機能的発達

発達認知神経科学者のジョンソン博士は、脳の機能的発達についての三つの考え方を提示しています。一つ目が、成熟説で、脳の各領域の構造的発達が、そのまま機能的な発達につながるというものです。つまり、脳の機能局在は発達早期からなされており、遺伝子の発現によってそれぞれの脳領域が、それぞれのタイミングで発達し、機能していくという考えです。各脳領域が独立して発達するものと見なし、脳領域間の関連はあまり考えないようです。この考えに従うと、発達早期にある脳領域を損傷した場合に、その領域に関わる機能が永遠に失われることになります。しかし、実際には発達早期であれば、脳が再組織化され、機能が保たれることもあることがわかっています。成熟が重要な役割を担っているのは間違いないのですが、これだけでは説明は難しそうだと森口は言うのです。

二つ目は、スキル学習説と呼ばれるものです。ある問題に熟達化することによって、脳の機能局在がなされるという考えだそうです。成熟説と異なり、脳の可塑性を前提としているそうです。他者の顔認識は日常的に重要な問題です。この顔認識は、側頭葉の内部にある紡錘状回を中心としたネットワークが処理しているそうです。スキル学習説によると、顔認識は、人間の顔に繰り返し接する経験のたまものと考えます。興味深いことに、大人にある人工物に頻繁に接する経験を与え、その認識を熟達化させ、その人工物を提示された際の脳活動をfMRIで計測したところ、紡錘状回が活動することが明らかになったそうです。経験を経ることで、顔認識と同じ脳領域が活動するようになったのです。スキル学習説は、乳幼児でも大人でも、発達のどのタイミングにおいて学習しても、同じような機能局在になるということを仮定しているのです。しかし、乳幼児と大人の可塑性は同じではなく、この仮説だけでも十分に機能局在の発達過程を説明できないと森口は言うのです。

三つ目は、やや複雑な相互作用特化説というものだそうです。この考えの前提として、ある特定の脳領域は、単独で活動するのではなく、他の脳領域とともにネットワークとして活動するという点があります。相互作用説によると、大脳皮質内のいくつかの脳領域においては、脳領域同士が相互作用し、競合することで、機能がある領域に特化していくというのです。つまり、発達早期は、脳は比較的機能が特化しておらず、ある領域はいかなる情報に対しても活動していたのが、発達とともに特化していき、特定の情報に対してのみ活動するようになるというのです。そして、そのような特化は、その脳領域が他のどの脳領域とつながりを持っているかによって決定されるというものだそうです。

たとえば、AとBという脳領域が最初は色と運動の二つの視覚情報に対して活動していたとします。ところが、AとBの領域はそれぞれ別の脳領域との異なったネットワークを持っており、年齢とともに、Aが色、Bが運動について活動するようになります。これが特化の過程です。そして、この特化の過程で、脳の局在化が起こるというのです。ある脳領域が特定の情報に対して特化するということは、ある脳領域に編成は起こりますが、脳の特化が終わった後に損傷すると、脳の再編視は起こらないというのです。この理論は、臨界期や敏感期などを考える上で、重要な理論だと森口は言うのです。

