機能的発達

発達認知神経科学者のジョンソン博士は、脳の機能的発達についての三つの考え方を提示しています。一つ目が、成熟説で、脳の各領域の構造的発達が、そのまま機能的な発達につながるというものです。つまり、脳の機能局在は発達早期からなされており、遺伝子の発現によってそれぞれの脳領域が、それぞれのタイミングで発達し、機能していくという考えです。各脳領域が独立して発達するものと見なし、脳領域間の関連はあまり考えないようです。この考えに従うと、発達早期にある脳領域を損傷した場合に、その領域に関わる機能が永遠に失われることになります。しかし、実際には発達早期であれば、脳が再組織化され、機能が保たれることもあることがわかっています。成熟が重要な役割を担っているのは間違いないのですが、これだけでは説明は難しそうだと森口は言うのです。

二つ目は、スキル学習説と呼ばれるものです。ある問題に熟達化することによって、脳の機能局在がなされるという考えだそうです。成熟説と異なり、脳の可塑性を前提としているそうです。他者の顔認識は日常的に重要な問題です。この顔認識は、側頭葉の内部にある紡錘状回を中心としたネットワークが処理しているそうです。スキル学習説によると、顔認識は、人間の顔に繰り返し接する経験のたまものと考えます。興味深いことに、大人にある人工物に頻繁に接する経験を与え、その認識を熟達化させ、その人工物を提示された際の脳活動をfMRIで計測したところ、紡錘状回が活動することが明らかになったそうです。経験を経ることで、顔認識と同じ脳領域が活動するようになったのです。スキル学習説は、乳幼児でも大人でも、発達のどのタイミングにおいて学習しても、同じような機能局在になるということを仮定しているのです。しかし、乳幼児と大人の可塑性は同じではなく、この仮説だけでも十分に機能局在の発達過程を説明できないと森口は言うのです。

三つ目は、やや複雑な相互作用特化説というものだそうです。この考えの前提として、ある特定の脳領域は、単独で活動するのではなく、他の脳領域とともにネットワークとして活動するという点があります。相互作用説によると、大脳皮質内のいくつかの脳領域においては、脳領域同士が相互作用し、競合することで、機能がある領域に特化していくというのです。つまり、発達早期は、脳は比較的機能が特化しておらず、ある領域はいかなる情報に対しても活動していたのが、発達とともに特化していき、特定の情報に対してのみ活動するようになるというのです。そして、そのような特化は、その脳領域が他のどの脳領域とつながりを持っているかによって決定されるというものだそうです。

たとえば、AとBという脳領域が最初は色と運動の二つの視覚情報に対して活動していたとします。ところが、AとBの領域はそれぞれ別の脳領域との異なったネットワークを持っており、年齢とともに、Aが色、Bが運動について活動するようになります。これが特化の過程です。そして、この特化の過程で、脳の局在化が起こるというのです。ある脳領域が特定の情報に対して特化するということは、ある脳領域に編成は起こりますが、脳の特化が終わった後に損傷すると、脳の再編視は起こらないというのです。この理論は、臨界期や敏感期などを考える上で、重要な理論だと森口は言うのです。

ちょっと難しい気がしますが、乳幼児における脳機能の発達に環境が何か影響するのかが気になります。

生まれた直後

赤ちゃんは白紙で生まれ、先天的なコンテンツはなく、環境からすべてを学んでいくという経験主義を唱える人は、現在は基本的にはいません。現在は、特定のスキルや能力、学習や行動の傾向などが脳の中に元から備わっているとする考え方です。だからといって、すべて生まれながら持っているわけではありません。ですから、何が生得性なのか、何が生後環境からとか経験から影響を受けて備わっていくのかは研究課題になります。それは、出産前か後かなので、胎児がその能力を持っているかどうかを調べることで、生得的な能力であるかがわかります。

最近、胎児において、知覚能力がある程度備わっていることが明かになってきました。ということは、脳は出生時に基本的構造が形成されていることは明らかです。しかし、脳は、特に大脳皮質は出生後に著しい変化を遂げるため、出生後の脳発達はどうなっているかを知る必要があります。それは、乳児保育に関係があるからです。

