fujimori の紹介

heiji415

長期的経済メリット

おそらく、ワールドクラスの学校システムによる最も素晴らしい成果は、質の高い教育システム全体に行き渡り、生徒全員が優れた教育の恩恵を受けられることだとシュライヒャーは言います。教育の公平性を高めることは、社会的に公正であるのみならず、社会資源をより効率的に活用し、経済成長と社会的結束を促進する知識とスキルの提供を増やす方法でもあるのです。

2 015年初期、シュライヒャーは、スタンフォード大学上級研究員のエリック・ハヌシェック氏と、ドイツ経済研究所のルドガー・ウイスマン氏とともに、UNESCOの世界教育フォーラムの報告書を作成しました。フォーラムでは、持続可能な開発目標(SDGs)の一部として、世界共通の教育目標について議論しました。

ハヌシェック氏は、教育の質を上げることによる長期的な経済のメリットを算出する方法を考案しました。その方法は、先進国と開発途上国の双方に対して潜在的なメリットを示したものだそうです。また、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)は、様々な国や地域で教育の質を測定する方法を提供したのです。したがって、PISAとハヌシェック氏の方法を組み合わせることは、教育の向上による経済的影響を調査する優れた方法だったのです。

ハヌシェック氏とウイスマン氏の成果によって最初に示されたのは、学校教育の質は、国や地域が長期的に生みだす富に関して、信頼のおける予測因子であることでした。

学校システムの質を損ねることなく、皆が学校教育を受ける権利を保障することは、特に多くの子どもたちが未だ学に通えない貧しい国や地域において経済的なメリットを生みだすのです。

しかし、教育の質の向上によって生じるさらなる大きな影響があると言います。生徒全員が基本的なスキルを身につけると、経済への直接的かつ長期的な恩恵が大いにあるのです。実際に、ハヌシェック氏とウイスマン氏は、15歳の生徒が2030年までにPISAの習熟度レベルにおいて最低でもレベル2を達成した場合、経済成長と持続可能な開発の恩恵は相当なものになることを示したのです。

ハヌシェック氏とウイスマン氏が調査した国や地域のうち、西アフリカのガーナの中等学校への進学率は最も低く(46% )、学校に通う15歳の生徒の習熟度レベルも最も低かったそうです。もしガーナで最低限の基本的な読解力と数学的リテラシーを習得できるように全ての子どもたちに教育を施すことができれば、今日生まれる子どもたちが生涯にわたって得られるメリットは、現在のGDPの38倍にもなるそうです。

低所得・中所得の国や地域では、現在のGDPの13倍のメリットになり、今後80年でGDPは平均で28%高くなるそうです。生徒の学習成果が全般的により高い中所得・高所得の国や地域では、GDPが平均で16%高くなるそうです。

この調査で明らかになったのは、教育の向上は貧しい国や地域だけでなく、豊かな国にとっても有益なことだということです。

上海のシステム

上海の街並

上海では1990年代半ばになって、ようやく全ての子どもたちが6年間の初等教育と3年間の中等教育を受けられるようになりました。それ以前の上海の教育システムは、1966年から1976年までの文化大革命による破壊からの再建に専念していたのです。

実際、国際的で外向的な都市の上海は中国の教育改革の最前線という位置づけを利用して独自の取り組みを展開しました。「一流の都市、一流の教育」というスローガンのもとに上海は経済発展をめざして教育水準の向上を優先事項としたのです。

2009年の結果で印象的なのは、成績下位者がほとんどいないことでした。上海には極めて成績優秀な生徒が大勢いますが、習熟度の低い生徒の不在こそが上海を世界の上位に押し上げたのです。もちろん上海には、国内移動で流入してきた生徒を含め後期中等教育を十分に受けられない15歳が大勢います。しかし、十分な教育を受けられる生徒については、たとえ経済的に不利な家庭の出身であっても良い成績が取れるシステムとなっているのです。

上海のシステムは、全ての生徒が成功できるか、または少なくとも然るべきレベルの学業成績を修めることができるという仮定に基づいているそうです。限られた勝者だけがゴールに到達できるような「選抜システム」ではなく、ほぼ全員が学業課程を修了することを目指しています。

