自制能力

レバレッジの高い支援の例はもう一つあるとタフ氏は言います。それは、「シカゴ学校準備プロジェクト(CSRP )」という、ニューヨーク大学の心理学者、シベリー・レイバーが開発した教員向け能力開発プログラムです。低所得層の人園前教室に参加する子どもたちの自制能力を強化し、教室で過ごす日々が教師・子ども双方にとってストレスの少ないものになることを狙いとしています。CSRPに参加する教員は、教室運営のテクニックの訓練を受けます。どうやってきっちり日課と向きあわせるか、望ましくない行動をどう正すか、子どもたちが感情を管理するのをどう手伝うか。すべておちついた雰囲気の教室を実現するためのテクニックです。メンタルヘルスの専門家も各教室につくのですが、子どもとおなじくらい、教師の心の健康にも気を配ります。

レイバーはこのアプローチを「双方向性の自制モデル」と呼んでいます。教室の空気はフィードバックの循環によって決まる、とレイバーは考えています。ごく幼いころの有害なストレスのせいで自制能力がうまく発達しなかった子どもたちは、入園前の教室で何かを要求されるとたいてい感情をあらわにするか、粗野なふるまいをします。そこで教師が対立をうまく扱う訓練、あるいはストレス反応をうまく抑えきれない子どもの爆発に対処する訓練を受けていないと、対立をエスカレートさせてしまうからです。それがさらに子どもの爆発を激化させてしまうのです。教室は敵意と怒りに満ちた場所になり、子どもは脅かされていると感じ、教師はストレスで燃え尽きてしまうのです。そして、行儀よくふるまうこと自体が、年間を通じて最大の課題になってしまいます。

しかしレイバーの主張によれば、フィードバックの循環は反対の方向にも働くというのです。もし1年の最初から教室が安定していれば、明確なルールがあり、一貫性のある規律が保たれ、悪い行動を罰するのではなく、よい行動に注目することかできれば、子どもたちは脅かされていると感じることもなく、建設的でない衝動をより、うまく自制することができると考えられるのです。こうして子どもたちの行動が改善され、教室に割り当てられたメンタルヘルスの専門家のサポートを受けることもできれば、手強い4歳児を教えるというストレスの避けられない仕事のなかでも、おちつきとバランスを保っていられるというのです。

最近発表されたCSRPのランダム化比較試験の結果によれば、入園前の一年をCSRPの教室で過ごした子どもたちには、その一年が終わった時点で、対照群の子どもたちよりも格段に高い注意力と、衝動を抑える大きな力と、よりよい実行機能の働きが見られたそうです。自制能力の改善は、静かに座っていられる、指示に従うことができる、気が散る出来事があっても集中力を保てるといった行動面と、認知能力の両方に表れていたそうです。CSRPの恩恵を受けた子どもたちは語彙も多く、綴りも計算もうまくできたそうです。しかし教師たちが受けた訓練には、教科指導は含まれていませんでした。子どもたちの成績があがったのは、対立や不調和に気を散らされることなく、教わっている内容に集中できたからだったのです。教室の環境を変えることで、勉強が楽にできるようになったのです。

ケアの質

エデュケアでは現在、長期にわたるランダム化比較試験をおこなっているそうです。これがあと数年で完了した際には、プログラムの効果が決定的に立証されるはずだと言います。初期段階の結果からすでに、エデュケアに参加した子どもに強力な効果が見られているそうです。1歳の誕生日を迎えるまえにエデュケアに入った子どもの多くは、幼稚園に入るころには基礎的な知識や言葉の理解において国内の平均に追いついており、アタッチメントや自制心といった非認知能力においてもほかの子どもたちに追いついているそうです。また、エデュケアの提唱者らによれば、経済的な側面から見ても、こうした子どもたちを遅れたまま放置せずに幼稚園の時点で格差をなくしておくことから生じる利益は、それをしなかった場合にかかる経費、つまり特別教育、少年法整備、社会福祉の費用を考えればエデュケアのコストを払っても余りあるというのです。

