fujimori の紹介

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属していないカテゴリー

ハリスはつぎのような過程を目の当たりにしてきたそうです。彼女の弟はまるで以前紹介したマークのようで、ハリスはオードリーのような子だったそうです。同じ親から生まれた生物学的きょうだいであるにもかかわらず、まったく似たところがありませんでした。幼児としての弟はすべてを怖がり、特に見知らぬ人と大きい音が苦手でした。彼は雷を恐れましたが、ハリスは大好きだったそうです。ハリスの母親は弟を甘やかし、父親は彼にいらだっていましたが、両親はハリスに影響を及ぼしたようには彼に影響を及ぼさなかったそうです。弟は小学校入学時でもまだ臆病な子どもでした。ところが、12歳の弟は、雷を恐れていたのが嘘のように、友だちと一緒に火薬を使って実験をするような子どもになっていたそうです。彼は自分の命さえも危険にさらしたのです。成人してからの彼は勇敢で、落ち着いていて控えめな典型的なアリゾナ州民でした。

ハリスは仲間たちから、逆の影響を受けたそうです。弟は大胆になり、私は引っ込み思案になったそうです。子ども時代の艱難辛苦の末、ハリスたち、弟と彼女は子どもの頃よりもはるかに似たきょうだいへと変貌を遂げたのでした。

自己カテゴリー化がもたらす最も厄介な作用は自分の属していないカテゴリーを嫌う傾向を生み出すという点だとハリスは言います。集団間の敵対心はカテゴリー化によって必然的に生み出されるものではなく、カテゴリー化による当然の結果なのだと言うのです。

ある少年は他に誰もいなければ隣に住む少女と遊びますが、彼が同性の仲間たちと建てたクラブハウスには「女子入るべからず」との看板が打ちつけられました。〈女の子〉と〈男の子〉という社会的カテゴリーが顕著な時代や土地においては、異性に対する敵対心は保育園の頃から見られ、小学校では学年を増すごとに強くなっていくとハリスは言います。幼稚園から四年生までの五年に及ぶ男女共学の間、女の子が仲間の男の子に向ける好意と、男の子が仲間の女の子に向ける好意は一貫して下降傾向にあると言います。ある研究者が小学生の男の子に(内々に)嫌いな女の子の名前を挙げてもらおうとしたところ、男の子の何人かが答えようとしなかったそうです。「彼らは同じクラスの女の子すべてを嫌っている」というのです。

男の子のほとんどは女の子すべてが嫌いなわけでもなく、女の子のほとんども男の子すべてが嫌いなわけではありません。これらの集団間の強い憎しみが校庭で見せかけだけの喧嘩を起こしたり、科学室でのジュアンのような状況を生み出すことはあっても、同時に子どもたちは異性各人に対して熱い思いをいだいているのです。男の子の中にはガールフレンドのいる子すらいるのです。でもそれは一対一の人間関係で、集団とはまったくの別物だと言います。ジュアンとダイアンは別の場所では友人であっても、教室の中ではそうはなりません。六年生にとって、男女の区別はあまりに画然としているのだと言うのです。

ところが、子ども時代に顕著なのは、性別によるカテゴリーだけではないと言います。年齢別カテゴリーもあると言うのです。〈子ども〉対〈大人)です。よっぽどの隠遁生活を送ってきていないかぎり、大人と思春期の子どもたちとの間の憎悪感情については知っているだろうとハリスは言います。でもここで取り上げるのは思眷期の子どもたちではありません。ハリスは児童、さらには幼児について話しているのです。

性別の集団

子ども時代も学童期ともなると、別の事象、たとえば肌の色が茶色か白かなどが徐々に重要視されるようになりますが、それでも男女の区別ほどではないと言います。ある社会学者が多人種の通う小学校で六年生を一定期間観察したところ、昼食時に自分と異なる人種の子どもの隣に座ることはまれで、ましてや異性の隣に座る子は実際誰もいなかったそうです。彼女の報告によると、生徒たちは「間違った」性別の集団に入るよりは、先生に怒られる方がましだと考えているといっているそうです。

