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ボールという誘惑

昨年は、ラグビーで日本中が沸き上がりました。森口氏は、実行機能について、このラグビーを例に挙げて説明しています。

2015年のラグビーワールドカップ以降における日本チームの躍進は記憶に新しいところです。それは、日本のラグビーはそれ以前にワールドカップで1勝しかしたことがありませんでした。1995年の第3回のワールドカップではニュージーランドを相手に17対145と最多得点差で敗れ、映画「インビクタス/負けざる者たち」でもこの大会の象徴的なシーンの一つとして扱われるなど、日本のラグビーは世界的にあまりインパクトがありませんでした。

ところが、2015年の大会では、決勝トーナメントには進出できなかったものの、優勝候補の一角である南アフリカ相手に勝利するなど、好成績を収めました。五郎丸歩選手など、優れた選手がいたことも事実ですが、やはり注目されるのは、ヘッドコーチであるエディ・ジョーンズ氏の存在だと言われています。

エディ・ジョーンズ氏のどのようなコーチングが良かったのかという点に関してはさまざまな専門的な批評がなされているので森口氏はコメントを控えていますが、彼が創り上げた日本代表チームの規律の良さについて言及しています。

ラグビーにはさまざまなルールがありますが、たとえば、選手が密集している接点において、倒れている選手がボールに触ってはいけないというルールがあります。自分が倒れている、けれどもボールが目の前にあるという状況を想定してみましょう。ラグビーでは相手チームのボールを奪うことは最も重要なプレーの一つなので、当然目の前のポールに手を出したくなります。ここでのボールは選手にとって禁断の実なのだと森口氏は解説します。

もちろん倒れていながらポールに手を出すことが反則であることはわかっています。しかし、ラグビーの試合中は、極限状況です。頭に血が上った状態で、冷静な判断ができるとは限りません。そのような際に、ついつい欲求に負けてしまい、ポールに手を伸ばすという反則を犯してしまうことがあります。ラグビーの最大の目的は、相手チームに勝つことですが、反則はその目的を阻害することになります。

日本代表チームが素晴らしかったのが、こういった反則がほとんどなかった点だと森口氏は言います。厳しい練習を通じて、体力はもちろんのこと、自分をコントロールする力も鍛えられたのではないかというのです。目の前にある誘惑を断ち切り、クリーンなプレーをしました。反則が続くと、そのチームはうまくリズムに乗れません。同じく2015年のワールドカップの日本とサモアの試合における、サモアチームはまさにそういった例だというのです。

このように、目の前にあるボールという誘惑に抵抗する力、それによって将来的なチームの勝利という利益を得られる方法を選択する力が、実行機能なのだと森口氏は言うのです。

また、実行機能は、誘惑や欲求に抵抗する点だけではなく、別の側面もあると言います。

欲求

目の前のコップ1杯のビールという選択は、自分にすぐに小さな喜びや快楽を与えてくれます。一方、数分後のジョッキ1杯という選択は、少し後により大きな喜びや快楽を与えてくれます。二つの選択肢を与えられたときに、どちらを選ぶのかが、自分をコントロールする力を表しています。

女性も、男性も、子どもも、大人も皆、それぞれの立場で、さまざまな誘惑と戦い、自分をコントロールしています。森口氏は、あるサラリーマンの一日を想定しています。

「朝から配偶者に嫌味を言われ、落ち込んだ気分で一日が始まります。気持ちを切り替えるために甘いパンを食べたいところですが、血糖値が高いので、糖分控えめのパンにしておきます。ようやく家から出たものの、次は満員電車です。隣の乗客の肘がおでこをかすめようともいちいち喧嘩していられませんし、優先席が空いて座りたいなと思っても、そこを必要とする人がいるので、立ち続けます。

会社に到着し、仕事にとりかかろうとしたら、上司がやってきて、別の仕事を優先してやってくれと言ってきました。一言くらい言い返したいところですが、ボーナスの査定に響くと思い、じっと耐えなければなりません。

食事においても、誘惑との戦いはつきものです。楽しみの昼食でも、大好きな食べ物、ラーメンやパスタではなく、比較的カロリーが低いとされるビーフンをコンビニエンスストアで購人します。せめてコーヒーでも飲みたいところですが、今月のお小遣いはあまり残っておらず、泣く泣くあきらめます。

