四つの要因

フェルドマンらは、10歳までの子どもの発達に影響を及ぼしうる四つの要因をあげてい

ます。①三つ子以上を出産する多産、②お母さんの産後うつ、③早産、④戦争や災害などによる反復性の心的外傷です。

多産の場合には、三つ子のうち1名が子宮内発育不全になる割合が三分の二ほどあるそうです。子宮内発育不全の子どもは、認知や社会性の発達が遅れ、問題行動がみられやすくなると言われています。反復性の心的外傷は、たとえば戦争を経験するとストレス耐性が弱くなり、心的外傷後がストレス障害や精神疾患にかかる可能性が高くなるようです。

では、2番目の産後うつと3番目の早産については、どのような影響を及ぼすのでしょうか?今福氏は、それについて、詳しく述べています。

産後うつはお母さんが出産後に発症するもので、不安、緊張、抑うつ感、罪悪感などの精神症状と疲労感、頭痛、食欲不振などの身体症状がみられます。産後うつは、およそ10~15%のお母さんが経験すると言われています。産後うつの原因としては、外的要因としては、育児にともなう不安や悩みなどのストレスや身体的な疲労、配偶者のサポートの欠如などがあげられます。さらに、体の内部では、産後はホルモンバランスの急激な変化が起こります。たとえば、エストロゲンやプロゲステロンなどの女性ホルモンは、妊娠後に多く分泌されるようになりますが、産後は女性ホルモンの分泌量が大きく低下するそうです。女性ホルモンの減少は、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の働きに負の影響を与えます。神経伝達物質育が不活性化すると、前頭葉の機能が落ちることで意欲や思考が低下してしまうというのです。

今福氏は、まず、そもそも、養育行動はどのように生じるのかを説明しています。赤ちゃんが生まれると、養育者は赤ちゃんの見た目や肌触り、匂いなどの感覚刺激を受け取ります。このとき、感覚の受容にもとづく養育への動機づけが起こると言われていますそれが、「赤ちゃんへの注目」です。その後、赤ちゃんへの接触(タッチ)、発声、授乳などの「反射的な養育行動」が行われます。そして、赤ちゃんとのかかわりによって誘発された感情は、「感情制御」をすることで対処する必要があります。最終的に、なぜ赤ちゃんが泣いているのか、もしくは笑っているのかなどの状態を把握するために、共感や心の理論などを通して「認知」します。このような「赤ちゃんへの注目」「反射的な養育行動」「感情制御」「認知」というプロセスが正常に機能することによって、適切な養育行動が行われるのです。

では、産後うつは、養育行動にどのような影響をもたらすのでしょうか。はじめて子どもを出産した初産のお母さんとその5ヶ月児を対象に、お母さんの子どもとのかかわり方とうつ症状との関連が調べられたそうです。まず、いつもどおりお母さんが子どもと2分間かかわった後に、次の2分間はお母さんが無表情のまま子どもとかかわります。最後の2分間は、お母さんがいつもどおり子どもとかかわろうとします。このとき、お母さんが無表情になると、たいていの子どもは不快な情動状態になります。その結果、うつ症状の強いお母さんは、最後の2分間に子どもの不快な情動状態を軽減する行動をとることがむずかしい傾向にあったそうです。また、うつ症状が強いお母さんでは、対乳児発話をすることや発話自体の頻度が少なく、授乳や寝かしつけなどの行動についても頻度が少ないことがわかりました。うつ症状が強いお母さんは、養育行動が特異になる傾向があるようです。

胎児期の環境

これまでの解説を読むと、心の発達は生後早期から始まっているようです。同様に、どのような環境で過ごすかによって、子どもの発達は大きく左右されると考えられるのです。生後の環境が発達に及ほす影響について、今福氏は事例をあげて説明をしています。

ヒトの脳の発達をみてみると、脳は生まれるまでの間に加速度的に発達します。チンパンジーの胎児の脳体積の発達と比べると、その差異が明確だそうです。ヒトの出生時は脳の重さはおよそ400グラムですが、その後、成人ではおよそ1400グラムになります。このように、脳の構造や機能がめまぐるしく発達する時期において、環境での経験はどのような影響を及ぼすと考えられているのでしょうか。