「科学の実験を行なうために、リトル先生は三人ずつのグループに分かれるよう指示しました。男女混合のグループは一つもできませんでした。リトル先生は男の子四人で形成されているグループがあることに気づき、そのうちの一人である黒人のジュアンに「ダイアンと一緒のグループに入りなさい」と指示しました。ダイアンのグループは黒人の女の子が二人だけでした。ジュリアンは首を振りながら「嫌です」と抗議しました。リトル先生は静かな口調でもきっぱりとした威厳をもって「それならエプロンを外して、自分の教室に戻ってなさい」と言いました。ジュアンは黙ったまま、身動き一つしません。重苦しい沈黙がつづいた後リトル先生は言いました。「わかった。私が代わりにはずしてあげます」そう言って、先生はジュアンのエプロンを外し、彼を外に追いやりました。」

もしリトル先生が、この年代の子どもにとって異性の隣に座ることはおもらししてしまうことと同じくらいに恥辱的な行為であると知っていれば、ジュアンに対してもう少し柔和な態度をとったことだろうとハリスは言います。

女の子も男の子も学童期になるとそれぞれ別々の集団を形成するため、社会化の過程も性別によって異なります。子どもはアメリカ人らしく行動するよう社会化を果たすのではないとハリスは言います。彼はアメリカ人の男の子らしく、彼女はアメリカ人の女の子らしく行動するよう社会化を果たすのです。この2集団では行動の規範が異なります。たとえば臆病と内気は女の子の集団では容認されますが、男の子の集団では歓迎されません。逆に騒々しさと大げさな身振りは男女ともに歓迎されません。西洋社会では「泰然自若」が理想なのだと言います。

スウェーデンの研究者たちは18カ月から16歳までの子どもたちの追跡調査を行いました。子どもたちの中には臆病で、内気な子もいました。また逆に乱暴で落ち着きのない子どももいました。18カ月から6歳くらいまでの間ではこれらの性格には大きな変化は見られませんでしたが、6歳から16歳までの間では二つの大きな変化が見られたそうです。男女とも乱暴だった子どもたちは落ち着き、行動が穏やかになったのです。また当初内気で臆病だった男の子は他の子と区別がつかなくなりました。内気で臆病な女の子はそのままでしたが、内気で臆病な男の子は大きく変わったのです。臆病さは男の子の間では歓迎されません。そのように行動する男の子は仲間たちからからかわれ、いじめられ、それは苦難に打ち勝つまでつづきます。

同性の遊び友だち

幼少期における最も重要な心理的集団といえば、男集団、女集団だとハリスは言います。3歳児ですら、自分が女の子か男の子かを自覚し、一般的に同性と遊びたがります。5歳にもなると、小集団を形成して遊ぶようになりますが、その集団にはほとんどの場合、同性しか含まれません。子どもたちがこのように分かれるようになるのも、都市化の進んだ社会では同年代の仲間が多数揃うからで、ゆえに選り好みするようになるのだとハリスは言います。家庭内や近所同士といった子どもの少ない状況では、子どもたちは誰彼かまわす遊びます。チンパンジーですらその候補となるようです。

女の子も男の子も同性の遊び友だちを好むのは、保育園以降、それぞれいくぶん異なる遊び方をするようになるからだと言います。子どもたちは自然と、同じ遊びに興味がある者同士で集うようになります。ところが、それは同じ遊びへの興味だけの問題ではないとハリスは思っているようです。それは自分自身をある特定の集団の一員であるとみなす自己カテゴリー化の結果でもあると言うのです。集団の一員であるからこそ、自分の属する集団を最も好むのだと言うのです。

集団の一員であるからこそ、その集団の他のメンバーのようになりたい、そして別集団とは一線を画したいと願います。幼い少女は、少年のようにではなく他の少女のようになりたいと願い、幼い少年は、少女のようにではなく他の少年のようになりたいと願うものです。ハリスの同僚の4歳になる娘は、それまでお気に入りだったスニーカーを友人に「オトコの靴」と言われて履かなくなったそうです。別の父親は幼い娘がオモチャのステゴサウルスに向かって「銃で遊べるのは男の子だけなの」と言っているのを耳にしたそうです。その父親は、それは彼女が保育園で植えつけられた思いこみだと言うそうです。思想的にも銃と性差別に反対する彼は、多少当惑してしまったと言います。