この教育システムは、学校に通う全ての背景の生徒に適用されます。たとえ裕福な家庭と貧困な家庭の生徒の成績差が完全になくならない、あるいはなくすことができないとしても、社会的背景が学業を妨げる要因となってはならないとしているのです。その結果、2012年のPISAでは、上海の貧困層の生徒の成績はアメリカの中流階級の生徒を上回っていたのです。

学校システムはこの目標の達成を目指して構築されてきました。最も優れた教員が最も多くの支援を必要とする学校に派遣されます。全体の水準向上のために強い学校には弱い学校を支援することが求められるのです。これは、生徒の最高の力を引き出すための、能力主義の原則に基づく体系的な取り組みです。

教育はまた厳し竸争でもあります。上海の生徒は学校の勉強を補うべく、長時間の宿題をこなし、塾に通っています。生徒への期待は高く、約80%が高等教育へ進学します。とはいえ上海の生徒は、成績を上げるのは自分たち次第だと信じているのです。彼らは、数学ができるのは遺伝のおかげだとは思っていません。自らの努力と教員からの適切な指導によるものだと教えられてきているのです。保護者もまた熱心に子どもたちを支え、教育が家族の優先事項だと認めています。

上海の教育システムのもう一の鍵は、他の上位国同様、質の高い教員です。優れた教員の選考、教育、配属が教育政策の実現を可能にします。教員としてのキャリアを通じて、教育研究を中心とした能力開発研修が継続しておこなわれているのです。

上海の保育園

ここでシュライヒャーが言いたかったことは、優れた学校システムは何が違うかということです。しかし、この提案は、何も学校教育に関してだけでなく、乳幼児教育にも参考になる部分が多い気がします。

経済再建

フィンランドの教育システムから何かを得ようとする人は皆、教員の質より大切なことはないと確信するだろうとシュライヒャーは言います。しかし、フィンランドもまた秀逸な教育システム構築に何十年もの歳月を必要としたそうです。教育の大御所としての地位は、繰り返しおこなわれる教育改革と変遷する経済の要請に対応じて、ゆっくりと手間をかけて築かれました。1960年代末に、高度な教育をグラマースクールに通う少数の限られた生徒だけではなく、全ての生徒が受けられるような包摂的なシステムへ移行することが決められたのです。移行が完了したのは1970年代末のことでした。移行の成功と変化に対する懸念の緩和のために、教員の質の大幅な向上が図られたのです。教職課程が大学に移され、より厳格なものとなったのです。

フィンランドの教育システム発展の背後の経済情勢はいつも良好だったわけではないようです。1990年代初頭、フィンランドの失業率は20%に達し、GDPは減少、公債は膨らみました。教育は、テクノロジーと成長するテレコミュニケーション市場向けに方向転換することでフィンランドの経済再建に貢献しました。19世紀のパルプ工場が21世紀初頭の携帯電話市場最大の企業となったノキアのような躍進に合わせて、研究開発に従事する国民が急速に増えたのです。

このような経緯から、フィンランドの経済事情が、より良い教育を受けた労働力と、その労働力を生む機会均等な教育システム、そして質の高い教員を必要としていたことがわかります。

さらにフィンランドの優れたコンセプトには、もう一つの特徴的な魅力があるとシュライヒャーは言います。それは、学校は、生徒の学業に留まらない総合的な支援をおこなっているのです。学校は温かい食事や、保健、歯科衛生、精神衛生、カウンセリングも提供する場所となっているのです。特別な支援を必要とする生徒への支援は、学校システムに不可欠な要素です。また生徒一人ひとりが学校から頻繁に個別の配慮を受けているのです。

最後に上海の実践を紹介します。ここ数年、私も上海に行くことが多くなりました。上海でも、シンガポール同様、乳幼児教育の改革に非常に興味を持っています。その上海では、どのような教育改革を行っているのでしょうか?