近年、医学系の分野において、発達初期の環境が成人期以降の疾病リスクに影響を及ぼすという考え方が提唱されています。DOHaD仮説と呼ばれている説です。DOHaD仮説とは、胎児期の環境が成長後の健康・疾病リスクにかかわるという考えで、たとえば、お母さんが肥満傾向、もしくは痩せ傾向にあると、胎児に届く栄養が偏り、将来的に肥満や生活習慣病のリスクが上昇すると言うのです。

それは、様々な母親の生活習慣が赤ちゃんに影響を与えることを訴えています。お母さんが摂取したものは、胎盤を通じて胎児に届きます。したがって、健康を害するものが取り込まれると胎児にも悪い影響がでる可能性があるのです。たとえば、お母さんが喫煙をするとどうでしょうか。喫煙によって、ニコチンや一酸化炭素が胎児に運ばれます。これらの物質は、末梢血管の収縮をひきおこし、血流の悪化や血液中の酸素を奪う働きをします。

飲酒はどうでしょうか。お母さんがアルコールを摂取すると、胎児の血中のアルコール濃度が上昇し、胎児が先天性の異常である胎児性アルコール症候群になる可能性もあります。胎児性アルコール症候群では、子どもの発育遅延、中枢神経の障害(学習、記憶、注意の持続、コミュニケーションなどへの負の影響)、特異的顔貌(目が小さい、唇が薄いなどの顔の特徴)などの症状がみられます。これらのことにもう少し気がつくことが必要です。いろいろな言い訳をして、また、周囲の影響がなさそうな例を出して、そんなことがないと自分に言い聞かせている姿を見ることがありますが、子どもたちを相手にしている仕事であれば、少しのリスクでも避けなければなりません。

数々の研究成果をまとめたレビュー論文においても、胎児期に飲酒や喫煙にさらされた子どもは、不注意や衝動性に特徴づけられるの発症リスク、攻撃性の高さや犯罪などの問題行動、認知機能の低下のリスクが増加することが認められています。これらの子どもへの影響は、一日にグラス一杯という軽度の飲酒や、お母さんが受動喫煙をした場合においても報告されているそうです。このように、喫煙や飲酒は身体・脳の発達に負の影響を与える恐れがあります。また、飲酒や喫煙は、妊娠37週未満で出生する早産や2500グラム未満という低出生体重での出生、流産などのリスク因子となることがわかっています。

フェルドマンらは、10歳までの子どもの発達に影響を及ぼしうる四つの要因をあげてい

ます。①三つ子以上を出産する多産、②お母さんの産後、うつ、③早産、④戦争や災害などによる反復性の心的外傷です。

語りかける大切さ

マツダらは、養育経験のない成人男性と女性、喃語期である生後8ヶ月前後の赤ちゃんをもつお父さんとお母さん、二語文を話す幼児のお母さん、小学一年生の児童をもつお母さんを対象に、対乳児発話を聴取しているときの脳活動を、fMRIを用いて測定しました。その結果、生後8ヶ月前後の赤ちゃんをもつお母さんでは、ことばを聞くことにかかわるウェルニッケ野と、ことばを話すことにかかわるプローカ野において、大きな脳活動がみられたそうです。しかし、それ以外の対象者では、当該領域の大きな脳活動はみられなかったそうです。それは、どういうことを表しているかというと、生後8ケ月前後の赤ちゃんをもつお母さんは、いつも赤ちゃんに対して話しかけているので、対乳児発話に対する脳の感受性も高くなるということのようです。さらに、発話の運動にかかわるプロ―カ野の活動は、社交性や活動性の高さにかかわる外向性か高い人ほど強くなったそうです。これは、よく赤ちゃんにかかわろうとする性格特性であるパーソナリティをもつお母さんほど、赤ちゃんに対してことばを伝えようとしていることを暗示していることが考えられます。同様に、お母さんの対乳児発話に対する感受性の高さは、日常場面で「わんわん」などの育児語を使用する頻度の多さと関連するそうです。今福氏は、育児に対応した脳は、赤ちゃんとのかかわりの中で育まれるのかもしれないと考えているようです。

