統計学者・実験家・哲学者

「赤ちゃんは統計学の達人」であることがわかりました。「赤ん坊は統計分析が得意だ」というのです。8カ月の赤ちゃんに主に白い玉が入った箱の中から数少ない赤い玉を取り出して見せると、赤ちゃんは確率的に起こりにくい結果に驚くことがわかったのです。赤と白の玉の割合を逆にするなど、設定を変えたさまざまな実験から、赤ちゃんは赤い玉に興味を持つなどというような別の理由は否定されているそうです。20カ月の子どもに緑と黄色のおもちゃを使って実験した場合、ある人が少ない色のおもちゃをたくさん取ると、子どもはその人がその色のおもちやを欲しがっていると考えるというのです。このようにして、赤ちゃんや幼児は科学者のように統計バターンを見つけ出し、そこから結論を引き出すことによって、周囲の世界について学んでいるのです。

さらにこんなことも付け加えています。「根っからの実験家」だということです。

4歳児は得られた手がかりから因果関係を理解するのがうまいようです。例えば、装置についた2つの歯車のうち一方が別の歯車を回しているかどうかを上手に探り当てることができるというのです。おもちゃで自由に“遊び”つつ、正しい実験と正しい理論の組み立てを行う子どももいます。積み木をある組み合わせで置くと高い確率で光る「ブリケット探知機」という装置を使った研究で、 4歳児が統計に基づいて装置の働き方を理解していることがわかったそうです。装置がそれまでにない予想外の反応をしても、きちんと考えることができたのです。それどころか、装置が積み木に対して変わった反応を示した場合には、子どもは大人よりも自由な発想で対応したのです。

もともとこの記事を書いたアリソン ゴプニックは、「哲学する赤ちゃん」(亜紀書房)を2010年10月に発行しています。この本は、当時随分と話題になり、私もこのブログで取り上げました。この本では、「哲学する」という言い方ですが、彼女は、実は、科学とは、統計や実験によって現象の因果関係の理解を修正しながら体系化してゆく作業であるのに対して、これと同じ意味で「子供(赤ちゃんや幼児)は科学者と同じやり方で学習する」という「理論理論」を2003年に提唱しているのです。

つまり、ヒトが科学する能力は、ひとりで生きられない長い幼児期間を生き抜くすべとして実装されたプログラムの延長であり、それにより人間の生活様式に画期的な変革がもたらされ未来を生き抜く科学知識が進化的にヒトに備わった、というのです。この内容が、サイエンスの中で要約されているのです。

赤ちゃんと幼児に関する発達心理学の研究は、この30年間に大きな進展がありました。ゴプニックは、これを「科学革命」と呼んでいます。これまで何も考えていない未熟な状態と考えられていた赤ちゃんや幼児が、実は統計や実験を理解し論理的に考える能力を持っていることが明らかになったのです。

ゴプニックは、著書「哲学の赤ちゃん」のサブタイトルとして、「子供たちの心が真実、愛、そして人生の意味について教えてくれるもの」ということで、幼児や幼児が自分たちの環境での実験を含め、科学者と同じプロセスを使ってどのように認知的に発達するかを探っているのです。

進化によって設計

別の子どもたちには「おもちゃの動かし方を教えるね。どういうときに音楽が鳴って、どういうときに鳴らないか見ていてね」と言って、先ほどとまったく同じ長い操作をやって見せました。それからおもちゃを鳴らしてと頼むと、子どもたちは“近道”をせずに、長い操作の全部を真似たのです。自分で見たことについての統計を無視したのでしょうか?おそらくそうではないとゴプニックは考えています。この行動はベイズモデルできちんと説明できると言います。彼らは「先生」が最も役に立つ操作を行うと予想したそうです。平たく言えば、もし先生がもっと短い操作を知っているのであれば、不要な操作を見せたりしないだろうという考えです。

脳が進化によって設計されたコンピューターだとすれば、非常に幼い子どもに見られる並外れた学習能力が進化した意味はどこにあり、どのような神経回路によって支えられているのでしょうか?この能力に関する最近の生物学的知見は、心理学的な研究結果とよく一致していると言います。

進化的に見て人間の最大の特徴の一つは、成熟するまでに非常に長い時間がかかることです。私たちの幼年期は他のどんな種よりも長いのです。なぜ赤ちゃんはこれほど長いあいだ無力で、大人の助けを必要としなければならないのでしょうか?

