線引き

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授である楠木建さんは、優れた経営者にはハンズ・オンの人が多いと言っています。その理由は単純明快であり、むしろ不思議なのは.そうでない人たちだと言います。現場で何が起きているのか関心がなく、現場を自分の眼で見ることもない経営者。戦略づくりを経営企画スタッフに丸投げし、結果の数字を見ているだけの経営者。秘書が書いた原稿を一字一句読むだけのスピーチをする経営者。社員へのメッセージの手紙をスタッフに代筆させる経営者たちの存在です。このような経営者は、どこにもいますね。私たちの業界にもいる気がします。

 では、なぜこういう奇妙な(楠木さん曰く)経営者が出てくるのかというと、はなから経営をやるつもりがないというのが本当のところなのでしょうが、経営という「仕事」ではなく、経営者=エラい人というポジションにいるという「状態」で、こっちの方が思い入れの対象になっているので、商売や経営は他人事のことと思い、ハンズ・オフになるのも当たり前だと言います。これは、私のリーダー論の中でも、リーダーというのは、役職でも、地位でもなく、みながついていきたくなるようにリードする人という意味のようなことを述べています。楠木さんは、「それにしても、こういう経営者は何が楽しくて仕事をしているのだろう。意見を聞いてみたい。」と言っていますが、私も聞いてみたいものです。

確かに、経営者の仕事は担当者のそれとは異なります。担当者であれば、自分の仕事の領分が決められているのに対して、自分の仕事はここからここまで、と区切れないのが経営者の仕事であり、必要とあらば、あらゆることに突っ込んでいかなければなりません。そうなると、忙しくなります。しかし、人は限度があります。すべてを自分が把握しなければと思うと、すべてを直接自分でやらなければと思うと、無理が生じます。

 ところが、優れた成果を出している経営者を眺めていると、忙しくてきりきり舞いしているような人はあまりいないと楠木さんは印象を持ちます。もちろん、実際は忙しいのだろうと思って、相対していると、優れた経営者ほどむしろ時間的なゆとりを感じさせるものだというのです。どうしてでしょう。

 まず、考えられるのは、「人間としてのキャパシティが大きい」、「器がデカい」ということもあるかもしれませんし、「集中力が抜群で、一定の時間に普通の人よりも何倍も密度の濃い仕事ができる」のかもしれません。しかし、優れた経営者といえども人の子です。スーパーマン、スーパーウーマンなわけではありません。だとしたら、答えは一つしかないと楠木さんは考えます。それは、「何をやらないか」がはっきりとしているということです。つまり、「ハンズ・オフ」であり、「しないこと」も経営者の仕事だというのです。

 がむしゃらに何もかもやっても、人間だれしも時間は124時間と決まっています。しかも、24時間あっても、そこで食べなければなりませんし、寝ることも大切です。プライベートの生活もあります。どんなに集中力があっても、まともに仕事に使える時間は決まってきます。ハンズ・オンのスタイルで仕事をするとなると、時間がいくらあっても足りなくなるのが当たり前ですので、問題は、自分で手を出すことと、手を出さないこと、その線引きをよほどしっかりとしていなければならないのです。

ハンズ・オン

 私たちは、保育のあり方として象徴的に「見守る」という言葉を使いますが、この言葉は精神的な意味もあり、英語に訳すときには適当な言葉が見つかりません。それは、英語の日本語にするときにも同じようなことが言えるのですが、やはり、その概念が生まれた祖奥に出ないと、適切な訳語がないものです。そこで「MIMAMORU」とそのまま使うのですが、実は、科学における教師のあり方の提案の中に、この「見守る」と同じようなスタンスを表わす説明が「Science Experiences for the Childhood Years」の中にこう書かれてあります。「子どもたちが体験する(ハンズ・オン)ということは、できる限り教師は手を貸さない(ハンズ・オフ)ということも意味します。」以前のブログで、ファーストハンドという直接に体験するという考え方を書きましたが、このハンズ・オンも、体験型の学習方法のひとつです。実際に手で触れるなどの体験を通じて、より理解を深めることを目的とする考え方です。