そこで、彼は娘に次のような説明を試みたそうです。「(a)男の子も女の子も銃で遊ぶことはできるが、(b)誰がそれで遊ぼうともそれは奨励できない。(c)だから女の子であっても銃で遊ぶことはできるが、私は自分の娘にそんなもので遊んでほしくない。」

ハリスはお父さんにしてはなかなかいい試みだと言います。しかしそんなに気負うこともないと言います。娘にとって大切なのは、親の意見ではありません。同僚の4歳になる娘にとって、親がその焦点のスニーカーを履いてもいいと思っているかどうかなど関係ないのです。彼女がこのような争点でどのような見解をもつかは、その親の言うことに基づいているわけでもないと言うのです。親は誰も「男の子はきたない」とか「彼とは遊べないわよ、男の子だから」などとは言いません。しかも銃で遊ぶといった特定の性別に限定されるような行動は、ウイルスのように同性の親から子どもに感染するものではありません。アメリカにおいてでさえ、幼い男の子をもつ父親のほとんどは銃では遊びません。同様に幼い女の子をもつ母親も石ケリや縄跳びでは遊びません。

高学年の子どもたちにとって、最も厳しく守られるルールといえば異性に対する行動についてのものだとハリスは言います。ある11歳の少女は、もし彼女が集団のタブーを破り、学校で男の子の隣に座ろうものなら何が起きるかを研究者に話したそうです。「友だちをなくします。皆私を軽蔑するようになるんです」。彼女は研究者に「おもらしをするようなもの」だと言ったそうです。「何カ月もそのことでからかわれてしまうんです。靴を左右逆に履いてもからかわれるのはせいぜい数日なのに」

仲間と友達

仲間集団がある子どもを受け入れないからといって、その子どもがその仲間集団の一員だと自覚できないわけではありません。ダジャ・メストンという名のアメリカ人の少年は6歳のとき、それまでの六年間、ヨーロッパとアジアを放浪していた親によってチベットの寺院に入れられていました。少年は仏教の僧侶になるために修行する少年たちの集団の一員として、15歳までその寺院で過ごしたのです。彼以外は皆チベット人で、彼は身長も飛び抜けて高く、肌の色も飛び抜けて白かったため、ひどく目立つ存在でした。親しい友人もなく、彼は皆と違うことでからかわれました。それでも彼らは彼にとっての心理的集団であり、彼はその中で社会化を果たしたそうです。現在ダジャはアメリカに住み、アメリカで出会ったチベット人女性と結婚しました。彼は、自分の容姿は人を惑わせる、と語っています。「チベット人の心が宿る白い肉体」なのだそうです。ダジャが自分は寺院の仲間たちと同じなのだと自覚したのは、それ以外に選択肢がなかったからです。仲間たちは認識しなかったようですが、彼は彼らが皆同じ社会的カテゴリーに属することはわかっていました。だから彼らと同じようにチベット人になったのです。チベット人と同じように行動し、話し、考えることを学習したのです。彼がもし仲間たちに受け入れられていたら、また違ったチベット人になっていたでしょうが、受け入れられようが拒否されようが、彼はチベット人になる運命だったのです。

もし寺院の中でダジャに親しい友人ができていたら、彼はちがったチベット人になっていただろうかとハリスは問いています。たしかに寺院で過ごした日々はより楽しいものになったでしょうが、証拠にも裏づけられているように友情、もしくは友情の欠如は人の性格には永続的な痕跡は残さないとハリスは考えているようです。ある集団の一員としての自覚および集団における容認や拒絶は、永続的な痕跡を性格に残します。研究者たちは小学生時代の友人関係、もしくはその欠如の長期的な影響と仲間からの容認や拒絶の長期的な影響を調べたそうです。その結果、仲間からの容認や拒絶は成人してからの「人生全般の地位調整」と関連していることがわかったそうです。小学校時代の友人の有無とは関連性がなかったのです。