ちょっと難しい気がしますが、乳幼児における脳機能の発達に環境が何か影響するのかが気になります。

経験や脳の自発活動

ハッテンロッカー博士は、乳児や子ども、大人たちの脳のシナプスの密度を地道に数え上げました。その結果、意外なことがわかりました。一つ目は、シナプス密度は出生後すさまじい割合で増大し、1次視覚野という領域においては、生後8ヶ月程度でピークを迎えていたのです。生後8ヶ月時点でのシナプス密度は、大人の1.5倍から2倍にものぼることがわかったのです。そして、二つ目の意外な結果は、その後シナプスの密度が徐々に減っていくことがわかったのです。生後8ヶ月まで著しい割合で増えていったシナプスの密度は、その語徐々に減っていき、10歳を越える頃に大人と同じ水準になります。つまり、乳児の視覚野では、最初は様々なニューロンの間につながりを作ります。そして、生後8ヶ月を超えるあたりから、それらのつながりのうち、一部は残り、一部は消えていくと言うのです。森口は、この現象をこのようにたとえています。誰も知り合いのいない大学に入学して、入学当初はさまざまな人とつながりを作るのですが、入学半年もすれば友人との関係は強くなる一方で、他の人とはつながりが弱くなるという変化に似ていると言うのです。
このように、多数あったシナプスのうち、必要なものだけに刈り込まれていくことを、「シナプスの刈り込み」と言います。この刈り込みに重要な役割を果たすのが、経験や脳の自発的活動だと考えられているのです。このあたりの研究結果は、私の「見守る」行為に対して、裏付けとなったものです。経験にしても、もちろん自発的な活動にしても、自ら行なう行為であり、大人があれこれやってあげ、指示通りに行動させることでは、有効な刈り込みが行なわれなくなってしまうのです。ここで、経験について森口は説明しています。
簡単に言うと、使われるシナプスは残りますが、使われないシナプスは消えていくのです。たとえば、ニューロンAがニューロンBおよびニューロンCとの間にシナプスを形成しているとします。生後の経験によって、ニューロンAとニューロンBが同時に活動することがあり、ニューロンAとニューロンCは同時に活動することがないとします。このとき、ニューロンAとニューロンBのつながりは強化されますが、ニューロンAとニューロンCのつながりは強化されません。このことを繰り返すと前者のシナプスは残り、後者のシナプスはなくなります。このようなメカニズムで、生後の経験により、必要な脳内ネットワークは残され、不要なネットワークは刈り込まれ、情報伝達効率の良い脳内ネットワークが形成されていくのです。このように脳内ネットワークは可塑性的な側面を持つのです。
1次視覚野のシナプス密度のピークは生後8ヶ月頃ですが、刈り込みの発達のタイミングは、脳の領域によって異なるそうです。1次視覚野のように目や耳のような感覚器から入ってきた情報が、早い段階で届けられる脳内領域は刈り込みのタイミングが早く、前頭前野のように、情報が届けられるのが遅く、複雑な機能と関連するような領域の刈り込みのタイミングは遅いそうです。前頭前野においては、幼児期頃にシナプス密度はピークを迎え、青年期頃まで刈り込みが続くそうです。
このようなネットワークが作られている一方で、ネットワーク間の情報伝達の効率は、年齢とともに増していきます。これは主に、髄鞘化によってなされるそうです。髄鞘化は、胎児期に始まり、脳の部位によっては、青年期まで続きます。

生まれた直後

赤ちゃんは白紙で生まれ、先天的なコンテンツはなく、環境からすべてを学んでいくという経験主義を唱える人は、現在は基本的にはいません。現在は、特定のスキルや能力、学習や行動の傾向などが脳の中に元から備わっているとする考え方です。だからといって、すべて生まれながら持っているわけではありません。ですから、何が生得性なのか、何が生後環境からとか経験から影響を受けて備わっていくのかは研究課題になります。それは、出産前か後かなので、胎児がその能力を持っているかどうかを調べることで、生得的な能力であるかがわかります。

最近、胎児において、知覚能力がある程度備わっていることが明かになってきました。ということは、脳は出生時に基本的構造が形成されていることは明らかです。しかし、脳は、特に大脳皮質は出生後に著しい変化を遂げるため、出生後の脳発達はどうなっているかを知る必要があります。それは、乳児保育に関係があるからです。

まず、脳の大きさについては、誕生児には400gにも満たないのですが、2歳頃になると、1000g近くになり、5~6歳頃には成人の90%程度になります。生後4~5年程度で脳が急速に変化していることがわかりますね。また、脳の大きさのもう一つの指標として、頭囲があります。頭囲は頭の周囲の長さのことで、最近では行なわなくなりましたが、かつて健診では、頭囲を測っていました。この頭囲が、大人では55cm~60cm程度です。データによって多少ばらつきがあるそうですが、出生時には35cm程度で、1歳頃には45cm程度、幼児期後期にはこちらも大人の90%程度になるのです。このように見ると、一見、脳の発達が生後数年間で完了するように見えますが、実際には、脳の内部では、大人になるまで、そして、大人になってからも、絶えず変化しているそうです。

