。子どもの脳の健康的な発達において、最初の数年は非常に大切だからです。子どもの将来をより良いものにするための唯一の機会のようにも見えます。しかし、感情的、心理的、そして神経科学的な経路をターゲットとしたプログラムの一番有望なところは、子どもが成長してからでも十分に効果があるという点だと言います。それは、学力面のみの支援よりもはるかに効果が高いようです。知能指数だけを見るなら、8歳を過ぎたあたりからなかなか伸びなくなります。しかし、実行機能や、ストレスに対処したり、強い感情を抑制したりする能力は、思春期や成人になってからでも改善できるということがわかっています。

 10代の子どもでも幼児にはできないやり方で人生を考え直したり作り直したるする能力を潜在的に持っているというのです。

よい関係

 子どもにとっての「愛着関係」の重要性はよく取り上げられることですが、私は、その捉え方に若干の食い違いがあるように思います。それは、一つは実験の結果からの分析により、どの点を重視するかということにあると思います。以前のブログでも私は「愛着障害」について何日にもわたって書いたのですが、その主な研究は、ジョン・ボウルビイとメアリー・エインズワースが発展させてものです。しかし、それは1950年代から1960年代にかけての研究で、戦後の爪痕がまだまだ残っており、また、経済成長の中で、多子社会で生まれた子どもたちは、ある意味で親から関心を持たれなかった、または、関心を持つ余裕がなかった親のもとの子どもたちが多い時代でした。ですから、私は、今の時代においてもう少しこの理論を発展させるべきだと思っています。また、では、愛着形成のできていない子どもは、あきらめないといけないかということです。ただ、事実だけを研究するだけでなく、直接子どもと接している私たちとしては、何したらよいかという方向性の研究も大切だからです。

 1870年代になると、サンフランシスコの心理学者アリシア・リーバーマンがその研究をつないでいきます。彼は、エインズワースの指導の下、乳児の相手をする母親を撮ったビデオテープを見て解析したり、母親のどのような行動がアタッチメントの安定を促すかを観察したりして長い時間を過ごします。その中から、彼は「人格の発達」を表わしたエゲランドとスル―フの研究を高く評価をしていますが、二つの重要なアイディアが抜け落ちていると指摘しています。

 その一つは、研究の対象にした地域性があるのではないかといいます。多くの親にとってその地区では、子どもとの安定した愛着関係を結ぶのは非常に難しいという事実への認識が欠けているというのです。彼は、「よくあるのは、母親の人生を取り巻く環境が、本人のもともと持っている対処能力ではとても太刀打ちできないケースです。」と言っています。その地区のある母親の言葉を引用しています。「ひどく貧しかったり、絶えず先々への不安があったりして打ちのめされているとしたら、そんなときに安定した関係を育む環境を作ろうだなんて、スーパーマンでなきゃ無理」と言っています。さらに、母親自身の過去の愛着関係の欠如が子育てをより困難にしている可能性もあります。このことはその他の研究でも明らかになっていることだそうですが、あたらしい母親が子どものころに不安定な愛着関係を経験している場合には、自分の子どものために安定した育児環境を整えるのが飛躍的に難しくなるのです。

 もうひとつの点は、過去の心的外傷やアタッチメントの不全は克服できるという事実の研究が十分に強調されていないことであると言います。彼は、不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だというのです。この二つの指摘は、私にとっては非常に重要です。研究対象が限定された地区で行われたことの偏りは、研究対象が限定された時代での研究の偏りを示唆しています。また、最近どの園に行っても、悩みは保護者への支援です。どのように保護者と子どもとの関係を望ましいものにしていくかということです。親子の関係の距離感は、難しいものです。

 では、それをリーバーマンは、どのように提案しているのでしょうか?