動物界全体を見ると、成体の知能と柔軟性は赤ちゃんの未熟さと相関しているそうです。ニワトリなどの「早成」種は特定の環境に適応する特殊な能力を生まれながらに持っていて、この能力に頼って生きているため成熟が速いのです。

一方、子が親の世話を必要とし、親から餌をもらわなければならない「晩成」種は、学習に基づいて生きています。例えば、カラスは1本の針金など初めて目にした物体を道具として使う方法を考え出すことができますが、カラスのヒナが親を頼る期間はニワトリよりもはるかに長いそうです。

学習には多くの利点がありますが、学習を成し遂げるまでは無力です。進化はこの問題を赤ちゃんと大人の間で分業することによって解決したようです。赤ちゃんは保護されているあいだ、他には何もせずただ周囲の環境について学ぶのです。成長してからは、学んだことを利用して生き延び、繁殖し、次世代を育てます。基本的に、赤ちゃんは学ぶようにできているというのです。

神経科学的にも、この学習を可能にする脳の仕組みの一部が明らかになってきたそうです。赤ちゃんの脳は大人の脳よりも柔軟だと言われています。ニューロン間の接続は赤ちゃんの方がはるかに多いのですが、きちんと機能しているものはありません。しかし、時間とともに使われない接続が除かれ、役立つ配線が強化されていきます。これが、過形成と刈り込みです。また、赤ちゃんの脳には接続変更を容易にする化合物が豊富にあるそうです。

人間には前頭前皮質と呼ばれる特有の脳領域があり、成熟にはとりわけ長い時間がかかります。この脳領域がつかさどる集中、計画、効率的な作業といった大人の能力は、幼年期の長期にわたる学習に基づいて育まれます。この領域の配線は20代半ばまで完成しないこともあるそうです。

確率論的モデル

子どもが本当の科学者のように意図して実験や統計分析を行っているわけではないことは明らかですが、子どもの脳は科学的発見をするのと同様の方法を無意識に使って情報を処理しているに違いないとゴプニックは考えています。認知科学では、脳は進化によって設計され、経験によってプログラムされるコンピュークーのようなものだという考え方が基本としてあるそうです。

情報工学や哲学の分野では、科学者や子どもの強力な学習能力の解明に向けて、数学の確率的な概念を取り入れ始めたそうです。機械学習用のコンピュータープログラム開発のためのまったく新しいアプローチとして、「確率論的モデル」が使われているそうです。このモデルは、「べイズモデル」とか「べイズネット」とも呼ばれているそうですが、あまり聞きなれない言葉ですね。しかし、このプログラムは複雑な遺伝子発現の間題を解くこともできるし、気候変動の理解に役立っこともあるようです。この手法によって、子どもの脳内コンピューターがどう働くのかについて新たな概念が生まれたと言われています。

確率論的モデルでは2つの基礎的な考え方を組み合わせます。まず、子どもが物事や人、言葉に関して持ちうる仮説を数学的に表します。例えば、因果関係についての知識を事象と事象とを結んだ図で表すことがてきます。「青いレバーを押す」から「アヒルが飛び出す」に矢印をひけば、仮説を表現できます。

次に、仮説と各事象が起こる確率とを体系的に関連づけます。事象が起こるパターンは科学では実験や統計分析から導かれます。データによく合う仮説がより高い可能性を持つのです。ゴプニックは、子どもの脳はこれと同じような方法で、周りの世界についての仮説を確率パターンと関連づけていると考えてきたそうです。子どもの推論の仕方は複雑かつ鋭くて、単純な関係や規則では説明できないと言うのです。

