山口氏は、“「家族の幸せ」の経済学”という本の「あとがき」で、こうした研究は、何が真実で、何が「神話」であるのかを明らかにしてくれますが、科学的根拠だけで、私たちがどう生きるべきかを決められるわけではないとも言っています。たとえば、母乳育児には子どもの健康にとってさまざまなメリットがあることが明らかにされたわけですが、一方で、少なからず手間もかかるわけですし、そのほかにもそれぞれの事情によって、母乳育児を行わないという選択も「家族の幸せ」に繋がりえるのではないかというのです。
そこで、このような助言もしているのです。「すべての物事には良い側面もあれば、悪い側面もあります。だから、それらを総合的に考慮した上で、あなたと家族にとって何が幸せにつながるのかを、あなた自身が選び取ってください。」
科学的研究は、私たちがよりよい選択をする上での助けにはなりますが、「何が自分にとっての幸せなのか」までは教えてくれないというのです。あなた自身の価値観に従って、科学的根拠を知った上で、自分自身と家族の幸せを考えてみてほしいというのです。
この本の中では、すべての章を通して、海外の事例を分析した研究を多数取り上げています。私たちの関心が高いのは、もちろん日本についての研究なのでしょうが、必ずしもすべての話題について、信頼性の高い研究が、日本のデータを用いて行われているわけではないというのです。残念ながら、アメリカやヨーロッパの国々と比べると、日本のデータは質量ともに劣っていることが少なくないと山口氏は言うのです。貧弱なデータでは、私たちが十分に信頼して日々の暮らしに役立てられるような知見を得ることは難しいというのです。
また、第6章で述べた離婚後共同親権など、いくつかの社会制度は日本がかつて経験したことがないものもあります。そうした社会制度を日本に導入したときに何が起こるかを考えるには、やはり、それらをすでに経験した諸外国の事例から学ぶのが一番の近道だと彼は考えているのです。
もちろん、海外の経験がそのまま日本に当てはまるわけではありませんので、彼は、海外の研究を紹介する際には、日本にはどの程度当てはまるのかに気をつけながら解説を行ったそうです。日本と海外では多くの異なる点があるのですが、それでも多くのことを海外から学ぶことができるというのが彼の実感だそうです。
海外の経験から多くを学べるとは言うものの、やはり、日本のデータで日本の制度を分
析した研究が、私たち日本人にとっては最善だと言います。しかし、そうした研究の最大の障壁になっているのが、データ不足と質の低下だと指摘します。人々のプライバシー意識の高まりから、年々調査に協力してくれる人の割合が低下し続けているそうです。また、公的な調査においても、予算が割かれなくなるようになり、その質に重大な懸念が抱かれるようになってきたようです。
そこで、途中でも言っていましたが、再度山口氏は、「私たちの社会をより良いものに近づけていくためにも、あなたが調査を依頼されるようなことがあれば、ぜひ協力をお願いします。公的な調査では、プライバシー保護に十分な配慮がなされています。また、みなさんの貴重な税金が統計調査に使われることにもご理解いただきたいと思います。適切な統計調査がなされることで、はじめて私たちは自分の社会の姿を正しく理解することができるのです。」と結んでいます。