また、うつ傾向が強いお母さんは、生後3~4ヶ月の自分の子どもに対乳児発話で語りかける時間が少なく、子どもの発声に応答するのも遅いそうです。対乳児発話は、乳児期における音韻や語彙の獲得を促すため、うつ傾向が強いお母さんによる対乳児発話の使用の少なさは、赤ちゃんのことばの発達に負の影響を及ばす可能性があるといわれています。

ことばは、赤ちゃんが音声や発話を見聞きし、発声することで発達します。大人の語りかけは、赤ちゃんがことばを学ぶ環境になるのです。今福氏は、「ことばが発達するしくみを理解して、より良いことば環境をつくることが、大人の重要な役割です。」と助言をしています。

これらの会話に関する研究は、いかにこどもへの大人からの言葉がけが大切であるかということで、保育でも重要な示唆を与えてもらえます。しかし、私は今後の研究に期待したいことは、会話は赤ちゃんと大人との関係だけでなく、子ども同士の関係の中でも行われます。それは、まだ言葉の出ない赤ちゃんでもお互いに表情や身振り、手振りで必死に会話をしている姿を見ることが多いからです。その関わりが、将来の音韻や語彙の獲得に影響するのかということのほかに、話そうとする意欲や、相手の気持ちに共感することでの会話の質の高さに影響するのだと思っています。

また、子ども同士の会話は、かつての家庭の中では、兄弟の中で行われてきました。それは、年の違う子ども同士の会話です。いわゆる異年齢同士の会話からは、大人との会話ではない、違う力が育つような気がしています。もう一つ、赤ちゃんにとって重要な会話の相手にお年寄りがいると思います。それは、相互にとって意味あることだと思っています。もちろん、これからは、他民族との会話も重要かも知れませんが、社会の中で生活をしていく上で、様々な年齢の人との会話がとても重要にも関わらず、子どもたちの環境の中からは、特に乳幼児期の環境からは親子以外の人との会話がなくなってきています。かつての様々な人に囲まれての育児が必要になってきますね。

歌いかけ

なぜ、歌いかけのときに、赤ちゃんは話者の口を一番長く見たのでしょうか。その理由の一つに、視覚情報の顕著性が高かったことが考えられると今福氏は言います。実際に、話者の口の動きを分析した結果、歌いかけ条件、対乳児発話条件、対成人発話条件の順で、口の運動変化量が大きい傾向だったそうです。また、聴覚刺激の音響特徴を分析したところ、歌いかけ条件はほかの条件に比べて、平均周波数が高く、話速が遅く、周波数の範囲が狭い傾向にあったそうです。歌いかけの誇張された口の動きや音響特徴が、話者の口元の顕著性を高めた結果、赤ちゃんは歌いかけている話者の口を最も長く見たと考えられると今福氏は考えています。以前、紹介したように、話者の口を見ることは、赤ちゃんのことばの発達に効果的です。したがって、歌いかけによる赤ちゃんとのかかわりは、発話の視覚情報の利用を促進し、ことばの発達に寄与する可能性があることになるのです。

また、歌いかけは、赤ちゃん―大人―モノの三項関係の構築に影響を及ばすかもしれないと今福氏は考えています。大橋らは、12~13ヶ月の赤ちゃんを対象に、大人による絵本の読み聞かせ方の違い、つまり対成人発話、対乳児発話、歌いかけの場合によって、顔や絵本に対する赤ちゃんの注意の向け方にどのような影響がみられるかを、視線計測装置を用いて検討したそうです。その結果、歌いかけのときに、赤ちゃんは絵本を読んでいる大人の顔を最も長く注視したそうです。顔は、読み手の心的状態が表れると言われています。したがって、歌いかけによる絵本の読み聞かせが、読み手の心的状態と絵本を関連させて理解することを促す可能性を示唆していることになるのです。

歌いかけの効果は、ことばの発達に限らないと言います。歌いかけには、ストレス反応の指標であるコルチゾール値を収斂させて、赤ちゃんの覚醒度を安定させ、注意を維持する効果があることがわかっているそうです。乳幼児期の感情の制御や注意機能は、後の実行機能や自己制御などの認知能力の発達や問題行動と関連することもわかっています。歌いかけによる赤ちゃんとのかかわりは、安定した内部状態を基盤とした発達を支えるのに有効であるかもしれないと今福氏は考えているようです。