まず、脳の大きさについては、誕生児には400gにも満たないのですが、2歳頃になると、1000g近くになり、5~6歳頃には成人の90%程度になります。生後4~5年程度で脳が急速に変化していることがわかりますね。また、脳の大きさのもう一つの指標として、頭囲があります。頭囲は頭の周囲の長さのことで、最近では行なわなくなりましたが、かつて健診では、頭囲を測っていました。この頭囲が、大人では55cm~60cm程度です。データによって多少ばらつきがあるそうですが、出生時には35cm程度で、1歳頃には45cm程度、幼児期後期にはこちらも大人の90%程度になるのです。このように見ると、一見、脳の発達が生後数年間で完了するように見えますが、実際には、脳の内部では、大人になるまで、そして、大人になってからも、絶えず変化しているそうです。

では、どのように変化しているのでしょうか?まず、脳内のネットワークです。胎児において聴覚や味覚が機能しているということは、出生時においておおまかな脳内の配線はできていることになります。しかし、それは基本的なものであり、出生後に脳内ネットワークはその複雑さを急激に増していきます。ニューロンの樹状突起は、胎児期からその複雑さをましますが、出生後にも突起の数は増え続け、長さも伸び、顕著な発達的変化を見せるそうです。この樹状突起の変化が、シナプスの変化につながるのだそうです。それぞれのニューロンをつなぎ合わせているシナプスの密度は、出生直後に急激に増えるそうです。たまり、広範なニューロンのネットワークを作っていると言うのです。この分野で歴史的な研究を行なったのは、ハッテンロッカー博士だそうです。彼が調べたのは、不幸にも命を落としてしまった乳児や子ども、大人たちの脳だったそうです。彼は、それらの脳を丹念に調べ、シナプスの密度を地道に数え上げました。これは、私の講演でも話すことですが、研究の最後は、意外とアナログの世界だということに驚いた逸話です。実際には、この数はおびただしいものでしょうから、手間と時間がさぞかかったでしょう。

その結果、彼が見出した一つ目は、意外なものでした。なんと、シナプス密度は出生後すさまじい割合で増大し、1次視覚野という領域においては、生後8ヶ月程度でピークを迎えているのです。

味覚や痛み

胎児における味覚についても研究が進んでいます。胎児は羊水の中にいますが、羊水の成分のほとんどは水ですが、ほんのわずかながら母親の食習慣が影響することが知られているそうです。ある研究では、キャロットジュースの影響を調べたそうです。妊娠中の母親が3つのグループに分けられ、A群の母親は、出産前に決められた量のキャロットジュースを飲み、出産後は、水だけを飲みました。B群の母親は、出産前には水を、出産後にキャロットジュースを飲みました。C群の母親は、出産前にも後にも水を飲みました。このような食生活を続け、出産した後に、乳児がキャロットジュース入りのシリアルを好むかどうかを調べてみたそうです。もし、出産前の食習慣が胎児に影響を与え、胎児の味覚が機能しているのなら、出産後にA群の乳児は、C群の乳児よりもキャロットジュースを好むはずです。ちなみに、B群は、出産後の母乳の影響を調べるために行なったものだそうです。

その結果、A群とB群の乳児は、C群の乳児よりも、キャロットジュースを好んだそうです。胎児の味覚は、機能しているということがわかりました。だとしたら、母親の偏食も困りものかもしれないと森口は言います。まわりがうるさく言うと、妊婦のストレスが高まるので難しいところですが、体内環境への一定の配慮は重要ではないかと森口は言うのです。

