重なり合う領域

「教育」とは何か、どのようなことを子どもたちに学習させる必要があるかということは難しいですね。私は、ダンバーが言う「教養」とか「学識」というものがとても重要であると思っています。私が高校を受験したときに、受験科目は9科目でした。英、数、国、理、社に加えて、音楽、保健体育、美術、技術家庭がありました。それらは、すべて筆記テストですから、丸暗記をしました。音楽では、各学年で習う必修鑑賞曲のはじめの何小節を階名で暗記しました。そして、和音、移調、転調を習いました。それが良いのか悪いのかは別として、楽譜は読めるようになりましたし、和音の伴奏でピアノも弾くことができるようになりました。クラッシックを聴いても、いくつかは口ずさめるようになりました。

体育では、いくつかのスポーツのルールを覚えましたし、どの体操が体のどの部分を鍛えるかなど、美術では、補色関係や色と光の三原色、黄金比、有名な画家の代表作、技術家庭では、釘を打つときには、「木表」を上にするほうが、板の両端が浮いてくるので、その浮きやすい部分に釘を打つ事が出来、「木裏」を上にすると、ささくれだってしまうということや、のこぎりを使うときには、木目に沿って切るときには粗い歯のほうを、木目に対して直角や斜めに切るときには、細かい目の方を使うとか、やわらかい板や薄い板を切るときには15~30度の角度で切り、堅い板や厚い板を切る場合には30~45度の角度で切るといいとかを覚えました。金づちは、打ち始めはへこんだ方で、最後打ち付けるときにはふくらんだ方で打つということも覚えました。

これらの知識は、私にとっては、実際には現在大いに役立っています。しかし、その後入試改革が行なわれ、3教科、もしくは5教科になり、その他はふだんの授業による内申書というもので判定されるようになっています。また、大学ではもっと専門化していて、文系と理系に分かれることが多く、保育は文系になっていることが多く、数学や科学は基本的には学びません。

ダンバーは、進化生物学と認知心理学と人類学の重なり合う領域で活躍しています。学問、研究は、決してひとつの分野からだけでなく、さまざまな観点からの考察が必要になってきます。とくに、人間を研究対象とする場合には、なおさらです。ダンバーは、ヒトの心や行動を、進化という背景から解き明かしていきます。その発想から、ダンバーの名を一躍知らしめた「ダンバー数」という概念が生まれたのです。

ヒトは、一夫一妻という夫婦の形を取る上で、1対1のつながりを持たなければなりません。そのつながりは、より複雑な交流であり、うまくいかなそうな相手を見抜いたり、相手に合わせて自分の行動を変えたりしなくてはなりません。こうしたつきあいは、脳が大きくならないとこなせません。つまり、婚姻スタイルは、脳、それはすなわち心の発達、進化に深く関わっていることになります。

そこで、ダンバーは、霊長類の群が大きくなるほど脳の新皮質の比率も大きくなるという相関を見出します。そこから類推すると、ヒトの場合は、気の置けないつながりを維持できるのは、ほぼ150人という規模になるということを発表したのです。それは、膨大なデータと緻密なリサーチを重ねた末の成果なのです。最近、その数字はネット・コミュニティ論や組織論などとしても、あらためて脚光を浴びています。

学識

ダンバーは、イギリスの科学者です。ですから、たとえばラテン語は直接必要ありません。学校で習った歴史も必要ないかも知れません。小さいころから学校でいろいろな科目を習い、暗記してきます。それらは、科学には必要ないのでしょうか?しかし、ダンバーは小さいころからの自分を振り返って、確信を持って断言しています。「記憶力の後押しがあったからこそ、私は知性を伸ばすことができたのだ。イングランド政治史をめぐる議論では全戦全勝だったことも付け加えておくが。」