子育てにおいて、対乳児発話や歌いかけはあらゆる国や文化でみられるようです。アマノらは、子どもが0~5歳の期間に、およそ1ヶ月おきに母子の相互作用を観察し、お母さんの発声を分析したそうです。その結果、子どもが生後18~24ヶ月の二語文を話しはじめる前後の期間に、お母さんの発声の基本周波数が変化することがわかったそうです。つまり、二語文が始まる前には、お母さんは子どもに対して高い声で話しかけ、二語文が始まった後にはそれほど高い声で話しかけないようなのです。養育者は、子どもの発達段階に応じて語りかける音声のピッチを調整しているということになります。この結果も面白いですね。自然とそうなっているのです。

では、養育者が行う独特な語りかけの背後には、どのような神経基盤があるのかということを紹介しています。マツダらは、養育経験のない成人男性と女性、喃語期である生後8ヶ月前後の赤ちゃんをもつお父さんとお母さん、二語文を話す幼児のお母さん、小学一年生の児童をもつお母さんを対象に、対乳児発話を聴取しているときの脳活動を、fMRIを用いて測定したそうです。

対乳児発話

養育者を含む大人は、赤ちゃんに対しての対乳児発話は、大人に向けて話す対成人発話に比べて、対乳児発話はピッチが高く、ピッチの範囲が広く、すなわち抑揚があり、発話がゆっくりであるという音響特徴をもっているそうです。また、歌いかけもピッチが高いという音響特徴をもちますが、対乳児発話に比べて発話の速度がさらに遅く、一息中のピッチ変化が小さという特徴をもっているそうです。このような大人の発話スタイルは、赤ちゃんにどのような影響を与えるのかを今福氏は考察しています。

赤ちゃんは、対成人発話よりも対乳児発話を好み、対乳児発話に比べて歌いかけを選好することがわかっているそうです。このことは、対乳児発話や歌いかけが、赤ちゃんの注意をひきつける特性をもつことを示しているということになります。ホマエらは三ヶ月児を対象に、朗読された抑揚のある音声と、声の抑揚を平坦にした音声を聴いたときの脳活動を比較検討したそうです。その結果、声の抑揚を平坦にした音声に比べて朗読された音声に対し右側頭部でより強い活動がみられたそうです。これは成人でもみられることだそうですが、乳児期の早い段階で、韻律の情報が右の側頭葉で知覚処理されていることを示していることになります。それはどういうことかというと、赤ちゃんは生後早期から音声の抑揚に感受性をもつために、対乳児発話や歌いかけを好むということがわかります。

さらに、これらの発話は、赤ちゃんのことばの発達に寄与することがわかっているそうです。たとえば、お母さんが対乳児発話のように抑揚をつけて赤ちゃんに話しかけているほど、およそ生後12ヶ月の時点で、子音の音声を区別する能力が高く、日常生活で大人が赤ちゃんに対して対乳児発話を使用する時間が長いほど、生後24ヶ月の時点で話せることばの数が多くなることがわかっているそうです。しかし、大人の発話スタイルに着目したこれまでの赤ちゃん研究は、音声刺激のみに対する反応を分析したものがほとんどだそうですが。

大人が対乳児発話や歌いかけで赤ちゃんに語りかけるときに、視覚情報である口の動きはどのような意味をもつのでしようか。グリーンらは、大人が対乳児発話で話しているときと、対成人発話で話しているときの口の動きを、モーションキャプチャという人間の動きを数値化する装置で測定したそうです。その結果、対成人発話に比べて対乳児発話で発話した場合において、話者の口の運動量が顕著に大きくなることが明らかになったそうです。それはどのようなことを意味するかというと、大人が赤ちゃんに対乳児発話や歌いかけで語りかけるときには、聴覚情報に加えて、視覚情報が誇張されるのです。視覚情報が誇張される場合に、赤ちゃんは話者の口をより長く注視する可能性があるのです。