子ども重視

日経マネー編集部 南 毅氏によると、ある米国のヘッジファンド首脳は日本株買いの筆頭条件に挙げたのは、「子供第一社会(Kid’s First Society)」かどうかだそうです。そして、世界の著名ファンド関係者らが異口同音に日本株ロング(買い)の鍵として挙げるのが、「女性・子育て政策」なのです。そこで、「日本は子どもに優しい国か。」「子育てをする親に優しい国か。」「女性も働くことで、少子高齢化に歯止めをかけられるか。」などについて、日本人以上に関心を寄せているということです。

彼らから見る日本は、25~39歳の女性のうち働く女性の比率が7割まで上昇したものの、日本は子供に優しい国なのかということがぎもんだというのです。彼らが考える子どもが幸せに過ごす条件として、働く母親が育児ストレスをため込まず、笑顔でいられるのが必須なのです。それが、安倍総理の「3歳まで抱っこ放題」とは、3年間職場から離れるということで、働く女性にとっての悩み・不安である、育休明けにキャリアを持続できるのか、ということですが、3年間も職場を離れたら、その不安はさらに拡大することになるのです。また、そもそも、子供が小さいうちの育児では、単に抱っこできれば済むものではないのに、そのような発言は、子どものこと、育児のことをよく知らない人の発言に思えたのでしょう。

 子どもにとって、母親が一番には変わりはありませんが、その母親がゆったりとした気持ちで、余裕を持った子育て環境が必要ですが、実際の子育ては、病気やアレルギーがあれば医者に通わなくてはならない、夜泣きなどの体力的・精神的負担は大きい、子どもがいない時代に比べ家事は一気に増える、今の核家族化した日本社会で、母親は夫など周囲の助けがないまま子を育てるのは困難なのです。

さらに、親が育児に加え、職場でもストレスを抱え込めば、怒りの矛先は子どもに向きがちだ。それは子どもにとって幸せとは言いがたいということで、投資対象としての日本という国は、「子供の笑顔が見える国」であるかどうかにかかっているというのです。

 日本は、少子化という子どもの数が少ないということだけでなく、子どもの比率の低さが問題です。総務省の2013年の推計によると、15歳未満の子どもの比率は12.9%だったそうです。それは、1985年の21.5%に比べ一段と低下しています。一方、インド(29.1%)、中国(16.5%)などの新興国は言うに及ばず、米国(19.6%)、ドイツ(13.2%)で、それより日本は低い水準です。

 米有力ヘッジファンド出身の投資家、ロバート・ダガーさんの日本株運用比率は全体の5%で、世界の時価総額に占める割合は約1割であることを念頭に置きながら、日本株の一段の買いを見合わせているといいます。その理由は、銀行業務で日本と深くかかわった経験から、「日本経済には若さがない」からといいます。そして、いま、日本の育児環境が整備されているかに注目、子供を育てやすい、子供が過ごしやすい環境になっているかに注目しているといいます。

彼らに興味のあるのは、「子どもを重視した国家はどこなのか。」ということで、タガーさんは、「米国は子ども第一社会ではない。フィンランドやスウェーデンがそうだ。」と言います。もちろん、北欧は、高福祉国として知られていますが、投資家から見ると、福祉の中で、どのような取り組みが魅力があるのでしょうか?

育児への貢献度

 育児で最近問題になっているのは、父親の育児参加です。生き物のなかでは多くはメスが子育てをしますが、中にはオスが育児をする種とか、オスとメスが協力して育児をする種とか、両親とも全く子どもをかえりみず他の種に子育てをさせる種まであります。その中で、人類はどの種に近いのでしょうか。

 ジャレド氏は、こう分類しています。極端な例としてダチョウやタツノオトシゴをあげています。彼らは、メスが産卵し、あとはすべてオス任せです。一方、多くの哺乳動物と鳥類の一部は、それと対極で、オスは、メスとの交尾をすめば、あとはすべてはメスに任せ、オスはまた別のメスを追いかけ、子どもの養育に関与しません。サルや類人猿にはこの両極端のあいだにおさまる種類が多く、どちらかというと哺乳動物の習性に高いと言います。父親は、母親や子どもたちと一緒に暮らしますが、集団構成の観点からは、母親と子どもたちの集団のなかに父親という存在が加わり、もう一つ大き目な集団が形成されるといった形態に近く、子どもを部外者たちから保護する程度は担うものの子どもの養育や世話への関与はほとんど見られないのです。

 では、人間の父親はどうかというと、子どものよう国関わる程度はダチョウのオスより少ないが、類人猿や他の霊長類のオスに比べれば多いのです。たしかに、父親が赤ん坊の世話に関しては、母親より面倒見が悪いのですが、父親が子どものために重要な役割を果たしている社会が大半だと言います。社会によっては、生物学上の父の死とともに、その実施の生存率も低下するといった現象がみられるくらいだそうです。子どもの存在には、どうも、食事を与えるとか、おむつをかえるとかいうだけでない大きな役割がありそうです。