彼は、「私たちは誰でも、行動のかなりの部分を記憶に頼っている。」と言います。直感に頼る思いつきだけでは、科学は前進しないというのです。どんな研究分野であっても、重要なのは人文科学の世界で言うところの「学識」です。もったいぶった言い方だと断わりながら彼は、「要するに記憶力である」と言います。科学の進歩は、異なるできごとやものごとを新しい方法で結びつけるところからはじまるというのです。それは科学に限らず、あらゆる形の知識に言えることだというのです。世界の有様を細部まで記憶に留める能力がなければ、いかなる天才といえども斬新な着想はできないだろうというのです。数学者でさえ記憶力とは無縁でいられないと言います。問題解決の方法をいくつか用意して、そこからいちばん最適なものを選んでいくからだと言うのです。

神経解剖学の最新の研究成果も参考になるだろうと言います。脳が発達していくとき、まずニューロンどうしが相手かまわず膨大な数の接続をつくります。しかし生まれてから数年のあいだに、自然淘汰にも似たプロセスで接続は刈り込まれていきます。ほとんど使われない接続はすぐに消えていきますが、何度も使う接続は強化され、効率も上がっていきます。

このような過程で、ダンバーはこんな憶測をしています。それは、記憶力の発達には、幼いときの丸暗記が結構重要な役割を果たしているのではないだろうかということです。それによってニューロン接続を強化しているのではないだろうかというのです。子どもたちにマザーグースなどの童謡を教えるのも、あながち無意味というわけではないのだろうと考えます。リズミカルな歌詞は口調が良いし、お話自体も面白いので覚えやすいのだというのです。

彼が習ったラテン語は、動詞の規則変化や不規則変化が複雑きわまりないし、人称や数などの変化もややこしい言語なので、昔からとにかく丸暗記するしかなかったと言います。ただほかの言語や童謡と比べて、ラテン語が頭脳を鍛える手段として優れているのは、構造が緻密で体系的だからだと言います。ですから、ラテン語を学ぶことで、記憶力だけでなく、科学を探究する上で必要な思考モードも身につくというのです。これと正反対なのが英語だとダンバーは言います。流動的で確固とした構造がなく、語彙数が膨大な英語は、文学表現にはうってつけだというのです。

しかし、かれはヴィクトリア朝の教育でもあるまいし、意味もわからず機械的に知識を詰め込むことが良いと言っているわけではないと言います。しかし、丸暗記には、知性を伸ばす上で不可欠な効用があると言っているのです。学校教育をもっと充実させ、面白くしようという努力は大いに結構だと言いながら、明らかに時代遅れに見える方法も捨てたものではないと言うのです。外面に騙されてはいけないのだと言うのです。

詩人と科学

ダンバーは、「ダンバー数」という人類にとっての適性集団人数の考察から、やはり最後は教育論に触れていきます。科学者の多くは、ルネッサンス教養人であるようですが、詩人もまた科学者であることも多いと言います。その例として、スコットランドが生んだ最高の詩人ロバート・バーンズを挙げています。彼は、教育があるとはいえ、頭でっかちで常識外れの聖職者たちに冷ややかな視線を送っていたことを紹介しています。彼の詩にはこんな一節があるそうです。

「学校で習うややこしい言葉、あれはいったい何だ? インク入れや腰かけまでラテン語で呼んだりして おまえたちをつくったのは誠実なる自然なのだ 文法なんて何の役に立つ? そんなことより鋤と鍬を手に持ちたまえ、鎚をふるいたまえ」

要するに誠実な仕事について、土を耕したり、道路を作ったりしろということだとダンバーは説明しています。バーンズは、スコットランド啓蒙主義を代表する経済学者アダム・スミスや哲学者トマス・リードの功績に対しても容赦ないようです。

「哲学者たちは論争に明けくれ、切りきざんだギリシャ語やラテン語の山を築く 論理学の用語はすりきれ 科学の深淵にはまって身動きもままならぬ 彼らが主張することは常識では了解ずみ 女房や織工連中も見て感じていること―」