そこで今福氏らは、大人の発話スタイルの違いが、話者に対する赤ちゃんの顔注視行動に及ぼす影響を検討したそうです。参加児の月齢は、話者の口を注視する傾向が出現し、喃語を話しだす6ヶ月児、および初語を発話しはじめる12ヶ月児にしたそうです。参加児が観察する映像には、保育者である大人の女性が対成人発話、対乳児発話、歌いかけのうちのどれかの発話スタイルで絵本の一節を朗読しているものを使用し、映像視聴中の赤ちゃんの視線反応を、視線計測装置を用いて測定したのです。その結果、発話スタイルの違いによって、話者に対する赤ちゃんの口注視行動が変化したそうです。すなわち、6ヶ月児と12ヶ月児は、対成人発話条件と対乳児発話条件に比べて、歌いかけ条件で話者の口を長く注視することがわかったのです。

赤ちゃんの会話

発話を介した相互作用の代表的な形態として、ターンテーキングという話者交代があると言います。ターンテーキングとは、話し手と聞き手が交互に話者になることを指すそうです。発話を介したターンテーキングは、音声器官が発達しており、さえずるものが多いスズメ目スズメ亜目である鳴禽類の鳥やアフリカゾウ、原猿類、サルなどでもみられているそうです。一方、同じターンテーキングでも、ヒトとほかの動物との間では差異もあると言います。動物のターンテーキングはヒトに比べて、その文脈が限定されていると言うのです。たとえば、動物は警戒や求愛などの限られた場面でターンテーキングがよくみられると言うのです。

大人同士の会話では、ターンテーキングにおける一つの発話の長さがおよそ2秒であり二者の発話間間隔はおよそ250ミリ秒と非常に短く、発話間の重なりはほとんどみられないそうです。この短時間で、聞き手は、①話し手の発話が何を意図しているかを予測して理解し、②発話内容の理解、調音を通して発話をする準備を行い、③話し手の発話の終結を韻律の手がかりから推測し、④その終結後に発話をする、ということをしなければならないのです。このように行うことを列挙すると、随分と難しいことを瞬間に行なっているのですね。ターンテーキングを行うには、話し手と聞き手のそれぞれが話者の心的状態を理解する必要があります。そのため、ターンテーキングをより長く継続するには、他者の心的状態の推測に関係するメンタライジングが必要であると考えられます。また、二者間における発話のターンテーキングでは、自他の視点変換にかかわる側頭・頭頂接合部が中心的な役割を果たしていることになるそうです。

発達的観点からみると、赤ちゃんと大人における発話のターンテーキングは生後2ヶ月から観察され、大人同士のターンテーキングとは異なる特徴をもっているそうです。たとえば、赤ちゃん同士のターンテーキングでは、双方の発話の重なりが顕著にみられるそうです。これは、乳児期にはターンテーキングにかかわる神経基盤の発達が未成熟であることが考えられています。生後3、4、5、9、12、18ヶ月の赤ちゃんとお母さんの自由遊び場面を観察した研究では、赤ちゃんの月齢が9ケ月以前の場合と比べて、それ以降の月齢の場合に、赤ちゃんとお母さんの発話間間隔が長くなることがわかったそうです。また、ここにも最近私が気になっている「9ヶ月」という時期が示されています。この生後9ヶ月は、自己―他者―モノの三項関係が始まり、相手の意図が理解できるようになる時期だと言われています。ターンテーキングには、相手の意図を推測する必要があるため、生後9ヶ月の時期にターンテーキングの質が変化すると考えられます。赤ちゃんは有意味語をほとんど話すことはできませんが、大人と「会話」をしていることになるのです。

私たちは赤ちゃんや子どもとかかわるとき、わらべうたや手遊びをします。このときにみられる音声には、どのような特徴や効果があるのかということを今福氏は説明しています。

養育者を含む大人は、赤ちゃんに対して対乳児発話や歌いかけなど、特徴のある音声を用います。対乳児発話は、赤ちゃんに話しかけることで、マザリーズとも呼ばれるそうです。

外国語学習

社会的認知とことばの発達の関係は、外国語学習においても重要であることがわかってきたそうです。たとえば、生後9~10ヶ月の英語圏の赤ちゃんは、中国人が目の前で中国語を話してかかわった場合では、新奇な言語、この場合は、中国語の音韻を学習したそうです。一方で、画面越しに中国語を話す人が出てくる映像を視聴するだけでは、中国語の学習はできなかったそうです。このクールらの研究結果は、他者との対面(ライプ)での相互作用が、赤ちゃんの外国語学習の音韻学習に効果を及ぼすことを示していることになります。