2009年に上海の生徒が初めてPISAを受検したとき、彼らはいきなり読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3科目全てでトップに躍り出ました。3年後もこの驚くべき成績を維持し、上海の教育システムの成功への関心がいっそう高まったのです。

上海は中国の代表ではありませんが、人口は2400万人以上で、PISA参加国の大半を上回る大都市です。

2015年には、北京、江蘇、広東も上海とともにPISAへの参加に合意し、あわせて2億3200万人の参加となったのです。そして4地域合同のグループとして数学的リテラシーと科学的リテラシーの上位10位以内にランクインしたのです。なんとなく、分かりました。中国での講演は、上海のほか、北京、先日は江蘇省だったのです。これらの都市がたまたま同じだったのでしょうか?

負の影響

移民の生徒は、その家族の教育水準乎校庭に関わらず、カナダの新規移民を受け入れとその定着ための支援を受け入れることができます。語学習得や、特別な支援が必要な生徒への課外プログラムもあるそうです。教育システムは、異文化の尊重と、カナダ人としての共通のアイデンティティの育成を両立させています。

こうした取り組みの連携こそが成功の鍵のようだと言います。大量の移民が歓迎され、達成するシステムへと注意深く組み入れられます。移民の生徒は速やかに高い水準に適応します。他国に比べ多くの割合の移民を受け入れていますが、このことによる負の影響は見られないそうです。

しかし、統一された国家戦略は持たず、それぞれ異なる各地方の取り組みが緩やかに同じ方向に向かうことによって一定の成功が収められるというカナダの例は確かに興味深いとシュライヒャーは思っているそうです。

カナダの例が、教育水準の向上に万能の方法はないことを示しているとすれば、多くの先進国が現在受け入れている人物よりも、かなり多くの数の移民の生徒を受け入れたとしても、各国から賞賛されるような成績を達成することも不可能ではないだろうと言うのです。

では、世界の教育ランキングで常に上位を維持しており、優れた教育の代名詞ともなっているフィンランドはどうでしょうか?実際、フィンランドの政策や実践を参考にしようと多くの国から専門家が視察に訪れています。

2015年のPISAにおいてフィンランドは読解力で4位、科学的リテラシーで5位、数学的リテラシーで13位でした。フィンランドの数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の成績下位者の割合がカナダ、エストニア、香港、シンガポール、ベトナムなどの上位の国や経済圏より多かったため、3教科すべての平均点が引き下げられ、前年よりもややランクが下がりましたが、それでもフィンランドの成績は安定して高い水準を保っています。

フィンランドは、成功への道筋に多くの選択肢があることを示しました。アジアの多くの成績優秀国に比べて授業時間が少なく、宿題もほとんど出されず、学校視察も廃止されています。

しかし、他の成績上位国と同様、フィンランドのシステムも、恵まれない生徒も学校で良い成績を取り、場所がどこであれ全ての学校が高い質を保つべきという考えに基づいているようです。また、他の北欧やバルトの国々同様、社会経済的地位の成績への影響は平均よりも小さいのです。

成績上位に導くもう一つの大きな要因は、指導力の質の重視にあるようです。フィンランドでは教員は引く手あまたの社会的地位の高い職業で、教職課程の倍率は10倍という厳しさだそうです。学部卒だけでなく、修士取得者も多く、優秀な学部生の間で人気があります。教員は学校に配属されると、その後も能力開発が課され継続的に学ぶことになります。給与は決して高くはなく、ヨーロッパの水準からすると生徒一人当りの予算と教員の給与は中程度ですが、教職は重要で尊敬される職業とみなされており、教員は信頼され、高い社会的地位を得ています。

異なる社会的民族的背景

カナダの学校では移民の生徒の割合がかなり多いそうですが、移民でない生徒と比べてその成績はほぼ同レベルだそうです。フランス語圏、英語圏の人々やファースト・ネーションの先住民たちがすでに居住している国に移民が入っていた歴史を鑑みると、カナダの学校システムは共生のお手本のようなものだと言います。カナダの取り組みで特にユニークなのは、様々な文化から学びをカリキュラムに取り入れていることだとシュライヒャーは言います。それにより、早い段階で生徒に多様な視点から世界を見る力を身につけさせているそうです。教員も生徒が多様性を積極的に受け入れるように指導し、異なる社会的民族的背景の生徒も成功体験を得られるように指導法を工夫しているそうです。

カナダのPISAの成績は国全体としてのスコアですが、教育システムは州や地方ごとに運営され、各地区の学校システムは地方自治体が管理しています。一つの国としてのシステムが存在しない場合、PISAにおけるカナダの好成績の要因をどのように分析すればいいのかが課題だったようです。厳格な集中管理の賜物としての教育システムの成功例もある一方で、カナダは責任分散型のシステムによって成功しているとシュライヒャーは分析しています。

カナダはPISAで上位を占めていることに加えて、高等教育を受けている成人の割合も極めて高いようです。カナダの若者が、他のほとんどの国よりも読書好きであることも、社会全体の教育程度の高さを示していると言います。

では、カナダの学力の高さの背景にはどのような要因があると考えているのでしょうか?