 同じ人間社会といっても、その生業形態や生活形態によって違うようです。父親が最も子どもの養育に関わるのは、女性が食料の大方を調達する社会であり、女性の時間は食料の調達に割かれている場合だそうです。たとえば、アカ・ピグミー族では、森のなかで食糧を採集するのも、網を使っての狩りに参加するのも、母親の仕事であるため、当然、父親が積極的に子どもの養育に関わるそうです。このように、牧畜民の社会と狩猟採集民のそれとのあいだで、父親の子育てへの貢献度と女性の食糧確保における貢献度の平均値を比較した場合、どちらの貢献度も狩猟採集民の社会の方が高いそうです。また、男は戦士として戦うものであり、それに時間を割くものであるという自負が男性の間に浸透しており、攻撃的な他の男性から家族を守ることこそが男の仕事であると思っているような社会では、父親が子どもの養育に関わる傾向が少ないようです。この社会のように、男と女の役割分担がはっきりと分かれている場合、男性は少年を含めて男性だけで生活をし、女性は女性だけで一緒に暮らすという部族もあるようです。

 このように、伝統的社会における父親の育児への貢献度を見ると、日本では最近父親の育児参加が叫ばれるのは分かりますね。戦時中における男性の戦士としての役割が強かった時代、国を守ることこそが男の仕事であると思っていた時代では、とうぜん父親の子どもへの養育に関わる傾向は少なくなるのは当然でしょう。また、男性だけが働いて、食糧確保の役割を担っていた時代では、母親が中心になって子育てを担うのは当然だったのでしょう。しかし、現代の日本では戦争はなくなり、男性だけが社会とかかわる、食糧を確保するわけでもなくなった社会では、男性も育児に貢献しなければならないというのは当然でしょう。

守ろうとする意欲

 戦争というものは、一番弱い子どもが後まで犠牲になります。戦後、子どもの栄養問題ばかりでなく、一般家庭の貧しい者への保護も大きい問題であり、とくに、戦争の痛手を受けたものを救助する目的から、昭和21年、生活保護法が敷かれたのです。しかし、宮本氏は、「その法のみをもってしては、子供たちに対する給与や保護は十分でなく、25年には、法改正を行って教育扶助もなされることになり、義務教育に必要な教科書や学用品、学校給食などについて教育扶助を行っている。」このような教育扶助を受けている子どもは、とうじ56万人にもぼっており、いかに多かったかですが、それでも必要な子どものほんの一部だったようです。

 そして、昭和26年5月5日に、「児童憲章」が制定されたのです。これは、子どもたちの権利を子どもたちにかわって、社会に対して認めるように規定したものであり、「すべての児童は人間として尊ばれ、社会の一員として重んじられ、よい環境の中で育てられる」ことを12の条文に明記したものであるが、宮本氏は、「こうして子供たちの社会的な地位は確立したわけだが、さて子供たちの世界への目を向けてみると、その社会的な環境は、必ずしも恵まれたものではなかった。児童憲章制定当時、社会的保護を必要とする子どもの数は700万人と確定された。それは、満18歳以下の子供の数の20%にあたる。」

 しかし、当時の状況を宮本氏は、「子供たちを守ろうとする意欲がこんなに強くもりあがった時代は、過去にはなかったのである。そしてそれは、単に政府や識者だけの首唱ではなくて、子供の一人一人の親たちの目ざめも大きかった。そしてほんとに子供たちのために幸福を促進しようと実現したのでは、市井のあるいは農村の親たちであった。」このあたりの取り組みは、今の私たちも見らなうべきことがあるかもしれません。ただ、政府、研究者だけに頼り、その取り組みを批判し、歎き、不安になっているだけでなく、もう少し現場の私たちは何ができるのか、何をすべきかを考える必要があり、実際に行動に移さないといけないと思います。現在、アンケートのよると、日本人は政府を信頼してない割に国に依存しよう、国のせいにしようとしている率が高いそうです。

