日常的経験

今福氏は、その著書のサブタイトルに「社会性とことばの発達」が書かれていますが、子の発達は、コミュニケーションにかかわるものです。したがって、社会性とことばの発達の科学的理解は、現代社会の問題を解決するために非常に重要であると今福氏は考えたのです。たとえば、自己肯定感の低下傾向の改善には、褒められる経験が鍵を握るかもしれないというのです。

社会性とことばの発達について振り返ると、ヒトは胎児期からお母さんの声に感受性を示し、新生児期には顔や声への選好や新生児模倣がみられ、その後は4歳以降の心の理論の獲得に至るまで、その発達は連続的に進むことがわかります。乳児期の共同注意の能力が心の理論の発達と関連し、子どもの自己制御能力が将来の成功や健康と関連する、という報告もありました。

そして、その時に抑えなければいけないのは、社会性とことばの発達には敏感期や適した環境があり、大きな個人差があるということです。そこで、発達初期の経験環境が、心の発達に長期的な影響をもたらす可能性にも言及してきたと言います。それゆえに、子育て、保育、教育を考えるうえで、赤ちゃんの頃から始まる心の発達のしくみを理解することが欠かせないのです。この今福氏の主張が、私は共感することです。確かに、心の発達には遺伝の影響も50%弱ほどはあると考えられてはいます。しかし裏を返せば、残りの50%強は心の発達に環境が担うといえ、その役割は大きいと今福氏は主張するのです。

今福氏は、日々、赤ちゃんや子どもにかかわるさまざまなニュースが飛び込んでくる中、子どもたちの発達に適した環境をどのように整備すればよいのかを考えなければならないというのです。そして、その環境を考えるためには、子どもたちの心の発達を理解することが重要であるというのです。

京都大学院教授である明和政子氏は、今福氏の歩みを二つにまとめています。一つ目は、ヒトに特有の認知能力、特に言語の獲得について独自の視点から切り込んだ研究であると言います。他者とコミュニケーションする経験を通じて、ヒトはどのように言語を習得していくのかを解き明かしてきたそうです。相手から話しかけられる場合、私たちは、他者の顔や口唇部の動きをみる視覚、発話による聴覚情報を同期的に処理しているのです。今福氏は、そうした多感覚情報の同期生にどのくらい敏感であるかが、乳児のその後の言語発達を予測することを見出したのです。乳児期の認知発達が、他者との日常的経験により支えられている点を重視した、彼ならではの発想による成果であると明和氏は言っています。

二つ目は、早産にともなう胎内経験の短縮や、胎児期から新生児期の周産期の医療的措置等の経験が、後の認知発達の個人差と関連することを実証した研究であるということだと言います。今福氏は、京都大学医学部付属病院の医師らと5年以上にわたり共同研究を行ってきたそうです。早産児と満期産児を対象に、生後2年間の認知発達を追跡してきた結果、周産期に経験する環境の異質性が、後の認知発達、特に社会的認知機能の発達と関連することを突き止めたのです。周産期環境の異質性に着目し、認知発達との関連を検証した研究は世界的にもほとんど行われていなかったため、彼の研究は今、世界的な注目を集めているそうです。こうした基礎的知見は、臨床場面での応用も強く期待されているそうです。

保育環境の質

アメリカのテルマ氏らが作成した環境評価スケールにエカーズというものがあります。そこでは、保育環境の質を数値化する尺度では、①粗大運動遊びの空間などの「空間と家具」、②食事や午睡などの「日常的な個人のケア」、③絵本や会話などの「ことばと思考力」、④造形や音楽などの「活動」、⑤保育者と子どものやりとりなどの「相互関係」、⑥自由遊びや集団活動、障害のある子どもへの配慮などの「保育の構造」、⑦保護者との連携や研修機会などの「保護者と保育者」、の項目について評価されます。エカーズによって評価された保育の質が高いほど、11歳のときの子どもの認知や行動、社会性の発達が良好であるという報告もあるそうです。保育者が子どもの発達に果たす役割は大きいと今福氏は言います。