 すこし、話はそれますが、20125月のダイヤモンドオンラインに、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授である楠木建さんが、「ハンズ・オンのリーダー像」ということを書いていました。「ハンズ・オン」と「ハンズ・オフ」について、経営者としてのあり方からヒントを得てみたいと思います。

「ハンズ・オン」という言葉を、1992年のジョージ・ブッシュが、大統領選挙演説でやたらと”hands-on”という言葉を連発していたと言います。奥座敷に引っこんでないで自ら現場に出る、自分の手でやる、ハンズ・オンというのは古今東西の優れたリーダー、経営者の重要な条件の一つでした。例えば、グーグルのCEOであったエリック・シュミットさんも徹底的にハンズ・オンの人で、彼が日本に来たときに、日本の事業や経営環境のことをとにかくよく勉強していて、本質的な具体的な質問を次から次へと繰り出したそうです。そして、帰りの飛行機の中ですぐに自分で詳細な出張記録を書き、オフィスに戻ってきたときにはすでにレポートができていて、たちどころに指示が飛んで実行に移したというような案配を行ったそうです。

 これは、他の指導者にも言えることで、GEのジャック・ウェルチさんも、そうであったそうです。一社員にしてみればCEOといえば雲の上の人で、直接やり取りする機会はまるでありません。ところがCEOであったジャックさんは、直接議論を持ちかけてくる。話を真剣に聞いてくれる。CEOとの距離感がまるで違ったそうです。「何枚もセーターを着て家の中にいると、外の寒さが分からない。寒さを肌で感じないと経営はできない」というウェルチさんも、やたらにハンズ・オンの経営者だったそうです。

このように優れた経営者にはハンズ・オンの人が多いようです。現実の現場にある現象や現物を自分の眼で見る。問題を自分の手で触って知る。社員や取引先、顧客、株主といったステイクホルダーの前に自ら出る。自らの戦略構想を自分の言葉で直接語りかける。社員や株主へのメッセージは自分で書く。メールが来ればすぐに自分で返事をする。というような経営者が優れた経営者であると楠木さんは言います。優れた経営者はなぜハンズ・オンなのかということにこう書いています。「理由は単純明快、自分の事業に対してオーナーシップがあるからに違いない。オーナー経営者(会社の所有権をもっている)かどうかの問題ではない。“俺がこの事業をしている!”というメンタリティー、気構えの問題だ。商売が自分事であれば、自分の眼で見て、自分の手で触り、自分の頭で考え、自分の言葉でコミュニケーションしたくなる。当然の成り行きだ。」と書いているのです。

職場環境

最近、他の職場同様、園でも精神的に病んでしまう職員が多くみられます。離職率の高さを生んでいる原因に、職場における人間関係によるストレスが大きく影響しています。「人が宝」と思うのであれば、職員のメンタルヘルスにもっと関心を払う必要があると尾崎氏は指摘します。その具体的な対策として第4のポイントとして、そのストレス要因をいかに低減するかを職場全体で考える必要があります。最近は、「職場環境改善会議」と称し、職場ストレスを低減する方法論の研究も進められているそうです。それは、「生産性の向上」という観点ではなく、「ストレス低減」という観点から改善活動を行うことが必要であると言います。ですから環境といってもハードである環境や仕事の進め方だけでなく、人間関係や権限委譲、働きやすさなどの目に見えないソフト面にも目を向ける必要があるようです。

第5番目として、メンタルヘルスに問題があるとして休職者に対して、復職を期に改めて本人の「強み、弱み」を振り返る機会をつくることが必要だと言います。ドラッカーは、「強みを生かす」ことを繰り返し述べています。そして、『経営者の条件』という本の中で、「知識労働の時代においては、強みをもとに人事を行うことは、知識労働者本人、人事を行うもの、組織そのもの、社会にとって欠くべからざることである」と述べています。

一見、管理職から見れば、「確かに人を大切にすることが重要であるのは間違いないが、そんなことをしていたら生産性が上がらない」と思いがちですが、実際は違い、かえって、ヒトを大切にすることによって、会社の業績とメンタルヘルスの両方が向上した例があるそうです。例えば、オリンパスソフトウェアテクノロジーでは、社員個々を把握するための「コミュニケーションシート」やスキルアップのための「スキルシート」と「社員教育」を充実させました。そして、管理職と社員の距離を縮める制度改革やイベントを実施し、メンタルヘルスの専門部隊を社内に設置してメンタルヘルス不調を個人ではなく会社の問題として解決する姿勢を積極的に示し続けたそうです。