ひと仕事を終えた後には一服したいところですが、タバコの値段は年々上がり続けるうえに、タバコを吸う場所を見つけるにもひと苦労するような世の風潮もあり、タバコを吸いたい気持ちを抑えつけます。夜には、眠けを抑えて残業です。世間的には時間外労働は制限されるようになりましたが、ときには残業が続くこともあります。」

このように、誘惑や困難に打ち勝つことは、私たちの日常生活で頻緊に必要とされます。シカゴ大学のホフマン博上の研究では、205人の大人にポケットベルを1週間持たせて、一日のさまざまな時間にポケットベルを鳴らしたそうです。そして、その前後で何らかの欲求を感じているか、その欲求をコントロールしているかどうかを尋ねました。その結果、研究参加者は、ポケベルが鳴った瞬間、半分で何らかの欲求を感じ、その多くの機会でその欲求を抑え込んでいると報告したそうです。これくらい、私たちは欲求を感じており、その欲求に抵抗しているのです。

最も多いのは食欲や睡眠欲だそうですが、それ以外にも、性欲やタバコ、はては、ソーシャルネットワーキングサービスでの承認すら私たちに快楽を与えてくれるので、その種の欲求もあります。

このような欲求に打ち勝つことができなかったらどうなるでしょうか。人間関係にしても、健康にしても、子育てにしても、想像しただけで恐ろしいと森口氏は言います。健康な社会生活を営むうえで、自分をコントロールする力が重要な役割を果たしているのです。

キレやすい

人間は実行機能をどのようにして身につけるのでしょうか?森口氏は、どう考えているのでしょうか?

森口氏は、人間はいつ頃から自分をコントロールできるのだろうかという疑問を高校生のときに持ったそうです。そのきっかけが、二つあると言っています。一つは、生物としての人間の特徴は何だろうと考えたときに、この能力が有力な候補なのではないかと思ったことです。人間に最も近い生物だとされるチンパンジーですら、自分をコントロールすることは得意ではありません。実行機能は、人間を特徴づける能力の一つではないかと思い、関心を持つようになったそうです。

また、森口氏は、人間はいつ頃この力を身につけるのだろうかと考えました。実行機能が人間の特徴であったとしても、生まれてきたばかりの赤ちゃんにこの能力が備わっているとは思えませんし、赤ちゃんどころか、若者ですらこの能力は十分に発達していないように思われたのです。

世紀末に、若者がキレやすいという社会問題がマスコミを賑わしました。1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件をはじめ、未成年者によるさまざまな凶悪犯罪が起き、当時未成年だった森口氏たちは、「キレる若者」というレッテルを貼られたのです。キレるということは、誘惑や困難に打ち勝つ力が足りないことを意味します。しかし森口氏は、実際のところは、マスコミが過剰に騒いだだけであり、直接の因果関係があるかどうかはわかりませんが、この問題から、自分をコントロールする力は、いつ頃、どのように成長するのだろうかという関心を持つようになったのだそうです。

彼は、大学生のときに発達心理学という学問に出会い、実行機能を研究テーマとして選びました。大学院生になってから本格的に研究を始めて、博士研究員から大学教員として働く現在に至るまで研究を続け、実行機能の成長過程を明らかにしてきたのです。そこで、彼は、その研究の一端を紹介しています。

まず、実行機能がどのようなものか、大人にとって身近な例を取り上げながら説明しています。次に、実行機能が子どもの将来を占ううえでどれだけ重要なのかについて詳細に解説しています。実行機能の重要性を理解してもらってから、人間がどのように実行機能を身につけていくのかを説明します。そして、幼稚園・保育園に通う時期から、小学校までの間に、実行機能が身につく様子と、その脳内メカニズムを説明しています。

その例として、マシュマロテストという実験があります。森口氏は、その例を、大人を対象に行うとして、こんな設定を示します。「あなたがとてもお腹を空かせたとき、または、とても喉が渇いたときに、そのご褒美が目の前に置かれたとします。たとえばご褒美がビールだったとしたら、今すぐにでも手を伸ばして、そのビールを飲みたくなります。ここで、あなたの意地悪な友人が、次のような選択肢を与えます。今すぐビールを飲むのであれば、小さなコップ1杯だけ。でも、もし荷物を運ぶのを手伝ってくれたら、ジョッキ1杯に増やしてあげる」ここでは、荷物を運ぶのにかかる時間は分だとします。