厚労省の3013年の調査によると、保育士としての勤務年数が5年未満である早期離職者の多さが問題となっています。保育士職への就業を希望しない理由としては、「賃金が希望と合わない」「休暇が少ない・休暇がとりにくい」などがあげられるといいます。保育者の処遇や勤務環境は、喫緊に改善されるべき問題だと今福氏は考えています。

職場でのストレスも離職の原因の一つであると考えられています。保育者が職場で抱えやすいストレスとしては「職場環境・職場の人間関係」「子どもの対応」「知識と現場のギャップ」があるようです。これらのストレスを低下させるには、ソーシャルサポートや研修への参加を促す体制を整える必要があると今福氏は考えています。

専門性の向上は、保育者としての自信である保育者効力感につながります。保育者効力感とは、「保育場面において子どもの発達に望ましい変化をもたらすことができるであろう保育的行為をとることができる信念」であると言います。赤ちゃんや子どもの発達を支える保育者が、幸福感を感じ、保育者効力感を育むことができる職場にしていくことが重要だと彼は提案しています。

今福氏は、彼の著書「赤ちゃんの心は どのように育つのか」のなかで、そのサブタイトルにあるように、社会性とことばの発達を科学しています。内容として、赤ちゃんや子どもを取り巻く現代社会・教育・子育ての現状についてみてきました。その中で、デジタルメディアの普及によって子育て環境が変化しつつあることや、家庭の貧困と発達の関係について触れました。保育・学校現場に目を向けると、小一プロプレムやいじめ、日本語指導が必要な外国籍の児童生徒の増加の問題などがありました。また、世界と比べると、日本人の自己肯定感や主観的幸福感は低い傾向にありました。

これらのトピックをなぜ取り上げたのか、それが、心の発達を考えるうえでなぜ重要なのかということの問いに、それは「現代社会が、今を生きる赤ちゃんや子どもの環境にほかならないから」だと答えています。そして、心の発達は、環境との相互作用によって変化します。ですから、環境が変われば、心の発達の様相も変化する可能性があるというのです。

保育所や幼稚園の教育は、「環境を通して行う」ことが基本にあります。ここでの環境について、今福氏はこう考えています。①人的環境、②物的環境、③自然環境、などに分けて考えられます。現代社会の現状をみてみると、人的環境にかかわる課題が多くあり、人間同士のコミュニケーションの問題が関係しています。デジタルメディアの普及をみても、SNS上で文字や写真、絵文字などを介したコミュニケーションが行われているのです。

育児幸福感

赤ちゃんや子どもにとって、養育者は一番身近な存在といっても過言ではないと今福氏は言います。以前紹介したように、養育者の精神的健康は、子どもの発達に影響を及ぼします。したがって、養育者が幸せを感じて子育てができる環境は、赤ちゃんや子どもにも良い影響があると今福氏は考えています。育児幸福感とはどのようなことなのでしょうか?彼は、育児幸福感は、「育児中のお母さんの肯定的な情動」のことだと説明しています。育児幸福感尺度では、①子どもが元気に成長しているとき安心する「子どもの成長」、②子どもと一緒にいるだけで幸せだと感じる「希望と生きがい」、③子どもによって自分の心が変わり、強くたくましくなった「親としての成長」、④子どもをきつく叱った後でもすぐなついてくれるときに安心した気持ちになる「子どもに必要とされること」、⑤夫が育児に協力してくれることに感謝するとともに安心した気持ちになる「夫への感謝の念」、⑥子どもを通して人とのつながりができたとき嬉しい「新たな人間関係」、⑦子どもに助けられたとき感謝の気持ちになる「子どもからの感謝と癒し」、⑧子どもを産めたことに喜びと誇りを感じる「出産や子育ての意義」、の8因子によって、子育て中に感じる幸せな気持ちを評価します。