子どもたちは毎週多くの時間をエデュケアのセンターで過ごします。しかもごく幼いうちから通うので、プログラムは当然、5歳になるまでの発達を大きく左右することになります。深刻な貧困のなかで育つ子どもが同年代の恵まれた子どもたちに追いつくためには、これくらい生活全般に関わる、子どもがどっぷり浸かれるほどの支援が必要なのだとタフ氏は主張します。

しかしここまで集中的ではなく、かかる費用も少ない介入を試し、子どもたちの日々の生活環境における重要な要素に狙いを正確に定めて働きかけることで、特大の効果をあげようとする取り組みもあるそうです。たとえば「みんなが家族」というオール・アワ・キンという取り組みです。現在コネチカット州の三つの都市で運営され、1500人あまりの子どもたちの面倒を見ているそうですが、一人にかかる費用は年間900ドルを下回っているそうです。これほど効率がいいのは、幼児期の介入に関する議論でつねに見過ごされてきた部分、つまり無認可の児童保育施設を改善することに力を注いでいるからだそうです。こうした無認可施設では、子どもたちは最低限の世話しか受けられず、身に危険が及ぶこともあります。オール・アワ・キンは自治体に強く働きかけ、こうした無認可施設を自分たちの「ファミリー・チャイルド・ケア・ネットワーク」に登録させるよう呼びかけているそうです。このネットワークでは、施設側は無料で定期的な保育訓練を受けられるそうです。さらに、2週間に一度、高度な保育テクニックの見本を示し、長期的な指導や助言を提供する指導者の訪間を受けるそうです。

ネットワークのおかげで、保育施設のケアの質が変わりました。データによれば、ネットワークに登録している保育所は、同市内の未登録の保育所よりも、子どもの発達に大きな貢献をしているそうです。タフ氏はニューヘイヴンにあるオール・アワ・キンの関連施設を二カ所訪問したそうですが、二カ所とも最貧困地域にある小さな、ばろほろの家で、贅沢な設備とは無縁であるものの、保育スペースは清潔で明るく、整理整頓されており、本や、お絵かき道具や、ごっこ遊び用のおもちゃなどがたくさん置かれていたそうです。保育者は世話をする乳幼児に気持ちを集中し、どちらの施設でも預かっていたのは五、六人だけでしたが、いつでもサポートできるように子どもが動揺したり、小さな対立が起こりそうになったときに、気を逸らすか、あるいは抱きしめることかできるように待ち構えていたそうです。

エデュケア

ABCやFINDは、乳幼児の家庭環境を深いところから少しずつ変え、親子関係をゆっくり変えることで、子どものその後の人生を改善しようとするものです。これと似た心理学のアプローチで、子どもたちが幼いうちに過ごす家庭以外の場所を改善しようとするプログラムもあるそうです。そうした介入のうち、最も徹底しているのは「エデュケア」です。エデュケアはアメリカ各地にある幼児教育センターのネットワークで、低所得層の子どもたちのために丸一日の預かりと幼稚園を提供しており、生後6週めから5歳までを対象としています。

21のセンターで3000人を超える子どもの世話をするエデュケアを見てわかるのは、きわめて貧しい家庭の子どもでも幼稚園に入るまえに学ぶ準備を整えることは可能ですが、そのためには集中的な早期の介人か必要であるという事実だとタフ氏は言います。もちろん、いうまでもなくそれには費用はかかります。現在のエデュケアでは、一人に年間およそ二万ドルかかるそうです。これは郊外の高級住宅地にある公立高校にかかる金額とだいたいおなじだそうです。しかし、エデュケアに参加している家庭は授業料を払っていないそうです。それは、資金の約16パーセントが慈善家からの支援と、残りは国の「ヘッドスタート」「アーリー・ヘッドスタート」の資金や、貧困世帯向けの補助金から出ているからです。