さらに、子どもが意図せずにこうしたベイズ統計解析をしているとき、異常な事例を考慮に入れるという点では大人よりもむしろ上手なようだと考えているようです。ゴプニックたちは、これから学会で発表予定の研究で、4歳児と大人にプリケット探知機を見せました。この装置の動かし方は少し変わっていて、 2個の積み木をいっしょに置く必要があります。その方法を探り当てるのは、大人より4歳児の方がうまかったそうです。大人はそれまでの知識に頼りすぎて、目の前の装置はそれに当てはまらないことを示しているのに、普通そんな動き方はしないと考えてしまうからのようです。確かに、このような刷り込みは真実を曲げ、本質を見つけるのにも邪魔なものになる可能性があります。それは、さまざまな点で思い当たりますね。

ゴプニックのチームが最近行った別の研究では、子どもは教えられているいると思うと自分の統計分析を変えてしまい、その結果として創造性が低下する場もあることがわかったそうです。実験者は4歳児に正しい一連の操作をすれば音楽が鳴るおもちゃを見せました。例えば、ハンドルを引いてから球状部を握るといった操作をすればよいのです。

何人かの子どもに「私はおもちゃをどうすれば音楽が鳴るのかわからない。みんなで調べてみよう」と言って、少し長い一連の操作をいくつか試して見せました。長い操作の最後に行う短い操作によって、音楽が鳴る場合と鳴らない場合があるようにします。さあ、おもちゃを鳴らしてみせてと言うと、多くの子どもが必要とされる短い操作だけを試し、自分で見た統計に基づいて不要だと思われる部分をちゃんと省いていたのです。

世界の仕組みを知る

別の実験で、ゴプニックは、現作はマサチュ一セッツ工科大学にいるシュルツとともに、スイッチが一つと上部に2つの歯車(青と赤)がついたおもちゃを4歳児に見せました。スイッチを入れると歯車が2つとも回るという簡単なおもちゃなのですが、どのようにして歯車が回るのか、さまざまな可能性が考えられます。例えば、スイッチが入ると両方の歯車が回転するのかもしれませんし、スイッチで青い歯車が回転し、それによって赤い歯車が回るのかもしれません。

ゴプニックたちは子どもたちに、こうした動き方を描いたイラストをいくつも見せました。例えば赤の歯車が青の歯車を押している図です。次に、そのうちのある方法で動くおもちゃを見せ、それがどう動いているかを示すやや複雑な手がかりを与えました。例えばこの因果連鎖おもちゃの昔の歯車を取り除いてからスイッチを入れても赤の歯車は回りますが、赤の歯車を取り除いてからスイッチを入れると何も動きません。

次に、子どもたちにそのおもちゃに合った動き方のイラストを選んでもらいました。4歳児は、ゴプニックたちが見せた手がかりに基づいて、驚くほど上手におもちゃの動き方を当てることができたそうです。さらに、何の説明もなくおもちやを渡された子どもは、歯車が動く仕組みを探るように遊んでいたそうです。その様子はまるで実験をしているみたいだったそうです。

シュルツは別の実験で、アヒルか人形が飛び出す2つのレバーがついたおもちやを使いました。未就学児のグループに、一方のレバーを押すとアヒルが出て、もう一方を押すと人形が出るところを実演して見せました。別のグループには、両方のレバーを同時に押すと両方のおもちゃが飛び出すのを見せましたが、レバーを別々に押すとどうなるかは見せませんでした。それから子どもたちをおもちゃで遊ばせました。

最初のグループの子どもたちは2番目のグループの子どもたちに比べ、おもちゃで遊ぼうとしなかったそうです。おもちゃがどう動くかをすでに知っていて、仕組みを探ることにあまり興味がなかったからだと考えています。ところが2番目のグループは謎に直面したため、自発的におもちやで遊び、どのレバーが何をするのかをやがて探り当てたそうです。