では、なぜ他者との対面での相互作用が外国語学習に効果があるのでしようか。クールは二つの要因をあげて説明をしているそうです。第一に、対面での相互作用は、赤ちゃんの注意を引く効果があります。対面と映像を比較すると、得られる情報量は前者の方が圧倒的に多いと考えられます。第二に、対面で相互作用する人は、ことばの学習に重要な視線、指さしなどの参照的情報を、赤ちゃんの反応に応じて提示することができます。

クールらは、さらに、赤ちゃんの共同注意の能力が、外国語の音韻学習にかかわることも示しました。生後9.5~10.5ヶ月の英語圏の赤ちゃんが、外国語であるスペイン語を話す大人とモノである絵本とおもちゃを介して遊ぶ1回25分間のセッションに、一ヶ月間で計12回参加しました。そして、セッション中の赤ちゃんの行動を分析し、セッション後の外国語の音韻を区別する能力を、ミスマッチ陰性電位の測定によって評価したそうです。実験の結果、セッション中に大人の顔とモノを交互に注視する頻度、視線追従が多かった赤ちゃんほど、スペイン語の音韻の違いに対するミスマッチ陰性電位の反応が強いことがわかったそうです。それは、どういうことかというと、共同注意は、モノとその名前を対応づける役割を果たし、語彙の獲得に重要であるということを示しているのです。また、語彙の獲得は、語彙を形成する音韻の学習につながります。ですから、共同注意をより多く行うことで、外国語の語彙の学習が行われたために、音韻の知覚が向上した可能性が考えられると言うのです。このような知見は、乳児期から外国語をどのように学ぶかの参考になるのではないかと今福氏は言うのです。

そのような研究結果から、今福氏はこんなことを言っています。「現在、日本においては英語教育の低年齢化が進んでいます。英語は2011年に小学五年生から必修となり、2020年には小学三年生から必修化、小学5年生から教科化が始まる予定です。日本で生まれ育つ人の多くは、自然と日本語を習得し、運用することができます。しかし、英語については、そう上手くはいきません。中学校や高等学校の時代に、英語に抵抗感を覚えた経験がある人も多いのではないでしょうか。もしかすると、乳幼児期から英語に触れる機会があると、このような抵抗感はなくなるかもしれません。英語の低年齢化に合わせて、英語の教育方法を考えていく必要があります。」

次に、今福氏は、赤ちゃんとの会話について考察しています。

ことばは、思考するためのほかに、相手との会話のために用いられます。赤ちゃんが音声を発すると、周囲の大人は自然と赤ちゃんに対して語りかけます。これが、赤ちゃんと大人との「会話」になると言うのです。

アイコンタクトと模倣

模倣の抑制は、他人の運動と自分の運動表象(イメージ)を区別する必要があり、自分と他人の円滑な交互交代的なやり取り、すなわちコミュニケーションのために重要だと言われています。つまり、模倣の抑制における自他の区別には、内側前頭皮質が関与しているというのです。さらに、直視条件では、アイコンタクトがメンタライジングシステムの一部である内側前頭皮質に直接的な影響を与え、内側前頭皮質を介してミラーニューロンシステムの一部である上側頭溝との機能的な結合の強度を調整することで、模倣を促進することが明らかとなりました。これらのワンらの研究の結果は、どのようなことを意味するのでしょうか?それは、アイコンタクトが、模倣にかかわる感覚運動システムをトップダウン的に制御していることを示していることになると言うのです。それは、簡単に言うと、相手のアイコンタクトが模倣を促すということがわかったということなのです。

