わが子の観察

ダーウィンは、「一人の子どもの伝記的素描」の中で、「いくつかの能力の発達時期は、子どもによって、それぞれかなり異なるだろうと思っている」と個人差の問題から始めています。この中でダーウィンは、乳児のさまざまな側面について記述していますが、運動面では、生後数日間に見られる息子の反射行動を書き留め、瞬きが生理的ものであると断じています。感覚・知覚能力については、「彼はすでに生後9日目にはろうそくを注視した。」と述べ、視覚や聴覚は比較的早期から原初的には機能していることを示唆しているのです。それに反し、観念や推論、記憶などの認知的な能力や道徳感情は、比較的発達が遅いことも認めています。

子どもがいないロックや5人の子どもができても、わが子を孤児院に入れていたルソーと違って、子どもにめろめろのダーウィンがわが子をよく観察すると、驚くほどいろいろなことを知っていて、いろいろなことができる姿を見ると、当然生まれつきそのような力を持っているだろうと考えたのは無理ないことでしょうね。保育園でも毎日赤ちゃんを見ていると、彼らの素晴らしい能力にびっくりすることが多くあります。しかし、ダーウィンがわが子から発見できなかったものは、子ども同士の関わりから見る能力の気がします。例えば、道徳感情は、他の子がいないと発揮できないからです。どうしても、大人を相手にする行為からしか判断できないのです。

こんな記述があります。「私が観察した限りにおいて、一種の実際的な理性作用があることを示す最初の行為は…彼が私の指に沿って手を下ろしていき、指先に至るとそれを口に入れるという行為である。これは、生後114日目のことであった。」

ダーウィンの記録は、乳幼児の心的能力のさまざまな側面に及んでいますが、断片的であり、「乳幼児観」と言えるほど系統的な記述ではありません。ただ、全体的には、ダーウィンも乳幼児の知的能力は低いものだと考えていたようだと森口は見ています。ロックやルソーとは異なり、ダーウィンの乳幼児についての記述は具体的なものですし、単純に印象だけで乳児を無能だと断じているわけではないのです。その意味ではダーウィンの乳幼児観とそれ以前の学者たちの考え方を同一視するのは適切ではないという指摘もあるようです。ですが、森口は、ダーウィンの記述は、乳幼児の本格的な研究とは大きく区別されると考えているようです。

遺伝と環境の問題は、20世紀初頭の心理学者シュルテン博士などにより、新しい段階に入ります。シュルテン博士によって、心の特性が遺伝的に決まっているのか、環境によって決まるのかという問題から、どの程度環境的要因に由来し、どの程度遺伝的要因に由来するのか、という問題に変わっていきました。これが、「輻輳説」と呼ばれているものです。この言葉は、保育士試験に出てくるようですが、今までのことを整理すると、三つの説になります。「生得説は、ゲゼルらが唱えた説で、遺伝説ともいう。発達の諸要因に関して、個体の発達は個体内の遺伝的素質によって規定されるという考え方。」「経験説は、ロックやワトソンらが唱え、環境論ともいい、発達の諸要因に関して、環境の影響が子どもの発達にとって、決定的な力を持っているという考え方。」そして、「輻輳説(ふくそうせつ)とは、シュテルン、ルクセンブルガーらが唱えた説で、人間の発達の諸要因は遺伝的要因のみによるものではなく、環境的要因のみによるものでもなく、両者の相互作用によるものであるということを提唱した。」ということになります。

 

 

 

心理的連続性

次世代に形質が遺伝し、次世代の個体がまた同じような形質を持つという進化論による考え方は、遺伝的要因の重要性を示唆することになり、フロイトやピアジェ、ボールドウィンといった心理学における偉大な先人たちに大きな影響を与えています。この進化論の基本的な考え方として、人間と他の動物の形質の連続性について森口はこのような考え方を記しています。