育児幸福感の高さは、子育てで感じるネガティブな情動である育児ストレスの低さとかかわるようですが、その関連は弱いことがわかっているそうです。育児幸福感を高め、育児ストレスを低めるためには、異なる援助が必要であるのかもしれないと今福氏は考えています。また、育児幸福感は、お父さんでも研究がされているそうです。どうやら、お父さんはお母さんと共通した育児幸福感を抱いているようです。

また、母子世帯1233、二親世帯2646、計3879世帯を対象とした調査によると、日本の母子世帯のお母さんは、二親世帯のお母さんに比べて、幸福感が低い傾向にあったそうです。また、日本の母子世帯の相対的貧困率は五割を超えており、周囲の人々の心理的な支援であるソーシャルサポートを受けにくい場合も多いようです。家庭が望む子育て支援策を具体的に明らかにすることで、多様なニーズに応える政策を考えていくことが重要ではないかと今福氏は考えています。

一方、0~2歳の第一子をもつ妻・夫へのアンケート調査では、二親世帯においてお父さんの育児頻度か調べられました。たとえば、「○〇ちゃんを寝かしつける」にかんして、お父さんの41.2%が「ほとんどしない」、27.2%が「週に1~2回する」と回答したようです。このように、お父さんの育児への参加は、依然として低い状况にあります。お母さんの心を支えるお父さんの育児参加を促すしくみづくりも必要でしょう。これによって、より幸せな子育て環境になると考えられます。

保育士や幼稚園教諭は、子どもの発達に大切な乳幼児期に、教育や養護にたずさわる職業だと彼は考えています。日本では、社会的ニーズの変化にともない、保育の質の向上や評価が求められるようになっています。保育の質について2018年に厚労省が示したものには、「子どもたちが心身ともに満たされ、豊かに生きていくことを支える環境や経験」のことで、社会や文化における保育の機能によって規定されるものとあります。

子どもたちの幸せ

家庭で褒められる経験と脳の発達について調べた研究があります。5~18歳の290名を対象に、お母さんが日常で子どもに対して褒めることを大切にしている程度と、脳の灰白質の容積との関連が調べられました。その結果、褒めることを大切にしているお母さんの子どもは、島皮質の脳容積が大きいことがわかりました。島皮質は、共感や感情制御にかかわる脳の領域です。この知見から、お母さんに褒められた経験を多くもつ子どもほど、感情にかかわる発達が良好であるといえそうです。さらに、共感力や、感情抑制力にも優れているのかもしれません。この研究ではさらに、思いやりにかんする誠実性と、創造性や好奇心にかんする開放性の性格特性をもつお母さんは、子どもを褒めることを大切にしている程度が高いことがわかりました。子どもの良いところをみつけて、それをことばにして褒めることは、私たちが思っている以上に重要な営みなのだと今福氏は言っています。

最後に、今福氏は、子どもたちの幸せについて考えてみています。2014〜16年に各国で行われたアンケート調査によると、日本の幸せの程度を個人の主観をもとに測った主観的幸福感は155ヶ国のうち51位、OECD加盟国では35ヶ国のうち27位でした。このアンケートでは、①一人当たり実質国内総生産、②助けてくれる親族や友人がいるかというソーシャルサポートの有無、③健康寿命、④人生選択の自由度、⑤慈善事業に寄付したかなどの寛容さ、⑥政府やビジネス界に汚職があるかという汚職、によって主観的幸福感が評価されました。この評価基準では、同一の経済水準の国と比較して、日本の主観的幸福感は低いことがわかります。

一方で、日本では幸せの捉え方が他国と異なるのではないかという考えもあります。幸せのイメージについて日米で比較分析した研究では、アメリカ人は「幸せは個人による目標の達成で得られる」など、幸せをポジティブなものとして捉えることが大半であったのに対して、日本人は「幸せになると他人から妬まれる」など、幸せをネガティブなものとしてとらえる傾向があることがわかりました。つまり、日本人は幸せを判断するときに、他人と同程度の幸せを手に入れることが基準になっている可能性があるというのです。