 宮本氏は、長崎県五島列島のひとつである小値賀という島のこんな取り組みを取材しています。「この島は、玄武岩からなっている低い台地状の島で、島のところどころには、椀をふせたような山がある。この島は、玄武岩の崩壊土であるために、雨が降るとひどくぬかるむ。海の中の島だから、雨の降るときは風が伴う。学校は島の真ん中にあって、どの部落からも遠い。子供たちは、雨が降るたびに、このぬかるみの道のために苦しめられた。しまの南海岸にある笛吹きでは、見かねた母親たちが集まって相談し、この子たちのために、学校までの道をコンクリート張りにしようと決議した。女手では不可能だというものもあったが、女の力でもできないはずはないと、作業に乗り出した。男たちは笑っていた。しかい女たちはひるまなかった。資金を集めて材料を買い、バラスは浜から運び、土木作業は、すべて女がやった。笑っていた男たちも、そのままですまされなくなった。そして協力するようになったのであるが、とうとう女手で立派なコンクリート道を学校までつけた。町の人たちは、誰というとなく子の道を愛情道路と呼んだ。このようにして、子供たちは、大人と共通した広場へ出てくるようになった。」

 今であれば、すぐに陳情でしょうね。そして、なかなか取り組まない自治体に非難するでしょうね。もちろん、これらは、自治体がやるべきことと思います。しかし、自分たちの手でも子どもたちのためにはやるんだという決意が必要な気がします。しかも、この時代、女性を仕事など忙しかったであろうと思いますが、その忙しさを言い訳にしていません。この思いが、日本中の端々までいきわたっていたのでしょうね。

保護者会

 今、園では毎日クラスごとの保護者会が開かれています。今日は3歳児の保護者会でした。私の園では、男性保育者が多いせいか、送り迎えに父親の姿を多く見かけます。また、今日も出席していましたが、保護者会にどのクラスも父親の参加があります。これは時代かもしれませんが、子どもにとって、育児を女性だけがするものであるという刷り込みを持たせないためにもよいことだと思っていますし、多様な価値観で子どもを育てるためにも必要なことです。また、園に対しても、父親はまったく違う観点から園を支えてくれます。そういえば、昔は、そのような集まりの会を「父兄会」と言っていましたね。どうして、兄なのでしょう。たぶん、「父母兄弟」ということから、家族という意味を略して言ったのでしょう。しかし、父兄という言葉は、戦前の家父長制のなごり、男性社会へ差別用語であるといわれていたり、一方、この言葉は、日本語にある片方の性で、両性を代表する言葉(帰国子女などの)の一つであり、語源的に差別的ではないとの見解もあるようです。しかし、語源や、過去にどういう使われていたかというより、やはり「父兄会」というのは、変ですね。父親はほとんどでないし、兄などはもっと参加しません。そういう意味では、「父母会」というようになったのはわかります。しかし、これもなんだか変な気がします。参加する人が、必ずしも父親か母親に限らなくなっているからです。そこで、私は、「保護者会」という言葉を使いますが、それも最近は、怪しくなってきました。この人は、保護者だろうかと思うことがあるからです。しかも、記入上の保護者ではなく、「子どもを保護している人」となると、首を傾げたくなる人もいるようになりました。などと考えると、言葉って、難しいですね。もう一度、「家族とはなにか」、本来の「保護者会」は、どうあるべきかを考える必要があるかもしれませんね。
 戦前から「父兄会」や「学校後援会」は、学校後援会組織として、学校設備を寄付したり、周年行事をサポートしたりするものだったようです。それが、第二次世界大戦後、GHQ(連合国最高司令官総司令部)の指示・勧告により、日本の文部省が「父母と先生の会委員会」を設置したのが、日本でPTAが誕生した始まりといわれています。そして、1947年に『父母と先生の会ー教育の民主化のために』というPTA設立の手引書を作成して、全国に配布しました。PTAとは文字通り『父母(親)と先生の会』ということで、親と先生が一緒に子ども達のために活動するものとなったのです。しかし、多くの学校のPTAでは、子どもの入学と同時に保護者が自動的に加入することになっていますが、“PTA”の“A”はAssociationということで、一般には任意の民間団体を指していることから、「その活動に賛同する人だけが、加入申込書を提出した上で会員になる」というのが本来の姿だそうです。もともとのアメリカでは、PTAはどんなかというと、「学校」単位というよりも「地域」を単位にした組織になっていて、活動に賛同する人は、子どもがその学校に通う保護者だけでなく、地域の市民だれでもが参加できるシステムなようです。また自分の子どもが通う学校だけでなくて「全国・全世界の子どもたちの幸せのために」という理念のもとに結成されている場合が多いようです。私の園での開園時の職員のキャッチコピーに「私たちは、世界の子どもの担任です」というのがありました。PもTも、そうあるべきでしょうね。