知の巨人たちが組み立てるご高説は、魚売りの女でも古い言い伝えを聞いて知っていることなのだとダンバーは言います。これほど過激には思いませんが、私にも少なからず保育の世界でも言える部分があると思います。現場で実際に手を掛けずに、書類上だけで保育をしている気になり、難しい言葉で、しかもなんだか言葉遊びのような説明で、長い人類の進化のなかでふつうに行なってきたこと、子どもの姿を見れば当たり前のことを説明していることがあります。そして、それが、研究かのように錯覚している人が見受けられます。

このような詩によって自分の教育観を書いたバーンズは、天体の軌道とか、光の性質、金属の変性について思索をしていたわけではありませんが、人間の心理に関してはきらめくような観察眼が発揮されていました。さらに、物語詩の傑作「シャンタのタム」には、古今を通じて最も鋭敏な洞察が記されているとダンバーは言います。冒頭、タムの友人たちと大酒をカッ食らっています。市場でのささやかな稼ぎも、みんな酒になってしまいます。そのころタムの家では……

「……むっつり不機嫌なおかみさんが待っている、嵐を呼ぶ雲のように眉根を寄せて 怒りを消さぬよう世話をしながら 」

ダンバーは、バーンズの自己都合で着色されているとはいえ、次のような描写はもうりっぱな科学的記述ではないかというのです。

「女たちを嘆かせてはいけない 気まぐれ男は少しもじっとしてはいないのだ!自然の広がりで外を見るがいい 自然の絶対の法則だって変わっていくのだ。」

生殖の仕組みがそうなっている以上、ほ乳類のオスはもともと一雄多雌だと言います。これは、現代進化生物学の基本中の基本だというのです。オスがメスを1匹だけ選ぶのは子育てに直接投資できる場合だけだと言います。そのためほ乳類の単婚は、イヌの仲間を除くとむしろ例外中の例外だそうです。ほ乳類の95%は、一夫多妻なのだと言うのです。

教養人

ダンバーは、現代のルネッサンス的教養人はもう人文科学の世界に出現しない反面、隠れた才能を持つ科学者は枚挙にいとまがないと言います。例えば、科学者中の科学者であるアインシュタインからしてそうだと言います。数学者の多くがそうであるように、彼もまた音楽に造詣が深く、ヴァイオリンが上手だったそうです。ユーディ・メニューインほどではなかったにしろ、有名なオーケストラと一度ならず共演しているそうです。アインシュタインなんていかにもすぎる、と思われる人には、19世紀ロシアの作曲家アレクサンドル・ボロディンをダンバーは紹介しています。彼の作品は、当時としては最先端の作曲技法を駆使していることで有名ですが、そんなボロディンの本職は科学者で、多大な研究業績を残しているそうです。

ロシアの科学者とのつながりで思い出すのは、もうひとりの偉大なる天才アレクサンドル・ソルジェニーツィンだと言います。彼は、ロストフ大学で数学の学位を取得後、物理と化学を教えていましたが、その後作家生活に入り、数々の小説で不朽の評価を確立しました。そう考えると、ダンバーは、自分の国であるイギリスにもC・P・スノーがいると紹介しています。スノーは、ケンブリッジ大学の物理学者であり、のちにはイギリス政府の顧問的な役職に就いた人物だそうですが、そんな「逆境」をものともせず、1940年代~50年代に小説家としての揺るぎない地位を確立したそうです。その他にも、ダンバーは文学や芸術の分野に才能を発揮している優秀な科学者を何人も挙げています。

そして、それは有名な人物だけでなくても、彼自身の限られた交友関係だけでも、音楽団体で定期的に活動している科学者が6人は思い浮かべることができると言っています。例えば、室内オーケストラに属しているのが二人、古楽器アンサンブルがひとり、マドリガル・アンサンブルで歌っているひとりはクラリネットも吹くので、地元のジャズバンドによく助っ人に行くそうです。そのほかに、画家もしくはイラストレーターとしてこづかいを稼ぐ者も3人いるそうです。もちろん、彼らは専門の研究活動も続けているというのです。