ダーウィンは、「人間の由来」のなかで、人間と他の動物の心理学的連続性について、たとえば、感情の表出や理性、想像力、そして道徳性に至るまで、さまざまな例を出しながら議論しているそうです。進化論以前は、最もポピュラーな世界観であった神が生命を創り出したという創造論は、ヒトと他の動物との間の非連続生を強調していました。進化論によって他の動物との連続性が科学的な視点から理解されると、他の動物との連続性からヒトの個体発生について考える空気ができ上がってきたのです。

進化論が発達心理学に与えた影響は、「個体発生は系統的発生を繰り返す」という生物学者ヘッケルの発生反復説に典型的に見られるそうです。ある個体が個体発生の中で遭遇する次の段階は、その祖先が系統発生の発展過程において通過した生体の段階を反復するという考え方です。ヘッケルが示したこの魅力的な考え方は浅はかな根拠の上に成立しており、現在ではヘッケルの説自体はほとんど受け入れられていないそうです。とはいえ、個体発生と系統発生の間に関連があるという考え方自体はやはり魅力的であり、今でもこの関連を探る試みがあるそうです。

ダーウィンも系統発生と個体発生の間に関連があると考えていたそうです。それは、彼の「先祖返り」に関する議論に見られるそうです。先祖返りとは、「生物が進化の過程で失った形質が子孫のある個体に偶然に出現する現象」とされています。ダーウィンは、ある形質の発達が阻害された場合に、その形質は当該の生物が別の種と枝分かれする前の共通祖先が持つ形質に類似することがあると言ったのです。その例として、ダーウィンは、ほ乳類の子宮や前頭骨を挙げているそうです。たとえば、何らかの影響で生じたヒトの子宮の奇形が、有袋類やげっ歯類等の動物における子宮と一部類似しているように見えることを指摘しています。ここで彼が挙げている先祖返りの例は、心理学的特性ではなく身体的な特性なのですが、彼が、個体発生と系統発生の間には関連が存在すると考えていたことはうかがい知ることができると森口は言っています。

こんなダーウィンですが、彼の乳幼児観はどのようであったかということを森口は考察しています。ダーウィンとその妻は、多くの子どもに恵まれたものの、長女を幼いうちに亡くし、その悲しみがその後の人生に影響を与えるなど、家族に対して深い愛情を示していたことがわかると言います。ダーウィンは、自分の子どもの行動を観察した短い論文を発表しているそうです。これは、彼の息子が生まれてから2年間にわたる観察記録に基づいたものであり、子どもの行動記録として、厳密さには欠けるものの一定の評価を受けているそうです。この論文の中で、ダーウィンは、進化論を提唱した彼らしく、「いくつかの能力の発達時期は、子どもによって、それぞれかなり異なるだろうと思っている」と個人差の問題から始めています。

進化論の影響

イギリスの経験主義者であるロックは、「白紙としての乳幼児」と捉え、知覚の始まりは観念の始まりであり、知覚経験が不足している乳幼児は、観念も不足していると考えたのです。彼の考えを乳幼児観という観点から捉えるならば、ロックは乳幼児が知識や思考、観念の不足した無能な存在だと見なしていたのです。

このロックが発達心理学の教科書に取り上げられるのに対して、フランスの哲学者であり、教育思想家であるルソーは、取り上げられないと森口は言います。教育学のあらゆる分野で近代子ども観の提唱者として取り上げられるのとは対照的だというのです。ルソーもロックと同じくらい、ヒトの発達について含蓄のある考察を行なっているのです。ただ、このルソーの位置づけは難しいところがあると言うのです。

ロックは子どもを「白紙」にたとえましたが、ルソーの子どもに対する見方は、「植物」にたとえられると言えると森口は言います。植物は、アスファルトの上にぽつんと置かれても、枯れてしまいます。成長のためには水や土などが欠かせません。とはいっても、水をやりすぎても、植物は枯れてしまうのです。ルソーの考えも同様で、子どもは、素晴らしい力を秘めた存在ではありますが、教育なしでは堕落した存在になり、教育しすぎても枯れてしまいます。

