国家的課題

アメリカは、1994年3月31日に「2000年への目標:アメリカ教育法」という法案が成立し、21世紀の世界での競争力を維持するため、2000年までに読み書き、数学、科学について高レベルの学力を身につけることを目指すことになりました。しかし、アメリカ合衆国は、目指す教育の基準や目標が各州で違っていたため、国家で統一した教育基準を作るのはとても大変でした。結局、クリントン政権の時代は実際には何も教育を改善することなく過ぎ去ったのです。

これまでの流れを引き継ぎ、前例のないほど大きな教育改革の実現を目指したのは、ジョージ・・ブッシュでした。これまでも多くの大統領が、自身のことを「教育を重視する大統領」と呼んできたそうですが、ブッシュ政権が成立させた法律「落ちこぼれ防止法」が制定されとことは、非常にインパクトが大きかったとキャシーらは言います。この法律は、NCLB(No Child Left Behind)と呼ばれています。この法律によって、学校の説明責任を徹底させ、子どもの学びを国家的課題の中心に置いたのです。

すぐに改革の具体的道筋を検討するため学習科学の専門家が招集されました。会議のために集まった科学者達は、子ども達の学力差をなくすために、政策決定者と手を携え、本格的に改革に取り組む機会がついにやってきたと思い、大きな期待を抱いていたそうです。しかし、やがて何らかの政治的圧力によって、「落ちこばれを出さない」という大義の下に、国語や算数といった限られた教科の学力をテストの点数で評価することが改革の主眼になってしまったのだとキャシーは言います。算数で学んだことをプラウニーの材料の分量を測るために使うという学びや、criticalという言葉の意味を理解して使えるかどうか確かめるために実際に文章を書いてみるという学びは、見事に忘れ去られたのです。

この後、科学者達の最善の努力も空しく、結局採用されたのは、丸暗記した知識をただ吐き出すテストだったのです。アノリカの子どもたちは、国語と算数のトレーニングばかりやらされ、科学や芸術はないがしろにされ、教わったことをそのまま答え、空欄を埋めるテストを行う、時間のあまりかからない授業が中心となったのです。ペンシルバニア州では、ペンシルバニア・システムによる学力評価テストで、子ども達が学年相当の成績をとれるように二週間テスト準備に充てることが、授業カリキュラムの中に加えられているそうです。このテストは小学三年生から始まり、高校まで続くのです。

小学四年生の段階で、子ども達の人生の行方に大きく影響する学力テストが行われます。泣き叫ぶ子もいれば、不安に襲われたり、腹痛を起こしたりする子もいるそうです。「ニューヨークタイムズ」は、テストに苦しむ子ども達の姿を繰り返し報道したのです。

スタンフォード大学のリンダ・ダーリング=ハモンドは、2011年7月にワシントンDCで行われた、セープ・ザ・チルドレン・マーチに参加し、こう語りました。

「多くの人々は『なぜここにいるの?』と尋ねるだろう。……私たちがここにいるのは、21世紀を生き抜く子ども達のためであり、よリ良い教育を目指すという私達のミッションとは大きくかけ離れた、終わりなく続けられる多肢選択型テストのためではない。」

間違った教育改革

なぜ私達は、教育玩具の力まで借りて子どもの頭を事実でいっぱいにすることが「成功」への道だと思ってしまうのだろうかとキャシーは問いかけます。何十年にもわたって、私達は色々な方法で子どもにコンテンツを覚えさせようと躍起になってきましたが、その傾向は強まる一方だというのです。知識や技能というコンテンツは、これまで学びの王座に君臨し、特に人生を決めるような重要な評価をする際に用いられてきたと言います。しかし、そこには、これからの子ども達が必要とする、幸せで、社会的な、善き市民という要素の入る余地がまったくありません。どうして私達は、子ども達を、受け身で教わる対象として捉え、事実を覚えさせることを優先し、社会的になることは二の次と考えてしまったのだろうかとキャシーらは言うのです。