この違いは、どこにあるのでしょうか?これをハリスはこう説明しています。友情とは二者関係です。同じ集団の仲間の注目を集めたり、尊敬される才能がなくても、友だちを引きつける才能はあるかもしれません。仲間集団では地位が低い子ども、もしくは自分の地位すら確立できない子どもは、素晴らしい友人関係を築いている場合が多いと言うのです。あの気取った近郊都市で過ごした間にもハリスには友人が一人いました。彼女は隣に住む、学年では三つ下、年齢的には三つ下の女の子でした。ハリスの知るかぎり、彼女との対等とは言えない友情関係は、ハリスにも彼女にも長期的な痕跡は残さなかったようです。子どもたちは自分の行動を友人の行動に合わせます。それは彼らが自分の属する仲間集団の基準に合わせるのと同じですが、友人に対してはその適合は長くはつづかず、その関係だけに限定され、それを司るのは心の中でも集団性を扱う部分ではなく、人間関係の作業モデルを扱う部分なのだとハリスは言います。友情が長期的な影響を及ぼすように見えるときもありますが、それはほとんどの友情関係が、同じ心理的集団のメンバー同士に構築されるものだからだというのです。

仲間に合わせる

子どもたちは自分がある集団に属すると認識し、その集団の態度、行動、話し方、服装、身の飾り方を真似ることによって、ふさわしい行動とは何かを知ると言われています。子どもたちはたいてい自動的に、そして自発的にそれを行ないます。彼らは仲間たちと同じようになりたいのです。万が一奇妙な趣向が顔を出そうものなら、仲間たちはたちまちそれに反応し、その違いに対して制裁を加えるでしょう。とりわけ学童たちは人と違うことをする子どもに対しては容赦しません。まさに「出る杭は打たれる」です。時として打たれることによって、子どもは自分の間違いに気づき、まず変わろうとするでしょう。心理言語学者ビーター・ライクは今でも幼少期のポーイスカウト集会での出来事を思い出すたびに苦い思いをすると言っているそうです。彼はシカゴ育ちで、シカゴの人はワンントンを「ウォーシントン」と発音するそうです。アメリカの他州から参加しているボーイスカウトたちは彼にアメリカの首都を言ってみろと迫りました。仕方なしにそれを言うと、その子たちは「体がよじれるほど笑い転げた」そうです。ライクは「この単語や他の方言の目立つ単語の発音をなおそうと必死になって練習したことを今でも思い出す」と言っているそうです。

笑いは集団が好んで使う武器だとハリスは言います。これは世界中どこででも、規範から逸脱した人に向けられる制裁です。笑いだけでは不十分な人、すなわち笑われるだけでは自分の間違いに気づきませんし、気づこうとしません、さらには従うことのできない人には、さらに残酷な運命が待ち受けています。集団からの追放です。ハリス自身はその苦汁をなめる生活が四年間つづいたそうです。

ハリスは、女の子は通常、グループでは活動しないのに、一体どうやって集団から追放されたのかを述べています。学齢期の女の子たちは友だちはいても、集団では行動しません。たいてい二人か三人ずつに分かれて行動します。ハリスは集団という単語を、実際に一緒に遊ぶ子どもたちの集まりという意味の遊び集団と、社会的カテゴリーとしての集団の二つの意味で使ってきたので、問題を複雑にしてしまった感があると振り返っています。彼女がここでいう集団とは、社会的カテゴリーとしての集団であり、ジョン・ターナーが「心理的集団」と呼び、昔の研究者たちが「関与集団」と呼んだ集団です。五年生の一員として、ハリスは他の五年生の女子とはかかわりをもちませんでしたが、それでも彼女は自分はその一員だと認識していたそうです。彼女たちはハリスの心理的集団でしたが、彼女たちはハリスを拒否したのです。その意味でハリスは集団から追放されていたのです。