では、どのように変化しているのでしょうか?まず、脳内のネットワークです。胎児において聴覚や味覚が機能しているということは、出生時においておおまかな脳内の配線はできていることになります。しかし、それは基本的なものであり、出生後に脳内ネットワークはその複雑さを急激に増していきます。ニューロンの樹状突起は、胎児期からその複雑さをましますが、出生後にも突起の数は増え続け、長さも伸び、顕著な発達的変化を見せるそうです。この樹状突起の変化が、シナプスの変化につながるのだそうです。それぞれのニューロンをつなぎ合わせているシナプスの密度は、出生直後に急激に増えるそうです。たまり、広範なニューロンのネットワークを作っていると言うのです。この分野で歴史的な研究を行なったのは、ハッテンロッカー博士だそうです。彼が調べたのは、不幸にも命を落としてしまった乳児や子ども、大人たちの脳だったそうです。彼は、それらの脳を丹念に調べ、シナプスの密度を地道に数え上げました。これは、私の講演でも話すことですが、研究の最後は、意外とアナログの世界だということに驚いた逸話です。実際には、この数はおびただしいものでしょうから、手間と時間がさぞかかったでしょう。

その結果、彼が見出した一つ目は、意外なものでした。なんと、シナプス密度は出生後すさまじい割合で増大し、1次視覚野という領域においては、生後8ヶ月程度でピークを迎えているのです。

味覚や痛み

胎児における味覚についても研究が進んでいます。胎児は羊水の中にいますが、羊水の成分のほとんどは水ですが、ほんのわずかながら母親の食習慣が影響することが知られているそうです。ある研究では、キャロットジュースの影響を調べたそうです。妊娠中の母親が3つのグループに分けられ、A群の母親は、出産前に決められた量のキャロットジュースを飲み、出産後は、水だけを飲みました。B群の母親は、出産前には水を、出産後にキャロットジュースを飲みました。C群の母親は、出産前にも後にも水を飲みました。このような食生活を続け、出産した後に、乳児がキャロットジュース入りのシリアルを好むかどうかを調べてみたそうです。もし、出産前の食習慣が胎児に影響を与え、胎児の味覚が機能しているのなら、出産後にA群の乳児は、C群の乳児よりもキャロットジュースを好むはずです。ちなみに、B群は、出産後の母乳の影響を調べるために行なったものだそうです。

その結果、A群とB群の乳児は、C群の乳児よりも、キャロットジュースを好んだそうです。胎児の味覚は、機能しているということがわかりました。だとしたら、母親の偏食も困りものかもしれないと森口は言います。まわりがうるさく言うと、妊婦のストレスが高まるので難しいところですが、体内環境への一定の配慮は重要ではないかと森口は言うのです。

次に、胎児の痛みに関する知覚も研究されています。この研究は、2つの点で重要です。まず、いつ頃から胎児が痛みを感じるのかという点が、中絶の時期を決める際に重要な意味を持つと言われています。胎児が痛みを感じているのであれば、中絶をするべきではないという議論です。もう一つは、意識の発生と関わる点です。痛みが、主観的なものであるためです。タンスの角に小指をぶつけても、ある人は全く痛くないと報告し、別の人は死ぬほど痛いと報告します。神経科学者ラマチャンドラン博士が、「脳の中の幽霊」という本の中で紹介している幻肢痛の存在がこのことを裏付けていると言われています。幻肢痛とは、交通事故などで四肢をなくした人が、その四肢がないにもかかわらず、痛みを訴えることです。実際には、四肢がないのですが、患者はかなりの苦痛を訴えるそうです。