その結果、メンタルヘルス不調による休職者、退職者が減少しただけではなく、自己都合退職率0%、開発生産性32%向上を達成したといいます。人を中心に据えた経営が、メンタルヘルスにかかわる問題だけでなく、生産性や離職率にも影響したということです。園でいうと、職員はいろいろと困難にぶち当たることがあります。たしかに、そんな時に突き放して、それを乗り越えさせることで立ち直らせることが行われてきました。しかし、それは物がなく、貧しい時代の話で、今の若者たちは共感してあげることが必要です。誰かが自分のことをわかってくれる人がいるという確信ががんばる気持ちにさせます。

やはり、ヒトは社会を構成し、その中で協力をして生き延びてきた生き物なのです。ですから、孤立には非常に弱い生き物です。他人から無視され、相手にされない、切り捨てられると感じることは、仕事へのモチベーションが下がります。それに対して、気に掛ける、理解する、共感する、励ます、共に行動する、こんな関係が職場に必要です。

人手不足は、ただ、給料を含めた処遇の低さや、少子化による人口減に原因を求めるのではなく、職員の気持ちの変化に気づき、「人は使い捨て」と思う気持ちから、心から、「人は宝」であるという思いを強く持つことが必要な気がします。

メンタルヘルス

人が宝だということの具体的な対応として、ライフワーク・ストレスアカデミー代表取締役であり、臨床心理士である尾崎健一氏は、メンタルヘルスへの対策が必要であると言います。労務行政研究所が行った「企業におけるメンタルヘルスの実態と対策」(2010年)によれば、何らかのメンタルヘルス施策を「実施している」企業は86.5%と、前回2008年調査の79.2%より増加しているように、最近企業では増えているようです。私たち保育園や幼稚園でも、その対策を参考にすべき時代かもしれません。

それというのも、「過去にメンタルヘルス不調で休職した社員がいる」企業は全体で92.7%、1000人以上の大企業に至っては100%に上っているようです。その観点からあまり私たちの職種では論じられることはありませんが、確実のそのような職員は増えています。そして、彼の中で「完全復帰した割合」は、なんと「半分程度」と「それ以下」を合わせると50%以上となっているといいます。つまり、メンタルヘルス不調による休職者の半数以上は完全復職できていなのです。

このような状況でありながら、まだまだメンタルヘルス不調が続出することを職場の問題と捉えず、個人の問題として切り捨てることで収束を図ろうとする職場が多いようです。それは、メンタルヘルスについての正しい認識と、どうしても根性論や怠け論的な考え方があるからと言われています。ですから、そのような理由で休職中の社員を辞めさせたいと思ったり、最初は、メンタルヘルス不調者に同情を寄せていた同僚も、軽減勤務からなかなか回復しない復職者や休職を繰り返す社員に不満の声を漏らすようになります。

しかし、組織の損得を優先し、メンタルヘルス不調者を見て見ぬふりをしていると、人的資産を損ない、貴重な人材の流出を招きかねないと尾崎氏は警告しています。そして、社員のメンタルヘルスが向上し、「人を惹きつけ、引き止め」「彼らを認め、報い、動機づけられる」組織にするために、尾崎氏はメンタルヘルス対策の観点から5つのポイントを提案しています。

第1は、「正しい理解の促進」です。メンタルヘルス不調に対して、「治らない」「根性の問題である」「私たちの頃はなかった」という認識を変え、会社から社員に対して積極的な教育・啓発活動を行うことにより、社員が「働く人のことを考えている会社だ」と思えるようにすることだと言います。第2に、「産業保健部門任せにしない」と提案します。「メンタルヘルス対応は産業医などの産業保健部門で対応すべきこと」という経営者の考えを変える必要があると提案します。ドラッカーは『マネジメント エッセンシャル版』の中で、「現実には、人のマネジメントに関する従来のアプローチのほとんどが、人を資源としてではなく、問題、雑事、費用として扱っている」ことを懸念しています。メンタルヘルス向上は、人という資源を生かすための経営課題として認識すべきだと尾崎氏は言っています。