彼女たちの集団に入れなかったということは、ハリスには彼女たちに影響を与える機会がなかったということを意味するとハリスは言います。それでも彼女たちがハリスに影響を及ぼすことはあったそうです。実際に自分の心理的集団のメンバーとかかわりをもたなくても、影響されることはあると言うのです。ハリスも同じ五年生の女子であり、仮に彼女に話しかける人は誰一人いなくても、ハリスは彼女たちをじっくり観察したそうです。参加できるにこしたことはありませんが、何もしないよりはよかったと言います。

社会的カテゴリー

子どもたちは自分が生きる社会にとってふさわしい行動を学習しなければならないのですが、問題は同じ社会に生きる人が皆同じように行動するわけではない点だとハリスは言います。どの社会においても子どもか大人か、男性か女性か、未婚か既婚か、王子か歩兵かによって行動が異なります。子どもたちにまず要求されるのは、自分がどういう人間であるかを知ること、すなわちどの社会的カテゴリーに分類されるかを知ることだと言います。次に自分の属する社会的カテゴリーの他のメンバーと同じように行動することを学習していかなくてはならないことだと言います。

自分がどの社会的カテゴリーに分類されるかを見定めることは簡単です。三歳児であっても、もしそのユニセックスな服装と名前から男の子と見間違われてしまえば、「男の子じゃないよ、女の子だよ」と訂正するでしょう。その子はまた自分が子どもであることも知っています。もしその子を大人と見間違えたふりをして、赤ちゃん呼ばわりして嫌な思いをさせてしまったなどと言おうものなら、その子は目を白黒させることでしょう。この年頃の子どもにとって関係があるのは、年齢と性別だけとハリスは言うのです。三歳児にとっては人種など関係ないと言うのです。イギリス人の言語心理学者の娘は、託児所のお気に入りの友だちが自分より肌の色が濃いことなどには気づかなかったし、気にもとめなかったそうです。

言語心理学者の娘がアフリカ系アメリカ人の友だちと同じような話し方をするようになったのは、子どもたちには幼い頃から自分の行動を同じグループに属する他の子どもたち、すなわち「自分と似ている」と自ら認識する他の子どもたちの行動に合わせようとする習性があるからだと言うのです。もしそうであるならば、その「他の子どもたち」はどうやってふさわしい行動を学習するのか、という疑問がわいてくるとハリスは言うのです。子ども集団には多数決原理がはたらいている、というのがその答えだと言うのです。多数とは異なる行動をとる者が修正を迫られます。アフリカ系アメリカ人の子どもたちは家庭や家の近所で言葉を学習し、託児所に入っても同じように話す子が多かったそうです。イギリ人の言語心理学者の娘は、自分は一人きりだと、自分と同じように話す子は他にはいないと気づきます。そこで彼女が話し方を修正し、彼女の遊び友だちはそのままだったのです。さらに彼女はその新しい話し方を家庭にまでもちこみました。それは彼女なりの、私のような子はこう話すべきなのよ、という意思表示です。もちろん実際にはそれを口にはしませんでしたが。子どもにとって、社会化とはその大部分が無意識下で展開されるものなのであると言うのです。

子どもたちはどのように社会化を果たし、その性格は発達過程においてどのように修正されるのでしょうか。ハリスの考えた理論は「集団社会化説」と呼ばれています。少なくとも《サイコロジカル・レヴュー》に掲載された論文ではハリスはそう呼んでいます。ところがハリスはこの呼び方に満足していないと言います。その理由は二つあると言います。第一に彼女の理論は性格の形成に関するもので、社会化だけに焦点を当てているわけではないと言います。第二に「社会化」という単語は誤解を招きやすく、子どもたちに「施す」ものという印象が強いと言います。社会化とはその大部分は子どもたち自身で行なうものなのですから。