そのようなとき、皆さんは、どちらの選択をするでしようか。今すぐ喉を潤したいなら、目の前のコップ1杯のビールに手を出したほうがいいかもしれません。でも、コップ1杯だけでは満足できないだろうから、少しがまんして、ジョッキ1杯飲むほうが満足度は高いかもしれません。悩ましい選択です。

将来を占う

実行機能は、自制心という言葉の意味に近く、私たちにとっては、こちらのほうが身近かもしれません。しかし、その違いは、自制心は自分をコントロールすることに主眼を置いていますが、実行機能は目標を達成することに主眼が置かれていると森口氏は説明します。

現在、世界の教育機関や研究機関、国際的な組織において、子どもの実行機能が非常に注目されています。20世紀末から学術的研究が爆発的に増え、基礎研究の段階を経て、現在は家庭や保育・教育現場において支援・応用する段階に入っていると言われています。森口氏も、現在、さまざまな自治体や保育・幼児教育の現場で、実行機能に関する支援事業にかかわっているそうです。その意味で、子どもの実行機能が重要であることはもはや世界の常識になりつつあるようです。

それは、子どものときにこの能力が高いと、学力や社会性が高くなり、さらに、大人になったときに経済的に成功し、健康状態も良い可能性が高いことが示されているからです。逆に言えば、幼い頃に実行機能に問題を抱えると、子ども期だけではなく、将来にもさまざまな問題を抱える可能性があるからです。

つまり、実行機能は、子どもの将来を占ううえで、極めて重要な能力なのです。ところが、日本では、実行機能という言葉自体ほとんど知られていないようです。実際、実行機能が子どもの将来に重要だと言われても、「実行機能なんて聞いたことがない」とか、「いやいや、IQのほうが大事でしょ」とか思われるのではないかと森口氏は言います。私も、保護者講演をするときにも、どうも聞いている保護者の中には、本音と建前として聞いているのではと感じることが多くあります。先日も、例えば、乳幼児期は遊びが大切であるということを、ただ情緒的に、建前として言っているのではなく、きちんと遊びこんだ経験が、その後の学力や、将来社会に出た時に、成功したり、幸せに生活したりするための力になるという研究があって話しているのだということを言いました。

同じように、IQが重要であることは確かなのですが、最近のいくつかの研究から、実行機能は、IQよりも子どもの将来に影響を与える可能性があることが示されているのです。さらに、より重要なこととして、実行機能は、IQよりも、良くも悪くも家庭環境や教育の影響を受けやすいのです。ですから、支援や訓練が可能な一方で、劣悪な環境にいると実行機能は育たないというのです。

もちろん、一つの能力だけで子どもの将来が決まるわけではないと森口氏は言います。この点は留意が必要ですが、さまざまな研究において、一貫して、実行機能や自制心が子どもの将来に影響を与えることが示されており、その重要性は明らかだというのです。子どもの持つ多様な能力すべてに目をくばることは不可能ですので、有望な能力に注目が集まるのは当然だと森口氏は言います。

そこで、彼は、まず「実行機能は、どういう能力を指すのか」そして、「実行機能は、どのくらいの年齢で、どのように育つのか」「実行機能は、子育てや教育・保育によって、どのように育むことができるのか」「実行機能は、子どもも大人も鍛えることができるのか」ということについて考察し、それに対する考え方を紹介しています。

科学的研究による裏付け

志望校に合格するために、ゲームをがまんして勉強に励む受験生。スポーツで勝利をつかむために、あらゆる誘惑に抵抗して研鑽を積むアスリート。会社を興すために、プライベートの時間を犠牲にして仕事に打ち込む起業家。そのあり方はさまざまですが、自分を律し、未来を信じ、目標に向かう人の姿は尊いものだと森口氏は言います。

しかし、このような目標のために自分をコントロールする力は、いわゆる「頭の良さ」とは違ったタイプの能力だと言われています。頭の良さとは、どれだけ知識を持っているのか、どれだけ速く問題を解けるのか、与えられた情報からどれだけ推測することができるのか、などを指します。このような頭の良さは、専門的には「認知的スキル」と呼ばれます。知能指数(IQ)は、認知的スキルの典型的な例です。