第3は、「能動的な現状把握」であるとし、「会社として」現場で何が起きており、何がストレス要因となっているかを把握しなければならないのです。経営者が雲の上の人で社員の声が届かないという組織では、メンタルヘルス不調が起きやすいと言われています。これは、リーダーのあり方に関係してきます。その距離を縮める工夫・施策を考える必要があります。

個人の生き方

ドラッカーは、「プロフェッショナルの条件」という書籍の中で、「あらゆる組織が、『人が宝』と言う。ところが、それを行動で示している組織はほとんどない。本気でそう考えている組織はさらにない。ほとんどの組織が、無意識にではあろうが、19世紀の雇用主と同じように、組織が社員を必要としている以上に社員が組織を必要としていると信じ込んでいる」と述べ、社員をいつでも替えのきく存在と捉えることに警鐘を鳴らしています。これは、以前のブログでユニクロの柳井さんの見直したことと同じです。

たしかに、これまでも「人は宝」と言っている会社はたくさんありましたし、たとえば保育園、幼稚園にしても「職員は宝だ」と言う園長は多くいました。しかし、実際には、本当にそう思っているのかと疑いたくなるような職員に対する愚痴を聞くことがあります。しかし、最近の人手不足に対して、キャッチフレーズとして「人は宝だ」言うだけでは済まない時代がやってきたと言われています。ドラッカーは、さらに「事実上、既に組織は、製品やサービスについてと同じように、組織への勧誘についてのマーケティングを行わなければならなくなっている。組織は、人を惹きつけ、引き止められなければならない。彼らを認め、報い、動機づけられなければならない。彼らに仕え、満足させられなければならない」と述べています。

人を募集するのではなく、その組織が人を引き寄せる力がなければならないのです。また、そこで働いている人に対しては、その組織がそこに引き留めるだけのものがなければならないのです。それは、組織として、職員を認め、報い、動機づけが必要であると言っているのです。

ドラッカーは、『明日を支配するもの』と言う書籍の中で、「資産の保全こそマネジメントの責務である」と述べています。では、保育園、幼稚園における資産とは何かです。それは、保育の質であり、その質を支える職員などです。コンピューターがますます機能が充実し、様々なことがやれるようになってきました。そのような時代である21世紀の今、保育園、幼稚園のような世界だけでなく、知識労働者は間違いなく会社の資産となってきているのです。ですから、「流動化する資産の維持が、明日を迎えるために不可欠なのだ」と言われてきているのです。ドラッカーは、すでに30年も前から、現代は知識社会への転換期を迎えており、そこで働く知識労働者は、自分の仕事に責任を持ち、自らをマネジメントすべき存在であると予言しています。

 では、それをどのように守ればいいのでしょうか?意外と管理職は、現場を知らない気がします。現場をよく見て歩く、現場から話をよく聞いているという管理職がいますが、実は、そこで働く人たちへ耳を傾けていない人をよく見かけます。それは、子どもと同じで、具体的に口に出しては言いませんし、直接的な不満としても現れないことが多いのですが、何となく、その職場に居続けることが不安になったり、突然とやめると言ったりすることが多いような気がします。

 ドラッカーの「プロフェッショナルの条件」という本は、3部作の中の1部で、「個人の生き方と働き方」をテーマとしています。我々一人ひとりがどう成果をあげ、貢献し、自己実現を図っていくかについて述べた部分を抜き出して1冊の本にまとめたものです。ドラッカーの著作というと、マネジメント、社会論に関するものという印象が強いのですが、実は多くの著作の中でドラッカーは、個々の人間がどう働き、どう生きたらいいかについてもくり返し言及しています。

働き手の変化

私の園は、新宿区で民営化を受けて丸8年を過ぎました。開園の時に新卒で採用をした職員も、次第に結婚し、子どもができました。そこで、開園のころから少しずつ働き方を見直してきました。今年度は、そんな職員のために、勤務体制、また、チーム保育のあり方を見直し、自分の子どもために休みやすく配慮した人事をします。最近、多くの園で契約社員が多くなりつつある中、私の園では契約社員は派遣社員は一人もいません。一人ずつ、それぞれの家庭を大切にし、自分で選んだ生き方を応援するような体制をとっています。