彼は、当時ヨーロッパに蔓延していた管理的な教育方法や過剰なまでの早期教育について反発を抱いていました。彼にとって、子どもは自分で生き抜く生命力を持った存在だと考えていたのです。教師や周りの大人がしなければならないのは、その成長を見守ることだと言うのです。その意味で、ルソーは生得性を強調した立場にあると見なされることもあります。

しかし彼は、生得性を協調する一方で、乳幼児に知識や観念があるとは見なしていなかったようです。ある架空の子どもの成長記録として書かれた彼の主著「エミール」の中で、乳幼児について書かれた部分を森口は紹介しています。

「わたしたちは学ぶ能力があるものとして生まれる。しかし、生まれたばかりの時は、なにひとつ知らない。なにひとつ認識しない。不完全な、半ば形作られた器官のうちに閉じ込められている魂は、自己が存在するという意識さえもたない。生まれたばかりの子どもの運動や叫び声は純粋に機械的なもので、認識と意思を欠いている。」

同様に、彼は子ども期を、理性が活動しない時期だと認識していたようで、乳児の知的能力については、全くと言っていいほどロマンを抱いていないようです。ルソーにとっても、乳幼児は無能な存在だったと森口は言うのです。彼の最も偉大な功績は、子どもの持つ価値や生命力を見出したことであり、子どもを研究対象として捉えるためのきっかけを作ったことではないかと森口は考えています。

このような、遺伝か環境かという議論、白紙論か生得的なものかという議論、そんな乳幼児観や発達心理学に大きく影響を与えたのが「進化論」です。その考え方とは、「生物にはさまざまな個体差があり、環境に適応できる個体は生存すること、生存した個体はその形質を遺伝によって子孫に残すこと」という考え方です。

遺伝?環境?

赤ちゃんや子どもについてどのような存在であるかという言葉が、その時期をどのように考えていたかがわかります。例えば、「かわいい」「無邪気」「純粋無垢」、それらを少しネガティブな表現として、「なにもできない」「大人の手が必要」「無能」などがありますが、それを根底にして、育児、教育、指導、という言葉の意味、行為が議論されてきました。赤ちゃん、子どもに大人が「どうすればいいのか」、「何をすればいいのか」ということを考えるのです。

森口佑介は、「おさなごころを科学する」という本の中で、「進化する乳幼児観」を述べています。そのなかで、まず、第1章「無能は乳幼児」として、かつて乳幼児期をどのように捉えてきたかを紹介しています。

よく、教育は小学校に行くようになってから始まり、それまでの子どもは基本的に遊び、寝て、食べるというだけであるというように考える人を見かけます。実際に、乳幼児研究が本格化したのは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、心理学や教育学の熱が高まってからのことです。それまでは、有能な学者たちが根拠もなく、主観的に乳幼児を議論していたそうです。そして、そこに見られるのが「乳幼児が無力であり、無能な存在である」という考え方だったのです。

ここで、一つの疑問がまず浮かびます。それは、教育の有効性です。どういうことかというと、何か事件を起こした人に対して、「仕方がないよ。生まれつきそうだから。」「遺伝的に備わっているから」ということがありますが、人の行動や行為がそれだけであれば、教育は無力でしょう。では、教育をすれば、すべての人がそうなるかというと、そうでもありません。また、直接的な関わりである教育からだけでなく、環境も影響してきます。

最近、興味深い海外の研修の動画を紹介されました。それは、男女の刷り込みについてです。よく私たちは、男の子は車とか電車が好きだけど、女の子は人形とかドレスとかが好きだと思っています。その動画は、女の子の赤ちゃんに男のような格好をさせ、男の子の赤ちゃんに女の子に見えるような格好をさせ、ベビーシッターに子どもの遊び相手をしてもらいます。すると、女の子でありながら男の子の格好をさせた子に対してベビーシッターは、無意識に男の子用のおもちゃを提供するのです。いろいろなおもちゃを手にする中、車とか電車が多いのです。しだいに、その子は自然にそれらのおもちゃで遊ぶことが多くなるのです。それは、逆でも同じようなことが見られました。もちろん、生まれつき車が好き、お人形が好きということもあるでしょうが、環境、大人の刷り込みがそのようにしたということもあるというような研究です。それは、たとえば、兄弟における上の子か下の子かによって性格が違うというのも、生まれつきがあるかも知れませんが、そのように育てられたからということもあるでしょう。