胎児の痛み知覚は、脳機能計画によって検討されているそうです。NIRSを用いた研究では、早産児のかかとを刺激すると、25週で生まれた早産児でも、体性感覚野の活動が見られたそうです。行動的研究からはちょっと信じられないことが報告されているそうです。在胎27週頃に生まれた早産児は、痛み表情をしないのですが、28週で生まれた早産児は、痛そうな表情をすることが示されているというのです。これらの研究から考えると、受胎後6ヶ月から7ヶ月程度で痛み知覚が見られる可能性が示されているのです。胎児は、そのような早期から、痛みを主観的に感じているようです。この時期を意識が発生する時期だと考える研究者もいるそうです。

近年、胎児の研究の進展は著しく、直接的に胎児の行動を調べる研究も増えてくるのではないかと森口は考えているようです。たとえば、明和博士らは、4次元超音波画像診断装置を用いることで、胎児がおしゃぶりらしき行動をすることを示しているそうです。このような胎児研究から、生得性という概念についても新しい知見が生まれているようです。

誕生前

脳の発生は、受精後3週間程度で神経管が形成され、それが前脳、中脳、菱脳に分化していきます。そして、前脳は大脳と間脳へさらに分化し、菱脳は橋や小脳などへと分化していきます。ニューロンは、脳室帯にある神経前駆細胞が分裂することによって生み出されます。誕生したニューロンは、多くの場合、新しいニューロンによって押し出されるようにして目的地までたどり着きますが、大脳皮質のニューロンは、新しいニューロンが自ら能動的に目的地まで移動します。このように新しいニューロンが誕生し、移動することで脳の構造は形成されていきます。受精後17週頃に脳の基本形が完成します。これ以降、ニューロンは基本的に増加することはなく、細胞死によって誕生までに半数程度まで減り続けています。ニューロン自体に死ぬことがプログラムされているというのです。

私が講演の中で、最近の乳児知見を紹介する中で、「20世紀後半に発見された神経科学の二つの重要な所見」として紹介するのが、「神経細胞の自然な細胞死」と「シナプスの過形成と刈り込み」そして、その所見をもとに、ダーウィニズムが、「遺伝子によって作られた粗い神経組織が、二つの段階を経て無駄を削りつつ成長する」ということを提唱したということです。

誕生し、移動したニューロンは、他のニューロンや身体部位とのネットワークを形成し始めます。髄鞘化のプロセスも胎児期から徐々に始まっていることがわかっています。髄鞘化とは、ニューロンの軸索を、筒状の層である髄鞘と呼ばれるリン脂質で包むことを指すようです。この説明はよくわかりませんが、すなわち、跳躍伝達の速度が向上するそうです。

このように誕生してから脳がどのようにできてくるかという研究と同時に、最近は胎児の研究がさかんになりました。胎児が、母親の胎内で、どのような発達をしてるのか、どんなことを行なっているのか、それは、どのような動機で行なわれているかなどに興味があります。まず、よく疑問に持つのは、胎児に外界の声が聞こえているかという点です。胎教といって、「胎児にモーツアルトを聴かせるといい」とか、「父親も生まれる前から、胎児に話しかけるといい」とか言われています。それについて、森口は、こう説明しています。「胎児は、羊水の中に浮かんでいます。それはプールの中にいるようなものです。さらに、母親の心音など臓器の音が聞こえてくるわけですから、外部からの音は本当に小さいようです。」

初期の研究では、胎児ではなく、誕生児の研究から胎児の聴覚を推定していたそうです。例えば、生まれたばかりの新生児は、初めて聞く物語よりも誕生前の数週間に母親が音読した物語の方を好むことが示されているそうです。ということは、子宮内にいるときに、母親の一つ一つの音声が胎児に伝わっているわけではないでしょうが、声の低周波音を知覚しているのではないかと考えられます。最近では、心拍数などによって直接的に胎児の聴覚が機能していることが示されています。やはり、母親の発話がいくぶんか胎児には届いていることのようです。ただ、モーツアルトなどの胎教には科学的根拠はなく、何がどのようにして胎児に影響を与えるかは不明であると森口は言います。

また、味覚についてもわかってきています。本来、味覚とは舌の上を食べ物が通る時に感じるものですから、胎児はおへそから栄養をとっているわけですから、どうなのでしょう。