一方、目標のために自分をコントロールする力は、頭の良さとは直接的に関係しません。認知的スキルとは異なる能力という意味で、「非認知スキル」と呼ばれます。「社会情緒的スキル」とも言います。非認知スキルには、自分をコントロールする力の他に、忍耐力、自信、真面目さ、社交性など、さまざまなスキルを含みます。

数年前から、わが国においても、非認知スキルが子どもの将来にとって重要だと紹介する書籍やウェプコンテンツが増えてきました。しかしながら、それらの多くは、子どもの研究をしたこともない方々による、一部の研究成果に基づいた表層的な、時には誤った知識によって書かれていると森口氏は指摘します。

実際のところ、非認知スキルのなかには、IQなどと異なり、測定することすらできないものも多数含まれています。つまり、非認知スキルが大事だと言ったところで、それは絵にかいたモチであったり、科学的な研究に裏付けられているとは限らなかったりするのだと森口氏は言います。そこで彼は、非認知スキルのなかで、結局のところどのスキルが子どもの将来にとって大事なのかという疑問に答えようとしています。その答えを彼は、「自分をコントロールする力」だというのです。

それを説明するために、彼はまず「実行機能」について説明をしています。実行機能については、何度もこのブログに出てきて、心理学や神経科学の専門用語のために最初はよくつかめなかったこの機能が、次第にわかってきました。簡単に言うと、森口氏は、「目標を達成するために、自分の欲求や考えをコントロールする能力」であると言います。

実行機能は、英語で「エグゼクティブ・ファンクション」と言い、その意味は、会社組織における執行取締役であるということは以前に説明しましたが、その意味から森口氏は実行機能についてこう説明しています。

「執行取締役の主な業務は、営業をしたり、製品を作ったり、総務的な仕事をしたりすることではありません。会社の目標を定め、その目標を達成するために、営業、製造、総務などの現場に対して指示を出すことです。」

そこで、目標を達成するために、さまざまな苦難を乗り越えなくてはいけません。本業に注力するべきときに、妙な投機に手を出す誘惑にかられることがあるかもしれません。そのようなときに、執行取締役がしっかりと機能していれば、誘惑に打ち勝ち、本来の目標を達成することが可能となるのです。

ということで、執行取締役は会社組織における目標を定め、それを達成する役割を担いますが、同じように、実行機能は人間個人が持つ能力ではありますが、自分自身で目標を定め、その目標を達成するための能力であるということになるのです。

目標を達成

非認知能力を子どもたちに身に付けてもらうことは、これからのAIの時代を迎えるにあたって、様々なことをAIがやるようになった時代では、どのようなスキルが必要になるかということを見通す必要があります。また、これからは、予測不可能な、変化の時代が訪れるであろうと言われています。その変化を前向きにとらえて、その変化に適応していくためには、どのようなスキルが必要であるのか。また、これからは、変化は人類において文化の面だけでなく、自然界でも起きうることです。地球温暖化を初めとして、環境汚染、地震や津波、様々なことが人類に降りかからないとも限りません。それに立ち向かい、生き延びていかなければなりません。また、これかの社会の中で格差が広がり、その格差が固定化し始めていくかもしれません。すると、将来に希望を維持し続けることは困難になり、また、現状を破壊しようとする人が現れないとも限りません。

それらの時代に向かう中で必要なスキルは、ただ知識があるとか、いろいろなことができるだけではなく、非認知スキルという能力が必要になってくるのです。そして、具体的に、そのスキルをどのようにして子どもたちに付けていくのか、どのような環境を用意したらよいのかなどを、具体的に考え、実践していかないと何も変わっていきません。そこには、新たな価値を創造する力が必要になってきます。

この非認知総力の中で、私が特に注目しているのが、「エモーショナルコントロール」と言われるもので、自分の感情をコントロール力です。この力が最近弱まっていると言われ、アメリカでは、この力の欠如から犯罪が増えているとも言われ、何とかこの力を子どもたちに付けていってほしいという試みが多くされていると聞きます。

私たちは、毎年同じ保育を目指す仲間たちに対して、セミナーを開催しています。そのセミナーの中で、リーダーや、園長向けのプログラムでは、様々な研究者をお呼びして、最新の研究を話してもらっています。少し前に、この「自分をコントロールする力」である「実行機能」について研修をしている森口佑介氏に話をしてもらったことがあります。その縁で、彼が昨年2019年11月に発行された「自分をコントロールする力 非認知心理学」(講談社現代新書)という著書を送っていただきました。 この本のはじめには、こんなドリー・バートンのことばから始まっています。「虹を見たかったら、雨をがまんしなくちゃね」