遺伝か環境か、またはそれを是正する教育の力はどのくらいの効力を持つのかはたぶん、永遠の課題かも知れません。もちろん、それぞれがそれぞれ影響をしていることは確かでしょうし、すべてが絡み合って影響していることは確かです。しかし、これらの問題は、さまざまな人の発達を考える上で、とても重要な事なのです。

社会的ルール

私たち人類は、すべてのヒト属の中で、助け合い、協力をすることによって生存してきた唯一の種です。当然、そのための遺伝子が私たちの中に受け継がれてきたということになります。そして、その遺伝子は、社会を形成するうえで、人との関係を持つうえでとても大切なものです。その一つに、共有志向性の認知スキルや動機が、人間の協力的コミュニケーションの基盤を構成することになったということがあります。そして、この共有志向性の基本的な認知スキルは、「何層にもわたる心の状態の推察」であり、基本的な動機は、他者を助けたり、共有したりしたいという向社会的な「協力的動機」です。そして、何層にもわたる心の状態の推察が、社会的やり取りの中で用いられるようになり、注意の理解から共同注意が生まれたと考えられています。

ウェイソンの選択課題というものがあります。それは、「社会的ルール」が必要とするときには、選択する正答率が高くなるというものです。それは、社会的ルールを破っている者の発見は容易であるため正答率が高くなったと解釈されています。例えば、あなたと私がはるか昔の狩猟採集時代に生きていたとします。飢え死にと背中合わせの日々だったその時代に、あなたと私が狩りに出かけて、あなたが獲物を仕留めたとします。あなたは気前よく獲物を分けてくれて、二人ともしばらく生きながらえることができました。しかし食料が尽きて、また二人で狩りに出かけました。今度は私が獲物を仕留めました。ところが私はそれを独り占めしてしまいました。このとき、あなたはどう反応するでしょうか。「ふざけるな!」と怒りを覚えるに違いありません。その怒りが大事だと言うのです。もし、あなたが私の独り占めに何も反応しなかったら、あなたは飢え死にして、生き残ることはできないからです。

つまり、人間社会は、「互恵性」という社会的交換が重要なのです。対価を払わずに利益を得るような社会的ルールを守らない「裏切り者」を素早く発見することは適応的で、そうした能力が進化してきたと考えられているのです。そして、ここでの互恵性は、言い換えれば、相互に強力的であることへの期待というお互いの「協力」のめばえ、もしくは、定着になると思われています。実際、人間の協力に対する意識はとても強いものがあるそうです。少し前のブログで紹介したハムリンらの研究のように、生後わずか6ヶ月であっても「援助」というポジティブな行動を好むとされています。幼児期には、さまざまなかたちで教示行為も見られるようです。

この進化の過程と、発達過程を見ると、子どもたちが物を取り合い、怒っている姿は、協力の芽生えともとることができるのかも知れませんね。社会的ルールを学んでいる姿なのですね。

さらに、このような互恵性や協力の芽生え、もしくは定着の過程では、自分についての他者からの評価も重要になると言います。「あいつは裏切り者だ!」という悪評が生まれれば、集団の中で生きていくのは困難になるからです。そこから、集団での約束事、すなわち規範の発生へとつながり、道徳性や慣習の発達も促されたのかもしれないと考えられています。さらに、この評判を理解するには、「相手は『自分が……と考えている』ことを悪いことだと考えている」とか「Aさんは『Bさんが……だと考えている』ことを良いことだと考えている」といった入れ子になった心の状態の理解、つまり二次以上の心の理論の発達を促進する力になったのかもしれないとも考えられます。