それは、スタバ日本法人も同じような状況になってきました。設立が1995年なので、入社したときに独身だった社員も結婚し、家庭を持つようになりまし。子どもや親の世話といった家族の事情を抱える社員の生活設計と、画一的なキャリア形成の人事制度にズレが広がりかけていました。そこで、それまでの制度を見直し、正社員に「全国転勤OK」「勤務地限定」という2つのキャリアパスをつくりました。そして、この2つは個人の事情に合わせて途中で変更できます。契約社員は勤務地限定の正社員に変わり、それまでの正社員は進路を選べるようにしました。その結果、どうなったのでしょうか。

すると、店舗で働く約1500人の正社員のうち、4割が勤務地限定の道を選んだそうです。荻野氏は「会社や仕事に愛着を持ってくれた社員を失えば、会社も損する。そんな事態を防ぐための先手を打てた」とみています。今の時代は、単身赴任や、祖父母の介護などのために転勤をためらう人が増えてきているのです。

今や4割にもなった非正規職員の処遇や働き方を見直すだけでなく、正規、非正規を問わず、働き手の仕事や生活への考え方を見誤れば、経営の土台を揺るがしかねません。現在、いろいろな職種でこのような状況に置かれているのです。そこで、各企業では、それぞれ何らかの手を打っています。

たとえば、ゼンショーホールディングスは傘下の牛丼チェーン「すき家」を全国7地域に分社しています。その目的は、「住み慣れた場所で働きたい」という社員や就職希望者たちの声に耳を傾け、地域の実情に合うように会社の骨格をつくり直すことだといいます。以前のブログでも紹介しましたが、「ユニクロ」のファーストリテイリングもパートらの正社員化に動き出しています。ドイツでも、2級の保育者に講習を受けさせ、その間に450ユーロジョブという制度で収入をある程度確保し、給料のかなり高い1級の保育者への移行を保障し、処遇改善を図り、保育者不足を解消しようとする試みを行っています。

働き手の会社への期待は世代や雇用情勢によって変わります。固定観念にとらわれず、働き手の変化のサインを見逃さないことが大事になってきたといいます。その変化についていかずに、ただ、処遇が悪いとか、給料が低いからだと言っているだけでは、人手不足は解消していきません。

ドラッカーは、「プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか」の中で、人を使い捨てする会社の行く末」について警鐘を鳴らしています。この本は、ドラッカーを初めて読む人のために、これまでの著作10点、論文1点からエッセンスを抜き出し、ドラッカー自身が加筆・削除・修正したものです。この中で、ドラッカーは、社会において業績をあげ、何かに貢献し、成長するにはどう考え、行動すべきかを考えています。

人手不足

 ユニクロの柳井社長は、「サラリーマン時代は終わった」として、若い従業員に一定の権限と責任を与え、それを基礎とした組織運営を行ってきました。それは、非正規社員を多く使うことで人件費を抑えることにも大きく貢献し、新しいタイプの衣料小売りの分野を切り開いたのです。しかし、2014年8月期の連結純利益が増益から一転、減益になる見通しだと発表しました。その中で、今月11日、株式市場ではユニクロのファーストリテイリングの売りが膨らみ、終値は約8%下落しました。こうしたなかで柳井正会長兼社長は、パート・アルバイト16000人を正社員に登用する方針について記者会見しました。その会見では、人材の枯渇に危機感を募らせていることを強調し、これまでの経営路線の誤りを口にしたのです。

 大きく伸びてきた企業だけに、自らの過ちをきちんと見つめ、その改革は素早いですね。過ちをなかなか認めず、しかも、その改革が遅いことが多い世界ではその会見は参考になります。もちろん、過去においても改革はしてきました。特に、「チェンジ・オア・ダイ(変われなければ、死だ)」というほど、常に新しいものに向かってひじょうに貪欲でした。その改革の中で。柳井氏はグローバル経営に力を注ぎ、幾度となく厳しい言葉を口にしてきました。その度に、「ユニクロは(労働環境が劣悪な)ブラック企業」とネットなどで批判を浴びた時も、急速なグローバル化に対応できない人が増えている結果、と受け流していました。