一般的に、エデュケアに参加している子どもたちは最貧困地域で深刻な問題を抱えた家庭に暮らしていることが多く、統計的に見ても、入園の時点ですでに同年代の子どもたちからあらゆる面で大きく遅れをとっているのです。実際、研究によれば、裕福な家庭の子どもたちと貧困家庭の子どもたちのあいだの学習到達度の差は、5歳になるまえにひらくそうです。そして多くの場合、その差は幼稚園から高校卒業までひらいたままなのです。エデュケア・プログラムでは、不利な背景を持つ子どもたちがこの差を解消するためには、二つのことが必要だと考えられています。一つは、3歳か4歳で質の高い就学前プログラムに参加して文字や数字をしつかり覚えると同時に、人とつきあう能力、みずからやる気を高める能力、心の強さなどの基礎を安定させておくこと。しかしそれよりもまず、幼稚園に入るまえに、人生最初の3年間を、大人との温かいやりとりが成立する環境で過ごす必要があるとされています。それが家庭で得られないのなら、エデュケアが提供する場所で手に入れなければならないのです。

タフ氏が訪問したタルサとシカゴとオマハのセンターは、すべてすばらしい設計で運営も円滑だったそうです。自然光がたつぶり入る部屋、しっかりとつくられた遊具、きちんと教育されたプロのスタッフ。エデュケアの方針では、読み書き算数の能力と同様に、非認知能力の発達を促すことも強調されているそうです。センターにいる子どもたちは、前頭前皮質を強化し、健全な実行機能の発達を促す養育環境に囲まれているのです。彼が見学した就学前児童の教室の環境は、どれも子どもの興味をそそる刺激的なもので、しかも温かくおちついた雰囲気だったそうです。乳幼児の部屋では、子どもたちは抱かれたりゆるく揺らされたりしなから、言葉や歌や読み聞かせに耳を傾けていたそうです。たとえ子どもたちの自宅がストレスのたまる場所であっても、日々センターで経験する共感に満ちた対応が、混乱した家庭の悪影を乗りこえるための大きな助けになる。エデュケアのディレクターはそう信じているのです。

ビデオ使用

ドージアと研究者らがABCプログラムの里親を含む親と子への影響を調べると、複数の指標にプラスの効果が見られたそうです。ある研究で判明したところによれば、プログラムによる10回の家庭訪問を受けた里親の家庭では、子どもたちは非常に高い割合で安定したアタッチメントを示し、よりうまく自分の行動を制御できるようになったそうです。また、子どもたちのストレスのレベルも改善したそうです。重要なストレスホルモンであるコルチゾールの毎日の上昇、下降のパターンが、ストレスの高い里親家庭の子どもによくある異常値を示さなくなったのです。それどころか、プログラムを受けたあとの子どものコルチゾールのパターンは、問題のない実の親の家庭で暮らす子どもとほぼ変わらなくなったというのです。

クイーンズ訪問の数週間後、タフ氏はユージーンにあるオレゴン大学のストレス神経生物学・ストレス予防研究所を訪れたそうです。ここでは心理学者のフィル・フィッシャーを中心とするチームが、親への介入プログラムの研究を進めてきています。彼らのプログラムは多くの面でABCと似ていますが、一つだけ大きなちがいがあります。子どもの不安やストレスを引き起こす親の行動を減らし、アタッチメントの構築や自己調整のできる子を育てるためのツールとして、デジタルピデオによる記録動画を使うのです。

フィッシャーが2010年に導入したビデオ使用プログラムは「発達を助けるやりとりの撮影」と呼ばれています。根底にある戦略は、マルガリータがステファニーにしていたのとおなじこと、つまり親子のやりとりのなかで最も子どものためになる行動に親の注意を向けさせることです。FINDでは、マルガリータのようなコーチがその場その場で指摘するのではなく、記録した動画から望ましい瞬間をクローズアップし、注意深く見なおすことで、親の意識に鮮やかに焼きつけるのです。

FINDプログラムを使おうとする社会福祉機関は、訓練を受けたコーチのチームを雇います。このチームは毎日、危機的状況にある家庭をいくつか訪問します。家に着くとビデオカメラを設置し、訪問中の親子のやりとりをすべて、通常30分ほど録画します。夜になるとその日のビデオが編集され、子どもとってプラスに働いた三つの場面だけが残されます。次回の家庭訪問のときに、コーチはノートパソコンやタブレットでそのビデオを再生して親に見せます。要所要所で止めながら、なぜそのやりとりが大切で、子どもにとってプラスになるのかを親と話しあうのです。