その言葉には、「私たちが大きな目標を達成するためには、さまざまな困難や誘惑を乗り越えなくてはなりません。決して容易なことではありませんが、その障害が大きければ大きいほど、雨が激しければ激しいほど、その後に見られる虹は美しいでしょう。」という意味が込められていると言います。

これと同じような言葉を、様々な著名人が残していますが、そのいくつかを森口氏は紹介しています。ジャズ歌手であるノラ・ジョーンズ氏は、ドリーン氏のはとほぼ同じタイトルの曲(If You Want The Rainbow (You Must Have The Rain))を発表していますし、作家のジョン・グリーン氏原作の映画『きっと、星のせいじゃない』のなかでも同じような表現が使われているそうです。彼女らのような成功者にとって、将来の目標のために、目の前の困難や誘惑を乗り越える力は、必須なのではないかと森口氏は言うのです。

なぜ必要か?

「平成28年 国民生活基礎調査」によると、日本の子どもの貧困率は約14%だと言われています。7人に1人の子どもが、貧困ライン以下の生活をしていると言われるようになり、「子どもの貧困問題」「教育格差」は、日本でも切実な課題となっています。この子どもの貧困は、一生の財産になる「非認知能力」を獲得する機会を奪い取ってしまいます。しかし、この日本における子どもたちの貧困は、アメリカなどの低所得層の多い地域の子どもたちに匹敵するような問題なのでしょうか?ヘックマンが研究した地域による非認知能力の効果の中で、例えば就学前教育を受けた子どもたちが40歳までの逮捕歴が5回以上かどうかというデータについて、いくら日本でも貧困率が高いからといっても、そんなことは身近な問題ではありません。

では、非認知能力は、貧困や逆境にさらされている子どもたちだけに必要なのでしょうか?また、逮捕歴が少なくなることが目的なのでしょうか?今回の幼稚園教育要領や保育所保育指針の改訂の中では「非認知能力」の大切さや、その力の必要性を強調しています。それは、決して、非認知能力の大切さが、ヘックマンの研究対象に対してだけではなく、これからの時代、例えばAIが進む時代に対して、必要な力となるからです。これからの時代は、何をどれだけ知っているか、何をどれだけできるのかという価値観が変わってくるのです。

そして非認知能力を育まれる機会を逃した子どもは、大人になった後に仕事や生活面でより多くの機会を失う可能性が高いからです。そして、それらの力の獲得には、単なる家庭の問題だけではなく、保育園・幼稚園や学校、地域社会で、周囲の大人たちがどのように子どもと接するかによっても大きな影響を受けるということをタフ氏は言っているのです。そのことを踏まえて、タフ氏の紹介した取り組みを参考にすることが必要です。そして、その内容は、ただこの能力が必要だと強調するのではなく、「どうすれば非認知能力を伸ばせるのか」という具体的な方法論について、2年にわたって新しい研究や事例を取材しているからです。そして、その対象年齢は、小学校以降が多いのですが、その内容は乳幼児期に大切なものも見えてきます。

・幼少期の親子関係のストレスをどうすれば和らげることができるのか?

・問題行動のある子どもがいるクラスをどうすればいいのか?

・自信のない子どものモチベーションを高めるには、どんなフィードバックが有効なのか?

など、幼児期の問題として受け止めることができるのです。また、その内容は、保育者、教師の在り方の見直しでもあるのです。

子どもに何ができるのか

ポール・タフ氏が、「私たちは子どもに何ができるのか――非認知能力を育み、格差に挑む」の日本語の単行本を出版したのは2017年9月ですが、英語版の「Helping Children Succeed: What Works and Why 」を出版したのは、2016年5月でした。彼が英語版を発行したときの紹介文には、以前に書かれた国際的なベストセラーHow Children Succeedの内容が書かれてあります。「Paul Toughは、忍耐力、自制心、良心などの個人的資質が子供の成功に重要な役割を果たすことを示す研究を紹介しました。」そして、彼は、「私たちは子どもに何ができるのか」の中では、2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の労働経済学者、ジェームズ・J・ヘックマン(James Joseph Heckman)教授による研究をはじめ、世界中の研究者によるさまざまな科学的知見と先進事例を統合し、特に貧困家庭に育つ子どもにとって、非認知能力の育成がその後の人生に大きな影響力をもつことを明らかにしました。そして、非認知能力を育む方法を具体的に示しています。