 グローバル化の中では、離職率が高いのはしかないと思っていたようです。その考え方のせいか、ファストリの新卒社員の3年以内の離職率は約30%にも達しています。ピーク時には、50%程度にも達していた水準と比べると低下しているのですが、業界水準と比べるとなお高い離職率です。ところが、11日の会見での物言いは一変しました。「グローバル化だけではない。日常生活で成長する人生を認める」「成熟社会になると、精神的な安定を求める人が出てくる」などと話し、国内志向を積極的に評価する姿勢に変わったのです。そして、「国内事業のすべてを180度変える」。これまでの経営の考え方を修正するということで、この会見は、今までの方針や考え方の反省会となったと記事に掲載されていました。

 このように、方向転換せざるを得なくなったのは、圧倒的な人手不足です。それは、少子高齢化によるものが大きく作用していますが、一方では、引きこもりやニート、現代うつ病などから、働こうとしない若者が増えたこともあるでしょう。また、単に組織の歯車の一つのように使い捨ててきた時代ではなくなり始めてきて、「少子高齢化により人材が枯渇する。時給千円で人が集まる時代は終わりを告げた」と大量で安価な労働力を前提としたチェーン経営の限界がきはじめているのです。

 離職率が高いユニクロでは、とりわけこの問題が響きます。成長至上主義だった同社が「国内店舗総数は増やさない」とまで言い切ったのです。そして、ただ数を増やすことから、1店舗ずつを大切にし、1店舗当たりの売り上げを増やす方針にカジを切ったのです。そして、上司が一方的に部下に仕事を強要する「ダメな体育会的体質」を改善すると言っています。

 また、成長鈍化を覚悟してパート・アルバイトではなく、忠誠心の高い社員による自発的な「個店経営」に変えました。「部下は部品ではない」「部下の人生を預かる」という発言からは、これまでの失敗を自分に言い聞かせているかのように感じました。

不要なものは捨てる

エステー化学の会長である鈴木喬さんが、みんなの反対を押し切って社長に就任したのは、それまでどうにもならなかったという切羽詰まった状況にあったからです。ですから、就任当初は、何を提案しても否決されます。それは、今まで自分たちがやってきたことを否定されるわけですから当然ですが、とにかく一刻も早く変わらなければ生きていけないと鈴木さんは改革を進めます。そんなときに鈴木さんは、そんな役員にこう言います。「君、最近、疲れているようだから休んでいてくれないか。」「どのくらいですか?」「うーん。とりあえず俺が言うまで家で寝ててくれ」もちろん、こんなことを言うのは身を切るほどいやなことです。しかし、そのいやな役目をやるのは社長しかいないのです。

この強引な手立てで少し社内に緊張感が生まれました。そして、再建にあたって「コンパクトで筋肉質な会社になる」という旗印の下、五つあった工場を三つにしたところ、これは本気だと社員は感じたのでしょうか、リストラもしていないのに「あのバカ殿、だめだこりゃ」とやめっていったそうです。「従業員には従業員の言い分があるのだから、そんなもの、いちいち説得していたら時間もかかるし、こっちが病気になりますよ。」と鈴木さんは振り返ります。

鈴木さんは、工場を整理するだけでなく、160種類もあった商品をとにかく削らせます。単にコンピューター上になるだけで、実際に商品として流通しているのは三分の一もなかったのです。そんなもの痛くもかゆくもないのに、営業は一つでも削ると売り上げに響くとか、ものすごく抵抗したそうです。このようなことはどこにもあるような気がします。幼稚園や保育園でも、長い間やってきたことで、現在は何にも子どものためにならず、それどころか子どもだけでなく職員も負担になっていることをやめようとすると、入園する子どもが減るのではないかと抵抗することがあります。または、自分ではやらないのに、人がやめようとすると抵抗します。