その経緯について、彼女らは、20世紀半ばまで遡って説明しています。当時、アメリカはソ連(現ロシア)と冷戦状態にあり、それが教育改革を促進させることになったのです。それは、アメリカ教育改革暗黒史の始まりだったのです。1957年10月4日の『ニューヨークタイムズ』の見出しは「ソ連、人工衛星スプートック打ち上げ」でした。この歴史的事件が史上空前の教育改革を引き起こすことになり、私達に大きな影響を与えることになったのです。そして、「ロシア人が勝ったのは、彼らの学校教育が優れているからだ」という議論が巻き起こりました。最早、字宙進出竸争に留まらす、将来の人類のため、そして世界の覇権を握るための競争へと発展していったのです。1年後の1958年、学生達の学業成績を向上するために作られた国家防衛教育法が議会を通過しました。特に数学と科学の教育を強化することが急務となり、1960年代には、教師達でさえ理解するために悪戦苦闘した「新数学」と呼ばれる新カリキュラムが導入されたのです。今でもこの流れは形を変えて続いており、STEM(Science Technology Engineering and Mathematics)と呼ばれる科学・技術・工学・数学を重視する教育の重要性が叫ばれています。

次世代のスプートニクを開発する人材を生み出すために、何百万人ものアメリカ人の子どもが進むべき道をどのように変えてゆくのか。この問いに答えたのが、1983年に発表された「危機に立つ国家』というタイトルの、簡潔でインパクトのある報告書でした。著名な科学者、政策立案者、教育者が作成したもので、私達の不安を掻き立てる書き出しで始まっています。

「私達の国家は危機に瀕している。かつて私達は、商業、産業、科学、技術革新の何れの分野においても他の追随を許さない優位を保っていた。しかし今や、世界中のライバル達に追い抜かれようとしている……一世代前、こんな事態に陥ると誰が想像できたであろうか。他国の教育レベルは我々に匹敵するどころか上回ろうとしているのである。」

11年後、クリントン政権において『危機に立つ国家』でなされた提言は「2000年への目標:アメリカ教育法」として法案が提出され、1994年3月31日に成立しました。これにより、21世紀の世界での競争力を維持するため、アメリカは2000年までに読み書き、数学、科学について高レベルの学力を身につけることを目指すことになりました。具体的な義務目標は「アメリカの学生は、数学・科学の学力で世界トップになる」「アメリカの全ての成人は、読み書きできる力と、グローバル経済で勝ち抜くために必要な知識やスキルを持ち、市民としての権利を行使し、義務を果たす」というもので、要求レベルが非常に高いものでした。