保護者

 保育園や幼稚園、学校など子どもを預かる施設は、その子どもの保護者との関係をどう作るかが課題になっています。先ごろ中央教育審議会から出された「新しい時代の義務教育を創造する」という中でも、その難しさについて、こう書かれています。
「本審議会でも、家庭や地域の教育力を取り戻すことは難しく、学校への期待は大きいとの意見。一方で、本来家庭や地域が果たすべき機能を学校に持ち込むのではなく、家庭や地域がその責任を果たすことが必要であるとの意見。家庭の教育力が低下しているからといって学校の役割を拡大しても、子どもの心の満足は得られず、家庭の教育力は学校で代替できる性質のものではないとの意見などが出された。学校五日制についても、両方の立場からさまざまな意見が出された。このほか、家庭支援のための福祉行政との連携の必要性。ゲーム・テレビの影響などマスメディアを含め、大人社会のあり方の問題なども意見として出された。また、学校と、家庭・地域とが共同し、両方が教育力を高めるべきとの意見も出された。」
 私たちが、「子どもが他者と関わる力をはぐくむ保育環境と家庭環境」という調査をしたことがありました。そのなかで、「保護者に対するサポート」という項目では、「保育士が保護者に対してサポートを行うことも、間接的に子どもが他者と関わる力をはぐくむことにつながっている。」 という結果がでました。そして、「関係者がいっしょに育児にかかわっているような状態を構築することが、子どもの力をはぐくむ土壌となるといえるだろう。」というまとめでした。それが、まさに、どちらがどちらに責任を押し付けるのではなく、「共同して」という姿勢なのです。もちろん乳幼児期と学童期の違いはありますが、保護者は、保育士に対して、いっしょに育児をしている仲間だと感じることが、子どもの発達を促すのです。少子化の原因のひとつとして、公教育への不安があるといいます。保護者の教育への信頼が、子どもたちの情緒を安定させ、それが学習効果をあげ、発達を促すのです。
 私の園で、保育参観のあとの保護者とのメールのやり取りで、感動したことが最近ありました。
保護者「先日、朝、○○先生から、「いつもありがとうございます。」と言われて、「こちらこそ、いつも、私の子供をはじめ、園児と共に過ごしていただき、ありがとうございます。」と言う機会を逃してしまいました。何卒、よろしくお伝えくださいますようお願いします。気の利いた感謝の気持ちひとつ伝えられない、私ですみません。本当に、先生方には、感謝しています。これからもよろしくお願いします。
園「○○の感謝の気持ちは、私も同じでございます。(便乗させていただきます)伝言、必ず伝えます。
保護者「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございますm(__)m 先生方や保護者の方からの応援って本当にうれしいですよね。あと、先生方は、私に対して、「すみません」と気を使っていただいていますが、私も仕事に追われるだけでなく、日々の生活の中で、何か園のために始められればと思っていたことが、今、現実になっているので、大げさかもしれませんが、夢が叶っているんですよね。これからも、保護者と保育園がうまく連携をとりながら、いろんな問題を解決できるような関係でいましょうね。多分、父親の他のメンバーも同じ気持ちだと思います。(^^ゞ