主観的幸福感を決定する要因としては、学歴や所得よりも、自己決定が強い影響を与えるようです。ここでいう自己決定とは、自らの判断で高校や大学などの進路選択を行った程度を指しています。日本の教育では、子どもたちはどの程度の自己決定ができているでしょうか。子どもたちが自分で行動を選択できるように環境を整備していくことで、満足度の高い生活を送ることができるようになるかもしれないと今福氏は言っています。

私も、この行動の選択はとても重要だと思っています。自己選択が保障されることで、免疫力が高まるという研究もあります。そのために、もう3年ほどまでになりますが、北欧に老人施設視察に行ったときに、多くの施設ではお年寄りの選択を保障することによって、生きる意欲を持たせているという話を聞きました。また、選択は、自己肯定感を育てることもわかっています。自分で何とかできるという確信が、自分を大切に思うようになります。また、選択は、これから必要な力としてOECDが示しているうちの一つとして「責任をとる力」というものも、自己選択をすることが必要だと思っています。この選択する力は、すでに赤ちゃんから持っていることを、現場ではよく見ることができます。何を食べたいか、何で遊びたいか、どこに行きたいかなど、赤ちゃんは選択し、主張するのです。

自尊感情尺度

近年、日本の自己肯定感の低さが問題になっています。自己肯定感とは、自尊感情とも言い、肯定的な自己評価や自分を価値あるものとする感覚を意味します。その自己肯定感が日本の若者が低くなっているのです。たとえば、日本を含む7ヶ国の13~29歳を対象に行われた内閣府による2014年の意識調査では、「自分自身に満足していると思うか」という質問に対して、「そう思う」や「どちらかといえばそう思う」と答えた人は、日本では45.8%、アメリカでは86.0%、同じアジアの韓国では71.5七%でした。日本では、半分以上の人が自分に満足していないと感じているようです。

心理学の分野では、自己肯定感を測る有名なものに、「ローゼンバーグの自尊感情尺度」があるそうです。この尺度は以下の10項目で構成され、「いいえ」「どちらかといえばいいえ」「どちらかといえばはい」「はい」の4件法で評価されます。10項目は、①私は自分に満足している、②私は自分がだめな人間だと思う、③私は自分には見どころがあると思う、④私は、たいていの人がやれる程度には物事ができる、⑤私には得意にうことがない、⑥私は自分が役立たずだと感じる、⑦私は自分が、少なくとも他人と同じくらいの価値のある人間だと思う、⑧もう少し自分を尊敬できたらと思う、⑨自分を失敗者だと思いがちである、⑩私は自分に対して、前向きの態度をとっている、の10項目です。その中で、②⑤⑥⑧⑨は逆転項目で、回答したものと逆の得点をつけます。

なぜ日本の若者は、自分に対する自信や満足感が低いのでしょうか。日本は謙虚であることを美徳とする傾向があるために、控えめな回答がなされたのでしょうか。あるいは、日本人は自分と他人との関係を重視する相互協調的自己観をもつ傾向があるために、自分よりも他人との関係を重視してしまい、自分を疎かにしてしまうのでしょうか。様々な理由が考えられていますが、この点については、未だに答えがでていないそうです。

では、子どもの自己肯定感を高めるには、どのようなことが大切なのでしょうか。今福氏は、こんなことを提案しています。小学5~6年生を対象にした研究では、学校生活において教師から褒められる経験が、自己肯定感や学習意欲、学校生活満足度と関連していることが明らかになっています。これは、教師が子どもを褒めることが、子どもの自信や勉強への動機づけ、学校での生活に広く影響を及ぼすことを示しています。一方で、日本の教育は子どもの問題をみつけるという側面に重きがおかれている印象を今福氏は受けていると言います。しかし、上記のような研究結果をみると、学校教育においても子どもの良いところを褒めることを積極的にしていくべきではないかと今福氏は言うのです。