子どもの脳研究

ヒトの認知機能についての最近の研究を紹介していますが、この認知機能と脳には対応関係があります。おおまかに言うと、後頭葉は視覚に関する情報処理を、側頭葉は聴覚情報や社会的情報の処理を、頭頂葉は体性感覚に関する情報処理を、前頭葉は実行機能などの情報処理を行なっていることが知られているようです。このように、それぞれの機能が、それぞれの脳領域に分散していることを脳の機能局在と言うそうです。そのため、例えば、視覚野を損傷すると、、視覚情報の処理に問題を抱えることになるのです。

ただし、脳のひとつの領域だけがある認知機能を担っているわけではなく、様々な脳領期が関連することで、ある機能が実現されていると言います。またある領域が、複数の機能と関連していることも少なくなく、機能局在の考え方はわかりやすいのですが、あまり単純に考えてしまうと心と脳の関係を誤って捉えてしまうことになると森口は危惧しています。

脳の研究では、色々な問題があるようです。まず、基本的に人間を対象とした研究では、医療上の理由がないと実施できません。伝統的に人間を対象にした研究で用いられるのは、神経心理学的手法だそうです。これは、脳腫瘍や事故などで脳の一部を損傷した患者さんを対象にした方法です。この研究事例は、よく耳にします。たとえば、ある患者さんの脳領域が一部損傷して、その患者さんの認知機能の一部が失われた場合、その脳領域と認知機能とが関連すると推測します。この手法は、人間の脳と心の機能を探る上で、最も直接的で因果的な関連を調べられるのです。

子どもを対象にした研究は、その中でも最も困難であると言われています。その中で、脳波を計測する手法が一般的だそうです。ただし、ニューロン一つ一つの活動は計測できないそうです。現在、人間を対象にした脳研究を引っ張っているのは、fMRIという機能的磁気共鳴画像法を使用して行なわれることが多いのですが、この検査は、MRIが密閉された空間なので乳幼児への適応が難しいという問題点もあるそうです。しかし、近年は、様々な工夫をして乳幼児の脳活動を計測した研究も報告されているそうですが、私も以前のブログでも紹介したように、6歳以下の子どもにfMRIは推奨できないという主張もあり、まだまだ容易ではないというのが現状です。

そこで、森口をはじめとして、多くの研究者が使っている手法は、安静時と課題時の酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの変化量を用いる方法だそうです。ある脳領域を使っているとその領域における酸化ヘモグロビンおよび還元ヘモグロビンの量は変化しているため、課題時の方が、ヘモグロビンの変化が顕著になるというわけだと言うのです。

脳の発生は、受精後3週間程度で神経管という管状の構造が形成されるところから始まります。この神経管に3つの脳胞と呼ばれる隆起部分ができ、これらの脳胞が、前脳、中脳、菱脳に分化していきます。前脳は大脳と間脳へさらに分化し、菱脳は橋や小脳などへと分化していきます。

ニューロンは、脳室帯にある神経前駆細胞が分裂することによって生み出されます。誕生したニューロンは、それぞれの最終目的地まで移動します。多くの場合、ニューロンは、そのニューロンよりも後に誕生したニューロンによって押し出されるようにして目的地までたどり着きますが、大脳皮質のニューロンは、新しいニューロンが自ら能動的に目的地まで移動するのだそうです。

脳研究

乳児の能力を測るために、実に様々な方法を考え出すものですね。そのうちいくつかは、園でもやってみたくなります。幼児健忘についての研究ではこんなのもあります。研究者らは、幼児が、記憶時に持ち合わせていなかった語彙を用いて、言語的に再生することができるかどうかを調べたそうです。例えば、「ボール」などの語は、言語再生に必要な語彙なのですが、これらの語彙を記憶時に持っていなかった子どもで、テスト時にその語彙は持っている子どもが、テスト時に使用するかを調べたそうです。その結果、そのような例はひとつもなかったということのようです。つまり、幼児は、記憶時に持ち合わせていなかった語彙を、テスト時に獲得していたとしても、その語彙を使用して記憶を再生することはなかったということになります。もちろん、この研究からは、「言語再生しない」のか、「言語再生できない」のかはわからないのですが、非常に興味深い研究だと森口は言っています。