男女の刷り込み

今日、帰りに飛行機の客室乗務員が、男性でした。国際線ではよく見るのですが、国内線では、私ははじめてでした。乗り込むとき、何で入り口に男性が挨拶をしているのだろうと不思議に思い、てっきり上司が見張りに来ているのだと思ってしまいました。機内放送でも、その男性が話をするたびに、機長からの挨拶かと思ってしまいます。客室乗務員は女性で、機長は男性と刷り込まれているのですね。
私が保育の世界に入ったころ、ラジオの取材を受けたことがありました。そのときのインタビューをしたアナウンサーの第一声が、「男性が、保育園にいるなんて、珍しくありません?」と言われたので、「逆に、女性しかいない社会のほうが、気持ち悪くありませんか?」と答えたのを、思い出します。そのアナウンサーは、保育園の職員は、女性と刷り込まれていたのですね。そのあと、市内の若い男性園長で、会を作り活動していたことがありました。(今でも、していますが)そのときの活動が、新聞の全国紙に紹介されたことがありました。そのタイトルが、「保育にかける 男たち」というものでした。なんだか、奇をてらったタイトルですね。最近、保育者相手の講演会をひらくときに、会場の中にちらほら男性の保育者が見られるようになりましたし、保護者講演会すると、ちらほら、父親の姿が見られるようになりました。しかし、今日の講演会のように、育児講座となると、全員、女性でした。(事業名が、「ママでスクール」というので、当然ですが)
私が、教員のころ、(30年くらい前)授業参観に、ちらほら父親の姿が見られるようになってきていました。しかし、そのあと引き続いて行われた懇談会には、父親は全員帰ってしまい、母親だけになってしまいました。(もっと昔は、保護者のことを父兄といったので、父親か兄だったのかも)そこで、「父親だけの懇談会」というのを、土曜日の午後に行なってみました。すると4人の父親が参加しました。しかし、当時は、あまり育児への父親参加など叫ばれていなかったため、子どもの話しをしようとすると、「子どものことは、妻に任せているから。」と言って、話が弾みません。みんな、母親から尻をたたかれて参加してきていたのです。そこで、私は、方針を変えて、「では、おとうさんたちが、子どものころの話をしましょう。」と言うと、そういえば、子どものころ、こんなことをしたとか、あんなことをして怒られたとか話がつきません。そして、最後にみんな口をそろえて、「それにしては、今の子どもたちはかわいそうですね。」ということに落ち着きました。そこで、私が「かわいそうだったら、何かをしたらどうですか。」ということで、その地域に、「子ども会」を発足することにしました。まず、クラスみんなの父親に呼びかけ、そこから、全校のその地域の父親たちに呼びかけるために、映画会を開催しました。そして、近隣の子ども会に事情や規約の作り方などを聞きにいったり、子ども会とはどんなものかを調べたり、役所に行って保険がどうなっているかを聞いてきたりと動き始め、いよいよ「父親による子ども会」が発足しました。その活動が、数年後に社会教育の映画になり、私は、いろいろな社会教育集会で話をする機会や、活動内容の原稿を書く機会が増えました。その活動は、かなりユニークだったので、またいつか、このブログで紹介したいと思います。懐かしい、思い出です。

花火大会

 今日の夜は、保護者主催の「花火大会」がありました。今、園や学校の悩みの一つに、保護者対応があるようです。この夏、保護者対応についての講演をいくつか頼まれました。確かに、わがままな、自分勝手な保護者もいます。すぐに苦情を言ってくる保護者もいます。ある研修会で業者の男性から声をかけられました。「私の妻は、教員をしているのですが、最近の保護者は苦情をすぐ教育委員会などに言っていってしまって困っている。直接言ってくれればまだいいのに。」そのときに、私は、こう答えました。「それは、今まで、直接言っても、対応してくれなかったり、聞いてくれなかったりする経験があるのでしょうね。」苦情は、いろいろと難しい問題をはらんでいることが多くあります。というのは、その内容を解決すれば済むとは限らず、何かのトラウマが潜んでいることが多いからです。それを、丁寧に取り除いてあげないと、真の解決にはなりません。この夏、ある小学校から新卒の教員が研修に来ました。とても熱心で、よい先生になりそうな人でした。その人が、研修の最終日私のところに来て、「ひとつ聞きたいことがあるのですが。ここの園児は、なんで、きちんと人の話が聞けるのですか?そうなるためのこつを教えてください。」私が、とっさに答えたのは、「それは、子どもの話をよく聞いてあげるからですよ。自分の話を人にきちんと聞いてもらえたという経験が、今度は人の話を聞こうとする気持ちにさせるのです。」教員は、兎角、自分本位で話を進め、じっくりと子どもの話を聞くことが少ないものです。確かに、時間もないし、多くの人数の子どもの話は聞けません。ですから、本当は、幼児期に家庭で親がじっくり話を聞いてあげ、保育者がじっくりと話を聞いてあげることが大切なのです。それを家庭でされていない子、それでも足りない子の話を、教師が聞いてあげてほしいと思います。
 花火大会は、親子での参加です。普段、なかなか子どもの話を聞けない保育園では、保護者が自主的に親子の触れ合う場を提供してくれます。そんな姿は、トラウマを作るのと反対に、きっと、子どもたちが、親になったときのいいモデルを子どもの心に刻むことでしょう。