褒められる経験をすると、私たちにはどのような変化が起きるのでしょうか。今福氏は、ある実験を紹介しています。私たちは、お金という物質的な報酬を手に入れたときに線条体という脳の部位が活動します。線条体には、ドーパミンという快楽にかかわる神経伝達物質を受け取る受容体があります。つまり、お金を手にすると、私たちは快楽を覚えるのです。これが、他者から良い評判を得るという社会的な報酬の場合にはどうでしょうか。驚くべきことに、お金を手にしたときと同様に、他者から良い評判を得ると線条体が活動しているのです。他者から良い評判を得ることと褒められる経験は異なりますが、社会的報酬という観点からみると類似しています。他者から良く評価されたり褒められると、私たちは快楽を感じるようです。

共通項

自己制御は将来の成功や健康につながる重要な能力です。では、自己制御はどのように育むことができるのかということを今福氏はこう考えています。どうやら、ごっこ遊びをすると自己制御の一部が促進されるようだというのです。ごっこ遊びは2歳頃からみられるようになり、何かになったつもりで遊ぶものです。たとえば、子どもたちは、おままごとやお店屋さんごっこで遊びます。

3~5歳の幼児が、空想的なごっこ遊びをする群、空想的でない遊びをする群、普段通りの遊びをする群の三つのグループに分けられ、それぞれが遊びを5週間で1回15分、計25回行ったそうです。空想的なごっこ遊びをする群では、宇宙に冒険に行くなどの遊びをしました。その結果、空想的なごっこ遊びをする群は、歌やお絵かきなどの空想的でない遊びをする群に比べて、切り替え能力や更新能力が高くなることがわかったそうです。

家庭環境が貧しいSESの低い4歳の子どもを対象とした研究では、動物や人のキャラクターになりきって劇を演じたり、感情を表現するようなごっこ遊びをすると、感情的な自己制御が向上することがわかったそうです。これらの結果は、日常的に保育所や幼稚園で経験する演劇やごっこ遊びが、自己制御の発達に有効であることを示していることになるのです。

空想的なごっこ遊びをする群は、歌やお絵かきなどの空想的でない遊びをする群に比べて、切り替え能力や更新能力が高くなることがわかったということで、この遊びの差は、感情を表現する遊びと、そうでない遊びの違いとしてとらえています。確かにそのような遊びの内容の差はあるかもしれませんが、では、絵を描くことはどうでしょうか?絵を描くことは、感情を表現する活動です。しかも、子どもたちは空想の世界の中で絵を描いていることが多いのです。ですから、自己制御の発達を促しているのは、私は、子ども同士、集団で遊ぶものと、一人で遊ぶものとの差ではないかと思っています。たとえば、ごっこ遊びや演劇遊びは子ども集団が必要です。そして、その集団の中で、1つもモノを作り上げるには、個々の思いと集団の思いを両立させていかなければなりません。そして、その時には、一人の思いを抑制することが必要になってきます。そして、その時の条件として共感力が必要になってくると思います。それに対して、歌やお絵かきは、それほど他者と合意をする必要がありません。その活動には、個人の思いを優先させることができるのです。今後、子ども集団の役割を研究することが求められます。

また、養育者が二ヶ国語を話す環境で育ったバイリンガルの子どもでは、実行機能の発達が早い可能性が指摘されているそうです。また、生後11ヶ月のバイリンガル児では、第一母語と第二母語のそれぞれの言語の二種類の音を聞いたときに、実行機能にかかわる脳部位の活動がみられているようです。バイリンガル児は二つの言語を聞き分け、使い分ける必要があるために、実行機能を使って日常生活を送っていると考えられているそうです。

自己制御

今福氏は、乳幼児教育において、社会情動的スキルは「10の姿」の「自立心」「協同性」「道徳性・規範意識の芽生え」に対応すると考えています。また、社会情動的スキルは、学校現場において具体的な教育方法と評価方法が定まっていないのが現状ですが、心理学の分野で数多くの研究がなされてきたそうです。そこで、次に今福氏は、それらの知見から、社会情動的スキルにかかわる自己制御と自己肯定感について考察しています。