鈴木さんは頑として「不良在庫は全部捨てろ」と指示します。しかし、半年たっても誰も捨てません。仕方ないので、鈴木さん自ら車を運転して物流センターに行って、「こんなほこりをかぶった商品、売れるか!全部捨てちまえ」と毎月1回やり取りしていたそうです。そうして、1年目は一つも減らなかったのが、2年目に三つか四つ、3年目に一気に減ったそうです。なかなか整理できなかったのは、売れもしない商品をだれが作ったかという責任問題になるのが嫌だったからだと言います。鈴木さんは、一切責任は問わないと言い続け、それが、3年目にはやっとわかってもらえたと言います。私も、その時としては子どもにとって最善のことを考え、取り組んできたので、それを否定することはすべきではないと思います。しかし、時代の変化によって、それが意味なくなったというだけですが、どうも自分のことを否定されていると思ってしまうことが多いように思います。

これらの改革が功を奏したのは東北大震災の後のことです。多くの国民が、テレビに流れるACのCMに少しうんざりしていたころ、「この時期だからこそCMをやるべきだと思います。」という社員の言葉にいま日本中を覆っているくらい空気を明るくしたいということで、傷ついた心をいやしてくれるのは子どもの歌声だろうということと、1955年に大地震があり、大津波に襲われ、市民の三分の一に相当する6万人が亡くなったにもかかわらず、立派に復興し、美しい都市として残っているリスボンに行き、作られたのが、あの「しょうしゅうりきー」というCMで、商品も登場しないにもかかわらず、大反響を生むことになったのです。

強いリーダーシップ

旭山動物園の例ではありませんが、職員はまったく代わらないのに、リーダーが代わることで、その職員が生き生きし、発想が豊かになり、組織をよみがえらせることがあります。その企業の業績が下がるのは、時代のせいでもなく、組織のメンバーのせいでもなく、リーダーの在り方によることが多いのです。それがリーダーシップなのです。

 園の近くにエステー化学という会社があります。「消臭りきー」というコマーシャルで話題になりました。この会社は、強いリーダーシップをとる新しいリーダーにより、生まれ変わったのです。現在会長である鈴木喬さんは、51歳の時にそれまで勤めていた日本生命を辞めて父親と兄が経営していたエステーに移りますが、社長になるのは63歳の時です。「何をしでかすかわからない。」ということで、就任後も大反対にあったそうです。それは、当時社内では、危機感がなく、変化せずとも、しばらくするとまた景気がよくなるだろうと幻想を抱いていたからだと言います。

鈴木さんは、就任のスピーチで「聖域なき構造改革をやる」と言って改革に着手します。彼の信念は、勝負っていうのは「3日、3月、3年」だと言います。「三日で全部言いたいことを言って、三ヶ月以内に全部実行に移す。それでケリがつかないときは三年かけて攻め落とす。だから最初にガツンとやるのが肝心です。」と「致知」という雑誌で日本マクドナルド社長の原田さんの対談の中で振り返っています。この断固たる決心と決断は、原田さんも同感しています。原田さんも就任してのスピーチで、「いまから新しいバスが出発する。乗りたくない人は乗らなくて構わない。」と言っています。

このかなり強引に見える改革へのスタートは、私から見ると、断固社員みんなを守るぞという決心に聞こえます。それと、社内に流れている空気というか、今まで築いてきたと錯覚している風土から、真の問題点を指摘している言動の気がします。それは、原田さんのこれに続く言葉でわかります。原田さんが就任した当時の日本マクドナルドは、うまくいかないのは、「アメリカ人は日本をわかってくれない」とか「向こうは日本のことを知らない」というのが企業風土だったのです。それを原田さんは、「マクドナルドはアメリカ国籍の企業だ。それが嫌なら日本のうどん屋へ行け」とまで言います。もちろん、会社を去った職員もたくさんいたそうです。

この時に、鈴木さんや原田さんは、基本的に守りたかったのは、会社でもなく、まして社員ではなく、顧客に視点が向いていたのでしょう。私たち園の経営も、守るべきは子どもたちです。当たり前のことですが、子どもを犠牲にしてまでも園を守ろうとする姿勢は、次第に信用を失い、結局は園を守ることができなくなるのです。もちろん、役員、社員を説得し、彼らの同意を得て、みんなで一丸になって進むのが理想ですが、人はそれぞれ考え方は違いますし、価値観が違います。全員に納得してもらうまでは改革しないというのではいつまでたっても進みません。リーダーは、確乎たる信念と、きちんと大義に殉じていれば、恐れることはないのです。その時に、自分の保身のために反対しているのではなく、きちんと大義を共有する社員はついてくるはずです。このあたりが、追い詰められた瀕死の状況から立て直す時の難しさです。

しかし、そうはいっても厳しさだけでは人はついてきません。リーダー自らの行動力が必要なのです。そこは、どう進めていったのでしょうか?