人間特有

グライスは「関連性」をルールと捉え、スペルベルトウィルソンは、そもそも「人間の認知システムは関連性の高い情報を選択的に処理するように形成されている」と考えました。そして、トマセロらの研究によって、人間は、幼い頃から認知システムは関連性の高い情報を選択的に処理するように形成されているということがわかりました。しかし、遺伝的には人間に最も近いにもかかわらず、類人猿は「指さしの意味」の理解が困難だということがわかっています。

たとえば、三つのバケツの一つにエサを隠した後、類人猿の前で人間がエサの入っているバケツを指して反応を見る実験があるそうです。この実験では、類人猿は人間の指さしと視線を追って正しいバケツを見たのです。それは、他者の注意しているものには理解できたということです。しかし、ランダムに三つのバケツを選んだことが報告されているそうです。つまり類人猿は、指さしの「向きをたどる」ことはできても、指さしがエサ探しに関連性があるという指さしの「意味」を理解していないということです。トマセロは、この様子に「まるで、類人猿が『わかった。バケツがあるな。だから何だというのだ?さて、エサはどこにあるんだろう?』と独り言を言っているかのようだ」と述べているそうです。このことは、伝達意図や「関連性の高い情報を選択的に処理する」ということが、人間に特有であることを意味し、それゆえ人間らしいコミュニケーションを生み出す源になっていることを示していると考えられています。

また、チンパンジーは、ほかのチンパンジーに「教える」ということもしないそうです。チンパンジーの子どもがクンクンと泣きながら母親を探していても、近くにいるほかのチンパンジーは母親の居場所を教えないのです。これは、類人猿には、他者を助けるために何かを知らせるような「協力的動機」がないからだと考えられます。これに対して、人間はきわめて協力的です。グライスの「協調の原理」ではありませんが、まさにこの名の通り、お互いに協力的であることが想定されたうえで、人間のコミュニケーションは成り立っているということなのです。

トマセロは、人間の協力的コミュニケーションは、「共有志向性」に基づいた人間特有の協力的活動の例であると考えています。進化の過程で、協力的動機を持ってお互いに協調的にやり取りできた個体が、適応上優位に立ち、その後、そうした協調活動をより効率よく調整する手段として、協力的コミュニケーションが出現したのではないかと言うのです。人間の協力的コミュニケーションは共有志向性に基づいているため、おおもとである共有志向性の認知スキルや動機が、人間の協力的コミュニケーションの基盤を構成していることになるのです。それでは、その認知スキルや動機はどのようなものなのかを、どう考えているのでしょうか?

トマセロが考える共有志向性の基本的な認知スキルは、「何層にもわたる心の状態の推察」です。これは、別の言い方をすれば、二次かそれ以上の心の理論に相当すると考えられています。また、基本的な動機は、他者を助けたり、共有したりしたいという向社会的な「協力的動機」です。トマセロによると、何層にもわたる心の状態の推察が、社会的やり取りの中で用いられるようになり、注意の理解から共同注意が生まれたと考えられています。

つながり

ダンバーは、互いの関係を深め、調整するコミュニケーションとして霊長類において「毛づくろい」をあげています。毛づくろいは、直接身体を接触されるものですが、それを、距離を離れて行なうツールとして進化したものをヒトによる「言語」であるとしています。ですから、私たちの会話は、その中身よりも、つながること自体にまず意義があります。こう考えると、それは声という音を出す行為です。しかも、離れた距離で行なうわけですから、ある程度大きな声です。それを騒音と捉えるようになったら、もう人類の存続に問題がありますね。

ちなみに、言語機能を司る大脳新皮質の大きさは、集団内のメスの数に比例することもわかっているそうです。おしゃべりに夢中になる彼女たちこそ、私たちの脳を発達させ、ヒトならではの複雑な社会・つながりを、そして言語を発達させた功績なのかも知れないとダンバーは考えています。とくに「母親ことば」は、音楽の起源にもつながっているというのです。