PISA上位国の大半と同様にカナダの教員採用制度は厳格で、質の高い、そして給料の高い教員からは成績優秀な生徒が排出される傾向にあると言います。

しかし、カナダで最も着目すべきは、大量の移民の生徒を学校に受け入れられる許容容量です。PISAの結果によると、移民の生徒だからといって決して同級生よりも成績が劣ることはありません。ワールドクラスの学校システムが、その水準を下げずに移民の生徒を受け入れていることが示されているそうです。

現在カナダの移民のほとんどは中国、インド、フィリピン、パキスタン等のアジア諸国の出身だそうです。これらの移民の大多数がモントリオール、トロント、バンクーバーといった大都市に向かっています。しかし、PISAの結果によると、新たな移民の生徒は到着から3年以内に、移民以外の同級生の成績に追いついているそうです。

この理由を、いくつかシュライヒャーは考えています。

そもそもカナダは比較的人口の少ない国で、経済発展のために移民を歓迎してきた歴史があります。新たな移民の多くは専門職を求める教育程度の高いかぞくだそうです。その子どもたちは、第二言語を習得しなければならないとしても、すぐに他の同級生に追いつくことができます。つまり、こうした移民たちはカナダの学校の教育を受容する能力をすでに備えているということだと考えます。

成績下位者の割合

独立後エストニア政府は学校システムの中央集権を廃し、各学校にカリキュラムや予算の決定権や教員の雇用、解雇の権利を与えるなど学校の自治権を拡大しました。各家庭は学校を選択する権利を持ち、その結果生徒の獲得を巡って学校間の競争が生まれたのです。学齢期の子どもたちの人口減少に伴い、エストニアの学校システムは、生徒の家の近くに必ず学校があり、しかも学校は存続のために十分な数の生徒を保持し、十分な科目数を提供できるように配慮しなければならなくなったのです。生徒が進路を決める中等教育において、このことは特に重要となります。

こうした状況下では財政的な間題が起こります。守備範囲の広い大規模校に投資するべきか、それとも地方の学校を守るべきか?です。現時点で、エストニアには先進国の中で最小規模の中等学校が存在しています。また、人口減少はエストニアの大学でも大きな問題となっているそうです。大学どうしで縮小し続ける入学候補者のパイを取り合い、さらに他国の大学との競争にも直面しているのです。エストニアの企業は、新卒の若者を確保できるかどうか危惧しています。

加えてエストニアの教員は高齢化しており、OECD加盟国の中でもその傾向は顕著だそうです。若手教員を雇用するために教員の給与は大幅に引き上げられましたが、教員は未だに人気のある職業ではないようです。

エストニアの教育は他の北欧やバルトの国同様、公費で賄われ、私立の教育はわずかしかありません。とはいえ、エストニアの教育支出は、ノルウェーほどは高くはありません。就学前教育の職員数は十分ですが、教員の給与は比較的低く、エストニアのGDPはOECD平均をはるかに下回ります。エストニアの教育の成功をもたらしたものは、決して教育支出の高さではないのです。

エストニアのPISA上位ランクインで注目すべき点は、成績下位者の割合です。科学的リテラシー、読解力、数学的リテラシーのPISA主要3科目での成績最上位者の割合を見ると、エストニアは優秀ではありますが突出しているわけではありません。エストニアよりも下位の国で、この割合が同等または上回るところもあります。例えばトップのシンガポールでは39.1 %がこのレベルに達しているのに対して、エストニアは20.4%です。

エストニアが世界のリーダーとして優れているのは、習熟度の低い生徒の割合が比較的少ないことです。エストニアの15歳で主要3教科の習熟度が基準を下回るのは、わずか4.7 %のみです。これはフィンランド、香港、シンガポール等の上位国よりも少なく、ドイツやアメリカの半分です。