6Csのレベル

キャシーは、六つのCのレベルと全体像を示しています。
レベル1では、Collaborationにおいて、「自分自身がすべて仕切る」そして、Communicationで「感情のままに行動する」、Contentでは「特定の状況について限定的に理解する」、Critical Thinkingでは「見かけをそのまま信じる」、そして、Creative Innovationでは、「とりあえず試す。やってみる」、最後のConfidenceでは、「根拠なき自信を抱く」です。
レベル2になると、Collaborationにおいて、「横並びで勝手に進める」そして、Communicationで「一方通行でお喋りをする」、Contentでは「広く浅く理解する」、Critical Thinkingでは「自分の答えを絶対に正しいと信じる」、そして、Creative Innovationでは、「手段と目標を考える」、最後のConfidenceでは、「自分の実力を相対的に見極める」です。
レベル3になると、Collaborationでは、「やり取りしながら進める」、そして、Communicationで「対話して他者の思い・考えを理解する」、Contentでは「コンテンツ同士をつなげて考える」、Critical Thinkingでは「いろいろな意見・立場をどれも正しいと捉える」、そして、Creative Innovationでは、「独自の“声”を発見する」、最後のConfidenceでは、「新しい取り組みのリスクを計算する」です。
レベル4では、Collaborationでは、「それぞれの強みを生かし弱みを補い合う」、そして、Communicationでは、「対話によって互いが満足するストーリーをつくる」、Contentでは「専門領域について熟知し直感が働く」、Critical Thinkingでは「根拠に基づき熟慮して上手に疑う」、そして、Creative Innovationでは、「変革についての大きなビジョンを持つ」、最後のConfidenceでは、「熟慮した上で失敗にひるまず挑戦し続ける」です。
キャシーらは、6Csは、このようにして成長していくと言います。そして、これから必要に応じて、このレベルを何度も見直し、自分自身に問いかけることが必要であると言います。このレベルを見ながら、我が子はクリティカルシンキングのどのレベルに到達しているだろうか、どうやって我が子に裁縫道具を与えようか、というような問いを立ててみます。また、子どもにどこまでは自由にやらせ、どこに限界を設定するか考える時にも役立つというのです。学校から子どもが宿題を持って帰ってきたら、その宿題を評価し、子どもへの間いかけを考えます。歴史に関する宿題で、年号や歴史的人物の名前や場所を訪ねるような、調べれば解るような課題だったら、知識を教えようとするのではなく、知識を使って判断するような問いを子どもに投げかけます。歴史的遺跡について調べる課題に対して、我が子がその遺跡の写真をインターネットで見つけてプリントアウトして終わりにしていたら、クリティカルシンキングする力とコンテンツを選ぶ力を高めるチャンスです。どうしてこっちの資料の方が、あっちの資料より信頼できるのだろうか?そもそも信頼できる情報を集めるには、どんな検索ワードを使えばよいか。子どもと一緒に楽しみながら考えてゆこうと言います。
6Csを活用して、生涯学び続けるために必要な新しいタイプの成績表を作ってみることを勧めています。それは、コンテンツだけに注目した従来の成績表ではありません。これからの時代に相応しい「成功」を反映した共通の価観によって、できないことを学びの種としてどうしたらできるようになるか前向きに評価するものだというのです。キャシーらは、「成功」に対するイメージを広げ、子ども達が「成功」を手にするのを助ける新しい教育の実現に向けて勇気を持って前進しようと呼びかけているのです。

21世紀スキル

真に創造的な芸術家は古典的技術を学び、熟練した技術者や電気技師が優れた発明家として活躍します。創造的なアイデアは無から生まれることはありません。学習科学の研究によって、子どもの落書きからプロの画家になるまでの創造性の発達の道筋が明らかになってきているそうです。

仕事の世界はどんどん変化しています。これからの大学卒業者は生涯に10の仕事に就き、そのうちの8はまだ存在しない仕事だと予測されています。デジタルカメラに習熟しなければプロの写真家として生きていけませんし、紙に印刷する本を考えているだけでは出版社は生き残れません。知識によって経済は牽引され、働く人は常に新しい問題にぶつかり、商品のニーズは刻々と移り替わります。2010年の4月にipadが発売されて、あっという間にパソコン市場のシェアの大半を占めるようになりました。このような時代状況を考えれば、「21世紀スキル育成のための協同事業」が行った調査で、多くの経営者がより創造的でフレキシブルな労働環境を求めていると回答したのも頷けると言います。2010年5月にIBMが発表した研究によると、グローパル企業で活躍する1500人が、創造力と複雑さのマネージメントこそ、これから最も重要になる能力であると答えているそうです。

最後のCであるコンフィデンスConfidenceです。ある時は、お気に入りの分厚い本をドアストッパー代わりにするというつように、創造力が働きますが、別の時は、一生懸命考えても全く働きません。そんな時でも粘り強く取り組むコンフィデンス(自信)を持つことで、すぐ諦めることなく、失敗を乗り越えようとします。最初の解決法が、うまくいかなかった時、自分自身の気持ちと行動をコントロールすることが、粘り強く取り組みためには重要です。