自己制御とは、自分の行動や感情を自ら統制・調整する能力のことを指します。これによって、私たちは社会の規範や道徳に従うことができます。二歳児でみられる、養育者のいうことを聞かないなどの行動は、自己制御の失敗によるものだと言われています。この時期は、第一次反抗期というイヤイヤ期と呼ばれます。また、青年期の頃にみられる反抗期は、第二次反抗期といいます。

自己制御には、認知的な側面と情動的な側面に整理されます。認知的な自己制御は、実行機能にかかわるものです。その機能には、①行動を抑える抑制能力、②注意や行動の切り替え能力、③情報を保持しながら操作する更新能力があります。幼児期では、抑制能力を評価する課題として「昼夜ストループ課題」、切り替え能力を評価する「DCCS課題」、更新能力を評価する「単語逆唱スパン課題」などがあるそうです。

昼夜ストループ課題では、「太陽」と「月」のカードを子どもに提示し、“実験者が「太陽」と言ったら、子どもは「月」を指さす”というように、実験者が言ったものと反対のカードを選ぶことを子どもに求めます。DCCS課題では、たとえば「赤いボード」のカードがあるところに「赤いうさぎ」と「青いボート」のカードを子どもに提示し、一回目は形でカードを分類してもらい、二回目は別のルールである、色でカードを分類するように求めます。単語逆唱スパン課題では、実験者が言ったことばを反対から読むように子どもに求めます。これらの課題は、4歳で約半数の子どもができるようになるそうです。

次に、感情的な自己制御です。自己制御を評価するものに、後にもらえる大きな報酬のために目の前にある小さな報酬をがまんできるかを問う満足の遅延課題があります。そのうちの有名なものがマシュマロテストです。このテストについては、私は何度も説明しているので知っている人も多いでしょうが、今福氏の説明を見てみます。

マシュマロテストでは、一つのマシュマロを子どもの目の前に置き、15分このマシュマロを食べないでがまんできれば、二つのマシュマロがもらえることを伝えます。

このとき、目の前のマシュマロをがまんすることができる子どもほど、青年期の学業成績、社会性、誘惑への抵抗、ストレス耐性が良好であることがわかっています。また、児童期の自己制御能力が高い子どもは、成人期に収人や職場での地位などの社会経済状態、健康状態が良かったそうです。たとえば、自分の行動や感情を制御できる子どもは、ほかのやりたいことをがまんして勉強に励むことができたり、暴飲暴食をしないために健康が維持されやすいのです。たとえば、4歳のときの自己制御能力の低さが、11歳の肥満度の指標であるBMIの高さと関連することが示されています。

これから大切にすること

養育者のデジタルメディアの使用は、子どもの発達とどのように関係するのかということを今福氏は考察しています。お母さんのデジタルメディアの使用時間が長いと、子どもの発達に負の影響がでるようです。これは、デジタルメディアの使用が生活に悪影響を及ぶことに加えて、子どもとかかわりが少なくなるためであると考えられています。たとえば、お母さんのスマートフォン、テレビ視聴、コンピュータ使用の時間が長い3歳児では、内在化・外在化問題行動がそれぞれ多いことがわかっているそうですます。

デジタルメディアは、今や私たちの生活に欠かせないものの一つです。スマートフォンさえあれば、画面越しに絵本を読めたり、海外のことばや文化に触れられるというメリットもあります。子育ての環境が変化しつつある今、デジタルメディアの正しい使い方が求められています。さらに、これからの時代を生きる子どもたちに対して、情報通信技術を使用し、情報活用能力を育成する新しい教育が望まれると今福氏は考えています。

今福氏は、これからの子育てで大切なことは何かということを、世界の教育から考えています。2014年に、「ウェルビーイングや社会進歩につながるスキルとは?」というテーマが経済協力開発機構(OECD)の非公式閣僚会議で議論されました。そこでは、「whole child」という全人教育における、認知的スキルと社会情動的スキル(非認知能力)の双方の重要性が指摘されました。双方のスキルを教育することで、生活への満足度などのウェルビーイング(幸福感)、社会的な成果や経済の発展につながるということが提案されました。