これらの研究結果から、子どもたちが自発的に、“ものすごく熱中して”遊んでいるときは、因果関係を調べたり、実験を行ったりしていると考えられると言うのです。実験は世界の仕組みを知るための最良の方法だとゴプニックは言います。

子どもたちのこうした特性を知って、科学ゾーンに取り組むべきでしょう。単に、早期教育だとか、また、何かを教えるような科学では意味のないことを知ります。ただ、子どもたちのこうした試行錯誤は、一人で黙々と集中して取り組むときと、皆でわいわいと言いながら取り組むときとでは、身につくものが少し違う気が私はしています。それは、個人差があるのでどちらがいいかということは言えませんが、今までの研究や、取り組みに、子ども同士が知恵を出し合うことの意味が少ないようです。しかし、“助っ人理論”ではありませんが、社会に出てそれは大切なことだと思うのです。特に、私たちの先祖であるホモ・サピエンスは集団の中で、知恵を出し合って道具を進化させていったのです。

科学的発見

赤ちゃんは統計の標本と母集団の関係を理解することもできるそうです。2008年、カリフォルニア大学バークレー校のゴプニックの共同研究者シューと赤のピンポン玉を使って実験をしたそうです。8カ月の赤ちゃんに白と赤の球を4対1の割合で入れた箱を見せ、そこから無造作に5種の球を取り出します。すると赤ちゃんは、確率的に低い赤玉4個と白玉1個を取り出したときの方が、白玉4個と赤玉1個を取り出した時よりも驚いていたそうです。その状況をより長い時間じっと見つめたというのです。

統計パターンを見つけ出すことは、科学的発見に至るまさに第一歩です。さらに驚くことに、子どもは、科学者のように統計に基づいて周囲の世界に関する理論を組み立てるというのです。

ゴプニックは20カ月の赤ちゃんを対象に、ピンポン玉を緑のカエルのおもちゃと黄色いカエルのおもちゃに変えて実験を行ったそうです。実験者が箱から5個のおもちやを取り出した後、テープルの上のおもちゃの中からどれか1つをちょうだいと子どもに頼みました。カエルのおもちゃが多い箱からカエルをたくさん取り出した場合、子どもが選ぶ色に傾向は見られなかったそうです。しかし、その箱からアヒルをたくさん取り出したとき、子どもはアヒルを選んで実験者に渡したそうです。どうやら子どもは、実験者が確率の低い選択をしたのは、無作為に選んだわけではなくアヒルを好きだからだと考えたようだと言うのです。

ゴプニックの研究室では、幼児が因果関係を理解するために統計データと実験をどのように使うのかを調べてきたそうですが、子どもの思考能力は“因果関係がわかる以前”のレベルをはるかに超えていることが明らかになりました。

ゴプニックたちは「プリケット探知機」という装置を使って実験しました。この装置を子どもに見せ、ある物(プリケット)をのせると光って音楽が鳴ると説明します。次に、この装置にいろいろな物をのせて装置の作動パターンを見せ、子どもたちがどのような因果関係を引き出すか調べたのです。「さあ、プリケットはどれかな?」と。

2007年に、ゴプニックは、現在はコーネル大学にいるクシニルと、未就学児がその装置を動かす方法を確率から学ぶことを発見したそうです。ゴプニックたちは、 2つの積み木のうち1つを繰り返し置いて見せました。黄色い積み木を置くと、装置は3回のうち2回光りましたが、青い積み木の場合は3回のうちの1回だけ光りました。次に積み木を子どもたちに渡し、装置を光らせてと頼みました。子どもたちはまだ足し算引き算ができないにもかかわらず、確率の高い黄色の積み木を置くことが多かったそうです。