フィッシャーは、FINDの根幹にある考え方をタフ氏に説明したそうです。「たとえ逆境そのものの家庭環境でも、子どものためになるやりとりは起こっています。そうした家庭の親に、うまくできないことばかりを意識させるよりも、たった一つのプラスの瞬間に照準を合わせるのです。その瞬間をスロー再生し、目を向けてもらう。親に伝えたいのは、“新しいことを覚える必要はなく、あなたがすでにしていることを見ればいい”ということです。そういう瞬間をもっと増やせば、子どもは変わります」

このように、ABCやFINDは、乳幼児の家庭環境を深いところから少しずつ変え、親子関係をゆっくり変えることで、子どものその後の人生を改善しようとするものです。

いい対応

タフ氏らが家にいた時間の大半を、ジュリアナはマルガリータが持ってきたプラスティック製の、カップがひとまわりずつ小さくなって、すべてを重ねると最も大きいカップのなかに全部きっちり収まるセットであるスタッキング・カップで遊んで過ごしました。途中、ステファニーとマルガリータがイザベラのことを話していたときに、ジュリアナは食べていたクッキーをぼろぼろに崩して一つのカップに入れはじめました。その後突然、ひと握りのクッキーをステファニーとマルガリータに向かって投げつけたのです。「駄目でしょ」ステファニーはジュリアナのほうを向いて穏やかにいいました。「そこらじゅうにクッキーをまき散らさないの」

「いいの!」ジュリアナがいい返しました。ステファニーから1メートルほど離れた場所に、白いコットンのズボンとピンクのシャッという格好でふてぶてしく立っていました。

ステファニーは赤ん坊を抱いたまま立ちあがりました。「じゃあ、もうクッキーはおしまいね」

「やだー」ジュリアナはかん高い声で答えました。

「いいえ、もうおしまいよ、クッキーがわたしのいる場所まで飛んできたんだから」ステファニーは手を伸ばし、ジュリアナが握りしめたクッキーの残りを回収しました。「それをこっちにちょうだい。はい、ありがとう」

ジュリアナは泣き声をあげはじめました。「だめー!」

ステファニーはキッチンのゴミ箱へ向かい、クッキーのくずを捨てました。「座って」「やだ!」そうはいいながら、ジュリアナは椅子のそばに行って腰をおろしました。そして自分の手を見おろしながら悲しそうにいったのです。「もう、やだ!クッキーがなくなってる!全部なくなってる」

「そう、クッキーはもうおしまい」ステファニーがいいました。

ジュリアナは立ちあがって泣きはじめました。このときには、ステファニーは居間に戻っていました。そして膝をつき、ジュリアナにスタッキング・カップの一つを手渡しました。「ほら、座って。これで遊べるでしよう。でもクッキーはおしまいよ」

ジュリアナはちょっと鼻をすすると、またスタッキング・カップで遊びはじめたのです。「大丈夫?」ステファニーが尋ねました。ジュリアナはうなずきました。

二人とも大きなカップを見ていました。ジュリアナがそれをひとまわり小さなカップに入れようとしますが、うまくいきません。

「それはそこに入るの?」ステファニーが尋ねました。「ほら、こうよ」

黙って座ったまま一部始終を見ていたマルガリータが、ステファニーのおちついた接し方を褒めたのです。「いい対応だった。ずっと冷静だったし、子どもがつくったきっかけにうまく乗った」ステファニーは微笑みました。

些細な出来事でしたが、ステファニーのどの選択が助けとなって、ジュリアナが大きく動揺しなくて済んだかがよくわかります。ステファニーは終始声を荒らげず、ジュリアナの関心をべつのものに向けさせ、ルールは断固として譲りませんでしたが、ジュリアナの感情に同情を示したのです。べつの選択をしていたら、たとえば追いつめられた母親が思わずやってしまうような反応をしていたらジュリアナのふるまいを自分への攻撃と捉え、大声で叱り、罰や仕返しにこだわってなかなか次の行動へ移らなかったら…。ジュリアナのストレスのレベルは、この日の午後だけでなくその後もずっと高いままだったでしょうとタフ氏は述べています。