子どもにとっての社会化

両眼でしっかり見ているのに、その二つの像を合体させて三次元の画像をつくり出すことができない人もいるそうです。視覚系と呼ばれる体系は実際にはいくつかのサブシステムによって構成されています。これらのサブシステムは、程度の差こそあれ独立した関係にあり、それぞれ異なった入力を必要とし、異なった出力をするそうです。またこれらの構造は、初期の発達段階において、それぞれが別の時期に別の過程を経て完成したものだそうです。

社会的モジュールもそうなのではないだろうかとハリスは考えています。社会的モジュールは少なくとも二つのサブシステムサによって構成されています。一つは二者関係を司るもので、これは誕生と同時に稼働しはじめます。もう一つは集団に関するもので、その組成には多少の時間を要します。

集団性と個人間の関係はたんに独立して機能しているだけでなく、正反対の作用を引き起こすことあります。ハリスは、「私の親友の中にはユダヤ教徒もいる」のどこが侮辱的なのか、不思議に思っていたそうなのですが、これは発言者が個人間関係である友情と、ある集団に対する感情とを区別して用いているからなのだ。その人の属する集団が好きになれなくても、その人のことは好きになれることもあり、このケースはまさにそのように受けとめられるのだろうとハリスは考えています。

集団性と個人間の関係は時として相反する要求をします。たとえば戦争の真っ最中には、人は自分の愛する者とともにその土地に残るか、それとも属する集団を守るために愛する者から離れるのか、そんな決断を迫られる場合があります。こうしたジレンマをどう解決するかは人それぞれです。

子どもたちの社会化を可能にし、環境による彼らの性格の矯正を可能にするのは、心の中の集団性を司る部分であるとハリスは思っています。集団性は子どもの行動が長期にわたって変化する場合には必ず関与していると言います。個人間関係を司る部分では豊かな情操が育まれることもありますが、それは行動に一時的な変化しかもたらさないと言うのです。

ハリスが「子ども同士の関わり」の中で言いたいことの中心的課題は、子どもたちはどうやって社会化を果たすのかという点です。すなわち、彼らは自分の属する社会において、正常なふさわしい一員としての振る舞い方をどのように学習するのか、そして乳児の気質を原材料とたとえるならば、完成品である成人後の性格はそこからどのようにしてつくられるのかです。この二つの課題は関連性もほとんどなく、別々のものとして聞こえるかもしれないとハリスは言います。確かにそれは心理学でもほとんど関連のない別々の分野で扱われている題目だそうです。ところが、これらは一つの事象を別々のとらえ方をしているだけなのだとハリスは考えていると言います。子どもにとって社会化とは、その大部分が他人の前でどう振る舞うべきかを学習することです。さらに成人後の性格の大部分とは、他人の前でどう振る舞うかによって判断されるものです。私たちのような社会的な生命体の行動といえば、社会的行動を指す場合がほとんどなのだと言います。ここに一人きりで座しているこの私の行動も社会的行動なのです。コンピュータに打ちこむ文章を誰も読んでくれないとなると、一体何の意味があるのだろうかと言うのです。

集団性と個人

社会心理学者へンリー・タジフェルが少年たちに各々が過大評価群、過小評価群のどちらに属するかと告げる実験については以前紹介しました。少年が自分の属するグループに好意を寄せるためにはそれだけで十分でした。自分の属するグループの仲間に対するこの親和感をタジフェルは「集団性」と名づけました。

タジフェルの教え子であったジョン・ターナーは集団性のいくつかの特徴を明らかにしています。自分の属する集団の全員を好きになる必要はないと言います。それゆえに、集団の全員を知る必要もなくなります。ならば集団に属する各人を誰一人知らなくてもいいということになります。唯一必要なのは、自分と彼らが同じ社会的カテゴリーに属しているという認識です。すなわち自分をどうカテゴリー化するかという問題だというのです。

私はXである。私はYではない。

この単純な既知事項から、私たちは進化の過程で、私はYたちよりもXたちを好む、と短絡的に推断するようになったのです。また自分をカテゴリー化することによって、自分は他のXたちと似ていて、Yたちとは違うのだと結論づけます。こうした精神的な活動は意識の届かないレベルで展開されるのが普通ですが、その結果は表に現われると言います。同化により私たちは同じ集団の各人にますます似てきます。自分の属する集団と他集団との違いは集団対比効果によりますます誇張されます。さらにいくつかの条件が揃えは、敵対心が生まれます。それが「〈われわれ〉対〈彼ら〉」効果だと言います。