成人ではこのような結果となりましたが、赤ちゃんではどうなのでしょうか。それを調べるために、今福氏らは、6ヶ月児を対象に、相手のアイコンタクトが音声模倣に影響を及ぼすかどうかを検討したそうです。その方法として、赤ちゃんは、話者がアイコンタクトをしながら「あ」と「う」のどちらかの母音を発話する直視条件と、目を逸らしながら母音を発話する逸視条件の映像を観察したそうです。その結果、直視条件において、赤ちゃんはより多く音声を模倣したそうです。それは、どういうことになるのかというと、生後6ヶ月の赤ちゃんが、自分に向けられた視線に感受性をもち、自分を見ている話者に対して音声模倣をよくすることを示していることになると言うのです。ですから、赤ちゃんとかかわるときに、目を見ながら話しかけると、赤ちゃんは音声の真似をたくさんするようになるのではないかということになるのです。これは、脳の感受性のグラフにおけるビジョンという視覚の曲線の高さを保障することに人とのかかわりが影響するということになるのでしょう。

近年の研究から、ことばの発達において、他者から学ぶことの重要性が明らかになってきたそうです。この点を強調する理論に、ソーシャルゲーティング仮説があるそうです。ソーシャルゲーティング仮説では、社会的認知の能力や、他者との相互作用が、乳児期のことばにおける音韻や語彙の発達に重要であるという主張がされているそうです。

たとえば、私たちは他人の視線や指さしを追うことでモノの名前を学習することができ、他人の音声を模倣することでその音声を自分で発声することができるようになります。もし、社会的認知がことばの発達の門戸になるとすれば、赤ちゃんにとっては人以外の、たとえば、機械などの人工物から伝達される情報の学習は、効果的でないと考えられます。この仮定は、赤ちゃんを対象とした模倣研究の知見によって支持されているそうです。赤ちゃんは、ロボットのような非言語音声では模倣せず、人の音声に対して選択的に模倣を行うというのです。このことは、生後早期にみられる他者から選択的に学習する性質が、ことばの発達と関連することを示していることになるのです。これは、今後ITが進んだ時代になった時にとても重要な研究になりますね。

視聴覚情報

今福氏たちは、母音の音声模倣が可能である6ヶ月児を対象に、話者の口に対する注視行動と、母音の音声を模倣する頻度との関係を検証しました。話者は、「あ」と「う」のどちらかの母音を発話しました。まず、話者の顔の情報が赤ちゃんの音声模倣に及ばす影響を調べるため、話者が正立顔で発話をする正立条件と、倒立顔で発話をする倒立条件を設けました。どうして、こんなことをするのかというと、顔を180度回転させて倒立にすると、倒立効果が起こり、顔を知覚するのが困難になるのだそうです。また、倒立顔では、発話知覚が弱められるようです。したがって、音声模倣において重要となる視聴覚情報は、正立条件では豊富で、倒立条件では乏しいと考えられます。そこで、もし発話に含まれる視聴覚情報が音声模倣に影響を及ぼすのであれば、倒立条件に比べて正立条件の場合に、赤ちゃんはより高い頻度で音声模倣をすると考えられます。また、もし視聴覚情報が赤ちゃんの音声模倣に対して重要であるとすれば、正立条件において話者の口を注視する傾向にある赤ちゃんほど、音声模倣をより高い頻度ですると考えられます。

実験の結果、倒立顔条件に比べて、正立顔条件で赤ちゃんはより多く音声模倣を行ったすです。さらに、正立顔条件で、話者の口に対する注視時間が長い赤ちゃんほど、音声模倣をより多く行ったそうです。つまり、話者の口に注目していた赤ちゃんほど、音声模倣をよく行うことになります。そこで、大人の話しかけに影響を受けるためには、赤ちゃんに話しかけるときには、口を大きく開けて関心をもたせてあげることが重要かもしれないと今福氏は言っています。