積み木を装置に触れずに上方で振って装置を作動させた場合、子どもたちは作動確率の高い積み木を正しく選んだのです。子どもたちは実験の開始時点では、このような“遠隔作用”はありえないと考えていたそうですが、それは子どもたちに尋ねて確認したのですが、子どもたちは確率を使い、まったく新たな驚くべき事実を発見するに至ったそうです。

立場に身を置く

1996年に、現在ワシントン大学にいるレバチョリとゴプニックはある発見をしたそうです。18カ月児は他者が自分とは違うものを欲している場合があることを理解できるということです。

実験で、 14カ月児と18カ月児に生のブロッコリーが入った器と金魚形のクラッカーの入った器を見せ、それぞれをいくつか食べてまずそうな顔か、おいしそうな顔をして見せたそうです。手を出して「少し私にくれる?」と尋ねると、18カ月児は自分用にクラッカーを選んでも、実験者がプロッコリーをおいしそうに食べたときはプロッコリーを渡してくれたそうです。ただし、14カ月児は常に実験者にクラッカーを渡したそうです。

このように、これほど幼い子どもでも完全に自分本位ではなく、立場に身を置くことができるようです。4歳ごろまでに、人々の心理についての理解をさらに深めるようです。例えば、ある人が変な行動をしているのは何か間違った思い込みをしているからだと解釈できるようになります。

この研究結果からみると、ピアジェの自己中心性とは何だったかと思ってしまいますね。この自己中心性は、J.ピアジェが幼児の精神構造の特徴を表わすために用いた概念です。もっぱら自己を中心に据えた視点から外界に働きかけ、視点を変えたり、視点と視点の関係をとらえたりすることのできない時期の特徴としました。その特徴が幼児まで見られるとしたのですが、こうした性質は、空間知覚、言語、知的作業など、さまざまな側面について論じられるため、多くの場面で誤解を生じたような気がします。白紙論同様、もう一度乳児を考えるうえで得見直さなければいけない特徴です。

20世紀の終わりには、赤ちゃんはかなり論理的で洗練された知識を持ち、成長するにつれて驚異的な速さでその知識を増やしていくことが明らかになってきました。赤ちゃんが物体や人間のふるまいについて大人なみの知識を持って生まれてくると主張する研究者もいるそうです。新生児が白紙とはほど遠いことは明らかですが、子どもの知識が変化していくことを考えると、子どもは自分の経験を通じて世界について学んでいるのでしょう。

人間は様々な種類の大量の情報を常に知覚していますが、その雑多な情報の山の中からどうやって世界について学ぶのかは、心理学と哲学における最大の謎の一つとなっています。ここ10年間で、赤ちゃんや幼児がどうやってこれほどたくさんのことを素早く正確に学んでいるのかがわかり始めたそうです。子どもは特に統計パターンに基づいて学習する優れた能力があることをゴプニックたちは見出したそうです。

1996年、ロチェスター大学のサフランとアスリン、ニューポートは、言語の音のパターンを使ってこの能力を最初に証明したそうです。彼らはある統計的な規則性を持った一連の音節を数人の8カ月児に聞かせたそうです。例えば、「ロ」という音のあとに「ピ」という音が続くのは全体の1/3ですが、「ピ」のあとには必ず「ダ」という音がきます。その後、同じパターンの音とこの規則に合わない流れの音を聞かせました。すると、赤ちゃんは統計的に珍しい音に長く耳を傾けたそうです。より最近の研究で、赤ちゃんは楽音や視覚的な場面についての統計パターンや、さらに抽象的な文法パターンも見つけられることがわかったそうです。

間違った見方

なぜ私たちはこんなにも長く赤ちゃんについて間違った見方をしていたのでしょう?4歳以下の幼児(この記事ではこの年齢の子どもについて述べる)をぱっと見ただけなら、たいしたことは何もしていないと思えるでしょう。なにしろ、赤ちゃんはおしゃべりができません。5~6歳の子どもですら自分の考えを言葉で表現するのが上手いとは言い難いです。平均的3歳児に自由に答えさせるような質問を投げかけると、ある意味面白いですが、思いついたことを連ねただけの不可解な独り言が返ってくるでしょう。