ここで述べることは個人間の関係とはまったく質が異なるとハリスは言います。それは、二者関係を構築する能力は生まれたときから備わっていますが、集団性を養うにはより時間が必要だと言うのです。二者関係は依存、愛憎、他者とのかかわりの楽しみといったことが基底にあります。集団性の基底にあるのは、根本的な類似、どことなく似ている、運命をともにしている、同じ苦汁をなめるなどの認識です。二者関係とは二人だからこそ成立するもので、三人では群集と化してしまいます。集団性にはほとんどの場合二人以上がかかわりますが、上限はありません。こう言ってしまうと、集団性とは純粋に知的なものであるかのような印象をいだいてしまいがちですが、誤解しないでほしいとハリスは言います。そこには豊かな情操が関わっているのだというのです。人類の長い歴史の中で、個人的な関係のために命を犠牲にした人よりも集団を守るために命を落とした人の方がはるかに多いと言うのです。

以前ハリスが「社会的モジュール」について述べていましたが、自閉症児の脳はその部分が正しく稼働しません。ところが「視覚系」は目の不自由な子どもでは正しく稼働しないそうです。同様に視覚系はいくつかの部分から構成されており、そのうちの一つだけに障害があって他は正常という場合があるそうです。脳に損傷を負った人の中には、ものがそこにあるのはわかってもそれが何であるかを理解できない人や、またその逆の悩みをかかえる人もいるそうです。物体であれば視覚的にそれが何かを把握することができるのに、顔となるとそれができなくなる人がいるそうです。

好き嫌いの構造

ハリスは、子どもの姿を考えるときに、伝統的社会から考察したり、人類がどのようにして進化してきたかを考察しています。その中から、子どもというのは、自分よりも少し年上の子を観察することから、また、それを真似することから様々なことを学ぶのだと主張しています。当時は、B・F・スキナーの、「生物は報酬がなければ、さらには罰が与えられなければ、学習はしない」ということを多くの研究者たちは支持していました。しかも、それは大人からの指導であったり、誘導であったりします。そして、その中心が親であると主張しているのです。

ハリスは、こんな経験を紹介しています。

「以前、義姉が甘い赤ビーマンの収穫をしているときに、その一つを甥に与えたことがある。彼がそれを口に入れると、彼の妹も『私にも!』と主張した。すると甥はその味が気に入らず、口から出していいかと聞いてきた。すると姪はすぐさま考えを変えた。実際に味見するまでもなく、彼女は自分も甘い赤ピーマンは嫌いなのだと決めつけたのだった。」

この例は、まさに好き嫌いの構造の一部を表していますね。親は赤ピーマンが好き。でもそれは小さな姪っ子には関係のないことだったようです。彼女にとって重要なのは、お兄ちゃんがそれを好きかどうか、それだけなのです。発達心理学者リーン・バーチは、就学前の子どもたち、食べ物の好き嫌いが最も顕著だといわれる年代の子どもたちは親がおだててもその子の嫌いな、もしくは嫌いだと決めつけている食べ物を口に入れようとはしないことに気が付いたそうです。親がどう宣伝しようが、説明しようが、彼らは妥協しようとはしません。就学前の子どもたちの嫌いなものを好きにさせる方法はただ一つ。その子をその食べ物が好きだという子どもと一緒にテーブルに座らせ、全員にその食べ物を与えることだとハリスは言います。まさに、私が提案していることと全く同じことに驚きます。子ども同士、子ども集団の大切さがわかっている人にとって、他の部分も同じように考えるものなのですね。