家族への介入

2015年7月のじめじめした日、タフ氏はニューヨーク市クイーンズの労働者階級の居住地区、セント・オールバンズを訪れ、ステファニー・キングの家で午後を過ごしたそうです。ステファニーは、ジュリアナとイザベラという姉妹の養母です。ジュリアナはもうすぐ二回目の誕生日を迎える気立ての優しい女の子で、イザベラはまだ赤ん坊でした。彼がこの家に来たのは、マルガリータ・プレンサの家庭訪問を観察するためでした。マルガリータは、アタッチメントと生物学的行動の回復支援(ABC)と呼ばれる家庭訪問プログラムで親のコーチを務めています。現在ニューヨーク市の四つの場所で実施されているこのプログラムは、児童保護や里親支援の仕組みの一環だそうです。デラウェア大学の心理学者メアリー・ドージアがつくりだしたもので、アタッチメント心理学の理論を重視しています。

里親家庭にいる子どもはたいていそうですが、ジュリアナも困難な環境に生まれついていました。母親はヴァレリーという名の20代前半の女性で、ジュリアナが生まれたときにはニューヨーク市の女性保護シェルターで生活していました。生後一カ月のころ、ヴァレリーは週末のあいだ面倒を見てほしいといって、友人のステファニーとそのパートナー、カネイのもとへジュリアナを預けたのです。ところがその週末が終わると、ヴァレリーはジュリアナを引きとれないといいだし、迎えには来ずに、ジュリアナの服とほんのすこしのおもちゃを小さなバッグに詰めて送って寄こしたのです。以降、ジュリアナはステファニーとカネイの保護下にありますが、ステファニーはいまも定期的にヴァレリーと会っており、ヴァレリーもようやく親権を取り戻そうと努力しはじめたのです。タフ氏がステファニーの家を訪ねる数カ月前、ヴァレリーは2番めの子どもイザベラを産みました。イザベラもステファニーとカネイの家で暮らしはじめるまでに、長い時間はかかりませんでした。

こうした不安定な状態は、里親の家で暮らす子どもの発達を阻害します。それでもジュリアナは、タフ氏が一緒に過ごしたときに見たかぎりでは大丈夫そうでした。これはステファニーとの関係に負うところが大きいようです。ステファニーは髪を赤く染めた30代前半のアフリカ系アメリカ人で、親しみやすい笑い声とひとひねりのあるユーモアのセンスの持ち主です。

ABCプログラムでは、親や里親が幼い子どもとのつながりを、それもできるだけ密度の濃いつながりを築けるように、マルガリータのようなコーチが家庭訪問をおこなって支援するそうです。タフ氏がステファニーとジュリアナを観察しているさいちゅうも、マルガリータは二人のお互いへの反応を見ながらコメントをつづけました。「子どものつくったきっかけに上手に反応したわね」「ほんとうにうれしそうな、いい笑顔!」「ジュリアナか泣きだしたとき、あなたはこの子のおでこを撫でた。いい対応だった。愛情のこもったしぐさね」こうした言葉をかけることの目的は、子どもに対する小さな反応に自覚を促すことなのです。親子間のつながりやアタッチメントを強める行動を褒め、そこへ注意を向けさせることで、マルガリータはステファニーがよりよい子育てをできるように手助けをしていたのです。その際、まちがいを批判するよりも、うまくいった点に言及することで、よい子育てにむすかしい理屈はいらないのだと強調していたのです。実際、ステファニーはすでにたくさんのことをうまくこなしていたのです。