次に、胎児の痛みに関する知覚も研究されています。この研究は、2つの点で重要です。まず、いつ頃から胎児が痛みを感じるのかという点が、中絶の時期を決める際に重要な意味を持つと言われています。胎児が痛みを感じているのであれば、中絶をするべきではないという議論です。もう一つは、意識の発生と関わる点です。痛みが、主観的なものであるためです。タンスの角に小指をぶつけても、ある人は全く痛くないと報告し、別の人は死ぬほど痛いと報告します。神経科学者ラマチャンドラン博士が、「脳の中の幽霊」という本の中で紹介している幻肢痛の存在がこのことを裏付けていると言われています。幻肢痛とは、交通事故などで四肢をなくした人が、その四肢がないにもかかわらず、痛みを訴えることです。実際には、四肢がないのですが、患者はかなりの苦痛を訴えるそうです。

胎児の痛み知覚は、脳機能計画によって検討されているそうです。NIRSを用いた研究では、早産児のかかとを刺激すると、25週で生まれた早産児でも、体性感覚野の活動が見られたそうです。行動的研究からはちょっと信じられないことが報告されているそうです。在胎27週頃に生まれた早産児は、痛み表情をしないのですが、28週で生まれた早産児は、痛そうな表情をすることが示されているというのです。これらの研究から考えると、受胎後6ヶ月から7ヶ月程度で痛み知覚が見られる可能性が示されているのです。胎児は、そのような早期から、痛みを主観的に感じているようです。この時期を意識が発生する時期だと考える研究者もいるそうです。

近年、胎児の研究の進展は著しく、直接的に胎児の行動を調べる研究も増えてくるのではないかと森口は考えているようです。たとえば、明和博士らは、4次元超音波画像診断装置を用いることで、胎児がおしゃぶりらしき行動をすることを示しているそうです。このような胎児研究から、生得性という概念についても新しい知見が生まれているようです。

誕生前

脳の発生は、受精後3週間程度で神経管が形成され、それが前脳、中脳、菱脳に分化していきます。そして、前脳は大脳と間脳へさらに分化し、菱脳は橋や小脳などへと分化していきます。ニューロンは、脳室帯にある神経前駆細胞が分裂することによって生み出されます。誕生したニューロンは、多くの場合、新しいニューロンによって押し出されるようにして目的地までたどり着きますが、大脳皮質のニューロンは、新しいニューロンが自ら能動的に目的地まで移動します。このように新しいニューロンが誕生し、移動することで脳の構造は形成されていきます。受精後17週頃に脳の基本形が完成します。これ以降、ニューロンは基本的に増加することはなく、細胞死によって誕生までに半数程度まで減り続けています。ニューロン自体に死ぬことがプログラムされているというのです。

私が講演の中で、最近の乳児知見を紹介する中で、「20世紀後半に発見された神経科学の二つの重要な所見」として紹介するのが、「神経細胞の自然な細胞死」と「シナプスの過形成と刈り込み」そして、その所見をもとに、ダーウィニズムが、「遺伝子によって作られた粗い神経組織が、二つの段階を経て無駄を削りつつ成長する」ということを提唱したということです。

誕生し、移動したニューロンは、他のニューロンや身体部位とのネットワークを形成し始めます。髄鞘化のプロセスも胎児期から徐々に始まっていることがわかっています。髄鞘化とは、ニューロンの軸索を、筒状の層である髄鞘と呼ばれるリン脂質で包むことを指すようです。この説明はよくわかりませんが、すなわち、跳躍伝達の速度が向上するそうです。

このように誕生してから脳がどのようにできてくるかという研究と同時に、最近は胎児の研究がさかんになりました。胎児が、母親の胎内で、どのような発達をしてるのか、どんなことを行なっているのか、それは、どのような動機で行なわれているかなどに興味があります。まず、よく疑問に持つのは、胎児に外界の声が聞こえているかという点です。胎教といって、「胎児にモーツアルトを聴かせるといい」とか、「父親も生まれる前から、胎児に話しかけるといい」とか言われています。それについて、森口は、こう説明しています。「胎児は、羊水の中に浮かんでいます。それはプールの中にいるようなものです。さらに、母親の心音など臓器の音が聞こえてくるわけですから、外部からの音は本当に小さいようです。」