最後に二人の物理学者に捧げられたアメリカのミニマル・ミュージックの話題から、芸術作品の題材にまでなるのですから、科学は決して無味乾燥ではないのだと強調します。ルネサンス的教養人は、いまも健在だというのです。ただし、人文科学の研究室を除いてもそれはお目にかかることができず、彼らは、理系学科の教室で、実験作業台に向かっているはずだというのです。

ダンバーは、私たちは詩人と科学を結びつけることはあまりしないと言います。しかし、偉大な詩人とただの語呂合わせ屋の違いは、優れた科学者と凡庸な科学者の違いと同じではないだろうかと言います。それは、鋭い観察眼と深い内省があるかどうかであると言います、人間の文化は、形を問わず、このふたつに支えられていると言っていいだろうと考えています。例えば、スコットランドが生んだ最高の詩人、「貧しき農民詩人」として親しまれているロバート・バーンズは、家庭教師ジョン・マードックから当時まだ芽生えたばかりの科学の知識を授けられ、そこから多くのものを得たはずであると言います。マードックが、もっと金になる仕事のために家庭教師を辞めたあとは、父親が息子たちの教育を引き受けました。父親がエアー読書愛好会の支部から借りてきた、ウィリアム・デラムの「自然神学」や「天体神学」もバーンズに大きな影響を与えたに違いないと考えられているそうです。

真の教育

ダンバーの故国イギリスでは、大学の理科系専攻の志望者は、ここ10年ほど減るいっぽうで、数年前に化学と生物学で調べてみたら、このままのペースで減ると、2030年には志望者がゼロになるという結果が出たそうです。しかし、ダンバーがほんとうに憂えているのはそこではないと言います。科学に限らず、歴史学や政治学でも、その分野の専門的な知識を詰め込むだけが教育ではないと考えているからです。いかに考え、評価するか、証拠や反証をどう扱うか、先入観や偏見にとらわれることなく、客観的に問題をとらえるにはどうするか、その訓練を積ませるのが教育だと思っているのです。それは、銀行経営者から政治家、ジャーナリスト、地方公務員まで、すべての人が仕事をする上で使う技術だというのです。教育には、興味をかきたてることが不可欠だと言います。ところがいまは、小学校から大学までのどこかで、知識を掘り下げる興奮と喜びが失われてしまっているということを憂えているというのです。それをあとから悔やんでも後の祭りなのだと警告しています。

何年か前にBBCが行なった世論調査で、イギリス人の80%は、科学が重要だと考えているという結果が出たそうです。その結果は心強いことですが、ダンバーからすると、残り20%は自分たちのやっていることに偏見を抱いていることになると言います。ほかの調査でもおおむね同様の数字になっていて、だいたい5~25%の人が科学に対して否定的な見方をしているようです。

こうした科学軽視派は、いったいどんな人たちなのでしょうか?彼らの存在は果たして問題になるのでしょうか?このような問いに対して、ダンバーは、はっきりイエスと答えています。しかも、大問題になると彼は思っているようです。全体のなかでは少数かもしれませんが、彼らの社会的な立場を考えると、その影響は未来を左右することになりかねないと危惧するのです。

科学軽視派の多くは、高学歴で専門職についている人たちだそうです。人文科学の学位を持っていて、教師や研究者もいれば、芸術家や文学者、さらに困ったことに政治家もいたりするのです。彼らが共通して抱く科学への反感は、科学者は非文化的できめ細かい感性に欠けるという評価から出発しているとダンバーは言います。芸術にくらべて科学に割く予算が多いことも、そうした印象を強める結果になっていると言います。長く受け継がれてきた文化遺産が、科学という味も素っ気もないからくりに押しやられ、影が薄くなっているというそうです。

これではヴィクトリア朝文学に登場するいかれた科学者そのものではないかとダンバーは言います。自分の人生と引き換えにして世界征服を企むフランケンシュタイン博士とか、

恐怖の二重人格者ジキル博士とかだと言うのです。音楽や詩から天文学、物理学まで幅広い教養を誇り、創意工夫にあふれる科学実験を考案したと思うと、美しいソネットを書きあげて高い評価を得たルネッサンス的教養人はどこに行ったのか?とダンバーは問うています。