この分野の先駆者であるスイスの心理学者ピアジェなどの初期の研究者は、子どもの思考自体が不合理で非論理的、自己中心的で、原因と結果の概念すらない咽果関係がわかる以前”のレベルだと結論づけたのです。

1970年代後半になると、新しい手法として、赤ちゃんや幼児の話の内容ではなく行動に注目するようになりました。赤ちゃんは予測できることに比べ奇抜で予想外の出来事を長く見つめるので、そこから赤ちゃんがどんなことが起こると期待していたのかがわかるのです。そして、積極的な行動を調べれば、より強力な証拠を得ることができます。何に手を伸ばし這って近づこうとするのか、周りの人々の行動をどのように真似るのかを観察するのです。

幼い子どもは自分が思っていることを言葉で人にうまく伝えられませんが、実験者が注意深く工夫すれば、そこから子どもの考えを引き出すことができます。例えば、ミシガン大学アナーバー校のウェルマンは、子どもが自然に口にする会話を録音して分析し、子どもの考えを知る手掛かりとしました。よく的を絞った質問をする方法もあります。例えば、自由回答式ではなく2択の質問をするのです。

1980年代半ばから1990年代にかけてこのような方法を使って研究が進められ、赤ちゃんが周りの世界についてかなりの知識を持っていることがわかりました。赤ちゃんは、“今”や“ここ”の枠にとらわれない考え方ができるのです。

イリノイ大学のベイラージャンやハーバード大学のスペルクらは、幼児が運動の軌跡や重力、中に何が入っているかなどの単純な物理的関係を理解していることを発見しました。子どもは物理的に自然な出来事よりも、固い壁からおもちゃの自動車が現れるといった不思議な現象をより長い時間見つめるのです。

3 ~4歳になるころ、子どもは生物学的な基礎知識を得て、成長や遺伝、病気について理解し始めるということがわかりました。このような理解力があることから、子どもが見た目より深いところから物事について推論しているのがわかると言います。ミシガン大学のゲルマンは、幼児が動植物の“本質”に気付いていることを発見しました。生物には、外見が変わっても変わらない、目に見えない芯のような存在があると、子どもは理解しているのだと言うのです。

赤ちゃんと幼児が知っていることで最も重要なのは、他者に関する知識です。ワシントン大学(シアトル)のメルゾフは、新生児でも人間は特別な存在であることを理解していて、人の表情を真似ることを示しました。

意外な脳力

今年訪問したドイツの園で、どこでも行われていた「オープン保育」からは、自由遊びの価値をもう一度取り戻そうという考えが根底にあるようです。ですから、最初に取り組むきっかけとなった、OECDが行っているPISAの学力調査の結果から、乳幼児教育を見直す際に「遊び」を中心にすることはブレずに始まったのでしょう。

それから、取り組む際に懸念していた保育者たちを動かした子ども観には、白紙論が否定されてきたことがあると思います。このことについて、同じ別冊日経サイエンスの中で、以前ブログでも何回か紹介したカリフォルニア大学バークレー校の心理学教授と哲学の客員教授をしているA・ゴプニックが「子どもの意外な“脳力”」という記事を書いています。彼女は、他者も心を持つことを理解し、相手が自分とは違うものを信じたり、欲したりする場合があると理解する能力である「心の理論」の草分け的研究者として有名です。

これらの研究から、子どもは科学的取り組みをする存在であるということがわかってきました。それを根拠にしているかわかりませんが、ドイツにおける「小さな科学者たち」という取り組みでしょう。最初にドイツに行ってその取り組みを見た時には、随分と高度な、また、早期教育的なイメージが強かったのですが、ここ30年くらいの間に、子どもは科学者のように実験をしたり、統計的に分析したり、物理や生物、心理に関する理論を直観的に組み立てたりしながら、周りの世界について学んでいることも明らかになってきました。そのことを根拠に幼児期から科学的実験や科学的考察をさせる取り組みが始まったのかもしれません。