アタッチメントを育む

人生を不安定にする貧困などの要因のせいで多くのストレスにさらされている親は、ストレスのない親の場合よりも、子どもに対して配慮の行き届いた、おちついた反応をすること、つまり安定したアタッチメントを育むことがむずかしいと言われています。しかし近年、親が望ましい行動を学習することは可能であるとの理解が進み、研究者の関心を集めているそうです。貧困層の親に対してアタッチメントを育むアプローチを勧める取り組みは比較的容易だというのです。子育てへの介入が成功するとき、アタッチメントを育むことを狙いとしていなくても、結果としてそれができることもあるというのです。たとえばナース・ファミリー・パートナーシップのような健康に重点を置いた介入でも、あるいは「子どもと一緒に本を読もう」プログラムでも、ジャマイカの実験のようなものでもいいのですが、家庭訪問によってもっと子どもと遊んだり、本を読んだり、話したりすること、いい換えれば、もっと子どもとのやりとりを増やすことを親に促しているうちに、親の行動が安定したアタッチメントを育てる効果を生むことがわかったのです。

では、ストレスで疲弊した親とストレスで疲弊した子どものあいだに安定したアタッチメントを築きたいと思うなら、最良のアプローチは基本的には「情報」なのでしょうか?安定したアタッチメントにつながる行動やテクニックを、親に教えればいいのでしょうか?パンフレットか何かをつくって親に配れば、それで安定したアタッチメントに恵まれる子どもが増えるのでしょうか?

残念ながら、そう単純な問題ではないとタフ氏は言います。対面での遊びや、おちついた声でのやりとり、微笑み、温もりのあるふれあいなどの特定の行動がアタッチメントを育む助けになるのは確かですが、多くの親にとって、とりわけ逆境に暮らす親、あるいは自身が子どものときにアタッチメントを形成できなかった親、あるいはその両方にあてはまる親にとって、望ましい子育てを阻むいちばんの障害は、推奨される行動のリストを覚えられないことではないと言います。ほんとうの障害は、親自身がイライラしていたり、睡眠不足や鬱気味の状態にあったりして、泣き叫ぶ子ども、汚れたおむつをしてろくに昼寝もしてくれない子どもの相手をする気になれないことなのです。疲れきった親たちに必要なのは情報だけではありません。事実、アタッチメントに焦点を合わせた家庭訪問の成功例を見ると、子育てのヒントだけでなく、心理面、感情面の支援が提供されているのです。訪問者が共感や励ましを通して、子どもとの関係について気を楽にさせ、親としてこれでいいのだという安心感を持たせているのです。

アタッチメントを育む介入が正しく導入されれば、親も子どもも変わるというのです。ミネソタ大学では、虐待が報告されたことのある137の家庭を対象としたべつの研究がおこなわれたそうです。対象となったのは、自身が過去にネグレクトや虐待を受けて育った親が、新たに自分の子どもを持った家庭です。そうした家庭が対照群(コントロールグループ)と処置群(トリートメントグループ)に分けられ、前者は自治体からの標準的な福祉を受け、後者は親子関係に焦点を合わせたカウンセリングを一年間受けました。その年が終わる時点で、しつかりとしたアタッチメントが築けた子どもは対照群では2パーセントしかいなかったのですが、処置群では61パーセントにのぼったそうです。これはきわめて大きな差です。貧困層の子どもたちの将来の幸せにとって、非常に大きな意味を持つ結果であるとタフ氏は考えています。

親子関係への介入

ナース・ファミリー・パートナーシップでは、母親たちを無作為に三つのグループに分け、どのグループの母親にプラスの効果があるかを研究しているそうです。どのグループで、子どもへの虐待が減り、逮捕されるような事態が避けられ、生活保護の受給が減るのか?どの家庭では子どもたちの精神の発達や学校の成績への大きな影響は見られませんが、母親の知能テストのスコアが低かったり、精神状態が悪かったりする家庭では、介入によって子どもたちの学業成績が実際に改善されたそうです。

子どもの語彙や読み書きのスキルをターゲットとした介入には、それほど確かなエビデンスはないそうです。この種の介入は、子どもが幼いころに接する話し言葉・書き言葉は親の階級に大きく左右されるという現実を前提としているからです。裕福な家の子どもたちはたいてい、より多くの本や印刷物に接しています。また、裕福な親は低所得層の親よりも子どもに多く、いくつかの概算によれば、はるかに多く話しかけます。使う言葉そのものもより複雑です。こうした傾向は、入園時に低所得層の子どもたちに言語面での大幅な遅れがあることの説明になります。