ひとつ言えるのは、現代のルネッサンス的教養人はもう人文科学の世界に出現しないということだと彼は言います。その一方で、隠れた才能を持つ科学者は枚挙にいとまがないと言います。

教育の目的

日本では、江戸時代まで世界屈指の教育国でした。就学率や識字率は高く、しかも、それは、それほど地域差はなく、各地とも高かったのです。しかし、明治になって、産業革命に向けての教育が始まりました。それは、ダンバーの故国であるイギリスで始まり、それを牽引したのがスコットランド地方だったのです。19世紀半ば、スコットランドの大学進学率はイングランド及びウェールズの10倍以上も高かったそうです。高等教育が上流階級の特権に近かったイングランドに対し、スコットランドの教育システムは平等主義であるところが大きな特徴だったと言います。ですから、小作人の息子でも、大地主や牧師の息子と同じように大学に進学するチャンスがあったそうです。スコットランド人にとって、教育はより良い生活へのパスポートだったと言います。彼らは、そのパスポートを携えて、外国に赴き、行政、学術、産業といった分野で名を成して、世界中で大きな力を振るうようになったのです。

もちろん、悪い影響もあったとダンバーは言います。あまり知られていないことのようですが、この充実した教育システムのせいで、ハイランド及び島々から多くの人口が流出することになったのだそうです。その規模は、同時代に行なわれた牧羊推進のための強制退去政策、いわゆるハイランド放逐に勝るとも劣らないと言います。当時の人々にとって、貧乏のどん底から抜け出すには国を出るしかなかったのです。教育を足がかりにして切り開く生活は、故郷の地を這うような貧しさに比べればはるかにバラ色の未来があったのです。

未来の夢のために教育に金を惜しまない姿勢は、社会の根底に旺盛な知的好奇心があることを意味しているとダンバーは言います。この言葉を、日本の政治かたちにも聞かせたいですね。スコットランドの国民的詩人、ロバート・バーンズの父親は、子どもたちの教育にそれは熱心だったそうです。そのおかげで、文学の世界は何と豊かになったことか!とダンバーは言います。

18世紀後半のスコットランド啓蒙主義も、そうした教育的風土を背景に花開いたものだと彼は言います。哲学者デヴィッド・ヒュームも、経済学者アダムス・スミスも上流の出ではなかったものの、のちに不朽の名著を世に送り出しています。スコットランド啓蒙主義は、19~20世紀初頭までの科学、工学、文学の隆盛も後押ししていると言います。細菌学者アレグザンダー・フレミング、詩人ウォルター・スコット、蒸気機関車や鉄道橋をつくったスティーヴンソン父子といった人物がこの時代に活躍したのです。

ダンバーは、「私たちはいつのまにか、教育の目的を見うしなったのかもしれない」と嘆きます。教育は精神を鍛え、探究心を掻き立ててくれるものなのに、そうした価値が評価されなくなっていると彼は言います。ダンバーは、どうするべきかには答えはありませんが、早く答えを見つけないと大変なことになるだろうと危惧しています。すでに彼は実感しているようですが、イギリスの大学の理科系専攻の志望者は、ここ10年ほど減るいっぽうだそうです。数年前に化学と生物学で調べてみたら、このままのペースで減ると、2030年には志望者がゼロになるという結果が出たそうです。

この科学離れの傾向は、日本でももちろん、各国が憂えていることです。しかし、ダンバーは、本当に憂えているのはそこではないと言います。

教育の意味

運動能力と学業の関係が本当に成り立つとしたら、愚かで意地きたない少数意見のせいで、全員がつまらない目に遭うのは賢明ではないと言います。リスクをきちんと受け入れ、スポーツ活動中に事故が起こっても、すぐにいきり立ったり、学校に乗り込んだりしないことが重要であるとダンバーは言うのです。人生はリスクだらけです。しかしそのリスクを引き受ければ、はかりしれない恩恵がかならずついてくると言います。うまくいかなかったら誰かのせいにすればいい、世界の名だたる銀行が痛い目に遭っているのは、この教訓を活かさなかったからだというのです。目先のことにとらわれて、リスクへの対処を正しく学べないのは、子どもたちにとって不幸としか言いようがないとダンバーは嘆いています。