そんなことを踏まえて、A・ゴプニックの「子どもの意外な“脳力”」を読んでみたいと思います。まず、触れているのは、白紙論の見直しです。いわゆる「赤ちゃんは白紙で埋めれ、その絵を描いていくのが保育の仕事である」と思ってきたことについてです。

30年ほど前には、心理学者や哲学者、精神科医のほとんどが、赤ちゃんや幼児は理不尽で自分本位なうえ、道徳概念がないと考えていました。子どもは“ここ”と“今”という枠に縛られていて、因果関係を理解できず、他者の経験を想像することも、現実と空想を区別することもできないと思われていました。いまだに子どもを未完の大人と考える人は多いようです。

しかしこの30年間で、ごく小さな赤ちゃんでさえ私たちの想像以上にさまざまな知識を持っていることがわかってきました。さらに、子どもは科学者のように実験をしたり、統計的に分析したり、物理や生物、心理に関する理論を直観的に組み立てたりしながら、周りの世界について学んでいることも明らかになってきました。

2000年頃から、このような幼い子どもの優れた能力を支えるメカニズムについて、コンピューター科学や進化、神経科学の観点を取り入れた研究が行われるようになりました。こうして得られた画期的な発見は、赤ちゃんや幼児に対する私たちの概念を変えただけでなく、人間の本質についての新たな見解をもたらしたのです。

ヒトの模倣

大型類人猿の模倣学習に関する証拠の中で、最も説得力があるとビョークランドらが考えている研究では、文化化した若いチンパンジーに一組の物体に対する行為、たとえば、シンバルをたたき合わせて音を出すという行為を示し、少し間をおいた後、別の物体、たとえば、二つのこてを一組与えます。チンパンジーがモデルの意図である、ここでは物体をたたき合わせて音を出すという意図を理解していれば、この行動を形の似た別の物体に一般化するはずです。ここでは、二つのこてであっても、これをたたき合わせる行動をするはずです。まさに、この行動をチンパンジーはとったそうです。このことは、この研究や関連研究でこれまでに観察された延滞模倣が、模写や目的模倣ではなく、真の模倣学習を反映するものだったことを強力に裏付けるものだというのです。

文化化したチンパンジーに関するこの研究結果は、模倣学習の基盤にある表象能力が類人猿にも出現するのは、ヒト的環境で育てられた場合のみであることを示唆しています。ヒトの養育環境では、模倣が奨励され、自身、養育者、外部の支持対象という三者の相互作用が行われます。共有―共同注意、参照コミュニケーション、そしておそらく言語などが生じることが、標準的なヒトが示す社会的認知が実際に現れるのに不可欠であると考えられていることも多いようです。

ヒトの乳児期、歩行期の子どもが示す模倣に関する研究は多くあるそうですが、こうした研究のほとんどは目的模倣、模写、模倣学習の区別をしておらず、単に観察した行動を子どもが再現するか否かに焦点が当てられています。たとえば、就学前の子どもの道具使用の模倣を評価した研究では、子どもがターゲット行動は模倣しますが、その行動が機能的ではなくとも模倣を続けることが報告されています。このことは、以前のブログの中でも紹介されていました。

このことから、この子どもたちがその道具を使う大人の意図を理解しておらず、単にモデルが示した行動を模写しているだけであることが示唆されていることになります。ウォントとハリスの最近の実験は、この解釈が低年齢の幼児には言えても、それ以上の就学前児には当てはまらない可能性が高いことを示しています。ウォントとハリスは、道具使用課題におけるモデルの目的を、3歳児は理解でき、2歳児は理解できないことを示したそうです。彼らの研究では、子どもに、筒に入っているおやつを大人が棒を使って押し出すところを見せます。この課題の成否は、棒を筒に挿入する方向で決まります。誤った側から挿入すると、おやつが穴から落ちてしまい、手に入りません。子どもたちに問題解決の正しい方法と誤った方法の両方を示したところ、3歳児はその後、行為を模倣しておやつを取り出すことに成功したそうです。それに対し2歳児の成績は、ほぼチャンスレベルであり、道具を使ったモデルの行為と結果との関係性を、完全には理解していないことが示唆されたのです。