幼児健忘については、まだ研究の数が十分でなく、今後の研究の進展が待たれる状況だそうです。長期記憶の研究は、かなりの時間と労力を要するので、研究が進展しづらいのですが、非常に興味深い研究領域と言えるので、この問題に興味を持って取り組んでくれる人が増えればいいと森口は思っているそうです。

最近の乳幼児についての海外の研究が、来年から実施される保育指針の改訂に大きな影響を与えています。その一つが、脳の機能の拡大についてです。神経学の研究は、20世紀以前から報告されてきました。それが、20世紀末に開発された脳機能計画によって、最近、急速に進んでいるようです。もちろん、今では、心を生み出しているのは胸にあるのではなく、脳にあるということは、誰でも知っていますし、専門的にいっても、神経科学者だけでなく、心理学者も賛同しています。しかし、脳がそのまま心であるかということについて、森口は、首藤瓜於による「脳男」の一節を紹介しています。

「“心”は脳の作用にしか過ぎないのだから、人間の“心”を知るためには脳という物質を研究する以外ないのだ、と。しかし、子どもたちと長い時間過ごしていると、脳と心とはやはり別のものなのではないかという気がしてくるのだった。」

脳の構造はなんだか難しいので、簡単に関係するところだけを説明します。まず、脳を解剖学的形態から分けると、脳の85%を占めているのが大脳で、認知機能や情動などと深く関わります。10%程度占めているのが小脳で、姿勢の制御や運動機能などに重要な役割を果たしています。残りは脳幹で、生命維持に必須の役割を果たしています。

この中で、よく取り上げられるのが大脳です。まず、左脳と右脳に分かれていて、その役割はよく論じられるところです。もう一つは、大脳の表面にあるのが大脳皮質で、発生的な区分で、人間と他の動物の共通点も多く記憶などと関わり、大脳辺縁系とよばれる領域を構成している原皮質、ほ乳類ではわずかにしか存在せず、嗅脳などの嗅覚と関連する領域に一部見られる古皮質、そして、脳の表層にあり、一般的に「脳のしわ」と言われるような特徴的な形態を持っているのが新皮質です。

また、大脳皮質は大きく四つの領域に分かれています。中心溝より前で、外側溝より上の領域を「前頭葉」、中心溝より後ろで外側溝より上の領域を「頭頂葉」、外側溝より下の領域を「側頭葉」と言います。また、頭頂後頭溝と言われる脳の後ろにある脳溝より後ろの部分を「後頭葉」と言います。この辺りの脳の部分が、よく説明に使われます。

つながり

ダンバーは、互いの関係を深め、調整するコミュニケーションとして霊長類において「毛づくろい」をあげています。毛づくろいは、直接身体を接触されるものですが、それを、距離を離れて行なうツールとして進化したものをヒトによる「言語」であるとしています。ですから、私たちの会話は、その中身よりも、つながること自体にまず意義があります。こう考えると、それは声という音を出す行為です。しかも、離れた距離で行なうわけですから、ある程度大きな声です。それを騒音と捉えるようになったら、もう人類の存続に問題がありますね。

ちなみに、言語機能を司る大脳新皮質の大きさは、集団内のメスの数に比例することもわかっているそうです。おしゃべりに夢中になる彼女たちこそ、私たちの脳を発達させ、ヒトならではの複雑な社会・つながりを、そして言語を発達させた功績なのかも知れないとダンバーは考えています。とくに「母親ことば」は、音楽の起源にもつながっているというのです。

また、メディアとしての言語には、病原体の感染しやすい熱帯地域で、同じ言葉を話す集団規模が小さい理由のひとつではないかと考えています。似たような役割は、方言にもあると言います。方言のおかげで、よそ者の区別がつき、自分たちの集団の利益が守られるというのです。このことは、内輪のコトバを駆使する日本のさまざまな小集団にも当てはまるようです。