初期の研究では、胎児ではなく、誕生児の研究から胎児の聴覚を推定していたそうです。例えば、生まれたばかりの新生児は、初めて聞く物語よりも誕生前の数週間に母親が音読した物語の方を好むことが示されているそうです。ということは、子宮内にいるときに、母親の一つ一つの音声が胎児に伝わっているわけではないでしょうが、声の低周波音を知覚しているのではないかと考えられます。最近では、心拍数などによって直接的に胎児の聴覚が機能していることが示されています。やはり、母親の発話がいくぶんか胎児には届いていることのようです。ただ、モーツアルトなどの胎教には科学的根拠はなく、何がどのようにして胎児に影響を与えるかは不明であると森口は言います。

また、味覚についてもわかってきています。本来、味覚とは舌の上を食べ物が通る時に感じるものですから、胎児はおへそから栄養をとっているわけですから、どうなのでしょう。

小さい頃の思い出

私たちは、幼児の頃のことはあまり覚えてはいません。特に、3、4歳以前のことはほとんど覚えていません。これをフロイトは、「幼児健忘」と名付けました。おもしろいもので、この幼児健忘は、幼児期から見られるそうです。ある研究では、子どもの「最初の記憶」がどのように書き換えられるかを検討したそうです。4歳から13歳の子どもを対象に、2回の研究を実施したそうです。まず、一回目に、参加児は自分の最初の記憶を三つ聞かれます。二回目の調査は2年後に行なわれ、子どもに最初の記憶を一回目と同様に自由に再生させたそうです。再生できない場合は、その子どもが一回目で再生した記憶と他の子どもの記憶を混ぜて提示し、どれは自分の記憶だったかを聞いたそうです。その結果、三つの記憶の時期の平均月齢は、一回目の調査で44.4ヶ月、二回目の調査では56.5ヶ月と大きな違いが見られ、二回目の調査では、「最初の記憶」の時期が、だいぶ遅くなっています。また、多くの子どもにおいて、一回目と二回目の記憶再生に重複がなかったそうです。最初の記憶は次々と書き換えられてしまうようです。

この結果について、保育園の保育者はちょっとショックですね。0歳から2歳児くらいまでの先生のことや、保育園でやったことなどほとんど覚えていないということです。保育者は卒園児に対して、「ねえ、私のこと、覚えている?」と一所懸命に聞くことがありますが、無理なのですね。

さらに、この研究から、年少の子どもであればあるほど、記憶の一貫性が低いことがわかったそうです。10歳頃には記憶は定着しているようですが、幼児では、「最初の記憶」がころころ変わっているそうです。幼児の記憶は固定化がされにくいために、ある年齢で覚えていたものが、別の事象に塗り替えられて、思い出しにくくなってしまうそうなのです。記憶の固定化ができるのが児童期以降であり、それくらいの年齢で再生できる記憶は結局4歳頃になってしまうというのです。

これを聞くと、ある疑問を持ちます。例えば、「まだ、話ができない赤ちゃんに対しても、小さいうちに色々と言葉がけをしなさい」と言うことがありますが、一生懸命に2歳以下の赤ちゃんに話しかけても、それを覚えていないのではないか、それは忘れてしまうのではないかという疑問です。言語を持たない間に蓄積された記憶を、忘れるのではなく、言語を獲得した後に取り戻すことができるかという問題です。

それについて、ピアジェはこう考えました。シンボルである言語の獲得の前後では、情報を記憶に取り込む過程である符号化が、質的に異なり、言語獲得の記憶は、獲得後に取り出せないのではないかと述べているそうです。最近の研究も、ピアジェの考え方を支持し、言語を持たないときに、記憶した内容は、言語獲得後には言語的に再生されないことを示しているそうです。

この研究では、実験者が2~3歳児と玩具で遊び、その玩具のライトの付け方などの五つの標的行動を示しました。.この時点で、幼児は、標的行動をすべてできるようになりました。その半年後と1年後に、幼児は再び実験に参加し、先に遊んだゲームについて思い出し、言語的に報告するように教示されます。その後、記憶時に使用した玩具が用意され、幼児はそれを用いて標的行動を非言語的に再生するように求めてみたところ、非言語的に再生するのは容易だったのですが、言語的に再生することはできなかったそうです。