そこでは、スキルとは「個人のウェルビーイングや社会経済的進歩の少なくともひとつの側面において影響を与え(生産性)、意義のある測定が可能であり(測定可能性)、環境の変化や投資により変化させることができる(可鍛性)、個々の性質」とされています。つまり、スキルは測定による評価や、教育による向上が可能で、幸福感に影響を与えるのです。

スキルの育成は、経済学的な観点からも注目を集めているようです。一人の子どものスキルは連続的で個人差があり、生後早期からの環境経験や投資という新たな学習機会をつくることによって変化すると言われています。養育・家庭環境、学校教育の影響を受けてスキルは発達しますが、養育者による投資は、高等教育や収入、健康、犯罪の減少につながり、最大のリターンをもたらすと考えられています。

次に、今福氏は、スキルを二つに分けて考えています。一つ目のスキルである認知的スキルは、知識や思考を獲得する能力であり、基礎的認知能力、獲得された知識、外挿された知識に分かれます。認知的スキルは、環境への適応能力、学習能力、抽象的思考力など、知能検査で測れる能力です。二つ目のスキルである社会情動的スキルは、目標の達成、他者との協働、情動の制御に分かれます。社会情動的スキルは、知能検査では測れないものです。

現在、この社会情動的スキルが世界的に注目を集めています。しかし、このスキルは今まで過小評価されがちでした。これまでの教育は、認知的スキルの向上に力を注いでいました。今福氏は、学校教育といえば「教科書の内容を覚える」というイメージを多くの人が持ってきたのではないかと言います。しかし近年、社会情動的スキルが高まるというように、両者が相互に影響を及ぼし合っていることがわかってきました。さらに、社会情動的スキルを高めることは、将来的な成功や健康、幸福感の向上につながることが明らかになっています。このことが、今回の保育所保育指針や幼稚園教育要領の中で非認知能力が大切であるという内容の根拠になっているのです。

デジタルメディア

私たちを取り巻く環境は目まぐるしいスピードで変化しています。スマートフォンの普及もその一つです。大人が子どもにスマートフォンを与えている光景を街で目にすることも多くなりました。現代の子どもたちは、いつからスマートフォンを使用するのでしょうか。ベネッセ教育総合研究所は、乳幼児の親子のメディア活用調査を実施しました。この調査では、第一子が0歳6ヶ月、6歳までの就学前の子どもをもつお母さん約3000名を対象に、2013年と2017年時点における、家庭でのデジタルメディア所有率と、子どもが一週間あたりにスマートフォンを使用する頻度が調べられました。その結果、2013年から2017年にかけて、家庭でのスマートフォン所有率は60.5%から92.4%へと増加が見られたそうです。今や、ほとんどの子どもたちが家庭でデジタルメディアに触れる機会を持っていることになります。

子どものスマートフォン使用頻度については、1〜3歳のおよそ24%、そのうち未就園児の23.4%、保育所児の24.5%がほとんど毎日、およそ22%、そのうち未就園児の20.9%、保育所児の24.5%が週に1〜2日はスマートフォンを使用するようです。特に、外出先での待ち時間、親が家事などで手をはなせないとき、子どもがさわぐときや使いたがるときなどで使用の割合が増加しており、夕食後の20時以降に使用する頻度が多くなっているそうです。ちなみに、テレピについては、1〜3歳の時点でおよそ75%、そのうち、未就園児の83.9%、保育所児の66.2%がほとんど毎日視聴しているようです。

映像視聴にかんしては、ピデオデフィシットという現象が知られているようです。たとえば、3歳までの子どもでは、他者と対面して行為を観察した場合に比べて、画面越しの場合に模倣の成績が低くなるそうですります。つまり、ビデオデフィシットとは、他人とのリアルなやりとりに比べて、映像からの学習効率が悪いことを指しているのです。ただし、映