ヘックマンは、貧困や虐待など逆境にある子どものなかでも、これまで重要視されてきたIQや読み書きのような「認知能力」ではなく、やり抜く力・好奇心・自制心のような「非認知能力」がある子どもの方が、成人後に学歴が高く、健康状態がよく、生活保護率が低く、年収が高いなど、将来挫折することなく成功する可能性が高いことを発見し、大きな話題となりました。この研究は、1962年から開始され、現在も追跡調査が続いている、アメリカ・ミシガン州のペリー小学校付属幼稚園で実施された実験によるものです。

彼の研究は、学術雑誌“Science”に、2006年に発表され、それがきっかけで、彼自身が関与した「ペリー就学前プロジェクト」や「アベセダリアンプロジェクト」を根拠に、「5歳までの環境が人生を決める」と断言したことで大きな注目を集めました。そして、その研究結果は”Giving Kids a Fair Chance”(日本では『幼児教育の経済学』)と、一般向けの本にもまとめられて世界中で注目され、幼児教育の見直しに大きな影響を与えているのです。

また、ヘックマン教授は、もともとが経済学者ですから、幼児教育はプログラムの費用1ドルあたり7.16ドルのリターンが見込めるという費用便益分析をし、幼児教育に国が投資することで、社会に還元される経済的な利益を、計算をしました。これが、行政も動かし、各国が教育制度を見直して教育改革に踏み切るきっかけにもなっているようです。

その後、心理学者のデイビット・ワイカートが提案者。幼児教育計画の研究プロジェクトとして、後にハイスコープ教育財団(HighScope Educational Research Foundation)が設立され、継続して調査しています。このハイスコープは、OECDが就学前教育の質改善に向けての政策提言を2001,2006年の2回にわたる調査の中で、どのような保育、教育がふさわしいかという視点から紹介した「五つの保育カリキュラム」のひとつです。

しかし、最近、この研究結果による取り組みが疑問視され始めています。それは、研究対象が貧困や虐待など逆境にある子どもたちであり、この地域は、犯罪率も非常に多い地域だからです。この地域での実践が、即、日本に当てはまるかと言われているのです。確かに、世界では、貧困にあえぐ子どもたちが多いのも確かですし、格差を是正することは課題です。そこで、日本ではこの研究そのまま取り入れることは若干無理があります。では、どう考えたらいいのでしょうか?

行動を変える、考え方を変える

第二に、私たちは行動を変える必要があるとタフ氏は言います。逆境に育つ子どもたちのためによりよい環境をつくりだすプロジェクトは、根本的には個人の仕事であると言います。つまり、日々低所得層の子どもたちのために働いている教師、メンター、ソーシャルワーカー、コーチ、それに親は、大々的に法律が整うまで待つ必要はありません。きよう、あした、あさってのうちにも行動を起こせば、それが子どもたちの成功を助けるというのです。タフ氏が今まで説明してきた研究が明らかにしているところによれば、子どもたちの人生の軌跡は、大人にとってはたいして重要でもないように見える些細な物事から変わりはじめているのです。親の声の調子。教師が付箋紙に書くメモ。数学の授業のやり方。難題に直面した子どもの話を聞くために、メンターやコーチがほんの少し余分な時間を取ること。こうした個人的な行動が強力な変化を生むこともあるというのです。そして個々の変化が国じゅうで共鳴することもあるというのです。

第三に、私たちは考え方を変える必要があると言います。タフ氏が提示してきた支援の研究を読んでいると、デークの詳細にとらわれやすくなります。サンプルの規模とか、標準偏差とか、回帰分析とか、データは確かに重要です。しかしときには、こうした研究をおこなった個々の人間のことを考えるのも役に立つと言います。ロシアの狐児院や、ジャマイカの貧困地域や、シカゴの高校や、クイーンズの誰かの家の居間まで出かけていって、「私は子どもたちの助けになりたい。私たちはもっとうまくできるはずだ」と発言した医師、心理学者、ソーシャルワーカーたちがいたことを思いだしてほしいとタフ氏は言います。