就学前の子どもたちにとって、お気に入りのお手本は他の子どもたちだとハリスは強調します。3歳もしくは4歳ともなると彼らは同じ保育園の遊び友だちと同じように行動するようになり、その行動様式を家にまでもち帰るようになると言います。彼らの話す言葉を聞くとそれがすぐわかると言います。彼らに仲間たちの訛りが移るのです。ある英国人の心理言語学者の娘は、カリフォルニア州オークランドの保育園に通園するようになってから4ヵ月もすると「黒人の英語をまるでネイティブのように話す」ようになっていたそうです。保育園の園児全員が黒人というわけではなかったのですが、彼女の仲良しがそうだったのです。そのアフリカ系アメリカ人の遊び友だちよりもイギリス人の母親と過ごす時間の方が多かったでしょうに、彼女の話し言葉に影響を及ぼしていたのは母親の訛りではなく、アフリカ系アメリカ人の訛りだったのです。

観察を通しての学習

ドナルド・ケロッグは、サルに育てられたわけではありません。彼は一年の大半をサルと一緒に育てられたのです。サルのドナルドへの影響の方が、人間がサルに与えている影響よりも強いことをドナルドの両親が知った時点で、グアは動物園へと連れ戻されたのでした。生後19ヵ月で、ドナルドはわずか三つの英単語しか発することはできませんでしたが、チンパンジーとは、なり意思疎通ができるようになっていたそうです。なぜドナルドは親の話す言葉でなくてチンパンジーの表出手段を模倣するようになったのでしょうか?

おそらくドナルドはそのときすでに社会的カテゴリーを認識しはじめていたのだろうとハリスは考えています。彼は自分とグアが「同世代」という同し社会的カテゴリーに属していると正しく知覚していました。赤ちゃんですら自分をカテゴリー化することができるということがわかっています。彼らは1歳になる前から人を年齢や性別によってカテゴリー化します。おそらく彼らは自分がどのカテゴリーに属するか、それをなんとなく感じることができるのでしょう。サルにできることなら、人間の1歳児にだって「われわれ」と「彼ら」を識別することはできるだろうとハリスは言います。

ドナルドとグアはまるできょうだいでした。ケロッグ夫妻は彼らを同じように扱いました。同じ洋服を着せ、同じ食事をとらせ、同じようにしつけました。複数の選択肢が与えられた場合、幼い子どもは優先的に一つのモデルを模倣しますが、子どもにとってお気に入りのお手本は兄や姉です。実際にはグアの方がドナルドよりも数ヵ月若かったのですが、チンパンジーの方が早熟です。ドナルドにとってはグアはまるで兄のような存在だったのでしょう。

もしターザンが実際にサルに育てられ、大人になるまでその存在が発見されなければ、おそらくジーニーやヴィクトールのようになっていただろうとハリスは言います。さらにハリスは、彼の話す英語も「ぼく、ターザン、きみ、ジェーン」止まりだっただろうし、トイレの習慣も身につかなかったでしょう。何しろ木の上に住むかぎりはそれも必要なかったのですから。もっとも同じ木の下の部分に住む生き物にとっては問題だったかもしれないがと言っています。

ハリスは、二つの異なる社会ルールを学習しなくてはならないポリネシアの子どもたちについて、彼らは一体どうって大人とのかかわり方を学習するのだろうか?と考えてみています。自分の親がポリネンアの礼儀について話してくれるわけでもありません。伝統的な社会では親が子どもに教えることも、明白な指標を与えることもめったにありません。あるとすれば、何か間違ったことをしでかしたときに叱責し、叩いたりする程度です。子どもたちは観察を通して学習しなくてはならず、実際そうやって身につけていくのです。B・F・スキナーは生物は報酬がなければ、さらには罰が与えられなければ、学習はしないと言っています。子どもは自分と同じような人の行動を観察し、彼らに何が起こるのかを見ることによって学習していくのです。熱いストーブで自分の指に火傷を負わなくても、それに触ってはならないことを知ることができるのです。自分の兄がストープに触るのを観察していればよいのです。ポリネシアの子どもは大人とのかかわり方を自分よりわずかに年上の子どもを観察することによって学ぶのです。その年長の子どもたちは彼ら自身よりもさらに年長の子を観察するのです。