情報処理における記憶

私が、保育の中で興味があるのが、子ども同士の関わりです。それは、人類の祖先であるホモサピエンスの最も有効な生存戦略として、家族という集団を作り、社会を作ってきたことが挙げられているからです。また、少子社会においては、家庭には子ども集団が少なくなってきたからということもその理由です。そこで、この人とかかわる力は、ヒトはどうやって身につけていくのか、生後どのくらいになると、母子という二者関係から、多くの他者を認識しはじめ、他者の心を理解し始めるであろうかということの研究に注目しています。それは、乳幼児施設における保育の意味でもあり、役割を示しているからです。

このような関わりについての研究は「心の理論」と「実行機能」についての考察であるので、何度もブログで取り上げてきました。森口は、情報処理能力に関係のあるワーキングメモリと実行機能の発達から考えています。現在、バドリー博士のモデルでは、視空間性ワーキングメモリと言語性ワーキングメモリが独立していると想定しているそうです。さらに、近年の研究により、就学前の時期である4歳頃には視空間性ワーキングメモリと言語性ワーキングメモリとがそれぞれ機能している可能性が示されているそうです。

では、実行機能の発達はどうなのでしょうか?研究内容は省きますが、近年の研究では、3歳から6歳くらいまでの間に実行機能が著しく発達することが示されているそうです。このようにワーキングメモリや実行機能は幼児期には機能しているようですが、乳児ではどうでしょうか?乳児においては、まず短期記憶の研究になってしまうようですが、乳児が大人と同じくらいの短期記憶を持つ可能性が示されているそうです。特に視空間性の記憶課題においては、1歳児も大人とあまり変わらない可能性が指摘されているそうです。

では、長期記憶はどうなのでしょう。長期記憶については色々と分類されて研究されています。まず、言葉やイメージで表現できる記憶は「宣言的記憶」と言います。一方、言葉で表現されない物事の手順についての記憶は「手続き的記憶」と言います。乳児を対象にした場合には、これらの分類は必ずしも明確ではないそうですが、かつてブログにも登場した「馴化」というなれるという行為は、覚えている、記憶しているということなので手続き的な記憶に近いものとされています。また、遅延模倣は、宣言的記憶の指標とされるそうです。そうすると、新生児にも学習能力があることを考えると、手続き的な記憶が生後すぐから機能しているのは間違いないと言います。以前にも紹介しましたが、遅延模倣課題を用いた研究では、6ヶ月の乳児ですら提示されたイベントを24時間後に再生できることが知られています。

これらの結果は、乳児ですら宣言的記憶を持っていることを示唆します。しかし、私たちは、3歳以前の記憶を持っていません。私たちが思い出せるのは、3歳か4歳頃、早くて2歳頃からです。この問題は非常に興味深いもので、いまだに議論されているそうです。最初、フロイトによって「幼児健忘」と名付けられたこの現象は、当初は乳児期の情動的トラウマを抑圧するために引き起こされると論じられたそうです。しかし、どうもトラウマを引き起こすようなネガティブな記憶だけでなく、ポジティブな記憶も思い出せないことについては説明できません。ということで、近年は、脳の発達、特に記憶にかかわる海馬や側頭葉、前頭葉から考察されているそうです。これも、十分な説明にはなっていないそうです。それは、長期記憶というのは、生涯にわたって保持されているはずだからです、

問題点

ピアジェは、三つ山問題によって、子どもは自分と違う視点からものを見ることができず、自己中心的であるとしました。しかし、違う課題から自分の視点とは異なる視点をとることができることがわかりました。同様の結果が、様々なピアジェ課題で得られているそうです。これらを見てみると、ピアジェ理論をそのまま受け入れることはできないことになるのです。また、これらの結果は、ピアジェ理論の支柱である段階発達論に対しても疑念を呈しているようです。