落ちる危険性があるといってジャングルジムで遊ぶのを許されない子どもや、正解を出すことでのみ認められ、別のやり方で問題を解くことを奨励されない子どもをよく見かけるとキャシーは言います。学習科学では、教え込みたい気持ちの根底にある、失敗を恐れる気持ちについて多くの研究がなされています。子どもが熱いストーブを触って火傷しないように、雑踏の中を歩いているうちに迷子になってしまわないように、周囲の大人は子どもを保護しがちです。しかし、探索したいと強く思う気持ちと新しい考えを試してみようとするコンフィデンスがなかったら、エジソンは電気を発明することはできませんでした。知識労働者が主体となる時代に、経済を活性化するカギは、理性的に判断した上でリスクを積極的に受け入れる自信を持つことにあるとキャシーは言うのです。

彼女は、もしあなたが、子どもの発達と教育を学習科学者の目で見れば、あなたの子どもは思慮深く判断し、自信を持って行動する人として成長し、iPadに続く、それを超える発明をするかもしれないし、ヘミングウェイを超える偉大な作家になるかもしれないと言います。6Csはこのような「成功」に向かって用いる地図のようなものだと言います。6Csはばらばらの能力ではありません。夫々の「C」を共に用い、夫々のスキルが別のスキルの発達を促しながら、成功へ近づいていくというのです。

本当に必要なもの

ハーバード大学教育大学院の認知科学と教育の教授であるハワード・ガードナーは、知識というコンテンツの意味を広げ、真・善・美ということも含めるべきだと主張しています。相互に繁がり合っている世界では、美学や道徳は文字や数字の学びの添え物ではないとキャシーは言います。朧月の周りの美しい円環に感動し、バスで老人に席を譲る心を持つことこそ、むしろ本質であると言えると彼女は言います。私達は次から次へ大量の新しい情報を受けとらざるを得ない時代に生きており、そんな時代をうまく生き抜いてゆくには、素早く効果的に選別する必要があると言います。新しい情報を速く、戦略的に取り入れて、考えるための基盤を作るのがコンテンツの達人であるというのです。私達はコンテンツの達人になることで、しつかり判断して考え、創造的なイノベーションを行う人になれるのであるというのです。

次のクリティカルシンキングCritical Thinkingについては、コロンピア大学のディアナ・キューンが、どのような段階を経て発達してゆくかについて明らかにしたそうです。ヒトは4歳ぐらいの「見た目が全て」というレベルからスタートし、証拠をしっかり見極めて思慮深く判断する裁判員のようなレベルへとクリティカルシンキングの力を伸ばしていきます。但し、ここ10年来の政治状況を見れば解るように、大人になればクリティカルシンキングできるようになるわけではないと言います。

私達は爆発的に情報が増える時代の中に生きています。グーグルのCEO、エリック・シュミットは、私達が文明を手にしてから2003年までに蓄積された情報量と同じ量の情報が、今ではたった二日で生み出されると計算しているそうです。また、ビジネスリーダー達は、知識は2年で倍増すると考えているそうです。たとえこれまで作り出された情報を全て覚えたとしても、2年半後には全情報最の50%、5年後には25%しか覚えていないことになります。

一歩引いて考え、何が本当に必要か見極め、答える必要のある問いを選ぶ、クリティカルシンキングの力を発揮できる人こそ、これからの時代において目指すべき人物像であるとキャシーは言うのです。こうした人物は、研究者が実行機能スキルと呼んでいる能力を備えていて、古い解決法のままで新しい問題に取り組もうとするのではなく、過去の事例や方法を活かして、うまく現在の問題を解決する新しい方法を考え出します。クリティカルシンキングするには集中力が必要で、問題を深く掘り下げ、関連する事実をずっと保持しながら、問題を解決してゆくのだというのです。ここで、実行機能スキルの必要性が出てきましたね。

そして、クリエイティブイノベーションCreative lnnovationは、コンテンツとクリティカルシンキングを共に働かせた結果生まれると考えます。子どもはとらわれなく、自由気ままに創造力を発揮します。色画用紙に描かれていた棒で家族を表したり、マッシュポテトを渦巻きの模様にして、波立つ海を表現したりします。しかし、創造性の研究者は、コンテンツを身につけず自由に発想しても創造性は育たず、むしろ、コンテンツを身につけることがクリエイティブイノベージョンへの道であると言っているそうです。