次に健康とつながりとの関係を考察しています。家族や親類に囲まれ、つながっている者のほうが、より健康になれるということがわかってきていると言います。また、つながりには、脳内の化学物質も関わっているそうです。オキシトシンは、互いの信頼を高め、エンドルフィンは絆を一層強くします。

笑いや音楽も、エンドルフィンをぐんと高め、絆づくりに役立っています。ここで大切なのは、ひとりではなく、集団で行なうということでした。チンパンジーは単独でしか笑いませんが、仲間と一緒に笑うのはヒトならではの特性であり、おそらく大規模な集団の絆を深める役割を果たしているに違いないというのです。

また、ダンバーは、宗教もこうした社会的な絆づくりとして発展したのではないかと言います。笑い、音楽、宗教は、ともに大規模集団でエンドルフィンを分泌させ、結束意識を促す三大メカニズムだというのです。そして、信仰を共有するには、心を読み取る高度な意識レベルが求められます。こうした5次志向意識水準は、約20万年前に、私たち現生人の祖先が登場して芽生えたようだと言います。そして、社会集団の人数が現在と同じ150人になったのも、まさにこの頃だと言うのです。

ダンバーが取り組んでいる進化心理学は、とても興味深い分野ですが、さまざまな興味深い説も、その裏付けが取れていないことが多いようです。そのなかで、ダンバーが注目されるのは、集団の規模と脳の大きさの相関を明らかにするなど、実証的な調査研究をしっかり行なっていることにあるようです。だからこそ、ハイテク時代にある私たちも、「石器時代の心」と共に生きていることが実感されるのだと、「ダンバー数とつながりの進化心理学」という本の出版プロデューサーである真柴隆弘氏は本書の解説でまとめています。

忍耐力

天才は、何の苦労もなく優れた業績をあげることができると、人々は、昔も今も、そう信じて疑いません。その例として、さまざまな逸話が伝えられてきました。しかし、この種の逸話は97%が誇張だとダンバーは言います。天才たちは例外なく、陰で、大学図書館とかで、凄まじい努力をしているのです。ロレンスは、中世十字軍の城跡に造詣が深く、パレスティナでの発掘に参加して独創的な論文を書いたほどですが、その膨大な知識にしても、神からの霊感で与えられたものではありません。デカルトにしても、毎日ベッドでごろごろしているだけではなかったはずだとダンバーは言います。優れた数学者がよくやるように、潜在意識で思索を深めていただろうと推測できるのです。

ここでエンドルフィンが登場します。エンドルフィンの役割は、心身の消耗が引き起こす苦痛やストレスを和らげることです。たくさん本を読み、難解な証明やうまくいかない実験について考えていると、眼精疲労や頭痛に襲われ、イライラが募ってきます。しかし、生まれつきエンドルフィンがたくさん放出される幸運な人は、それを軽々と乗り越えていけるのです。凡人たちが力尽きてあきらめた後も、新鮮な心持ちのまま次に進めるのだとダンバーは説明しています。

体内のエンドルフィン濃度を高めるには、日常的に激しい運動をするのもひとつの方法かも知れません。もちろん運動すれば誰でも天才になれるわけではなく、記憶力とか論理的な思考の速さとか、IQはその人の特徴を多面的に伝えるものですが、私たちはその1つを見過ごしているのではないだろうかと彼は言います。それが、「忍耐力」だというのです。どんなに優れた脳みそを持っていても、それを徹底的に使いこなす努力をしない人は成功しないとダンバーは断言します。

やはり、ここでいくつも疑問が湧いてくるだろうと言います。大学の講義では、行列代数の証明に取りかかる前に、まずは10分間柔軟体操をやればいいのではないのか?湿原を歩いてフィールドワークを行なう生物学者は、1日中机に向かっている英文学者の同僚よりも立派な業績をあげられるのか?頭を酷使する職場では、脳内エンドルフィン濃度が高いことが採用の必須条件になるのでは?就職面接では、やっているスポーツについて根掘り葉掘り尋ねられるのか?もしスポーツとは無縁です、と答えたらどうなる?