また、メディアとしての言語には、病原体の感染しやすい熱帯地域で、同じ言葉を話す集団規模が小さい理由のひとつではないかと考えています。似たような役割は、方言にもあると言います。方言のおかげで、よそ者の区別がつき、自分たちの集団の利益が守られるというのです。このことは、内輪のコトバを駆使する日本のさまざまな小集団にも当てはまるようです。

次に健康とつながりとの関係を考察しています。家族や親類に囲まれ、つながっている者のほうが、より健康になれるということがわかってきていると言います。また、つながりには、脳内の化学物質も関わっているそうです。オキシトシンは、互いの信頼を高め、エンドルフィンは絆を一層強くします。

笑いや音楽も、エンドルフィンをぐんと高め、絆づくりに役立っています。ここで大切なのは、ひとりではなく、集団で行なうということでした。チンパンジーは単独でしか笑いませんが、仲間と一緒に笑うのはヒトならではの特性であり、おそらく大規模な集団の絆を深める役割を果たしているに違いないというのです。

また、ダンバーは、宗教もこうした社会的な絆づくりとして発展したのではないかと言います。笑い、音楽、宗教は、ともに大規模集団でエンドルフィンを分泌させ、結束意識を促す三大メカニズムだというのです。そして、信仰を共有するには、心を読み取る高度な意識レベルが求められます。こうした5次志向意識水準は、約20万年前に、私たち現生人の祖先が登場して芽生えたようだと言います。そして、社会集団の人数が現在と同じ150人になったのも、まさにこの頃だと言うのです。

ダンバーが取り組んでいる進化心理学は、とても興味深い分野ですが、さまざまな興味深い説も、その裏付けが取れていないことが多いようです。そのなかで、ダンバーが注目されるのは、集団の規模と脳の大きさの相関を明らかにするなど、実証的な調査研究をしっかり行なっていることにあるようです。だからこそ、ハイテク時代にある私たちも、「石器時代の心」と共に生きていることが実感されるのだと、「ダンバー数とつながりの進化心理学」という本の出版プロデューサーである真柴隆弘氏は本書の解説でまとめています。

重なり合う領域

「教育」とは何か、どのようなことを子どもたちに学習させる必要があるかということは難しいですね。私は、ダンバーが言う「教養」とか「学識」というものがとても重要であると思っています。私が高校を受験したときに、受験科目は9科目でした。英、数、国、理、社に加えて、音楽、保健体育、美術、技術家庭がありました。それらは、すべて筆記テストですから、丸暗記をしました。音楽では、各学年で習う必修鑑賞曲のはじめの何小節を階名で暗記しました。そして、和音、移調、転調を習いました。それが良いのか悪いのかは別として、楽譜は読めるようになりましたし、和音の伴奏でピアノも弾くことができるようになりました。クラッシックを聴いても、いくつかは口ずさめるようになりました。

体育では、いくつかのスポーツのルールを覚えましたし、どの体操が体のどの部分を鍛えるかなど、美術では、補色関係や色と光の三原色、黄金比、有名な画家の代表作、技術家庭では、釘を打つときには、「木表」を上にするほうが、板の両端が浮いてくるので、その浮きやすい部分に釘を打つ事が出来、「木裏」を上にすると、ささくれだってしまうということや、のこぎりを使うときには、木目に沿って切るときには粗い歯のほうを、木目に対して直角や斜めに切るときには、細かい目の方を使うとか、やわらかい板や薄い板を切るときには15~30度の角度で切り、堅い板や厚い板を切る場合には30~45度の角度で切るといいとかを覚えました。金づちは、打ち始めはへこんだ方で、最後打ち付けるときにはふくらんだ方で打つということも覚えました。

これらの知識は、私にとっては、実際には現在大いに役立っています。しかし、その後入試改革が行なわれ、3教科、もしくは5教科になり、その他はふだんの授業による内申書というもので判定されるようになっています。また、大学ではもっと専門化していて、文系と理系に分かれることが多く、保育は文系になっていることが多く、数学や科学は基本的には学びません。

