考える学校、学ぶ国家

さらに、シンガポールにおける教育中心の一連の改革を見ていきます。シンガポールでは、一貫した教育システムが確立されていきました。大量の教員が採用され、学校が建設され、教科書が印刷されました。10年のうちに全ての子どもたちが初等教育を受け、1970年代までに国民全てに前期中等教育の機会が提供されたのです。

この段階での教育水準はそれほど高くはありませんでしたが、シンガポールがサバイバルから効率化へと歩みを進めた1970年代末に、新たな産業発展に伴い教育水準向上の取り組みもおこなわれたのです。これは賃金もスキルも低い経済から国際ハイテク企業を誘致できる高いスキルの労働者のいる経済への発展をめざす取り組みだったのです。こうした経済発展は、新カリキュラム導人や、学問コースと職業訓練コースの振り分けといった教育システムの徹底的な見直しによって達成されたのでした。1990年代初頭には、職業訓練学校の地位と質の向上および大学に匹敵する技術訓練の提供のために技術教育機構が設立されました。

1990年代の終わりには、知識基盤経済に備えるべく教育システムはさらに洗練されていきました。シンガポールが知識型グローバル経済に立ち向かうには、スキルの高い労働力が必要でした。より深くより効率よく学ぶという理念は「教えることを減らし、学ぶことを増やす」(Teach Less. Learn More)キャンペーンとして具体化され、「考える学校、学ぶ国家」政策に沿ってリー・シェンロン首相が推進しました。

こうした展開の根底には、教育改革が大切だというゆるぎない信念があったのです。この取り組みは何十年も継続し、国政と公的支出が支える計画的なものでした。2010年のシンガポール政府の教育支出は全体の20%を占め、防衛費を除けば最大規模の項目となったのです。国家の野心という観点で見たとき、教育支出は国の利益を生む重要な経済投資なのです。

経済や雇用主の要請と教育との連携は、高度に統合されたシステムの一環を成しています。学校や個人には期待される明確なゴールが定められ、厳格な試験制度と高度な学間水準が設けられています。教育による成長は社会移動を促す実力主義社会を生み、生徒は能力があれば最高の成功を収めることができるのです。しかし、いくらこのように円滑に運営されるシステムでも、実現のためには生身の人間が必要とされます。シンガポールの教育の成功でたびたび強調されるのは教員です。シンガポールは、最も優秀な卒業生から教員を採用し、その後も充実した研修でモチベーションを維持するという、教員採用方針のモデル国となっています。

シンガポールは最も優秀で有能な教員を学校に引きつけるために質の高い教員の採用・教育方法を導人しました。さらに教員が常に時代に応じたスキルを維持できるように採用後の研修にも大変力を入れているそうです。これらの優秀でやる気に満ちた教員が、さらにその能力開発に意欲を持ち続けるように年に100時間の研修を受講できるのです。

考える学校、学ぶ国家” への5件のコメント

  1. 『「教えることを減らし、学ぶことを増やす」(Teach Less. Learn More)キャンペーンとして具体化され、「考える学校、学ぶ国家」政策に沿ってリー・シェンロン首相が推進しました』ということを国家として取り組んで行ったのですね。いや〜日本にはこのようなことを考える政治家がどれくらいいるのかと思ってしまいますが、考えれば、ある意味危機感のようなものがないので、当然かもしれませんね。しかし、日本の教育は、予測不能なこれからの時代に向かっていく教育にはまだまだなっていないということから、かなり危機的な状況であるというのは間違いないようにも思えます。そして、「しかし、いくらこのように円滑に運営されるシステムでも、実現のためには生身の人間が必要とされます。シンガポールの教育の成功でたびたび強調されるのは教員です」とあるように、先の教育の目的をしっかり実現できるためにはやはり優秀な教員が必要になりますね。教育の本質を理解している教育ということがまずもって優秀でるということですね。

  2. 「学ぶ国家」という素敵な言葉がありました。“世界一”にと唱える国家はあったとしても、自国の現状を俯瞰し、他国を見習い、学ぶ姿勢がなければ繁栄は生み出せないということを感じます。まずは“独自性”ではないことが理解できますね。また、シンガポールでの質の高い教員採用・教育方法について「能力開発に意欲を持ち続けるように年に100時間の研修を受講できる」とありました。学び方は人それぞれであるように、学ぼうとする人のためのキャリアアプシステムも用意している点が良いなぁと思いました。

  3. どんな良い運営システムを取り入れても生身の人が必要であるということから、様々な仕事がテクノロジーに取って変わっていく中、教育に携わる人の重要性を感じます。
    見守る保育のゾーンにおいても、人的環境も含めてゾーンであるということを大切にしていきたいです。

    また、年100時間の研修はすごいなと思います。質の高い内容でなければ、100時間も取り組むモチベーションは生じないと思うからです。通常業務と並行してどのように取り組んでいるのか、時代に合うスキルを身につけられる研修とはどんな項目や内容があるのが気になります。
    良い教員を惹きつけ続ける好循環は、良い改善を生み続けることが想像されます。質の高い人とは、学び続けられる人であり、そんな人たちのコミュニティでは先輩後輩や役職なども関係なく、誰からでも学ぶ姿勢があり、それが更に良い循環を生み続けるのだろうと思います。

    自然も人も「循環」は重要なキーワードとなりそうです。

  4. 一昨年の7月、藤森平司先生のおかげでシンガポールを訪問することができました。そして、MIMA アプローチとしてFujimori Methodを取り入れているMY FIRST SKOOLの実践を目の当たりにしました。驚いたのは、新宿せいが訪問し、藤森平司先生の保育の考え方と方法に共感した幹部の人たちはすぐさまそれらを自分たちの園運営に取り入れ、短時間のうちに成果を示している、ということでした。シンガポールの50年間。第三世界の都市国家から世界トップの国になった。あの1週間の滞在によって変革のスピードを実感することができました。日本もかつてそうだったでしょう。第二次世界大戦の敗戦国として出発してから50年後にはJapan as No.1と称されるまでになりました。「学校や個人には期待される明確なゴールが定められ、厳格な試験制度と高度な学問水準が設けられて」いた時代が日本にもありました。シンガポールを羨ましがっている余裕が今の私たちにはないと思います。私たちこそ多くのことを学び、知識を持ち、そして未来を担う子どもたちにとって今私たちは何をすべきか、主体的に、そして自発的に、考え実践していくことが求められているのでしょう。

  5. 日本は第二次世界大戦で負け、一面焼け野原であったところから再スタートを切るという時代には、今のシンガポールのような揺るぎない信念があったのでしょうか。自分はその時代の空気を感じていたわけではありませんが、おそらく国民は一致団結して上を目指していたんだろうということが予想できます。そして、そのおかげで今があり、自分たちは次のステップへと移行させていくことが求められているのだと感じます。そして、そこには〝実現のためには生身の人間が必要とされます〟ということになるのでしょう。シンガポールなど教育大国から学び取り、発展途上にある日本を押し上げることには一人一人が揺るぎない信念をもち、向上心をもっていくことが必要であることを思いました。

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