堅実さと挑戦的体質

ウシオ電機会長の牛尾治朗さんは、トップとして48年引っ張ってきました。彼の考えるリーダーシップは、思考の三原則に立ち返ることとしています。それは、表面的なことにとらわれず、本当に大事な根幹まで考えて決断することです。しかし、48年間は決して順風ではなかったのは当然です。会社を創設して18年目にニクソンショックを乗り切り、石油ショックも乗り越えようとしたとき、その自信は崩れ去ります。当時、気鋭の若手経営者としてチヤホヤされていて、テレビに出演した時に、「この難局でも当社は賃上げします。これを乗り越えるのが経営者の使命です。」と大見得を切ります。しかし、そんな格好つけても、きちんと事態を把握し、先を見通さないと失敗します。

 そんな時に、当時の日経連の櫻田武さんに呼ばれ、「君はテレビで賃金を上げると宣言したけれども、こういうインフレの時に賃上げはシングルデジット、9%以内の抑えるのは経営者の見識というものだ。むやみに賃金を上げたら悪性インフレになってしまうから、まず企業が賃金と出費を我慢ずよく抑えることが大事だ」と懇々と諭します。彼は、その忠告に従って、すぐに賃金を抑えます。かつてブログで取り上げましたが、「君子、豹変す」というのは、君子ほど間違っていたと気がついたら、すぐに変えるものだということです。リーダーは、自分だけではなく、皆を率いています。自分一人のメンツや格好つけで変えるのが遅くなればなるほど取り返しがつかなくなってしまうのです。

 牛尾さんは、その時にワンマン経営の弊害に気がつきます。当時、営業本部長、開発本部長、生産本部長をすべて一人で努めていました。それによって視野が狭くなり、全体が見えにくくなります。そして、他人を育てることの大切さにも気がつきます。それには、自ら現場に行って変化をとらえる現場主義が大切であるということは、日本の美質である、変えてはならない経営原則だと言います。組織の最高責任者は、現場を見る人でなければ務まらないと言います。そして、後継者には、現場を見て歩くとき、緊張するのではなく、現場の従業員が「来てくれた」とうれしそうな顔をする人で、温かみというか、思いやりのある人がいいと言います。

 牛尾さんは、33歳で会社を作った時に三つの経営理念を掲げました。一つは、会社の繁栄と従業員の人生の充実が一致する経営をしようということ。二つ目が日本の中堅企業から世界の中堅企業になろうということ。そして三つ目が、安定利潤を確保して研究開発を通じて社会に貢献すること。この三つを会社経営理念として不易なものとして貫いてきたそうです。ところが、この三つにも問題が出てきました。最近は、人生の充実といっても社員それぞれ非常に多様化してきました。そこで、会社の繁栄と一致させることが難しくなってきました。二つ目の世界の中堅企業へという理念については、急激な技術革新によって、新製品の開発には大きな金額が必要になり、独自ブランドだけでは達成できなくなってきました。さらに、三つ目の安定利潤の確保というのも、個別の会社がすべて安定利潤を確保しつづけることは困難な時代になってきました。

 そこで、創業理念を再検討している最中だそうです。不易として大事にし、残すべき部分と、21世紀型に変化させる流行の部分の区別を明確にする必要があると考えているようです。守るべき部分を堅持しつつ、常に変わり続けていく。リーダーは、目まぐるしい時代の変化に、翻弄されることなく、不易流行をしっかりわきまえて道を切り開いていかなければならないと提言します。

 人を育て、民主的な経営を目指してきた牛尾さんとは違って、かなり強引な強いリーダーシップがときには必要な時もあります。