ダンバーは、進化生物学と認知心理学と人類学の重なり合う領域で活躍しています。学問、研究は、決してひとつの分野からだけでなく、さまざまな観点からの考察が必要になってきます。とくに、人間を研究対象とする場合には、なおさらです。ダンバーは、ヒトの心や行動を、進化という背景から解き明かしていきます。その発想から、ダンバーの名を一躍知らしめた「ダンバー数」という概念が生まれたのです。

ヒトは、一夫一妻という夫婦の形を取る上で、1対1のつながりを持たなければなりません。そのつながりは、より複雑な交流であり、うまくいかなそうな相手を見抜いたり、相手に合わせて自分の行動を変えたりしなくてはなりません。こうしたつきあいは、脳が大きくならないとこなせません。つまり、婚姻スタイルは、脳、それはすなわち心の発達、進化に深く関わっていることになります。

そこで、ダンバーは、霊長類の群が大きくなるほど脳の新皮質の比率も大きくなるという相関を見出します。そこから類推すると、ヒトの場合は、気の置けないつながりを維持できるのは、ほぼ150人という規模になるということを発表したのです。それは、膨大なデータと緻密なリサーチを重ねた末の成果なのです。最近、その数字はネット・コミュニティ論や組織論などとしても、あらためて脚光を浴びています。

バーンズの詩

スコットランドの詩人であるバーンズは、生殖の仕組みがそうなっている以上、ほ乳類のオスはもともと一雄多雌だと言いました。また、オスがメスを1匹だけ選ぶのは子育てに直接投資できる場合だけで、そのためほ乳類の単婚は、イヌの仲間を除くとむしろ例外中の例外だそうです。ほ乳類の95%は、一夫多妻なのだと言うのです。しかしこの考え方に欠点があったのは、ヒトがその例外中の例外だということだったということでした。ヒトの場合、子育ては乳離れが終わればそこで終了というわけに行かないのです。子どもを一人前にして社会に送り出す、一族の富を引き継がせる等々、父親の果たす役割もたくさんあります。ただ、ヒトの一夫一妻は、白鳥をはじめとする鳥類ほど完全に固定化しているわけではないのです。ほ乳類とは対照的に、鳥類は90%の種が単婚だそうです。バーンズもこう書いているそうです。

「ヒナに囲まれてうずくまるツグミ 誠実な夫と苦労をわかち合う……」

ここでダンバーは、バーンズの名誉のために付け加えているのですが、近年の分子遺伝学の発達によって、強固な一雌一雄型だと思われていた鳥類のあいだでも、パートナー以外との交尾はけっこうふつうであることがわかってきたそうです。それどころか、巣に並んだ卵の父親が全部ちがうオスということさえありうるのだそうです。メスが異なるオスの精子を体内に保存し、産卵時に適当な精子を選んで受精させることもできるのだそうです。

それは別として、バーンズの詩はあっと驚く一節がいくつかあって、ここ10年ほどでやっと正しいことが証明された内容に言及する部分もあるそうです。例えば、ダンバーが提案する「友人の数はどんなときも一定だ」という説もそうだと言います。「J・ラブレイクへの書簡詩」のなかで、バーンズはそれとなくこう書いているそうです。

「さて、あなたは大勢の友人をお持ちかもしれないが、ほんとうの友は一握り それでも、名簿がすでにいっぱいならば 私を入れていただくのにはおよびません」

もうひとつのほうは、ダンバーにとってまさに衝撃的だったようです。ヒトとそれ以外の動物の本質的な違いが明らかになったのは、つい10年ほど前のことです。それは、ヒトは一歩離れた視点から現実を眺め、未来のことを予測できるというものだとダンバーは言います。動物にはそんなことはできません。彼らはいま経験していることを受け止めるのが精一杯で、それ以外の可能性があったとか、どうしてこうなったのかという想像まで頭が回りません。このふたつの疑問を持てるからこそ、科学と文学は成立するとダンバーは考えています。「ネズミに寄せて」という詩の最終連は、まさにそのことを言い当てているのです。