こうした研究者たちの出したデータが利用できるのとおなじように、彼らの行動そのものもひとつの例として役に立ちます。もしコミュニティ内、あるいは国内で苦しんでいる子どもたちがいるならば、何かできることがあるはずだと言います。それが研究者らの仕事の大前提でした。子どもたちへの援助をどう届けるのが最善か、知るべきことはまだたくさんあると言います。研究者たちがおこなっている仕事を私たち自身も引きつぎ、広げる必要があると言います。自分で何かしら手を打つ必要があることは、すでにわかっているのですから。

逆境にある子どもたちを手助けして困難な環境を乗りこえさせるのはむすかしいと言います。たいていはひどく骨の折れる仕事を伴うからです。気が滅入ることも、気力を挫かれることも、腹立たしいこともあるかもしれません。しかしそれが個々の子どもや家族の暮らしのなかだけでなく、私たちのコミュニティ、ひいては国全体に莫大な変化を生むことは、研究結果から明らかです。その道のプロであることを選んだかどうかにかかわらず、私たち全員にできる仕事です。研究者たちがしてきたように、もっとうまくできるはずだと、まずはしっかり認識すること。最初のステップは、それだけだとタフ氏は最後に言います。

不利な状況

こんにち、貧しい子どもたちを支え、教育するための国内のシステムは破綻しているとタフ氏は言います。現在アメリカでは、1500万人を超える子どもたちが貧困ラインより下で生活しており、そのうち700万人近くが深刻な貧困のなかで暮らしています。貧困というのは、四人家族の場合で世帯収人が年間1万2000ドルを下回る状況を言います。日本円で言えば、年収ほぼ130万円です。こうした子どもたちの多くが直面する問題は過酷で広範囲に及んでいます。統計的に見て、彼らの家庭は崩壊しており、居住地域は育児支援の余裕などほとんどないほど貧しいのです。子どもたちの体を、または心を、あるいはその両方を傷つける危険は無数にあるのです。学校は人種や階級によって分離され、裕福な子どもたちが通う学校よりも教育に使える予算が少なく、教員もほかの学校の教員より経験が浅かったり、訓練が不十分だったりします。

こうしたきわめて不利な状況に対し、タフ氏が紹介した介入戦略では心もとないように見えるかもしれないと言います。しかしやはりタフ氏が紹介した研究が明らかにしているとおり、不利な状况下にある子どもたちの人生に介入すること、それは、学校でよりよい教育を受けさせること、家で支えが得られるように親を手助けすること、あるいは、理想的にはこのふたつを組みあわせることは、貧困撲滅の戦略として最も効果的な手段であり、将来性も高いというのです。貧困層の子どもたちが、親から良好な反応の得られる安定した環境で育ち、帰属意識と目的意識の持てる学校に通い、意欲をかきたて支えてくれる教師の授業を受けられるなら、彼らはすくすく育ち、将来よりよい人生を送れるチャンスも飛躍的に伸びるというのです。

そこで、またはじめに提起した疑問に戻ります。「話はわかりました。で、結局どうすればいいのですか?」

この問いに対して、タフ氏は、三つの提案をしています。

第一に、私たちは政策を変える必要があると言います。ターンアラウンドのパメラ・キャンターは、子どもに充分な支援が与えられる環境を「強化された環境」と呼んでいますが、それを貧困層の子どもたちのために一貫してつくりだすには、凝り固まった学校や実践の多くを根本から見直し、つくり直す必要があると提案します。低所得層の親をどう援助するのか。幼少期のケアと教育のためのシステムをどうつくりだし、どう資金を捻出し、どう管理するのか。教員の養成はどのようにするのか。生徒にはどうやって規律を教え、学習成果をどう評価するのか。学校の経営はどのようにするのか。これは本来なら社会政策の問題です。貧困層の子どもたちの問題を解決する方法をほんとうに見つけようとするなら、これらの疑問にはあらゆるレベルの公務員である、学校の校長、教育委員会のメンバー、市長、州知事、閣僚などが、そして同時に国じゅうの個々の市民、地域団体、慈善家が、熱意のこもった創造的な方法で答えを出す必要があるとタフ氏は言うのです。彼は、もっと多くの子どもたちをもっと効果的に助けることのできる財源の運用と政策の変更についていくつか提案してきました。しかしそうした具体的な提案を超える、もっと大きな願いがあると言います。私たちはいまこそ、社会政策の議論をおこなうべきであり。彼の提案がそれを推進するためのガイドになればいいと思っているというのです。