知能が高いと何かと有利ですが、それだけでは不十分だとダンバーは言います。IQがアインシュタイン並みというのは、たとえるなら最大級のコンピューターを持っているようなものです。それ自体すばらしいですが、ソフトウェアがなければただの箱です。となると、やはり教育が鍵となるとダンバーは言います。生まれつきのIQだけでは、どこへも行くことができません。知の世界を掘り下げ、探求するための知識と技能を仕込む必要があります。

彼は、ニュートンの有名な言葉を引用しています。「教育があるからこそ、私たちは過去という名の巨人の肩にのれるのだ。知識、特に科学的な知識は過去からの積み上げにほかならないとダンバーは言うのです。このような見解に対して、私たちはよく誤解をすることがあります。知の世界を掘り下げ、探求するための知識と技能を仕込むことが重要ですが、それをより効果的なものにするために、また、その機能をより発揮することができるようになるために、段階が必要になります。突然、何かを教えるとか、覚えさせるとか、できるようにさせるということではなく、まず、知の世界を掘り下げ、探求しようとする態度を養わなければなりません。そのためには、知の世界の不思議さ、楽しさ、それを探求しようとする好奇心などが必要になってくるのです。その部分を受け持つのが幼児教育であると思います。

ダンバーは、最も成功した教育実験のひとつは、スコットランドで宗教の名の下で行なわれたものであると言います。ただ、後年の科学と宗教の摩擦を考えると皮肉な話だというのですが。小作人たちが聖書を自分で読めるようにしようというカルヴァン主義長老派の試みから、19世紀初頭に世界でも指折りの優れた教育システムが生まれたそうです。すでに18世紀には、スコットランドの識字率は70%に達していたようです。イングランドとウェールズはせいぜいその半分、ヨーロッパの残りの地域は言うに及ばずであると言います。

しかし、私は、世界中で最も成功した教育実験のひとつに、江戸時代の日本の藩校や寺子屋教育があると思っています。江戸時代の幕末期においては、武士はほぼ100%読み書きができ、庶民層でも男子で49~54%は読み書きができたといわれています。また、1850年頃の江戸の就学率は70~86%でした。もちろん、寺子屋は義務教育ではなく、庶民自身の主体的な熱意で自然発生した教育システムでした。そして、それを支えたのは、日本では宗教ではなく、人々の探究心であったり、楽しさであったり、意欲の強さだったのです。

未来社会

 今度は、未来を見つめてみましょう。先日の「NHKクローズアップ現代」で、人工頭脳について放送していました。これは、今年の1月に行われたダボス会議についての内容でした。ダボス会議とは、もともとは、世界経済フォーラムで、世界を代表する政治家や実業家が一堂に会して討議するため、注目を集めてきました。今年のその会議で、人工知能の進化に伴い多くの仕事が失われるのではないかと懸念の声が聞かれたのです。オックスフォード大学の研究でも、今後1020年で現在ある仕事の65%の職種が人工知能に取って代わられる可能性が高いとの予想を示しています。すでに、アメリカのベンチャー企業が開発した、膨大なデータをもとにコンピュータが自動で文章を作る仕組みが、スポーツの試合の解説記事を作成しています。番組では、実際にバスケットボールの試合を実況で人工知能が解説そしていました。予め人間が作成した過去の記事と表現を選ぶための前提条件を与えており、最適な表現を選択させているそうです。

今後、人工知能をチェックするだけの記者と機械には書けない記事を執筆するジャーナリストに二極化すると指摘していました。また、アメリカの大学入試や卒業認定で使われている小論文を人工知能が自動で採点できるシステムは全米で1500以上の教育機関が活用しているそうです。単に、○×問題ではなく、論文に関しても採点するのです。それは、人工知能は複数の基準を設け、論理的な構成などを正確に判断出来るとされています。