次に、カナダをみてみます。カナダは2015年のPISAの成績上位国の一つで、読解力で3位、数学的リテラシーと科学的リテラシーで上位10位以内に入りました。これによりカナダは読解力と科学的リテラシーでフィンランドを上回ったのです。

カナダの教育システムは平等性を重んじ、移民の生徒を含む多様な社会背景の生徒からも良い結果を引き出すことができる点に際立った特徴があるようです。カナダの富裕層と貧困層の家庭の生徒の成績差は、国際的な基準と比較して小さいそうです。ここには家族の健康と福祉を支えるというカナダの国家としての精神が反映されています。

エストニアの教育改革

シンガポールでは、厳しく統制された管理制度により、一定の質が確保されています。一人ひとりの教員が同じ「生産ライン」から生まれ、同じ水準を満たすべく、全ての教員が同じ機関で教育されます。全ての学校に最高の教員が平等に配置されます。教員は自分たちに寄せられている期待について明確に自覚したうえで学校に着任し、その見返りとして高い社会的地位と世間からの尊敬を得るのです。

シンガポールの物語は、より良い未来を求める貧しい小国の話です。教育システムは夢の実現に向けて改善し、段階ごとに修正しなければならなかったのです。この国は、比較的短期間に教育についてどれだけ多くのことを変えられるかを示しました。教育水準の向上により、シンガポールはグローバリゼーションの犠牲者ではなく、受益者となり得たのです。シンガポールの学校システムは、今やワールドクラスです。次なる課題は、その地位を維持することにあると言われています。

ここ数年、このシンガポールで藤森メソッドなる乳幼児教育が実践され始めています。もし、このような教育改革を今後維持するために、乳幼児からの教育が必要であるということに気がつき、その実践を始めたのであれば、大いに応援したいものです。同時に、その責任を感じます。

次に、エストニアを紹介していきます。エストニアは2015年のPISAの数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の成績で上位10位以内にランクインしました。

このパルト海の小国は、特にPISA2015の数学的リテラシーと科学的リテラシーでフィンランドに追いついて以来、その成功を称して「新フィンランド」と呼ばれています。1990年代のエストニアの教育改革の際は、フィンランドの専門家たちが助言しました。確かに両国の教育システムの成功の要因には、ある共通点が見られます。戦略によるものなのか、文化的傾向なのか、両国の教育システムには機会均等の精神が強く根付いているようです。これは、富裕層と貧困層の生徒の成績差が少ないことにはっきりと表れているようです。

エストニアの社会経済的地位の影響は、他のほとんどの国に比べて著しく弱いのです。この点でエストニアは、社会経済的地位と学校での成績に密接な関連が見られるオーストリア、フランス、ドイツ等よりは、カナグ、香港、ノルウェーに似ているようです。

PISA2015でのエストニアの成績において、特に注目に値するのは成績優秀者の多さではなく、主要3教科のいずれも成績下位にエストニアの生徒がほとんど含まれていなかったことです。

就学前教育でも機会均等が確保されており、学校システムと連携しているそうです。義務教育が始まるのは7歳からですが、3~4歳児の大半が公立の就学前教育機関に通っています。これらの就学前教育における教員対児意の割合は平均の半分だそうです。

学齢が進み中等教育においても、エストニアの中等学校卒業率は工業国の中でも上位国の一つとなるほど高いそうです。家庭の状況にかかわらず、全ての子どもたちが良質の教育を受けていることがわかります。

考える学校、学ぶ国家

さらに、シンガポールにおける教育中心の一連の改革を見ていきます。シンガポールでは、一貫した教育システムが確立されていきました。大量の教員が採用され、学校が建設され、教科書が印刷されました。10年のうちに全ての子どもたちが初等教育を受け、1970年代までに国民全てに前期中等教育の機会が提供されたのです。