「それでも私にくらべれば、おまえは恵まれている… おまえに触れてくるのはいまという時間だけ しかし悲しいかな、私が視線をうしろにやると 荒涼とした風景が広がっている!前を向いても何も見えてはこないけれど、恐ろしい予感が襲ってくるのだ!」

ネズミはいまの世界をそのまま受け入れますが、人間は過去を思い返したり、未来を予測したりしては不安や恐怖を覚える、ということを言っているのです。

わたしはバーンズを知りませんし、彼の詩を読んだことがありません。しかし、ここで紹介された詩から、科学する心、科学の心理を読みとるダンバーの考察からは、その造詣の深さを感じます。

教育の意味

運動能力と学業の関係が本当に成り立つとしたら、愚かで意地きたない少数意見のせいで、全員がつまらない目に遭うのは賢明ではないと言います。リスクをきちんと受け入れ、スポーツ活動中に事故が起こっても、すぐにいきり立ったり、学校に乗り込んだりしないことが重要であるとダンバーは言うのです。人生はリスクだらけです。しかしそのリスクを引き受ければ、はかりしれない恩恵がかならずついてくると言います。うまくいかなかったら誰かのせいにすればいい、世界の名だたる銀行が痛い目に遭っているのは、この教訓を活かさなかったからだというのです。目先のことにとらわれて、リスクへの対処を正しく学べないのは、子どもたちにとって不幸としか言いようがないとダンバーは嘆いています。

知能が高いと何かと有利ですが、それだけでは不十分だとダンバーは言います。IQがアインシュタイン並みというのは、たとえるなら最大級のコンピューターを持っているようなものです。それ自体すばらしいですが、ソフトウェアがなければただの箱です。となると、やはり教育が鍵となるとダンバーは言います。生まれつきのIQだけでは、どこへも行くことができません。知の世界を掘り下げ、探求するための知識と技能を仕込む必要があります。

彼は、ニュートンの有名な言葉を引用しています。「教育があるからこそ、私たちは過去という名の巨人の肩にのれるのだ。知識、特に科学的な知識は過去からの積み上げにほかならないとダンバーは言うのです。このような見解に対して、私たちはよく誤解をすることがあります。知の世界を掘り下げ、探求するための知識と技能を仕込むことが重要ですが、それをより効果的なものにするために、また、その機能をより発揮することができるようになるために、段階が必要になります。突然、何かを教えるとか、覚えさせるとか、できるようにさせるということではなく、まず、知の世界を掘り下げ、探求しようとする態度を養わなければなりません。そのためには、知の世界の不思議さ、楽しさ、それを探求しようとする好奇心などが必要になってくるのです。その部分を受け持つのが幼児教育であると思います。

ダンバーは、最も成功した教育実験のひとつは、スコットランドで宗教の名の下で行なわれたものであると言います。ただ、後年の科学と宗教の摩擦を考えると皮肉な話だというのですが。小作人たちが聖書を自分で読めるようにしようというカルヴァン主義長老派の試みから、19世紀初頭に世界でも指折りの優れた教育システムが生まれたそうです。すでに18世紀には、スコットランドの識字率は70%に達していたようです。イングランドとウェールズはせいぜいその半分、ヨーロッパの残りの地域は言うに及ばずであると言います。

しかし、私は、世界中で最も成功した教育実験のひとつに、江戸時代の日本の藩校や寺子屋教育があると思っています。江戸時代の幕末期においては、武士はほぼ100%読み書きができ、庶民層でも男子で49~54%は読み書きができたといわれています。また、1850年頃の江戸の就学率は70~86%でした。もちろん、寺子屋は義務教育ではなく、庶民自身の主体的な熱意で自然発生した教育システムでした。そして、それを支えたのは、日本では宗教ではなく、人々の探究心であったり、楽しさであったり、意欲の強さだったのです。