限界は指摘されているものの、進化を遂げている人工知能について番組では、今後、単純作業や正確性が求められる職種は人工知能により失われる可能性が高いと予想し、今までは人間が行うしか無かった作業までも人工知能が出来るようになったディープラーニングにより、人工知能に対する期待が高まっていると話していました。

さらに、番組では、スウェーデンの高速道路で行われている自動運転の開発テストが放送されました。メーカーのエンジニアは手放しで走行し、アクセルも踏まず、危険があると自動ブレーキが作動します。自動運転の車はカメラやレーザーなどのセンサーで周囲の状況を検知し、その情報を元に自ら判断し、走行するのです。長年、安全性をブランドイメージにしてきたボルボは、事故の90%以上は人間のミスによって起きていることから、人工知能に判断を任せたほうが、安全性が高まると考えているようです。しかし、人命に関わりかねない判断をどこまで人工知能に委ねるべきか、国や自治体を巻き込んだ議論が欧州では始まっています。

こんな話題が、テレビでは多くなりました。先月放送されたBS1スペシャル「ダボス会議2015」のタイトルではありませんが、「素晴らしい新世界?~人工知能がもたらす未来~」というように、素晴らしい世界なのでしょうか?人間にしかできないといわれていた知的労働まで人工知能がこなすようになってきて、今後数十年の間に約65%の職業が人工知能にとってかわれるという研究結果もある社会はどういう社会なのでしょうか?同じことを繰り返すようですが、人間にしかできないものは何かということが、ことごとく覆され、いや、それは人工知能でもできる、取って代わられるという研究を知ると、では、次は何があるのかということになってしまうのです。

今後の課題

 今回、科学活動について検証するのに、主に「Science Experiences for the Childhood Years」を読み進めながら私の考えを足していきました。「Science Experiences for the Childhood Years」は最初、1976年にアメリカで刊行され、ほぼ4年ごとに新版が出され、今回参考にしたのは2004年第8版に出版されたものです。対象は、ほぼ3歳くらいから8歳くらいまでの科学活動が中心ですが、もちろん、中学生でも十分と役に立ちますし、3歳児未満の子にも応用ができます。

この本は、多くの日本から出版される保育、教育書と少し違っています。それは、理論ではなく、マニュアルでもないのです。それは、この本の訳者によるあとがきに書かれてある特徴に見られます。まず、本に取り上げられている活動例は、著者らが子どもたちと実際に行ってきた体験活動が、身近な素材を使って簡単に行える形で、とても分かりやすく示されていることです。この姿勢は、今回ドイツバイエルン州の学校局から預かっている「小さな科学者たち」という教材でも言えることです。

二つ目の特徴は、園外や校外での活動を重視しているところです。今回のブログでは具体的な活動の例は紹介していませんが、その内容はほとんど屋外の活動なのです。私たちは、科学実験、科学活動というと部屋の中の活動を思い浮かべることが多い中、この本の中では室内の活動に加えて、園外の活動のヒントや、園庭の改善のヒントまでも示しています。その活動は、実際の世界で生きて活用できることを知った子どもたちに、科学の意義や重要性をさらに知らせることとなるのです。

三つ目の特徴として、学習における感情の大切さや、科学以外の学びとの統合を強調していることだと言います。感情や、統合的な学びの大切さは古くから言われてきたのですが、今回の提案は、最新の理論によって裏付けられたものになっています。これまでの科学活動では、珍しいものやびっくりするような現象で子どもたちを引き付けることはあっても、そこで得た体験を、子どもたちの生活の中で生きて働く知識に転化させていく視点は弱かったと指摘しています。その意味で、本書の提案は科学活動の一層の質的な向上に有益な示唆をもたらしてくれるものだと言います。それが、知識から知恵として子どもたちの身に着くということなのです。