この段階での教育水準はそれほど高くはありませんでしたが、シンガポールがサバイバルから効率化へと歩みを進めた1970年代末に、新たな産業発展に伴い教育水準向上の取り組みもおこなわれたのです。これは賃金もスキルも低い経済から国際ハイテク企業を誘致できる高いスキルの労働者のいる経済への発展をめざす取り組みだったのです。こうした経済発展は、新カリキュラム導人や、学問コースと職業訓練コースの振り分けといった教育システムの徹底的な見直しによって達成されたのでした。1990年代初頭には、職業訓練学校の地位と質の向上および大学に匹敵する技術訓練の提供のために技術教育機構が設立されました。

1990年代の終わりには、知識基盤経済に備えるべく教育システムはさらに洗練されていきました。シンガポールが知識型グローバル経済に立ち向かうには、スキルの高い労働力が必要でした。より深くより効率よく学ぶという理念は「教えることを減らし、学ぶことを増やす」(Teach Less. Learn More)キャンペーンとして具体化され、「考える学校、学ぶ国家」政策に沿ってリー・シェンロン首相が推進しました。

こうした展開の根底には、教育改革が大切だというゆるぎない信念があったのです。この取り組みは何十年も継続し、国政と公的支出が支える計画的なものでした。2010年のシンガポール政府の教育支出は全体の20%を占め、防衛費を除けば最大規模の項目となったのです。国家の野心という観点で見たとき、教育支出は国の利益を生む重要な経済投資なのです。

経済や雇用主の要請と教育との連携は、高度に統合されたシステムの一環を成しています。学校や個人には期待される明確なゴールが定められ、厳格な試験制度と高度な学間水準が設けられています。教育による成長は社会移動を促す実力主義社会を生み、生徒は能力があれば最高の成功を収めることができるのです。しかし、いくらこのように円滑に運営されるシステムでも、実現のためには生身の人間が必要とされます。シンガポールの教育の成功でたびたび強調されるのは教員です。シンガポールは、最も優秀な卒業生から教員を採用し、その後も充実した研修でモチベーションを維持するという、教員採用方針のモデル国となっています。

シンガポールは最も優秀で有能な教員を学校に引きつけるために質の高い教員の採用・教育方法を導人しました。さらに教員が常に時代に応じたスキルを維持できるように採用後の研修にも大変力を入れているそうです。これらの優秀でやる気に満ちた教員が、さらにその能力開発に意欲を持ち続けるように年に100時間の研修を受講できるのです。

強い意志

教育成果を向上するためには、投資よりも必要なものがあるとシュライヒャーは言います。全ての子どもたちの成功を信じることもその一つだと言います。西洋諸国の生徒が良い成績は遺伝によると考える場合が多いのに対し、東アジアの生徒の大半は努力の結果だと固く信じているようです。これは教育や社会環境によって、成績向上をめざす価値観の浸透が可能なことを示唆しているのです。

また、学校システムの質が教員の質を上回ることはないと言います。ワールドクラスの学校システムでは、必ず教員や指導教員の選考に細心の注意が払われます。どこに投資するかを決める際は、クラスの規模よりも教員の質を優先するのです。そして教員のキャリアアップのためにさらに学ぶ機会を提供します。また、ワールドクラスの国や地域は行政主体の管理責任体制から、教員主体の職務体制に移行しています。こうした国や地域の教員は、教育方法を改革し、自分自身と同僚の教員たちの指導力を向上し、より強力な教育実践に向けた能力開発に取り組むよう奨励されているのです。

これまでにすでに明らかになったように、成績上位国となるかどうかを決めるのはその国の場所や財力や文化ではありません。それは、自国の教育システムの足りない部分や不均衡を正確に見極め、是正に向けて資源を活用し、強い意思で改革をおこなう機動力です。ここで、成績上位5か国の教育システムのスナップショットを見てみます。

最初は、シンガポールです。シンガポールは2015年のPISAで他のどの国や地域、経済圏よりも高い得点をあげました。人口500万のアジアの都市国家の偉業は大いに話題を喚起し、各国はこぞってシンガポールの足早の成長から教訓を学ぼうとしました。

シンガポールの成長で最も目を引くのは、その成功が著しく低いレベルから出発したことです。1965年に独立したシンガポールは天然資源に乏しく、国民の識字率も低い貧困にあえぐ国でした。学校や大学もほとんどなく、経済も開発途上で未発達の、言語も宗教も異なる多民族からなる国家でした。

しかし、50年の間に、シンガポールはヨーロッパや北米、東アジアで成長を遂げた近隣のライバル国を追い越し、ゼロから国際的なトップレベルに上りつめたのです。一世代よりもわずかに長い期間に「第三世界」から「ワールドクラス」へと躍進したのです。

この成功の要因は何なのでしょうか?