ピアジェによれば、同じ発達段階にいる子どもは、一貫して同じように思考するはずです。たとえば、保存の概念を持っていない子どもは、どのような課題でも、保存の課題に失敗するはずです。しかし、実際には、子どもは同じ能力を扱っているはずの課題に対して異なった反応を見せます。ピアジェの推論課題を検討したブライアント博士は、子どもがピアジェ課題に困難を示すのは、推論が出来ないためではなく、推論をするために必要な情報を記憶できないことによると述べているそうです。同様なことが三つ山問題や数の保存にもあてはまるというのです。要するに、ピアジェ課題には、課題解決を疎外する情報が数多く含まれており、子どもの能力を、例えば保存概念などを正当に評価できていないというのです。このような中で、課題に含まれる情報が子どもの成績にどのように影響を与えるかに注目が集まったそうです。

認知は、情報の獲得や処理にかかわる精神活動のことを指し、知覚や学習、記憶などの複数の精神活動を含みます。20世紀前半の心理学は、行動主義が隆盛をきわめており、外から観察される行動にだけ焦点を当て、意識などの高次の精神活動を研究対象から外していたそうです。しかし、チョムスキー博士による生成文法理論などが1950年代にかけて大いに進展し、情報理論などと接点を持つことによって、認知科学や認知心理学という新しい研究領域が勃興したそうです。

認知心理学では、情報処理理論が進展したそうです。情報処理理論とは、人間の心のモデルとしてコンピューターを用いる試みのことだそうです。情報処理理論にも様々あるそうですが、共通点は以下のものだとしています。まず、ハードウェア構造です。コンピューターには、キーボードのような入力装置とディスプレイのような出力装置に加えて、中央処理ユニット(CPU)やメモリなどを含む本体があります。キーボードからの入力を、本体に記憶されている命令のセットに従って処理し、ディスプレイに出力を返します。人間の場合は、目や耳などの感覚器から入力された情報が、脳内に蓄積された記憶と関連づけられて処理され、行動などの形で出力されます。このようなハードウェアに加えて、ソフトウェアがあると見なす点も共通しています。コンピューターで言うと、ソフトウェアはエクセルなどのように特定の問題を解決するためのプログラムのことを指します。人間の場合は、問題解決の方略のことをソフトウェアと見なします。

また、処理の過程に関しては、コンピューターではキーボードなどによって与えられた情報が、コンピューターが理解できる記号に変換されますが、情報処理理論では、人間でも、環境から与えられた情報が、頭の中で記号(心的表象)として表現されます。また、コンピューターは、特定の問題を解決するための計算機です。人間の精神活動も、問題解決場面では、同じ過程を含みます。

私は、情報処理についての人間の心のモデルとして、コンピューターを用いる試みを認知心理学で行なうことを初めて知りました。なんだかおもしろいですね。

情報処理

私は、森口氏が危惧しているように、「こんな早い時期にこんなすごいことができます」ということが、強いインパクトを与えるためにそのような研究が発表されているということではなく、実際に乳児観察をしている中で、ずいぶんと早い時期にこんなすごいことができるのだという感動を、日々経験をしているからです。だからといって、なんでも乳児が有能だというわけではありません。しかし、保育では、長い間乳児は無能だということを前提として、乳児に対応してきた気がしているからです。また、できないからといって、無能だということではなく、大いなる学び手であるということを認識すべきだと思っているからです。本当のことは、まだまだはっきり解明されてはいかないでしょう。研究には、絶対ということはありません。特に乳児においてはなおさらです。

さらに最近の研究で、乳児における情報処理能力について行なわれています。森口は、認知発達の情報処理理論家として著名なシーグラー博士の著書「子どもの思考」の中からこんな一節を紹介しています。

「ほとんどの4歳児は、20以上数えられるレベルに達しているが、このレベルの子どもは、数の系列の恣意的な部分も、規則的な部分も理解している…29、39、40、などの9で終わる数の所で数えやめる子どもの人数が、他の場所でやめる子どもに比べてずっと多い。これは、子どもが十の位の名前に一桁の数を付け加えるという規則を知っており、次の十の位の名前を知らない場合には、当然のパターンである。」