最後の特徴は、家庭との連携をとても重視していることです。これまで日本で行われてきた保育や教育は、どうしても園や学校の中に閉じがちでしたが、家庭は、どちらかと言えば、園や学校での成果を持ち帰ったり、補完したりする役割として捉えられることが多かったのではないかと指摘しています。この本では、園や学校と家庭とがお互いに高め合う関係として捉えられ、望ましい連携の仕方が具体的に示されているのです。

これは、今後考えていかなければならない課題です。特に保育園では、保護者が働いていることもあり、なるべく保護者の手を煩わせないことが福祉の目的であるかのように思われています。しかし、食事の時の会話にしても、休日の外出にしても、一緒に風呂に入るときにも子どもと科学活動を行うことができるのです。少し、遠慮をし過ぎている気がします。共に学習をする仲間であるという意識をもっと持つことで、子どもたちの科学好きが増えてくるのです。

師とは

『孟子』巻第七 離婁章句上に、「人之患 在好爲人師」という言葉があります。この言葉は、「人の患は、好んで人の師に為るに在り」ということで、「人の悪いところは、大したこともないのに、とかく他人の先生になりたがることだ。」ということです。その言葉を評して、吉田松陰は、『講孟余話』のなかで、「而して己が為にするの学は、人の師となるを好むに非ずして自から人の師となるべし。人の為にする学は、人の師とならんと欲すれども遂に師となるに足らず。故に云はく、記聞の学は以て師となるに足らずと。」と書いています。

この言葉は、「自分を磨くための学問は、願わなくとも自然に望まれて師になるものである。ところが人のためにする学問は、人の師になりたいと思っても、結局、人の師となることは出来ない。だから孟子は、こう言っている。単に古い書物を読んで暗記する人の講義は、質問を待つだけで、聴く人の意欲や学力を考えることが出来ないので、師となる資格はない」と言っているのです。

この考え方が、一昨日のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」の中で、松下村塾を開塾するにあたり、久坂玄瑞とのやり取りに見られました。塾で人を教える立場になる松陰が、彼の下に来た門下生に対して、「共に学び共に育つ」者として接したのです。師弟といっても、同じ学ぶ仲間であり、「共に学んでゆこう」と言うのです。PAP_0023

この考え方は、米国密航に失敗し萩の野山獄に投じられたときにも表れます。獄中で、松陰は、無気力な囚人たちを励まそうと、勉強会を開き、囚人たちと盛んに交流しました。その時の松陰は、武士や町人の身分の区別もなく、また牢獄の囚人にまで分け隔てなく接し、また、自らが一方的に指導するのではなく、俳諧や書道などそれぞれが得意な分野を指導し、共に学びあうという形式をとります。その徹底した平等主義と一人ひとりを生かす教育のスタンスは、囚人たちに生きる希望を取り戻させたのです。

また、孟子の性善説に傾倒し、すべての人間の本性が善であると信じて疑わず、どのような人間にも可能性があることを信じ続ける人間観と教育観に貫かれています。彼は繰り返し、人間には賢愚の差はありますが、どのような人間にも潜在している才能があり、これをうまく引き出すことができれば、必ず立派な人間になることができると述べています。不要な人間は一人もいないというのです。

そして、「自分が塾を開くのは人に教えるためではない。世にすぐれた人を見つけ、親しく交際し、自分のとらわれているところを解き放ち、愚かなところを矯正したいためである」というのです。松陰にとっての塾生達は、共に学ぶ仲間であり、彼にとっての師匠でもあったのです。

私たち自身も、子どもたちと同じ学習者であるのです。教育というのは、共に学び、共に持っているものがお互いに刺激し合いながら引き出されていくということなのです。科学活動でいえば、興味のある疑問について調べたり、共通の関心ごとを一緒に探究したり、いっしょに博物館に行って感動したりする仲間なのです。もし、科学活動を子どもたちに提供するとしても、それを通して教師も日々成長していく仕事なのです。教えることをこのようにとらえることで、素晴らしい成果が得られるようになるのです。