六つのC

ヒトは進化の結果、生まれながらに他者を意識するようにプログラムされています。私達は本質的に社会的存在なのだというのです。これからのビジネスモデルはチームで働くことが中心になり、そのことをチームで学ぶ必要に迫られているというのです。自分をコントロールしてコラボレーションすることは、私達全てに求められるスキルの中核であり、子ども、大人を問わず、社会的に有能であるための基本だとキャシーらは言うのです。

このコラボレーションを基盤にして築かれるのは、つぎのコミュニケーションCommunication です。赤ちゃんは、大好きな大人が目の前にいると、未だ言葉が喋れなくても、喃語で「会話」します。「原始家族フリントストーン」のアニメに出てくる赤ちゃんのキャラクターのように、赤ちゃんは周りにいる人を魅了する才能を発揮し、自分の欲しい物やしてもらいたいことを伝えます。10か月の子はまず、好きなおもちゃの方を見て、王様のように優雅に指差し、命令するように唸り、欲しいものを手に入れるという、効果的なコミュニケーションを用いることができると言います。

生まれつき持っている社会的な基盤を使って、子どもは最初のコミュニティを周囲の大人と一緒に作りあげていきます。まず「話し手」になり、大人の会話をメロディーとして聴き、自分を取り巻く環境の状態について学び、一角獣や歯の妖精のようなフィクションの世界を楽しむようになります。読み書きのスキル、そして今や失われつつある「人の言うことに耳を傾ける」スキルは、親と幼児との初期のやりとりから芽生えます。コミュニケーションスキルの強さが、より健康な状態を育み、学業と関連するスキルの高さに関連するという研究結果もあります。

次のCのコンテンツContentは子どもの発達にとって大事な六つのスキルのうちの一つに過ぎないといいます。私達は、身の周りの人、場所、物事、事件から情報を手に入れるので、コミュニケーションする力が高まらないとコンテンツも豊かになりません。また、新しい情報に出くわした時に、どんな戦略をとりアプローチをするかという、どう学ぶか学ぶスキルもコンテンツに含まれると言います。

赤ちゃんは、床は這うところで、壁は通り抜けられないと学び、段々と知識を作りあげていきます。昔の研究者は、赤ちゃんは世界を混沌としたものと提えていると考えていました。しかし、発達心理学の研究の進歩によって、それは全くの誤りだと解りました。赤ちゃんは耳にする言葉をいくつかのパターンに分けて認識しているというのです。また、生後8か月までに耳にする言葉を統計的に分析していることもわかりました。こんなにも早く言葉の学びを開始し、急速にリテラシーを発達させる2,3歳の時に、大量の語彙を身につけることができる素地を作っていたのです。

最初の1年で子どもは物体の属性について学ぶ物理学者になります。更にヒトという同じ種に属する仲間、つまり他者をよく観察し、模倣する熟練した社会学者になります。3,4歳になれば、形を分類し、レーズンの数を数え、数と幾何の感覚を発達させます。しかし、読み、計算することだけがコンテンツではありません。子ども達は学び方を学び、カードゲームをしながら記憶力を高めていきます。キャシーが子どもたちと、「アイ スパイ(I spy」という物当てゲームをしたとき、彼女が「Sで始まるもの」と言う時に無意識に「四角(square)」を「見ている( I spy)」のを見抜けるようになりました。

これから必要となる共通スキル

技術が急速に進歩した場合、私達が必要とするスキルは、父母の世代や祖父母の世代に必要だったものとは大きく異なるでしょう。簡単に言えば、いまだ世界において優勢な教育方法は、時代の変化に追いついていないとキャシー氏らは言うのです。世界中の組織が、これまでのやり方に疑問を抱き、変わろうと模索しているのに対して殆どの学校では、これから目指すべき方法とは正反対のやり方がまかり通っているのだと指摘します。