こうした現実を踏まえ、多くの研究者らがこの差を縮めるための実験的なプログラムをつくりだし、もっと子どもと話したり本を読んだりするようにと低所得層の親たちに勧めたそうです。しかし、このプログラムが長い目で見たときにほんとうに貧困層の子どもたちの言語能力の改善につながっているのかどうか、信頼に足るエビデンスはなかなか見つからないとタフ氏は嘆いています。乳幼児は、親が言葉を教えることに専念している瞬間だけでなく、つねに親から言葉を吸収しています。ですからもしあなたが親であり、限られた語彙しか持っていなければ、多くの低所得層の親はそうなのですが、子どもの語彙を豊富にするのはむずかしいとタフ氏は言うのです。

そんなこともあって、いまでは最も見込みの高いアプローチは三番めのカテゴリー、つまり親子関係をターゲットとした介入だと考えられているそうです。このカテゴリーの介入の多くは、心理学の用語でアタッチメント(愛着)と呼ばれる現象を子どもの側につくりだすことを狙いとしているようです。1950年代にイギリス、カナダ、アメリカの研究者らが発見したところによれば、生まれて最初の12カ月のうちに温かく気配りの行き届いた子育てを経験した子どもは、多くが親と強い結びつきを形成します。研究者たちはこれを「安定したアタッチメント」と名づけました。この結びつきによって、子どもの心に安心感と自信が深く根づきます。心理学の用語でいう「心の安全基地」ができるのです。これがあると、成長したときに自力で思いきって世のなかの探検へと乗りだしていけるようになると考えられています。そうした自信と自立は、現実の世界で役に立つのです。1970年代にミネソタ大学ではじまった長期にわたる研究によれば、1歳の時点で母親とのあいだに安定したアタッチメントが見られた子どもたちは、幼稚園では注意深く、物事に集中することができ、ミドル・スクールでは好奇心とレジリエンスを示し、高校を中退することなく卒業する確率が著しく高かったそうです。

保護者への介入

1986年、ジャマイカの首都キングストンにある最貧困地域で、西インド諸島大学の研究者のチームがある実験をはじめたそうです。30年以上にわたるこの実験は、親への介入の効果について数々の証拠を示してきたそうです。129人の乳幼児とその家族を対象とした実験で、開始当初、この乳幼児たちには肉体面、あるいは精神面でなんらかの発達の遅れがありました。対象の家庭は四つのグループに分けられました。一つは、有資格の研究者による一時間の家庭訪問を週一回受けるグループです。この研究者は、子どもと遊ぶ時間をもっと取るように、例えば、絵本を読みきかせたり、歌を歌ったり、いないいないばあ遊びをしたりするように親を指導しました。二つめのグループは、牛乳由来の栄養補助食品を毎週一キロずつ受けとります。三つめのグループは、補助食品と家庭訪問の両方を受けます。四つめのグループは対照群で、何もしません。

介入そのものは2年で終了しましたが、チームはその後も子どもたちを追ってきたそうです。その子どもたちはいまでは三〇代前半になっています。結果をいうと、子どもの人生に大きな変化をもたらしたのは栄養の補助ではなく、もっと子どもと遊ぶようにという親への指導だったそうです。指導を受けた親の子どもたちは、子ども時代をよりうまく乗りきったのです。知能指数のテストの成績がよく、攻撃的な行動はすくなく、自制ができたそうです。こんにち、大人になった彼らの年収は、家庭訪問を受けなかったグループの子どもたちよりも平均して25バーセントも高いそうです。収入を含むあらゆる尺度から見て、発達に遅れのあった子どもたちが、まったく発達遅れの徴候のなかった同年代の子どもたちに追いついているそうです。

ジャマイカの実験で、貧しい親への家庭訪問には、予算を割いてもいいだけの潜在的効果があるとわかりました。しかし訪問者による親への指導がごく一般的なものでしたので、実験後にふたつの重要な疑問が残ったそうです。まず、親のどの行動がいちばん大事だったのか?どういった方向づけが、不利な条件下にある親たちにさらに、訪問者からのどの指示が、その大事な行動を取らせたのか?