ダンバーは、こんなことを言っています。「どうしても決めたかった就職先で採用されなくても、筆記試験が悪かったのかと気に病むことはない。きっと隣のやつのほうが、筋肉がぴくぴくしていたせいだ。」

このことは、子どもの教育を考えるときの参考になるのではないかとダンバーは言います。最近では、子どもにやらせたい活動のリストからスポーツが外れることが多くなってきていると言います。それは、「全員を一等賞にしなくては」という悪平等がはびこっているせいでもあり、訴訟ばやりの昨今、学校も地域も裁判沙汰を極度に恐れているからでもあるとダンバーは指摘しています。しかし、運動能力と学業の関係が本当に成り立つとしたら、愚かで意地きたない少数意見のせいで、全員がつまらない目に遭うのは賢明ではないと言うのです。

健全なる身体

背の高い男性ほど既婚率が高く、子どもを持っている割合が多かったという研究結果について、当然背の高い男は魅力的だからパートナーを見つけやすく、子どもをもうける可能性が高くなるというのがこれまでの解釈でした。しかし最近、外見の美しさと生殖可能性の関係は、それだけではないことがわかってきたそうです。キングズ・カレッジ・ロンドンのロス・アーデンらがアメリカの軍隊を対象に行なった分析で、身体の対称性は、精子の数及び運動性と相関関係にあることが判明したというのです。美しい人は、それだけで子孫を多く残せるということになります。ダンバーは、なんて世の中は不公平なんだと嘆いています。

オックスフォード大学のあるカレッジに伝わる話を紹介しています。1960年代の学監は入学面接の時、部屋に入ってきた志望者にいきなりラグビーボールを投げたそうです。ボールを受けそこねたらアウト、すかさずドロップキックをしてゴミ箱に入れたら、その場で奨学金の授与が決まります。もちろんこんな選考方法は、お高くとまったほかのカレッジからは苦々しく思われていました。

もっとまじめに選好するカレッジもある中で、そのカレッジは面汚しだったかというとそうではありませんでした。各種スポーツの大学別成績で言うならば、むしろ逆だったのです。さらに1970年代に発表された教育達成度の長期調査で、立場は完全にひっくり返ったそうです。ひとかどのことを成し遂げる人物は、メガネ・肥満のガリ勉タイプではなく、スポーツ万能で勉学優秀、その上社交性も抜群というオールラウンド・プレーヤーであることがはっきりしたというのです。

この結果は、ある意味それほど意外でもないとダンバーは言います。成功は成功から生まれるものだからだと言います。それにしても、「健全なる身体には健全なる精神が宿る」という古からのことわざは、あまりにもそのままの意味ではないかと彼は言います。もちろん、スポーツができるというだけで知能がずば抜けて高くなるわけではないと言います。しかし、スポーツに本格的に取り組んで猛練習に励むことと、学業成績の上昇を結びつけるものがひとつあると言います。それが最近よく話題になる脳内麻薬、つまりエンドルフィンだというのです。

エンドルフィンは、体内で生成される鎮静剤です。身体がストレスにさらされると脳内に大量に放出され、組織損傷で生じる痛みをブロックしてくれるのです。そうすれば、ケガをしたときも身体がある程度自由に動くので、外敵に捕まる危険が少なくなります。しかし、この鎮痛剤は、頭脳活動とどんな関係があるのかというと、その答えの鍵は、私たちが頭脳活動を「知的努力」としばしば言い換えるところにあるとダンバーは言うのです。

天才は、何の苦労もなく優れた業績をあげることができると、人々は、昔も今も、そう信じて疑いません。ルネ・デカルトは、この誤解を根付かせた犯人の一人だとダンバーは言います。ディレッタント気取りのデカルトは1日の大半をベッドの中で過ごし、そこで優れた著作の構想を練ったと言われています。アラビアのロレンスは大学時代、オックスフォードのなかでも優秀なジーザス・カレッジに所属していたのですが、たった数回講義に出席しただけであっさりトップクラスの成績を取ったと言われています。