カナダのオンタリオ州は、これから必要となる共通スキルによって教育を再構築し、最先端の教育を既に始めているそうです。州教育のミッションステートメントでは、21世紀を生き抜く子ども達を育てるために必要な共通の到達目標を定義しているそうです。それは、オンタリオは、思いやりがあり、創造で、責任感のある大人を育成するために、健康で幸せな子どもと若者をサポートする環境を作ることを目指すというものです。そこで、キャシー氏らはこのオンタリオ州の目標に少し言葉を足して、これから目指すべき姿をまとめてみています。それが、次のものです。

「私達は、学校の内外を問わず、健やかて、思慮深く、思いやりがあり、他者と関わって生きる、幸せな子どもをサポートする環境を作る。そんな子どもが、やがて、他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する、責任感溢れる市民となり、社会を活性化する。」

もし、これが、共有すべき目標を示しているならば、この目標を目指す挑戦こそ、私達が取り組むべきミッションではないかというのです。しかし、この目標は、私たちが目指しているものと、全くと言っていいほど、共通なものを感じます。ここには、子どもに育ってほしい力を環境を通して行うことを中心に据え、それを他者と協力して、望ましい市民として、社会を構成することを表しています。そこで、キャシーとロバータは、そのレベルの高いミッションをどのようにしたら達成できるかということを提案していきます。

彼女らの提案は、今まで私たちがよく目に触れるような抽象的なことではなく、意外な視点を持ちます。それは、子ども自身からであり、子どもの学びを研究する科学からだというのです。どのように子どもが学ぶか研究することで、これからの子どもが身につけてほしい、システムとして統合的に働くスキルが見えてきたと言うのです。このスキルこそ、「はじめに」で述べた「6Cs」であるというのです。

繰り返しますが、6Csとは、「Collaboration.Communication.Content.Critical Thinking.Creative Innovation.Confidence」です。これから、それぞれについて、詳しく説明していきます。

まず、コラボレーションCollaborationです。私たち人類は、誕生した瞬間から、乳児は家族というコミュニティに入り、家族のメンバーとの接し方をコントロールするために、初期のコラボレーションを発揮します。コラボレーションしながら、文化のパターン、人によって反応を変える方法、交代する方法、一緒にレゴを組みてて経験を共有する方法、社会的な状況で自分をコントロールする方法を学び、次第に本当のコラボレーションができるようになっていきます。

本当の学び

キャシー氏とロバータ氏は、子どもはどのように学ぶか研究を続けてきた科学者の立場から、この現状にどう立ち向かってゆくか考えています。彼女らの目標は二つの単純な問いに集約されます。一つは、あなたにとって子どもの「成功」とはどういうことかです。そして、もう一つは、あなたの文化や生活スタイルを活かし、どのような方法で子どもの「成功」を実現するか?です。そのために、彼女らは、学びと教育についての新しい定義を示し、子どもが多様な道をたどって「成功」を目指す時に、信頼できる情報に基づいて判断できるようにサポートしたいと言います。

本当の学びは何種類もの言語が描かれている赤ちゃん用モビールによって生まれるものではないと強調します。巨大な教育産業は、魅力的なメッセージで誘いかけてくるので、思わず信じてしまいそうになります。しかし、取りこまれてはいけないと警告します。

さらに、あともう一つ挙げています。それは、子どもがどれだけ事実を覚えたかチェックするテストで良い点数をとるだけでは、やはり、真の学びとは言えないということです。国連の事務総長による教育についてのグローバルイニシアティブと言われている国際指針はこう指摘しているのです。

「世界は地球規模で解決が求められる大きな課題に直面している。相互に関わりを持つ地球規模の挑戦は、全ての人々の尊厳のために、私達がどう考え、行動するか、大きな意識変革を要求している。一人ひとりが、読み、書き、計算できるようになるだけでは、教育の目標として不十分だ。教育は変わり続けるものであり、重要な価値観を生み出すものである。……教育は、また、私達の日々の生活に繋がる大きな問題について答えを出すものでなければならない。」