こうした疑問への答えについては、まだ不確かな部分が多いそうです。こんにちのアメリカでは、家庭への介入方法はおおまかにいって三つあり、競合するものもあれば、部分的に重なるものもあるそうです。一つはおもに子どもの健康をターゲットにしたものです。もう一つは子どもの認知能力、とりわけ語彙と読解能力をターゲットとしたものです。三つめは、子どもと親との関係をターゲットにしたものです。

こんにちアメリカで最も広くおこなわれている家庭訪問プログラムは、おもに健康に焦点を合わせたものだそうです。ナース・ファミリー・パートナーシップと呼ばれるプログラムでは、有資格の看護師を低所得の妊婦、ほとんどが10代の未婚女性ですが、彼女らのもとへ派遣しています。現在、3万を超える世帯がこのプログラムに登録しているそうです。看護師は2年半のあいだ定期的に母親のもとへ通い、煙草をやめさせたりといった健康指導をおこない、子どもを安全に育てる方法や、母親自身の生活をうまく軌道に乗せる方法などについてアドバイスをしているそうです。

配分の偏り

入園前プログラムに教育的価値があるかどうかは、プログラムが質の高いものであるかぎりは、貧困層の4歳児が幼稚園で必要とされるスキルを伸ばすためには、確かに役立ってはいます。しかしそれでも、限られた公的資金の大部分を入園前プログラムに費やしていたのでは、3歳未満の子どもとその親を支えるプログラムのための資金が、ほとんど残らないのではないかとタフ氏は指摘します。ある見積もりによれば、アメリカでは幼い子どものための公的資金のうち、3歳未満の子ども向けのプログラムに費やされるのはたったの6パーセントだそうです。残りの九四パーセントは3歳児向け、4歳児向け、5歳児向けのプログラムに使われているのです。タフ氏は、この配分の偏りは問題であると言います。いまや、のちの成功に影響を及ばす脳の発達は、人生の最初の3年間に起こるとはっきりわかっているのだからといいます。まさに、これは最近私の講演の中の中心的なテーマです。とうぜん、これは、脳の感受性の発達が大きな根拠になっていますが、タフ氏は、どのような説明をするのでしょうか?

彼は、ごく幼い時期に発達する能力は、数や文字を操る能力ほど簡単に入園テストで測れるわけではないが、まさに実行機能と密接に関わるものであるというのです。研究者らが最近になって結論づけたところによれば、この能力は、一つの活動に長期間集中する能力、指示を理解しそれに従う能力、失望や不満と折り合いをつける能力、ほかの生徒とうまくつきあう能力などですが、この能力は、幼稚園でもその後の学校生活でも、非常に重要になるということがわかっているのです。

低所得層の子どもたちの非認知能力をごく幼い時期に育てたいと願う者にとっていちばんの問題は、入園前プログラムで経験できる程度のつくられた体験では、あまり実行機能を発達させる助けにならない点であると彼は言います。実行機能は、環境との相互作用を通して形づくられるというのです。その環境の中心となるのは、親やまわりにいる大人たちだというのです。しかし、これが政策の立案者にとってはジレンマにつながっていると指摘します。親や世話人、そして彼らが子どものためにつくりだす環境こそが、子どもの将来を改善するためにごく幼い時期に使える最も有効な道具なのですが、乳幼児への語りかけをどんなふうにするか、子どもとどういったやりとりをするか、テレピをどれくらい見せるかといった親の行動のプライベートな部分を行政による介入のターゲットとすることには、多くの人々が抵抗を覚えるために難しいのです。

このジレンマは現実の問題であり、解決策を見つけるのは容易ではないとタフ氏は言います。しかし最近彼は、ルポを書くにあたって、幼時期の子どもの環境、とりわけ人生の最初の三年の環境に焦点を合わせて活動するいくつかの組織に出会ったそうです。それは、親をターゲットとしたものもありますし、子どもを支えて育む環境を、家の外につくろうとする試みもあるそうです。どれも完璧ではないそうですが、貧困層の子どもたちの人生に早い段階で介人するための新しい指針になるかもしれないとタフ氏は期待しています。