情報処理理論では、子どもが問題をいかに解決するか、その際にどのようなエラーをするか、目標にどのように到達するかという視点から、認知発達を検討するそうです。その際に、子どもの認知過程を、コンピューターと結びつけて議論するそうです。

1950年代頃から起きた認知革命は、発達研究にも情報処理の考え方を波及させたそうです。情報処理理論は、ピアジェ以降の主要な認知発達理論のひとつだそうです。コアノレッジ理論が乳幼児を主なターゲットにしているのに対して、情報処理理論は乳児期から青年期の認知発達をターゲットとしているそうです。

この理論も、ピアジェ理論の問題点が進展する契機になったそうです。ひとつは、ピアジェが用いた課題が難しく、子どもの能力を正当に評価できていない点だそうです。たとえば、三つの山問題では、子どもは自分と違う位置にいる人形の視点に立つことができません。ピアジェによれば、これは子どもが自己中心的であることに由来していると言いました。しかしながら、ドナルドソン博士によれば、ピアジェの用いた課題は子どもにとってなじみがなく、子どもの能力を正当に測定できていないというのです。三つ山問題に対する反証としてドナルドソン博士の出した例は、かくれんぼです。

ある部屋をAからDまで壁で四つに仕切りました。この中で、子どもは、自分が持っている人形を、警察官の人形から隠すように教示されます。警察官の視点からはAやBが見えない場所だとすると、そこに人形を隠さなければなりません。この課題は、自分の視点とは異なる視点をとる必要があるという意味で、三つ山問題と同じ構造をしています。ですが、この研究では、ほとんどの幼児が正解することができたそうです。

検証

最近の研究で、次々に乳幼児の有能性が示されています。また、その能力は早い時期から備わっているという研究も多く示されています。私たち大人は、色々なことができます。例えば、他人の心を理解する能力も兼ね備えています。ですから、当然私たちはどこかの時点でそのような能力を持ったわけですから、それがいつ頃からかという研究は行なわれるわけです。私は、赤ちゃんを見ている中で、その行動観察からすると、わりと早い時期から赤ちゃんはそのような能力を持っていると考えます。ただ、それは、自ら行動には表わさないかも知れませんが、それは持っていないと考えることとは違うと思っています。

しかし、研究では、もう少し慎重になる必要がありそうです。例えば、乳児において視線で計測されるのは暗黙的な理解の研究であり、幼児のように言語で説明させるのは明示的な理解の研究ということになります。それに対して、誤信念課題を作ったパーナー博士らは、発達心理学専門誌で心の理論特集を組み、明示的な誤信念理解の重要性を強調しているそうです。その主張としては、標準版誤信念課題は、幼児に直接他者の誤信念を問うものですが、乳児の課題はあくまで乳児の視線行動から、間接的に誤信念理解を推測しているに過ぎないというのです。また、乳児の実験では、他者の行動から心を推測するルールを用いているわけでなく、登場人物が最後に見た場所を探すことを予測しているに過ぎない可能性などの様々な解釈が示されているのです。つまり、乳児が他者の誤信念を理解していることを想定しなくても、乳児の行動は説明できるというのです。

このことは、チンパンジーの研究において重要になっているそうです。チンパンジーのように、心の理論を持っているかどうかわからない対象を扱う場合、チンパンジーが誤信念課題を解決したように見えても、研究者は厳しい解釈で望み、別の可能性を検討するものなのです。それに対して、乳児研究は解釈が甘くなりがちであり、慎重な解釈は重要であるという主張です。この議論は、いまだにつきず、乳児研究と幼児研究のギャップが埋まるためにはもう少し時間がかかるかもしれないと森口は言います。

このように慎重になるのは、乳児が早期から他者に対して感受性を見せる、社交的な存在であることの研究は、特に発達障害の子どもに対して早期介入をするためにも、生後早期における他者認識の能力の検討は非常に重要な研究課題なのです。