今、世界のどこにおいても、教育について議論する際に、まず取り組まなければいけないと考えられている課題は、中核となるいくつかの価値観と到達目標を作り出すことだとキャシー氏らは言います。ティーチ・フォー・オールというような、アメリカから発展してできたグローバルな教育団体のネットワークのウェンディ・コップ達のチーム、セサミストリート、ブルッキングス研究所のグローバル・エデュケーション・イニシアティブ、そしてニューヨーク科学アカデミーでさえも、21世紀において「成功」するためには、「対話する能力」が全ての子ども達にとって最も大事なスキルとなることを認識しているそうです。このティーチ・フォー・オールは、アメリカ、イギリス、チリ、インド、中国など世界26か国が加盟し、有望な未来のリーダーを教師として派遣することで、教育格差を解消するための活動をしています。そして、これらのスキルは、グローバルな視野を取り入れながら、文化の違いを意識して伝えられるべきだと考えられているそうです。衣服でたとえてみるとこのことがよく解るだろうと言います。衣服は、二本の腕と二本の足を入れられるようにするという制約がありますが、それ以外のデザインは文化によって様々な違いがあって構いません。グーバル化が進み、世界は小さくなり、地理的な境界線も曖味になった結果、西洋社会に生きる子ども達は、画一化したスキルを身につけるように強いられていますが、文化ごとに衣服のデザインが異なっていいように、それぞれの文化によって違いがあっていいのではないかというのです。

教育的価値

アメリカでも、日本や中国のような過熱した早期教育が行われているようです。しかし、よく行われているような早期教育は、いくら科学的には根拠がなく、今後子どもたちに求められる力は、時代の変化によって大きく変わってきていることを、力説しても、なかなか変わらない状況は、いわゆる先進国と言われている国の、一部の富裕層では共通していますね。

しかも、その対象はどんどん年齢的に下がってきているそうです。アメリカでは、「あなたの赤ちゃんは文字が読める(Your Baby can Read)」というような商品の売上は数百万ドルに上るそうですが、乳児の言語発達の専門家は、これを裏づける科学的根拠はないと断言しています。ですから、ある研究者は、テレビのコマーシャルでこの手の商品が紹介されるのを見ると、思わず「あなたの赤ちゃんは読めないよ! (Your baby CAN’T read!)」と叫んでしまうと言っています。

階段を下りてゆくバネのおもちゃのスリンキーや小麦粘土は、どんな教育的価値があるのかはっきりしないので、親は買いたがらないと言います。しかし、実際には粘土で何か形作ったり、おもちゃの電車の線路を組み立てたりする時に、子ども達は空間認知について学んでいるのだと言われています。また、おもちゃのお城で遊びながら、鎧に身を包んだ騎士のお話を創作して、言葉の力を自然に伸ばしていきます。しかし、親達は、こういったことには目もくれず、子どもが将来有名大学に進学することに直結する学びを手に入れようと夢中になると言うのです。

しかし、問題は、頭の中に事実を詰め込んでも、ちょっと指を動かせば簡単に情報が手に入る現代では子どもの「成功」に繋がらなくなったということだとキャシーらは言うのです。グーグルやウィキペディアを検索すれば、ほんの数秒で知識を得られます。もちろん、アルファベットや九九を覚えなくていいというわけではないと言いますが、これからの社会を生きる子どもが直面している課題は、日々私達が手にする大量の情報を仕分けし、優先順位をつけて、活用することだというのです。

では、これからの子ども達に求める姿はどのようなものでしょうか?雑誌『フォーチュン」に選ばれた優良企業500社の共通認識は、これから会社にとって重要な仕事は、覚えることでは教えられない思考スキルを持った人達によってなされるということだというのです。雇用する側が必要だと考えているのはどんな能力なのでしょうか。どうしたらもっと信頼できる形で新しい意味での「成功」を評価できるのでしょうか。更にどうしたらその評価に基づいて考えようとする文化を作り出すことができるのでしょうか。もしかしたら、今回の新型コロナの世界的流行は、教育を見直すきっかけになるかもしれません。