トマセロ、クルーガーとラトナーの分類では、模倣学習の次の段階は、指導学習であるとしています。指導学習では、到達度の高い個体が到達度の低い個体に指導を行います。ただし、指導が行われる全事例が指導学習と言えるわけではないと言います。

模倣による社会的学習

模倣については、大型類人猿についても広く研究されています。手話の訓練を受けたチンパンジーと野生のチンパンジーが、行為をすぐさま模倣することを示す説得的な証拠が存在するそうです。しかし、たとえば、手話サインや顔の表情などの、物体に対する行為の即時的模倣に関しては、説得力のある証拠が少ないそうです。たとえば、ある研究では、道具を使って蜂蜜を採る(蜂蜜釣り)技術を持ったチンパンジーを、経験のないチンパンジーとペアにしてみたそうです。経験のないチンパンジー6頭中3頭は、蜂蜜釣りを試みる前、または、蜂蜜釣りを試みて失敗したのちに、経験が豊富なパートナーが蜂蜜を採るとことを自発的に観察させます。この3頭のチンパンジーが、蜂蜜釣りに成功したのちに、パートナーを観察することはほとんどなかったそうです。この結果から、社会的学習には技術力の高い仲間を観察することが必要であることを、チンパンジーが程度理解していることが示唆されます。

しかし、仲間が成功するところを観察したのちに、1回目の試みで成功したチンパンジーは、5頭中2頭のみだったことから、模倣が生じるためには観察が必要ですが、それだけでは十分ではないことがわかります。さらに、問題の解決方法を観察したことによる、学習の促進効果はなかったそうです。つまり、経験豊富な仲間とペアにしたチンパンジーも、単独で問題解決をしたチンパンジーも、蜂蜜釣りの問題解決にかかった時間は、ほぼ同じだったそうです。すなわち、やり方を観察した恩恵はなかったということになります。このように、チンパンジーは道具を使うことから、社会的学習を行っていることは明らかですが、この学習に本当の意味での模倣が関与しているとは考えにくいとビョークランドは考えているそうです。

しかし、チンパンジーが素晴らしい社会的学習者であることには議論の余地はないと言います。自由生活および研究所で暮らすチンパンジーの両方で、道具の使用を含む複雑な行動を、通常、社会的文脈で獲得することが複数の研究で一貫して示されているそうです。近年では、チンパンジーの文化に関する主張もあり、アリ釣りやシロアリ釣り、くるみ割り、毛づくろいなど39種類の行動が、文化的に伝播されることが確認されているそうです。最近のいくつかの研究結果から、様々なレベルの模倣学習がチンパンジーに確認できることが示唆されているようです。

モデルの行為の延滞模倣に関する確証的な証拠は、目的模倣や物や場所による促進ではないものについては、文化化した類人猿からしか得られていないそうです。これらの研究は、類人猿が延滞模倣を示す確固とした証拠であるとビョークランドたちは考えているそうです。しかし、類人猿は単にモデルの行動を模写しただけであり、実際にはモデルの意図を理解していないという主張もあるでしょう。ヒトとの接触を多く持つチンパンジーに関する複数の研究で、そうではないことが示されているそうです。ある研究では、4頭のチンパンジー(うち3頭は「言語訓練」経験がある)に、ヒトのモデルが箱を開けて中から食べ物を取り出すという一連の行為を見せます。行為は、決まった順序で行いました。たとえば、かんぬき1を開ける、かんぬき2を開ける、ピンを回す、ハンドルを回すというようにです。