シュライヒャーは、おそらくその第一は意思であろうと言います。シンガポールの教育改革は単なる偶然でも自然現象でもありません。教育によって経済発展をもたらそうという意図的な決定によるものです。教育が経済成長の原動力となったのです。

天然資源を持たず、近隣には大国が存在するシンガポールにとって、国民の教育こそが最大の資源であり、新興国建設の要でもありました。教育は、共通のアイデンティティを形成し、多民族多宗教の国民を一つにしたのです。

教育中心の一連の改革はシンガポールに経済成長をもたらし、その成長をさらに強固なものとしました。独立後の数年間のシンガポールは、まさにサバイバルの時期でした。教育システムは、海外企業誘致をめざす経済活動の担い手としての国民への基礎教育の充実に向けて発展していきました。

教育支出

シュライヒャーは、以前にも述べているように成績上位国では、小規模クラストより良い教員のいずれかを選択しなければならない場合、より良い教員を選択しているようだといいます。その代表国として、彼は日本を例に挙げているのですが、今回それほどでもありませんが、日本でも小規模クラスを目指そうとしています。それは、西洋諸国の多くは小規椣クラスを選択しているからということもあるのかもしれません。しかし、成績上位国での取り組みにおいて、クラス規模よりも良い教員育成に力を注いでいる代表の日本として、今後どのような結果が生まれるのか問われてくるでしょう。

2006年から2015年までの初等教育、中等教育、中等後非高等教育の教育支出は、OECD加盟国全般にわたり20 %近く増加したそうです。にもかかわらず、同じ期間に大半の加盟国は、小規模クラスを優先し、より資の高い教員や授業時間の充実、生徒への個別対応および教育機会の均等を後回しにしたとシュライヒャーは指摘しています。世論による圧力と人口動態の変化を受け、政府は中学のクラス規模を縮小し、OECD加盟国全般では平均6 %の減少となったようです。保護者や教員の意見に引きずられ、長い目で見て子どもたちを成功に導くような予算配分ができなかったとシュライヒャーは言っています。たしかに日本でも保護者や教員の意見に引きずられているきらいはありますね。

大規模クラスを採用する国の教員の給与水準は高いと言います。教員に満足な給与が支払われていれば、より上位の教員養成機関から優秀な教員候補者を採用できます。そうすれば教員は教職に留まり、頻繁な教員の交替や教室での専門補助職員の要請も少なくなります。教員養成機関の数も少なくてすむため、より多くの予算を配分できます。質の低い教員を給与水準の低い機関で養成するといった一見低コストに思われる方法は、全ての費用を勘案すると最終的には高くつく結果になると言うのです。

給与が低い教員を雇用すると、学校はより多くの専門職を必要とし、さらに専門職を監督・調整する管理者も必要とします。トップクラスの国や地域は教員に比較的高い給与を支払いますが、管理者や補助専門職は少なくてすみます。そのためコストは低く抑えたまま、より質の高い教員の雇用が可能となるのです。このように、個々のコストを切り離して見るのではなく、全体としてのシステムのあり方を考え、実質的なコストに注目することが大切だとシュライヒャーは言うのです。

要はスキルと投資の関係は、かなり非対称ということなのです。スキルは磨くほど個人と国に一定の利益をもたらしますが、より投資したからといって教育の質は上がらないのです。

PISAの調査結果からは、幾つかの国や地域が国民の教育に対する改革や投資に体系的に取り組んで自己改革を成し遂げ、教育制度の相対的な存在感を根本的に高めた事例を見ることができると言います。これは、世界がもはや豊かで教育の行き届いた国と、貧しく教育の行き届かない国とに分断されていないことを表していると言います。どの国も優れた教育システムの開発へと踏み出すことが可能であり、もし成功すれば大きな成果が得られます。それはより良い生活、より良い仕事をもたらし、社会を前進させるのです。