「卓越した教育に関する国家委員会」は、子どもの教育に失敗したアメリカは、今後、経済優位性を失う恐れがあると強く警告を発しているそうです。また、全米教育経済センターは、アメリカの学校は未だに1953年の労働環境に合わせた教育を子ども達にしていると批判しています。

早期教育の検証

日本では、ソニー創始者の一人である井深大氏がその著書『幼稚園では遅すぎる』による影響で、1970年ころから早期教育ブームが起きました。ちょうどその頃、アメリカでも精神科医ボウルビーを始めとして乳児期は愛情豊かに育てるムーブメントが起きており、極端に刺激のない環境では赤ちゃんラットの脳が育ちにくいことを示唆する実験も話題になっていました。そこで、欧米でも日本同様、早期教育ブームがありました。

そんな風潮の中、欧米では多くの科学者によって早期教育の批判的検証がすぐに行われました。その結果,「脳がやわらかいうちに…」「3歳までに…」といった早期教育ブームのキャッチコピーの多くが「神話」とみなされるようになりました。そこで、乳幼児期には、どのようなことが大切なのか、それは、早期教育が必要ないということではなく、何が将来の学力に影響するのかが提案されるようになりました。しかし、日本ではそのような批判的検証はほとんど「輸入」されなかったようです。早期教育ブームは反省知を得ること無く続き,やがて日本独自の理由による次のムーブメントと融合することになります。

早期教育を見直すことを先延ばしにした日本での理由に、名門の中高や大学にほぼ無試験で進学できる私立幼稚園や私立小中学校の「お受験ブーム」がありました。そのための塾も、「お受験塾」として早期教育を煽ったのです。そして、それは「神話」や「ブーム」の域を超えて、一大マーケット化していくとともに、近年では認知神経科学と言われる脳科学の知見も、その知見の断片が切り取られて、いかにも早期教育の科学的根拠であるかのように使われているのです。

私は、必ずしも、早期教育を否定するものではありません。きちんと「エビデンスベースト」と言われるような科学的根拠に基づいて、本当に意味のある早期教育を子どもたちに経験させてくことは必要なのです。キャシーらも、最近の状況を、「時代にそぐわない早期教育の罠にはまる親達」と名付けて、警告を放っているのです。アメリカの誕生を迎えた赤ちゃんに対して、皆の期待を背負っている様子を紹介しています。

「お腹の中の娘がこの世に誕生するのはまだ2か月先なのに、一般的には、出産前に妊婦さんをお祝いするパーティをするために、親しい仲間で集まり、食事やお茶をしながら妊婦とお喋りをし、ゲームをしたり、プレゼントを贈ったりする。そこでは、教育者、医者、弁護士の友達は、彼女か将来、次世代のアメリカ初の女性国務長官であったマデレーン・オルプライトとかヒラリー・クリントンになることを願い、沢山のプレゼントを持ってきていた。ラベンダー色のリボンのついた、紫と白の縞模様の箱を開けると、孔雀のぬいぐるみが出てきた。孔雀の羽は、様々な色に塗り分けられていて、それぞれの羽には、英語、スペイン語、中国語の三か国の言語でその色の名前が書かれていた。まだ喋れないうちから赤ちゃんはこれらの言葉を目にするのだ。」

こうした教育玩具が巷に溢れ、親達は、アルファベットや数字を学ばないとあなたの子どもは失敗する!という暗黙のメッセージにさらされていると言います。早期から知識を覚えれば、より優れた脳が育ち、そうなれば良い仕事に就くことができて、高収人を手にし、豊かな暮らしを送れるというわけです。実際にプレイニーベイビーという名のおもちゃがあり、右脳と左脳を別々にトレーニングするDVDが付いているそうです。しかし、真っ当に研究している神経科学者は、赤ちゃんはもちろん、成人についても、これまで唱えられてきた右脳・左脳教育法は根拠のないものだと結論づけているというのです。