森口は、このような近年の研究は、いささか有能さが強調されすぎているように見えると危惧しています。それは、ここ数十年の発達し理学研究における重要な発見は、今までの考え方を覆すものが多いからでしょう。4歳半で獲得されると考えられてきた誤信念理解が1歳半になり、近年では7ヶ月で類似した能力を持つ可能性が示されているのですから。そして、1歳半の乳児の誤信念理解の研究は様々に追試され、その妥当性が示されつつあるので、この研究結果が正しいのは間違いなさそうですが、すべての研究がこのような検証を受けているわけではないと森口は言います。また、検証を受けたところで、「こんな早い時期にこんなすごいことができます」というインパクトと、「その結果は追試されず、他の解釈もでき、その結果は怪しいです」というインパクトとを比べた場合、前者の方が高いのは明らかだと言うのです。徹底的な検証で後者が正しいことが証明されてもあまり脚光を浴びないという現状があると言います。これは、新生児模倣の研究において顕著に見られることだと森口は主張します。

暗黙と明示

ベイラージョン博士のグループの研究が、サイエンス誌に発表されました。この研究では、期待違反法を用いて15ヶ月児の誤信念理解を調べたものだそうです。この実験の標準的な誤信念課題の特徴は。登場人物が一人である点だそうです。まず、黄色い箱と緑の箱を置いておきます。そこへ登場人物が現われ、対象を数秒持ち、緑の箱の中に入れます。乳児はこのような様子を数試行見て、馴化させられます。その後、登場人物の前の壁が下りて、登場人物から二つの箱の様子が見えなくなります。この間に、緑の箱に入っている対象が、自力で黄色い箱の中に移動します。標準版誤信念課題では、もう一人の登場人物が玩具を移動するのですが、この実験では対象が自分で動きます。その後、壁が上がり、登場人物が再びあらわれ、テストが与えられます。テストでは、登場人物が緑の箱を探す条件と、黄色い箱を探す条件が与えられました。ここでは、登場人物は玩具が黄色い箱の方に移動したことを知らないわけですから、緑色の箱を探すはずです。この実験が、注意深く設定された統制条件とともに行なわれました。その結果、黄色い箱を探す条件の方が、緑色の箱を探す条件よりも、注視時間が長いという結果が示されたそうです。つまり乳児は、登場人物が黄色い箱を探すことに驚いたということです。これは、乳児が他者の誤信念に対して、感受性があることを示していることになるのです。

様々な研究者が、1歳から2歳の乳児を対象にしてこの実験結果を追試しているそうで、この結果は妥当であると考えられています。さらに、最近では、手法を変えて7ヶ月児でも他者の誤信念に感受性がある可能性も示されているそうです。これらの研究は、洗練された素晴らしい研究だと森口は言いますが、問題は、これらの結果と標準版誤信念課題における4歳半の結果の間の、3年間のラグをどう埋めるかだと言います。乳児研究を推進するベイラージョン博士らは、幼児を対象にした誤信念課題を通過するには、他者の誤信念を推測する能力に加えて、反応選択システムと反応抑制システムの三つが必要であると述べているそうです。反応選択システムとは、課題の質問に答える際に、誤信念の表象に対して言語的にアクセスするシステムのことで、反応抑制システムとは、間違った箱を答えそうになるのを抑制するシステムのこととしています。この三つが必要ということは、幼児版の誤信念課題には不必要な要素が含まれており、誤信念理解を正しく評価できていないのではないかと言うのです。もう一つの考えは、乳児研究も幼児研究も誤信念理解を測定しているのですが、そのレベルが異なるという考え方だそうです。乳児版のように視線で計測されるのは暗黙的な理解であり、幼児版のように言語で説明させるのは明示的な理解であるというものです。

これは、私が乳児研究において常々考えていることで、その姿を見せないと、そのことを理解していないとすること、口紅を塗った鏡を見て自分の顔に手をやらなければ、鏡に映った自分の姿を、自分の姿だと理解していないとすることに違和感を感じるのです。明示的な理解を理解とするか、暗黙的な理解の時点で理解とするかです。

乳児研究の結果を受けて、誤信念課題をつくったバーナー博士らは、発達心理学専門誌で心の理論特集を組み、明示的な誤信念理解の重要性を強調しているそうです。