像を繰り返し見たり、画面をタッチパネルにすると、模倣学習が起こるようです。

また、アメリカの15〜16歳の高校生2587名を対象とした研究では、デジタルメディアの使用頻度とその後の症状との関連が示されているそうです。この研究によると、1回目の調査で、一日に何度もデジタルメディアに触れると回答した人は、二年後の2回目の調査でADHD症状の発生の確率が有意に上昇することがわかったそうです。アメリカに住む19歳から32歳までの1787名を対象とした研究では、ソーシャル・ネットワーキング・サービスであるSNSの使用時間が長いほど、うつ傾向が強いという関連がみられているそうですます。このように、デジタルメディアの使用頻度の高さは、精神疾患の発症につながる恐れがあるのです。

なぜSNSを利用しすぎると、うつになる可能性があるのでしょうか。たとえば、SNS上にある他人の楽しそうな写真を見たときに、苦痛や劣等感などの妬みの感情を抱くことが

あります。私たちは、つい自分と他人を比較して、他人が自分よりもいい思いをしていると、

気分が沈み憂鬱になるのです。この社会的比較はチンパンジーにはみられず、ヒトに特有の

傾向で、9〜10歳児でみられるようになるようです。

外国籍の子ども

母語に外国語を持つ子どもたちは、どのような問題が起きているのでしょうか。まず、ことばの壁ですが、これは、不就学や不登校の一因になると言われています。彼・彼女たちにとって、母国語と日本語との間のことばの壁が学習や対人関係を妨げ、大きなストレスとなるのです。

同じような問題は、保育所や幼稚園でも起きていると今福氏は言います。5歳の子どもたちは、適応的で日本語の習得も早く、遊びが中心ですので仲良くなることが多いようです。しかし、保育者と保護者とのやりとりでは、ことばの壁が生じます。たとえば、子どもの生活を支えるうえで大切な連絡帳によるコミュニケーションがむずかしい場合は、子どもの家庭での様子がまったくわからない状況になり、保育者のストレスの一因にもなると考えられると言います。

保育者と保護者の間をつなぐために、外国語を話せる相談員をおいている自治体もあるようですが、そのような取り組みをしている園は少数でしょう。もし今後、日本が外国人労働者を増やす方向に動くのであれば、外国籍の子どもを受け入れる体制を整える必要があるのではないかと今福氏は提案しています。

子どもの貧困も深刻な問題です。厚生労働省の調査によると、2015年度の日本の子どもの所得が中央値の50%を下回る家庭で育つ17歳以下の子どもの割合である貧困率は、13.9%でした。これは、約7人に一人の子どもが貧困であることを示しています。2015年度の貧困のボーダーラインは年収122万円でした。

日本の研究は未だに少ないですが、養育者の社会経済状態(SES)に着目した研究が行われているそうです。SESには、所得、教育歴、職業などが含まれます。養育者のSESが低い子どもは、養育や教育環境が悪くなる傾向にあり、精神的健康や発達に問題を抱えやすく、学習や学業にも良くない影響がでるようです。

東京大学への入学者の家計支持者の年収をみてみると、平均は1000万円を超えており、その62.7%は世帯収人が950万円以上であり、東京大学広報室によると、父の職業は、管理的職業43.4%、専門的、技術的職業24.2%、教育的職業7.6%、母の職業は、無職36.0%、事務17.4%、教育的職業13.3%だそうですです。東京大学入学者の多くが、社会経済状態が高い子どもであるといえそうです。

これらのデータから考えると、今福氏は、保育者や教員は、現代の家庭や学校が抱えるさまざまな課題を理解し、対応していく必要があると言います。また彼は、現代社会が抱える課題は複雑化しているため、保育者・教員同士、あるいは学外の専門家との連携が求められると言います。同時に、発達は連続的なものであるため、保幼小の連携も欠かせないとも考えています。

次の課題として、今福氏は、現代社会の特徴の一つである、子育て環境におけるデジタルメディアの普及と子育てに関して考察しています。