私たちは、他者が誰であるか、自分にとってどのような関係にある他者なのかによって、選択的に模倣を行います。たとえば、アイコンタクトの有無が、模倣に影響を及ぼすのです。ワンらは、社会的トップダウン反応調整仮説を提示したそうです。この仮説では、対人コミュニケーションにおいて重要なアイコンタクトに着目し、アイコンタクトが模倣に及ぼす影響について、行動、および神経科学的なデータをもとに説明したものです。たとえば、成人を対象に、顔の前で手の動作をしている人の映像を提示し、手の動作の模倣を行うまでの反応時間を調べています。このとき、二通りの方法を取ります。一つは、参加者に対してアイコンタクトをしている直視条件です。もう一つは、アイコンタクトをせずに目を逸らしている逸視条件です。その結果、逸視条件に比べて直視条件のときに、参加者はより早く模倣をしたそうです。このことは、アイコンタクトが模倣を制御し、促進する効果をもつことを示していると言います。次に、この直視条件と逸視条件に、観察した手の動き(グ―)とは異なる手の動き(パー )をする模倣抑制条件を加えた手続きを設けて、fMRIを用いて模倣の制御にかかわる神経基盤が調べられました。その結果、参加者が模倣を実行しているときには、感覚情報の符号化を担う上側頭溝と、運動の実行にかかわる下前頭回の機能的な結合が強くなることがわかったそうです。また、模倣抑制条件では、内側前頭皮質の活動が有意に高くなることがわかりました。また、この結果がどのような意味を持つのかはわかりにくいところがあります。模倣とは、科学的に説明すると、脳の問題ですから、難しくなるのですが、この研究の結果から、どうも、次のようなことがわかったということのようです。

母音と子音

10.5~12ヶ月児を対象とした研究で、養育者と相互作用しているときに、子音を発話する頻度の多かった赤ちゃんほど、子音を弁別するテストでの得点が高い傾向にあったそうです。これらの知見は、生後一年までの赤ちゃんにおいても、音声産出にかかわる自分の運動表象(イメージ)が、発話知覚と関連する可能性があることがわかります。

つづいて、今福氏は音声の知覚と産出の発達的な関連についての神経科学的研究を紹介しています。イマダらは、新生児、6ヶ月児、12ヶ月児が、母音「あ」と子音+母音「ば」を継時的に聴取したときの脳反応を、脳磁図(MEG)を用いて記録したそうです。このとき、ミスマッチ陰性電位を指標としました。ミスマッチ陰性電位とは、参加者が継時的に提示された二つの情報を区別していることを示す指標だそうです。その結果、音声の知覚を担うウェルニッケ野では、すべての月齢の赤ちゃんで有意なミスマッチ陰性電位の反応がみられたのに対して、音声の産出を担うブローカ野では、6ヶ月児と12ケ月児においてのみ、有意なミスマッチ陰性電位の反応がみられたそうです。この結果がどのような意味があるのかということはわかりにくいと思いますが、こう考えます。6ヶ月児といえば、自分で子音と母音を組み合わせた音節を発声できるようになる時期です。したがって、イマダ氏らが研究した結果、音声産出経験が発話知覚時の情報処理に影響する可能性は生後6ヶ月頃から現れることを示していることになります。これは、生後早いうちから言葉を出すことに様々な条件があるということのようです。また、話者の口を長く注視した6ヶ月児では、発話の運動計画にかかわる左下前頭領域(ブローカ野)がより強く活動するようです。ということは、話し手の口に赤ちゃんが注目することは、ことばを話す準備につながっている可能性が高いということを今福氏は言っているのです。逆を言えば、赤ちゃんに話しかけるときには、私たちは、口をはっきり見せて、お口をしっかり開けて話しかける必要があるということにもなると思います。しかも、どうも口をしっかり見せる必要があるのは他にも理由があるようです。

赤ちゃんは、生後5ヶ月までに母音の音声模倣かできるようになるということがわかりました。3~4ヶ月児を対象とした研究では、口の形が「あ」で音声が「い」のように、視聴覚情報が不一致の場合に比べて、口の形が「あ」で音声が「あ」のように、視聴覚情報が一致した場合に、赤ちゃんは音声をより多く模倣しました。これは、音声模倣において、視聴覚情報が重要である可能性を示唆しています。このことは、小学校1年生の国語の授業で、母音の口の形をしっかり教えることと関係があるのです。私の著書の「こくごのはじまり」にも、母音による口の形の違いをしっかり体験させるように書かれてあります。

それでは、音声模倣をするときに、赤ちゃんは話者の顔のどこを見ているのでしょうか。これまでの研究では、音声模倣の産出の側面にのみ焦点が当てられており、知覚と産出の関係は不明でした。そこで、今福氏たちは、母音の音声模倣が可能である6ヶ月児を対象に、話者の口に対する注視行動と、母音の音声を模倣する頻度との関係を検証したそうです。